生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 ワタシは、この言葉を忘れない。

「死ぬな、生きろ、心の臓が音を止めるその瞬間まで」


プロローグ

 ワタシは異常を抱えて生まれ落ちた。

 

 両親とは全く毛色の違う子であった。

 

 数十年に一度生まれると言う忌子だった。

 

 忌嫌われる子供。

 

 その容姿は村人からすれば奇怪であり、本来であるならその場で殺されていたはずだった。

 

 ワタシの師であり、母である『ヒヅチ・ハバリ』がワタシを殺すのならば自分が育てるとワタシを村人から引き取り、ワタシを育てた。

 

 師に戦い方を学んだ、一人で生きる術を学んだ。

 

 ありとあらゆる事を師に学んだ。

 

 村人に殺され、ただ死ぬだけだったワタシに生を与えてくれた。

 

 このまま師と共に暮らしていくのだろうと思っていた。

 

 

 

 師であり、母であった『ヒヅチ』が死んだのは激しい雨の降る日の事だった。

 

 モンスターの攻撃を受け、泥濘(ぬかるみ)に足をとられ、濁流とかした川に転落した。

 

 死体は見つからなかったが、村人はあの濁流に呑まれては生き残れまいと、師が死んだ事にした。

 

 師と共に暮らした家で、ワタシはただ茫然としていた。

 

 

 元々、師は村に住んでいたわけではなく、記憶を失い、村に流れ着いた流浪の旅人だった。

 

 腰に佩いた刀と、腕が立った事から武人かなにかだったのだろうと、村で世話になる代わりにと村の周囲に現れるモンスター退治を請け負い、村の外れにある小屋を借りて暮らしていた。

 

 忌子であるワタシが生まれた際に、無理を言って引き取り、育てながらモンスターを退治し、ワタシに剣を教えていた。

 

 村人はそんな師の事を気味悪がっていたが、モンスター退治の腕もあって蔑にはしなかった。

 

 そんな師の庇護を失ったワタシに村人は「出て行け」と言葉にはしなかったものの、汚らわしい物を見る目でワタシを見た。

 

 師の日記を見つけたのは、師が行方不明になってから10日後、師が死んだとされた2日後の日暮れ頃だった。

 

 

 師はワタシに隠し事をしていた事をワタシは、何も知らなかった。

 

 いや、気が付いていないふりをしていた。

 

 師がワタシを見るとき、時折、憐憫が混じった視線を感じる事があった。

 

 一度、どうしたのかと尋ねた時、師は困ったような、泣きそうな顔をした。

 

 ワタシはそれ以降、日に日に募っていく師への不信感に気付かぬ振りをしていた。

 

 師に文字を教えて貰っていて良かったと思ったのは、そこが初めてだった。

 

 嫌々覚えていた文字を、四苦八苦しながら読み進め、師の日記の中盤に差し掛かった辺りで、ワタシは知りたくなかった真実を知った。

 

 ワタシはどうやら十歳までしか生きられないらしい。

 

 正確には十歳頃に体の不調が出始め、十二歳には死に至るらしい。

 

 体の何かが人とは違いおかしくなっているらしい。ぐらいしか分らなかったが、師はこの事をワタシに隠し、ワタシが息絶えるその瞬間まで見送る事を誓っていた。

 

 ワタシは今年で八歳、残り二年。

 

 正確には一年と半年。

 

 

 ワタシはどうすれば良いのかわからず途方に暮れた。

 

 

 村長がワタシを訪ねてきた。

 

 日頃、ワタシの顔を見ると顔を逸らし、ワタシを避けていた村長が、ワタシを訪ねてきた事に驚きを覚えた。

 

 村長はワタシに多くは語らなかった。

 

 ただ、村長もワタシが長く生きられない事を知っていた。

 

 ワタシに残された時間は少ない、だけどもう少しだけ長く生きられる可能性がある事を村長は語った。

 

 『オラリオ』と呼ばれる所には神々が降り立っており、その神々が人に与える『神の恩恵』と言うものを授かる事が出来れば、長く生きられるかもしれないというものだ。

 

 『神の恩恵』は人と言う器を昇格させて器を強く、大きくする。

 

 ワタシの器は異常を抱え、弱く、小さい。

 

 その器を強く、大きくする『神の恩恵』を授かり、『昇格』して『レベル』を上げれば、あるいは可能性があるのではないかと。

 

 他に村長は村で面倒を見るから静かに、死を待つのはどうかと誘ってきた。

 

 反吐が出る。

 

 村長の思惑は理解できなかったし、ワタシは「座して死を待つ」気にはなれなかった。

 

 師の語った言葉がワタシの魂に染みついていた。

 

 「死ぬな、生きろ、心の臓が音を止めるその瞬間まで」

 

 ワタシの決心は早かった。

 

 ワタシは生きよう。全てを賭して生きよう。

 

 小さな可能性であろうが、方法があるのであれば師の言葉に従おう。

 

 「ワタシは絶対に死なない、全身全霊を賭けて生きるのだ」と。

 

