なにもみえない   作:百花 蓮

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そうしつ

 五歳。

 何度も死を覚悟することはあったが、この歳までなんとか生き延びることができた。

 この調子だと、たぶん私は二年後にはいないだろう。

 私のことはどうでもいいか。

 

 私の日常はわずかずつ移ろいゆくが、どうやらイタチの日常は劇的な変化を迎えたらしい。

 

 うちはサスケが誕生した。

 

 イタチは自身のことは余り語らない。だが、木ノ葉警務部隊の隊長、それに関する情報だから、自然に私にも流れてくる。

 

 だからって、イタチは修行をさぼるわけでもない。むしろ、前よりもハードなものを積み重ねているようだ。

 

 しばしば、年齢に見合わないようなすごいパワーをイタチは発揮する。チャクラコントロール、ということだが、私にはチャクラが理解できない。

 

 精神エネルギーとか、身体エネルギーとか、ほんとに謎だよ。

 

 ということで、今日もイタチの訓練場から的を奪い取ってきた。ピーちゃんはもう避難している。

 もう珍しくもなんともない。これは、週に一、二回の恒例行事と化している。

 ただ、今まで一度もイタチは的の中心を外したことがないのだから、意味わかんない。忍者ってそういうものなのだろうか。

 

 私も一応は進歩した。真上に投げる戦法は変わらないが、そこから回転や角度の違いにより、ある程度自由に変化をつけさせることができるようになった。

 もう、狙った場所に落とすだけなら簡単にできる。どうしたら複雑な軌道になるかが悩みどころだ。

 

 そんなことを考えていると、もうイタチがやって来たよう。タイミングを見計らいながら、私は的を空に投げる。

 

 今回は四つ。まだ姿を現さないイタチに向けて、勢いよく襲いかかった。ちょうど出てくるそのときを狙った洗礼だ。

 

 そんな私の攻撃も、もう何度も繰り返したことなのだから、クナイを構えてイタチは出てきて、読み切ったように四つの的を撃破した。

 

 また、ダメだったよ……。

 

 それはそうと、少し気になることがあった。

 

「ねぇ、イタチ?」

 

「なんだ?」

 

「後ろの人、誰?」

 

「…………」

 

 イタチは無言だ。そして振り返ろうともしない。

 それにしても、こんなことがあるなんて。イタチが誰か連れてくるとは。

 

 ガサガサと雑に音を立てて謎の人物が姿を現した。

 

「……シスイでも、ダメだったか」

 

 なにか意味のよくわからないことをイタチは呟いている。

 それを無視して、その謎の人物に向き直った。じっと見つめる。あ、目を逸らされた。

 

「イタチ、この子、いくつだ?」

 

「本人にきけばいいだろ?」

 

「相変わらずだな、イタチは……」

 

 仲の良いのか悪いのか、よくわからないような会話が聞こえた。らしいと言えばらしい。

 たぶんこれは、仲の良いという方に入るんだと、私は勝手に思うことにした。

 

「私はミズナ。五歳だよ」

 

「イタチと同じか。オレは……」

 

「知ってるよ。シスイでしょ? さっきイタチが言ってたもん」

 

 そう私が言うと、シスイは驚いたようにイタチの顔を覗いた。イタチはどこか苦々しげな表情を浮かべる。

 

「それでシスイ、やっぱりあなたも()()()なの?」

 

 きく必要はなかったが、別にきいてもなんの損はない。

 

「ああ、オレも()()()だ。イタチと同じな」

 

「シスイ、ミズナも()()()だ」

 

 補足をするようにイタチは付け足す。シスイは目を見開いて、そうかと息を漏らした。

 その複雑な表情は、私には推し量れない。

 

「あっ、そうだ。それでね……あれ? なんでまだ来ないんだろ」

 

「あの小鳥か」

 

 ピーちゃんを紹介しようと思った。でも、出てきてくれないようだ。きっと、シスイを警戒してまだ隠れてるのだろう。仕方がないやつだなあ。

 そのうち出てくるだろうし、無視しよう。

 

「いいや。じゃあ、続き。投げるよ?」

 

