乱れた髪に、乱れた服を整える。人の焦げる匂いにまじって、独特な甘い香りが漂うが、私にとっては心地の良いものだった。
「イタチ……っ」
思いっきり腕に抱きつく。こういう何気ない触れ合いも、私の幸せの一部だった。
隣にイタチがいること、それだけで私は幸せになれた。
さっき私はイタチと初めてのキスをした。
もう、頭の中が真っ白になって、他が何もわからない。心が満たされていくことだけがわかった。
すぐに終わってしまったけれど、とても名残惜しく、私はイタチにおねだりをしてしまった。そんな要求にも、イタチはすぐに応えてくれたから、愛されているという実感のまま、私は私を彼に委ねた。
場所が場所だけれど、ムードに流されて、ついついどうでも良くなってしまう。一応、誰もいないと確認したから、場所なんて瑣末な問題だろう。
キスは初めてだったけど、その先は知っている。それでも、なぜか、今回は緊張をした。
私が緊張している姿に、微笑んで、愛していると彼は言葉を紡いだ。そんな言葉に、私の頭はいけないくらいに澄み渡った。
もう痛みも感じないほどに、慣れてしまったと思っていたけれど、澄み渡った頭は感動を何倍にも膨れ上がらせる。だから、ジンと全身に心地よさが広がってからの、頭がふわっとするような感情の動きも、いつもより早くやってきてしまう。
それから、それから、私の反応は、嫌というほどよく見られていて、感じられていて、普段とは様子が違うと、すぐに見破られてしまう。
またキスをされて、そのしばらくあと、愛の言葉がまた。フワッとした、霧がかった酩酊感に包まれていたけれど、頭を揺り動かすように、スッとする高揚感が襲ってくる。
意識が明瞭になり、現実に引き戻されたようで、感覚が生々しく身体に刻まれていく。
どうすれば私の身体がどう反応するかは、知り尽くされていた。そこから引き起こされる脱力感を伴った痙攣は、いつもより深く、強烈だった。そして、少し焦らされただけなのに、負債を解消するような身体の震えが引き起こされる。
それは普段よりも早いペースで、もうどうにかなってしまいそうだった。そう訴えても、火に油を注ぐだけで、愛の言葉はやまないし、愛をとめてもくれない。
ジンっとなって、ビクっときて、ガクっと震えて、畳み掛けられる刺激は繋がり、私を襲う。もう、なにもわからなくなって、意識が夢への狭間まで追いやられるが、言葉をかけられ、スッとするような精神の昂りでまた現実に戻される。
はっきりとした意識の中で、彼は私を好き勝手にいじめてくれる。それが好きなようだった。
ここまでくると、身体のどこを触られても、それが全身にフィードバックされ、脳に幸福を与える。そうしたら、危ういバランスで保たれた私の意識は、すぐに陶酔状態に陥ってしまいそうになるが、彼の言葉でまた興奮状態にまで揺り戻される。
その言葉は慣れないようでぎこちないが、それでも、愛は伝わってくる。どうしても、私の単純な頭は、それだけで喜んでしまう。
私の心は好き勝手に弄ばれて、いたぶられて、ただ多幸感だけが募っていく。
こんなにも幸せなのに、気分の上下を短時間に繰り返して、精神は摩耗していってしまう。
心の危機を感じて、泣きながら、もう無理と、叫んでも、やめてくれない。それどころか熱を増して、私を虐げるばかりだった。
私の助けは応じられずに、精神は擦り切れかける。
冴えでも、酔いでもなく、超越感が浸透し、心も体も境界なく溶け合うような、幸せな幻覚が私を満たした。流れ込む幸福が、私の体内を駆け巡っていた。そして、
今、私は余韻のままにグッタリとして、綺麗にされて、ようやく正常に戻りかけたところだった。
「イタチ……。私、次はもう、無理よ?」
そう主張するが、イタチに甘えながらなのだ。イタチは、やや困惑したようだった。
「なにか、まずかったか……?」
