生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『全く、誰よ地下水路に罠なんて仕掛けた阿呆は。しかも数えきれないぐらい』

『前にモンスター掃討依頼出てなかったか? 誰が受けたんだよ』

『【ナイアル・ファミリア】の【猟犬(ティンダロス)】アルスフェアだってさ』

『はぁ? じゃあ【ナイアル・ファミリア】はこの地下水路の惨状をギルドに報告しなかったって事かよ』

『そうなるわね。まぁ面倒だけどさっさと片付けましょうか』

『おーらい。こっちは任せろ。ウェンガルも気をつけろよ?』

『そっちも気を付けなさいよ? しっかし、このブービートラップ、何処かで見たのよね……何処だったかしら?』



『鎖の音色』

 【ロキ・ファミリア】本拠に与えられた自室。つい最近増えた人形が飾られた棚が新たに増えた以外には特に変わりなく、同年代の年頃の少女と比べて未だに殺風景とも言えるカエデ・ハバリの個室のテーブルにカエデが腰かけていた。

 テーブルに置かれていた武具の手入れ道具をチェストの上に置き、立ち上がって形見の打刀をラックに戻しながら、自身のステイタスの伸びが悪くなっている事を思い浮かべて形見の打刀をじっと見つめる。

 

 ステイタスの伸びが、悪くなった。器の昇格(ランクアップ)によって第二級(レベル3)になったので必要な経験値(エクセリア)がより多くなったと言えばそうなのだが。それを差し引いたとしても自身のステイタスの伸びがあからさまに悪くなった事が思考の端に引っかかる。

 

「ヒヅチなら、どうしてたのかな」

 

 【処刑人(ディミオス)】アレクトルを殺すか生かすか。師であるヒヅチ・ハバリがその場にいて、選ぶ立場だとしたらどちらを選ぶのかを考えこみ、その答えがすぐに出てきた。

 

「ヒヅチなら迷わず殺してた、よね」

 

 己が師であるヒヅチ・ハバリならあの場で戸惑いの一つも覚えずに彼を斬り殺しただろう。それは師が既に人切りを覚えているからであって、人切りを知らぬカエデが行えるとは思えない。

 だが、アレクトルの言葉も気になる。『今度はお前の周りの全てを巻き込む事になる』その言葉は脳裏にしっかりと刻み込まれている。周りとは、【ロキ・ファミリア】の事だろうか。

 

 悩まし気に形見の打刀をラックに戻した所で、カエデの部屋の扉がノックする音が響いた。

 

「はい。誰ですか?」

 

 鍵は一応かけてあったため鍵を開錠しながら扉から少し顔を覗かせれば、目の前にグレースの姿があり一瞬怯んで顔を引っ込める。その隙を突く様にグレースが扉に手をかけてバッと豪快に扉を開いてカエデを見てから口を開いた。

 

「あんた、雨の日に部屋に引きこもって何やってんの?」

 

 びくりとグレースの言葉に反応したカエデがしどろもどろになりながらも答える。

 

「いえ、武器の手入れを」

「あっそう、まぁいいけどあんた昼食は? 食堂で見なかったけど食べた訳?」

 

 昼食の際に食堂に居なかった事に気付いたグレースがわざわざ声を掛けに来てくれたらしい事に気付くと同時に、自身が昼食を取り忘れた事に気付いて慌てて壁に掛けられた時計に視線を向けるも、既に時刻は一時半を回っており昼食時を逃したことを知って耳を垂らした。

 

「おひるごはん、忘れてました……」

 

 しょんぼりとした様子のカエデを見てグレースが溜息を零した。

 最近は狼人(ウェアウルフ)達等から身を隠す為かこそこそ動いてることの多いカエデだったが、鍛錬場にも居ない。ペコラさんもカエデを見てないとくれば自室だろうと当たりをつけてきてみれば想定通りに昼食の食べ忘れ。仕方ないから遅めの昼食として外食にでも誘おうとグレースが声をかけてみるがカエデは平気だと首を横に振ってこたえた。

 

「食べるモノある訳? マシュマロが部屋に常備されてるのは知ってるけど、リヴェリアが怒るわよ?」

 

 こっそりと部屋の棚に置かれた小箱の中にカエデの好物であるマシュマロがみっちり詰まっている事についてはアリソンが教えてくれた。其の事を指摘されたカエデは大丈夫ですと答えて部屋の中に戻っていく。