 あと四枚あるんだ。これ全部に当てないかぎり、イタチに的は返さない。

 そんな恒例行事に、今日は待ったをかける人物がいた。もちろんシスイだ。

 

「オレも参加して構わないか?」

 

 そういえば、この人って、現役で(しのび)やってる人のようなきがする。

 もしそうなら、独壇場でイタチの出る幕がなくなってしまうのではないだろうか。

 

「構わない」

 

 そう簡潔に述べたのはイタチだ。私の心配を無視して、クナイを手に持つ。

 それにシスイは笑顔を浮かべて応えた。

 

「手加減はしないぞ?」

 

「あぁ……」

 

 私を置いて話はどんどん進んでいく。投げるのは私なのに。

 でも、この二人の関係に、なんかいいなと微笑んだ。私にはピーちゃんくらいしか友達がいなかったからね。

 

「なら、投げるよ?」

 

 公平を期すために合図をする。ピリピリとした空気を感じる。

 本気だ。二人とも、真剣勝負をしようとしている。私もつられて緊張してきてしまう。

 

 じゃあ、全力を出そうか。絶対に二人とも的に当てさせない。そのために誠心誠意の小細工を加えて、的を投げ上げる。

 

「四つか……」

 

 シスイは不敵にそうこぼす。

 ぴったり重なってると思ったんだけど、見切られてしまっていた。

 

 こうして情報を漏らすなんて、ずいぶんと余裕そうだ。まあ、イタチもわかってると確信を持っていたからなんだろうけど。

 

 バラバラに落ちてくる的。

 軌道の見極め。やはりシスイの方が早い。クナイが四つ飛んだ。

 

 一拍遅れて、イタチがクナイを投げた。しかし、シスイのものを追い越すほどの速度はない。

 

 シスイのクナイは正確さを持ち、私の投げた的を仕留めようとする。一つ、二つ、三つと、堅実に。

 ――だがしかし、最後の一つは違う。

 

 空気抵抗、重力、いわば物理法則に反したような動きを見せた。スーッとクナイを避けるように、的は静かに横にぶれる。

 どういう原理か知らないが、なんか頑張ったらそうなった。

 

 若干テンションの上がった私だが、それもすぐに冷え切ってしまう。

 遅れて来たイタチのクナイが、迷いなく的の中心を射抜いたからだ。

 

 シスイが三枚、イタチが一枚。それがこの勝負の結果だ。勝負というなら、もちろんシスイに軍配が上がる。

 

 イタチは不満足げにシスイを見た。

 そんなイタチに、シスイはカラカラと笑いかける。

 

「すごいな、イタチは。四つ全部に当てるなんて」

 

 クナイが二つ刺さった的が、地面に三つ落ちていた。

 予想外の賞賛だったのだろう、イタチは当惑するばかりだった。

 

 私はというと、蚊帳の外。そこで少し悲しんでる。

 なんで、当てられるんだ。私がやったら一つも当たらない自信あるのに。

 

 気を紛らわせるため、的の回収を始める。今日も返さなきゃだ。そしたら二人は戻っていくんだろう。

 そういえば、今夜は満月だったっけか。

 

 

 ***

 

 

 土を被せて棒を立てる。

 なるべく倒れずに、長く残るものがいい。木の棒とかは絶対にダメだ。

 

 そこらへんで拾ってきた金属の棒。そこに家から持ち出した刃物で傷をつけていく。

 『ピーちゃん』と縦書きで刻み込んだ。

 

 もっと私がちゃんとしていれば、こんなことにはならなかったのに。

 この作業を終えるまでは、特に実感が湧かなかった。でも今になって、どうしようもない虚無感が襲いかかってきた。

 

 涙が。油断すればすぐに溢れ出してしまいそうだった。だけど私には泣くことなんてできない。こんな無力で愚かな私には泣く資格なんてない。

 ぜんぶ私のせいだから。

 

 それでも、上を向く気分にはなれない。地面を見つめて必死に堪えることしかできない。

 

 後悔に苛まれていると、なにか眼の奥に異変を感じる。涙ではない。得体の知れない不思議な何かが眼へと流れ込もうとしている。

 

