生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

101 / 130
『計画を実行する』

『…………』

『どうした?』

『多くの無辜の者を巻き込む事になりますが』

『構わん。神の恩恵を受けた者は全て罪人だ』

『…………恩恵を受けていない者は』

『この地に住まう者全てが罪人だ』

『………………全てはハデス様の仰せのままに』


『狂気への導』

 暗闇に沈んだダンジョン内の天井。朝になれば天井に生成されている水晶によって照らされて地上と同様の明るさの得られる閉鎖空間。モンスターの発生しない安全階層(セーフティポイント)である十八階層。

 焚火を囲むベート、ガレスは用を足してきたらしいカエデが帰還して以降、無言を貫いていた。

 

 不安げな様子でベートに視線を向けてきていた筈のカエデが、戻ってきて以降は焚火をじっと見つめて尻尾をきつく抱き締めたまま身じろぎ一つしない。

 其の事に違和感を覚えるが、だからと言って話しかける様な事はせず、ガレスに視線を向けて『聞け』と意思を向けてみれば、ガレスが深々と溜息を零しつつも口を開いた。

 

「カエデ、何かあったのか?」

 

 「おしっこです」と口にして場を離れたカエデ。一応、気を利かせてティオネに後を追わせたが、ティオネは『近場に見当たらない』と戻ってきて、結局ベートが匂いを頼りに探す羽目になったが、途中でカエデが自ら帰還してきたのだ。

 明らかに、用を足してきたといった様子ではないカエデは、身を震わせて強く尻尾を抱いて絞り出す様に呟く。

 

「なんでもないです」

 

 あからさまな誤魔化しに対し、ベートが眉を顰めて口を開いた。

 

「何がなんでもない、だよ。小便にしちゃ長かっただろうが」

「…………」

 

 ベートの言葉に俯いて口を閉ざすカエデ。苛立ちを覚えたベートが腰を浮かしかけた所で、テントの中からフルエンが飛び出して叫んだ。

 

「あの糞牛の匂いがするっ!」

 

 飛び出してきて剣を引き抜いて周囲に警戒の視線を向けるフルエンに対し、ガレスとベートが一瞬訳が分からないと眉を顰め、フルエンが二人の様子を見て再度叫んだ。

 

「だからっ、【ハデス・ファミリア】の団長の匂いがするんですってっ!」

 

 フルエンの言葉にガレスとベートが目を見開き即座に立ち上がって武器を構える。カエデだけが身を縮こまらせて震えながら口を閉ざす中、ガレスがフルエンに問いかけた。

 

「間違いないのか?」

「あぁ、一度だけ会った事ありますからね。あの死にかけの爺の匂いは忘れませんよ」

 

 ベートが眉を顰めつつも匂いを探る。フルエンは一度【ハデス・ファミリア】の【処刑人(ディミオス)】アレクトルに出会った事がありその匂いを覚えていたが、ベートは匂いを覚えているという程その冒険者と関わった記憶はない。故に匂いで判別できるのはフルエンのみ。

 騒ぎに気付いたのかティオネが武器を手にしたままテントからするりと抜け出してきたのを尻目に、ベートはカエデの背を見て睨んだ。

 

「おい、テメェも少しは警戒しとけ」

 

 ベートの言葉に身を震わせ、さらに縮こまる様に尻尾をきつく抱き締める姿に違和感を覚え、ベートが周囲を警戒しつつもカエデを強く睨み付けた。

 

「敵と戦いたくねぇなんて抜かすなら──

 

 ドスの利いた声をぶつけようとしたベートの肩をガレスが掴んで止めた。ベートが睨む対象がカエデからガレスに移動したところで、フルエンが鼻を鳴らしてカエデに近づいて、目を見開いてカエデの両肩を掴んだ。

 

「おい、何処でアレクトルと会った?

