なにもみえない   作:百花 蓮

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がっこう

 六歳。

 ついに私もアカデミーに入学する年齢になってしまった。

 

 あの、フガクさんの家にお世話になった一週間以降、心配をした親により、私は外に出ることが難しくなった。

 結果として、このアカデミーへの登校こそが、約一年振りの外出、ということになる。

 

 昔はあれだけ嫌だなぁ、と感じていたアカデミー入学が、こんなにも嬉しいものに変わるとは、人生、なにがあるかわかったもんじゃない。

 久しぶりに、森の中で昼寝でもしておこうかな、とおもってる。授業でもさぼって。

 

 まあ、それで、肝心のクラス分けなんだけど、どうしてかはわからない、イタチと同じクラスになった。

 同じクラスに、うちは一族が二人も。誰がどうやって決めたんだろう。どういう思惑なんだろう。妙に勘ぐってしまう。

 

 そういうわけで、今日が初めてのクラスでの顔合わせ。みんながみんな、上手くやっていけるかとか、友達ができるかとか、緊張、不安、期待を顔に浮かべている。例外もいるけどね。

 

 私だってその中にいる。一番はじめの授業をさぼるほど、私は勇気を持っていない。

 

「では自己紹介もかねて、みなさんの夢を聞かせてください」

 

 それなりに人生経験を積んだであろう年齢の男の先生は言った。

 急に夢を聞かせろと言われても、生徒たちは困るばかりだ。まだよく知らない同士だろうに、相談している子達もいる。

 

 それにしても、夢か。考えたこともなかった。

 もちろん、現状に満足しているわけでない。けれど、やりたいことがないんだ。

 

 将来について考えたことがなかった。命っていうのは風前の灯火で、だからやりたいことを私は常にやっている。

 

「じゃあ、名簿番号の順にお願いしよう」

 

 出たな、あいうえお順。私は、うちはミズナだから、うん、最初の方だ。なんとかして、この短い時間で取り繕わなければならない。

 ほんと、ひどい先生だ。

 

 立派な忍になりたい、とか、適当に言えばいいか……いや、イタチがいる。そうだ、イタチがいた。

 たぶん、イタチはここで言ったことを忘れてくれない。だから、そういうしのぎ方は、後で痛い目を見る気がしてならなかった。

 

「はいよくできました」

 

 私の夢について熟考していると、もう何人目かの生徒が言い終え、拍手に包まれた。

 お父さんのような立派な忍になりたい、ね。なんの参考にもならないよ。

 

「じゃあ次は、うちはイタチくん」

 

 というかもう、イタチの番じゃん。次、私じゃん。

 もう泣きたくなってきた。サボればよかった。もういい、今はイタチの自己紹介に集中しよう。

 

「うちはイタチです。オレの夢は……」

 

 イタチの夢は知っている。

 初めて会ったときに語ったそれ。きっと、今も変わっていないんだろうなぁ、なんて漠然と思う。

 

 容易には届かない遥か遠い夢。だからこその夢。

 叶わないかもしれない。でも、それを目指すことは決して間違えじゃない。幼い私にあれだけの衝撃を与えたのだから、諦めたら、私が許さないかもね。

 

「オレの夢は……」

 

「大丈夫だ、言ってごらん」

 

 先生の余計な後押しがある。

 そして、イタチと私の目が合った。

 

「この世のすべての争いを消し去ってしまえるほど、誰よりも優秀な忍になりたい」

 

 嘲笑うかのような、そうな声がどこかから漏れ出した。

 不快に思う。そんな侮蔑を消し飛ばしてしまえるほどの、大きな音で私は拍手をする。

 少し目立ったかもしれない。それでもみんなは釣られて、イタチは義務的な拍手の渦の中心にいた。

 

「よくできました」

 

 先生はイタチの頭をなでていた。

 大言壮語、みんなそう思って本気にしていないのかもしれない。

 

