生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『随分とぐっすり眠ってたね』
『まぁ、ネ? 一仕事終エた後ハ、スゴくネむくなッチゃうし。ンで? ナイアルはドこ?』
『……神を惨殺しといてよく眠れるね。ナイアルならもうすぐだよ』
『ァー、楽シみだナ。久々に会エる』
『……僕は二度と会いたくないけどね』
『ンな事言ッて、一番会いタガってル癖に』
『【ロキ・ファミリア】VS【イシュタル・ファミリア】美しいのはどちらだっ!!』
【ロキ・ファミリア】が誇る
【イシュタル・ファミリア】の管轄である『歓楽街』において
【ロキ・ファミリア】の幾名かの団員がこの一件で
これにより【剣姫】は名実共に
『【ハデス・ファミリア】潰滅』
数日前に発生したいくつかの水回りの問題。発生原因は旧型の地下水路の付近を根城にしていた【ハデス・ファミリア】による【
他にも『地下水路』内部において無差別に仕掛けられた罠類によってギルド職員2名、護衛の冒険者3名が負傷したほか、この一件において【ロキ・ファミリア】所属の幾名かの団員が死亡。
無名の
【ロキ・ファミリア】の団員数名を攫い【
この一件によって【ハデス・ファミリア】の最終構成員であった【
唯一死亡確認が出来なかったのは【監視者】レーデ・ノーデと主神のハデスの二人。
その日に
【猫の手】は迷宮探索における
『オラリオに二人目の
回収された【
我が【トート・ファミリア】としては非公開にするには惜しい情報とし此処に記載させてもらう。
ちなみにではあるが【
羨ましい、我々の眷属にも分けて欲しいものである。
『【
発見者は妹の【
姉妹の織り成す奇跡……かと思いきや、何者かからの手紙によって誘導された結果発見に至った模様。
手紙の差出人は不明であるが、場所が『地下水路』の一角であった事から【ハデス・ファミリア】が人質として利用しようとしていたのではないかと予測している。
肝心の発見された【
【
一見完全に死亡している様にも見えるが、封印状態になっている事に違いはない。この封印の解除の為に各ファミリアには情報提供を呼び掛けている。
もし心当たりがある、または封印術に詳しい
『ギルドより通達』
地下水路の復旧作業を行う為、各地下水路への入り口部分は【ガネーシャ・ファミリア】が封鎖する事に決定。
各ファミリアの神々は決して面白半分に地下水路に足を運ばない様に。
私も口惜しいが地下水路に足を運ばない事に決めた。ギルドの口出しさえなければ……。
書類の散らばる【ロキ・ファミリア】の執務室。ロキは差し込む日差しに目を細めながら【トート・ファミリア】がばら撒いている情報誌を見ながら深い溜息を零した。
「トートの奴、あれからまだ三日四日しか経っとらんのにどうやって情報集めとるんや」
あまりにも迅速な情報収集。【トート・ファミリア】が誇る情報収集能力を遺憾なく発揮して今回の騒動の情報をわかりやすく、後おもしろくまとめた情報誌。その当事者たる【ロキ・ファミリア】としてはおもしろくともなんともない。
「カエデのランクアップといい、面倒毎……って言ったら悪いけど、ごたごたが続くね」
書類の中から【イシュタル・ファミリア】のエンブレムの刻まれた手紙の中身を見て嫌そうな表情を浮かべたフィンが手紙の中身をロキに手渡しながら呟く。
「懲りる、なんて事は無いみたいだね。金はやるから許せ、だって。むしろそっちの小娘のランクアップの糧になったんだから良いだろって」
「イシュタルはせやろなぁ……」
手紙の内容は大雑把にいえば『今回の件は団員の暴走が原因。非は謝罪するし謝罪金も出す。だがランクアップという
「はぁ、ハデスも見つからんのになぁ」
「神ハデスか……天界へと送還されたともっぱら噂になっているが」
リヴェリアがギルドからの書状を見て不愉快そうに眉根を寄せて書類に記入事項を記入しながら呟く。
数日前のカエデに対する襲撃。その際に発生した被害の大きさ。失われてしまった人員。そしてカエデのランクアップ、他様々な問題の中、一番の問題は神ハデスの行方である。
あの日の晩、真夜中と呼べる時間に、一本の光の柱が天に昇って行った。其れは紛れも無く神が過ぎた
神の身は最低限の
「アレがハデスのもんなのか他の
強制送還の際に発生する光の柱。アレだけではだれが送還されたのかまではわからない。