 

 フルエンの言葉にベート達が首を傾げてる間に、フルエンがカエデの匂いを嗅いで呟く。

 

「やっぱ、カエデからアレクトルの匂いが、かすかにだけどする。何処かで会ったんだろ、何処で会った?」

 

 体を震わせ、身を縮こまらせて口を閉ざす姿に、ベート達が息を呑んだ。

 

 つい先ほど、一人で用を足しに行ったカエデから、現在敵対中の【ハデス・ファミリア】の、それも団長である【処刑人(ディミオス)】アレクトルと会っていたかもしれないという情報。そして様子が明らかにおかしくなったカエデ。二つの情報を聞いた瞬間にベートが駆け出していく。

 ガレスが止める間もない行動にティオネがあっけに取られている間にも、カエデが頭を抱えて耳を塞いで縮こまり、何も聞きたくないとでもいう様に頭を振るのを見て吐息を零してカエデの体を抱き上げてガレスを伺う。

 

「仕方ない。カエデは儂が守ろう。ティオネ、ベートを追ってくれ」

 

 いくらベートが第一級(レベル5)になったとはいえ、レベル5になってからまだ半月程しか経っていない。相手は一応フィンやガレスと並ぶ第一級(レベル6)冒険者。

 フィン・ディムナによって片腕と片目を負傷し失っているとはいえ、第一級(レベル5)になったばかりのベートでは荷が重い可能性がある。其の事を理解しつつも、本来ならフィンと同じ第一級(レベル6)のガレスが行くべき場でありながらティオネを行かせる理由は一つ。

 カエデが完全に戦意喪失状態に陥っており、最低限身を守る程度の動きすら期待できない今、カエデに身を守れと指示した所で無意味であり、下手に襲われれば足手まといであるカエデを守りつつティオネとフルエンで応戦する事になる。それでは拙いのだ。

 

「あぁもう、ベートはいつも突っ走るんだから」

 

 文句を言いつつもティオネが走ってベートを追っていったのを見送りつつも、ガレスが周囲に気を配る。そんなさ中にフルエンはカエデを近場の水晶の陰に座らせて何度も声をかけ、戦意を取り戻させようとするもカエデは耳を塞いでいやいやと身を捩らせるのみで反応は芳しくない。

 カエデの復帰は無理そうかとガレスが吐息を零す。

 

 何故、カエデを狙う絶好の機会であったにも関わらず。殺さなかったのか? ガレスは浮かび上がった疑問を飲み込んだ。油断の許される相手ではないが故に。

 

 

 

 

 

 木々の間、ほんの微かに残ったカエデの残り香と言える匂いを頼りに走っていたベートは、淡く輝く泉の前で立ち止まって周囲を見回していた。

 道中、カエデが用を足した痕跡は一切なかった事から、用を足すというのが嘘だった可能性を視野にいれつつも、泉に向かう途中で匂いが途切れている事に違和感を覚えた。

 泉が目に入った時点でもしかしたら泉に直接といった形で用を足した可能性も思考の端に引っかかったが、直ぐに投げ捨てた。用を足したのなら匂いでわかる。

 カエデは此処に立ち寄ったのみで用を足した訳ではない。では何故ここに立ち寄ったのか。此処に来るまでの道中は一本道。途中で匂いが分岐する事も無かった。つまりカエデは此処で【ハデス・ファミリア】の【処刑人(ディミオス)】アレクトルと出会っていた事になる。

 かすかに残る()()()()()()()()()。それも一人分の匂いに確信と共に歩みを進め、ベートは眉を顰めた。

 

「糞、匂いが途切れてやがる」

 

 おかしな事に、ベートの感じた()()()()()()()()()、推定アレクトルの匂いは、その場に確かに存在するのに。()()()()()()()()()()()()

 匂いはこの場所からするのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり匂いはこの場にあっても、その道中が一切想定できないのだ。

 

「どうなってやがる」

 

 いくら何でも、匂い消しを使えばその()()()()()()()()()()はずなのに。それすらなくまるで突然この場に現れて消えた様な匂いの痕跡に対し隠さぬ苛立ちを燃やすベートの後ろに、遅れて駆けてきたティオネが声をかけた。

 

「ちょっと、一人で先走らないでよ」

「うるせぇ」

「で? 件の【処刑人(ディミオス)】って奴は? 追跡できそう?」

 

