「来たか。イタチ……」
一族の集落は木ノ葉のカメラで暗部に監視されている。
場所はいつもの崖の上だった。
「シスイ……」
「久しぶりだな、イタチ」
カメラに映るシスイを見つけたことがここに来た理由だった。
見間違いか、あるいは幻術か、その類いを怪しんだが、どうやらそうではないようだ。
だか、本物という保証もない。
「そう身構えるな……」
スッと、眼の色が変わる。
赤に三つ巴。間違いなく『写輪眼』だった。
『写輪眼』の切り替えができる。うちは一族である証左に違いなかった。
まず、シスイで間違いないことがわかる。
「どうして、あそこまでして姿を消していた……?」
それがわからなかった。
『
「ダンゾウに、〝根〟に命を狙われていた。欺くにはこれしかなかったんだ」
「ダンゾウに……?」
自らの上司でもある、里の闇。
そのダンゾウがシスイを狙うとすれば理由は限られる。
「ああ、『別天神』を使うと、上層部に進言したとき、ダンゾウもその場にいた。そして、この『眼』を欲しがったんだろう」
『別天神』とは、バレずに相手を操れる幻術だ。もし政治に使うのだとして、その利用価値は計り知れない。
ある意味で、当然の結果だったと言えるだろう。
「だが、あの死体の幻術はなんだ。あれも、『万華鏡写輪眼』の瞳術なのか?」
「いや、あいにくオレは両眼ともに『別天神』だ。あれは別の幻術さ」
『万華鏡写輪眼』を開眼した際、片目ずつ、固有の瞳術を開眼すると聞いた。シスイの言う通りであれば、あれは『万華鏡写輪眼』の瞳術ではないということになる。
いまひとつ、腑に落ちない説明ではあった。
それに加えて、疑問はまだある。
「なら、シスイ……。なぜ、今、姿を現した」
己にも今まで伝えず、身を潜めていたほどだ。
姿を現したことには、何か理由があるに違いなかった。
「ああ……。そうだ、成功した……」
「なに……?」
「無事、うちはフガクを『別天神』に嵌められたんだ……!」
「…………」
驚きで目を見開く。
あの、強硬にクーデターを起こそうとしている父が変わっていたというのだ。にわかには信じがたい。
「ああ、すぐにとも簡単にとも言わないが、これで一族も抑えられるはずだ。少なくとも、もうクーデターなんかは起こさなくて済むはずだぞ、イタチ」
喜ばしいはずだが、なぜか背中には悪寒が伝った。嫌な予感がした。
だが、この不安は飲み込むほかなかった。
「これから、どうする?」
なんにせよ、これからの展望を話し合わなければならない。
これからが、重要だった。
「明日、次の一族の会合が開かれるだろう?」
「そこでクーデター派を一気に急転させるのか?」
「そうだ。その会合にはオレも参加する。オレたちで一族をまとめるんだ!」
そう語るシスイは、久々に会った友は、頼もしく感じられる。
久しく感じられなかった光を、希望を抱くことができる。
それでも、気になってしまうことがあった。
「なあ、シスイ」
「どうしたイタチ……?」
「この件にミズナはどのくらい関わっている?」
あの不特定多数にかける幻術を見破ったのは彼女だった。だからこそ、確かめておきたかった。
「ああ……あの子には一族と〝砂〟や〝霧〟との接近ぐあいを横流ししてもらっていたんだ」
「なに……?」
始まりは、彼女の才能を、〝砂〟の上層部の人間が目に
「ああ、一族が発起したときのために、あの子を使って、他里への根回しをしていたらしい。〝木ノ葉〟の監視をかい潜って、上手く立ち回ってたって言ってたぞ?」
――なんでも、〝木ノ葉〟の監視の前で可愛くドジをして、〝砂〟の警備に捕まってみせたりしてたらしい。その際にこっそり文書を渡したりしてな。
後半はほとんど頭に入ってはこなかった。
あからさまに危険な仕事だ。それを父は、うちはミズナにやらせていたと言う。
彼女の才能は認める。彼女ならば、その程度のことをこなしても当たり前なのかもしれない。
だが――
「シスイ……! なぜ、それを黙っていた!」
