シスイ消失のあの一件を機に、不謹慎だが、私にとっては嬉しいことがあった。
あれからイタチが、
サスケの修業の手伝いの時間も増えた。まあ、その時は、私も基本一緒に居るから、私とイタチが共に過ごす時間は、結果としてシスイと会っていた時間まるまる増えているのだ。
そして、あれから、イタチの様子が少し変わってしまった。
もともとよそよそしかったが、イタチはフガクさんを明確に避けるようになったのだ。
具体的には、一族の会合をすっぽか
まあ、そんな中、イタチは任務、フガクさんは警務部隊、ミコトさんは買い物で、サスケは
珍しく家で一人の時間だ。
サスケは、まあ、ヤンチャな子だから修行に出かけて家にいないときもちょくちょくあったし、買い物はミコトさんの担当だから、今までも一人のときがなかったわけではない。
でも、サスケが
私だって、修行の手伝いとして、サスケと一緒に遊びに出かけたりしてたわけだし。
なんだか、成長というのは、寂しいものがある。そんなこんなで私一人、シミジミとしていたところだった。
なにやら、玄関が騒がしかった。
「……誰かいないか!」
「はーい」
現在、影分身を使って、私三人体制で掃除、洗濯、昼食作りを行っていた。
目下の悩みは料理のレパートリーだった。なんだか、作っているとデジャヴを感じるのだ。あれ、前も同じのだったかな、って。
ここはいっそ、装いも新たに、麺類にチャレンジしてみるべきか……。
とりあえず、掃除をしていた影分身に、接客を任せることにした。玄関に出てもらう。
「うちはミズナか……」
三人組だった。そのうちの一人が確かめるように呟いた。
三人とも、一族で間違いはない。
「……警務部隊」
悪いことをした覚えはない。
だが、こういうときって、なぜだか緊張してしまう。
落ち着け、私。大丈夫。頑張れる。
「うちはイタチについて、少し話があって来た」
「イタチに……?」
中でも年老いたような男がそう切り出す。
眉間にシワが寄せられて、細い目がこちらに向けられる。
「ああ……実は……」
「イタチは何か悪いことをするような人じゃありません!!」
ピシャリと、戸を閉める。
そうだ、台所の私にお塩を持って来させよう。それがいい。
だが、力強く、戸がもう一度、こじ開けられる。
「話を聞いてもらおう……?」
「ひぃ……っ」
今度は後ろにいた、目つきの悪い長髪の男だった。
凄みを利かせて、私に詰め寄ってくる。『写輪眼』だった。怖かった。
「そこまでにしておけ……」
「ああ……」
すくみ上がった私に追撃はなく、そっと胸をなで下ろす。
危うく身を守るための行動を起こしそうで、そうなれば、きっと収拾はつかなくなっただろう。
「もう一度言うが、うちはイタチについての話があって来た」
「…………」
顔を合わせない。
だんまりを決め込む。
どうして好きこのんで、こんな不埒な奴らの話なんかを聞かなくちゃいけないんだ。
本当に腹が立つ。
「聞いているのか……っ!?」
「ひっ……」
そう怒鳴られれば、怯えるが、それ以外の行動はとらない。
力で抑えつければ、なんだろうと上手くいくなんて大間違いだ。
――一度、痛い目に遭わせた方が……。
そんな声が聞こえてくる。
私は逃げる態勢に……というか、そういえば、本体はサスケに、忘れられたお弁当を届けに行ってるんだった。ああ、安心、安心。
もう、サスケったら、そそっかしいんだから……。
「ちっ……。まあ、いい」
頑なな私の態度に、何か諦めたようだった。
諦めたなら、もう帰ればいいものを、まだ、家の前から動きはしない。
「…………」
「いいか? 最近、あいつの行動が目に余る。うちは唯一の暗部とは、いいご身分じゃないか……。あいつのせいで、一族の輪だって乱された……」
他の二人も頷いているようだったが、いまいち何を言いたいのか要領を得ていないような気がした。
あるのは、苛立ち、怒り、そして妬み。ただ徒らに負の感情を感情をばらまいているようにしか思えない。
「そう、そこでだ。イタチに何か怪しい動きがあったら、まずオレたちに伝えるんだ。わかったな?」
要するに、イタチを見張れということだった。
まるで、それが義務であるかのように、断られないと信じて疑われないまま告げられる。
正直なところ、不愉快だった。
「…………」
「だいたい、お前は……。『眼』を失って……お情けでフガク様のもとに居させてもらっているんだ。それなのに、一族のために何も行動を起こさないと
「えっと……父上は、なんと?」
不快だった。
さすがに黙ったままではいられなかった。
彼らが警務部隊のどんな立場か知らないが、こんなことが許されるとは、とうてい思えない。
「フガク様は無関係だ。だが、きっと、そう思われているに違いない」