 ティオネの言葉に対し鼻に皺を寄せて苛立った様子のベートが舌打ち交じりに『追えねぇ』と呟けば、ティオネが眉を顰めた。

 

「なんでよ」

「わかるかよ。此処で匂いが途切れてる。どっかから歩いてきた訳でもねぇし、どっかに歩き去ってもいねぇ」

「じゃあまだ此処に居るとか?」

 

 それなら匂いで判る。そう呟いたベートが強く匂いの残っている場所に近づいて其の辺りを睨みながら周囲を警戒する。ティオネはその様子を見ながらも同じように周辺に気を配るも、二人の感覚に何かが引っかかる事は無かった。

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】ロキの自室。大小様々な酒瓶、珍しい魔術的骨董品(アンティーク)古代の遺物(アーティファクト)等が無秩序に転がる部屋の中央にて、カエデが肌を晒して椅子に座り込んでいた。

 その背に血を塗り付け、ステイタスの更新を行っている神ロキは完全に意気消沈した様子のカエデを伺いつつも、今回の一件についての報告を脳裏に描いていた。

 

 依頼内容は中層下部領域『大樹の迷宮』内で採取可能な薬草類の採取。

 指定された量は一般的な冒険依頼(クエスト)と同等。ファミリア指定した依頼だった事から、通常の相場よりも少し多めの報酬設定のなされた、違和感を感じようのない依頼である。

 その依頼の期間中、不自然なまでに採取され尽くしていた依頼された種類の薬草。これは高位回復薬(ハイ・ポーション)の在庫数に不安を感じた【ディアンケヒト・ファミリア】が件の薬草類の買い取り価格の引き上げを行った事に伴い、相場価格が引き上げられた結果『儲かる』と考えた冒険者がこぞって採取した結果である。

 その結果、採取に時間がかかり【ロキ・ファミリア】から依頼を受託していたガレス、ベート、ティオネ、フルエン、カエデの五名は遅い時間になったことも相まって、中層の安全階層(セーフティポイント)にあり『リヴィラの街』での休息を行おうとしたものの、『リヴィラの街』の管理も執り行っているボールス・エルダーの策略によって十八階層にて野営を行う事に。

の策略によって十八階層にて野営を行う事に。

 

 その際、カエデが一人で野営地を離れて用足しに行き、【処刑人(ディミオス)】アレクトルと遭遇。その際にどのような会話がなされたのかはいまだにカエデから聞き出せてはいない。

 が、あの場においてカエデを殺す絶好の機会がありながら、カエデに傷一つ付ける事もなく帰した不可思議な行動は全く理解しがたいものであった。

 

 一連の流れを聞き、ロキは真っ先にディアンケヒトを疑った。『お前ハデスん所と取引してカエデを行かせる積りやったんやないか』と。不自然な採取も、依頼の時期もまるで狙いすましたかのようなタイミングであった事から睨みを利かせたロキに対し、神ディアンケヒトも今回の件については寝耳に水だと口にした。

 【ディアンケヒト・ファミリア】は一切かかわっていない。と

 

 もう一人疑うべきはリヴィラの街の管理を行っているボールス・エルダーだが此方も無関係だと弁解してきている。これ以上疑った所で仕方がないと諦めたロキは、帰還したカエデにそれとなく質問をするも、カエデはその件に対して口を閉ざすばかり。

 カエデの背に映し出されたステイタスの伸びが急激に悪くなっている様子に目を細めつつも、ロキはカエデにステイタスの写しの紙を手渡し様に手を握った。

 

「っ……」

「なぁ、何があったかウチに教えてくれへん?」

 

 受け取ろうと手を出した瞬間に、腕を掴まれたカエデが困惑した様に視線を躍らせ、言葉を投げかけた瞬間に身を強張らせて俯く。

 

 ステイタスの紙に描かれた更新されたステイタス。明らかに伸びの悪くなったそれを意識しながらも、ロキは重ねて言葉を続けた。

 

「言いたくないなら、言いたくないって言ってくれてええ。それならウチもこれ以上何も言わん」

 

