誰か宛の誰かの手紙   作:てんのうみ

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置き手紙 1

 楽しげな鼻歌が境内に広がる。

 日課の掃き掃除をしている霊夢は、何も乗っていない賽銭箱を見て少し機嫌がよくなっていた。風で飛ばないようにしていたのだから、顔も知らない誰かが持って行ったのだろう。それを肯ける証拠も根拠も何処にもないが、霊夢はなぜか手紙の主が持って行ったのだと感じていた。

 不思議なものだ。顔も声色も知らないような相手の手紙を読んだり、返事を書いたり。そんなことは今まで無かった。手紙なんて書いたこともなかったのに。霊夢のここ数日はたくさんの発見と初めてに溢れていた。

 だが不意に鼻歌が途切れる。

 充実していたせいか、他人行儀に吹き抜けていく風には物悲しく感じさせられる。空は晴れ晴れしているのに、気づけば霊夢の目線は下を向いてばかり。

「結局、一通目は見つけられなかったし……」

 唯一の心残り。あるはずの一通目。

 霊夢の引き出しに収められている三通の手紙。「2」「3」「4」とあるなら、必ず「1」と書かれた手紙もあるはず。そう思っていろんな場所に行ったり人に聞いたりしたが、人も場所も同じく首を横に振った。最初の手紙にはどんなことが書いてあったのか、それが霊夢に引っかかり続けた。

「あら、浮かない顔ね」

 不意に霊夢の頭上で声がする。だが霊夢は上を見上げることはしなかった。その声の主が分かっていたから。気に止めることもなく、掃き掃除を続ける。

「もう、つれないんだから」

 霊夢の頭上の空間に隙間が生まれ、その中から長いブロンドの髪を揺らしながら、一人の女性が降りてくる。差している日傘は濃い影を石のタイルに落とし、靴のヒールが地面と触れあって高い音が境内に響く。

「無視は酷いと思いません?」

「日頃の行いのせいでしょ」

 ため息をはき、その姿を視界に入れないようさらに俯きながら掃き掃除に精を出す。

「そこ、もう何分間も掃き続けていますわ」

「……うっさい」

 箒を賽銭箱の近くに立てかけ、縁側に腰を下ろす。女性も霊夢の後に続いて縁側に座った。それを横目で見ていた霊夢は、縁側に置いておいたお茶を啜る。コイツが来ると面倒ごとが始まってしまう。それが霊夢と女性の関わりだった。

「私にはお茶を入れてくれませんの?」

「台所にあるから勝手に入れれば」

「お客さんが来たのに手荒いこと。今日は手土産あるのに」

「手土産って……どうせいらない異変の始まりだとか……」

 そこで霊夢は初めて女性の方へ視線を向けた。

 小さい顔に収まった大きな紫の瞳と目が合う。差し出された細い手には、見覚えのある封筒が握られていた。少しくたびれ、日に焼けてはいるがしっかりと形を残っており、いつもと変わらず「顔も知らない誰かへ」と書かれていた。封筒の端を見れば、小さく「1」と書かれている。あの手紙に間違いない。

 ――これがアナタの最初の手紙。

 恐る恐る手に取って、手紙を読み始めた。

 

 顔も知らない誰かへ

 おはよう、こんにちは、こんばんわ。

 無性に手紙が書きたくなる。そう感じる時がたまにあります。

 滅多に、それこそペンを握るのも久しぶりな気がするほど触れていなくとも、自分の手で書く文字は、想いも、風の匂いも、今感じている全てを込められる。素敵な物だと私は思います。

 誰に送ることもないこの手紙。読んでいるアナタは誰なんでしょう。

 きっと私とは違う、何処か遠くの誰か。会うはずもない、言葉を交わすことともない。でもだからこそ、この手紙には素直に私が感じたものを書ける。誰の顔色もうかがわず、私が見たもの、聞いたものを文字におこせる。それを誰かと共有できたら、それ以上に嬉しいことはありません。

 私は時々、私が住む世界とは違う、美しい世界を夢に見ることがあります。

 暖かな太陽の下で花は咲き、花の匂いは風に乗って私の所へやってくる。緑は深く、風は澄んでいる。そんな楽園のような世界。

 でもこれはきっと夢じゃない。私の瞳に映る世界は、きっと何処かにある。そんな気がしてならないのです。

 だからこれは目印。私が目を覚ましているとき、この手紙を持った人と出会えたら、きっと夢は現実に変わる。

 一方通行なこの手紙で私とアナタの心が触れ合えたら、そのときは。

 それじゃ、何処かで。

 

「……どうしてこれを持ってたの?」

「どうしてかしらね」

「答えなさいよ」

「そうね……霊夢は自分の顔を直接その目で見たことはある?」

「ない……わね」

「そういうことよ」

 答えになってない――突っ込もうとしたが、どうせはぐらかされるだと思い、霊夢はため息をつくだけで済ました。まともな会話ができた試しがない。回りくどい言い方をせずに、もっとわかりやすく話してくれればいいのに。

「普通に会話しなさいよね」

「想いというのは言葉にしてしまうと、ちっぽけで、軽い物になってしまうの」

「あーはいはい。もういいわ。本当なにしに来たのよ」

 項垂れる霊夢を見て、女性は口元を手で隠しながら小さく笑う。

 春風に散っていく桜の花びらを眺めながら、時間の流れをただただ見送る。霊夢も女性も見慣れた光景を眺め続けた。

「なんでかしら」

 空を見上げた女性は、太陽の眩しさに目を細めた。

 見慣れている景色のはずが、今日に限ってか女性にはなんだか目に染みる。風に揺れる髪をたくし上げ、すっと空気を吸い込んだ。

「急に――アナタに会いたくなったの」

 

 女性はただ楽しそうに笑っていた。それはまるで純朴な少女のように。

 

 




 読んでいただきありがとうございます。
 これにて『誰か宛の誰かの手紙』完結です。

 アナタも誰かに手紙を書いてみては?

 それじゃ、また何処かで。
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