なにもみえない   作:百花 蓮

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 連続更新をしました。37ページ目に戻ればちょうど良いです。


エピローグ『序章』

 目を覚ます。

 真っ白い部屋、病院だった。周りを見渡すと、隣で椅子に座って、どこか虚空を見つめる兄の姿が目に入る。

 

「兄さん……?」

 

 頭が、痛い。

 

「起きたか、サスケ……」

 

 どこか憔悴したように、兄は言った。

 

 重要なことを忘れているような気がする。なぜ、病院のベッドの上にいるのか――( )血に濡れた集落――( )仮面の男――( )悪夢のようだった、あの光景が頭をよぎった。

 

 そうだった。全て、思い出せした。とっさに、上半身をベッドから起こす。

 

「そうだ! 兄さん! あいつは、あの男は!!」

 

「逃した……」

 

「逃した……?」

 

 あの場には、確か、兄と姉のどちらともがいたはずだった。なのに、逃した。なぜ、人質に取られていたはずの自分が、こうして、ここにいるのに。

 

「ね、姉さんは……」

 

「連れて行かれた……」

 

 頭を打たれたような衝撃を受ける。

 まるで、目の前が真っ白になるようだった。どうして、そうなったのか、まるでわからなかった。

 

「あそこには、兄さんも居たはずでしょ……? なら、なんで、姉さんが……」

 

「オレの、力不足だ」

 

「だったら、どうして、兄さんはこんなところにいるのさ……! なんで……っ、姉さんを探しに行ってないんだ!!」

 

「ミズナの足取りは、オレとは別の暗部が追っている。オレは待機を命じられた」

 

 力なく、兄はそう答えた。

 うなだれて、表情は見えない。だが、その声には悔しさが滲んでいるとわかった。

 

 どれだけ、兄と姉が信頼し合って、愛し合っていたかは知っている。だからこそ、姉を失った辛さが、兄にとってどれだけ大きいものか、自分には推し量ることなどできないとわかった。

 そして、いま、なにもできていないという無力感も。

 

「……いいんだ。兄さん……オレの、せいなんでしょ?」

 

 そもそもだ、兄の実力は知っていた。おそらく、すでにかつての父よりも強く、うちは一族には追随する者がいないほどの実力者だった。うちは一族が、木ノ葉の中でエリート一族であるとされている以上、里の中で、兄に敵う者は片手で数えるほどしかいないだろう。

 

 それに加えて、姉の実力もかなりのものだったはずだ。忍者学校(アカデミー)の頃から兄に勝るとも劣らない才能を見せ、日常生活で見せる術一つや、会話の節々に、姉がどれほどの実力を持っているか、途方もなく感じることが度々あった。

 

 そんな二人が揃っていたのに、不覚を取った。理由は一つしか考えられない。

 

「いや、違うんだ。サスケ」

 

「いいんだ、兄さん。オレのせいなんでしょ? オレが人質に取られたから……オレが、弱いから……姉さんは……ッ!」

 

「サスケェ……ッ! そんなことは……」

 

 兄や姉は一年で卒業したというのに、まだ、忍者学校(アカデミー)で足踏みしている自分が憎らしかった。

 時代が違うと言われるけれども、その結果が、これだ。いざというときに、何もできない。

 無力感だけが募っていく。

 

 変わらなければならなかった。

 あの、父と母が殺された日に、そう思ったはずなのに、また、失った。

 

 父と母の復讐は自分が背負って、兄と姉は幸せに生きるべきだったのに。

 ずっと、〝いつかは〟と思い修行を続けてきた。だが、そう、いつかと思って修行をするのでは全てが遅すぎた。

 

 涙ではない。『眼』に熱いものが込み上げてくる。

 

「兄さん……オレ、やるよ」

 

 兄は、ただ、じっと、見入るようにこちらの『眼』を見つめていた。

 

 

 ***

 

 

 火影執務室。

 今回の件の事後報告として、うちはイタチを召喚した。

 

