生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『団長ッ!!』

『不味いな……ヒヅチ・ハバリだ』

『どうしましょう』

『逃げるが、勝ち……と言いたかったのだが。無理だな、武器を構えろ。いざとなったら私を置いてお前たちだけで逃げろ。トートには、そうだな、会えてよかった。来世でもまた一緒になりたいものだと伝えておいてくれ』

『ですが』

『良いか、もう一度言うぞ。()()()()()()()()()()()()()()()団長命令だ


『再会』

 荒れ果てた村の中央。時折行われていた収穫祭等の小さな祭事に利用される中央広場にて向かい合う【恵比寿・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】。

 警戒心を剥き出しにした【ロキ・ファミリア】に向かい合う【恵比寿・ファミリア】側は明らかに怯んでいた。

 商売系ファミリアにして非戦闘系ファミリア筆頭とまで謳われている彼らと、探索系ファミリア、それもトップクラスのファミリアである【ロキ・ファミリア】では戦闘にすらならない。

 更に付け加えるならばその探索系ファミリアの団長含め、第一級冒険者三名。準一級冒険者一名、第二級冒険者一名という過剰戦力を前にしているのだ。

 今この場にいる彼らの中で最もレベルが高いのは【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】モール・フェーレースのみ。彼女が唯一の第二級冒険者であるが、戦闘系とは違いどちらかといえば支援系を得意とする人物である。

 真正面からぶつかり合えば間違いなく勝負にならない、がモールは頬を掻きながらも焦った様子は見えない。

 

「いやぁ、最初の質問に戻るけど、『ヒヒイロカネ』について何か知らないかい?」

 

 心当たりがあればそれだけでも教えてくれないかなと両手を合わせて小首を傾げる彼女は、胡散臭そうなモノを見る目で睨むベートの視線を浴びながらも猫を被る。

 

「頼むよ」

「……その、ヒヒイロカネかはわかりませんけど、見知らぬ剣が私の小屋の近くの大樹に刺さってました」

 

 カエデの小さく呟く様な声にモールが反応して唸る。

 

「うーん、その小屋の近くって何処だい? ぶっちゃけ、この村って結界塗れで僕らだとまともに()()()()出来ないみたいでさ」

 

 モールが遠くを歩いている団員に視線を向ければ、その団員は不自然にくねくねと曲がりながら歩いては同じ位置を調べなおすと言った動作を繰り返している。

 

「罠もあるっぽいし、まぁた助けなきゃ。後で案内して欲しいかな」

 

 ぴりぴりとした警戒心を浴びながらもモールは溜息を零して同じところをぐるぐる回っている団員の方へ歩いていく。その背を見送りながらもカエデは静かに俯いて考え込み始め、ベートは舌打ちしてから周囲を見回した。

 フィンは顎に手を当てながらモールの背を眺める。

 

「ペコラさん的に言わせてもらうとですね。ヒヅチ・ハバリさんを助ければ良いんじゃないかなぁと」

「それは難しそうだ」

 

 手を上げて発言したペコラに対し即応で否定したフィンは静かに首を横に振って振り返ってカエデを見据えた。

 

「カエデはどうしたい?」

 

 ヒヅチ・ハバリを救うか、見捨てるか。答を聞くまでもない問に対しカエデは迷う様に耳を揺らし、小さな声で答えた。

 

「助けたいです」

 

 もし彼女ともう一度会えるのなら。もう一度一緒に暮らす事が出来るのなら。

 助けたい。助けるだろうとカエデが頷く中、フィンは困った様に親指を見つめて呟いた。

 

「難しそうだね」

 

 響いた声にカエデが悲し気に耳を伏せる。それを見ていたジョゼットが静かに弓を手に取り、矢を番えて周囲を見回していた。

 

「どうしたジョゼット」

「……いえ、視線を感じまして」

「視線ですか? ……んん? 特に何もないと思うですが」

 

 首を傾げるペコラに、周囲を睨むベート。カエデもつられて視線を泳がしてそれに気づいた。

 彼女の視線の向けた先は村と森の境目。その森の奥に褐色の肌が一瞬見えたのだ。

 

