クリカエシ   作:プエラリア炉端

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「クレイジーラブ」

まず、私のお父さんは変人です。

学生時代から一途に思い続けた女(ひと)を諦められず、親の反対を押し切ろうと家出までして結ばれました。

なので私のお父さんは実質《おむこさん》なのです。

それは今でこそさほど変ではありませんが、二、三十年前だと、お父さんいわく《変》だったそうです。

 

さて、この物語の主人公は私ではなくお父さん。

私は単なる《登場人物》でしかないのです。

 

始まりは私が小学二年生の時でした。

あの日はどうしようもなく照り返しのきつい、ひたすらに暑かったと記憶しています。

私はお父さんに連れられて父方の実家のある北海道に来ていました。

私はお母さんの事を何も知りません。お父さんに聞いても「そのうちに教えてあげるから」とだけ言われ、うやむやにされてしまいます。

どうやら別れているらしく、お母さんから手紙とか暑中寒中見舞い、年賀状も来ないんです。

 

お父さんの職業は何かを研究しているらしいのですが、それが何なのかまでは分かりませんでした。

 

 

 

私は冬になる度になぜか、えもいわれぬ感情に支配されそうになりました。

私は怖くなってお父さんに言いました。

「ねぇ、おとうさん・・・。わたし、こわいの。

ゆきをみるときにね、まいかいなにかみえるの・・・。」

「何が見えるの?言ってご覧?」

「おんなのひと。こわがってたの・・・。わたしもこわかった。だって、だって・・・・・・。」

「うん?」

「おんなのひとね、おとうさんの事見て、こわがってた・・・。」

「・・・。」

お父さんはしばらく訝しい顔をしていましたが、四、五分の後、こう言いました。

「・・・それは夢だよ。大丈夫、お父さんがついてるから、な?」

 

 

 

それからしばらくして、お父さんが引っ越しを提案してきました。

曰く、前からしていた『実験』が上手くいったので研究所の近くまでいくらしいのです。

私は何も言わず賛成しました。

前からお父さんの研究は気になっていたし、何よりこっそり見に行けるかも、だなんて思っていたのでした。

 

そして次の週、私は転校などの手続きを済ませ、友達とも別れ、見知らぬ土地へと旅立ったのでした。

 

そこは今までいた周りがビルだらけの都会ではなく、農地だらけの、いわゆる田舎でした。

見渡す限り深緑、ぽつりぽつりと野菜色が広がって、いかにも自然、マイナスイオンたっぷりだったのでした。

 

 

 

研究所は私の家のすぐ隣で、というより家の一部にくみこまれていて、私はすごくびっくりしたのを覚えています。

「ごめんな、今はまだ見せられないんだ。」

お父さんはそう言って、やはり私を研究所には入れてくれませんでした。

 

 

 

そのまま一体、何年過ぎたでしょう。

私は気が付けば、高校に進学していて、好きな人まで出来ていました。

 

相変わらず私はお父さんに母の事を訊いていましたが、お父さんもまた、相変わらず私に教えてくれはしませんでした。

ですが、小さい時から比べれば、進展もありました。

私はお父さんが留守にしている間に、こっそりと研究所に侵入し、その研究を覗き見ようとしていたのです。

 

研究所は私が思っていたよりも広く、地下には探索しきれないほどのエリアが存在していました。

そして今日もまた、私は地下探索へと赴くのでした。

 

「・・・一体、どんだけ広いんだろ・・・。」

 

今日はお父さんは出張で海峡の向こうまで行っているので、帰りは夜遅くなる、と話していました。

ということで、私は今まで行っていない地下深くのエリアまで行く事にしました。

濃い冷気が足許(あしもと)を包んで、嫌な寒気が背筋を這いました。

 

「寒・・・。」

 

奥へ行くと行く程、その冷気は濃度を高く、よりドロリとした不安を伴って深くなっていきます。

じわじわと汗が流れ、私に少し躊躇いが出ました。

 

この先に行けば知ることが出来る。

だが、それだけの為にこの、嫌な寒気しかない通路を進むのか?

 

そして葛藤の中にまで寒気が流れ込んで来た刹那、私の脚は再び道を踏みしめ始めました。

最早私には、引き返すなどというカードは手持ちにはなく、まして、そうしてお父さんの研究を中途半端に知ったままで生きていける程器用でもなかったのでした。

 

知らぬままここに来たのがばれるより、知ってばれる方がましだ、とこの時ばかりは思っていました。

 

 

 

深みまで達して、研究所がやっている事が少しずつ見えてきた頃、私はある一種の欲望とやらに憑かれてしまったようで、最早歯止めが効かなくなっていました。

《何かを複製する研究》というところまでは突き詰める事ができたのに、それ以上は厳重な管理で封印されていました。

鍵、カードロック、ダイアルロックに加え、指紋認証まで採用された金庫の中で守るほど、その研究が大事らしいのです。

 

