生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『ふぁああ……』

『随分とぐっすり眠ってたね』

『まぁ、ネ? 一仕事終エた後ハ、スゴくネむくなッチゃうし。ンで? ナイアルはドこ?』

『……神を惨殺しといてよく眠れるね。ナイアルならもうすぐだよ』

『ァー、楽シみだナ。久々に会エる』

『……僕は二度と会いたくないけどね』

『ンな事言ッて、一番会いタガってル癖に』


『個人依頼』

『【ロキ・ファミリア】VS【イシュタル・ファミリア】美しいのはどちらだっ!!』

 【ロキ・ファミリア】が誇る準一級(レベル4)冒険者【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに対し、【イシュタル・ファミリア】団長【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミールが襲撃を仕掛けた事を発端とした抗争の被害状況。

 【イシュタル・ファミリア】の管轄である『歓楽街』において戦闘娼婦(バーベラ)と【ロキ・ファミリア】の第一軍、及びに第二軍のメンバーを含む()()総戦力を投じた抗争に発展した。

 【ロキ・ファミリア】の幾名かの団員がこの一件で器の昇格(ランクアップ)を果たし、その中には【剣姫】も含まれている模様。

 これにより【剣姫】は名実共に第一級(レベル5)冒険者となった事になる。またしても最年少においての器の昇格(ランクアップ)記録を抜く事となった。

 

 戦闘娼婦(バーベラ)の大半が戦闘不能となり、団長であった【男殺し(アンドロクトノス)】が【剣姫】によって倒された事によって【ロキ・ファミリア】の勝利と言う形で終結を迎えたものの、この一件により『歓楽街』はしばらくの間、閉鎖状態になる事が決定。男性諸君には非常に残念な知らせとなるだろう。

 

 

 

『【ハデス・ファミリア】潰滅』

 数日前に発生したいくつかの水回りの問題。発生原因は旧型の地下水路の付近を根城にしていた【ハデス・ファミリア】による【生命の唄(ビースト・ロア)】カエデ・ハバリに対する襲撃によって引き起こされたものであった。

 他にも『地下水路』内部において無差別に仕掛けられた罠類によってギルド職員2名、護衛の冒険者3名が負傷したほか、この一件において【ロキ・ファミリア】所属の幾名かの団員が死亡。

 無名の駆け出し(レベル1)団員五名のほか、第三級(レベル2)冒険者【兎蹴円舞】アリソン・グラスベル、第二級(レベル3)冒険者【猫の手】ウェンガル・レダクターゼが死亡。

 【ロキ・ファミリア】の団員数名を攫い【生命の唄(ビースト・ロア)】を呼び出す為の餌として利用された者が死亡した模様。

 この一件によって【ハデス・ファミリア】の最終構成員であった【処刑人(ディミオス)】アレクトル、【縛鎖(ばくさ)】イサルコ・ロッキ、駆け出し(レベル1)冒険者が死亡。

 唯一死亡確認が出来なかったのは【監視者】レーデ・ノーデと主神のハデスの二人。

 その日に神々(おれたち)の誰かが天界に送還される際に発生する光の柱が発生していたという情報が幾つもあがっている事から、ハデス君は天界に帰ったのではないかという噂が流れている模様。実際の所は死体を発見できなかった事から未だに潜伏している可能性は十二分にある為、各ファミリアは注意されたし。

 

 【猫の手】は迷宮探索における精鋭(エリート)の一人で、死亡した事で今後の【ロキ・ファミリア】の迷宮探索に支障が出るのではないかとギルドの首領であるマルディール氏は懸念している模様。

 

 

 

『オラリオに二人目の第一級(レベル7)冒険者っ!?』

 回収された【処刑人(ディミオス)】アレクトルの死体の背中に刻まれた能力(ステイタス)を確認したところ、レベル7へ至っていた事が判明。しかし死亡済みな上、この一件についてはギルド側は非公開を決定。

 我が【トート・ファミリア】としては非公開にするには惜しい情報とし此処に記載させてもらう。

 

 ちなみにではあるが【処刑人(ディミオス)】を殺害したのは【生命の唄(ビースト・ロア)】であり、この一件によって彼女は第二級(レベル3)から準一級(レベル4)器の昇格(ランクアップ)を果たしている。前回の器の昇格(ランクアップ)からわずか一か月と半月程しか経過していないにも関わらず圧倒的な速度での昇格に彼女の持つスキルが破格な性能を誇っている事は疑う余地が無い。

