なにもみえない   作:百花 蓮

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 夢を見たんです。サスケが両目とも『神威』のオビトに、手も足も出ない夢を……。


期待、崩壊への一歩、後悔

「姉さん。今日、兄さんが早く帰ってくるってホント?」

 

「ええ、本当よ?」

 

 フガクさんとミコトさんは旅行に出かけているところだった。予定では明日の昼頃に帰ってくる。

 

 だがイタチは明日までの期限の任務を、今日終わらせて帰ってくる。こっそりと、それが可能な任務であると私に教えてくれたのだ。

 だから、私は機嫌がよかった。

 

 料理も腕によりをかけたものになる。

 

「オレの修行、見てくれるかな?」

 

「うーん、夕食前にギリギリって言ってたから、それは難しいんじゃないかな」

 

「そっか……」

 

 目に見えてサスケは落胆していた。

 私の要望に応えるのでも手一杯そうだったが、私のワガママだけ通してしまったことに罪悪感を覚える。サスケのことも考えておけばよかった。

 

「ねぇ、サスケ。いま、なんの修行してる? 『豪火球』? 『影分身』? 手裏剣術とか?」

 

 なんとなく、私やイタチが〝忍者学校(アカデミー)〟時代に特別な修行としてやっていたことや覚えた術を挙げた。

 最近サスケは一人で修行していることが多くて、なんの修行を見てほしいのかいまいち把握できてなかったからだ。

 

 『影分身』や『豪火球』くらいなら、私でも教えられるし。サスケなら、きっとできるはずだ。

 そしたら、サスケの表情が暗くなるのがわかった。

 

「姉さんも、兄さんも、〝忍者学校(アカデミー)〟を一年で卒業したんだったよね……」

 

 そして、なんの脈絡もなくサスケはそう言った。

 よくわからないけど、それは正しくもあり、間違ってもいた。私とイタチを一緒くたにする。そんな間違いは正さなければならない。

 

「そうだけど……。あのね、サスケ。私は、お情けで卒業だったよ? 目が見えなくて、授業も難しいって判断されたから……」

 

「兄さんより先に姉さんの卒業の内定が決まってたって、〝忍者学校(アカデミー)〟の先生は言ってた……」

 

「え……?」

 

 そんな話は聞いたことがなかった。

 私があのイタチに先んじれるなんて、きっと何かの間違いだろう。

 

「もし、あんな事件なかったら、いまごろは兄さんよりも活躍してただろうって……」

 

「まさか……。その先生も、冗談がお得意ねっ」

 

 そういえば、〝忍者学校(アカデミー)〟ではイタチ憎しで比較的私が贔屓されていたことを思い出した。

 同じ()()()だったけど……。

 

 うーん……そんなことを言う先生もいるかもしれない。

 

「ねぇ、姉さんはもう忍をやらないの? 今でも姉さんはすごいし……」

 

「ふふ、兄さんがね……私は家に居た方が嬉しいって言うのよ。だからこれからは、そういう形でイタチに尽くすわ」

 

 なぜかサスケは微妙な表情をしていた。

 

 まあ、サスケの言っていることは分からなくもない。イタチが活躍すれば、サスケが活躍すれば、私だって嬉しい。家族というのはそういうものだ。

 だから、私が活躍したら、サスケだって嬉しいのだろう。

 

「ねぇ、じゃあ、姉さん。オレと兄さんが火事で取り残されたとして、姉さんはどっちを助ける?」

 

 その質問の意味はよくわからなかった。

 大して考えないまま、答えまでの間はない。

 

「それなら、サスケを助けるよ?」

 

「なら……」

 

「イタチなら、自分で助かりそうだし……」

 

 ――水のないところでも、それなりの水遁を使えるんじゃないかな。

 

「…………」

 

 私が遮ってしまう前に、サスケはなにかを言おうとしていた。

 それなのに、私の考えを聞いて、サスケは呆然として言葉を失ってしまっていた。

 私は首を傾げてしまった。

 

「サスケ……?」

 

「……なんでもない」

 

 その明るくない表情で、私は回答を間違ってしまったのだとわかった。

 どうにかして、サスケの感じているであろう心の淀みを取り除かなければならないと思った。でも、私にはそれができないんじゃないかとも直感した。

 