「ええ、だって、すごすぎるんだもん……。良すぎて、もう少しで戻ってこれなくなるところだったわ……」
「……大袈裟だ」
いつもの通り、終わった後のイタチの態度はそっけないものだった。
本音を言えば、終わった今こそ、私はイタチのものだと実感が持てるのだから、イチャイチャしたい。イチャイチャし過ぎて、二回戦になったりとか……ふふ。
「ああ……。もう……もう……私の、バカ」
さっき、辛い思いをしたばっかりなのに、なんでそんなことが思えるのか。
完全に、精神があの多幸感に侵されている。
「それは、そうと、これからどうするかだ……」
完全に余韻を吹っ切るセリフだった。ジト目で見つめるが、イタチは意に介さない。
ちなみに私の『眼』だが、『写輪眼』を切るコツがよくわからないので、チャクラの節約のために通常状態では、目を閉じておかなきゃならない。
ずっと、無くしたと思ってた『眼』があった時は、すごく、ビックリした。今日はビックリすることが多い一日だった。
結果的に、イタチと絆を深めることになって、こんなことを言えば不謹慎だが、私にとっては差し引きでプラスだった。
「えっと、誰にも見つからないところに行くとか? 〝みょーぼくざん〟とか、〝りゅーちどー〟とか……」
「たしかに、隠れ住むには打って付けだが、〝妙木山〟の蝦蟇は三忍の自来也とも親交が深い。〝龍地洞〟は噂通りなら逆に危険だ。そもそも、見つけることも易くないだろう」
いい考えだと、思ったんだけど……。
まあ、そう上手い話もないか。
「他の里に匿って貰うっていうのは?」
「オレたちの血は貴重だ。国際問題になるだろうな」
「雷とかは? あそこは、結構、そういうの覚悟して、〝血継限界〟とか、集めてたと思うけど」
「子どもを、無理に作らせられる可能性がある。オレは男だ」
男なら、血筋を増やすために、お
「却下ね」
当然だ。イタチには私だけいればいい。
「そういうことだ」
となると、あとは、あまり良い案が浮かばない。
誰にも見つからないところに行くか、何か身を守れる集団に所属できれば良いんだろうけど……。
「あとは――」
私が言いかけた、その時だった。
「すまない、ミズナ……。少し、時間をもらえないか?」
イタチに待ったをかけられた。とっさに私は感知範囲を広げて、索敵をかける。敵は引っかからない。当分は大丈夫そうだ。
「えっと……。アイディアが浮かばないなら……まだ……」
「そうじゃない。オレたちが、二人で一緒に暮らすまで、少し時間が欲しい 」
感知が真っ白になった。私は動揺を覚える。
イタチの勝ちで、決着はついた。それがあるから、イタチがそう言い出すと私は思わなかったのだ。
「イタチ……?」
「お前と闘って、お前のことや、オレ自身の在り方は随分と考えさせられた。やっぱり、〝平和〟は諦めきれない」
「…………」
「その上で、お前のことが一番なのは変わらない。そして、お前のことを、一番に頼りたい。……だからこそ、少なくとも、目処が立つまででいい……待っていてくれないか?」
別に、私はイタチに一番って、想われたいわけじゃないけど、その言葉は単純に嬉しかった。
だから、ちょっと意地悪する。
「イタチ……それ、結局、私のこと、後回しにしてるじゃん。そういうの、二の次って言うんじゃない?」
そして、イタチはフッと笑った。
「かもしれないな……。それでもオレは、
私はため息をつく。私の最愛の人が、こんな人なのは十分に知っている。
全体のために、自身の名誉や功績も投げ出してしまえるような、お方だ。
そんなところも、私は好きだ。尊敬している。
「はぁ……なら、待ってあげますぅ。アナタが憂うことも、想うこともないくらい、世の中を〝平和〟にしなさい。そうした
――だから、必ず……私のこと、ちゃんと一番にしてねっ?