 羨ましい、我々の眷属にも分けて欲しいものである。

 

 

 

『【呪言使い(カースメーカー)】キーラ・カルネイロ発見』

 発見者は妹の【甘い子守唄(スィート・ララバイ)】ペコラ・カルネイロ。

 姉妹の織り成す奇跡……かと思いきや、何者かからの手紙によって誘導された結果発見に至った模様。

 手紙の差出人は不明であるが、場所が『地下水路』の一角であった事から【ハデス・ファミリア】が人質として利用しようとしていたのではないかと予測している。

 

 肝心の発見された【呪言使い(カース・メーカー)】については生死不明。

 【酒乱群狼(スォームアジテイター)】ホオヅキと同様、狐人(ルナール)が使用していた封印術が施されていた。しかし此方は【酒乱群狼(スォームアジテイター)】に施されていたものよりかなり()()な技法らしく、現状の技術では生死の確認すら不可能。

 一見完全に死亡している様にも見えるが、封印状態になっている事に違いはない。この封印の解除の為に各ファミリアには情報提供を呼び掛けている。

 もし心当たりがある、または封印術に詳しい狐人(ルナール)の知り合いがいるのであれば【トート・ファミリア】に一報を。

 

 

 

『ギルドより通達』

 地下水路の復旧作業を行う為、各地下水路への入り口部分は【ガネーシャ・ファミリア】が封鎖する事に決定。

 各ファミリアの神々は決して面白半分に地下水路に足を運ばない様に。

 私も口惜しいが地下水路に足を運ばない事に決めた。ギルドの口出しさえなければ……。

 

 

 

 

 

 書類の散らばる【ロキ・ファミリア】の執務室。ロキは差し込む日差しに目を細めながら【トート・ファミリア】がばら撒いている情報誌を見ながら深い溜息を零した。

 

「トートの奴、あれからまだ三日四日しか経っとらんのにどうやって情報集めとるんや」

 

 あまりにも迅速な情報収集。【トート・ファミリア】が誇る情報収集能力を遺憾なく発揮して今回の騒動の情報をわかりやすく、後おもしろくまとめた情報誌。その当事者たる【ロキ・ファミリア】としてはおもしろくともなんともない。

 

「カエデのランクアップといい、面倒毎……って言ったら悪いけど、ごたごたが続くね」

 

 書類の中から【イシュタル・ファミリア】のエンブレムの刻まれた手紙の中身を見て嫌そうな表情を浮かべたフィンが手紙の中身をロキに手渡しながら呟く。

 

「懲りる、なんて事は無いみたいだね。金はやるから許せ、だって。むしろそっちの小娘のランクアップの糧になったんだから良いだろって」

「イシュタルはせやろなぁ……」

 

 手紙の内容は大雑把にいえば『今回の件は団員の暴走が原因。非は謝罪するし謝罪金も出す。だがランクアップという()()があったのだから少し多めに見ろ』と強気というよりは上から目線で物事を進めようとしている様だ。

 

「はぁ、ハデスも見つからんのになぁ」

「神ハデスか……天界へと送還されたともっぱら噂になっているが」

 

 リヴェリアがギルドからの書状を見て不愉快そうに眉根を寄せて書類に記入事項を記入しながら呟く。

 数日前のカエデに対する襲撃。その際に発生した被害の大きさ。失われてしまった人員。そしてカエデのランクアップ、他様々な問題の中、一番の問題は神ハデスの行方である。

 あの日の晩、真夜中と呼べる時間に、一本の光の柱が天に昇って行った。其れは紛れも無く神が過ぎた神の力(アルカナム)を地上で放出した事で発生する強制送還のものであった。

 神の身は最低限の神の力(アルカナム)を使って生み出されたものであり、必要以上に破損すると自動的に修復する為に神の力(アルカナム)が放出されてしまう。結果として地上で神の力(アルカナム)を使ったと判断されて天界に強制送還されるという事態に陥る。

 

「アレがハデスのもんなのか他の(やつ)のかわからん。まあ、十中八九あのハデスやろうけどなぁ」

 

 強制送還の際に発生する光の柱。アレだけではだれが送還されたのかまではわからない。

 結果として送還を見送った者が居ない事から、ハデスが送還されたという噂もあれば、地上で飢え死にした間抜けな神が送還されたという噂もある。

 過去に地上に降りてきた後、うまく生計を立てられずに飢え死にした間抜けな神が居たといえば居たが、そんな間抜けが何人も居るわけがない。結果としてほぼ確実にハデスが送還されただろうとは確信している。