 どうにかして、堰き止めなければならないと思う。身に余る、恐ろしいもののような気がした。

 どうでもいい、身を任せてしまいたいと思う。不甲斐ないこんな自分が、この異変で消えて無くなってほしかった。

 

 だれかいることに気がつく。だれか見ていることに気がつく。

 とっさに手の、家から持ち出した刃物を投げてしまった。

 

 だからといって、憂慮したことは起こらない。しっかりと身を守る金属音が聞こえてくる。それに私は安心する。

 

「イタチ……いたんだ。イタチは、大丈夫だった?」

 

「九尾事件のことか……」

 

 別に悲しむでもない。ただ少しだけ悔しがるようにつぶやく。

 なんとなくわかる。あれだけ大きな騒ぎだったのに、イタチの方はなんともなかったのだろう。まあ、イタチだから、当然といえば当然かな。

 

 私の方は、見ての通りだ。大事なものを守れない惨めさを実感することになってしまった。

 うつむいていた顔を上げる。すると、イタチの表情は驚きに包まれた。

 

「……その眼は」

 

「え?」

 

 そういえば、視界がなんかいつもと違う。どうしてかは、だいたいなら想像できる。

 うちは一族。その呪われた力を私は開花させてしまったようだ。私は強くなったようだ。

 

 けれどこんなもの、こんな思いをするのなら、一生使えないままが良かった。

 ピーちゃんが私に力をくれた? ふざけるな。私は力なんていらなかった。

 

「あれ? 頭が……あ、力が……」

 

 ひどい頭痛、目眩、そして全身が虚脱を訴える。とつぜん起こった体の不調に、なにもできず混乱する。

 

「チャクラ切れだ。写輪眼を止めれば直る」

 

 イタチは至って冷静だった。

 なるほど、確かになにかが眼に向かって勢いよく流れていくのが感じ取れる。これがチャクラできっと合っているのだろう。

 

 もっと深く、同じものを探ってみると、全身を血のように駆け巡っていた。

 イタチに注目してみる。すると、イタチにも同じように流れていることがわかる。分かったからって、どうにかできるわけじゃないけど。

 

 今の問題は、この止め方だ。チャクラコントロールとか知らない。制御不能で意識が徐々に遠のいていく。

 

 こんなことなら、もっと真面目にチャクラをどうにか操る練習をしておけばよかった。これって絶対、感情が昂ぶる度に写輪眼が勝手に発動する。その度にこうなってたら世話ないよ。

 

 ふらついて倒れる私。イタチは心配をしたのか駆け寄ってきてくれた。

 そこでふと思い出す。白髪のコピー忍者が解除できない写輪眼をどうやって扱っていたか。

 

 ……目、閉じればいいじゃん。

 

 早速、私はまぶたを下ろす。するとチャクラが眼へと流れなくなった。

 これで万事解決。そう思って、また目を開けたら、途切れた奔流がまた、容赦なく繋がってしまう。

 しかたがないから、もう一度、目を閉じた。

 

「イタチ。目、開けれない」

 

「あ、あぁ……」

 

 訊かれたイタチも、どうすればいいのかわからずに困ってしまっている。

 もう、いっそのことチャクラ切れで写輪眼が使えなくなれば解決するんじゃないないかと思い始めた。

 なら、行動は早めにだ。

 

 ――開眼!!

 

 やけくそで写輪眼を全力で使おうとする。

 おお、すごい。世界が止まって見えるよ。事故に遭う直前のあのスローモーションみたいな感じだ。

 え、私、死にかけてるんじゃない? 吐きそう。辛い。

 

 首を動かす。こっちを見ていたイタチと、視線が絡み合った。絡み合った。

 大丈夫、だったろうか。今、確実に幻術の発動条件が整ってしまった。発動したかはよくわからない。けれど、倦怠感は異常な程に一瞬で増した。

 

 いや、あのイタチなら大丈夫だろう。きっとなに食わぬ顔で幻術返しとかするんじゃないかな。

 イタチの様子を確認をしたかったが、そんなことをしている余裕は私になかった。

 

 抗いがたい眠りへと落ちていく。イタチを置いて、私は気絶をしてしまうのだ。チャクラ、真面目に使えるようになろうと、反省しながら。


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