私は微笑んで言った。
「もちろんだ」
――そんなには、待たせない。
彼も微笑んで言った。
その約束を叶えるためには、私は生きていかなければならない。イタチも軽々しく自己犠牲なんかはできないだろう。
その約束は楔となって、二人を繋ぐ。
本当に、イタチと私は、心から通じ合える仲なんだな、って心の底から思えた。
男の子っていうのは、どうしてこうもワガママなんだろう。
「あっ……」
心が動揺から復活し、感知能力が戻って、唐突に私は引っかかりに気がついた。
イタチと愛し合った時に、一旦、置いたポーチの中から小瓶を取り出す。
今日、獲れたばかりの、おめめが二つ入ってるはず。
「どうした、ミズナ……」
「〝根〟の暗部、襲ってこなかったね」
私たちは、一緒になって、すごい隙を晒していたのに、こなかった。ま、まあ、最初の方は、恥ずかしいから誰か来ないか、ちゃんと注意してたわけだし……。
不安要素を消したいダンゾウが、送り込まないわけはないのだけれど。
「……そうだな」
たしかに瓶は二つあった。おめめも二つ入っていた。
「イタチ……逃しちゃった」
だが、そのうちの一つは、『写輪眼』のあるべき黒と赤の模様がどこかに消えて無くなっていた。光が失われている証拠だった。
「『イザナギ』か……」
千手と
使えば、使用時間中、好き勝手に自分の都合の悪い事象を消し、現実を書き換えることができる。代償は、使用時間中にその瞳力が急速に失われ、最後には失明してしまうことだ。
傷だったりの使った後の都合の悪い現実は、失明と共に全て消してしまえる。目玉を失った欠損も、なかったことにできるのだろうが、多分、失明した『眼』を私の手元に残したのは、質量の変化で『イザナギ』を使ったことに気付かれないためにだろう。
一応、もう一つの『眼』は、ちゃんとあるから、あのグルグルのお面の人は、両目が見えないまま木ノ葉から逃亡したことになる。難儀なことだ。
「〝根〟の暗部って、けっこう情けないのね」
きっと、私たちが襲われなかったのは、〝根〟の人達がグルグルの人にやられたからなのだろう。
「それはともかくだ。一つ、気になることができた」
「なに?」
「うちはマダラの、『輪廻眼』の在り処だ」
えっと、『輪廻眼』なら、〝暁〟のリーダーで、うずまき一族の、長門って、人が持ってたような……。
ん? だれ? この人……。自分に幻術をかけたり、よくわからない呪印みたいのをかけられたせいで、記憶が混乱して、よくわからない。まあ、後でいいや。
「とにかく、『輪廻眼』ね」
「過ぎた力は争いを生む。それが木ノ葉の里の不始末なら、片付ける必要がある」
完膚なきにまで叩きのめされた私だ。イタチの行動に、とやかく言う権利はない。でも、そうやって、みんなのことを考えて振る舞う姿を見ると、どうしても、ウットリしてしまう。
「……ふふ」
「どうした、ミズナ……?」
「ううん。やっぱり、イタチはカッコいいなって、思って……」
「そうか……」
互いに照れて、変な雰囲気になった。お腹の下の方がきゅんってなって、モジモジとする。
もう一回、もう一回くらいなら、好き勝手にされても耐えられるかもしれない。この、すごくモヤモヤした気分を解消する方法は一つしかない。
「ねぇ、イタチ……」
「ダメだ」
「…………」
すごく淡白に断られた。頑張って、誘おうとしたのに……。
でも、優しいイタチだから、もうちょっと粘れば応えてくれることくらいわかる。今は、状況が状況だから、控えるべきだということもわかる。
「もっと状況が落ち着いてから、だ」
「……うん」
私の落ち込みっぷりを見て、そうイタチは言ってくれる。なんにせよ、片付けるための張り合いが出来た。
「話を戻すぞ?」
「うん。『輪廻眼』ね、『輪廻眼』。ちゃんと、覚えてるわよ」
「あぁ……。だが、闇雲に探すわけにはいかない」
イタチの言いたいことは、わかった。
「あ……っ、渡りに船よ?」
「どうした? なにがだ?」
「サスケが、グルグルお面のあの男に追いかけられてる」
***
「なんだよ……。なんなんだよ、これ……」
辺り一面に