 しかし問題もある。

 

()()()()()()()()()()()()()やなぁ」

「……【監視者】が犯人かな」

「その【監視者】なぁ、いったい何を思って神ハデスを殺した?」

 

 唯一、書類に塗れた執務室の中に居ながら一切書類に手をつけていないガレスの言葉にフィン達が眉を顰める。

 神ハデスは神ナイアルによって()()()()()()()。これは周知の事実であり、あの生真面目な神があんなおかしな行動をしていたのは神ナイアルが狂気状態に陥らせていた為であると言われて誰しもが納得すると同時に、神ナイアルをオラリオ外へと追いやったギルドの対応への批判も高まる原因となっている。

 【ロキ・ファミリア】としては神ハデスが狂気状態に陥っていようがそうでなかろうが、団員数名を殺害されたため報復を決行するつもりではあったが、肝心のハデスは行方知れずである。

 

「…………そういえば、カエデは?」

単独(ソロ)でダンジョンやと」

 

 事件以降、器の昇格(ランクアップ)して第二級(レベル3)から準一級(レベル4)に至ったカエデ・ハバリは一人でダンジョンに潜っている。

 誰かと共に行動するのではなく単独で行動し、迷宮から帰還しても団員と碌に会話も変わらない。

 唯一、ロキとはステイタスの更新の度に会話を交わすが、それも口数少なくなってまともに会話にならない。

 

「精神状況は、まぁ悪くはないな」

 

 リヴェリアが口元を歪めて呟く。『良くも無いが』と。

 あの日、旧型の地下水路の中から生存して帰還したカエデはロキに頭を下げた。

 『ごめんなさい』とだけ。

 

「自分の責任やない。それはわかっとるみたいなんやけどな」

「問題はそこじゃないね」

 

 今回の一件において、【ロキ・ファミリア】から数多くの死者が出る事となった。

 それ以外にも【旋風矢】ヴェネディクトス・ウィンディアがファミリアを脱退する事となった上、恋人であった【激昂】グレース・クラウトスとの関係も解消した。グレースは『屑と関わりたくない』と別れを告げたのだ。

 グレースの身を案じてカエデを犠牲にする様な真似をしたのが許せなかったらしい。

 

 この一連の問題の原因はカエデにあるかと言えばそうではない。それは誰しもがそう答えるだろう。

 一部の狼人(ウェアウルフ)を除いて、ではあるが。

 カエデ本人がこの事についてどう思っているのかと言えば、別に気にしていない。

 しいて言うなれば────もっと早く()()()良かったです。とだけ言っていた。

 

「吹っ切れたっちゅうか……」

「多分、どっか理性(ネジ)がとんでるね」

 

 元々、他者の言葉に踊らされるという程ではないにせよ、非常に気にしていたカエデが、その言葉を聞き流す様になった。

 『白い禍憑き』『凶兆』等と言われても本人は眉一つ動かさずに聞き流す。顔を背けるでも、身を隠す様に振る舞うでもない。まるで聞こえていないかのように振る舞う。

 今までのおどおどとした態度は消え失せ、まるで一本芯の通った剣の様になった。喜ばしいかといえば、そうではない。人間味を失ったとでもいえば良いのか。

 美味しい食べ物を『美味しい』と言う。其処は変わりないが他の部分が大幅に変わった。

 

「まぁ、暴れる様な真似はせえへんからええんやけど」

 

 人の子は総じて殺人、同種の殺害に忌避感を抱くものである。

 カエデの場合はそれに加えて『師の教え』が存在した。その結果として『他者を傷つける事』に対して非常に敏感で恐れていたのだ。

 人を殺した。初めての殺人に精神が歪んで壊れるという事は珍しい事ではない。それはカエデも例外ではない様であり、今のカエデは完全に抜き身の刃そのものである。

 

「アレックスみたいに無差別に暴れたら、流石に鎮圧しなきゃだけど」

「それはないな。話が通じない訳ではない」

 

 不用意な触れ方をすれば、容赦無く切断される。無論、良識自体が消え去った訳ではないので無差別に、という訳ではない。

 非常に常識的で、良識あるカエデは変わりない。しかし一定の条件を満たすと────その刃は容赦なく振るわれる。

 

「敵対したら、ね」

 

 カエデ・ハバリに対して武器を向けた者。殺意を向けた者。攻撃をした者。条件を満たした者は容赦なく切る。カエデは斬るだろう。【ハデス・ファミリア】の【処刑人(ディミオス)】や狼人(ウェアウルフ)を切り捨てた様に。