「あそこ、誰かいました」

「風下の方か、匂いじゃわかんねぇな」

「団長、調べてきましょうか?」

「……カエデは此処で待ってくれ。ペコラ、ジョゼット、二人で行ってきてくれ」

 

 フィンの指示に首を傾げるカエデと不満げに鼻を鳴らすベート。二人の様子を見たフィンは小さく呟いた。

 

「嫌な予感がする。カエデとベートはいかない方が良い」

「……わかりました。ではペコラと共に調べてきます」

 

 返事をしたジョゼットがペコラと連れ立って歩いて行くのを見ながら、カエデはフィンを見て質問を飛ばした。

 

「なんでワタシが行くと不味いんですか?」

「……勘かな」

 

 フィンの言葉にカエデが首を傾げながらもジョゼットとペコラの背中を見つめていた。

 尻尾が引っ張られる感触を覚え、同時に行った方が良いとカエデの勘が告げている。しかしフィンの方が正しいではないかとカエデはその勘を斬り捨ててその場に留まった。

 

 

 

 

 

 密林の中を疾駆するアマゾネス、その腕に抱えられた黒い毛並みを持つ狼人の少女は不満げに鼻を鳴らした。

 

「なぁ、なんで逃げたんだよ」

「あん? ……勘だね。というかこの森から逃げた方が良い。多分、監視されてる」

「なんでんな事が……それよりも、姉ちゃんも居た……けどよ……」

 

 ヒイラギは静かに目を細めて最後に見た光景を思い出して呟く。

 

「あれ、本当に姉ちゃんだったのか……?」

 

 ヒイラギの知るカエデ・ハバリとは程遠い、どこかおどおどした雰囲気だった白い毛並みをした狼人の守り人は、全く雰囲気が異なっていた。

 まるで抜き身の剣そのものの様な剣呑な雰囲気を纏った────物騒な人物。

 ヒイラギの見た【ロキ・ファミリア】に居たカエデに良く似た人物は、記憶にある彼女とは似ても似つかない別人に思えたのだ。

 

「ん、水の音? 川でもあるのかね」

「川なら村の近くにあるぜ? 泥臭い魚しか釣れねえけど……」

 

 ヒイラギの言葉にアマゾネスは眉を顰めつつも川の方へ足を進める。

 脇に抱えられたヒイラギは文句を言うのをやめて俯いて考え込む。

 

「なぁ、姉ちゃんの様子が変だったんだけどよ……もしかして、なんか操られてるんじゃ……」

「さぁね。アタシは知らないよ。それよりも、川に出たね……少し休むか。どうせ気付かれてやしないだろうし」

 

 密林の中に流れる大きな川を発見したアマゾネスは近場の岩の上にヒイラギを下ろして川を眺めて目を細めた。

 

「特にモンスターの気配は無いな」

「…………」

「いつまで悩んでるんだい」

 

 耳を伏せて考え込むヒイラギの頭をひっぱたき、アマゾネスは肩を竦めた。

 

「男子三日合わざれば刮目して見よだったか? どこかで聞いたけど何日か処か数か月会ってないんだ。それも神の恩恵受けりゃ性格の一つや二つ簡単に変わっちまうよ」

「……待ってくれ、神の恩恵を受けたら性格が変わる? そんなの聞いたことないぞ」

 

 アマゾネスの言葉にヒイラギが目を見開いて驚けば、アマゾネスは面倒くさそうに肩を竦めた。

 

 神の恩恵(ファルナ)は授かるだけで授かっていない無所属(フリー)の冒険者や、ファルナを持たぬ一般兵士と殴り合えるだけの能力を得られる。得られてしまう。

 冒険者の中には、ファルナを得てそれだけの力を手にしただけで図に乗る者が多い。

 たいていの場合は先輩冒険者に叩きのめされるが、新興ファミリアや一部趣味の悪い神が主神を務めるファミリア等はあえて図に乗らせ、叩きのめされる姿を眺めて小馬鹿にする様な所も存在するのだ。

 【ロキ・ファミリア】自体は先輩冒険者が先達として教える上、調子に乗れば【凶狼(ヴァナルガンド)】が一瞬で叩き潰して現実を教え込むので図に乗る事は少ないだろうが、それでも今まで持っていなかった力を手にする事で性格が歪む者は多い。

