なにもみえない   作:百花 蓮

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 五ヶ月、更新をサボりました。すみません。今回は、十話連続更新です。

 キツい描写があります。注意です。


絆、罅、私は貴方と

 私は布団の中でぼーっとしていた。大きな虚脱感で、動く気力が湧かなかった。まだヒリヒリとちょっと痛い。

 隣にもうイタチはいない。今も漂う残り香が、私の心を慰めてくれる。

 

 少し強引だったと思う。

 抵抗する私から、衣服を剥ぎ取って、コトに及んだ。熱烈なイタチの態度に、始まる辺りは私も熱に浮かされていたけど。浮ついた気分で、動けなくなっていたけど。

 

 抱きしめられて、求められて、最初は癒えない傷を付けられているかのようだった。取り返しのつかないことをしているという背徳感に私は支配された。

 悶える身体を押さえつけられ、私の感覚に、記憶に痛みが鮮烈に刻み込まれ、私は彼のモノであるのだと、否が応でも理解させられた。

 

 頭がスッとなるのがわかった。それは私の意思と動作を鈍らせるような感覚で、罪悪感に紛れ、歓喜や興奮にも似た達成感が私を捕らえているのだとわかる。

 肌へと与えられる刺激に対する感動の比率が、いつにも増して、痛覚を置き去りにして、私を痺れさせるように襲いかかってくる。私は声まじりの息を吐いた。

 

 時間が経つにつれ、求める激しさが増すにつれ、私もおかしくなっていった。

 心臓の鼓動は激しさを増し、巡る血液は熱を帯び、全身へ、込み上げてくる想いを、苦しさを運んだ。

 リズムに合わせて収縮を繰り返すお腹の筋肉は、身体から空気を追い出して、意識を朦朧とさせる。吐き出す息を嬌声に変える。

 

 本当に熱くて、頭が変になる。信じられないほどの発汗で、互いにぐしゃぐしゃになる。何も考えることができない。

 感じるままに従って、彼の求めに応じることが私の全てで、ただ本能のささやくままに温もりを分け合い縋っていた。

 

 本当は短い時間だったかもしれない。それでも長く、私には、こんな時がずっと続くんだと思えるくらいに長く。

 そしてそんな時間は唐突に終わった。

 

 不自然な痛みと熱さが私の中で、苦しくも心臓が異様なほどの強度と間隔で脈を打っていて、強くなった抱きしめる力に、今までの、胸に秘めてきた想いと、私たちの繋がりの深さを実感する。

 呼ばれる名前、私を包む安心感、私も応えて名前を呼んだ。喘ぐように絞り出した声と共に、私の身体は電流が通ったようにほんの一瞬だけ痙攣する。

 

 わずかに遅れて、お腹から太ももへ妙な脱力感が伝った。

 溜まっていたものが流れ出てしまっていた。

 私は涙を流していた。

 とてもとても恥ずかしかった。

 

 それなのに、お構いなしだ。私はもう、筋肉をこわばらせることもできないほどに体も心も疲弊している。ぐぐっと力が込められる。もっともっとと、私たちの絆は熱を上げて深められていく。

 弛んだ隙を突くように、ぴったりとくっついて、内臓全てに気持ち悪さが響き渡り、けれど続いていくうちに、それも優しさですぐに塗り替えられた。

 

 そのときはフワフワとした意識の明滅があって、クラクラとした怠さに包まれていて、なにもできず受け取る感覚に身体を震わせるだけ。声を漏らすだけ。雲の上にいるようで、正しさの判断がつかなかった。違う、もう少しで終わるのだと分かっていたけど、されたこと、されることが、ぜんぶ正しかった。

 

 頭が正常に戻ろうとする次の瞬間にはもう、身体が跳ねる。与えられる刺激の全てに、余計な思考をそぎ落とされる。なんども繰り返され、私は既にもとには戻れないのだと悟る他なかった。

 身体が疼いてたまらなかった。進んで私はくすぐったくなっていたところを擦り付けて、涙ながらに肌と肌でお願いして、撫でてもらう。それがよくなると起こる身体がうねる感覚は、重ねるたびに長くなった。

