生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『温まってきたかな』

『ナイアル、ヒイラギは結局捕まえられなかったけどどうすんの?』

『俺がコろシに行ッてあゲようカ?』

『んーん、必要無いや。クトゥグアが上手く火をつけてくれたらしいし』

『じャア、ゆっクりデきルんだネ? 久々ニ、ナイアルとシたいナァ』

『良いよ。始まるまではゆっくりしようか。アルもどう?』

『……僕は良いよ。二人で思う存分シててくれ』

『つれないなぁ』


『飛行船』

 市壁の上部、夕暮れに赤く照らされるその場所でカエデは遠くにあるはずのセオロの密林、その奥に存在()()『黒毛の狼人の隠れ里』に想いを馳せていた。

 唐突に『故郷は滅んでいる』等と言われても、()()()()()()()()()であるはずなのだ。

 あの場所には、何もない。強いて言うなれば……嫌な記憶ばかりが残る場所だ。

 脳裏に浮かぶのはどれもこれも師であり、育ての親でもあったヒヅチ・ハバリとの会話。数少なくはあるが、ワンコさんとの会話もいくつか浮かんでくる。

 手にした袋からマシュマロを取り出しては口にする。過去、師と共に暮らしていたあの頃であったのなら、マシュマロなんて高価で希少な品を口にする機会なんて殆どなかった。

 けれど今なら望めば毎日でも口にする事ができる。

 柔らかな食感。口いっぱいに広がる甘さ。

 血の滴るぐらいの肉というのも悪くない。むしろ好きだが、そちらよりはマシュマロの方が好きだ。

 マシュマロを食べながら、立て掛けられた『百花繚乱』を見る。

 器の昇格(ランクアップ)を経て準一級(レベル4)へと昇格した際に受け取ったその剣。

 【疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)】ツツジ・シャクヤクが神ヘファイストスへと送った『不滅属性(イモータル)』の特殊武装(スペリオルズ)。切れ味自体は第一級武装よりは劣るものの、耐久性は第一級なんて目ではない程の性能を持つ。それも────『不壊属性(デュランダル)』と違い、手入れの必要すらない完成された代物。

 手に余るかと思っていた。だが思った以上に手に馴染む。

 

 それは当然だ。何故なら、ワタシの父である人物が作り出した作品だから。

 

 ワタシが今より幼い頃から肌身離さず手にし、使い古した剣『大鉈』。その剣も、父であったツツジ・シャクヤクの作品であった。だからこそ、だろう。

 ワタシの手に何よりも馴染む。けれども、その剣は重い。重たくて潰れてしまいそうになる程に、重たい。

 『百花繚乱』に手を伸ばし、柄を掴む。刀身を包む鞘から抜き放ち、真っ赤な夕日の光に翳す。

 

 美しく咲き誇る花々が刀身側面に踊る────血溝であるはずのそれ。

 

 ひとたび敵を切り裂けば、その血溝に血が染み渡りより一層美しい装丁を浮き彫りにする美と武の合わさる芸術としても、武器としても高度な次元に存在する完成品。

 未完成なワタシの手に余る代物。けれども手に馴染み、振るう剣閃は全てを切り裂く鋭さを伴う。きっと、ワタシが未熟であってもそれだけの性能を誇るのだろう。完成した武技を使いこなす事が出来る者が手にしたのなら、より鋭い剣閃を放てる。

 

「お父さん……」

 

 父であるその人。既に、死去しているらしい。父であるツツジ・シャクヤクが死んだのは、ワタシが村を出てすぐの事。野盗の類が村に押し入って────父を含むほとんどの者が殺されてしまったらしい。

 

 悔しいか、会えなくて、知らなくて、悔しいか? ……否だ。

 恨めしいか、会いに来なくて、知らせてくれなくて、恨めしいか? ……否だ。

 

 ワタシには、もう関係の無い事だ。

 

 お父さん。この剣はワタシが使います。神ヘファイストスより許可を貰い、借り受けました。

 貴方が何を想っていたのか、ワタシにはわかりません。

 貴方がワタシに何を望むのか、ワタシにはわかりません。

 だからこそワタシは、自分が望むままに生きましょう。

 

 常人と同じ寿命を手にして────手に、して…………その後は?

