なにもみえない   作:百花 蓮

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 ここから三話、回想に入ります。


プロローグ、安息の地、実力差

 夢を見ているような気分になる。

 あの戦いで、自身が『月読』を使ったことは間違いがない。そして、ミズナが使った幻術も、また、『月読』。

 

 そして、ここは、『月読』の世界。

 空間、質量、時間さえも術者により操作された幻の世界。

 

 つまり、この世界に囚われてしまったということは、あの幻術の打ち合いで、負けてしまったということに他ならない。

 

 敗北を噛みしめる。だが、ながながとそんなことをしている暇もない。一刻も早く、この世界から抜け出さなければならない。

 

 精神を体内へと集中させる。己を巡る流れに意識を集中させる。

 幻術、というのはすなわちチャクラの乱れ。これを正常に戻せれば術は解ける。

 だが……。

 

 ――やはり、ダメか……。

 

 わかってはいた。この幻術は万華鏡写輪眼の瞳術――( )『月読』。おいそれと解けるような術ではない。

 

 ならばと今度は瞳にチャクラを集中させる。万華鏡写輪眼には万華鏡写輪眼。瞳術は瞳術で弾き返す。

 これで今度こそ、この術から逃れることができ――( )

 

 ――違う。

 

 なにかがおかしい。

 普通、『月読』ならば、対象はその世界の一人として、術者に(もてあそ)ばれる。

 しかし、今は違う。

 

 まるで、自身が術者であるかのように。ちょうど、()()()の集落に取り付けられた、監視カメラを眺めるように、自身は宙に浮いたような存在になっていた。

 

 ただ、『月読』が成功したのか、と聞かれれば、それは違う。好きなように、目の前に映る世界を操れるわけではない。

 

 

 見せられているのは、干渉のできない世界だ。

 

 

 二人がいる。

 血にまみれた集落で、戦っていた二人だ。

 自身の存在意義をかけて、勝ちたいと願った少女がいた。

 間違いはないと自分を信じ、負けないと言い聞かせる少年がいた。

 そこから、視点は離れていく。上へ、上へと登っていく。

 

 月の明るい夜だった。確か今日はそうだった、はずだ。まだ、夜は長い。長いようで短い一秒一秒が嫌になるくらい繰り返される気の違えそうな夜。それがまだ気が遠くなるほどに残っていた、はずだ。

 しかし、すぐに日が昇る。

 景色は赤く染まり、数秒も経たずに明るく照らされる。そうしたらまた、すぐに暗くなる。

 わずかに欠けた月が空に顔を出し、満天の星がそれを称える。

 それでも、また、感慨に浸る暇もなく、瞬く間に闇は理不尽な光源に晒され晴らされてしまう。

 何度もなんども早回しで、渓谷を伝う激流のように時間が流れる。

 

 そして、気がつく。

 逆だ。太陽の動きが逆だ。月の満ち欠けが、星々の流れが逆だ。時間の流れが逆向きだ。

 

 向かうのは過去。

 なにが見せられようとしているのかはわからない。けれど、わかる。今から見せられるのは彼女と向き合う上で、おそらくは、なくてはならないもののはずだ。今まで足りないままでいて、こうして齟齬が起こった原因で、闘っている理由でもある。

 

 時間はどんどん加速していく。こうして手遅れになるまでなにもしてこなかった自らを戒めるように速く、より速く。

 光が乱れる。青、赤、黒。色が混じり、時間が混じり、昼とも、朝とも、夜ともつかない時間が、この幻の中で流れていく。

 どう形容すればいいかもわからない、混沌とした空は、それでも流れているとわかる。

 

 始まりと同じように、逆流はまた減速する。正常に戻ろうとしている。

 その証拠に、空へ引いた視点が戻っていく。大地へ、()()()へと迫っていく。

 

 ()()()は、あの集落ではなかった。

 火影の顔岩は三つ。時期としては、あの戦争の時代にまで遡る。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう……」

 

 そこにはいた。

 凄惨なこの時代に、希望を持った〝家族〟がいた。

 生まれたばかりの輝く命が、それを幸せそうに抱く、二人が。

 

「ミズナ――それがお前の名前だ。気に入ってくれたかな?」

 

 赤子は泣いた。その意味が理解できているのかはわからない。それでも二人はくすりと笑いあった。

 

 これが、この幻術の、彼女の人生の『プロローグ』にあたる出来事なのだろう。

 

 

 ***

 

 

 少女は健やかに育っていた。ヤケに物覚えがよく、物分かりがいい。

 それを除けば、いたって普通の子だった。

 

 この頃になれば、戦争は激化していく。忍である彼女の父親も、当たり前のように戦場に送られていた。

 