 首を傾げつつも入り口で待っていればカエデが真っ黒い直方体の物体を持ってきてグレースに見せた。

 

「これがあるんで」

「……え? コレ何? 箱?」

 

 グレースの胡乱気な視線が突き刺さる中、カエデはどう説明すべきか迷ったのちにグレースを手招きして部屋の中へ誘った。

 誘われるがままに部屋の中に足を踏み入れ、ほんの少し人形等の少女らしい物が増えてるのに気づいたグレースは鼻を鳴らしつつもベッドの枕元に置かれたガレスの人形を見て顔を引きつらせる。

 

「カエデ、あんたガレスさんの人形だけベッドに置いてあるけど、何あれ?」

「……? 人形を抱き締めて寝ると良いって言われたので置いてあります」

「え? ガレスさんの人形抱き締めて寝てるの?」

「はい」

 

 しれっと言い切ったカエデの姿にグレースが額に手を当てて頭痛を堪える。

 グレースとてジョゼットの作ったヴェネディクトスの人形を抱き締めて眠る事だってしてるし、ティオネさんは確実に団長の人形を抱き締めて寝ているだろう。

 ベッドの枕元に置かれる人形。もしそれが誰かを模した人形であるのであれば、特別な意味を持つだろう。

 グレースにとってのヴェネディクトスの人形。ティオネにとっての団長の人形と言ったように、それに対してカエデは普段仲良くしているらしいラウルの人形や同じ狼人(ウェアウルフ)の中で比較的仲が良かったベートの人形でもなく、ガレス・ランドロックの人形を選んだ理由は何なのか。半眼でカエデを睨むがカエデは気にした様子も無くテーブルの上に黒い箱を置いてその箱に指を這わせている。

 

 文字を描く様に箱の上面に指を這わせるカエデの姿を見つつも、グレースがその箱を観察しはじめた。

 

「その箱、何なの? 見た所……継ぎ接ぎも無いし、なんか黒い塊って感じだけど」

「運が良ければ食べ物が入ってます」

「……はい? 食べ物?」

 

 カエデの言葉に首を傾げるグレース。カエデは気にした様子も無く指を這わせ続けている。

 

「えーっと、何してるの?」

「開錠してます」

「……かいじょう?」

 

 意味の解らないカエデの行動に訝し気な表情を浮かべたグレースがテーブルを挟んだ対面から再度黒い箱を見ていると、カチリッと言う駆動音が微かに響いた。

 

「開きました」

「は?」

 

 つい先ほどまで継ぎ接ぎの無い黒い塊としか言えなかった箱状の物体。それに継ぎ接ぎの様な一本線が引かれている。まるで弁当箱の様に箱の上面が蓋として開けられる様になったのを見たグレースがカエデの顔を見据えれば、カエデはそのままパカリと箱を何気なく開け放った。

 

「中身はー、おはぎでした」

「いや待ちなさいよ。これ何なの?」

「弁当箱です」

「いや、ただの箱にしか見えなかったんだけど何したの? と言うかおはぎ? 極東のお菓子よね?」

 

 確かモチと言う食べ物の素材のコメと言う様々な種類のある穀物を蒸して混ぜた物に、豆類のペーストを塗した食べ物。そんなペコラ・カルネイロが好んで食べている極東のお菓子程度の知識しかないグレースの目の前、開け放たれた箱の中にみっちりと並んだ『おはぎ』と言う食べ物を見てグレースは溜息を零した。

 

「これ、食べれるの?」

「はい。美味しいですよ」

「……で、この箱は何? 弁当箱って言ってたけど」

 

 グレースの胡乱気な視線にカエデが首を傾げながらも箱を指さして口を開いた。

 

狐人(ルナール)達の食料輸送箱ってヒヅチが言ってました」

「……狐人(ルナール)? 極東の種族の食料輸送箱? なんでそんなもんが……と言うか食べて平気な訳?」

「平気ですよ。作り立てと同じです」

 

 そう言うとカエデが箱の片隅に添えられていた楊枝を手に取りおはぎに突き刺して食べ始める。その様子を訝し気に見つつも、ふわりと香る甘い匂いに誘われてグレースは口を開いた。

 

