生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『団長、どうしますか?』
『決まっているだろう? 今から歩いてでも黒毛の狼人の隠れ里に向かうのさ』
『……正気ですか? ぶっ殺されますよ?』
『私の占いを舐めるなよ……多分見つからないさ』
『……はぁ、他の皆に伝えてきます』
黒毛の狼人の隠れ里。既に住む者の消え去った物寂しい滅びた村の残骸を皮ブーツで踏み締めたモールは深々と溜息を零しながら目的のモノを探していた。
「見当たらないなぁ」
ここ最近は草臥れた表情ばかりを浮かべている猫人の女は静かに手を握って揺らす。
「にゃんにゃん……はぁ、
幸運を引き寄せても何をしても、目的の代物が見つからない。
ヒヅチ・ハバリが残しているはずの痕跡にして、最後の切り札というべき代物。
彼女の目的はその『モノ』を探す事であった。
この村の何処かに隠した、または置いてある事は間違いないと言い切れるのだが、全くその痕跡が見つからない。
確実に言える事は、村長宅と鍛冶場にはないという事だけ。
ヒヅチ・ハバリの性格について彼女は良く知らないし、そもそも会話を交わす処か姿を見た事すらない。
神の恩恵を受けた者を受け入れないこの隠れ里に居た彼女と会った事のある者は残念なことに全員命を落としている。というよりは
「ニャァ……」
「副団長、報告が」
近づいてきた構成員の話を聞きながらもモールは腕組をしながらうんうんと唸る。
隅々まで調べてなお見つからないという困った状況。見つけられなければ色々と困る事になる。
「やっぱ、あの羊人は信用しない方が良かったかなぁ」
【トート・ファミリア】の団長である【占い師】アレイスター・クロウリーの顔を脳裏に描いた彼女は脳内で彼女の顔に素早い拳を叩き込みながら団員の腰に吊り下げられたカトラスを流し見てから空を見上げた。
「うぁぁあ……今日中に見つけないといけないのにぃ」
「副団長、しっかりしてください」
「キミも、探して────えぇ?」
肩を揺さぶられてガクガクと揺れながらちらりと視線を向けた先。
【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンが小さな手に真っ黒い何かを持っているのが見えてモールはぐるんと音がするほどの速度で顔を其方に向ける。
驚いた男が目を見開くのも無視し、彼女は男の手を振り払ってフィンに向かって駆け出した。
フィンが手にしたヒト型、
魔力の込められていたらしき真っ黒い墨に染まった紙切れを摘まみながら目の前でしょんぼりしているカエデを見て口を開く。
「それで、ヒヅチ・ハバリの式は『自分を殺せ』と言っていたと?」
「はい、意味がわからないんですけどそう言ってましたね」
カエデの代わりに答えるペコラと、それを肯定する様に頷くジョゼット。
話によればカエデとヒヅチが暮らしていた村外れにある小屋を見に行っていたら、大樹に突き立つ刀を見つけた為、とろうとしたところで小屋からヒヅチ・ハバリそっくりな見た目の人物が現れた。
彼女曰く『自分はヒヅチ・ハバリによって創生された式である』事、『ヒヅチ・ハバリを殺せと伝言を預かった』事を口にしたのち、自らの頸を掻き切って死亡────死亡というよりは消滅した。
残ったのは墨に染まったヒト型の紙切れのみ。
「ふぅん……その刀は少し気になるねっと、モール・フェーレース、何の用だい?」
摘まんでいたヒト型を横から伸びた手が掠めとろうとし、フィンは素早くそれを回避して相手を睨む。
モールは伸ばした手をそのままにジーっと紙切れを見つめてから、カエデ達三人を見回して口を開いた。
「何処でソレを見つけたんだい?」
「……私の住居ですけど」
「キミの住居? そんなのあったっけ?」
首を傾げつつもヒト型の紙切れをジーっと見つめ、モールは首を横に振ってから口を開いた。