道行く人は倒れ、誰一人として生きてはいない。家の中にも気配はなく、他人に助けを求めることも望めない。
予兆はあった。本来なら修行に付き合ってくれるはずだった兄を、姉が止めたところからだった。
最初は、夫婦のように仲のいい二人のことだから、もうすぐ夫婦になるだろう二人のことだから、水入らずでやりたいことでも出来たのかとも思った。
姉は戻ってきたが、影分身で、二人でどこかに出かけていったと説明された。
少し、修行をしに外に行こうとしたら、もうすぐ夕飯だからと止められてしまった。夕飯の時間にしては、いつもより早く、なにかおかしいとも思ったが、今日は早く食べるんだと言われて、引き下がる他なかった。
しかたなく、勉強をしていた時だった。
〝サスケ、逃げて〟と姉さんの声がした。
声のした方を見に行くと、玄関の近くで、不審な仮面を被った男が影分身の姉さんと戦っていた。
本物の戦いに、本物の敵に、本物の殺意に、身体が固まって動けなくなった。
自らではどうしても敵わない相手に、身がすくんでしまった。
姉さんの必死な声に、なんとか我を取り戻して、カバンからクナイを一つ取り出して、ようやく窓から外に飛び出す。
助けを求めようと、一族の集落を走ったが、周りは血だらけで、生きてる人間を誰一人として見つけることはできない。
「み、みんなは……? どうして……」
「それは、オレが説明してやろう」
目の前には、仮面の男がいた。
姉さんの影分身が、足止めをしているはずだった。いや、影分身だから、本体よりは弱いから、きっとやられてしまったのだろう。
「なんなんだ……お前は……。お前が……お前が、やったのか……!?」
「だから、それを説明してやろうと言っているだろう……。落ち着け、オレは少し、お前と話がしたいだけだ」
男のセリフは信用できるものではなかった。だが、男がその気ならば、自分は一瞬で殺されてしまうこともわかった。
クナイを構える。
「くっ……」
「なにも、その歳で生き急ぐこともないが……ああ、確か、イタチもそうだったか……」
「兄さんを……知って……。……っ!? ――兄さん……兄さんと、姉さんは……っ!?」
「落ち着けと言っているだろうに……質問の多いガキだ……。安心しろ、アイツらは生きている。ちょうどオレは、アイツらから、命からがら逃げてきたところさ」
ホッと僅かに力が抜ける。
そして、希望も生まれる。兄さんと姉さんが戻って来るまで持ちこたえればいい。
クナイを構え直す。
「…………」
「やるつもりなら、相手をしてやってもいいが……今は目が見えない。手元が狂ってしまうかもしれないからな……止めておいた方が賢明だ」
相手に戦闘の意思がない限り、手を出す理由はなかった。今できる最大限は、時間稼ぎ。
「なんで、こんなことをしたんだ……っ!」
「なぜ、お前を追いかけているかと言えば、それはオレが生き残る為だ」
「そうじゃない!! なんで、みんなを……っ!」
無残にも、惨殺されている遺体の数々。一部を見ただけだが、うちは一族のほとんどが殺されてしまったかのように思えた。
「勘違いをしているようだが、これをやったのは、うちはミズナだ」
「……っ!? 嘘だっ!! 姉さんはこんなことしない……っ!!」
「なぜ、そう言い切れる? お前は、うちはミズナの何を知っている? 物事の表層をなぞるだけで、お前は本質を見抜こうとはしていないのだ……」
「嘘だ……っ!?」
あの優しい姉は、こんなことをするはずがない。兄とはとても仲睦まじくて、少し厳しいが、自分にも死んだ母の代わりとして目一杯の愛を注いでくれる。
そんな姉が、こんな事をするはずがなかった。
「聞きたいことは、それだけか?」
わけがわからなかった。
こんなやつの話は、まともに聞く必要もない。必要なのは、時間だけだ。
「なんで、兄さんを知ってる!? お前は、何者なんだ!?」
見るからに風体の怪しい男だ。見ただけで、まともな人間でないことはわかる。
「お前の兄は、優秀と有名な男だからな……知っていて当然だ。それと、オレが何者かだが……フッ、それは、
「…………」
ほとんど返答になっていない。やはり、この男の声に耳を傾けるべきではないとわかった。