「あたしも一個貰っていい?」

「良いですよ」

 

 ならばさっそくとグレースがカエデを真似て楊枝でおはぎを突き刺して頬張る。豆のペーストの大人しめの甘さと、中の穀物の独特の触感に一瞬戸惑うも、パンとは違うもっちりねっとりとした食感が何とも言い難い。

 感想を言うなれば不味くはない。むしろ美味しいと答えるだろうとうんうん唸りながら嚥下した所でグレースは本来の目的を思い出した。

 

「って、あたしあんたを食事に誘いに来たんじゃん」

「むぐ?」

「あー、食べる物あるならいいか」

 

 二つ目のおはぎを頬張っているカエデを見て吐息を零し、グレースが席を立とうとしたところでノックの音が響く。カエデが驚いたのか喉に詰まらせて胸を叩いているのを見たグレースが水差しからコップに水を汲んで差し出し、序に『あたしが出るわ』と言って入り口に足を運んだ。

 その様子を見つつもカエデが喉に詰まったおはぎを水で流し込んだ所で部屋に入ってきたのはロキであった。

 

「雨の日やと元気無いって聞いたから来ったでー」

「こんにちは。ロキ様」

「おう今日も可愛えなぁ。って何食っとるん?」

 

 いつも通りの親父臭い仕草で入ってきたロキに頭を下げるカエデ。ロキはカエデが食べているモノに興味を持ったのか箱を覗き込んで中身を見た。

 

「おはぎか、何処で買ってきたん?」

「恵比寿商店です」

「あぁー、あそこ……うん? 恵比寿商店?」

 

 カエデの言葉にロキが首を傾げるさ中、横からさっとおはぎをもう一つ奪って食べ始めたグレース。カエデは何も言わずに水を飲んでもうお腹一杯だと呟いて残りのおはぎを仕舞おうとしたところでロキが口を開いた。

 

「恵比寿商店って、どっちの? 西の方? 東の方?」

「北西のメインストリートの方です」

 

 カエデの言葉を聞いたロキは盛大に首を傾げた。

 北西の大通りに面する『恵比寿商店』は冒険者向けの保存食類は取り扱っているが、食料品関係を取り扱っているのは西のメインストリート沿いか、東のメインストリート沿いにある店舗である。冒険者向けの保存食または保存の利く食べ物類しか取り扱っていない北西のメインストリート上の恵比寿商店で『おはぎ』等と言う保存性の悪い食べ物を取り扱っているとは聞いたことも無い。其の事を口にしたロキの言葉にグレースも同意見なのか頷いた。

 かといってカエデが嘘を吐く理由も無いし、そもそもカエデは嘘を言っていない。疑問を浮かべつつもその時の状況を聞いていれば、カエデが余ったおはぎを仕舞うべく箱の蓋を閉じた所でロキが目を剥いた。

 

「ちょっ! その箱っ!」

「どうしたのよロキ」

「どうしたんですか?」

 

 ロキが慌ててカエデが閉じた箱を確認するが、つい先ほどまで蓋となっていた筈の上面の部分との継ぎ接ぎは消え去り、完全に継ぎ接ぎの無い直方体状の物体になったのを見てロキが口元を引き攣らせて呟いた。

 

「なぁ、カエデたん? これ、もしかしてなんやけど。【古代の遺物(アーティファクト)】やない?」

「そうですね」

 

 しれっと言い放ったカエデの言葉にロキが白目を向き、即座にカエデの両肩を掴んで口を開いた。

 

「いやいやまってまって、ウチこれ何個も持っとるで。ってなんで使い方知っとるんっ!?」

 

 驚いたカエデの表情を見てロキは深呼吸してから再度口を開いた。

 

「カエデたん。これが何かわかっとるん?」

 

 ロキがテーブルの上に置かれた黒い箱状の物体。つい先ほどまで開かれた状態で置いてあったそれを指さした姿にカエデが肯定する様に首を縦に振った。

 

「何処で知ったん?」

「ヒヅチに開け方を教えてもらいました」

 

 ロキは震える手でその箱状の物体に触れる。おはぎが入っていた箱である。推定千年前に作られた、まさに太古の技術を惜しげも無く注ぎ込まれて作られた物と言うのは神々も理解している。だが神々を以てしても『開け方わかんねーよ』と投げ出した代物。