 

 

 

 

 

 目の前に迫る蜥蜴人(リザードマン)を切り捨てる。

 右手に花弁の幅広短剣を、左手に花弁の小型円盾を持ち、最低限の武術()()()()()()を駆使して冒険者を殺害せんと迫るリザードマン。その短剣の刃を弾いて円盾の上から()()()()を叩きつける。

 重量のある刀身が勢い良くぶつかり────そのまま花弁の小型円盾を砕いて破壊し、持ち主であったリザードマンを真っ二つにして死を与えた。

 

「ふぅ……」

 

 ダンジョン、第二十階層『大樹の迷宮』。出現するモンスターの能力的に準一級(レベル4)程度の能力があればどうにかなる範囲である事を理由に、カエデは単独(ソロ)での迷宮探索(ダンジョンアタック)を行っていた。

 カエデは百花繚乱、切っ先に行くほど幅広となる装飾の美しい大剣を鞘に納めながらも耳を澄ます。

 風も無いのに揺れる植物の葉の擦れ合う音────植物そのものが勝手に揺れて音をたてているだけでモンスターが居る訳ではない。

 モンスターの気配も感じられず、次に生み出される気配も感じられない。既に殲滅を終えたと判断し、転がる死体にナイフを突き立てて魔石を剥ぎ取っていく。

 

「また、斬った」

 

 必要であるから。モンスターを斬る事は必要な事だから。

 アレクトルを斬ったのも必要な事だったから。

 これからも斬っていく。必要ならば。

 

「それで、良い」

 

 アレクトルを斬った感触は、あまりにも薄っぺらい。

 カエデの持つ付与魔法(エンチャント)氷牙(アイシクル)】。それの追加詠唱によって生み出される装備魔法『薄氷刀・白牙』。装備魔法の装備開放(アリスィア)によって発生する一定時間のあいだ、好きなだけ耐久無視の刃を持つ刀剣を生み出すという能力。

 その耐久無視の刃にて斬り捨てた狼人(ウェアウルフ)も、アレクトルも、どちらもまるで紙きれでも切り裂いた様に手応えを感じられなかった。

 そして今まさに手にしている百花繚乱で切りつければ、重たい手応えが返ってくる。

 その差異が非常に恐ろしかった。

 

「……換金、いかなきゃ」

 

 無意識に剥ぎ取った魔石をポーチに仕舞おうとして、仕舞い切れない事に気付いて手にした魔石を片手に固まる。

 腰のポーチには既に魔石やドロップ品が一杯集まっていた。『リヴィラの街』に戻って換金すべきかを迷い、懐中時計を取り出して現在時刻を確認してから眉を顰めた。

 そろそろ戻らなければ夜までに戻れなくなりそうだと判断し、仕方なく手にした魔石を落として────踏み砕く。

 魔石を放置した結果、強化種が生まれる事になるなどという事の無い様に、剥ぎ取った魔石は片っ端から踏み砕いておき、ドロップ品は放置。爪や牙なんかは落ちていたら冒険者が回収するが、モンスターは無視する為だ。

 帰りは魔石を()()()対処しようと心に決めて歩き出そうとし、モンスターの気配を感じ取って百花繚乱を鞘から解き放った。

 

 

 

 

 ダンジョンから帰還したカエデはバベルの一階広間を抜け、沈みゆく夕日に目を細めながらも周りから聞こえる冒険者の囁き声に耳を傾けた。

 

「おい、たった四か月で準一級(レベル4)に跳ね上がった大型新人が居るぞ」「【ビースト・ロア】じゃねえか」「あんなちっこい癖に……」「羨ましいよなぁ。成長系スキルだっけか」

 

 様々な声が響く中、今まで感じていたドロドロとした黒いモノが胸の内から湧き上がって来ない。

 どうしてあんな言葉を気にしていたのか、カエデ自身ですらもうわからない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 寿命は延び、凡そ40年かそこら。目的としては十分に達成できたと言える数字であろう。

 今のカエデの年齢から考えて凡そ50歳程で死亡する事になる。普通に長生きしたとしておよそ100年前後が地上の人間の限界。エルフ等の長寿種ならばその数倍から十倍程度ではあるが、それを除けば100年が限界であろう。