 

「今、考える事じゃない」

 

 常人と同じ寿命を手にした後、ワタシが何をするのかは手にした後に考えればいい。

 捕らぬ狸の皮算用なんぞしている余裕はない。

 

「…………」

 

 いつの間にか空っぽになっていたマシュマロの袋を握り潰し、懐に仕舞って代わりに紙を取り出した。

 【恵比寿・ファミリア】の依頼の契約書。それから『ギルド』の発行している都市外出依頼規約書。

 この二つに署名(サイン)する事で自分はあの村へと行くことになる────行くことができる。

 期限は、明日の昼まで。それまでに署名(サイン)をしてギルドに提出すれば晴れて依頼の為にオラリオの都市外へを足を運ぶ事になる。

 

 都市外では様々な事件が起きているらしい。村人の無差別な虐殺、商隊の襲撃、冒険者の殺害等。

 危険度は極めて高い。ともすれば、迷宮内部よりも危険かもしれないとも言われている。

 とはいえ、今回の都市外での活動は凡そ二日。片道だけで半日もかからない上、空の上を行く飛行船を利用する為かモンスターの襲撃はほぼゼロ。ハーピィ等は出るらしいが、飛行船に積まれた大型弩(バリスタ)で撃退するので問題はない。

 セオロの密林内部に存在する隠れ里においても、其処には『結界』が施されており()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 

 師である、ヒヅチ・ハバリが仕掛けたモノ。

 

 その『結界』をすり抜けられるのは……一部の例外のみ。それが、ワタシだ。

 

 

 

 

 

 結局、カエデはその依頼を受ける事にした。

 飛行船の整備用の船渠の一角。小型と言っても全長20Mはあるその飛行船の甲板で積み込み作業を行う【恵比寿・ファミリア】の非戦闘員達に指示を出しながら、灰色の毛並みを揺らして小器用に荷物の間をすり抜けて飛び出してきた猫人が、片目を閉じて金色の瞳で【ロキ・ファミリア】の面々を出迎えた。

 

「いやー、参加してくれて本当に助かったよ。あの村の調査に難航し過ぎてねぇ」

 

 今回の【ロキ・ファミリア】の参加者はフィン・ディムナ、ベート・ローガ、ペコラ・カルネイロ、カエデ・ハバリ、ジョゼット・ミザンナの五名。

 ギルド側との交渉は全て【恵比寿・ファミリア】に丸投げする形で行われた今回の都市外依頼。参加する面子は第一級冒険者三名、準一級冒険者一名、第二級冒険者一名と破格を通り越して過剰戦力気味な状態である。

 それもこれも都市外で起きる不審な事件に関する情報を調べてくるという目的をギルドからの強制依頼(ミッション)が発令されたからである。

 

 じろじろと荷物を運び込む者達に無遠慮に視線を向けたベートが吐き捨てる。

 

「んだよ、()()だとは聞いたが、んな荷物まであるなんて聞いてねえぞ」

「あー、この荷物は気にしないで」

「今回のは調査依頼であって、商隊護衛ではなかったはずだけど」

 

 船倉内に荷物を運び込む姿にフィンが眉を顰める。

 明らかに今回の依頼とは無関係な荷物を大量に詰め込もうとしているのは目に余る。それも出発直前になってから大急ぎで積み込もうとしているのだ。

 

「あー、わかった、謝るよ……。ギルドの強制依頼(ミッション)なんだよ。今回の調査は僕らの、この荷物はギルドのモノ。つまり別件……本当なら専用の船を用意するんだけどー」

 

 困った様に頬を掻くモールがたははと力ない笑いを零して呟く。

 

「もう殆ど船が残ってないんだ」

 

 空を行く飛行船を襲撃される。というよりは遠距離から魔法を撃ち込まれて動力部を破壊されて撃墜される事件が幾つも起きている。

 つまり船に余裕はない。其の為、今回のギルドからの強制依頼(ミッション)と同時進行で【恵比寿・ファミリア】の調査も行うという事になった。

 