 

 

 

 

 『オラリオ』

 千年前、人の子からすれば途方もない程の昔に神々は天界での暮らしに飽き、人の住む下界に下りてきた。

 その最初の場所がオラリオの中心にそびえたつ白亜の塔『バベル』であった。

 正確にはバベルの立っていた場所にもともと建造されていた建築物を木端微塵にして降り立ち、そこに神々の力を用いてバベルを建造したらしい。

 

 神々は自らの名を関した【ファミリア】を作り、眷属を受け入れていった。

 ファミリアに所属した眷属には神の奇跡『神の恩恵(ファルナ)』を授けた。

 

 神の恩恵とは人の可能性を無限大に広げる奇跡であり、人が経験を積んだ際に得られる【経験値(エクセリア)】を使い眷属を強化するモノである。

 

 ワタシが旅路で学んだのはそんな当たり前の知識だった。

 

 ワタシが住んでいた村はオラリオからそれなりに離れていた。

 

 師が贈ってくれた『大鉈』という刀を腰に差し、背に師が家に残した予備の刀を佩き。

 

 村長が最後にとくれた山伏の様な衣類を身に纏い。

 

 なけなしの千ヴァリスを手に、ワタシは旅に出た。

 

 

 

 ワタシは歩き続けた。

 

 疲れ果てて眠り、簡単な干し肉や干した野菜等を齧り、武具の手入れの時間すら惜しみ、ワタシはオラリオを目指した。

 

 師の形見ともいえる刀には錆が浮かび、師から送られた『大鉈』はモンスターの血がこびりつき、刃も毀れきっていて、とても師に顔向けできる状態ではない。

 

 衣類は汗と泥に汚れ、村で忌避されていた毛色は旅汚れで染まり切り、体中に細かな傷を作り。

 

 それでもワタシは「生きるのだ、生きて、生きて、生き抜くのだと」と呟きながら。

 

 ただ、オラリオを目指した。

 

 

 

 オラリオにたどり着くのに一ヶ月もの時間をかけてしまった。

 

 オラリオの門を潜る際に変なモノを見る目で見られたが、ワタシには関係ない。

 

 幼い子供がたった一人で旅汚れに塗れながらにやってきた。

 

 異様な光景だろうが、ワタシには神の恩恵が必要なのだ。

 

 ワタシは道行く人に声をかけた。ほとんどの人に無視されたが、時折、武装した者達の中には「薄汚い孤児が話しかけるな」とワタシを蹴るモノも居た。

 

 胸を蹴りぬかれ、吐く息に血の匂いが混じった。

 

 肋骨が折れ、肺腑に刺さったのだろうか? 血の塊がこみ上げてきた。

 

 意識が朦朧とする中、ワタシはその男が「今日は【ロキ・ファミリア】の入団試験だってのに靴が汚れただろう」と悪態をついたのを聞き、迷う事無くその男を追った。

 

 たどり着いたのは【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『黄昏の館』という場所だった。

 

 入団試験の受付が設置されており、数多くの入団志望者が居た。

 

 ワタシは迷う事無くその受付に声をかけた。

 

 受付に居たのはドワーフの男だった。

 

 ワタシを見るなり、そのドワーフは驚いた様子で大声をあげた。

 

「リヴェリア! すまんがちょっと来てくれ!」

 

 ドワーフの大声に皆の注目が集まり、自然とワタシに注目が集まった。 

 

「ガレス、大声を出してどうした……その子は……おい、お前、大丈夫か?」

 

 女性の声を共に、集まっていた人たちが道をあけ、そこからエルフの女性が現れ、ワタシに気が付いた。

 

「けほっ……大丈夫とは?」

 

 胸にこみ上げてきた血の塊を吐き、口を開けばその女性は目を鋭くし怒鳴った。

 

「その怪我だ! とりあえず動くな、治してやる」

 

 エルフの女性はワタシに近づくと、汚れきったワタシの姿を見て一瞬顔をしかめるも、何かの呪文を唱えてワタシに掌を向けた。

 

 淡い光と共に、ワタシの折れた肋骨が癒えていくのを感じた。

 

 魔法だ。

 

 初めて見た、魔法だ。

 

 神の恩恵によって、人々は特殊な技や技能を覚えるらしい。

 

 それの一つ。

 

 癒しの魔法。

 

 ワタシは確信した。

 

 そう、それだ、ワタシが生きるのに必要なモノ。

 

 癒えていく体に頓着などしない、例え壊れ果ててたとしても、心の音色が止まらぬ限り、ワタシは生きるのだから。

 

 「ワタシは絶対に死なない、全身全霊を賭けて生きるのだ」

 

 

 

 

 

 

「怪我はこれで大丈夫だな、ガレス、何があった?」

 

 怪我を癒し、リヴェリアはガレスの方を向き、声をかけた。

 

「わからん、ワシが見つけた時にはもう怪我をしとった」

 