 彼だけを感じて、愛した。

 

 ギュッとされ、全身を伝わって、フワフワとした感覚がまた。それも終わらないのに、丁寧に可愛がられて、身体が勝手に波を打つ感覚がそこに繋がる。もうダメになってしまいそうで、離れようとするが、許されない。抱き直すときの強い刺激で、痺れるような瞬間的な脱力感が私を襲い、受け続けた他の感覚と重なっていく。

 

 全身から、脊髄を貫いて脳にまで。限界を超えた情報量が届いていた。死んでしまうと思ったけれど、耐えられない。頭がオーバーフローを起こしてしまう。

 思考と意思が欠落した。

 意識と感覚だけが残り、まるで廃人のように私はなった。

 

 愛しき人に、そんな私はしがみついていた。愛は確かなものになろうとしていた。無意識的な反射によって、私は手伝いをする以外になかった。 もう、互いに逃げられなかった。

 

 失われた時間感覚の中、与えられた濃密な愛だけが私の中で流れて、浸され、私の全身に染み込んでいくような幻惑的な感慨に支配される。冴えと酔いで揺れ動く頭には、感じるものを肯定する能力しか残されていない。

 

 そして、私たちは幸せになった。

 もう、今の私は彼の()()を受け入れている。

 

 昨日のことを、そして、イタチのことを思っただけで、下腹のあたりがキュンとする。

 私の身体がすでに次を求めていることがわかる。

 人の、世代を繋ぐ本能の凄まじさを思い知らされてしまった。

 

 二度と忘れられないほどだ。まだ私の中にはイタチの温もりが残っている気さえした。すでに昨晩のことなのに、私は幸せに満ち足りている。

 気持ち良かったかはわからない。私のこの初めては、痛かったし、苦しかったし、熱かったし、恥ずかしかったし、怠かったし、(くすぐ)ったかったし、死ぬかと思った。

 それでも、そんな幸せという感慨を(いだ)けるほどに、いまの私はおかしかった。

 

 心も体も全てイタチのモノになってしまったのだということなのだろう。イタチになら、何をされても幸せなのかもしれない。なんだかそれは嬉しかった。

 早く、子ども、できないかな、とも思った。

 

 だが、裏腹には不安がある。いま、隣にイタチが居ないことだ。隣に居れば、私の幸せは、きっと、ずっと、完璧なものだったはず。

 もし、これが一夜限りで、私に与えた幸福を、次にもう、違う女に与えるのであれば、それは気が狂いそうなほどに許しがたい行為だった。

 

 けれど、許すか許さないかじゃない。

 私はイタチに頼られたり、便利に使われたりすることが存在理由だ。

 だから、なんでも良いのだと、自分に言い聞かせる。でも、やっぱり、次も私じゃなきゃ嫌だった。

 

 そうだ。放置されて寂しかったけど、昨日の公園ではきっと、こういう関係になるための告白を。一緒に子どもを作ろうって……。

 

「姉さん?」

 

 不意に声がした。

 

「サ、サスケ……ッ!?」

 

 まずかった。

 散乱した衣服に下着、そして何も着てないまま布団にくるまる私。

 匂いだって残ってる。

 サスケが眉を顰めているのがわかった。

 

「姉さん。兄さんが姉さんのこと具合が悪いって言ってたから見に来たんだけど……」

 

 グッタリとしていた私を見かねて、イタチがそういうことにしておいてくれたのだろう。

 その気になれば動けるが、どうしても今はこの場所で昨日のことを噛み締めていたかった。

 

「サスケ……ごめん。ちょっと気だるいの。朝食は?」

 

「兄さんがやってくれた。目玉焼きだった……」

 

 なぜかサスケは文句言いたげなふうだった。

 イタチなら完璧にやってくれるはずなのに……おかしい。

 

 それはともかくだ。

 サスケに、これ以上、昨日のイタチとの出来事を推察させるような物を見せたくはなかった。

 

「ねぇ、サスケ……」

 