「そのヒト型、式神は何か言ってたかい?」
「……その質問に答える前に、此方の質問に答えてくれ。キミは何を知っている?」
鋭くモールを睨むフィン。ベートも不機嫌そうに鼻を鳴らして睨むさ中、ペコラとジョゼット、カエデの三人は顔を見合わせていた。
「あぁ……ヒヅチ・ハバリがこの村にとあるモノを隠したのを探してるんだよ」
「とあるモノ?」
「えぇっと、ヒヒイロカネって知ってるかい?」
モールの言葉にフィンが目を細めてから首を横に振る。ベートはモールを睨みつつも『ヒヒイロカネ』なるモノが何なのか考え始め、ジョゼットとペコラが口を開いた。
「『
「よく似たモノとして『
カエデが首を傾げながら呟く。
「軽い……?」
「そうです。此方では基本的に重たい金属、
ジョゼットとペコラの言葉を聞いたモールがうんうんと頷く。満足げな表情を浮かべたモールは笑顔を浮かべた。
「詳しいね。その通り、ヒヒイロカネっていうのは極東に伝わる合金なんだよ」
「そのヒヒイロカネってがテメェらの目的か?」
商売人として
「商売目的じゃあないよ。残念な事に、今現存しているヒヒイロカネの装備品は
そもそも、地上に現存している鍛冶師では加工できない上、下手に加工しようと手を出せば劣化してしまい、特有の不変性すらも失われかねない。
「だから手に入れても超すっごいだけで別に何かに使える訳じゃないんだよ」
「……じゃあなんで探してるんですか?」
「そりゃあ封印を解く鍵だしね」
封印を解く鍵。その言葉にフィンは目を細めなるほどと呟いた。
「ホオヅキやキーラ・カルネイロの封印を解くためのモノ、そういう認識で良いのかい?」
「そうだよ」
「で、先程のヒヅチ・ハバリが残した式と、そのヒヒイロカネはどういった関係があるんだ?」
モールは表情を消してベートとフィンの視線を浴び、呟く。
「彼女が唯一手にしていた『
モールが頬を掻きながら視線を泳がせ、耳を伏せた。
「ホオヅキの封印を解いて彼女の話を聞かなくちゃいけない」
「……あの、ヒヅチの居場所知ってますか?」
話の流れを切り、カエデが唐突にモールに訪ねる。
モールはカエデの目を見てから、痛まし気な表情を浮かべて口元に笑みを浮かべた。
「知ってるよ」
「っ! 教えてください、ヒヅチは何処に」
カエデの考えるより簡単に口を割った彼女は、けれども答える気はないのかカエデの頭を優しく撫でてから諭す様に囁く。
「キミは、会うべきじゃない」
「なんでっ」
「殺されてしまうからさ」
「……ヒヅチが、ワタシを?」
驚きの表情で固まるカエデと、それを見ていたベートがモールを強く睨み付けて口を開く。
「テメェ、何を知ってやがる」
「…………最近の襲撃事件。あれ、殆どヒヅチ・ハバリの仕業なんだ」
モールの言葉にカエデが衝撃を受け、ペコラがカエデを後ろから抱き締める。
フィンが静かに続きを促せば、モールは困った様に微笑み口を開いた。
ヒヅチ・ハバリは悪い人間じゃあない、むしろ隠れ里に貢献した人物さ。
彼女は、今少し危ない状態にある。
【クトゥグア・ファミリア】っていうファミリアを知っているかい?
フィンは聞き覚えがあるだろう? そう、
奴ら、上手く雲隠れしてオラリオの外で活動してる。
目的は一つ『地上の人間と神々の戦争』さ。
『黒毛の狼人』の一件もそうだし、それ以外もそうさ。
彼らは地上で好き勝手に大暴れした。恩恵を受け、神の力だと言い放ち、恩恵を持たぬ人々を蹂躙して回る。
地上の人々はどう思うだろうね?
神は気に入った人の子を『眷属』にして奪っていく。
美神はその美しさで、武神はその武力で、軍神はその統率力で
神々は身勝手に振る舞うのさ。
我が子を奪われた母親の気持ちがわかるかい?
恋人を目の前で奪われる人の気持ちがわかるかい?
奪うのさ、神々は。意図してか、意図せずにか……。
それゆえに、人々の中には『神嫌い』が時折いるだろう?