 どういう経緯で、うちは一族の殲滅が起こったのか、改めて、十分に説明を聞いた。

 ダンゾウが、うちは一族の殲滅を首謀し、さらに、そのきっかけになった、一族のクーデターの企みを、裏で糸引く黒幕がいたこと。

 それは、この忍界に、更なる混乱が波及していく予兆に違いなかった。

 

「今回の経緯はわかった」

 

「どんな処分でも、受けるつもりです」

 

 すでに、一族殲滅を首謀したダンゾウは謹慎処分になっている。

 今回の件は、うちはミズナの乱心による凶行だと、片付けられることが決まっており、ダンゾウの打った手により、この流れは変えようがなかった。

 

 若い忍に、これほどまでの負担を強いることを、深く、悔いた。

 あの、捉えどころのない少女は、どこまでも、うちはイタチのことを信じているように感ぜられた。

 

「ならば、うちはイタチよ。おぬしを、今回、うちは一族の壊滅により、瓦解した、警務部隊の隊長に任命する」

 

「……オレが、ですか……?」

 

 うちはイタチは困惑したようだった。日の当たらない場所で任務に徹して来た、その少年の志は知っている。

 

「うちは一族に警務部隊を任せるというのが、二代目様の時代からの慣行となっておる。それは、わかるじゃろう?」

 

「……はい」

 

 冷たい眼光がこちらを貫く。

 

 二代目様の体制から、うちは一族に対しての扱いを、上手く引き継ぐことができなかったからこその、この結果だった。

 他の一族、特に千手の血を引く者たちとの折衝から、蔑ろになってしまっていたのだ。

 

「まずは、警務部隊の立て直しが第一。うちは一族が治安を預かり守ることにより、忍の犯罪の抑止力となっていた部分もあるのじゃからな」

 

「……暗部では、もはや用済み、ということですか?」

 

 ダンゾウを後ろ盾として、暗部への入隊。うちは一族との二重スパイとしての重荷を背負わせることになってしまった。

 一族がなくなってしまった以上、暗部でいる必要はない。だからこそ、そうも捉えられる。

 

「いや、暗部での権限は維持したまま、ということになる」

 

「それは……」

 

「裏と表との折衷を、やってもらうということじゃよ」

 

 闇の中で起こった事情も考慮しつつ、警察権を行使する役割を任せる。里の中枢から隔離されない形で、うちはイタチには働いてもらいたかった。

 

「そう……ですか……」

 

 目の前の少年が、強く歯を食いしばっていることがわかった。きっと、なぜ、もっと早くそうしなかったのだと言いたいのだろう。

 

 だが、うちは一族ではなく、うちはイタチの積み重ねて来た信頼があるからこそだった。

 クーデターを未然に防いだが、その功績が白日の下に晒されることはない。里の英雄とも呼べる少年に与えられるべき褒章で、機会だった。

 

 もう、いい加減に歳だった。自身の衰えは実感している。

 だからこそ、そこで順調に功績を積み上げてくれれば、政治力を示してくれれば、彼を火影に推薦することもできる。

 

「期待しているぞ、イタチ」

 

「ご期待に添えるよう、尽力させていただきます……」

 

 事務的な返答。

 失望されていることが、ありありと伝わって来た。

 

 若い忍が業を背負い、自らを犠牲にし、努力していたというのに、何もしてやることができなかった。

 二代目様の、うちは一族に対する姿勢を引き摺りすぎるばかりに、多くの血が流れてしまったのだ。

 

 里長として、大きな失態だろう。

 そして、真相が表沙汰にならないのだから、責任を取り、清算することさえ許されない。たとえ恨まれようと、受け止める義務があった。

 

 うちはイタチは、背を向け、去っていく。そこには憎しみのような感情の揺れを見出せない。忍と言うに相応しい背だった。

 

 警察権を、うちはイタチに委ねるという案は、失脚する寸前のダンゾウによるものだ。それには、おおむね賛成であり、うちは一族に警察権を持たせるという二代目様の時代からの慣行もあったため、相談役にも反対意見は出なかった。

 

 警務部隊も再編に伴い、あらゆる一族から優秀な者を取り入れるつもりでいる。それらの者の信用が得られれば、火影就任の際の上忍の信任投票にも繋がる。

 