「そういえば、ずいぶん散らかってるけど。なにかあったの?」

 

「ひっ……。私は大丈夫だから……忍者学校(アカデミー)、時間は?」

 

「おっと、いけない。じゃあ、行ってくるよ、姉さん」

 

 そうして足早にサスケは玄関の方に向かって行った。荷物もそっちに置いておいたのだろう。

 危なかった。

 

 ここ、イタチの部屋だし、私が何も着ないままでいることがバレたら、本当にまずかった。

 何をしていたか具体的にはわからないかもしれないけど、私とイタチがイチャイチャしていたことは容易に連想させるからだ。教育上、絶対に良くない。

 

 ため息をつく。

 処理をすること、きっちりキレイにするべきことがいろいろあった。

 まあ、夢中になって、気が回らず汚しちゃったわけだし、これも私の仕事だと割り切るしかない。

 

 とりあえず、あと一時間くらいはこのままグッタリしていたかった。

 

 

 ***

 

 

 ミズナを襲ってしまったことを深く後悔していた。

 シスイを殺めた傷心に、どうしようもなく彼女が欲しくなってしまって、自制心も利かなかった。

 

 拒絶する彼女に、彼女の想いを利用してまで目的を達してしまった自身の狡さに嫌気が差す。

 

 今日の朝、隣で寝ている彼女を見て、情欲が刺激され、愚かにも、もう一度と彼女をまた傷つけ自分のモノにしようとしてしまった。

 心も体も修復する時間が必要なのだろう。彼女は脱力して動けないようだった。それなのにだ。

 

 それでも、もはや頼れるのは彼女一人だった。一族について彼女に話し、わずかな助言を得て、なるべく早く彼女の隣から離れた。

 これ以上は、自分が自分でなくなってしまいそうな気がしたからだ。

 

 彼女の乱れた姿が今でも頭に焼き付いていた。彼女から離れてからは彼女が恋しくてたまらず、どれだけ彼女と結ばれることが自身の心を満たしてくれるか理解せざるを得なくなった。

 

 そして、シスイの死から半日ほど経ち、一族の者たちが怪しい動きを見せた。

 

 暗部の分隊長であるがゆえに、ある程度の自由が利く。

 ダンゾウにより、一族の件は一任されているがゆえに、単独で一族秘密の集会場へと歩を進めた。

 

 集会場には轟々と里を罵る声が飛び交っていた。

 おそらくこの者たちがシスイに上層部の拘束を任せた後に、クーデターで決起しようとしていたのだろう。

 下忍以上の一族の者たちほとんどが揃っている。

 

 彼らの前へと進み出る。

 

「いったい誰の提案でこんなところに集まっている……?」

 

 場が静まる。

 

 先導し、前で彼らに語りかけるのは、うちはヤシロという男だった。

 こちらを見ると、その顔に怒りの形相を浮かべる。

 

「うちはイタチ!! 貴様、どの面を下げてここに来た?」

 

「お前が首謀者か?」

 

「うちはシスイが死んだ! 任務中の名誉の殉職、ということになっているがその実は違う。里に殺されたのだ! 暗部のお前になら、わかるだろう?」

 

 話にならないことは織り込み済みだった。他人の意見を受け入れることが頭にない。だから力に頼るほかなくなる。

 

「愚かとしか言いようがないな……」

 

「ん……? イタチ、なにを言っている」

 

 一族を焚きつけることしか頭にないこの男が酷く憎かった。

 自らの目的しか頭になく、短絡的で、未来を見通す力もない。

 

「なぜ、シスイは名誉の殉職ということになっているか分からないのか?」

 

「里がシスイを殺した事実を隠蔽しようとしているからだろ!?」

 

 本当に分からないのか、真相の一部を隠し、都合のいい部分だけで上手く誇り高き一族の者たちを煽ろうとしているのかは分からない。

 だが、もはやどちらでも構わなかった。

 

「ああ、もし、クーデターを企んでいたと公表されれば()()()全体が里の民に対し禍根を残すことになる。それは火影様も避けたかったということだ。だから実際には、うちはシスイは犯罪者として極秘裏に処理された」