「運び先は?」

「あー、この前ホオヅキがやらかした街。オーク討伐依頼関連の冒険者も同行する羽目になったんだよね……」

 

 いくら何でもオーク討伐依頼発生から優に四か月以上が経っている。付近の村々の被害は大きく、ギルドへの不満が高まっていたがオラリオでのトラブルも相まって放置されてきた依頼だ。それを素早く解決したいギルドは強制依頼(ミッション)として一部ファミリアにオーク討伐依頼を発注。その送り迎えの足、ついでにオークの被害によって不足している物資類の輸送を【恵比寿・ファミリア】に強制依頼(ミッション)として発令。

 【ロキ・ファミリア】への依頼とギルドからの強制依頼(ミッション)が被ってしまったのだ。

 それだけなら船を数隻に分ければよかったが撃墜された数が数であり、撃墜を免れた船も重大な損傷が残っており現在稼働可能なのはこの一隻を含め三隻のみ。

 

「という訳でー……はぁ」

 

 物資の輸送に残り二隻では追いつかず。行先の方向もほぼ同じという事で此方の船にも積み荷を乗せる羽目に。

 結果、現在大急ぎでの荷物の積み込みを行っている訳だ。それも追加で他ファミリアが同行する事になるというおまけつきで。

 

「ぶっちゃけ、断りたいぐらいだったんだけどねぇ」

 

 【恵比寿・ファミリア】の商業路が潰されて交易が滞っている現状、ギルドからの強制依頼(ミッション)

程避けたいものはない。しかしオラリオにおいて規模の大きなファミリアである彼らはそれを断るなんてできなかったのだ。

 

「用意した客室、三つだったけど一つは別のファミリアの子が使うから二つになっちゃった。ごめんね」

「理由はわかった。その他のファミリアの者というのは?」

「あー、ちょぉーっとだけ遅れてるみたいだね?」

 

 可愛らしく小首をかしげながら引き攣った笑みを浮かべるモールの姿にフィンは溜息を零した。

 どうやら待ち合わせ中の相手方ファミリアの姿が見えないのだろう。大方の理由を察し、フィンは恐縮した様に両手を合わせてごめんねと繰り返し謝るモールを止めた。

 

「客室で待ってるよ。出航準備が整ったら声をかけてくれ」

「あぁ、うん。わかった」

 

 案内された客室は、非常に狭かった。

 元が貨物船であり、船倉を大きくとっている影響か、船室一つ一つは非常に手狭である。

 二つの部屋に案内されたカエデ達は男性、女性の性別で別れてそれぞれの船室に入り、眉を顰めた。

 

 二段ベッドに荷物入れ(チェスト)、そしてサイドテーブル。後は椅子が二席のみ。二人部屋で環境は良くないと言われてはいたが────これでも最上級の部屋らしい。機関部から遠い部屋なので騒音も少なく、もっとも快適というのは嘘ではない。

 もっとひどい部屋は吊床(ハンモック)がみっしりと並べられた船倉になるらしい。その船倉は今は貨物が多量に積み込まれていてとても寝れる環境ではない上、船倉は機関部と隣接している。つまり騒音が酷い。

 

「カエデちゃん、私と寝ましょうか……?」

「……おねがいします」

「……思った以上に、狭いですね」

 

 優雅な船旅とはいかないだろうなと理解はしていたが、此処までひどい部屋だとは想定していなかったカエデ達が顔を引き攣らせながらも顔を見合わせた。

 部屋でくつろぐ、というのが出来る程広い部屋ではない為、ベッドの上でゴロゴロするペコラと、ペコラをクッション代わりにして凭れ掛かるカエデ。椅子に腰かけて弓の手入れを行うジョゼット。

 

 

 

 

 

 甲板に集まった面々を眺めながらモールは二角帽子(ビコルヌ)を被り、声高らかに叫ぶ。

 

「出航! 今回の航海は必ず上手く行くっ! 何せ【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】である僕が付いてる!」

 