知りたい。

 

それが今の私を、ひいては私の思想の一切合切を支配する、唯一無二の欲望でした。

ブレーキは壊れ、扉一枚隔てた先にある《答》を知りたくてたまらない、欲求エクスプレス。

 

いつまで経っても終点には辿り着けない、環状線の様に延延、「知りたい」というヒト臭い欲を引きずり回す、そんな感覚が私を襲いました。

 

 

 

「・・・憂子、ここで何してる?」

「・・・!!」

 

 

 

私は名前を呼ばれ、思わず飛び上がりそちらを振り向きました。視界にはお父さんが、仁王立ちしています。

 

「入るな、って、何回も忠告しておいたよな?」

 

いつものお父さんでは絶対にしない、まさに鬼の形相で私を怒鳴りました。

「ごめんなさい、私、どうしても研究が知りたくて・・・。」

「お前がやった事はスパイと同じだ。出張が終わって帰って来てみたら、まさかお前が・・・!!」

 

お父さんは私がここへ来たのが相当頭に来たようで、私を、殺意さえ孕んでいる程の気魄を湛えた眼で睨んで、私にこう言い放ちました。

 

「・・・仕方ない。予定より早いが研究を完成させる。どのみちお前がいないと終わらないんだ。」

 

私がいないと終わらない、というのが引っ掛かりましたが、どちらにしよ私の欲はこれで満たされる、と思うと、そんな違和感などどうでもよくなりました。

 

「・・・やっと、知れる・・・!!」

私は思わず口にして、お父さんについていきました。

 

 

 

「・・・さ、この部屋に入って。」

と示されたのは椅子一つと大量の写真だけがある部屋でした。

写真の中にはただ一人、女の人が写っていました。

 

「・・・お母さん・・・・・・?」

 

私は無意識に、その女性を呼んでいました。

「そうだよ。それは母さんだ。ある意味、ね。」

 

え、と思ったが、知りたい心の方が勝ってしまいました。

「・・・私と、同じ顔・・・・・・。」

目元、鼻の形、ほくろの位置に至るまで私の顔と全く同じでした。

「だろう?」

お父さんは何故か嬉しそうに、誇らしげに話し始めました。

「私はその人を・・・優(ゆう)を愛していた。愛していたんだ。それはもう、壊したくなる程に、ね・・・。

だから、優をこのまま《保存》しておけないか、って考えたんだよ。

永遠に彼女を愛せるように、彼女をずっと同じ姿のまま・・・。

だがそれは叶う事はなかった。

彼女は娘の朋海(ともみ)を遺して死んだんだ。

私は悲しかった。そして、朋海に愛情を注いで育てた・・・。」

 

いい話だな、と思って聞いていたのですが、そこに一つ疑問が浮かび上がってきました。

 

「その話と研究と、何の関係があるの?」

 

「朋海はある日、私に『取引』を申し出た。

《朋海が私に売った細胞でクローンを作製する》というものだった。

私はそれを受け入れた。

《保存》とまではいかないが、同じ姿を永遠に愛す、という点では何も変わらないからね。」

 

背筋を這う冷気、戦慄。

一気に恐怖が空気を凍らせていきました。

 

「憂子、お前は朋海の孫の孫から採取した細胞で造った《娘》だよ。さあ、お前の細胞で私の《娘》を造らせておくれ・・・!」

 

 

 

気が付いた時には、もう手遅れでした。

私は鈍器で殴られ気絶し、次に目覚めた時には全身を拘束され、既に左肩と右頬の皮膚、涙や鼻の粘膜、頭髪に至るまで採取された後で、数メートル先にある機械の中で粘液漬けになった《それ》を見た私は、戦慄や恐怖や、それらの感情を超えた『何か』を感じていました。

 

私はお父さんに拘束を解かれた後、誰にもばれないようにこの日記を記す事にしました。

お父さんはもう次の《娘》の事で頭が一杯になっていました。今の悩みは名前をどうするか、らしいです。

 

この日記を読んだ未来の《娘》。

助けてとは言いません。

ただ、逃げて。

あの人から、いいえあの化けものから、逃げて。

 

 

 

 

 

 

十数年後・・・・・・。

 

私はお父さんが北海道から神奈川まで引っ越すと言うので、仕方なくついていくことにしました。

本当は友達と別れたくないのですが、お父さんが言うので仕方ないのです。

 

「優海(うみ)、そろそろ出るぞー。」

「・・・はぁい。」

ぶらぶらと怠い事をアピールするように歩く私。

と、右腕が本棚の最上段、そこに並べられた厚い本にぶつかり、ドサドサと落ちてしまいました。

が、一つだけカサ、と軽い音が。

「・・・これって・・・。」

 

《娘へ》

 

とだけ記された日記だった。

 

何度も見た、夢がまた、瞼の裏に見えた気がしました。


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