 

「ま、そのカエデってのの性格が歪んだのか、それともアンタの前で猫被ってたのかは知らないけどね」

 

 アマゾネスからすれば、聞いた話の中の人物と今のカエデがどう違うのかなんて知ったこっちゃない。そんな雰囲気を醸し出しつつも彼女は川に近づいて水をすくって口を付ける。

 

「……飲めなくはないか? アタシは平気だけどヒイラギはやめときな」

「…………その川、あんま綺麗じゃないぞ。煮沸しねぇと腹下すし」

 

 ヒイラギの言葉にアマゾネスは肩を竦める。冒険者なら()()()()()()()()()この程度の川の水で腹を下したりはしない。よっぽど不摂生か寝不足等をしていれば話は別だが。

 

「ま、とりあえずちょっと休憩を────」

「こんにちは~」

「っ!?」

 

 岩の上からアマゾネスを見下ろしていたヒイラギの真後ろ。ヒイラギの体に影が差して暗くなった瞬間にヒイラギが振り返り、挨拶を飛ばしてきた相手を見て目を見開く。

 アマゾネスも同様に川の中から見上げ、目を見開いて頬を引き攣らせる。

 ヒイラギの真後ろから声をかけたのは真っ白い毛並みに真っ白いもこもこした毛糸のセーターを着こんだ羊人の女性。

 つい先ほどバレる前に逃げてきたはずだというのにどうして気付かれて、なおかつ追いつかれたのか訳が分からないとアマゾネスが驚く中、木々の上から飛び降りてきた軽装姿のエルフの女性がペコラの横に音も無く着地してアマゾネスを見下ろした。

 

「……貴女は何処かで、いや今は関係ないですね。ヒイラギ・シャクヤクですか?」

「姉ちゃんたちは……えっと、ジョゼット・ミザンナと、ペコラ……ペコラ・カルネーラだっけか」

「カルネイロですよ。お二人は此処で何をしているのですか?」

 

 ニコニコとした笑顔で敵意を一切感じさせずに語り掛けてくるペコラの姿にヒイラギは一瞬だけ警戒心を解きかけ、横で鋭い視線を向けてくるエルフを見た瞬間に弾かれた様に立ち上がって腰の短剣を引き抜いて構えた。

 

「うるせぇっ、村に勝手に入り込んだ侵略者に話す事なんかねぇっ! 帰れっ」

 

 威勢よく吠えるヒイラギに対し、ペコラが困った様に頬を掻く。そしてすぐに彼女は横で無愛想な表情でヒイラギをしげしげと観察するジョゼットに気付いてどついた。

 

「ちょっとジョゼットちゃん。相手が警戒しちゃってますですって」

「…………彼女が、ヒイラギ・シャクヤク……」

 

 どつかれてもなお不愛想に観察を続けるジョゼットの姿にペコラが眉を顰め、アマゾネスの声が響いた。

 

「おい、アタシを無視して話を進めんな」

「ごめんなさい、無視していた訳ではないですよ。此処で何をしていたのです?」

 

 ペコラが謝りながらも質問を飛ばせばアマゾネスは苛立った様にジョゼットを睨みつける。

 彼女の睨みつけにジョゼットが反応して首を傾げる。

 

「……私が何かしましたか?」

「あぁそうかい。やっぱ覚えてないか」

 

 アマゾネスが頭をバリバリと掻いて顔を上げた。

 

「アタシの名前はシェト・クオーレだよ……アンタが【ロキ・ファミリア】に入る前に顔合わせた事があると思うんだけどねぇ」

 

 シェトと名乗ったアマゾネスの言葉を聞いてジョゼットが眉を顰め、ペコラが口を挟んだ。

 

「お知り合いの方……えぇ、前のファミリアの? でも、その団員って神様も含めて全員追放されたんじゃ……」

 

 ペコラが記憶を掘り起こすさ中、ヒイラギは困った様に短剣を揺らしながら二人を見ていた。

 いくら子供とはいえ武器を手にした者相手に油断し過ぎではないかとヒイラギが眉を顰める中、おもむろにジョゼットがヒイラギに一歩近き、その手にある短剣をさっと奪い去った。

 