 ガレス自身も困惑していた。

 【ロキ・ファミリア】の入団希望者の簡単な選別をしていたら突然、

 土埃に塗れた半ば焦点の合わぬ目をした幼い狼人の子供が、口の端から血を零しながらふらふらとしながら「あの、すいません」と声をかけてきたのだから。

 

「孤児か? いったいどうして……」

 

 リヴェリアも突然現れた薄汚れた浮浪者の様に見受けられる幼子に驚きながらも、その幼子が真っ直ぐリヴァリアを見ている事に気付き、リヴェリアは膝をつき目線を合わせながら問いかける。

 

「お前、ここで何をしている?」

 

「入団試験を受けに来ました」

 

 迷い無く紡がれた幼子の言葉に、同じく入団試験を受けに来ていたらしい屈強な男たちから嘲笑の笑いが漏れる。

 そんな男たちの中から何人かの者達が出てきて、幼子を睨む。

 

 気に喰わないのだろう。

 

 自分達は【ロキ・ファミリア】に入団するために色々な努力をしてきた。

 

 血と汗の滲む努力だ。

 

 そんな努力をした者達に混じり、薄汚れた子供が入団試験を受けるのが気に喰わない。

 

 そんな目をした者達が出てきても、幼子は目の前のリヴェリアを見据えて口を開いた。

 

「ワタシは、神の恩恵を授かる為に、入団試験を受けに来ました」

 

 半ば朦朧としている様にも見える焦点の合っていない目でリヴェリアを見つめ口を開いた事にリヴェリアは驚愕を覚え、幼子の容姿をもう一度確認する。

 

 腰に吊り下げてあるのは刃先に行くほどに刀身は分厚く、幅は広くと見るからに重心は切っ先に傾き切った振り回して威力を高め敵を叩き斬る剣。幼子の手に余る代物で、背に背負っている刀は大人が使えば程よい長さだろうが、幼子にとっては背に背負わねば持ち運べぬ長さで、見るからにボロボロで柄巻は毛羽立ち、柄頭や鍔の金属は錆が浮かんでいる。どちらの剣も手入れを怠っている事を一目で察せられるほどにボロボロだ。

 服装は土や泥に汚れているが、それ以上に血が滲んでいるうえに、至る所に裂け目やほつれが見受けられる。

 荷物が入っているらしい袋を背負っているが袋も汚れている。

 先程、口から零れた血が胸元を大きく汚しているが、一切気にすることなく見据えるその目を見て、強い意志を持って居る事を理解して大きく溜息を吐く。

 リヴェリアは立ち上がり、幼子を睨む男達を睨み返す。

 

「列に戻れ、今すぐにだ」

 

「待ってくれ、そのガキも入団試験を受けるってのか?」

 

「勿論だ、希望者には平等にチャンスが与えられる。それがたとえ浮浪者であろうがな」

 

 【ロキ・ファミリア】の入団試験は、犯罪者でなければ大体の人間を受け入れる。

 何故なら、神が気に入る人は何処にでもいるからで、浮浪者だからと放り捨てたら他のファミリアで大成したと言う事例も掃いて捨てる程にあるのだから。

 

 まぁ、入団できるかは別としてだが

 

「それとも、文句があるのか? 【ロキ・ファミリア】に入団しても居ないお前達が? 【ロキ・ファミリア】の入団試験に文句をつけると?」

 

 【ロキ・ファミリア】の副団長【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴの言葉に、男たちはたじろいだ。

 

「もう一度言おう、列に戻れ、入団試験を始める」

 

 不服そうにしながらも、入団志望先のファミリアの副団長に逆らえず、男たちは列に戻った。

 

 リヴェリアは一つ息を吐くと、薄汚れた幼子を見下ろし、口を開いた。

 

「名前と出身は?」

 

「カエデ・ハバリ、出身はセオロの密林の中の村」

 

「……セオロの密林の中? 村なんてあったのか?」

 

「知らない、でもその密林を抜けてきた」

 

「……そうか、では列に並べ」

 

 入団試験を受ける為にと正装をしてきたり、装備を新調して真新しい武器やらを持っている屈強な者達に混じり、成人した小人族よりもなお小さな幼子が背に片刃の剣を背負い、腰に片刃の鉈剣を持っているだけでも目立つだろうに、あろうことか髪や尻尾、服に至るまで汚れきった浮浪者と言っても良い見た目をしており、目立ち方が尋常ではない。間違いなく神ロキの目に留まるだろう。

 

 神によってはそんな汚れた姿を嫌い、たたき出す神も居るがロキは気にしないだろう。

 

 ロキが気にするのはただ一つ、気に入るか、気に入らないかだ。

 

「よかったのか?」

 

「決めるのはロキだ、犯罪者じゃ無いんだろう?」

 

「剣に血がついておった、人の血ではない様子だからモンスターのだろうな」

 

「……あの子を思い出すな」

 

 リヴェリアが思い浮かべたのは、今ダンジョンの中で無茶を繰り返して強くなろうとしている少女の姿だった。


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