 カエデはしれっと何事も無く開けているが、この黒い箱状の物体が何なのか数多くの遺物学者や【古代の遺物(アーティファクト)】専門の学者等が調べている代物である。

 

「マジか、マジかぁ」

 

 千年前、狐人(ルナール)の都が消し飛ばされて以降、それが何なのか知る者が途絶えた代物だと思われていた物。珍しいモノ等を集める趣味のあったロキの目にも留まった為にロキのコレクションの中にも何個か存在する。それを気負う事なく開け放ち、あまつさえ中身を口にしている。

 無知故にと言えば良いのか、やっている事は大昔の食べ物を食べている訳である。

 

「体に異常はないん?」

「……? 無いですよ?」

「ねぇ待って、それ千年前に作られた? 中身も?」

「はい」

「なんでカエデが肯定すんのよっ! 千年前の食べ物とか腐ってるでしょっ!」

 

 グレースが千年前の食べ物を食べさせられたと激昂してテーブルを叩き、カエデが身を竦ませる。

 

「グレース落ち着きい」

「……最悪なんだけど、ちょっとトイレ行ってくる」

 

 げっそりした様子のグレースが部屋を後にするのを見つつも、ロキはカエデの前に置かれた箱を見て確信した。自分の部屋の片隅に用途不明品として置かれているモノと全く同じ物だと。

 

「でこれ結局何なん?」

「非常用の食料や医薬品なんかを収めた箱です」

 

 カエデの言葉にロキは箱をジーっと眺めてから吐息を零す。

 

「どう考えても中身はアウトな気がするんやけど……」

 

 千年間箱の中に収められた食料や医薬品。腐るなりなんなりで使い物にならないだろうそれ。だがロキは先程カエデとグレースが口にしていたらしい中身の『おはぎ』を眼にしている。ロキの見慣れない食べ物の為、良し悪しについては何とも言えないが、腐っているといった感じではなかった。

 少し考えてからロキはカエデを見て口を開いた。

 

「ちなみに、その箱ってどんな効果があるん?」

 

 知る訳ないかと気さくに尋ねたロキに対し、カエデはさらりと何気なく答えてくれた。

 

「中に入れた物の時を止めて永久に保管できるモノです」

「……はい?」

 

 今まで数多くの学者が挑み、知る事の出来なかった謎が一つ。此処に解明される事となった。

 

 

 

 

 

 頭を抱えたロキが箱の開け方をカエデに教えて貰ってから自分の部屋にある黒い箱状の物体。リヴェリア監修の下再度開けてもらい何度か練習してみれば、割とあっさりと誰でも開ける事が出来る代物だという事がわかった。

 正式な名称については不明だが、ヒヅチ・ハバリ曰く『玉手箱』なる代物らしい。

 カエデからの又聞きである為、詳しくは不明であるが、この『玉手箱』は狐人(ルナール)達の作り上げた物資輸送用の箱であり、個人携帯用の医療品または食料品入れと言うのがこの箱の正体である。

 

 効力は『中に入れた物の時を止め永久に保管する』と言うモノ。

 

 現在のオラリオの技術を以てしても再現不可能。まさに今まで見つかってきた【古代の遺物(アーティファクト)】の中に並べても遜色のない効力である。

 

「まさかこんな超技術をたかが食料保管箱に使っとるとはなぁ」

 

 カエデが買った箱の正体を知ったリヴェリアが呆れとも感嘆ともつかない吐息を零した。

 

 古代の時代にあった怪物を生み出す穴。それを塞ぐ為に数多くの種族の者達が軍を率いて挑んだ。狐人(ルナール)の軍も四度に渡って挑んだのだ。その際に使用された『玉手箱』。

 食料類の中身は『おはぎ』や『稲荷寿司』等の狐人(ルナール)の好物をはじめとした物が基本。医療品の中身は『軟膏』や『薬草を煎じた物』等、今のオラリオで扱われている回復薬(ポーション)の劣化版の様な代物。そういった物の収められた箱は、その時代において非常に優秀な代物であったのだろう。

 腐ったり、効力が落ちたりしてしまう食料や医療品等を長期間保存する。その目的の為だけに作り出された発明品『玉手箱』。

 