「ねぇ、サスケ……。もしかして、焦ってる?」

 

「…………」

 

 なぜなら、私もそう言われたからだ。

 

「わかるよ。その気持ちは……。私も、兄さんに置いていかれないように必死だったから……」

 

 今でも不安なのは違いない。

 それでも私は、もう一族も抑えられたのだから、イタチを信じることに決めた。

 

「姉さんは……っ、姉さんは……!」

 

 今にもサスケは泣き出しそうだった。

 とっさに私はサスケの小さな身体を両手いっぱいに抱きしめる。

 

「姉さんは……兄さんに負けないくらい、凄いんだ……」

 

「サスケ……」

 

 それに答えることはできない。

 私はこの人生の中で、イタチに負け続けていた。負けて、負けて、負けて……イタチと争う気なんてない。

 それよりも、私はイタチのモノだから、どうしてでもイタチの役に立ちたかった。

 

「姉さん……」

 

「ごめん……サスケ……」

 

 こればかりはどうしようもなく、私はサスケに謝っていた。

 

 サスケに気を取られていたその時だ。

 戸を叩く音が聞こえた。

 

「兄さんかな……」

 

 イタチにしては、少し早い気がした。

 

 

 ***

 

 

 家の戸に手をかける。

 

 思えば、一族を抑えた後のあの夜を過ぎて、彼女の機嫌はあからさまに悪かった。

 シスイに相談しようと、〝素直になれよ〟と助言にならない助言しかもらえずに、こうして両親の旅行中、こっそりと早く帰ってくることしか、有効な手立ては考えられなかった。

 

 この彼女の提案を、飲むと彼女に伝えてからは、彼女の機嫌の悪さはすっかりとなりを潜めていた。

 だからこそ、裏切るわけにはいかなかった。裏切ったら、きっと、あとはないだろうことくらい悟れる。

 

 そうして今、玄関の戸に手をかけている。

 

 気配を探ることが上手い彼女であるから、いつもにも増した笑みで、玄関まで走って容赦なく抱きついてくるだろうと予想ができた。

 少し身構える必要があった。

 

「ふぅ……」

 

 息を整え、戸を開いた。

 

「…………」

 

 目の前に広がっていたのは、予想に反した光景だった。

 彼女は力なく、床の上で普段はしない割座のまま呆然としていた。

 

「あ、イタチ……。おかえり……」

 

「……ああ、ただいま」

 

 こちらに気づいて、彼女は辛そうに笑顔を作った。

 

「兄さん……」

 

 サスケもまた、どうしたらいいかわからないのか、壁にもたれかかり、憔悴したようだった。

 助けを求めるような表情だった。

 

「どうした?」

 

「あのね、イタチ――」

 

 苦しそうな彼女の声だった。

 それだけで、ただならぬことが起きたのだと理解できる。嫌な予感がした。

 

 

 ――フガクさんと、ミコトさんが……死んじゃったんだって……。

 

 

 まるで夢の中にいるかのように、その言葉は実感がわかない。

 

 全てがうまくいっている。そのはずだった。

 

「本当なのか……?」

 

「わかんない……。そう聞いただけだから……」

 

 彼女も認めたくないのは同じだった。

 

 それでも、両親の死を聞いてそれでも、冷静な自分がいることがわかった。

 

 まず湧いてきたのはしてやられたという感情だった。

 父――うちはフガクは〝兇眼〟のフガクと恐れられるほどの(つわもの)であり、『万華鏡写輪眼』の持ち主でもあった。

 並大抵のことでやられはしない。そう思い、安心しきっていたのだ。暗部の監視も……。

 

 そして全てを考え直さなくてはならないという焦りが込み上げる。

 一族は父が抑えていた部分もある。ようやくクーデターを抑え込めたというのに、振り出しというのは何よりも避けたかった。

 手を打つ必要があった。

 

「に、兄さん……」

 

 訝しげに、こちらを見つめるサスケがいた。

 その眼は、何か得体の知れないものを見つめるような眼だった。

 

 これ以上こうしているのは避けなければならないだろう。

 

「ミズナ、立てるか?」

 

「う、うん」

 