 

 ――そして、シスイを殺したのはこのオレだ。

 

 一族の者たちがどよめくのがわかった。

 騒然として、誰もが言葉を飲み込んでいた。

 

「イタチ……なにを言ってる? シスイは一族のために率先して動く男だった。……どんな任務だろうとな」

 

 それはクーデターさえも、だろうか。結果として、シスイとは決裂してしまった。

 

「それがどうした? この功績で、オレは上忍になることが決まった」

 

「お前はシスイを兄のように慕っていたはずだろう? それにシスイは、うちは(いち)の手練だった」

 

 親友だった男を殺めたのは間違いなく自身だった。

 

「……この『写輪眼』を見てもそれが言えるのか?」

 

 うちはヤシロの顔は驚愕に染まる。

 

「『万華鏡写輪眼』……だと……?」

 

 父――うちはフガクは『万華鏡写輪眼』の所有を秘匿していた。

 加えてシスイも、九尾の人柱力の誘拐はおそらく独断で、『万華鏡写輪眼』を持っていると一族の者たちには言っていなかった。うずまきナルトに見張りは付けられていなかったらしい。

 

 大多数が、この『眼』の意味を理解できてはいないが、一部の者は青ざめている。

 

「シスイの起こそうとしたクーデターの件はオレに一任されている。望むなら、この『万華鏡写輪眼』の瞳力で、お前を里の反逆者として殺してやっても構わないが……? うちはシスイの協力者としてな」

 

「貴様ぁ! ()()()を……裏切る気かァ……ッ!!」

 

 怒号が響いた。

 里や一族と一面的にしか物事を捉えられない。己の器を制約し、責任を全て相手に押し付けることしかしない。

 なぜ、シスイがこんな者たちのために、あんなにも追い詰められ、死ななければならなかったのかとも思った。

 

 嘆けどそこに意味はない。

 それは幾たびも実感していた。

 

「勘違いをするな……。火影になる、その為の障害をオレは打ち払っただけだ」

 

「シスイが障害だっただと? だから殺したのだと? ふん……クーデターが成功していれば、貴様が火影になれていたかもしれないのにな……」

 

 まずもって、クーデターの成功率の低さを無視している。そして起こしたその後のことをこの男は見通せていない。

 

「一族がクーデターを起こしたとし、いったい一族以外の誰が納得する? 〝火影になった者〟が皆から認められるんじゃない、〝皆から認められた者〟が火影になるんだ。お前たちは自らの境遇を嘆くのみで、皆から認められる努力はしたのか?」

 

 根本的なところが間違っていた。

 なにかを変えるには、自らが変わるしかない。

 一族に固執し、里を恨み、ただ徒らに憎しみという病を一族に伝染させた。

 

 これでは、悲劇が起こるのみだった。

 

「イタチ……よくわかった。貴様には、一族の誇りはないのだな? 貴様は里の犬に成り下がり、そうやって火影になろうと言うのか」

 

 ここには妥協も合意もなかった。

 だからこそ、話にならない。これ以上、無駄な問答を続ける気にはなれない。

 

「これは警告だ。……十二時間、焼かれ続けろ」

 

 扱い方は自ずとわかった。

 

 ――幻術『月読』。

 発動は一瞬。眼を合わせるのみ。

 対象を自らの精神世界に引きずり込む。そこでは、空間、質量、時間さえも自らの思うがままだった。

 

 これが自らの開眼した『万華鏡写輪眼』の瞳術なのだと実感する。

 

「がはッ……。ゲボッ……。火が……」

 

 そして倒れ、意識を失う、そんな、うちはヤシロの姿がある。

 ただ目を合わせただけ、それなのに、ありえないと一族の者たちは皆、一様に驚愕した。うちはヤシロはそれなりの忍だ。

 並の幻術にも、忍術にも、これほどの術はなかった。

 

「お前たちに選択肢をやろう……」

 

 一族の者たちに目を向ける。

 皆、視線から逃れようと、自らの身の安全を図ろうと、目を泳がせている。

 