 自信満々に胸を張り、宣言する彼女の声に合わせて船がふわりと浮き上がる。船底から聞こえる独特の駆動音が響き渡り、船が浮力をえて宙に舞う。重力の呪縛から解き放たれた飛行船が飛び上がる中、カエデは船の縁から都市を見下ろしていた。

 

「本当に飛んだ……」

「飛ぶ、というよりは浮くだなこりゃ」

 

 同じく縁に凭れ掛かり呟いたベート。フィンが疲れたように深い溜息を零しながら近づいてい来るのを見て嫌そうに表情を歪める。

 

「おい、あいつらはどうなった?」

「あいつら、なんてつれない言い方はやめたまえ。私達はこれから同船する仲なのだからな」

 

 フィンのすぐ横、疲れ切ったフィンとは対照的に楽し気に笑みを零す【占い師】アレイスターがぼろっちいローブ姿に分厚い金属の装丁のなされた本を抱えながら現れた。

 

「うげっ……」

「そんな顔をしないでくれよ。私は悲しみで涙が溢れそうだ」

「うるせえ、近づくんじゃねえ。臭えんだよ」

 

 嫌そうな表情のベートがフィンを強く睨む。

 今回の同行相手は【トート・ファミリア】のメンバーだ。団員数は三名。団長であるアレイスターのほかは第三級冒険者が居るだけである。

 迷宮の外のモンスターだからこそそんなメンバーで問題はないのだが、だからといって非戦闘系ファミリアとして知られる【トート・ファミリ】がモンスター駆除依頼を受けるのは変に思える。

 しかし、意外な事に彼らは皆が思う程にひ弱な存在ではない。むしろ下手な探索系ファミリアなんかより戦える団員が多い。

 一人一人が情報収集の為に行動し、情報を集めて情報誌を発行している彼らは、情報を集める為なら()()()()()()

 情報を買うのは当たり前。出し渋れば襲撃してでも情報を抜き取ろうとすることすらあるし、娼婦紛いな方法をとって【イシュタル・ファミリア】といがみ合う事もあれば、商人紛いな行動をして【恵比寿・ファミリア】に睨まれたりもする。ギルドからも睨まれて警戒対象として見られている非常に面倒くさいファミリア。それが彼のファミリアである。

 

「臭い、か。一応体臭には気を遣っているんだがね」

 

 すんすんと自分の匂いを嗅いで肩を竦めるアレイスターの様子にフィンが肩を落とす。

 

「頼むから面倒毎は起こさないでくれ」

 

 彼らの情報収集能力は素晴らしい。合法、非合法問わずにありとあらゆる方法を駆使して情報収集する彼らの情報は非常に価値がある。そして利用する立場であればこれほどありがたいファミリアは居ない。

 男性冒険者・男神の『歓楽街利用歴』なんてふざけた情報を糞真面目に集めて公開したりしている事もあれば、ファミリアの重要機密を聞き出して『このファミリア闇派閥とねっとりどっぷりな関係だよー』とファミリアの存続に関わる情報をぶちまけたりとやりたい放題しているのだ。

 今回の同船によって【ロキ・ファミリア】の知られたら困る情報や、周りにばら撒かれたら不利益を被る情報等を掴まれれば冗談ではすまなくなる。

 

 最も被害を被ったのはベートであろう。

 喧嘩を売ってきた冒険者を叩き潰したその直後に『ベート・ローガはツンデレで実際は~』等と、ベート曰くデタラメを書き散らかされて神々から揶揄われる原因になったりしたりと、ベートが嫌うだけの理由が存在する。

 

「ははは、安心しろ。私達は()()()()()()()()

 

 問題はその()()なのだ。裏取りをし、嘘偽りの一切存在しない記事。清く、正しく、清廉潔白がモットーという彼らは────情報収集の際の手段を除けば────まさに嘘一つない記事を書き上げる。

 もし、カエデのステイタスに関しての情報が洩れれば大問題だ。

 

「こんにちは」

「やぁ、カエデ・ハバリ。元気そうだな。地下水路では散々な目に遭っただろうに」

 