「それじゃあ、お勉強、しよっか」

 

「……うん!」

 

 母親に促され、少女は机に向かっている。

 教えられるのは、読み書きや算術。ただ、彼女は、教えられる度にすぐ、それらを自らのものにしていた。

 

 驚異的な学習スピードで、二ヶ月あれば、本来なら一年かけるはずの本を一冊終わらせてしまう。

 彼女ならばきっと、それで当然なのだろう。

 

「偉いよ、ミズナ。よく頑張ったね」

 

 決まって母親は、勉強が終わるとほおに触れて、目線の高さを合わせてからそう言った。

 母親は笑う。いつも彼女が見せているものと同じだ。いつも見ているものと同じだ。心のそこからの、それでいて疲れているような笑顔を浮かべて、彼女はいつも笑っている。

 

 どこか痛々しかった。空々しかった。

 

 彼女は鳥を見ていることが多い。その愛らしさに惹かれるのか、自由さに憧れるのか。ハトやカラスではなく、スズメやムクドリのような、小型の鳥を好んでいるように思える。

 

「鳥は好き?」

 

「……うん」

 

 控えめに彼女は答える。

 彼女にしては珍しい。笑顔ではなく、遠慮がちに、母親の質問へと答えている。

 

「そっかぁ……」

 

 その些細に変化には気がつかずに、母親は嬉しげに、いいことを思いついたとばかりに納得の声を漏らす。

 不思議そうに少女は見つめる。

 ほころぶように微笑みを浮かべる母親に、少女は首をかしげた。

 

 それから数日が過ぎていく。

 なにごともない、代わり映えのしない日々が続く。二人の幸せそうな生活が続いていった。

 

 笑い合うことの多い二人だった。彼女が泣くことは決してなかった。

 あえて形容するなら、手のかからない子、だろう。彼女の在り方は、すでにこのときから決まっていたのかもしれない。

 

 

 そして、その日がやって来る。

 

 

 眠たげに眼をこすりながら、彼女は起きる。

 いつものように、母親の手を借りずに、日課であるように、机に向かう。

 

 いつもと変わらず、彼女は勉強に明け暮れていた。

 この歳の子どもにしては不自然で、もはや異様とも言えるような物分かりの良さで、彼女は貪欲に、そして狡猾に勉学に励んでいた。

 

 いつも彼女は母親の顔を窺っている。

 気を回し、自らの為すべきことを判断しているようだった。

 機嫌を損ねることを大いに恐れているようにさえ、それは見える。

 

 この歳の他の子どもと比べても異様。自らのこの頃と比べても……いや、これはきっと、比べることには意味がない。

 なんとなく、そんな気がした。

 

「ふふ、じゃーん……! これ、なーんだ?」

 

「へ?」

 

 気がつけば、彼女の後ろには母親がいた。

 手には鳥籠をもち、その鳥籠の中では小鳥がさえずっている。

 

「ピー……ちゃん?」

 

 彼女は母親の前ではなかなか見せない驚きの表情をして、おずおずとそう言った。

 

「ふふ、ピーちゃんって言うんだ。お誕生日おめでとう、ミズナ」

 

「うん、ありがとう。お母さん」

 

 その小鳥を彼女は受け取り、楽しげに眺めている。その姿は愛らしく、母親も満足げだった。

 

 そんなときだった。玄関を叩く音が聞こえる。

 

「はーい。今、行きまーす」

 

 母親がいなくなってなおも、彼女は小鳥を眺めていた。どこか悲しそうに、切なそうに、小鳥を眺め続けていた。

 

 時間が経つ。けれど、母親は戻っては来なかった。

 不思議に思ったのだろう。彼女は小鳥の籠を置いて、母親のもとへと歩いて行った。

 

「お母さん?」

 

 そこには一人で泣いている母親の姿があった。

 自らの格好も気にせずに泣いている母親を、彼女は後ろから抱きしめて言った。

 

「どうしたの? お母さん?」

 

 母親は、言った。

 

「……あのね。ミズナ……お父さん、死んじゃったって……」

 

「死んだ……?」

 

「……もう、帰って来ないって……」

 

「…………」

 

 彼女は、泣きじゃくる母親を、同じく泣いて、必死になって慰めていた。

 

 

 それからだった。

 彼女の母親は、家事を最低限もしなくなった。

 

 まだ幼いはずの彼女は、無気力になった母親の世話を始めた。

 いつも笑顔で明るく、幼いにもかかわらず、死んだように生きる母親の面倒を見ていた。

 

「ミズナ……」

 

「お母さん……痛いよ……」

 