 でも、みんなは知らない。どれだけイタチがそのために努力を重ねているのか、どれだけの時間を費やしているのか。きっと、無駄になりはしないはずなのだから。

 

 私だけでも、賞賛の拍手を贈ろう。あのときから、志を変えない彼に。

 

「じゃあ、次は、うちはミズナちゃん」

 

 そう言われて、私は固まる。そういえば、そうだった。私の番だった。

 視線が一斉に私に集まる。ちょっと吐きそうになった。

 

「私の夢は……」

 

「名前、言うの忘れてるよ」

 

 先生に注意されてしまった。

 つい、夢の方に意識が行ってしまい、肝心な自己紹介を忘れてしまった。そのせいで、笑いに包まれる。

 

 もう先に先生が言ってしまっているのだから、別にいいじゃないかと思わなくもない。

 恨み言は胸に秘めて、顔を赤くしながらも、必死に自己紹介を続ける。

 

「私は、うちはミズナです」

 

 教室中を見渡す。静まり返って、もう私の台詞を聞く態勢に入っている。だというのに、私はなにも思いつけない。

 

「夢は、そう……」

 

 口ごもる私に、早く言えという雰囲気が教室全体を包んだ。そういえば、私には夢がない、けれど、その代わりに、ずっと、ずっと昔から、願ってきた望みがあった。

 

「私は、家族で穏やかに暮らしたい」

 

 時間が止まったような気分になった。子どもたちはおのおのの反応を見せる。一様に首を傾げないあたり、この世界の残酷さを思い知らされた。

 

「ミズナちゃんは、親が……」

 

 教師としての義務感からだろうか、デリケートな質問をしてくる。気配りのなさにやや憤りを感じる。

 

「母親が一人ですけど?」

 

「……辛いことを聞いてごめんね」

 

 私の態度で失態に気がつき、教師は謝罪をしてくれる。

 でも、そう、いま確実に私には『可哀想な子』というレッテルが貼られた。なにもわかってないくせに。

 

「じゃあ次――」

 

 そうやって、どんどんと自己紹介は進んでいった。

 

 

 ***

 

 

「おぉ……」

 

 誰しもが歓声を上げる。その原因たるは、もちろんのこと、あの、うちはイタチだ。

 現在はクナイを使った授業をしている。

 

 校庭のあらゆるところに据えられた人型の的の数々。高い、高ーい木の上だったり、開けっ放しの三階の窓の中だったり、とにかく面倒なところに的は設置されていた。

 

 総数は二十。そのすべてにどれだけ早くクナイを当てられるかという授業だ。

 

 いまのところ、平均五分。生徒たちは休まずに、的を見つけては投げ、見つけては投げ、だいたいそのくらいかけて達成している。

 

 それをそう、うちはイタチはたったの三十秒で終わらせてみせた。しかも人型の的の心臓にあたる胸の部分を正確に射抜いて。

 

 順番は、例のごとく名簿順。後からの方がどこに的があるか把握しやすいような気がしてならない。

 イタチは投げる前から場所がわかっていたようだし、この授業はフェアじゃない。秋道くんが可哀想だ。

 

 そうはいっても、実力がなければ、実際に動いてみるまで的が正確にどこにあるかわからない。とにかく、イタチが凄いことには変わりなかった。

 当の本人は不満足げな表情をしているけれども。

 

「よ、よくできました。さぁ、次の人」

 

 イタチの偉業に、若干ながら、先生の声はうわずっていた。

 私の番だ。

 

 目を閉じて、集中する。的の位置を把握する。

 うん、だいたい理解できた。

 始まりの合図が鳴り、計測が始まる。

 

 右手で二本、左手で二本。合わせて四本。クナイ空に投げ上げる。

 的を投げたときと同じだ。回転を加え、本来ならここからでは届かない場所に届くようにする。

 

 家から出られなくても、隙を見て未練がましくこの練習は続けていたりする。いつか絶対に勝ちたい。

 四本、さらに四本。累計十二本のクナイを空に飛ばした。

 