結果として送還を見送った者が居ない事から、ハデスが送還されたという噂もあれば、地上で飢え死にした間抜けな神が送還されたという噂もある。
過去に地上に降りてきた後、うまく生計を立てられずに飢え死にした間抜けな神が居たといえば居たが、そんな間抜けが何人も居るわけがない。結果としてほぼ確実にハデスが送還されただろうとは確信している。
しかし問題もある。
「
「……【監視者】が犯人かな」
「その【監視者】なぁ、いったい何を思って神ハデスを殺した?」
唯一、書類に塗れた執務室の中に居ながら一切書類に手をつけていないガレスの言葉にフィン達が眉を顰める。
神ハデスは神ナイアルによって
【ロキ・ファミリア】としては神ハデスが狂気状態に陥っていようがそうでなかろうが、団員数名を殺害されたため報復を決行するつもりではあったが、肝心のハデスは行方知れずである。
「…………そういえば、カエデは?」
「
事件以降、
誰かと共に行動するのではなく単独で行動し、迷宮から帰還しても団員と碌に会話も変わらない。
唯一、ロキとはステイタスの更新の度に会話を交わすが、それも口数少なくなってまともに会話にならない。
「精神状況は、まぁ悪くはないな」
リヴェリアが口元を歪めて呟く。『良くも無いが』と。
あの日、旧型の地下水路の中から生存して帰還したカエデはロキに頭を下げた。
『ごめんなさい』とだけ。
「自分の責任やない。それはわかっとるみたいなんやけどな」
「問題はそこじゃないね」
今回の一件において、【ロキ・ファミリア】から数多くの死者が出る事となった。
それ以外にも【旋風矢】ヴェネディクトス・ウィンディアがファミリアを脱退する事となった上、恋人であった【激昂】グレース・クラウトスとの関係も解消した。グレースは『屑と関わりたくない』と別れを告げたのだ。
グレースの身を案じてカエデを犠牲にする様な真似をしたのが許せなかったらしい。
この一連の問題の原因はカエデにあるかと言えばそうではない。それは誰しもがそう答えるだろう。
一部の
カエデ本人がこの事についてどう思っているのかと言えば、別に気にしていない。
しいて言うなれば────もっと早く
「吹っ切れたっちゅうか……」
「多分、どっか
元々、他者の言葉に踊らされるという程ではないにせよ、非常に気にしていたカエデが、その言葉を聞き流す様になった。
『白い禍憑き』『凶兆』等と言われても本人は眉一つ動かさずに聞き流す。顔を背けるでも、身を隠す様に振る舞うでもない。まるで聞こえていないかのように振る舞う。
今までのおどおどとした態度は消え失せ、まるで一本芯の通った剣の様になった。喜ばしいかといえば、そうではない。人間味を失ったとでもいえば良いのか。
美味しい食べ物を『美味しい』と言う。其処は変わりないが他の部分が大幅に変わった。
「まぁ、暴れる様な真似はせえへんからええんやけど」
人の子は総じて殺人、同種の殺害に忌避感を抱くものである。
カエデの場合はそれに加えて『師の教え』が存在した。その結果として『他者を傷つける事』に対して非常に敏感で恐れていたのだ。
人を殺した。初めての殺人に精神が歪んで壊れるという事は珍しい事ではない。それはカエデも例外ではない様であり、今のカエデは完全に抜き身の刃そのものである。
「アレックスみたいに無差別に暴れたら、流石に鎮圧しなきゃだけど」
「それはないな。話が通じない訳ではない」
不用意な触れ方をすれば、容赦無く切断される。無論、良識自体が消え去った訳ではないので無差別に、という訳ではない。
非常に常識的で、良識あるカエデは変わりない。しかし一定の条件を満たすと────その刃は容赦なく振るわれる。
「敵対したら、ね」
カエデ・ハバリに対して武器を向けた者。殺意を向けた者。攻撃をした者。条件を満たした者は容赦なく切る。カエデは斬るだろう。【ハデス・ファミリア】の【
目の前に迫る
右手に花弁の幅広短剣を、左手に花弁の小型円盾を持ち、最低限の武術
重量のある刀身が勢い良くぶつかり────そのまま花弁の小型円盾を砕いて破壊し、持ち主であったリザードマンを真っ二つにして死を与えた。
「ふぅ……」
ダンジョン、第二十階層『大樹の迷宮』。出現するモンスターの能力的に
カエデは百花繚乱、切っ先に行くほど幅広となる装飾の美しい大剣を鞘に納めながらも耳を澄ます。