「まあ、落ち着け、イタチ。あの子が、イタチには黙っていろと言っていたんだ。大方、心配をかけたくなかったんだろうな……。だが……それも、もう終わる」
「く……っ」
やり場のない感情に襲われる。
カヤの外にされていたという疎外感か、あるいは、頼られたのが自らではなかったという失望からか。
この苛立ちをどこにぶつければいいのか分からなかった。
「くく……っ、ふははっ!!」
思い悩んでいた己を見て、突然にシスイは笑い出した。
「なんだ……シスイ!!」
「いや……イタチも……。く……っ、羨ましい限りだな……」
「なんの話だ……。なんなんだ?」
なぜ笑い出したのか。なにを羨んでいるのか。
シスイの言動は理解に苦しむものばかりだった。
「ああ……だが――」
そう、息を整えシスイは言った。
まるでそれは、心を決したようだった。
二人の間を風が凪いだ。夜の到来を告げるかのような、一日の終わりを告げるかのような冷たい風だった。
そうだ。これで、この一族の混迷の全てが終わる。
「――掴むぞ……。未来を……!」
「ああ……!」
***
シスイと綿密な話し合いの末、この南賀ノ神社の一族秘密の集会場に決着を付けに来ていた。
この一日で、成功か、失敗か、大勢は決まると言っても過言ではなかった。
父――うちはフガクが
主にクーデターの計画が、今までの会合の内容だった。
どうすれば犠牲なく里に一族が君臨できるのか。そういった方法ばかりが議論をされていたのだった。
そして、父が喋り出した。
「九尾事件を発端とする我が一族への排斥。度重なる里の暗部と我らが警務部隊との衝突。そうして、我らは怒りを溜めてきたのだ!」
いつもと変わらない前口上だった。
幾人かの一族の若い者が、〝そうだ、そうだ〟と声を荒げる。
父が本当に変心しているのかの確認は取れなかった。
取るべきなのはわかっていた。だが、父はなぜか、頑なにクーデターのことを、昨夜、語ろうとはしなかったのだ。
『万華鏡写輪眼』――『別天神』の恐ろしいところは、かけられた幻術の内容を、自分の意思だと錯覚してしまうところであろう。
だからこそ、それが掛けられた幻術であると知らずに、果たしてクーデターこのまま進めるべきか、止めるべきかを父なりに悩んでいたのかもしれない。
「だからこそ、我
父の言葉に、一族の熱気が高まっていく。
ある者は、里への憎悪をばら撒いて、また、ある者は、自らの一族を讃え始める。
いつもとまるで変わらなかった。
友を信頼していないわけではない。
だが、本当に父が『別天神』に嵌められているのか、もしかしたらなにかの手違いで、失敗しているのではないかと不安に思う心が生まれる。
「――だが、少し待ってほしい!」
結果、その心配は杞憂だった。
一族が困惑でどよめいているとわかる。今になって何を言い出すのかと、喧々囂々としながら、皆、次の言葉を待つ。
「最早、力に頼る他ない。我々はそう信じていた」
父と歳の近い忍が頷いた。
あらゆる方策は既に試した。それでもこの結果であるのだと。だからこそ、他に道などないのだと。
「しかし、もう一度、立ち止まってみるべきではないのか? 確かに今までは里の中枢に一族の者が入ることなどなかった。だが、今はどうだ?」
――状況は変わった。
皆の者が、一斉にこちらに注目をする。
それが自らのことであることは、一族の者たちにとっては、周知の事実だった。
あらゆる感情を含んだ視線を一身に受ける結果になる。
「だから……どうか、もう一度、考え直してくれ……! クーデターは、中止する!!」
一族に衝撃が走った。
中には憤慨する者もいた。
皆にとっては里こそが、怒りのはけ口だったのかもしれない。
だが、それを奪われて、非難は父に向けられていた。
侃々諤々としておさまらない。
この状況は、既に予想済みだった。
だからこそ――
「――お願いだ! みんな! どうか、落ち着いて考えてくれ!!」
――うちはシスイがいる。
声がした方を向いた
予想外の、うちは
なぜ、彼がここに居るのか、誰しもが分からなかった。
――死んだはずじゃ……。偽物……か?