神は異物だ、この世界から出ていけーって奴だよ。
そういう人たちを搔き集めて、戦争を起こそうとしてる。
笑っちゃうよね。彼らが神嫌いになった理由は────
そう【クトゥグア・ファミリア】は盛大な
彼らが人々から奪い、恨みを買う。
買い集めた恨みを全て『オラリオ』の神々に擦り付ける。
『神が恨めしくないか? 神を下す力が欲しくないか? この俺がくれてやる。一緒に高慢な神々を殺そう』
そして何より、彼らには強大な旗印が居た。
古代より生き続けた、ハイエルフの女性。
リーフィア・リリー・マグダウェル。
彼の有名な物語にも登場し、現存している最後の英雄。彼女が旗印になってる。
そして、ヒヅチ・ハバリも問題なんだ。
彼女が何者かっていうのはこの際気にしなくていい。ヒヅチ・ハバリでもアマネ・ハバリでもどちらであったとしても僕らにはあまり関係の無い事だ。
ただ、彼女は千年前の人間で間違いないって事は確かだよ。
どうやって時を超えたかって? 言ったろ、
そう、ホオヅキやキーラ・カルネイロと同じさ。
彼女は千年前に封印されて、千年後の今になって封印を解かれた古代人って奴なんだ。
彼女の持つ技術は本物で、彼女の扱う業は恐ろしい。
「僕は、彼女をどうにかして止めなくちゃいけない」
モールの言葉にフィンは静かに首を横に振り、猫人を強く睨んだ。
「質問に答えていない様だけど?」
「……ヒヅチ・ハバリは、クトゥグアに狂わされてしまったのさ」
彼女の思考の中心にあるのは、カエデ・ハバリを救う事。
問題はその手段。
「『
カエデが静かに頷くさ中、モールは深い溜息を零して空を見上げた。
「
「…………はい」
そう思わない時は無かったと、考えてみれば今までの道は凄く険しいものなのだとカエデが頷く。
「彼女は、キミに苦しんでほしくないと願っている」
だから、彼女はキミを殺そうとするだろう。
オラリオ周辺には無数の砦跡地が存在する。
今なお利用可能な状態で残る『シュリーム古城跡地』の様な場所も存在すれば、完全に朽ち果てて基礎が残るのみのものも存在する。
元は大穴より出でるモンスターの進軍を止める為のモノであり、大穴──ダンジョンに蓋が出来て以降は使われなくなった建造物の数々。
そのうちの一つ、植物や苔が生え、朽ち果てかけた石材の壁に囲まれた城跡地。
無数の崩れ落ちた壁の残骸が散らばり、膝丈程に草の生えたもの寂しい雰囲気の漂う中庭部分にて鋭い剣閃を披露する
伸びた背筋、引き締まった表情、目つきは鋭く刃の如き輝きを宿す。
振るわれた刀によって草が刈り取られ、舞い上がった草葉を更に斬り──斬り──斬って、斬って斬って斬って斬り刻む。
粉塵状になり果てた草葉だったものが風に乗って流れゆくのを見つめ、ヒヅチは深い溜息を零した。
「はぁ……ワシは何をしとるんじゃか」
鉄材で作られた質素な刀を一振りし、草花の汁を飛ばして鞘に納めようとして、青臭い草花の匂いに眉を顰めながらも空を見上げる。
首にかかった金属製の首輪。つながる鎖の先を見てヒヅチは皮肉気に呟いた。
「この鎖を切り裂けば自由じゃろうに」
ただの鉄製の刀如きでは歯が立たないはずのそれを、ヒヅチは切断できるだけの技量がある。
あるが、それを振るう事が出来ない。
自らの頬を撫で、刀身にその顔を写し込んで舌を出しておどけた表情を浮かべた。
「べぇ……何をしとるんじゃ全く。早くカエデを殺さねばならぬのに……ふむ」
殺さなければならない相手がいる。
刀身に映る自身の顔。その頬に走る無数の入れ墨の様な跡。
隷属の刻印の施された自分の頬を眺め、ヒヅチ・ハバリは空を見上げた。
「ワシは何故カエデを殺さねばならぬのだ?」
疑問を覚える。ヒヅチ・ハバリはカエデ・ハバリを殺さなくてはいけない。
それは────何故だろうかと幾度目かの問いかけを行う。
そう、確かホオヅキと対面し会話を交わしたあの時に質問されたのだ。
『カエデはそんな事望まないさネっ! ヒヅチは自分勝手過ぎるさネっ!』