 早速と言わんばかりに切り込むアレイスター。

 最初に出会った時にはただの『占い師』であった彼女は、今や情報を求めてさ迷い歩く質の悪い存在と化している。

 

「……そうですね。ですけど、『偉業の証』を手に入れましたから」

「おぉっと……? これは、また……いや、もういい。答える必要はない。タロットは持っているか?」

 

 カエデの返答を聞いた瞬間、根掘り葉掘り情報を根こそぎ抜き取ろうとしていたアレイスターの顔が引き攣り、話題を変えた。

 その姿にベートとフィンが眉を顰める中、カエデは首を傾げつつもアレイスターにタロットを手渡した。

 常にポーチの中に入れていた────入れっぱなしになっていたタロットは、若干歪んではいるが、ちゃんとカエデのポーチに入っていた。

 

「カエデ・ハバリ、このタロットの意味を覚えているか?」

「……? 『予期せぬ危険や不運を暗示している』です」

 

 【月】を示すタロットを弄ぶアレイスターにカエデが完全に記憶していたそのタロットの意味を返せば、彼女は頭痛を堪える様に額に手を当てて呟いた。

 

「もう一つ、私の助言を覚えているか?」

「えっと『幻影に踊らされることのないようにもう一度後ろを振り返るべきだよ……手遅れになる、前にね』でしたか」

 

 覚えているのかと愕然とした様子のアレイスターは【月】のタロットを手で弄び、カエデに差し出した。

 

「どうやら、手遅れの様だ」

「…………?」

 

 意味が解らないアレイスターの言動に首を傾げるカエデ。横からフィンが声をかけた。

 

「それはどういう意味だい?」

「本人が自覚できなければ意味がない。なんなら()()()()()()()()()()。だが、結果は【愚者】か【塔】だろうね。前者なら()()()()だが、後者は……」

 

 良くない事になるだろうね。そう呟くとアレイスターは苦笑を浮かべてからカエデを見下ろした。

 

「私は、占いの結果に自信を持っている。二つ名にもなる程だからな。だからこそ────悪い結果は避けて通って欲しいとも思っていたが。キミはどうやら人の話を聞けないタイプらしい」

 

 当たるも八卦当たらぬも八卦と口にしてはいたが、彼女は相応に気にしていたのか深い溜息を零す。

 

「ありゃ、アレイスターさんではないですか。こんな所で、ってそうですか。件のファミリアってアレイスターさんの所だったんですね」

「んん? ああ、彼の麗しき子守姫ではないか」

「その呼び方、ペコラさん好きじゃないんですが……」

 

 姫って感じじゃないですし。等と呟きながらも近づいてきたペコラに対し、アレイスターはふふっと意味深に笑うとペコラの手を取って親し気に話し始めた。

 

「まさかまさか、珍しい同族同士、仲良くしようじゃないか。狼と羊飼いはどうやら私達が嫌いな様だ」

「羊飼い? 狼飼いの間違いではないですかね?」

 

 狼、カエデとベートが顔を見合わせ、羊飼いのフィンが肩を竦める。

 同族同士だからか、馬が合う様子できゃぴきゃぴとお喋りし始める二人にベートが嫌気がさした様に吐き捨てた。

 

「俺は部屋に戻る」

「あー、僕も部屋で待機かな」

 

 いつの間にかオラリオの街並みから離れて緩やかな街道の上空を飛ぶ飛行船三隻。羊二匹に囲まれた哀れな白い狼が助けを求める様にベートとフィンを見るが、二人は視線を逸らして狼の皮を被った羊(カエデ)羊の皮を被った狼(ペコラとアレイスター)の生贄に捧げた。

 

 

 

 

 

 

 日が暮れだした頃になって物資の受け渡しの為に立ち寄った街を甲板から見下ろしているカエデの横、ジョゼットは眉を顰めながらも呟いた。

 

「手遅れ、ですか?」

「どういう意味なんでしょうか」

 

 『幻影に踊らされることのないようにもう一度後ろを振り返るべきだ』『手遅れになる前に』というアレイスターの占いの助言。船旅の中でカエデに言われた『手遅れだ』という言葉の意味が解らずに聞いたカエデに対し、ジョゼットが眉を顰めつつも腕を組む。