 せやけど、何か言いたい事があるならしっかり言ってくれてもええで。そう優しく続けたロキの言葉に、カエデが身を震わせる。不安げに、恐怖の色を宿した赤い瞳がロキを捉え、泳ぐ。

 カエデの視線が留まった場所は、ステイタスの記された紙切れ。カエデが痛々し気な表情で紙切れを見据える。

 

 

 

 

 


 名前:『カエデ・ハバリ』

 所属:【ロキ・ファミリア】

 種族:『ウェアウルフ』

 レベル:『3』

 

 力:B734 → B736

 耐久:C690 → C691

 魔力:E466 → E468

 敏捷:S922 → S926

 器用:A893 → A897

 

 発展アビリティ【軽減E】【剣士G】

 

 『スキル』

師想追想(レミニセンス)

・早熟する

・師の愛情おもいの丈により効果向上

()()()想い信じ合う限り効果持続

 

孤高奏響(ディスコード)

・『邪声』効果向上

・『旋律』に効果付与

任意発動(アクティブトリガー)

 

 

 『魔法』

【習得枠スロット1】

氷牙(アイシクル)

 ・氷の付与魔法(エンチャント)

 ・鈍痛効果

 

 詠唱

孤独に(凍えて)眠れ、其は孤独な(凍て付く)氷原。月亡き夜に誓いを紡ごう。名を刻め、白牙は朽ちぬ』

 

 追加詠唱

『乞い願え。望みに答え、鋭き白牙、諸刃の剣と成らん』

 

 追加詠唱:装備解放アリスィア

『愛おしき者、望むは一つ。砕け逝く我が身に一筋の涙を』

 

 『偉業の証』☆

 『偉業の欠片』☆☆☆

 


 

 

 

 

 今までのステイタスの伸びを考えれば、ここ三日程のカエデのステイタスは全く伸びていないと言える。それ故に考えられるのは信じている相手、ヒヅチ・ハバリが死んだ、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の二つ。

 【死相狂想(ルナティック)】については最近のカエデは負傷自体が少なく。死に近づく事も減った事から効果が落ち着いたと言える状況であったのだ。

 それ故に考えられるのは【師想追想(レミニセンス)】の異常だろう。

 

 カエデの戦闘方式自体に変化は、()()見受けられない。フィンもリヴェリアもガレスも、口を揃えてそう口にした。他に挙げる事があるとするならば、ベートとの特訓をしなくなった事ぐらいである。

 

 悩まし気に唸るロキが、今日は無理かとカエデの手を放した所で、カエデが呟いた。

 

「────」

 

 呟きの内容は聞き取れなかったロキは、カエデの顔を見てから優しく微笑んで口を開いた。

 

「ゆっくりでええ。言いたい事があるなら言って欲しいって思うわ」

 

 微笑むロキに対し、カエデは泣きそうな表情を浮かべながら顔を上げて、ロキを真っすぐ見据えた。

 目じりに涙が溜まり、零れ落ちそうになりながら震える唇で言葉を紡ごうとし、紡ぎ切れずに吐息が零れ落ちる。何か言おうと口を開こうとし、結局開けないという有様のカエデを見て、ロキは優しくカエデを撫でる。

 何も言わずに、カエデの言葉を待つ。目に浮かぶ涙が零れ落ち始めるのを見ながら、ロキは言葉を待った。

 

 長い時を掛けて、カエデが少しずつ語りだす。ここ三日、心此処にあらずと言った様子だったカエデが紡ぐ言葉をしっかりと聞く。

 

 

 

 

 

 ワタシは、師に教えられました

 人を殺す事はするべきではない。と、

 何故なら、人を斬ってしまえば戻れなくなるから

 

 化物に成ってしまう

 

 人を人と思わず、斬れる様になってしまう

 一人斬るのも、二人斬るのも、千を斬るのも変わりない

 一人目を斬った時点で、戻れなくなってしまうから

 

 だから、斬らない様にしました

 

 ですが、皆が言うんです。殺せば良いのにって

 

 ワタシは間違っていますか?

 

 師の教えは間違いだったのですか?

 

 ワタシが生きる為には、誰かを殺さなければいけないですか?