『殺すなんておかしいさネ。だから一緒にカエデに会いに行くさネ……カエデも喜ぶさネ』
『ヒヅチ……なんで……アチキ……は…………ただ…………』
どうして彼女を斬り捨てたのか。今のヒヅチにはその答えも見つけられない。
ただ、靄がかかる思考の先に、何かがあるのだと勘が囁く。
暴くべきだ、靄の先を、霧霞みに隠されたその先にあるモノを暴き、即座に止めるべきだ。
「……ふん、ワシのやる事は変わらんじゃろうて。カエデを殺す、殺してワシも死ぬ」
ヒヅチ・ハバリは目を伏せた。
「ワシは弱いのだぞ。弱者であるワシが目的を成す為には、脇目も振らずに進む他あるまい」
「よぉ」
草木を踏みしめる音。背後から声をかけてきた人物に対しヒヅチは静かに振り向いた。
ヒヅチの視線に晒されたのは、ヒヅチよりも背の低い男の姿。
目に痛い程の深紅の髪、身に纏う衣類すらも赤系統ばかりゆえにか、全身が燃え上がる様な深紅の色合いに染まった姿を晒す男────男神。
神クトゥグア、ヒヅチの主神である人物。何故この神に従うのかヒヅチ自身も理解出来てはいない。しかし、目的を達成するために力を借りているのも事実。
「鍛錬鍛錬と、お前は鍛錬ばっかだな。どうだ、酒持ってきたけど飲むか?」
「……貰おう」
手にしていた酒瓶を揺らす彼を見てから、ヒヅチは深い溜息を零す。
差し出された酒瓶は、目を見張る程に真っ赤っかであった。もう食べ物も飲む物も着る物も手にするモノ全てが赤くなくては気が済まないとでもいう程に、このクトゥグアという神は
赤、赤、赤、深紅に染まる世界程美しい物はない。彼はそう言って嗤うのだ。
手渡された盃を手に、ヒヅチは神の酌を受けながら胡乱気な瞳を神クトゥグアに向けた。
「なぁお主」
「なんだ?」
「
ヒヅチの質問にクトゥグアはクツクツと喉で笑い、彼女に酒瓶を手渡した。
笑いながら差し出された盃に酒を満たしつつ、ヒヅチは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「変な事を聞いた。忘れろ」
「なぁに、変な事じゃねぇさ」
クトゥグアはクツクツと笑いながら酒を煽る。その様子を見ていたヒヅチもまた、深紅の酒に口をつけた。
喉を通り胃に落ちると同時に、酒精が弾けた様に体の芯が熱を持ち、体を熱していく。
熱くなった吐息を零し、ヒヅチは空を見上げて呟いた。
「真昼から飲む酒は美味いなぁ」
「だろだろ、ハイエルフ様はどうにも気に食わんらしくてなぁ」
ハイエルフ様、などと小馬鹿にするように呼ぶ相手。その人物の顔を脳裏に描いたヒヅチは眉を顰めて頬を撫でた。
「あぁ、あ奴は何がしたいんじゃ」
「そりゃ神々をぶっ殺したいんじゃね?」
「神々なんぞどうでもよかろう。カエデさえ殺せればよいのじゃて」
酒を口にし、狂った事を口にする。
酒の所為ではない、彼女はクトゥグアが狂わせた。狂っている、狂気に堕ちている。だというのに彼女は
大半の者は発狂すれば泣き、叫び、笑い。見るからに
しかし、地上の人間には時折おかしな狂い方をする者が居る。
例えば神々を殺すと意気込むリーフィア・リリー・マグダウェルというハイエルフの様に
例えば
ヒトとは面白おかしく狂う事がある。
愛するが故に殺す。嫌いだからではない、本気で愛を貫くが故にその想いが相手の命すらも刺し貫いて殺すのだ。
「のう、もう一度おかしな事を聞くが……ワシは狂っとるのではないか?」
「おいおい、おかしな事を言うなよ。狂ってるのか狂ってないのか決めるのは他ならないお前自身だろ?」
邪神たる神クトゥグアはクツクツとヒヅチの横顔を見ながら笑う。笑って、笑って、嗤う。
あぁ、なんと愛おしい。
他の神々は理解してくれないし、狂ってるなんて口にするがクトゥグアからすれば
何せ、
「逆に聞くけどよ、お前狂ってんの?」
「否じゃ。ワシは狂って等おらん」
「じゃあそれでいいんじゃね?」
残った酒を口にし、クトゥグアは腹の底から飛び出そうになる嗤いを堪える。
