なにもみえない   作:百花 蓮

31 / 47
 たくさんの評価とお気に入り、そして感想、ありがとうございました。


最強幻術、宣言、終息

「来たか。イタチ……」

 

 一族の集落は木ノ葉のカメラで暗部に監視されている。

 場所はいつもの崖の上だった。

 

「シスイ……」

 

「久しぶりだな、イタチ」

 

 カメラに映るシスイを見つけたことがここに来た理由だった。

 

 見間違いか、あるいは幻術か、その類いを怪しんだが、どうやらそうではないようだ。

 だか、本物という保証もない。

 

「そう身構えるな……」

 

 スッと、眼の色が変わる。

 赤に三つ巴。間違いなく『写輪眼』だった。

 

 『写輪眼』の切り替えができる。うちは一族である証左に違いなかった。

 まず、シスイで間違いないことがわかる。

 

「どうして、あそこまでして姿を消していた……?」

 

 それがわからなかった。

 『(こと)(あまつ)(かみ)』を使うために、うちはフガクを襲撃するにしても、そこまでする理由はない。

 

「ダンゾウに、〝根〟に命を狙われていた。欺くにはこれしかなかったんだ」

 

「ダンゾウに……?」

 

 自らの上司でもある、里の闇。

 そのダンゾウがシスイを狙うとすれば理由は限られる。

 

「ああ、『別天神』を使うと、上層部に進言したとき、ダンゾウもその場にいた。そして、この『眼』を欲しがったんだろう」

 

 『別天神』とは、バレずに相手を操れる幻術だ。もし政治に使うのだとして、その利用価値は計り知れない。

 

 ある意味で、当然の結果だったと言えるだろう。

 

「だが、あの死体の幻術はなんだ。あれも、『万華鏡写輪眼』の瞳術なのか?」

 

「いや、あいにくオレは両眼ともに『別天神』だ。あれは別の幻術さ」

 

 『万華鏡写輪眼』を開眼した際、片目ずつ、固有の瞳術を開眼すると聞いた。シスイの言う通りであれば、あれは『万華鏡写輪眼』の瞳術ではないということになる。

 いまひとつ、腑に落ちない説明ではあった。

 

 それに加えて、疑問はまだある。

 

「なら、シスイ……。なぜ、今、姿を現した」

 

 己にも今まで伝えず、身を潜めていたほどだ。

 姿を現したことには、何か理由があるに違いなかった。

 

「ああ……。そうだ、成功した……」

 

「なに……?」

 

「無事、うちはフガクを『別天神』に嵌められたんだ……!」

 

「…………」

 

 驚きで目を見開く。

 あの、強硬にクーデターを起こそうとしている父が変わっていたというのだ。にわかには信じがたい。

 

「ああ、すぐにとも簡単にとも言わないが、これで一族も抑えられるはずだ。少なくとも、もうクーデターなんかは起こさなくて済むはずだぞ、イタチ」

 

 喜ばしいはずだが、なぜか背中には悪寒が伝った。嫌な予感がした。

 だが、この不安は飲み込むほかなかった。

 

「これから、どうする?」

 

 なんにせよ、これからの展望を話し合わなければならない。

 これからが、重要だった。

 

「明日、次の一族の会合が開かれるだろう?」

 

「そこでクーデター派を一気に急転させるのか?」

 

「そうだ。その会合にはオレも参加する。オレたちで一族をまとめるんだ!」

 

 そう語るシスイは、久々に会った友は、頼もしく感じられる。

 久しく感じられなかった光を、希望を抱くことができる。

 

 それでも、気になってしまうことがあった。

 

「なあ、シスイ」

 

「どうしたイタチ……?」

 

「この件にミズナはどのくらい関わっている?」

 

 あの不特定多数にかける幻術を見破ったのは彼女だった。だからこそ、確かめておきたかった。

 

「ああ……あの子には一族と〝砂〟や〝霧〟との接近ぐあいを横流ししてもらっていたんだ」

 

「なに……?」

 

 始まりは、彼女の才能を、〝砂〟の上層部の人間が目に()めたことだったはずだ。

 

「ああ、一族が発起したときのために、あの子を使って、他里への根回しをしていたらしい。〝木ノ葉〟の監視をかい潜って、上手く立ち回ってたって言ってたぞ?」

 