「っ!?」

「武器を下ろしてくださいと言っても聞いてもらえなさそうでしたので、没収させていただきます」

 

 気付くとか気付かない以前に、一瞬で目の前に来ると同時に手の中の短剣を奪われてヒイラギが顔を引きつらせる。

 シェトの話ではエルフの彼女があの場にいた【ロキ・ファミリア】の戦力の中では唯一の第二級冒険者。つまり一番弱い人物であったのだ。その彼女に一瞬で武器を奪われた事で言葉を失ったヒイラギが一歩後ずさろうとし、岩から落ちかけた。

 

「うわっ」

「っと、危ないですよ」

 

 落ちそうになったヒイラギの手をペコラが掴んで止め、静かに抱き寄せる。

 真っ白いセーターに包まれた腕の中にすっぽりと納まったヒイラギが目を見開く。

 

「うわ……シェト姉ちゃんよりでっけぇ……」

「おい、アンタ何がでかいって……胸か、胸なのかい?」

 

 ペコラの腕の中に納まって感動した様な吐息を零すヒイラギを他所に、ジョゼットは下から鋭い眼光でヒイラギを抱くペコラを睨みつけているシェトに質問を飛ばした。

 

「一つお伺いしたい事が、貴女が私の()知り合いだとは理解しました。記憶の片隅にある事も確認しました。其の上で一つお伺いします。貴女は何故彼女と一緒に行動を?」

「その言い草、昔と変わったねアンタ……」

 

 シェトは静かに両手を上げると事情を説明しだした。

 

「何処から話すか、って言ってもアタシも良く知らないよ。いきなり【酒乱群狼(スォーム・アジテイター)】ホオヅキの奴がそのガキ連れて現れたのさ。んで、いきなり前金300万ヴァリス渡すって言われてそのガキと一緒に押し付けられたんだよ。それ以降はそのガキのお守しながら旅してたのさ」

「断らなかったのですか?」

「断ったらどうなるか聞いたら『鉈と爪、どっちがお好みさネ? アチキは鉈をお奨めするさネ。一撃で首をポーンッてしてやるさネ』なんて言ってやがって断れなかったんだよ……」

 

 面倒くさそうに肩を竦め、シェトは静かに目を細めたのちに二人を見上げて呟いた。

 

「【恵比寿・ファミリア】【クトゥグア・ファミリア】【ナイアル・ファミリア】の三つに追い掛け回されてね。ついでに【トート・ファミリア】ってファミリアの【占い師】とは接触したよ。ま、碌な奴じゃなかったけどね。とにかく、そいつらがきな臭くて逃げ回ってたのさ」

「ふぅん……ヒイラギちゃん、今のは本当ですか?」

「ちゃん付けすんなっ。まぁ大雑把にはそんな感じだったな。久々に故郷まで帰ってきたらアンタらとアタシを追い掛け回してた【恵比寿・ファミリア】ってのが居たから見つからない様に逃げた……つか、アタシも聞きたい事がある」

 

 ペコラの腕の中に囚われたままのヒイラギが身を捩ってペコラの顔を見上げる。ペコラは腕の中のヒイラギを見下ろしながら笑みを浮かべて口を開いた。

 

「聞きたい事ってなんですか?」

「……【ロキ・ファミリア】に白毛の狼人、カエデ・ハバリって奴がいるだろ? ソイツについて聞きたい」

 

 ヒイラギの言葉にペコラが少し困った様な表情を浮かべ、笑みを浮かべ直して聞き返した。

 

「ヒイラギちゃんはカエデちゃんの事をどう思ってるですか?」

「どう? ってなんだ?」

「……嫌ってますか?」

 

 他の狼人(ウェアウルフ)達と同じ様に、カエデを嫌っているか否か。カエデの話では比較的友好的といえる態度をとっていたと口にしていた人物だが、実際の所どちらなのかペコラに判別は付かない。

 現にあの場に居たにも関わらずヒイラギはカエデの前に姿を現さなかった。其の事が少し気がかりだった彼女の質問に対し、ヒイラギは眉を顰めて不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「んだよ、どいつもこいつも……アタシは別に白毛だからって気にしやしねぇっての……あんたもあんなのに関わるななんて言う口かよ」

 