「おっと、時間切れだな……」
首筋にクナイが当てられる。いつのまにか、男は後ろに回っていた。
「サスケェ……!!」
「サスケから離れなさい!!」
そして、目の前には、兄と姉が居た。
***
「ようやく、お出ましか……」
充分に作戦を練った後、私とイタチはサスケ救出に向かった。
もちろん、作戦会議は、イタチの『月読』を使って時間短縮したから、ちょっとイタチのチャクラが心許ない。
まあ、この男のおかげで、〝根〟の暗部を振り切る分のチャクラが浮いたから、差し引きゼロってところだろう。
「兄さん! 姉さん!」
「サスケ、安心しなさい。今、助けるわ……!」
手順も考えてきた。
相手は『眼』を失った状態だが、それでも、聴覚や触覚を頼りにか、ここまでやってみせた。
正直、私は余裕だと思っていたが、イタチの忠告により、細心の警戒を払うべきだと気を引き締めて来たのだ。
「それにしても、遅かったな……。逢瀬でも、楽しんでいたか?」
「…………」
「…………」
私もイタチも、黙り込んで、少し顔を相手から逸らした。実際、さっきまで、すごく、楽しんでた。
微妙な間が空いたせいで、微妙な空気が漂った。〝まさか、本当に……〟という敵の心の声が聞こえてきそうな気がした。
こんな、人質を取るなんて真似は、私の感知能力を評価してのことだろう。私の感知能力は、それなりに知れ渡っていた節があった。
両目が奪われ見えない状態で私たちと鬼ごっこしても、勝率が低いと判断しての賭けに違いない。
実際は、まあ、私とイタチで夢中になって、時間をかけて、絆を深めあっていたから、この男が全力で走ってたら、私の感知能力の外に行けたと思う。戦闘が終わってからのがなくって、すぐに、全力で感知したなら、逃げ切れなかっただろうけど。
そんな、微妙な空気を切り裂いたのは、サスケの声だった。
「ね、姉さん……。嘘だよね……っ!? ね、姉さんが、みんなを殺したって……」
なにか、サスケは吹き込まれてしまっているようだった。
大方、予想通りだった。味方への不信感は、燻って、後に禍根を残す。
私は悪びれずに指をさした。
「そいつが元凶よ。犯人なの。嘘じゃないでしょ、イタチ」
「あ、あぁ」
この惨状の元凶なのは間違いない。こんな大立ち回りをするくらいだから、なにかの事件の犯人だろう。嘘は言ってない。
サスケは、安堵したようだった。
「ふん、まあ、いい。要求はただ一つだ。お前たちが奪ったオレの『眼』を渡せ」
予定通り、と言ったところだろうか。
この男の時空間忍術は、『万華鏡写輪眼』によるものだった。木ノ葉から安全に脱出するためには、これを使うほかない。
「ええ、これね」
瓶を持って、その手をヒラヒラとさせる。
ちゃんと、使える方の『写輪眼』が入っている。
「渡せ。人質の解放は、そのあとだ」
無論、男は目が見えないから、すぐに『写輪眼』が本物かどうかの確認ができない。使ってみるしかない。
そんなにすぐ、移植できるとも思わないが、千手の力でどうにかできるのかもしれない。
先に解放するのは、偽物を掴まされるリスクがある以上、頷かないだろう。
「ねぇ、その前に、私が代わりに人質になるのって、ナシ?」
「姉さん!?」
サスケは抗議するように声を上げる。私のことを、きっと心配してくれてるのだろう。嬉しい。
「ナシだ。オレを出し抜くつもりなのは分かっている。むざむざそのリスクを増やす理由はないからな……」
「そう、残念ね」
まあ、この反応は予想していた。
どっちにしろ、出し抜くから、サスケにはなるべく負担をかけたくないんだけど、そう簡単にはいかないか。
イタチは黙って事の推移を見守っていた。
「じゃあ、ここに置くわよ?」
目玉の入った小瓶を置いて、私は離れる。
十歩ほど、距離をとったあたりだった。
「そこでいい。一歩でも動いたら、こいつは殺させてもらう」
クナイを揺らし、いつでもサスケを殺せることを強調し、私たちの動きに制限をかける。
この距離では、サスケ救出はまず間に合わない。
男は、目玉の入った小瓶を手に取る。
――かかった……ッ!