風も無いのに揺れる植物の葉の擦れ合う音────植物そのものが勝手に揺れて音をたてているだけでモンスターが居る訳ではない。
モンスターの気配も感じられず、次に生み出される気配も感じられない。既に殲滅を終えたと判断し、転がる死体にナイフを突き立てて魔石を剥ぎ取っていく。
「また、斬った」
必要であるから。モンスターを斬る事は必要な事だから。
アレクトルを斬ったのも必要な事だったから。
これからも斬っていく。必要ならば。
「それで、良い」
アレクトルを斬った感触は、あまりにも薄っぺらい。
カエデの持つ
その耐久無視の刃にて斬り捨てた
そして今まさに手にしている百花繚乱で切りつければ、重たい手応えが返ってくる。
その差異が非常に恐ろしかった。
「……換金、いかなきゃ」
無意識に剥ぎ取った魔石をポーチに仕舞おうとして、仕舞い切れない事に気付いて手にした魔石を片手に固まる。
腰のポーチには既に魔石やドロップ品が一杯集まっていた。『リヴィラの街』に戻って換金すべきかを迷い、懐中時計を取り出して現在時刻を確認してから眉を顰めた。
そろそろ戻らなければ夜までに戻れなくなりそうだと判断し、仕方なく手にした魔石を落として────踏み砕く。
魔石を放置した結果、強化種が生まれる事になるなどという事の無い様に、剥ぎ取った魔石は片っ端から踏み砕いておき、ドロップ品は放置。爪や牙なんかは落ちていたら冒険者が回収するが、モンスターは無視する為だ。
帰りは魔石を
ダンジョンから帰還したカエデはバベルの一階広間を抜け、沈みゆく夕日に目を細めながらも周りから聞こえる冒険者の囁き声に耳を傾けた。
「おい、たった四か月で
様々な声が響く中、今まで感じていたドロドロとした黒いモノが胸の内から湧き上がって来ない。
どうしてあんな言葉を気にしていたのか、カエデ自身ですらもうわからない。
寿命は延び、凡そ40年かそこら。目的としては十分に達成できたと言える数字であろう。
今のカエデの年齢から考えて凡そ50歳程で死亡する事になる。普通に長生きしたとしておよそ100年前後が地上の人間の限界。エルフ等の長寿種ならばその数倍から十倍程度ではあるが、それを除けば100年が限界であろう。
生きようと思えば120年はいけるがそれ以上は生物的に不可能。
後一度
つまり、
考え事をしながら大通りを歩いて行く。ポーチの中に捻じ込まれたリヴィラの街の換金所を運営していたファミリアのエンブレム入りの証書をちらりと見てから、途中で入手した魔石やドロップアイテムなんかがポーチに入っているのに気が付いて眉を顰める。
本拠に直行しようとしていた足を止め、ギルドへと足を運ぼうとして振り返った所でカエデは声をかけられた。
「やぁ」
片手を上げ、気さくそうに話しかけてきた猫人の女性。灰色の癖っ毛を揺らし、双子の兄と瓜二つの容姿をした人物。行商人が身に纏う様なコートや帽子を被っている。背には大型の背負子を背負っており、腰には護身用らしき装飾剣。今まさに行商の為に街を後にする様な格好をした【
「こんにちは」
「こんにちは。ランクアップしてレベル4になったって? おめでとう」
「ありがとうございます」
差し障りない返答をするカエデに対し、モールは苦笑を浮かべつつもカエデに手紙を差し出した。
「君に直接依頼をお願いしたい」
「依頼内容は?」
差し出された手紙を見て眉を顰めるカエデ。受け取ったらそのまま了承の意として取られるかもしれないと受け取らずに質問を繰り出せば、モールはニコニコと笑顔で答えた。
「オラリオ外への行商に行くんだけどね、護衛を頼みたいなぁなんて……」
「……すいません。断ります」
言葉を聞いたカエデがモールの顔を見上げてきっぱりと断る。その言葉にモールが困った様に頬を掻き、手紙を再度カエデに差し出した。
「本当に頼むよ、君ぐらいにしか頼めそうにないんだ」
「…………」
両手を合わせて頼み込んでくるモール。
カエデは嫌そう、と言うよりは今はそんな暇はないとでも言いたげだ。その様子にモールは流石に焦りだす。
ダンジョンに潜って
ダンジョンに潜る関連の依頼なら受けても構わない。
しかし都市外の依頼となると手続きの面倒さもさることながら、外のモンスターの強さも大したこと無く、オラリオの冒険者が出張らねばならぬ程の野盗も居ない。そうなると得られる