 ――なんでも、〝木ノ葉〟の監視の前で可愛くドジをして、〝砂〟の警備に捕まってみせたりしてたらしい。その際にこっそり文書を渡したりしてな。

 

 後半はほとんど頭に入ってはこなかった。

 あからさまに危険な仕事だ。それを父は、うちはミズナにやらせていたと言う。

 

 彼女の才能は認める。彼女ならば、その程度のことをこなしても当たり前なのかもしれない。

 

 

 だが――

 

 

「シスイ……! なぜ、それを黙っていた!」

 

「まあ、落ち着け、イタチ。あの子が、イタチには黙っていろと言っていたんだ。大方、心配をかけたくなかったんだろうな……。だが……それも、もう終わる」

 

「く……っ」

 

 やり場のない感情に襲われる。

 カヤの外にされていたという疎外感か、あるいは、頼られたのが自らではなかったという失望からか。

 この苛立ちをどこにぶつければいいのか分からなかった。

 

「くく……っ、ふははっ!!」

 

 思い悩んでいた己を見て、突然にシスイは笑い出した。

 

「なんだ……シスイ!!」

 

「いや……イタチも……。く……っ、羨ましい限りだな……」

 

「なんの話だ……。なんなんだ?」

 

 なぜ笑い出したのか。なにを羨んでいるのか。

 シスイの言動は理解に苦しむものばかりだった。

 

「ああ……だが――」

 

 そう、息を整えシスイは言った。

 まるでそれは、心を決したようだった。

 

 二人の間を風が凪いだ。夜の到来を告げるかのような、一日の終わりを告げるかのような冷たい風だった。

 そうだ。これで、この一族の混迷の全てが終わる。

 

「――掴むぞ……。未来を……!」

 

「ああ……!」

 

 

 ***

 

 

 シスイと綿密な話し合いの末、この南賀ノ神社の一族秘密の集会場に決着を付けに来ていた。

 この一日で、成功か、失敗か、大勢は決まると言っても過言ではなかった。

 

 父――うちはフガクが(かみ)()に立ち、それを他の一族の者たちが対面で聞くという形だ。

 

 主にクーデターの計画が、今までの会合の内容だった。

 どうすれば犠牲なく里に一族が君臨できるのか。そういった方法ばかりが議論をされていたのだった。

 

 そして、父が喋り出した。

 

「九尾事件を発端とする我が一族への排斥。度重なる里の暗部と我らが警務部隊との衝突。そうして、我らは怒りを溜めてきたのだ!」

 

 いつもと変わらない前口上だった。

 幾人かの一族の若い者が、〝そうだ、そうだ〟と声を荒げる。

 

 父が本当に変心しているのかの確認は取れなかった。

 取るべきなのはわかっていた。だが、父はなぜか、頑なにクーデターのことを、昨夜、語ろうとはしなかったのだ。

 

 『万華鏡写輪眼』――『別天神』の恐ろしいところは、かけられた幻術の内容を、自分の意思だと錯覚してしまうところであろう。

 

 だからこそ、それが掛けられた幻術であると知らずに、果たしてクーデターこのまま進めるべきか、止めるべきかを父なりに悩んでいたのかもしれない。

 

「だからこそ、我ら――( )うちは一族は、こうして立ち上がろうとしている……!」

 

 父の言葉に、一族の熱気が高まっていく。

 ある者は、里への憎悪をばら撒いて、また、ある者は、自らの一族を讃え始める。

 

 いつもとまるで変わらなかった。

 

 友を信頼していないわけではない。

 だが、本当に父が『別天神』に嵌められているのか、もしかしたらなにかの手違いで、失敗しているのではないかと不安に思う心が生まれる。

 

「――だが、少し待ってほしい!」

 

 結果、その心配は杞憂だった。

 

 一族が困惑でどよめいているとわかる。今になって何を言い出すのかと、喧々囂々としながら、皆、次の言葉を待つ。

 

「最早、力に頼る他ない。我々はそう信じていた」

 

 父と歳の近い忍が頷いた。

 あらゆる方策は既に試した。それでもこの結果であるのだと。だからこそ、他に道などないのだと。

 