 

 もし、誰かを殺さなくては生きられないのなら

 

 ワタシは────

 

 

 

 

 

 仲間が笑っていた。自分も笑っていた。

 酒がなみなみと注がれたグラスを片手に、笑い合っていた。

 

 武器を握った理由は、たった一つだけ。仲間が笑顔になれるから

 

 右手に握ったのは、鉈。モンスターの固い甲殻を砕いても、手足をぶった切って仲間の安全を確保しても壊れないぐらい、丈夫で、皆を守れる最高の武器。

 左手に握ったのは、爪。柔らかな腸を抉り出して、魔石を抜き取る事ができ、モンスターを瞬殺して仲間を傷つける時間を与えない最高の武器。

 

 右手の鉈で、手足を捥いで、甲殻を砕く。

 左手の爪で、腸を抉り出して、魔石を抜き取る。

 

 皆と一緒にダンジョンに潜って、魔石やドロップアイテムをいーーっぱい集めて、ギルドに持って行く。

 お金がたくさんもらえて、そのお金でたくさん、お酒を買って帰る。自分のファミリアで作ってる分も含めれば飲みきれないぐらいのお酒。本拠で宴会を開いて、皆笑って、お酒を飲んで、騒いで、楽しくて。

 今までの()()()のも()()()のもぜーんぶ吹き飛んでしまうぐらい、楽しい宴会。

 

 グラスを打ち付け合う。副団長になったザニスとかいう男が顔が真っ赤になってておかしい。距離が近いだとかそんな細かい事気にせずに、楽しく酒を飲めば良い。

 

 ダンジョンに潜って、モンスターを八つ裂きにして、帰ってきたら皆で宴会。

 これ以上の贅沢なんて考えられないぐらい、素敵な生活。

 

 

 

 ある日、皆が泣いていた。

 ギルドの依頼で下層に降りてモンスターを殺してきて、帰ってきた。たくさんの報酬も手に入って、お酒もたっくさん買って、今日も宴会だって探索に行った皆で笑いながら帰ってきた。

 

 そしたら本拠で死んでた。仲間が、皆が、たくさん死んでた。

 血を流していた。息をしていなかった。残っていた仲間が泣いていた。

 

 あそこに転がっているのは、昨日子供が産まれた団員だったはずで、赤ん坊用に用意したモノが散乱していて、赤黒い何かが転がってる。元気一杯で泣き声を上げていた、男の子だったはずの赤ん坊。もう泣き声は聞こえない

 そういえば名前をどうするか決めても良いって言ってたっけ? ダンジョンの中でいっぱい考えてきたはずなのに、名づけるはずの名前、出てこなくなっちゃった。

 

 どうして? 何があったの? 意味がわかんないよ。

 帰ってきたら、宴会するんじゃないの? 皆泣いてるよ? どうして?

 

 そっか、他のファミリアが襲ってきたんだ。前から、いやがらせばっかりしてきたあのファミリア。何度も、何度もやめてってお願いしたのに。お酒を持って行って一緒に呑んで仲直りしようって提案したのに、帰れって怒鳴ってきたあのファミリア。

 

 なんでこんな事するの? 皆泣いてるんだよ? 悲しいよ、辛いよ、苦しいよ。

 

 どうしてって、聞きに行こうとしたら。キモチワルイ神様にあった。前からなんか色々と言ってくる、よくわからないキモチワルイ神様。名前は──なんだっけ? もう覚えてないや。

 

 でも、その神様は言った事は覚えてるよ。

 

『先に貴女が始末しておけばこうはならなかったんでしょうねぇ』

 

 だって。笑っちゃうよね? だって、殺すのは良くない事なんだよ? なのに始末だなんて

 

 でもその通りだったよ?