誰かがそう呟いた。
そうしてシスイは笑って答える。同時にその『眼』を『写輪眼』へと変えていた。
「この三つ巴を見れば、オレが本物だって事ぐらいわかるだろう? ――それとも」
次の瞬間、シスイが消える。それは刹那。
中には『写輪眼』を用いて、シスイが本物かどうか見極めようとしていた者たちもいた。『写輪眼』を使えば動体視力も上昇する。だが、そのはずであるが、皆が皆、うちはシスイの姿を見失っていた。
それこそが通り名の
「どうだ? これでわかったか?」
そう語るシスイは自慢げだった。
現れたのは、
皆の視線をシスイ一人が集めている。
それが、うちはシスイではないと、疑う者は最早いない。
間違いなく、彼が
「ああ、疑問はあると思う。なぜ、死を偽装したかについてだが、あれはオレの受けた任務において、どうしても必要なものだったんだ。この場を借りて、騒がせてしまった一族のみんなに謝罪したい!」
――すまなかった。
そう謝れば、それに噛み付く者はいない。
シスイが現れてからの動揺から立ち直れていない者が大半だった。
それを見越した上での謝罪らしい。
相手が平静でない状態で謝罪をすれば、相手はそれどころではなく文句を言う暇がない。だが、謝罪をしたという事実が残る。よくある手だった。
そして、今は、うちはシスイの生存という衝撃が一族を一色に染め上げていた。
「そしてだ! オレもクーデターの中止には賛成だ。オレたちには、まだ〝道〟がある! オレは里の上忍として、これまで数多くの任務を受けてきた。だからこそ、里と一族は歩み寄れると信じられる! 信じてほしいんだ!!」
その言葉を受け、一族の者たちがようやく立ち直る。
そして、紛糾した。
これまで通り、力に訴えかけようという者もいれば、シスイの言葉に心を動かされた者がいた。
着実に、一族の者たちの心を動かしつつあった。
そうしてシスイの演説を止めない。
「すぐにとは変わらないかもしれない。ああ、だが、待ってほしい。必ずオレは……いや、オレ
そうしてバトンが繋がれた。
一世一代の大勝負だった。
自らだけでは、こんなこと、考えもつかなかっただろう。実行もしなかっただろう。
今から行おうとしていることは、それほどに荒唐無稽なことだった。
どれほどの効果があるのか、どれほどの一族に対する抑止力になるのかはまだ未知数。
けれど、行うだけの価値はある。
「オレは今、火影直轄の組織、暗部に居る」
ゆっくりと歩き前に出る。
立ち塞がる者はいない。道は自然と開けられた。
本来なら、暗部に所属していることは他言無用だった。
だが、
そして、ここは秘密の集会所だ。
こうして口外しようと、なんら不都合は生じなかった。
一挙手一投足に注目するよう、視線がこちらに集まってくる。
「ああ……知っての通り、暗部には里の中枢に繋がりがある。だからこそ、その暗部での活躍は、上層部の目にも
その前置きに、一族の者たちは考えあぐねているようだった。
父の左手斜め前、そして、シスイの隣に立つ。
緊張はしていない。
与えられた役割はこなす。それだけのことだった。
「だからこそ、失態は許されない。一族の代表を自負して、日々任務に励んでいる。そして、功績を積み重ねている」
〝何を当たり前のことを〟と声がした。
一族に生まれたからには。
事件に巻き込まれ、一族の誇りを奪われた少女がいた。彼らの言う当たり前が、彼女を傷つけていることを、きっと知らないのだろう。
「だから、約束しよう――」
ここで言うも言わないも、己にとっては同じことだった。
なにも変わらない。だからこそ、思いつきもしなかった。
そして、言った。
***
「して、『別天神』を使った後、どうやって、
隣席から、うたたねコハル、水戸門ホムラ、志村ダンゾウ、そして自らも加えて四人。
木ノ葉隠れの里の上層部のメンバーを前に控えて居るのは若い
火影として、彼らの報告を受けている最中になる。
「はい……」
答えたのは、うちはイタチの方だった。
弱冠十一にして、暗部に所属する鬼才の持ち主であり、分隊長に、という話さえ出ている。
彼がどんな形にしろ、未来の〝木ノ葉〟を背負っていくことは疑いようもなかった。
「オレが火影になると約束しました」
凍りつき、動揺を隠せない人物が二人居た。うたたねコハルと水戸門ホムラだった。
うちはイタチは誰もが一目置く鬼才だった。
だからこそ、その手が使えた。
次は火影だ。
もし、鬼才うちはイタチがそう言ったのならば、絵空事では済まされない。現実味が、そこにはあったのだろう。
「ほう、それで
大方の予想はつけられるが、やはり本人たちの口で聞くべきだろう。感心を持ちながらも、そう問いかける。
「いえ、それでおさまらない者たちも居ました。けれどイタチが、彼らと模擬戦を行い、皆の前で勝利することで終息しました」
これに答えたのは、うちはシスイだった。
その機転には感嘆する。皆の前で急進派を打ち負かすことにより、うちはイタチの力を示すと共に、急進派の向心力を削ぐことが可能なのだ。
そして、その急進派の者たちを打ち倒すだけの実力を、既に、うちはイタチが持っていることにも。
「それもこれも、全てイタチのおかげです」
「よせ、シスイ――お前の功績も大きい」
きっかけは、『別天神』という幻術だった。
ダンゾウが、その『別天神』という幻術を狙い『眼』を奪おうとしたという話は耳に入れてある。既に手を打ち、釘も刺した。
もう迂闊には手を出してこれないことには違いないだろう。
「だが、火影とは、そう簡単になれるものではないぞ?」
決まってこういうことを言うのはダンゾウだった。
だが、うちはイタチはその言葉を臆することなく受け止めていた。
「なれるかなれないかじゃありません。なるんです」
その瞳には、強い意志が灯されている。
「うむ、その覚悟、しかと受け取った」
未来は存外と明るく照らされているのだと、理解させられた。
勝った。第三部完!