 不意に、一人と目が合った。確か、忍者学校(アカデミー)時代にミズナと親しかった少女だった。今となっては、どうでもいいことだった。

 

「オレに従うか……。ここで死ぬかだ……」

 

 恐怖による支配。

 シスイに託された一族の、唯一の存続の方法だった。ただの延命にしかならないことはわかっている。

 

 我が身の可愛さからか、その日、すぐに反抗する者はいなかった。

 

 

 ***

 

 

 家の玄関の前で、数十分、立ち尽くしている。

 ミズナに、どんな顔をして会えばいいかがわからなかった。

 

 帰らない、ということもできたが、彼女は自分が帰るまで、いつも寝ずに待ってくれている。

 急いで家を出、泊まってくるとも伝えていないため、彼女のことを考えると、家に帰らないということにはできなかった。

 

 不意に、玄関の戸が開いた。

 

 無論のこと、彼女の感知能力により、入り口付近で往生していれば見つかってしまう。

 

「イタチ……入らないの?」

 

「ああ、いま、入ろうと思ったところだ」

 

 出迎えは笑顔だった。傷ついていると感じられないほど綺麗な表情に、不安が高まる。

 彼女は取り繕うことが得意だった。

 彼女の本心が見えないことが、なによりも恐ろしかった。

 

「ふふ、じゃあ、きてきて?」

 

 そう言い彼女は手を引いてくる。触れた手と手に、嫌われていないかもしれないという希望を持つ自分がいた。

 理由はわからないが、彼女は上機嫌なように見えた。

 

 ダイニングに連れられて行けば、彼女の『影分身』が食事を用意していた。

 澄まし汁に、鯛の刺身、菜の葉のおひたし、赤飯……。

 

 いつもとは様相が違った。

 

「ミズナ……。どうしたんだ? いったい……」

 

「お祝いよ……? ねぇ、私は今日を二人の記念日にしたいの……」

 

 ねだるように彼女は言った。

 理解するまでに時間がかかる。確か、あのときはすでに零時はまわっていた。

 

「なんのお祝いだ……」

 

「そりゃ、二人の()()()()の……。もしかして、イタチは違ったりする……?」

 

「いや……。そんなことはない」

 

 異性に対するあれほどにも堪え難い類いの情念が湧いたのは、あのときが初めてだった。本当に()()()()だった。

 少しばかり前までは、自分が体験するとは夢にも見ず、どこか遠い未来のことのように感じていた。

 彼女を想う度にフラッシュバックが起こってしまう。これから、あれほどの欲に付き合っていかなければならないと思うと気が重くてしかたがない。

 

「ふふ……イタチはモテてたでしょ? 純情なんだね」

 

「お前は……。ずっと家にいたからな……」

 

 忍者学校(アカデミー)では、彼女は誰かに常に囲まれていた。

 間違いなく人気者で、彼女は誰からも好かれていた。

 

 家事が彼女を縛ってしまい、出会いの機会を奪っている。

 彼女の人生の大切な時間がそこに費やされていることは事実だった。彼女は()()()である時間を全てなくしたに等しい。シスイが言いたかったことは、そういうことだったのだろう。

 

「ああ、それと、今度、お墓参りに行かなくちゃだね……。()()()()()()()()に、ちゃんと報告しないと……私たちのこと……。ちゃんと大人になったって……」

 

「…………」

 

 手を出したことは許されるべきことではない。

 少なくとも、母はまだ願ってはいなかった。自身に発露する生理的な欲求を甘く見ていたことが敗因だろう。

 

「そ、だから、イタチ……早く食べちゃいましょ? ね」

 

「……お前も、一緒に食べるのか?」

 

 彼女は隣の席に座った。

 最近は、夕食までに帰れないことが多い。そういうとき、彼女にはサスケを優先してもらっていた。

 

「ええ、そう。私たち二人のお祝いだからねっ。サスケにはちょっと悪かったけど……」

 

「サスケはどうした?」

 

「毎日頑張ってるんだよ? もう修行で疲れて寝ちゃったの……」

 

 ――だから、問題ないよ?