ヒトは、理解できない行動を起こす者に対し『狂ってる』と口にする。
『狂う』とは何か、『狂気』とは何か。
クトゥグアにとって『狂った行動』というのは、『不可解で理解できない行動』である。
リーフィア・リリー・マグダウェルは、神を憎らしく思っている。だから神を殺す。
何もおかしな事はないだろう? 理解できるだろう? 彼女は狂ってなんていない。
ヒヅチ・ハバリはカエデ・ハバリを愛らしく思っている。だから殺す。
何もおかしな事はないだろう? 理解できるだろう? 彼女は狂ってなんていない。
「皆さぁ、理解が足りないんだよねぇ」
「……? なんの話だ?」
「だってさ、考えてもみなよ、愛も憎しみも違いなんてありゃしないのにさ、皆俺の事を狂ってるだなんていうんだぜ?」
ヒヅチが煙たげにクトゥグアを見て眉を顰めるのをみた彼は酷く傷ついた表情でひょうきんに笑う。
「おいおい、お前も俺が狂ってるって思ってんの? だったら超悲しいわぁ」
俺はただ世界を真っ赤に染めたいだけなのにさぁ。等と嘯く。
「なぁんで誰も理解してくんないんだろうね。悲しいねぇ。そう思わないか? リーフィア」
一際大きな瓦礫に向かって語り掛けるクトゥグア、彼の突然の行動にヒヅチは驚くでもなく酒瓶を掠め取り手酌で盃を満たして飲み干す。酒精が回り赤く染まる頬を撫でてヒヅチが呟いた。
「怒られるじゃろこれ」
「だろうなぁ」
瓦礫の向こう側から響く詠唱の音。涼やかに流れるその旋律に耳を傾けたヒヅチとクトゥグアは大急ぎで酒を飲みほさんとするも、其れより早く魔法が発動した。
吹き飛ぶ瓦礫、飛び散り飛来する破片をヒヅチが手で叩き落とし、クトゥグアは情けなく『あひゃぁ』等と悲鳴の様な楽し気な声を響かせてヒヅチの腰に縋りついた。
弾けた瓦礫の散弾が飛び散り終わった中庭。元々が瓦礫等が散乱した場所であったが今の攻撃によって外壁の一部が崩れて音を立てているさ中、大きな瓦礫を吹き飛ばした犯人であるリーフィアが静かにカツンカツンと杖を突きながら歩いて近づいてくる。
「おぉう、いきなり魔法をぶっ放すとはヤベェよ、おまえ狂ってんなぁ」
けらけらと楽し気に笑いながらヒヅチの腰に縋りつくクトゥグア。ヒヅチが尻尾でべしべしとクトゥグアを叩きながらも不愉快そうな視線を彼女に向けた。
「ワシはこ奴に誘われて酒を口にしただけじゃ。そう怒るな」
「おまえ、は……神が恨めしくないのか?」
顔まですっぽり覆い隠すフードを纏った、背筋の伸びた人物。
そのフードをめくりあげて彼女は力強くヒヅチを睨みつけた。
顔に刻まれた深い皺。年月を感じさせるその容貌は、けれども醜い等という事は一切ない。
美しく整った顔に、大樹の年輪の如き皺が刻まれいっそ美術品の様な美しさをかもしだすハイエルフの女性。
背筋を伸ばして立つ彼女を片目を瞑って見据えたヒヅチは肩を竦めた。
「別に恨めしくない等とは言わん。じゃが酒を酌み交わす程度なら別に構うまい?」
「…………まあいい。ヒヅチ、対象を見つけた。『黒毛の狼人の隠れ里』だ」
対象という言葉を聞いたヒヅチが眉を顰める。
「ヒイラギの事か、何故奴を狙う?」
カエデの妹、ツツジ・シャクヤクの置き土産。残されてしまった哀れな子。
ヒヅチ・ハバリにとってみれば意図して傷つけようとは思えない対象である。
「………………」
「あるぇ? 答えてあげないのかにゃぁ?」
煽る様にニマニマと嗤う深紅の男神に年老いたハイエルフは静かに杖を向けた。
「【穿て────時の恨みを知れ】」
光が弾け、光線が杖より飛び出してクトゥグアの顔の中心を穿つ寸前にヒヅチが刀を抜いて防ぐ。
「これ、ワシの尻尾に穴が空くじゃろ、やめんか」
クトゥグアが尻尾で防御しようとし、ヒヅチの尻尾で顔を覆った事で尻尾諸共撃ち抜かれかねなくなったヒヅチが仕方なく防げば、リーフィアが苛立った様にヒヅチに杖を向けた。
「ソイツを庇うな」
「ワシは庇ってなんぞおらん。強いて言うなれば尻尾は庇ったが」