「しかし、もう一度、立ち止まってみるべきではないのか? 確かに今までは里の中枢に一族の者が入ることなどなかった。だが、今はどうだ?」

 

 ――状況は変わった。

 

 皆の者が、一斉にこちらに注目をする。

 それが自らのことであることは、一族の者たちにとっては、周知の事実だった。

 

 あらゆる感情を含んだ視線を一身に受ける結果になる。

 

「だから……どうか、もう一度、考え直してくれ……! クーデターは、中止する!!」

 

 一族に衝撃が走った。

 中には憤慨する者もいた。

 皆にとっては里こそが、怒りのはけ口だったのかもしれない。

 だが、それを奪われて、非難は父に向けられていた。

 

 侃々諤々としておさまらない。

 この状況は、既に予想済みだった。

 だからこそ――

 

「――お願いだ! みんな! どうか、落ち着いて考えてくれ!!」

 

 ――うちはシスイがいる。

 

 声がした方を向いた(しのび)たちは、皆、一様に驚愕を顔に浮かべていた。

 

 予想外の、うちは(いち)の手練の登場により、場は一瞬で粛然とした。

 なぜ、彼がここに居るのか、誰しもが分からなかった。

 

 ――死んだはずじゃ……。偽物……か?

 

 誰かがそう呟いた。

 

 そうしてシスイは笑って答える。同時にその『眼』を『写輪眼』へと変えていた。

 

「この三つ巴を見れば、オレが本物だって事ぐらいわかるだろう? ――それとも」

 

 次の瞬間、シスイが消える。それは刹那。

 中には『写輪眼』を用いて、シスイが本物かどうか見極めようとしていた者たちもいた。『写輪眼』を使えば動体視力も上昇する。だが、そのはずであるが、皆が皆、うちはシスイの姿を見失っていた。

 

 それこそが通り名の由縁(ゆえん)だった。瞬身のシスイここにあり、とでも言うべきであろうか。

 

「どうだ? これでわかったか?」

 

 そう語るシスイは自慢げだった。

 現れたのは、(かみ)()、ちょうど父の右手斜め前にシスイは立った。

 

 皆の視線をシスイ一人が集めている。

 それが、うちはシスイではないと、疑う者は最早いない。

 間違いなく、彼が()()()(いち)の手練だった。

 

「ああ、疑問はあると思う。なぜ、死を偽装したかについてだが、あれはオレの受けた任務において、どうしても必要なものだったんだ。この場を借りて、騒がせてしまった一族のみんなに謝罪したい!」

 

 ――すまなかった。

 

 そう謝れば、それに噛み付く者はいない。

 シスイが現れてからの動揺から立ち直れていない者が大半だった。

 それを見越した上での謝罪らしい。

 

 相手が平静でない状態で謝罪をすれば、相手はそれどころではなく文句を言う暇がない。だが、謝罪をしたという事実が残る。よくある手だった。

 

 そして、今は、うちはシスイの生存という衝撃が一族を一色に染め上げていた。

 

「そしてだ! オレもクーデターの中止には賛成だ。オレたちには、まだ〝道〟がある! オレは里の上忍として、これまで数多くの任務を受けてきた。だからこそ、里と一族は歩み寄れると信じられる! 信じてほしいんだ!!」

 

 その言葉を受け、一族の者たちがようやく立ち直る。

 そして、紛糾した。

 

 これまで通り、力に訴えかけようという者もいれば、シスイの言葉に心を動かされた者がいた。

 着実に、一族の者たちの心を動かしつつあった。

 

 そうしてシスイの演説を止めない。

 

「すぐにとは変わらないかもしれない。ああ、だが、待ってほしい。必ずオレは……いや、オレ()()は里と一族を繋いでみせる!! そうだろ? イタチ!」

 

 そうしてバトンが繋がれた。

 一世一代の大勝負だった。

 自らだけでは、こんなこと、考えもつかなかっただろう。実行もしなかっただろう。

 

 今から行おうとしていることは、それほどに荒唐無稽なことだった。

 どれほどの効果があるのか、どれほどの一族に対する抑止力になるのかはまだ未知数。

 けれど、行うだけの価値はある。

 

「オレは今、火影直轄の組織、暗部に居る」

 