 

「……わかりませんね」

 

 言葉を濁しながらも、縁に凭れ掛かりながら頸を傾げるカエデを見てジョゼットは視線を背けて街並みを見回した。

 本当は、なんとなく意味が理解できてしまったから。

 きっと、彼女は手遅れだ。もっと早くになんとかすべきだったのに()()()()()()()()()()()()()()()

 それは、純粋で感受性の強い彼女は人の言葉に振り回される事は多かった。それがまるで消えうせた。叩いても、叩かれても、彼女はあるがままをそのまま飲み干してしまう。誰かの言葉に心動かされる事が無くなって、まるでアイズ・ヴァレンシュタインの様に無感情になった。

 彼女よりは、マシかもしれないが。

 

「カエデさん、マシュマロありますが、食べますか?」

「いただきます」

 

 マシュマロを受け取り、嬉しそうに食べる姿を見れば、きっと誰しもが可愛い少女だと思う事だろう。しかし、戦闘中の彼女はもうそんな愛らしさ等見る影も失う程に、苛烈に敵を殺しに行く。

 何処かで、彼女の手を引いて止める事が出来れば、そう思うが今からどうにかする事は出来そうにない。そもそも、ジョゼットはカエデに対して何が出来るという訳でもなかった。

 話を聞く事は出来ても、それ以上は出来ない。

 

「ジョゼットさんは食べないんですか?」

「私は、良いです。全部食べて貰っても構いませんよ」

 

 積み荷を降ろす作業を見ながらも、ジョゼットはマシュマロを美味しそうに頬張る彼女の姿を見ていた。

 

 

 

 

 

 黴の匂いが微かに漂う安宿の一室。木箱を寄せて上に布を被せただけの簡易なベッドに小さな棚、テーブルの置かれた狭い一室。閉め切った窓をほんの少し開いた黒毛の狼人の少女は空色の瞳で街にやってきた船を見て感嘆の吐息を零していた。

 

「すげぇ、やっぱあのでっけぇのが空を飛ぶのってすげぇよ。アタシも乗ってみてぇ」

「……閉めな」

 

 ガンッと音を立てて木窓を閉じてアマゾネスの女は溜息を零した。

 

「何やってんだい。見つかったら捕まっちまうだろ」

 

 狼人の少女、ヒイラギは不満そうな表情で椅子に腰かけて足を揺すり尻尾を揺らす。それを見たアマゾネスの女は面倒くさそうに対面の椅子に腰かけて酒瓶を煽る。

 ヒイラギの頼みで一度故郷に帰ろうと決め、【恵比寿・ファミリア】と【クトゥグア・ファミリア】【ナイアル・ファミリア】の三つのファミリアを避けてなんとかセオロの密林付近の街まで辿り着いた。

 その直後である。警戒対象であった【恵比寿・ファミリア】の飛行船がこの街に立ち寄ったのである。

 慌てて安宿────連れ込み宿らしきその宿に強引に押し入って『黙って泊めろ』と主人に金を突き付けて部屋の一室を借り受けたのだ。当然誰が来ても自分たちの情報を漏らさない様に多めに渡しておいた。

 

「なぁ、となりで何してんだ……? 苦しそうっつーか、変な声聞こえるぞ?」

 

 耳を澄まして隣の部屋から聞こえる女性の艶やかな声に不思議そうな表情を浮かべるヒイラギ。アマゾネスの女は面倒くさそうに肩を竦めた。

 

「あんたにゃ早いよ」

「早いって何がだよ。酒だって飲めるぞ」

「不味いって言ってたろ。酒が美味くなってから知るもんだ」

 

 不貞腐れた様にそっぽを向いたヒイラギの姿に女は深い溜息を零した。

 この宿屋の主人はアマゾネスの女が年端もいかない幼い狼人の少女を連れ込んだ事にどんな感想を抱くのか。自分のイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

 年端もいかない少女を凌辱する自分という最悪な想像をした女が酒瓶を煽り────ヒイラギが壁に張り付いてごそごそと何かをしているのに気が付いて頸を傾げる。

 