全力で走り、近付き、クナイを持つ男の右腕を風遁を纏ったクナイではねる。次に、サスケの腕を掴み、こちら側に引き寄せる。
同時にイタチが、男を後ろに倒し、左肩へと忍刀を突き刺し、地面に縫い付ける。胸部を足蹴にして、完全にマウントを取った。
「あ……っ」
起爆札がサスケの服に貼り付けられていた。
なんて、卑劣な……っ。
もう一度、風遁の刃を作り、服を切り裂いて、起爆札を剥がす。それからチャクラコントロールして、札を風で吹き飛ばした。
爆発。
サスケを抱きしめ、背で爆風を受ける。強い風と、ちょっとした衝撃を受けるだけで、大した痛みもなかった。
「大丈夫か……っ!?」
イタチの声が聞こえてくる。いつもはない必死さを感じて、少し私は微笑んだ。
「こっちは大丈夫よ? ねっ、サスケ」
「…………」
「サスケ……?」
反応がない。サスケは動かなかった。
若干の焦りを感じつつ、脈拍と呼吸を確認する。
ドクンドクンと流れる血に、すぅはぁと息をしているとわかったから、問題はない。
「ミズナ……!?」
「大丈夫! ちょっと、気絶してるだけだった」
「そうか……」
なにはともあれ、ひとまず安心を得る。
これで、全部、終わったのだ。
あとは、これからの身の振り方を考えるだけでいい。
「うぐっ……。お前たちは……いつ……」
「『夜刀』よ? 幻術で誤認させたの。すごく便利でしょ、私の『眼』は」
「く……」
イタチに押さえつけられた男は、ただ呻くのみ。もはや、ここまで追い詰められたのだから、言葉も出ないのだろう。
そいつを冷たく見下ろして、イタチは言った。
「一つ尋ねたいことがあった」
「…………」
静寂が包む。
これから行われるのは、勝者による敗者への尋問。正に決着だった。
万が一に備えて、こっそり、私は『夜刀』でサスケを隠す。
「オレたちの両親を殺したのは誰だ?」
「知ってどうする? オレに復讐する気か?」
「答えろ」
肩に突き刺した刀を更にねじ込む。どうやら、イタチは少し怒っているようだった。
表情には出ていないが、その怒りはチャクラの揺らぎとして伝わってくる。その怒気に触れて、私は興奮を感じる。すごい。
このままいても、状況は変わらないと察したのか、男は渋々と口を割った。
「ああ、オレだ」
まあ、だいたい想像のついたことだ。ダンゾウは、なんか違うっぽかったし。
意外性のないその言葉に、さっき昂ぶった気持ちも冷めてしまう。
「ねぇ、イタチ。やっぱり、こいつ、殺そうよ。全部、こいつのせいにしてさ、こいつを犯人に仕立て上げて、私たちは木ノ葉の里で暮らすの。それで良いんじゃない?」
「ダメだ。こいつには、まだやってもらわなくちゃならないことがある」
そう言って、空いた左手に持っていた小瓶を私に投げ渡す。
どさくさに紛れて奪ったのだろう。それは、男が要求したものだった。
さっと私は『夜刀』を解除する。この幻術は、油断をするとチャクラを一気に持って行かれるから考えものだ。
「オレに、なにをさせるつもりだ?」
「取引だ……」
淡々とイタチは言った。
まあ、二人で相談して決めたことだから、私はもう、なにも言うことはない。
「この状況で、それを言うか?」
無論、相手は降伏状態だった。
生き残るには、多少、不利な条件も飲むしかない。
「じゃあ、『呪印』ね、『呪印』」
私は、タダでダンゾウの『呪印』を受けたわけじゃない。なんと、ちゃんと『写輪眼』でコピーしておいたのだ。
ちょっと、思い出せば、いける。たぶん。
私が綺麗にした集落で、最後に立っていたのは私たち二人だけだった。ここに、未練はもうない。
いや、私たちの家がどうなるのか、ちょっと、気になった。
勝ちました。