 

「そうか……。頑張ってるんだな……あいつも」

 

 最後の言葉は意図的に無視をする。

 彼女が気を遣ってくれていることはわかった。

 もしかしたら、また、昨夜のようになってしまうと彼女は踏んでいるのかもしれない。ああ、もちろん、彼女を傷つけたくはない。

 

「あ……そうだった」

 

 不意に、彼女は自分の箸を持ち、おひたしに手をつける。そして、自分の口に入れ、咀嚼する。

 

 そして、一つ頷くと、もう一度、箸でおひたしをつまんだ。

 

「ねえ、イタチ……これはどう? よくできたと思うんだけど……」

 

 そっと、彼女は、こちらの口もとに箸を運んでくる。昔から二人きりのときは、遠慮がなかった。

 

 こちらの箸で受け取るわけにもいかない。だから、口を開けて受け入れるしかない。

 彼女が口をつけた箸だった。

 

「ああ、いい味だ」

 

 味よりも先に、脳が別のことに反応した。そのせいで正確な料理の味はわからなかったが、この感想はきっと間違いでない。

 

「私ね。ふふ、このお野菜、好きなんだ……。だからね、好きなときに、好きなだけ食べていいんだよ?」

 

 ――せっかちだね。もうイタチは〝いただきます〟の前に食べちゃったけど……。

 

「ミズナ……」

 

 彼女は楽しそうに笑って、また彼女自身の口にその菜の葉を放り込んでいた。

 決して笑えるようなことではなかった。

 

「別に構わないんだよ? 熱烈で……良いと思う」

 

 彼女は頬を上気させていた。彼女の目的がなにかはわからなかった。

 

 とにかく、食事の前の挨拶をして、食事に手をつける。

 隣にいる彼女のせいか、味わってる余裕はなく、とにかく早く終わらせたかった。

 

 そんな中、彼女は思い出したように言う。

 

「そうだ、イタチ……。昨日、公園で言おうとしてたことって、なにぃ? 私……気になるんだけど、ねぇねぇ」

 

 そう尋ねてくる彼女はどこか白々しかった。

 彼女に言うべきことはなにか、勘案する。

 

「あれは、もういいんだ……」

 

 自分には、もうそんな資格があるとは思えなかった。彼女のことを選び切れず、それなのに傷付けてしまったという後悔に襲われる。

 

「イタチの……バカ! もういいわ……。はあ……なんなのよ……もう!」

 

 彼女の怒りはもっともだった。

 だが、あのときとは状況がもう違った。あのときの希望は叶えられるべきではなく、自らは罵られるべきだった。

 

「ミズナ……。美味しかった。いつもありがとうな」

 

 ちょうどそのとき食べ終わった。

 食事の後の挨拶をして、立ち去ろうとする。

 

 だが、離れる前に手を彼女に掴まれた。

 

「ねぇ、イタチ……お風呂一緒に入らない?」

 

「……駄目だ」

 

 冷静なまま何もなく、風呂から上がれるとは思えない。

 

 ミズナとはあれきりにしたかった。

 この家に、そして、うちはイタチに縛られない人生を送らせたい。

 自分よりも、彼女のことを第一に考えて行動できる相手と一緒になった方が幸せだろう。彼女なら簡単に見つけられるはずだ。

 

「あのね、イタチ。私ね、昨日のことを思い出すとフワッとして、まわりがよくわからなくなっちゃうんだ……」

 

「…………」

 

「だから……前みたいに滑って転んで、今度は死んじゃうかもよ?」

 

 ――イタチはどうする?