「何してんだい」

「あん? なんか此処に隙間があって見れそうだったから」

「……覗きとは良い趣味してんね。やめときな」

 

 強引に引き剥がすでもなく、声だけでやめる様に呟いて再度酒瓶を煽る。ヒイラギがそれを無視してなんとか隣の部屋を覗こうとしているのに気付きつつも、【恵比寿・ファミリア】の飛行船が出航するまでの暇潰しにはなるかと放置する。

 

「なんだ、ありゃ……暗くて良く見えないな。んん? おぉ、でっけぇ胸……え? 服着てな────あぁ、なんだ子作りしてんのか」

 

 興味津々で覗いていた彼女が何かに察したのか────余りにも予想外な反応に思わず酒瓶を取り落としかけ、女は問いかけた。

 

「あんた、初めてじゃないのかい?」

「あん? 何がだ?」

「そういうの見るのだよ」

「初めてだけど、どうしたんだよ」

 

 年端もいかない彼女が生娘なのは誰がどう見ても明らか。だというのに隣の部屋で行われていた行為を知ってなお平然と振る舞う姿に違和感を覚えた女は呟いた。

 

「あんた、もしかしてアマゾネスだったりしないかい?」

「んなわけねえだろ。アタシは狼人(ウェアウルフ)だっての。つか酒分けてくれ、やってらんねぇ」

 

 隣の部屋から一際大きな喘ぎ声が響く中、アマゾネスの女とヒイラギは酒盛りをしはじめた。

 

 

 

 

 

 【恵比寿・ファミリア】の本拠『恵比寿商店本店』の客室でふんぞり返るロキが盛大に酒瓶をテーブルにどかりと置き、対面に腰かけた恵比寿を睨む。

 草臥れたポロシャツにジーンズ、人の好さそうな笑みを浮かべた恵比寿は目の前で不機嫌そうにふんぞり返るロキを一切気にした様子もなくロキの隣に座るリヴェリアに声をかけた。

 

「キミは紅茶でいいかい?」

「構わない」

 

 返事を聞いてから恵比寿が団員の一人に声をかければ、手早く紅茶が用意されてリヴェリアの前に置かれる。

 最初に極東風の畳敷きの部屋を用意したのだがロキが不満を訴えた為急遽此方の部屋に移されて早四半刻が経とうとしている。早く話せと言外に訴えるロキに対し、恵比寿は困った様に頬を掻く。

 

「あー、それで、今回の依頼についてなんだけど」

「どういう積りや?」

「……想定外な出来事が多すぎてね。ヒイラギちゃんを保護できなかったら……【占い師】に頼っちゃった」

 

 てへっとおどけた表情を浮かべる恵比寿。ムカつく事にやけに似合っているその仕草にロキの額に皺が寄る。

 恵比寿が慌てて両手を前に突き出して立ち上がる。

 

「まてまて、僕だって遊びで言ってる訳じゃない。ウーラニアーに占星術を頼もうと思ったけど……ナイアルにやられてしまっていてね」

 

 彼女の占いはそこそこ当たる。だから頼ったと呟く恵比寿にロキが呆れ顔を浮かべた。

 

「なんや、神々(ウチら)地上の人間(こども)の占いを信じるっちゅうんか」

「まぁね。彼女の占いによると、近いうちにヒイラギちゃんがあの村に立ち寄る事になったんだ」

 

 後序に面倒臭い『結界』をすり抜けられる様にかな。小首を傾げて呟く恵比寿に対し、ロキは酒瓶を揺らした。

 

「その『結界』ちゅうんがよくわからん。なんやそれ?」

「あー、其処からかぁ。全部説明するかぁ」

 

 

 

 

 

 もう知ってるとは思うけど、あの『黒毛の狼人の隠れ里』は僕が作った。正確にはあんまりにも可哀相で見てられなくて手を差し伸べた。

 デメテルには名前だけ貸してもらってるだけで特に何かを知ってるって事は無いよ。協力関係なのは否定しないけど。

 問題なのはー、少し前かな、えっと十五年ぐらい前。

 ヒヅチ・ハバリっていう狐人(ルナール)が村に唐突に現れたんだ。あれはびっくりしたね、過疎化が進んで不味いって思ってたのに、外部の人は絶対に受け入れないっていう疑心暗鬼の彼らの中にぽっと入り込んでたんだからね。

 まぁそこらへんは別に構わない。彼女はどうやら凄腕の術師だったらしくてね、村の周辺に『獣避けの結界』と『人避けの結界』の二つを張ってくれたんだ。

 

 ────ヒヅチ・ハバリと知り合いやったんか?