 生きようと思えば120年はいけるがそれ以上は生物的に不可能。神の恩恵(ファルナ)を利用すれば200年まではいけるが、現状のカエデの寿命は常人の半分程度。

 後一度器の昇格(ランクアップ)を挟めば一気に80年程にまで寿命が延びる。其処までいけばようやく常人と同じ寿命と胸を張って言えるだろう。

 つまり、()()()()()()

 

 考え事をしながら大通りを歩いて行く。ポーチの中に捻じ込まれたリヴィラの街の換金所を運営していたファミリアのエンブレム入りの証書をちらりと見てから、途中で入手した魔石やドロップアイテムなんかがポーチに入っているのに気が付いて眉を顰める。

 本拠に直行しようとしていた足を止め、ギルドへと足を運ぼうとして振り返った所でカエデは声をかけられた。

 

「やぁ」

 

 片手を上げ、気さくそうに話しかけてきた猫人の女性。灰色の癖っ毛を揺らし、双子の兄と瓜二つの容姿をした人物。行商人が身に纏う様なコートや帽子を被っている。背には大型の背負子を背負っており、腰には護身用らしき装飾剣。今まさに行商の為に街を後にする様な格好をした【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】モール・フェーレースの姿があった。

 

「こんにちは」

「こんにちは。ランクアップしてレベル4になったって? おめでとう」

「ありがとうございます」

 

 差し障りない返答をするカエデに対し、モールは苦笑を浮かべつつもカエデに手紙を差し出した。

 

「君に直接依頼をお願いしたい」

「依頼内容は?」

 

 差し出された手紙を見て眉を顰めるカエデ。受け取ったらそのまま了承の意として取られるかもしれないと受け取らずに質問を繰り出せば、モールはニコニコと笑顔で答えた。

 

「オラリオ外への行商に行くんだけどね、護衛を頼みたいなぁなんて……」

「……すいません。断ります」

 

 言葉を聞いたカエデがモールの顔を見上げてきっぱりと断る。その言葉にモールが困った様に頬を掻き、手紙を再度カエデに差し出した。

 

「本当に頼むよ、君ぐらいにしか頼めそうにないんだ」

「…………」

 

 両手を合わせて頼み込んでくるモール。

 カエデは嫌そう、と言うよりは今はそんな暇はないとでも言いたげだ。その様子にモールは流石に焦りだす。

 ダンジョンに潜って経験値(エクセリア)を稼がなくてはと思っているカエデに対して依頼とは。ギルドからいくつかモンスターのドロップ品集めの依頼は受けたがそれ以外に特に依頼は受けていない。

 ダンジョンに潜る関連の依頼なら受けても構わない。経験値(エクセリア)集めの序にこなせるのだから。

 しかし都市外の依頼となると手続きの面倒さもさることながら、外のモンスターの強さも大したこと無く、オラリオの冒険者が出張らねばならぬ程の野盗も居ない。そうなると得られる経験値(エクセリア)は雀の涙処か、下手すると経験値(エクセリア)は一切得られない。

 其の上で行商の護衛等は拘束日数が嵩む。ギルドでもいくつか張り出されていたが手続きの面倒さや経験値(エクセリア)の取得、拘束日数の長さ等から敬遠されがちの依頼で溜まっていたのを知っているカエデは眉を顰めた。

 

「他の方に頼んで貰って良いでしょうか」

「……んー、あの時の恩を返すと思って、ね?」

 

 両手を合わせ、小首をかしげて可愛らしく呟かれたモールの言葉にカエデ一瞬目を見開き、直ぐに半眼となってモールを睨んだ。

 過去、オラリオを目指して旅をしていたカエデはモールによって大いに助けられている。それは事実でありその時の恩を返してくれと言われれば、多少はどうにかしなくてはと思うが本人が取り立てに来るとは想定していなかった。

 完全に善意でニコニコとした笑顔で近づいてきたモールに対しカエデは警戒心を解いていたのだ。それを此処で持ち出す辺り、彼女の本気具合が伺える。

 

「……ロキ様に聞いてみます」

「やったねっ!」

 

 過去の恩を返す為。と言うよりは面倒な()()を返す為にもカエデは深い溜息を零しながらも主神のロキに聞く()()はしようと頷いた。

 どのみち、ロキが反対すればカエデは個人依頼を受けられない。他にもギルドの許可手続きが無ければロキが許可したところで都市外に出る事は出来ない。

 ギルドは都市外への戦力流出を危険視しており、オラリオの冒険者が都市外へ出る事は基本的に禁止されているのだ。特例として冒険者依頼(クエスト)強制依頼(ミッション)等の場合は別ではあるが、その場合は主神がオラリオ内に留まる事が条件となっているのだ。