 

 彼女が与える選択肢は苛烈だった。

 風呂に入らなければいいと、思いもした。だが、そうすれば、いま以上の無理難題を彼女は考えてしまうのだろうことは予想がつく。

 

「わかった。お前の安全のためだ。しかたがない」

 

 強い自制心を持てば良いだけの話だった。

 

 

 ***

 

 

 南賀ノ神社、境内。

 

 地面から、棘のついたアロエの葉のような何かが生える。食虫植物のように葉のような何かを開いて、中には右半身が黒、左半身が白の男が地面と同化したまま、上半身だけを月の光のもとにさらす。

 

「あれれ、マダラ……。ずいぶんとかかっちゃってるみたいだけど?」

 

 動いているのは白い半身の口だけだ。

 

 相対するのはグルグルと渦を巻いた仮面をした男であった。渦の中心には穴が開き、その写輪眼を覗かせている。

 

「予定外のことが多くてな……。クーデターは()めだ」

 

「意外ダナ、時間ト労力ヲカケタハズダガ」

 

 黒い方の口が動く。

 そのセリフに、仮面の男は鼻を鳴らした。

 

「ふん、もっと面白いものが見られそうだということだ。後は時を待つだけ、と言ったところか……」

 

()()()()()()ノコトカ?」

 

 うちは一族きっての天才の名が上がる。

 感慨を持って、仮面の男は強く頷いた。

 

「そうだ。あいつはオレと似ているからな……」

 

「あれれ? 木ノ葉にいた時、マダラはあんまり優秀じゃなかったって、話じゃなかった?」

 

 叩かれる軽口に瞑目し、仮面の男は首を振った。

 

「能力の話をしているのではない。在り方の話だ。それにアイツは特別だろう?」

 

「確カニ()()()モ木ノ葉ニイル時ハ、火影ヲ目指シテイタナ」

 

「昔の話だ……」

 

 木ノ葉には伝承として、うちはマダラと初代火影――( )千手柱間が火影の座を賭け争ったと言い伝えられていた。

 

「それで、マダラ……イタチをどうするってわけ?」

 

「もう少しだ。少し背を押せば、こちら側に引き入れられる。クーデターより、そちらの方が価値があるとは思わないか?」

 

「フガクガ死ニ、シスイガ死ニ、うちは一族ニハ戦力ニナル忍モホトンドイナイカ……」

 

「そうだ。雑魚ばかりの一族の味方をしても、何も面白くはないからな……」

 

 ――クーデターが成功するとは思えん。

 

 今が引き際であると判断をつけたようだった。

 計画を崩されたはずだが、仮面の男はどこか愉快そうな調子であった。

 

「それじゃあ、行くけど……。あんまり時間をかけ過ぎないようにね」

 

「……成功ヲ祈ル」

 

「ああ……」

 

 白と黒の男は同化するように地面へと消えて行った。

 一人、仮面の男が残される。

 

「……リン」

 

 空へと虚しく声が溶けていく。

 男の姿は、その名前の人物の、面影を追っているようにも見えた。

 

「次は……うちはミズナか……」

 

 

 ***

 

 

「おはよう、イタチ」

 

 私の隣にはイタチがいた。

 素晴らしいことだった。

 

 浴場で私たちの二回目が、部屋に連れ込まれ三回目が、イタチは私に好き放題をしてくれた。

 二回目にはそれがどうしようもない依存性のある行為であるのだと理解できた。三回目にはもう()められないくらい二人の触れ合いが私たちに快感を与えてくれるのだと気付けた。

 

 今までイタチにされてきたこと()()が、気持ち良いのだとわかった。

 だって、この快楽を知ってしまったんだ。もう私にはイタチが必要不可欠だった。でなければ、生きていけない。狂ってしまう。

 

 そして、イタチにとってもそれは同じだと確信できた。

 

「ああ……ミズナ」

 

 強くイタチは私のことを抱きしめた。

 気持ちよくてたまらない。頭の中が真っ白になる。

 

 大人っていうのはズルい。子供を作るついでに、こんなに気持ち良いのを味わえるんだから。

 

 世界にまるで二人しかいないような錯覚に陥る。イタチは私のことだけを見てくれている。感じてくれている。

 

 一生懸命になって誘惑すると、イタチは望むようにしてくれてしまう。どうしようもなく、それが楽しい。

 

 心理的な高揚感に、精神的な充足感、肉体的な超越感が、とめどなくあふれてタガを外す。

 

「幸せ……もう……っ。はぁ……」

 

 四回目は今日の朝だった。


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