今度は短髪の男が答えた。
どんなに誤魔化そうと、話が通っていないのは事実だろうに。私にはその豪胆さがわからなかった。
「では、わかりました――」
「そうか、わかってくれたか……」
「え……いや……」
父上に相談を、と言おうとした瞬間には、なぜだか私が了承したように見なされていた。息継ぎの間に、セリフを割って入れられた。
「なら、頼んだぞ……?」
「え……え……」
あまりの話の伝わらなさに動揺して、訂正する機会が失われる。
用が済んだとばかりに、そそくさと立ち去っていく三人組だった。そんな適当なのでいいのだろうか。
私は首を傾げた。
なにかよくわからない契約書を書かされ、呪印か何かを掛けられて、命令を他言無用で必ず実行しなければならなくなるのかと思いもしたが、そんなことはなかった。
要相談だ。まずはミコトさんに言いつけよう。
それはともかくだ。
洗濯を終えた私が玄関まで迎えに来ていた。手招きをしている。
そっと、衝撃を与えないよう、懐にダイブしていく。
「怖かったよ。私」
「怖かったね。私」
そうやって、私は私のことを慰めてくれる。さすが私だ。
***
「先日の件は本当にすまなかった……」
謝っているのはフガクさんだ。
脅されて、心を傷つけられて、辛かったと言いつけたら、こうなった。
「あいつらも、あいつらなりに一族のためを思っての行動だった。どうか許してやってほしい」
そんな言葉が聞きたいワケでは決してない。
だから、私はムスッと顔を背けている。
「貴方の怒りはもっともだけど、ここはお父さんに免じて、ね。キツく言っておいたのでしょう?」
「……ああ。今は大事な時期だ。……勝手な行動は謹んでもらわなければ」
だからと言って、この状況が私の納得いくものだとは言えない。
「ダメよ。絶対に、ダメっ! あの人たちには、ちゃんとイタチに謝ってもらうんだから……!」
そうではないと、私の腹の虫が治まらない。
イタチを疑うなんて……。それも客観的な証拠をもとにではなく、感情的に。
もう、思い出しただけでも、ハラワタが煮えくり返りそうだ。
「ふふ……本当に、イタチのことばかりなのね」
そうしたら、私をなだめることに注力していたミコトさんが、クスリと笑った。
「だって、だって……」
もどかしい気持ちでいっぱいだった。
大人たちは、自らの都合と今回の件を鑑み、終わらせたことにしたいのはわかる。
だけど、こんな、
「ミズナ……お前に相談がある」
「まだ話は……!」
そう食いかかったら、フガクさんは少々面食らったようで、たじろいだ。まるで、私がここまで
……いや、ここは一歩引いた方がいいかもしれない。
「わかったわ。……じゃあ、その相談を聞いたら、ちゃんとあの人たちに謝るように言ってくれる?」
「わかった」
条件を突きつけたが、すんなりと受け入れられる。
肩透かしだ。渋られると思った。
興奮をして、少しだけ荒れていた私は、気を取り直すため居住まいを正す。
「一族の窮状はわかるな……?」
「ええ、なんとなくは……わかります」
昔から、そうだったが、最近は特にひどい。外の人間からは恐れられ、そして九尾事件に関する根も葉もない噂から、恨まれていた。
里の隅に追いやられて、警務部隊が持つ役割は年々縮小され、一族の持つ力も低下。
その怒りからか、一族の者の、外の人間に対する目は、恐ろしいものになった。排他的な一族になった。
「だから、それを打開するためには、里の中枢とも繋がりがある暗部のイタチの力が必要だ」
「そう……なんですか?」
その話の脈絡から、私になにが要求されているのかを掴むことができなかった。
その遠回しな言い方から、なにもわからなかった。
つい、首を傾げてしまう。
そんな私を見て、フガクさんはため息をつき、そして、なにか観念をしたように言った。
「お前にイタチが協力するよう説得してほしい」
私はなにも言わずに立ち上がった。
できれば、家族で仲良くと、私は思っていた。
できれば、フガクさんや、ミコトさんの期待にも応えたいし、ケンカなんかしたくない。
それでも、やっぱり、私なりの意地があった。
「失礼させてもらいます」
「ちょっと……ミズナ! まだ話を……」
ミコトさんが引き止めようとしている。どうやら、ミコトさんはフガクさんの味方のようだ。
その事実に、少しだけ、傷ついた気がする。
出て行く前に、私は足を止め、振り返る。
「……私が言っても、イタチは意見を変えないと思いますけど?」
イタチの信念は知っている。イタチの〝夢〟は知っている。
ちっぽけな私の力では、イタチのそれを変えることはできないだろう。変えるべきとも思わないけれども。
「いや、あいつの中でのお前の存在は大きい。それは、お前を見ててもよくわかる。その理由もな」