 

「受けてくれてありがとー」

 

 嫌々ながらも手紙を受け取ったカエデが指先で手紙を摘まみながらモールを見上げると、モールはニコニコとした笑顔のまま手を振って去っていく所であった。

 

「…………まだ、受けるって決まった訳じゃないんですけど」

 

 受け取った手紙をポーチに捻じ込み、カエデは再度溜息を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 名前:『カエデ・ハバリ』

 所属:【ロキ・ファミリア】

 種族:『ウェアウルフ』

 レベル:『4』

 

 力:I32 → I58

 耐久:I25 → I49

 魔力:I20 → I34

 敏捷:H102 → H132

 器用:I46 → I72

 

 発展アビリティ【軽減C】【剣士E】【回避I】

 

 『スキル』

師想追想(レミニセンス)

・早熟する

・師の愛情おもいの丈により効果向上

()()()想い信じ合う限り効果持続

 

孤高奏響(ディスコード)

・『邪声』効果向上

・『旋律』に効果付与

任意発動(アクティブトリガー)

 

 

 『魔法』

【習得枠スロット1】

氷牙(アイシクル)

 ・氷の付与魔法(エンチャント)

 ・鈍痛効果

 

 詠唱

孤独に(凍えて)眠れ、其は孤独な(凍て付く)氷原。月亡き夜に誓いを紡ごう。名を刻め、白牙は朽ちぬ』

 

 追加詠唱

『乞い願え。望みに答え、鋭き白牙、諸刃の剣と成らん』

 

 追加詠唱:装備解放(アリスィア)

『愛おしき者、望むは一つ。砕け逝く我が身に一筋の涙を』

 

 『偉業の証』☆

 『偉業の欠片』☆☆☆

 


 

 更新を終えた紙切れを見つつも、二日ダンジョンに潜った結果に不満足そうな表情を浮かべたカエデに対し、ロキが苦笑を浮かべつつも頭を撫でていた。

 

「せやから、アイズが二日で上げた数値より断然ええんやから気にしてもしゃあないで」

「……もう少し、上がったらよかったのに」

 

 かつて準一級(レベル4)になったばかりの者達は全員もっとゆっくりとした速度での能力値の上昇であったのだ。それをたった二日でIからHに上昇させたのは凄いはずだが、カエデは一切満足している様子はない。

 焦りこそしていないが、かといってゆっくりとした歩みをするつもりは微塵も無い事を理解しつつもロキは笑みを零す。

 ロキに頭を撫でられていたカエデはふと思い出して服のポケット等を漁り、くしゃくしゃになった手紙を取り出してロキに差し出した。

 

「ロキ様、これ【恵比寿・ファミリア】からの直接依頼です」

「……カエデたんにか?」

 

 カエデの差し出した手紙を受け取って中身を改めるロキ。そのロキの様子を見ながらも服を直していくカエデ。

 ロキは中身を熟読したのち、面倒くさそうに深々と溜息を零してからその手紙をひらひらとゆらして口を開いた。

 

「カエデたんに任せるわ」

「え?」

「受ける受けんは自分で決めてええよ」

 

 即却下されるものだと思っていたカエデが拍子抜けしていると、ロキは手紙を手にしたままカエデを真っすぐと見据えた。

 

「ま、今なら言えるんやけど……カエデ」

 

 真剣そうな表情にカエデが気を引き締めてロキと向かい合う様に椅子に腰かける。

 ロキは言いよどみながらも、カエデの目を見据えて言い放った。

 

「カエデの故郷、黒毛の狼人の隠れ里はもう滅んどる」

「────え?」

「今回の依頼、其処の隠れ里の調査や。なんや知らんけど其処を調べたいんやと」

 

 カエデが目を通さなかった手紙の中身。便箋を差し出され、困惑しながらもカエデはその手紙を受け取った。

 

 

 

 

『セオロの密林内部 【デメテル・ファミリア】管轄地内の『黒毛の狼人の隠れ里』の調査。

 隠れ里の住民でもあったカエデ・ハバリにセオロの森の道案内を依頼したい。

 他、動員可能な第一級冒険者二名以上を求む。

 

 日程:小型飛行船を使用し、往復2日を予定。

 報酬 4,000,000ヴァリス 追加報酬有り

 

 上記の条件を承諾できるのであれば数日以内に返答を。

                              【恵比寿・ファミリア】恵比寿より』


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