 力の抜けたように座り込む彼女に手を貸す。

 何時間もこうしているようだった。床には一度濡れて、乾いたような跡ができていることからそれがわかる。

 

 涙も枯れてしまっただろう。

 

「夕飯は?」

 

「……あ……まだ……」

 

「わかった、オレも手伝おう」

 

「……うん」

 

 普段の彼女なら、手伝うことなどできないほどに料理をこなすことができる。

 けれど、今は、夢遊病者のような足取りでついてくることしかできない。そんな彼女に全てを任せることなどできない。

 

「兄さん、オレは……」

 

「すまない、サスケ。お前は待っていてくれ」

 

 協力してくれる気持ちだけでも嬉しかった。

 

「でも……」

 

 いつものように、そんなサスケの額を小突く。

 それ以上に、何か言いたそうだったけれども、言葉は飲み込まれた。不服そうだが、わかってくれたようだった。

 

 手を引いて、彼女を台所へと連れていく。

 

「ミズナ……大丈夫そうか……?」

 

「うん……」

 

「本当にか……?」

 

「うん……」

 

 恍惚とした状態から、刃物や火の類いをまだ扱わせてはならないことがわかる。

 彼女は人よりも集中力が必要な感知能力頼りだから、今が一番危なかった。防げる悲劇を起こすわけにはいかなかった。

 

「わかった、オレがやる。指示は頼んだ」

 

「え……。うん……」

 

 料理は彼女の言う通りにやるだけだった。

 脅迫でもされているかのように家事に手を抜かない彼女であるから、彼女の計画にないことを行うというのが忍びない。そのためのできる限りの配慮だった。

 

 無理にでも調理に参加してこようとする彼女を諌めつつ、料理を完成させる。

 味見をさせて、彼女の満足する出来栄えになった。

 

「むう……。イタチの方が……味も手際もいいじゃない……」

 

「お前の方が、オレたちの好みをわかってる。それに、一つ一つの手際はオレの方が良くとも、並列した作業はお前の方が上手いさ」

 

「……うぅ」

 

 彼女には自身では敵わない部分が幾つかあった。

 感知能力しかり、協調性しかり、それ以外にも探せばいくらでもある。

 家族それぞれの味の好みに関して言えば、彼女は他人の表情の機微に聡く、食べた瞬間の反応から、その味付けが是か非か見極められるところからきていた。とても真似できるものではない。

 

「サスケ……お待たせ……」

 

 そうして料理を運んでいく。

 やはりサスケは複雑そうな表情で、彼女とこちらに視線を交互に送っていた。

 

 黙々と食べるだけであり、食事中に会話はなかった。

 サスケは何か言いたそうに時折こちらを見るものの、声に出すことはなかった。

 何を言いたいのか知る余裕もなかった。

 

 

 ***

 

 

 通夜が終わり、葬式が終わった。

 棺桶の中が(から)であるということもなかった。父の遺体には眼がなかったことから、それが〝血継限界〟を狙う者の仕業であると里は判断した。

 

 父と母の葬式は、それなりの規模で行われた。一族総出で死を悼まれた。

 いや、父の死を純粋に悼んでいる者は少なく、一族のこれからへの嘆きの方が多く聞こえた。

 

 ただ、棺の前で、彼女の声が、うちはミズナが両親に向けて謝る声が悲痛に響いていたことだけが強く印象に残った。

 

「あはは……イタチ……」

 

 あの父と母が死んだと報告があってから数日間、彼女に料理を任せることができない日々が続いた。

 料理どころか風呂さえも、彼女だけにしておくことは堪えられなかった。彼女さえもいなくなってしまうのではないかと心配だった。

 

「どうした、ミズナ?」

 

「私、私、ね。こんなことになるなんて、思ってもみなかったの……」

 

「……ああ」

 

「私……」

 

 布団の上で、彼女に寄り添う。

 思えば、自身が精神的に衰弱していた時、彼女はいつもそうやってくれていた。

 

「私、ね。謝れなかった……。ケンカしたままだった……。駄々をこねて、そのままだった……」

 

「それは、オレだって同じさ」

 

