銀杏の葉が涼しい秋風に揺れ、ひらりと舞いながら地面に落ちる。
そしてできた道に広がる黄色い絨毯。ベンチに座りながら一人時間を潰すメリーにとって、ここはお気に入りの場所だった。この通りは京都に、日本に残る数少ない天然の並木道。木々の葉が日光を和らげ、心地良い空間を作っている。今日は秋晴れのようで、空には雲一つ無かった。
「メリー? 何にやけてるの?」
「ああ、蓮子」
声がする方へ視線を運ぶと、黒い帽子がトレードマークの宇佐見蓮子が歩いてきていた。
待ち合わせ時間からはずいぶん経っていた。けれどもメリーには然程時間が経ったようには感じていない。むしろ蓮子の声で夢から覚めたように現実が戻ってきた。先程まで聞こえなかった車の行き交う音。誰かの話し声。風で揺れる前髪の感覚。
世界とピントがズレていた。――メリーはそんなふうに思った。
何も言わずに何処か遠くを見つめるメリーを不思議そうにみる蓮子だったが、数秒待っても戻ってくる気配が無かったので、何も言わずに隣に腰掛けた。
するとメリーが大切そうに手に持つ何かが目に入る。
「なにそれ。手紙?」
「そうよ。とても大切な手紙」
メリーはそっと封筒に書かれた宛名を指でなぞる。封はすでに切られていた。封筒の中から一通の手紙を取り出すと、メリーはまた読み始めた。丁寧な字、そこに込められた想いや時間、空気を感じ取りながら。
顔も知らないアナタへ
こんばんわ、だとおもう。
アナタが書いた手紙読んだよ。アナタの手紙を読んだおかげなのか、最近はいろいろなことに気づいて少し新鮮な日々を送れた気がする。ありがとう。
先日、アナタの手紙を見て無縁塚に行ってみた。季節もすっかり春になったらしくて、暖かな日差しと涼しい風がとても気持ちよかった。アナタの言ったとおり、昼寝にはもってこいの場所だったわ。
それと賽銭箱に手紙を入れた件、大した問題ないとおもう。むしろうちの神社にはポストという物がないので正解かも。
神社に来るなら日の高い内に。私は日が落ちたら数時間で寝るから。特にやることもないし。それに夜は妖怪が出て危ないから、昼間の内に来てくれると助かるわ。そのときにはお茶くらいは出せるかな。今度はアナタから直接、アナタが見た幻想郷の話が聞きたい。
そろそろ日が落ちそう。賽銭箱の上に置いておけば、きっとアナタが手に取ってくれる。そう信じて置いておこうと思う。
本当は直接会いたい気持ちもあるけど、なんでかそれは今じゃない気がして。
アナタはきっと純朴で、澄んだ瞳を持っている人。私も勝手に想像してる。
いつか会うそのとき、その出会いが素敵なものになることを祈って。
それじゃ、いつかの明日に。
メリーの右頬に涙が伝う。
それは左側に座る蓮子には見えない。
何も言わずに手紙を封筒に仕舞い、バックに入れた。初めて読むわけじゃないのに、何か胸を打つものがある。それはきっと自分が残してきたものを、顔も知らない誰かが拾い、その人の心に触れたことが嬉しいから。
「その手紙、誰からなの?」
「――さあね、知らない」
「なにそれ。というか今時手紙っていうのも珍しいけど」
「でも蓮子好きでしょ? こういうの」
メリーは仕舞った手紙とは別の、封筒の端に「5」と書かれた手紙を取り出し、蓮子に渡した。手紙を蓮子の手に握らせると、メリーは立ち上がり、右頬を流れる涙をそのままに歩き出す。
「えっ、ちょっとなにこれ?」
戸惑いの籠もった蓮子の声に、メリーは振り返って微笑んだ。
「私の瞳に映ったものよ」
それだけ言い残してメリーは再び歩みを進め始めた。
涙のせいか、横を通り抜けていく秋風が冷たい。あの風はもっと暖かい。もっと澄んでいて、もっと優しい。空の蒼だったて、もっと濃い。
――でもこれが私が生きてる世界なんだ。
だが夢を夢で終わらせるつもりはない。そのための秘封倶楽部。世界の秘密を暴き出し、境界の向かう側へ行く者。暴き出した秘密の先に、そのいつかの明日があると信じて。
「会ってみたいな……アナタと」
それは明日なのか、それともずっと後のことなのか。
不意に風が吹いた。秋とは思えないほどの暖かさを感じさせる、緑の強い、懐かしさを覚える風。頬を伝う涙を拭う。探し求めていた向こう側と、目が合った気がした。