 時に、彼女の母親は、自分の娘を無遠慮に抱きしめていた。そのせいで痛々しい痣ができているとも知らずに。

 

 勉学を忍者学校(アカデミー)卒業まで一通り済ませたからか、彼女は日中に、外に出かけることが多くなった。負い目からか、母親は何も言わなかった。

 

 忘れもしない、木々に囲まれた日溜まりの中に彼女はいつも。安息の地に逃げ込むように、彼女を煩わせる一切を忘れるため、彼女はいつも小鳥と一緒にそこで穏やかに過ごしていた。

 

 そして、ようやく、出会ったのだった。

 

 

 ***

 

 

 二人でのやり取りのほとんどは、覚えていないものであったが、こうして見直せば、自らが彼女に対して冷たいのではないかと思う瞬間が何度もあった。

 その時々の最善を尽くした結果であるが、今更に、もう少し優しくしていればと省みないこともなかった。

 

 第三次忍界大戦が終結したのもこの時期だった。

 しかし、彼女には何の影響も及ぼさなかった。里中が戦争の終結で沸く中、彼女の母親が悲しみに明け暮れ、彼女はそれを慰めていた。

 

「あの人は……何のために死んだのよ……」

 

「…………」

 

「なんで、火影様は、あんなヤツらのことを許すの?」

 

「…………」

 

「ねぇ!」

 

「…………」

 

 彼女は答えるすべを持たなかった。

 三代目火影の融和政策、それにより、有利だったはずの木ノ葉は戦争の見返りを放棄したのだった。

 その後すぐに、三代目火影――( )猿飛ヒルゼンは逃げるように辞任をした。民衆の不満を抑えるためだった。

 

 母親の彼女への仕打ちは苛烈を極めた。母と子の在り方の歪み、それは彼女を苦しめて当然であり、彼女はその苦しみの中で生きていくしかなかった。

 

 この頃になれば、彼女と自らは競い合うようになった。

 彼女と過ごしながらも、彼女の抱える憂鬱に気づけない自らには、もどかしさを感じる他にはなかった。

 

 あえて強くは踏み込まないようにもしている。そんな、過去の自分は酷く愚かにも思えてくる。

 この、過去の彼女を、どうにかして救い出したい衝動に駆られる。それでも、過ぎたことだった。

 

 そんな淡白な日々の中、彼女の作ったルールに則り、二人は手裏剣術の研鑽を積んだ。それぞれに磨かれる技術は違い、子どもの遊びにも見えるそれだが、確実に今に繋がる修行だった。

 

 彼女は彼女自身のことを救い出してなどくれない()()()()()()という存在に、抱える陰鬱さなどおくびにも出さず、楽しげに付き合っていた。付き合ってくれていた。

 

「あのねぇ、お母さん。私ね、イタチと会ってるんだ」

 

「……っ!? ……フガク様のところの……?」

 

「そう……っ!」

 

「……アナタは、どこにも行かないで……?」

 

「……うん」

 

 彼女にとって、母親の存在は、(おも)()であったのかもしれない。

 そんなことを言う母親に、彼女は切なげに笑ってみせる。答えには一拍のためらいがあった。きっと、母親と、うちはイタチという存在の間に揺れ動いたからなのだろう。

 その証拠に、うちはミズナは、うちはイタチと変わらずに二人で会い続けた。

 

 

 そして、今、結んでいる関係は――( )

 

 

 だが、この頃といえば、彼女との埋めがたい感知面での実力差に、また自らが彼女に対して隠密行動は可能かどうか思い悩んでいた時期でもあった。

 自身には今のような愛情のほとんどは見た限りでは感じられない。

 

 それでも、自らの中で、彼女は特別な存在であったことには違いなかった。

 彼女の居ない世界は、この時からあり得ないと思えるほどに、そんな位置付けに彼女は居た。

 

 同年代の彼女の実力を認めていた、認めざるを得なかったからこそ、彼女は自らの中でそんな位置付けを占めていたのだろう。

 今になって考えてみれば、毎日、彼女のことばかりを考えていた。彼女を恋しく思っていた。

 

 この二人で紡いできた歴史から、今のどうしようもない関係は、なるべくしてなったのだと、理解せざるを得なかった。

 

 時は巡る。

 シスイと出会い、サスケが生まれ、自身には大きな変化が及ぼされたが、彼女の生活は変わらなかった。

 

 今になって思う。

 彼女にとって、自身との交わりが唯一の楽しみだったのだと。彼女はいつか、うちはイタチに助けられたと言ったのだ。

 今の今まで気がつかなかった、大きな勘違いが生じている可能性が現れる。

 

 彼女との摩擦は何故できたのか、まだ彼女の人生を追っていく必要があった。


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