 

 

 

 武器を握った理由は、たった一つだけ。仲間が笑顔になれるから

 

 右手に握った鉈。モンスターの固い甲殻を砕いて、手足をぶった切る為の鉈

 左手に握った爪。モンスターの腸を引き摺りだして、魔石を抜き取る為の爪

 

 鉈で、人の頭をパッカーンって割ったんだ

 爪で、人の腹をズバァーッて切り裂いたんだ

 

 人の頭を割るのは嫌だよ。人の腹を切り裂くのは嫌だよ。本当だよ? だって同じ形してるから。殺すと気持ち悪くなるんだ

 

 でも、頑張って殺すんだ

 

 だって、仲間を泣かせたから。いっぱい、いっぱい苦しい思いを、悲しい思いを、辛い思いをさせたから

 

 今度はやられる前にやっちゃえって。守らなきゃいけないから

 

 アチキは群れの長になったから

 

 

 

 殺した。一人、二人、三人、何人? 百だっけ? 二百だっけ? とにかく殺したよ。たくさん、数えきれないぐらい。ころしたんだよ?

 

 仲間がね、泣いてたの。仲間がね、怯えてたの。仲間がね、苦しそうにしてたんだよ?

 

 だからね、群れの長としてなんとかしなきゃって。いっぱい頑張ったの

 

 モンスターを殺す為に握った鉈でね? 人をバラバラにするの

 モンスターを殺す為に握った爪でね? 人をズタズタにするの

 

 だって、アチキはみんなの長だから。仲間を苦しめる奴は始末しなきゃいけないんだ。

 

 

 

 皆が怯えてる。敵がいるんだ。敵は殺そう、殺さなきゃいけないから。

 

 右手の鉈で手足を切り取った。これで仲間を傷つける事はできない

 左手の爪で腸を引き摺りだした。これで仲間が悲しむ事は無い

 

 もう安心だよ? だから本拠に帰って宴会しよう? お酒もたくさん用意して、ダンジョンであったモンスターを倒すお話だっていっぱいあるよ?

 

 だから、皆怖がらなくて良いよ? ほら、皆で笑おうよ。あの頃みたいに、皆で宴会しよう?

 

 

 

 まだ皆が怯えてる。震えてる。恐怖心がその瞳に映ってる。

 

 敵がいるんだ。敵、そう、敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵

 

 何処? 何処? 敵は何処? もう居ない。動いてるのは居ない、全部殺したのに、まだ皆怯えてる。

 殺さなきゃ。殺さなきゃ、殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ

 仲間を怖がらせる奴は、一人残らず殺さなきゃ。何処に居るの? 敵。 アチキの敵は何処?

 

 居ない。 何処にもいない。 周りにある死体も全部潰した。 鉈で、爪で、人のカタチすらも無くなっちゃうぐらいにぐちゃぐちゃにして、無くしてやったのに。もう敵は何処にも居ないはずなのに皆怯えてる。

 

 泣いてる。なんで? どうしたら泣き止んでくれるの?

 

 何処に敵が…………? あぁ、其処に居たさネ

 

 振るった鉈と爪が、鏡を砕いた。

 鏡に映っていた敵を砕いた。

 

 誰がどう見たって、その映り込んだ人物は、敵だった。血塗れで、ギラギラとした瞳で、化け物にしか見えないテキ、テキ、敵。仲間を怖がらせる、殺すべき敵。

 

 血濡れの化け物

 

 鏡を砕いた。もう怖がる必要はない。何処にも、化け物なんて居ない。だから、怯えないで?

 手を差し出した。尻もちをついて泣きそうな顔をしてる仲間に手を差し出した。

 

 悲鳴を上げて逃げていった

 

 あれ? って首を傾げた。どうして? って考えた。

 

 足元に散らばる鏡の破片。その破片の中に敵がまだ映っていた。

 

 殺さなきゃ、消さなきゃ。

 

 鉈を振り上げた。鏡の中の化け物も鉈を振り上げていた。

 爪を構えた。鏡の中の化け物も爪を構えていた。

 

 仲間を怖がらせていた敵の正体。それはなんだったんだろう?ワカラナイヤ

 

 怖くなって、背を向けて逃げ出した。

 

 化物も同じように逃げ出した

 




 一歩間違えると歯車の掛け違いで一気に零れ落ちる道。

 ホオヅキさんは壊れちゃいましたが、カエデちゃんはどんな選択をするんでしょうね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。