 狐人(ルナール)の目指した目的は達成されているだろう。いるだろうが、其処までする必要はあったのか? と首を傾げざるを得ない。長期保存を目指した結果が『永久保存可能な箱』なのだから。

 

 執務机に置かれたいくつかの『玉手箱』を横目で見つつも、今までロキが買い漁った不用品だと思っていた物が、相当に希少な効力を持つ物だと知ったリヴェリアは深々と溜息を吐いた。

 

「なるほど、道理で数が見つかる訳だ。量産されて軍の物資として利用されていた物なのだからな」

 

 【古代の遺物(アーティファクト)】の中でも『玉手箱』かなりの数が見つかっている。好事家でなくともなんとなくで持っている者も居る程のどうでもいい代物。中身は割と平凡なのは致し方あるまい。

 とはいえ箱の持つ効力は凄まじいモノだ。一度開封しても再度蓋を閉めれば同じように永久保存が可能と言う効力だけで、オラリオの冒険者の殆どが欲しがるだろう。

 時間の経過によって劣化してしまう回復薬(ポーション)高位回復薬(ハイ・ポーション)等の物資を収めておけば、いつでも最高品質の物が使えるのだ。

 リヴェリアと手分けして中身を取り出す作業を行うフィンを見つつも、ロキは自身の集めた10を超える『玉手箱』を見て吐息を零した。

 

「なんちゅうか、狐人(ルナール)は頭良いんか悪いんかわからんわ」

 

 長期保存を目指した結果永久保存の技術を生み出した上、量産可能な技術として軍需品にまで押し上げる技術力の高さは他の種族からすれば想像できないモノである。

 エルフも長寿種として様々な固有技術は持ち合わせているが、どちらかといえば古臭い技術で手間ばかりかける様な技術が多い。比べて狐人(ルナール)の技術力は神々をして『変態的』と例えられる程だ。

 

 『玉手箱』を開けて中身を確認しては吐息を零すリヴェリア。中身は『稲荷寿司』なる食べ物だったらしく、出来立ての様な、と言うより出来立ての光沢を持った油揚げの艶を見たリヴェリアが呟く。

 

「変わった食べ物だな」

「コメっていう穀物を油揚げっていう食べ物で包んだモノだっけ?」

 

 フィンが自分の前に置かれた玉手箱を開け、中身が薬草類を煎じた塗り薬や飲み薬の入った医療箱であった事に吐息を零し、次の箱に手を伸ばす。

 食料に関しては、いくら永久保存されているとはいえ千年前の食べ物を食べようという気がおきないのかリヴェリアもフィンも手を付けないが、ロキだけは興味本位で手を伸ばしては『意外と美味いなぁ』と呟いている。

 

「ロキ、お前も開けるのを手伝え」

「ロキが買い集めた物だろう」

 

 リヴェリアとフィンの言葉にロキが頭を掻いてから、仕方なく近くに置いてあった『玉手箱』に手を伸ばす。

 

「しゃあないなぁ」

 

 カエデに教えられた様に箱の縁を時計回りに二周する様に指でなぞり、その後半回転を二度、時計回りで再度二回と繰り返せば、カチンッと言う微かな駆動音が響いて継ぎ接ぎの無かった『玉手箱』に継ぎ接ぎが産まれる。

 ロキが蓋を両手で持ち、盛大に開いて────今までと毛色の異なる中身に目を見開いた。

 

「うぉっ!?」

「どうした?」

「ロキ?」

 

 驚きの声を上げてのけぞったロキを前にフィンとリヴェリアが眉を顰める。ロキは蓋を丁重に置いてから中身を覗き込んでポツリと呟いた。

 

「そか、こういう使い方もするんか」

「どうした? 何か変な物でも入っていたのか?」

 

 リヴェリアが横からロキの開けた玉手箱を覗き込み、息を呑んだ。

 

 中に入っていたのは血に濡れた布切れ、折れた刀の柄、砕けた簪、装飾品らしい砕けた宝石の様な物。

 カエデの話とは異なる中身だが、ロキはそれに対し驚きはしたが同時に納得もした。

 

「そりゃ兵士に配られたモンで蓋閉じればその場で保存できるっちゅうんやったらこういう使い方もするわ」

 

 中身は、きっと古代の時代を戦い抜いた狐人(ルナール)の戦士の持ち物であろう。血に濡れた布切れが未だに鮮やかな赤色を保っているのは、これを収めたのは血が黒ずみとなる前であった事が伺える。