ワシの尻尾に恨みでもあるのかと眉を顰めるヒヅチ。対するリーフィアは静かに杖を下ろしてヒヅチの腰に縋りついたまま離れないクトゥグアを睨みつけてから口を開いた。
「出発は十分後だ、準備しておけ……ヒヅチ、飛行船を落とすぞ」
「はぁ、ワシの式を使うのか? 別に構わんが────カエデを殺すのはワシじゃぞ?」
互いに視線を交わす。老いたハイエルフと若々しい
視線に攻撃力が存在するのなら、きっと彼女たちの間に存在する物は一瞬で切り刻まれて消滅するに違いない。そう思える程に鋭い視線を交わし合った後、リーフィアは無言のままに立ち去る。
その背を眺めていたヒヅチは未だに腰に縋りつくクトゥグアを見て呟いた。
「いつまでワシの尻を撫でとるんじゃお主は」
「いや、割と真面目に腰抜けたんだけど……」
「じゃからというてワシの尻を撫でるな」
腰に縋りつく深紅の神を引きはがしたヒヅチは空を見上げる。
「今日も荒れそうじゃのう」
村に続くセオロの密林に存在する獣道。
木々の間をすり抜け、草木を切り払いながら進むヒイラギの後姿を見ながらアマゾネスの女は周囲を強く警戒していた。
「気を付けな、人がいるよ」
「わかってる……アタシの村に忍び込んでる奴らが居るんだ、全員叩きのめしてやる」
「【恵比寿・ファミリア】の奴だろうね。あいつら程度ならアタシでも捻れるけど、団長や副団長クラスは相手できないよ、傭兵が居ても面倒だし」
ほとんどの者が神の恩恵を授からない【恵比寿・ファミリア】の団員達。彼らは非戦闘員であるが故に、護衛を雇っている可能性も高い。
それに加えて団長と副団長は相応の実力者である。
下手に襲い掛かろうものなら返り討ちに遭うのが関の山といったところだろう。
それを知るが故に警戒するアマゾネスを他所に、故郷を踏み荒らされていると知ったヒイラギは知った事かといわんばかりに鉈を振るって草木を切り分けてずんずんと進んでいく。
「近くにあいつらの船とまってたし、あっちを襲って奪った方が早かったんじゃ」
「うっせぇな、アタシは今怒ってんだよっ」
「……静かにしな」
もうすぐで村にたどり着くという寸前、木々の隙間から垣間見えた村の惨状にヒイラギが小さく悲鳴を零し、アマゾネスの女はヒイラギの首根っこを掴んで木々の影に引っ張り込んだ。
「ありゃ、【ロキ・ファミリア】の団長様に、うわ最悪だよ【
「なぁ、怖がってんのに嬉しそうなのはなんでだよ……」
「アマゾネスってのは強い雄を見ると興奮すんのさ。ま、一度ぼっこぼこにされた相手だ、押し倒そうなんて思やしないけ────ジョゼットじゃないか、アイツもいるのか」
木々の隙間から垣間見える面子を観察するアマゾネスの視界の中、【恵比寿・ファミリア】の団員らしき男が焼け落ちた家屋の中を漁っているのが見え、眉を顰めた。
ヒイラギは気付いていない様子だが、あの様を見た瞬間に突撃かますのは間違いないだろうと予測してヒイラギの頭を掴んで見えない様に押し込んでおく。
「おい、頭掴むなって」
「静かにしな、見つかったら面倒だよ」
「って、そうだよ【ロキ・ファミリア】なら姉ちゃんいるんじゃ……その団長って奴に話を──」
「静かにしな、話が出来そうな雰囲気じゃないよ……【恵比寿・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が今すぐにでも
【
【
【
【魔弓の射手】ジョゼット・ミザンナ
あと一人ペコラに抱えられてる者が居るのが見えるが、それが誰であろうが関係はない。
【ロキ・ファミリア】の名だたる第一級冒険者に第二級冒険者が居るのだ。
対する【恵比寿・ファミリア】の方は護衛らしき傭兵の姿は見えず。
いるのは招き猫の片割れであるフェーレースのどちらか一人。遠目で見るとどちらかは判別できないが、もしあれが【
【
どちらにせよ今から出て行けばもめごとを加速させそうな雰囲気なのは間違いないとアマゾネスはヒイラギを強引に木の陰に捻じ込んで自分も覆いかぶさる様に隠れた。