 彼女と同じ思いを共有し、共感し、こうして寄り添えるのは、おそらく自らだけだった。

 それが十分な救いになることは、彼女から教えられている。

 

「でもね、イタチ……私、悲しくないのよ?」

 

 そう言って、彼女はこちらに笑顔を向ける。

 わかりやすい嘘だった。

 

「ほんとう。そんな、悲しい顔はしないで? 私ね、ずっと、ミコトさんや、フガクさんのことを、本当の両親だと、思えてなかったの」

 

「…………」

 

 突然のカミングアウトに違いなかったが、言葉なく受け入れることが最善だと思えた。

 どんな慰めも、彼女の求めるものではないと感じたからだった。

 

「……ええ、そうよ。私の両親は()()()()だけ! 代わりなんて無理だったの!」

 

 強くなる語調に、彼女の感情が高ぶっていることがわかった。

 聞いていて、切なかった。

 

「……だ、だから……私は……。私は……」

 

 口にするべき言葉を見失ったかのように、彼女は錯迷する。

 その情緒の不安定さは、見ているだけでも辛かった。

 

「大丈夫だ。聞かせてくれ」

 

 そっと、安心させるよう、背中を撫でる。

 全てを聞く義務があった。聞かなければ後悔すると、そんな気がした。

 

「か、悲しくない……。本当に悲しくない……、そ、それだけ……」

 

 躊躇っているような、恐れているような、そんな彼女をどうすればいいか、わずかな間、思案した。

 

「だったら、喜べばいい……。これからは、一緒に寝ても、文句は言われないだろう?」

 

「……イタチの意地悪。喜べるはず、ないじゃん」

 

「だったら、そういうことだ。無理をするな……」

 

 抱きしめる。胸に(いだ)かれ、彼女は額を擦り付ける。表情は、もう見えなかった。

 

「ごめんなさい……。許して……。ねぇ、私を許して……」

 

 誰にでもなく、彼女は許しを乞う。

 彼女の持つ罪の意識の全てを推し量ることなどできない。

 

 

 ――それでも。

 

 

「たとえお前にどう思われようと、いつまでもオレたちはお前の家族だ。お前は本当に愛しい子だ」

 

 

 許されないはずがなかった。

 

 

「う……うぐ……」

 

「泣いてくれ……。きっと、そっちの方が報われてくれるはずだ」

 

「う、うん……」

 

 父の想い、母の想いの全ては決してわからないが、二人が彼女のことを大切に思っていたのは確かだった。間違いなく愛していた。

 

 彼女は可哀想な少女とよく呼ばれていた。

 

 ()()()という一族に生まれて、里に疎まれ――( )『眼』を、一族の誇りを奪われて、一族に憐れまれ――( )

 

 彼女の拠り所は家族しかないのだと、実感したことは幾たびかあった。

 

 その家族である両親は死んでしまった。

 

 だからこそ、彼女の拠り所は、自分と、サスケしかいなかった。

 

 彼女を幸せにできるのも、また――( )

 

 彼女は、うちはイタチのために、できること全てをしてくれようとしていた。

 それに果たして応えられていたかと言えば、否だった。彼女のためには、何もできていなかった。

 

 今も、彼女の人生は彼女のためにあるべきだと思う。それに相反して、彼女にそばに居てほしいと思う自分がいた。根拠なく、彼女の人生が自らの人生と重なっていることに前提を置く自分がいた。

 

「うぅ……ごめんなさい。……こんな手のかかる子で、ごめんなさい」

 

 彼女は泣いていた。

 両親の死は、自身にも深い悲しみを刻んでいた。

 だが、何時間も、何時間もかけて流された彼女の涙に、それも洗い流されていってしまうような気分になった。

 

 まるで悲しみが彼女に奪い取られてしまったかのようだった。感情を分かち合うということが、彼女とならできるのだと、まるで彼女が自身の一部であるかのように感じられてしまった。

 

 一頻り泣いた後だった。

 

「ねぇ、イタチ……。私、新しい家に住みたい」

 

「この家を、出て行くのか?」

 

「思い出して、悲しくなるから……。私だけでも、出て行きたい」

 

「お前を一人にはさせないさ」

 

 これから、考えることが多かった。




???「オレは(ふく)しゅー(しゃ)だ」

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