 きっと、この玉手箱の持ち主は仲間の遺品を収めて故郷に持ち帰る積りだったのだろう。結局、それは叶う事無く途中で玉手箱を手放してしまい、長い時の中で眠りについていたそれを、ロキが解放した。

 

「供養したるって言いたいんやけどなぁ」

 

 名も知らぬ狐人(ルナール)の戦士の遺品。持ち込む場所によっては数千万ヴァリス以上の価値がでるであろうそれ。好事家が知れば、喉から手が出る程に欲するだろう希少品。

 だが、それを好事家に売り渡すのには躊躇しロキが黙って蓋を閉じた。中身を取り出して今後の遠征時に余った劣化してしまう消耗品である万能薬(エリクサー)の保管箱にしようとしていたが、この中身を適当な場所に捨てる事も、どこかに供養する事も躊躇われる。

 名も知れぬ彼の戦士は何処で生まれ、何処で死んだのかすらわからないのだ。オラリオの冒険者墓地に入れるのも何か違う気がする。結局蓋を閉じたそれをロキは静かにテーブルの片隅に置いた。

 

「他の神々が知ったら、片っ端から開けるんやろなぁ」

 

 『玉手箱』の中身が、未使用の食料や医療品なら何の問題も無い。今の様に千年前の狐人(ルナール)達が遺した遺品であった場合は、どういった扱いがなされるのかを想像し、ロキは吐息を零した。

 

 

 

 

 

 アリソン・グラスベルの陽気な鼻歌が雨音に交じり響く細道。ヴェネディクトス・ヴィンディアは彼女の数歩後ろを歩いていた。場所は北東のメインストリートから一つ奥に進んだ通り。立ち並ぶのは工業用の建造物ばかり。

 鍛冶系ファミリアである【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達の工房も立ち並ぶこの場所は、オラリオ内においては工業地帯として知られている。

 ヴェネディクトスの目的はその工房の中の一つ。装飾品等を取り扱う専門店であった。

 

「ヴェトス君は良かったんですか?」

「何がだい?」

 

 鼻歌を歌いながらも人通りの少ない道を歩いていたアリソンが唐突に振り向いて質問を飛ばしてきたのに気付いたヴェネディクトスは手元の紙きれをポケットに仕舞いつつも顔を上げた。

 

「グレースちゃんへの贈り物を作るとは聞いてましたけど、私と一緒で良かったんですか?」

 

 グレース・クラウトスと恋仲にあるヴェネディクトスが別の女性であるアリソンと行動を共にした理由は一つ。グレースに対する贈り物を作る際に参考になる意見を貰う為であった。

 無論、グレースが知れば怒るだろう。浮気するとは何事かと、だがそれに関して言えば既に手は打ってある。

 

「本人に許可は貰ったから平気だよ」

「……本人って事は、グレースちゃんに全部話したんですか?」

 

 グレースに贈り物がしたい。北東のメインストリート付近にある装飾品工房で特注の装飾品を依頼するのに女性の意見を参考にしたい。とグレースに頼み込んだ結果、グレースは『あたしはそういうのわかんないから無理』と断られたのだ。

 その後、どうにか女性の意見を参考にしたいと思ったヴェネディクトスが出した結論は、つい最近友好関係が深まったアリソンに頼むことであったのだ。

 ついでにアリソンは特注のグレイブの修繕を頼んでいたため、それの受け取りと言う用事もあったのでちょうど良かった。

 当然、グレース本人にもアリソンと共に行く事については伝えてある。

 

「はー、良く怒りませんでしたねぇ」

「怒られたよ。手を繋いだりキスしたりしたらぶっ飛ばすとも言われたね」

 

 くすりと笑みを浮かべたヴェネディクトスの様子にアリソンが肩を落とす。間近にいた友人がいつの間にやら交際しており、しかも時折惚気話をそれとなく零す様になったのだ。

 とはいえ、あのグレースに恋人ができたのは友人としても嬉しい事なのでアリソンは何も言わないが。

 

「しかし、ハートマークは直球過ぎて嫌だとか。ヴェトス君は注文が多いですよね」

「グレースに似合う物の為だからね。注文も付けたくなるさ」

「金額も金額ですし」

「彼女の為なら多少はね」

 