――だから……イタチのことは、お前に頼みたい。
卑怯だな、と、私は思った。
「私はいつだって、イタチの味方だから……」
そう頼まれたから、こう答えた。
決裂は避けられなかった。
そのはずなのに、ミコトさんは困ったように笑いながら、フガクさんはどこか満足そうな表情で、互いに顔を見合わせていた。
その意味は私には理解できそうもない。
私は足早に廊下に出……。
「あ……っ」
畳のヘリが……。
***
「イタチっ! イタチ!」
こうなることは予想外だった。
彼女は人に好かれることが得意だった。そして、なにより、家族を大事にしていたはずだ。
「ミズナ……お前……」
「てへ……。やっちゃった……」
そう、彼女は
彼女がこういうケガをするのは、決まって気分が落ち込んでいる時だった。
精神が不安定になり、感知に要していた集中力が切れてしまうことが原因だろう。
「全部聞こえていたぞ……?」
耳をすませば、この家の音を全て拾うことなどわけない。
「あはは、できればケンカはイヤだけど……やっぱり私は、イタチが一番だから……」
そっと、彼女の額に手を置く。強かに打ちつけられたのか、赤く腫れた場所だった。
「すまない……ミズナ」
口ではなんとでも言える。
実際に行動に移すのは難しい。
そして、彼女は、父と母ではなく、うちはイタチを選んだ。
正直なところ、明確な選択や対立を、彼女は避けると思っていた。
家族に憧れていた彼女は、そういった手段を取らずに、誰からも気に入られたまま、誰からも愛される彼女のまま、イタチが一番だよ、と囁いていくものだとばかり思っていた。
額に置いた手に彼女は優しく両手を乗せる。
「二人で反抗期だね……!」
あっけらかんと、彼女は今の状況をその言葉で表現し、ニッコリと笑う。
「二人で……か……」
口もとが、自然と緩んでいるのがわかった。
彼女をこんな状態に引きずり込んだのは自分に違いなかった。考えが甘かったのだ。だというのに、それが自らにとって嬉しくもあることだと、どうしても理解させられる。
彼女が居てくれて良かったと思う自分がいる。
「だがお前まで、父さんや母さんと、折り合いを悪くする必要はなかったんだぞ?」
それでも、こう言っておかなければならなかった。あれ以外の選択肢もあったはずだろう。
あの説得の申し出をいったん受け入れ、
「もう……イタチったら……。わかってないんだから……」
そう言って彼女はイジけたように顔をふせる。
そんな姿に、どことなく愛おしさが感じられる。
そっと、背中に手を回して、目一杯に抱き寄せる。
「大丈夫だ……分かってる。オレのためだろう?」
こういう時の、彼女の機嫌の取り方は知っていた。
そうすれば、彼女は受け入れ、応えるように、こちらの背中に手を回してくる。
「そう……っ! もう……イタチ……っ、大好きよ……」
「ああ……」
溢れんばかりの愛情を表現しながら、彼女は顔を胸に
後戻りはできなかった。
彼女との距離が、今までよりも近く感じられた。
彼女を抱き締めて得られる充足感が、今までよりも遥かに強い。
本当に誰よりも想われていると理解できたからだろう。本当誰よりもに愛されていると知れたからだろう。
それ以上に癒される理由はなかった。
分け隔てなく与えられるそれよりも、価値があることは明白だった。
だが、それに甘え切ることはできない。
優しく彼女の身体を離す。
いつまでも彼女を胸の中に
「イタチ……?」
とうとつな終わりに、彼女は疑問を感じたのだろう。
そんな彼女の額に指を置く。
「すまない……ミズナ。また今度だ」
そうして彼女に微笑みかける。
駆け寄るサスケ相手に、なんとなく額を突いたことが始まりだった。
もはや癖に近くなり、都合の悪いことを誤魔化すとき、つい、こうしてしまう。
少なくとも今は、彼女を最優先に考えることはできない。
決着をつけるべき事柄があった。
彼女について、真剣に考えるのはそれからになるだろう。
「イタチ……。痛い……」
力を強く入れたわけではない。
彼女がケガをしたのは額だった。
痛がるのも当然だった。
「ああ……すまない」
「むぅ……」
彼女は、そう不満げな表情をする。
嫌われても仕方がないと、そう思った。だが、同時に、嫌われるはずがないとも思ってしまう自分がいた。
「次、謝っても……許さないんだから」
「ああ、わかった」
どうやら、もう、彼女に不実を働いてはいけないようだ。
ちょっと調べてみたら、この小説の会話文率が20%でした……。
もうちょっと、地の文減らしたほうがいい気がしてきますね、これは。
お気に入りが1つ変動するごとに、そして評価の一つ一つに一喜一憂しています。ちょっと、体力がもたない。