其の上で行商の護衛等は拘束日数が嵩む。ギルドでもいくつか張り出されていたが手続きの面倒さや
「他の方に頼んで貰って良いでしょうか」
「……んー、あの時の恩を返すと思って、ね?」
両手を合わせ、小首をかしげて可愛らしく呟かれたモールの言葉にカエデ一瞬目を見開き、直ぐに半眼となってモールを睨んだ。
過去、オラリオを目指して旅をしていたカエデはモールによって大いに助けられている。それは事実でありその時の恩を返してくれと言われれば、多少はどうにかしなくてはと思うが本人が取り立てに来るとは想定していなかった。
完全に善意でニコニコとした笑顔で近づいてきたモールに対しカエデは警戒心を解いていたのだ。それを此処で持ち出す辺り、彼女の本気具合が伺える。
「……ロキ様に聞いてみます」
「やったねっ!」
過去の恩を返す為。と言うよりは面倒な
どのみち、ロキが反対すればカエデは個人依頼を受けられない。他にもギルドの許可手続きが無ければロキが許可したところで都市外に出る事は出来ない。
ギルドは都市外への戦力流出を危険視しており、オラリオの冒険者が都市外へ出る事は基本的に禁止されているのだ。特例として
「受けてくれてありがとー」
嫌々ながらも手紙を受け取ったカエデが指先で手紙を摘まみながらモールを見上げると、モールはニコニコとした笑顔のまま手を振って去っていく所であった。
「…………まだ、受けるって決まった訳じゃないんですけど」
受け取った手紙をポーチに捻じ込み、カエデは再度溜息を零した。
名前:『カエデ・ハバリ』
所属:【ロキ・ファミリア】
種族:『ウェアウルフ』
レベル:『4』
力:I32 → I58
耐久:I25 → I49
魔力:I20 → I34
敏捷:H102 → H132
器用:I46 → I72
発展アビリティ【軽減C】【剣士E】【回避I】
『スキル』
【
・早熟する
・師の愛情おもいの丈により効果向上
・
【
・『邪声』効果向上
・『旋律』に効果付与
・
『魔法』
【習得枠スロット1】
『
・氷の
・鈍痛効果
詠唱
『
追加詠唱
『乞い願え。望みに答え、鋭き白牙、諸刃の剣と成らん』
追加詠唱:
『愛おしき者、望むは一つ。砕け逝く我が身に一筋の涙を』
『偉業の証』☆
『偉業の欠片』☆☆☆
更新を終えた紙切れを見つつも、二日ダンジョンに潜った結果に不満足そうな表情を浮かべたカエデに対し、ロキが苦笑を浮かべつつも頭を撫でていた。
「せやから、アイズが二日で上げた数値より断然ええんやから気にしてもしゃあないで」
「……もう少し、上がったらよかったのに」
かつて
焦りこそしていないが、かといってゆっくりとした歩みをするつもりは微塵も無い事を理解しつつもロキは笑みを零す。
ロキに頭を撫でられていたカエデはふと思い出して服のポケット等を漁り、くしゃくしゃになった手紙を取り出してロキに差し出した。
「ロキ様、これ【恵比寿・ファミリア】からの直接依頼です」
「……カエデたんにか?」
カエデの差し出した手紙を受け取って中身を改めるロキ。そのロキの様子を見ながらも服を直していくカエデ。
ロキは中身を熟読したのち、面倒くさそうに深々と溜息を零してからその手紙をひらひらとゆらして口を開いた。
「カエデたんに任せるわ」
「え?」
「受ける受けんは自分で決めてええよ」
即却下されるものだと思っていたカエデが拍子抜けしていると、ロキは手紙を手にしたままカエデを真っすぐと見据えた。
「ま、今なら言えるんやけど……カエデ」
真剣そうな表情にカエデが気を引き締めてロキと向かい合う様に椅子に腰かける。
ロキは言いよどみながらも、カエデの目を見据えて言い放った。
「カエデの故郷、黒毛の狼人の隠れ里はもう滅んどる」
「────え?」
「今回の依頼、其処の隠れ里の調査や。なんや知らんけど其処を調べたいんやと」
カエデが目を通さなかった手紙の中身。便箋を差し出され、困惑しながらもカエデはその手紙を受け取った。
『セオロの密林内部 【デメテル・ファミリア】管轄地内の『黒毛の狼人の隠れ里』の調査。
隠れ里の住民でもあったカエデ・ハバリにセオロの森の道案内を依頼したい。
他、動員可能な第一級冒険者二名以上を求む。
日程:小型飛行船を使用し、往復2日を予定。
報酬 4,000,000ヴァリス 追加報酬有り
上記の条件を承諾できるのであれば数日以内に返答を。
【恵比寿・ファミリア】恵比寿より』