 後は一つずつ、ここから狙える的を潰していけばいい。イタチみたいに、一度に何本もクナイを投げられないから、丁寧に一つずつだ。

 

 最初に空に投げたクナイが、ここからは狙えない的に当たる。ちゃんと刺さってくれてなにより。

 

 七個目、八個目。ここから狙える的は、ぜんぶ撃ち抜き終わった。後はもう待つだけだ。

 

 どんどんと残りの的が潰れていく。残すところあと三つ。だが、そこで私は問題に気がつく。

 

 全力で走る。でも、滅多に走ったことのない私は、そんなに早くは辿り着けない。イタチに比べたらとっても遅い。

 

 私の目指すところ、そこにある的は物陰に隠れ、こちらからは見えない。そこをめがけて投げたクナイは空中で旋回し、間違えなく当たるであろう軌道を描いた。

 

 しかし、そう上手くはいかない。

 的には刃の部分ではなく柄が当たり、カツンと甲高い音を立てて、私のクナイは弾かれる。

 

 ようやく到着をした私は、落ちてきたクナイを受け止める。真上の的を睨みつける。

 この至近距離、さすがに外すことはない。思いっきり、容赦なく投げつけた。

 

 クナイは的に深く突き刺さる。

 他の的はなんの問題もなく仕留め終えられている。なんとか私の番は終わった。

 

「……三十五秒」

 

 遠くから教師の声が聞こえる。意外と早かった。だけど私のやり方だと、短縮できても二秒か三秒。イタチの記録にはどうやっても届かない。

 

 この差を、悲しくも思う反面、どこか嬉しくも思った。

 

 ああ、無理して走ったせいで疲れが出てきてしまった。できれば動きたくなかったんだけどね。

 

 身体を休めるためにしゃがみこむ。もう一歩も動けない。人生で走る総距離の半分くらいはここで使い果たしたかもしれない。

 

 でも、次の人の邪魔になるから、私は退されてしまった。

 

 

 ***

 

 

「うちはイタチくん」

 

 そう呼ばれて、イタチにテストが返される。

 

「はい、今回もよくできました」

 

 百点なのだろう。イタチはテストをいまのところ、百点以外とったことがない。きっとこれからもそうだろう。

 

「うちはミズナちゃん」

 

 ついで、私の名前が呼ばれた。教壇に駆け寄る私に先生は笑顔を向ける。

 あの自己紹介のことがあってか、なぜか先生はやけに私に優しい。

 

「ミズナちゃんも、よく頑張ってる」

 

 そう言って、先生が見せるテスト。百点だった。

 嬉しい、という感情よりも、私の場合は安堵の方が先に出てしまう。

 

 若干の誤字に、赤で訂正を入れられながらのお情けの百点。聞けば、テストで試されている部分ではないからマルにしているらしい。

 先生の気分次第でどちらにもできるそうだが。

 

 このおかげで、私は命をつなぐことができているのだから、少しは感謝しておかなくてはならない。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って受け取ると、先生は満足そうな表情を見せた。

 

「今回のテスト、満点はイタチくんと君だけだ」

 

 なんでわざわざそんなことを言うのかがわからない。

 私はお情けなのに、なんでいつもイタチとさも同列のように言われるのかがわからない。

 

 クラスの中では、やっぱり、うちは、って優秀なんだね、とか、そんな風な会話が聞こえてくる。

 

 寂しい思いをして、席に着く。他の生徒たちも、自分の点数を見て、一喜一憂を繰り広げていた。

 

「このテストは、必ず親()さんに見せるように」

 

 その先生の話を聞き流して、適当に折って鞄の中にテストをしまう。

 

 今日だけは、安心して家に帰れる。

 テストはちょろい。最悪、カンニングという手も使えるし、それ以前に簡単だ。誤字はなくならないけど。

 

 とにかく、私は百点を取り続けなければいけなかった。




 すみません。自分が楽をするために、イタチと同じクラスにしました。
 次回で楽しい学校生活が終わるので、それまでです。すみません。

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