 注文書を発注した際に金額が記されていたが、その金額の桁を見たアリソンは驚いたのだ。まさか二等級武装程の金額を装飾品に注ぎ込むとは思ってもみなかった。

 

「まあ、防御効果のある魔法道具(マジック・アイテム)としての効果もつけるならあれぐらいはするさ」

 

 彼女はよく傷だらけになっているだろう? 彼氏としては気になるからね、等と笑みを浮かべるヴェネディクトスの姿にアリソンは深々と溜息を零した。

 

「私も誰か良い人見つかると良いんですけどねぇ」

「暫くは考えてなかったんじゃないのかい?」

 

 冒険者としての活動をする上で、恋人だとかそういったモノに現を抜かす余裕はない。興味は無い訳ではないけれどと言うスタンスで活動していたアリソンの言葉にヴェネディクトスが問いかければ、アリソンは眉を顰めて唇を尖らせた。

 

「友人が惚気話ばっかりしてくるんで、うらやましくなったんですよ」

「あぁ……それは、その、すまないね」

 

 そっぽを向く仕草をしてから前を向き直り、アリソンはゆっくりとした足取りで進み始める。続くヴェネディクトスも軽い雨音の響く道を歩き出した。

 

「完成まで二週間でしたっけ?」

「お金は既に払ってあるから受け取るだけだけどね。それと、ありがとう」

「ん? お礼言われる事しましたっけ?」

「いや、ほら稼ぐ為に一緒にダンジョンに行ったりしてくれてたしね」

 

 アリソンが『感謝するならなんか贈り物ください』と冗談を零せば、『グレースが嫉妬するから難しいなぁ。食事をおごるぐらいでいいかい?』と生真面目に返すヴェネディクトス。

 性別が違う男女でありながら、恋仲であるとは思えない気さくな会話を続けながら歩いているさ中、アリソンがふと足を止めた。

 

「すまない、っとどうしたんだいアリソン?」

 

 アリソンの持つ傘とヴェネディクトスの持つ傘が触れ合い、ヴェネディクトスが謝罪の言葉を零す中、アリソンは耳をピンと立てて耳を澄ます。

 唐突に周辺を警戒しだしたアリソンの姿にヴェネディクトスもつられて耳を澄ます。

 

 しとしとと降り注ぐ雨音が響き、鍛冶場が近いのか金属を打つ音や、切削道具を使っての作業音等が響く細道。人通りは無いが、周辺から響く工業地帯特有の音の中に、アリソンは違和感を覚えた。

 

「鎖の音がしますね」

「……どっかの工場で使ってる物じゃないのかい?」

 

 聞き取れる音は金属の擦れ合う音、叩く音、切削する音等、様々ある中。不愉快な音も交じるその中で獣人の中でも特別優れた聴力を持つ兎人(ラパン)の彼女には、聞こえていた。

 

「違いますよ。なんか不自然な鎖の擦れる音がしますね」

「鎖の音? 気のせいじゃないかい?」

「確かに聞こえるんですよ。それに近づいてきてる気がします」

 

 不自然に聞こえる、鎖の擦れ合う音。じゃらじゃらと言う音。人の手による物でもない、自然に鎖が揺れて放たれる音でもない。

 

 それはまるで、鎖が独りでに動いて放たれている様な、不自然な音だった

 

 

 

 

 北東のメインストリートを一本外れた通り。不自然に転がる開いたままの傘が、しとしとと降り注ぐ雨に濡れていた。まるでつい先ほどまで誰かが居た様な、そんな空間。

 工業地帯特有の音と雨音が交じり合う中、雨降る雨雲が空を覆い隠していた。

 




『玉手箱』
 古い時代のルナール達の作り上げた保存用の箱。主に食料品や医療品等が納められている軍用物資の一つ。
 『中に入れた物の時を止めて永久保存する』と言う効力であり、非常に高い技術力で作られているモノではあるが、使用用途は食料や医療品の保存・輸送目的であり、戦時中の物資として大量生産された物。各地で数多く発見されている。。

 戦死した仲間の遺品を入れて故郷へと持ち帰ろうとする者も数多く居た様子だが、その殆どが故郷へと辿り着けずに壊滅した部隊と共に放置されている。
 その為、時おり中から物資以外の物も納められている事がある。

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