 

 え? あぁ、うん。顔を合わせた事はないけどね? 眷属を通じて話してたよ。

 あの村に恩義があるから返したいって事でね、結界を張ってくれたんだけどね。

 えぇっと、村と取引するときに条件があったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。護衛も神の恩恵を受けた者は絶対に許さない。徹底的な()()()な村だったからね。

 それで、その村に入るには条件付けがなされたんだよ。

 極東の結界術についてはどれぐらい知ってる?

 

 ────こっちと違って阿呆みたいに複雑っちゅうぐらいや。

 

 あぁ、その認識で良いか。ともかく、こっちの障壁(バリア)みたいに完全に遮断するんじゃなくて特定の条件を満たせばすり抜けられる、または特定の条件に当て嵌まるものだけを弾くみたいなモノなんだよ。

 商隊のメンバーってのは完全に固定だったのだ。その結界をすり抜けられるのも、ね?

 それで問題になっちゃってるのは、その商隊のメンバーが全員死んじゃった事なんだ。そう、最近の襲撃で全員ね。其の所為で村に入れなくなっちゃって。

 

 ────その結界があるんなら、なんで村は襲われたんや?

 

 んー。大雨があったでしょ? あの大雨で結界の一部が緩んでるっぽいんだよね。完全に無力化、ではなく結界の綻びって言えばいいのかな。四、五十回に一回ぐらいの割合で……結界を突破できちゃうんだ。

 その五十分の一の確率を一発で引き当てられてッて感じかな。相当、運が悪かった。

 

 ────んで、結局何がしたいんやあんたは。

 

 黒毛の狼人の保護。って言いたかったんだけど……もう生き残りが三人しかいないからね。あ、いやもしかしたら二人かもしれないけど。

 

 ────ホオヅキ、ヒイラギ、カエデの三人か?

 

 大正解。ホオヅキについてはなんとも言えないけどね。彼女、生きてはいるけど、封印なんて面倒な事になってるし。あ、当然だけど犯人は僕らじゃあない。

 心当たりもあるしね。

 

 ────誰がやったん?

 

 ヒヅチ・ハバリだと思う。この神代において古代の技法である結界術や封印術、武術に通じてるのは彼女ぐらいしかいない。後はハイエルフのあの子だろうなぁ。

 

 ────誰や。

 

 君も知って……あ、どうなんだろ。殆どの神は知ってるはずなんだけどなぁ。

 古代の時代の英雄にして、神々を熱狂させた魔導士。ハイエルフの英雄リーフィア・リリー・マグダウェルさ。

 

 ────生きてるんか。

 

 そうだよ。神に強い恨みを抱いて、ね。

 三百年前の黒毛の狼人が虐殺される結果となったあの事件。そして半年前の『黒毛の狼人の隠れ里』の潰滅。この二つの所為で……完全に敵対してる。

 今、僕たちのファミリアを襲撃してる犯人、そしてオラリオの外で虐殺を続けてる犯人は、間違いなくその古代の英雄の一人、リーフィア・リリー・マグダウェルその人だよ。

 神々(僕ら)は盛大に地雷を踏み抜いたのさ。

 いや、むしろ一部の大馬鹿野郎が面白半分に起爆させようとしてる

 

 ────その馬鹿野郎っちゅうのは。

 

 神ナイアル、それから神クトゥグアさ。あいつら、地上で神々(ぼくら)人々(こどもたち)の戦争を起こそうとしてる。

 




 ヒイラギちゃんがアル中気味に……。

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