 全ては、より良い未来のために。

 自らも、非情にならなければならないときは何度となくあった。とにかく今は、堪えるべきときなのだと、自らに言い聞かせた。

 

 

 ***

 

 

 四年。

 うちは虐殺。もう片時も忘れたことのない、あの残虐な事件から、四年経った。

 

 姉は攫われ、仮面の男の存在は隠蔽。全ての罪は、好都合とばかりに、居なくなった姉に着せられ、もともと、うちは一族なんていなかったかのように、木ノ葉の里はまわっている。

 

 何故、姉が罪を被ったのか、兄に対して問い詰めれば、〝逃げられた以上、仮面の男は実在が証明できない。居なくなったあいつを犯人にした方が、木ノ葉の民に示しがつく〟と返ってくるばかりだった。

 

 淡々と語る兄だったが、あれだけ姉を好いていたのだ、どれほどの悔しさを押し殺しているか、想像することさえできなかった。

 自らの無力さを、里の歪さを、酷く痛感した日のコトだった。

 

 忍者学校(アカデミー)屋上。

 

 遅刻して来た担当上忍――( )はたけカカシに連れられて、自己紹介をさせられていた。

 

 忍者学校(アカデミー)を卒業し、下忍になった暁には、任務をこなす為、下忍三人、上忍一人からなる班の一人として組み入れられる。

 任務のおぼつかない下忍のひよっこ三人に、教官として上忍一人がつく、と言ったところだ。

 

 最初に名前以外のわからない、はたけカカシの自己紹介。

 ついで、同じ第七班に組み分けされた、ドベのうずまきナルトが、自己紹介の将来の夢で、火影を超えると息巻いて見せた。

 

 一度は忍者学校(アカデミー)の卒業試験を不合格になったナルトだが、どんな手を使ったのか、班分けの際には、合格者にのみ与えられた木ノ葉の忍の証である〝額当て〟を付けて現れ、同じ第七班に編成された。

 

 兄は、このナルトのことを、どうしてか評価しているようだった。兄にそう言わせる以上、ナルトはなにかを隠し持っているに違いないだろう。

 忍者学校(アカデミー)で注意を払っていた人物の一人にあたる。

 

 それが終わると、ピンク色の髪をした、くノ一が自己紹介を始める。忍者学校(アカデミー)では、あまり接点がなく、そのくノ一に対する印象も特にない。

 

 春野サクラという名前を言った後は、意味ありげにこちらに視線を寄せたり、キャーと叫び誤魔化したり、カカシと同じく名前しかわからない自己紹介が行われる。

 

 ついに、自分の番だった。

 

「名は、うちはサスケ」

 

 うちは――里の創設から、治安維持に関わって来た一族であり、あの日、()()を残し虐殺された悲劇の一族。世間はそう言う。

 

「嫌いなモノならたくさんあるが、好きなモノは別にない」

 

 自らの持てる時間は全て修行に打ち込んできた。好きなモノ、と言われども、今更だった。そんなモノにかまけている暇などない。ずっと昔に置いて来たのだ。

 

「――それから、〝夢〟なんて言葉で終わらす気はないが、野望ならある」

 

 かつて、自分には〝夢〟があった。兄や姉とともに、木ノ葉警務部隊で、うちは一族の忍として働くことだ。

 

 たしかに兄は、警務部隊の隊長という地位を得たが、姉はもう、どこにいるかわからない。

 〝夢〟というモノの儚さを知った。だからこそ、今度こそ、今度こそは終わるわけにはいかなかった。

 

「ある男を超え、そして、ある女を必ず――( )

 

 ――救うことだ。

 

 最後は飲み込み、心の中で留めておく。

 真実が漏れれば、自らに加え、それを聞いた者の命さえ危ういと、兄に言い含められているからだった。




 とりあえず、ここでひと段落です。ここまで書けたのは、皆さんの応援があったからに他なりません。本当にありがとうございました。

 これから、お気に入りと評価の変動に打ちのめされる予定なので、当分、投稿しないと思います。

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