 ゆっくりと歩き前に出る。

 立ち塞がる者はいない。道は自然と開けられた。

 

 本来なら、暗部に所属していることは他言無用だった。

 だが、()()()には、うちはイタチが暗部に所属していることが、公然の秘密として広がっていた。

 

 そして、ここは秘密の集会所だ。

 こうして口外しようと、なんら不都合は生じなかった。

 

 一挙手一投足に注目するよう、視線がこちらに集まってくる。

 

「ああ……知っての通り、暗部には里の中枢に繋がりがある。だからこそ、その暗部での活躍は、上層部の目にも()まりやすい」

 

 その前置きに、一族の者たちは考えあぐねているようだった。

 

 父の左手斜め前、そして、シスイの隣に立つ。

 緊張はしていない。

 与えられた役割はこなす。それだけのことだった。

 

「だからこそ、失態は許されない。一族の代表を自負して、日々任務に励んでいる。そして、功績を積み重ねている」

 

 〝何を当たり前のことを〟と声がした。

 一族に生まれたからには。

 事件に巻き込まれ、一族の誇りを奪われた少女がいた。彼らの言う当たり前が、彼女を傷つけていることを、きっと知らないのだろう。

 

「だから、約束しよう――」

 

 ここで言うも言わないも、己にとっては同じことだった。

 なにも変わらない。だからこそ、思いつきもしなかった。

 

 そして、言った。

 

 

 ***

 

 

「して、『別天神』を使った後、どうやって、()()()のクーデターを抑えたのだ?」

 

 隣席から、うたたねコハル、水戸門ホムラ、志村ダンゾウ、そして自らも加えて四人。

 木ノ葉隠れの里の上層部のメンバーを前に控えて居るのは若い()()()の二人。

 火影として、彼らの報告を受けている最中になる。

 

「はい……」

 

 答えたのは、うちはイタチの方だった。

 弱冠十一にして、暗部に所属する鬼才の持ち主であり、分隊長に、という話さえ出ている。

 彼がどんな形にしろ、未来の〝木ノ葉〟を背負っていくことは疑いようもなかった。

 

「オレが火影になると約束しました」

 

 凍りつき、動揺を隠せない人物が二人居た。うたたねコハルと水戸門ホムラだった。

 ()()()を嫌う二人だからこその反応だった。

 

 うちはイタチは誰もが一目置く鬼才だった。

 忍者学校(アカデミー)の飛び級から、中忍、暗部へと、とんとん拍子に駆け上がった。

 

 だからこそ、その手が使えた。

 

 次は火影だ。

 もし、鬼才うちはイタチがそう言ったのならば、絵空事では済まされない。現実味が、そこにはあったのだろう。

 

「ほう、それで()()()はおさまったんじゃな?」

 

 大方の予想はつけられるが、やはり本人たちの口で聞くべきだろう。感心を持ちながらも、そう問いかける。

 

「いえ、それでおさまらない者たちも居ました。けれどイタチが、彼らと模擬戦を行い、皆の前で勝利することで終息しました」

 

 これに答えたのは、うちはシスイだった。

 その機転には感嘆する。皆の前で急進派を打ち負かすことにより、うちはイタチの力を示すと共に、急進派の向心力を削ぐことが可能なのだ。

 そして、その急進派の者たちを打ち倒すだけの実力を、既に、うちはイタチが持っていることにも。

 

「それもこれも、全てイタチのおかげです」

 

「よせ、シスイ――お前の功績も大きい」

 

 きっかけは、『別天神』という幻術だった。

 

 ダンゾウが、その『別天神』という幻術を狙い『眼』を奪おうとしたという話は耳に入れてある。既に手を打ち、釘も刺した。

 もう迂闊には手を出してこれないことには違いないだろう。

 

「だが、火影とは、そう簡単になれるものではないぞ?」

 

 決まってこういうことを言うのはダンゾウだった。

 だが、うちはイタチはその言葉を臆することなく受け止めていた。

 

「なれるかなれないかじゃありません。なるんです」

 

 その瞳には、強い意志が灯されている。

 

「うむ、その覚悟、しかと受け取った」

 

 未来は存外と明るく照らされているのだと、理解させられた。




 勝った。第三部完!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。