 不愉快極まりないとでも言う様に不機嫌さを隠しもしない彼女が腕の中で身じろぎしたのを確認したペコラはクスクスと笑みを浮かべてからヒイラギをぎゅっと抱き締めた。

 

「いえいえ、むしろペコラさん的には『大嫌いだ』なんていわれたらどうしようかと思ってましたので。それでカエデちゃんについてでしたか。何を聞きたいです?」

「ペコラ、あまりファミリア内の話を外にすべきではない」

「良いじゃないですか、カエデちゃんの家族ですし」

 

 ペコラの『家族』という言葉にヒイラギが身を震わせ、俯いてペコラの胸に顔を押し当ててぼそぼそと呟いた。

 

「アタシなんかが家族なんて────」

「ヒイラギちゃん?」

「アタシなんかが、家族なんて、絶対に言えねぇ。悲しい想いをしてんのに何も出来なかったアタシが、家族を名乗る資格なんかありゃしねぇ。確かに心配だけど……」

 

 不安そうに震える肩をペコラが優しく抱き締めて慰める。その横で困った様にジョゼットが眉を顰めていた。

 フィンに聞いた話によれば、ヒイラギ・シャクヤクは今現在における『黒毛の狼人』、ひいては『黒毛の巨狼』の『頭脳』にあたる人物らしい。

 彼女が一言何か命令を放てば、『白牙』であるカエデはそれを拒絶できない。不用意に彼女がカエデに接触し『仲直りしてくれ』と言ったら、カエデの意図に反して彼女はヒイラギと仲直りしようとするだろうし、他にも様々な問題が出てくる可能性は高い。それを考えると彼女を連れて帰るのはリスクが高すぎる。

 かといって此処で別れるのはさらなる悪手であろう。ではどうすべきかと迷い、矢文用の紙切れを手に取り手早く筆を走らせて文を完成させて矢に括り付ける。

 

「何してんだい」

「矢文を届けようかと」

 

 手早く作り上げた矢文を弓に番え、ジョゼットは透視能力を用いて隠れ里の方に視線を向け、目を見張ってその手を止めた。

 

「どうしたんだい?」

「……隠れ里が消えた?」

 

 ジョゼットの持つスキルによって見えるはずの場所。しかし途中で真っ黒い壁に阻まれて視界が遮られて見えなくなっていた。静かに弓を下ろし、困った様に眉を顰めて今回の依頼についてを思い出したジョゼットは小さく舌打ちを零す。

 

「ジョゼットちゃんどうしたですか。不機嫌そうですが」

「失敗しました、隠れ里に帰れなくなりましたね」

「えぇっと、どうしてまた……あぁ、なるほど」

 

 腕の中で不思議そうに首を傾げるヒイラギの頭を撫でながらペコラは曖昧な笑みを浮かべて呟いた。

 

「村の関係者と一緒じゃないと入れないんでしたっけ」

「今はカエデさんと一緒に居ないので無理ですね」

「そうだよカエデ姉ちゃんっ! 姉ちゃんはどうしたんだよ、なんかアタシの知ってる姉ちゃんと別人みたいになっちまってんだ。神の恩恵を受けたら皆あんなふうになっちまうのか……?」

 

 カエデという名に反応して騒ぎ出したヒイラギに対しペコラとジョゼットが顔を見合わせて困った表情を浮かべる。

 そこに川から上がってきたシェトが加わるも二人はどう説明すべきか言葉に迷っていた。

 

 カエデの変調の原因は間違いなく【ハデス・ファミリア】との一件。

 それも【処刑人(ディミオス)】の殺害による心境の変化であろうことは間違いない。だがそれをヒイラギに説明して良いモノか迷った後にペコラはヒイラギを優しく諭す様に撫でながら口を開いた。

 

「確かに人によってはちょっと乱暴者になったりしますけど、カエデちゃんはそんな事ありませんでしたよ。入ってきた直後なんてすごいオドオドしてましたし」

 

 見るモノ全てに驚き、感動し、それを押し殺して生きる(足掻く)のだと言い切っていたカエデ。

 今は見る影もないがそれでも懐かしいと思いながらペコラがそう呟けばヒイラギが困った様に眉を顰めた。

 

「今、アタシは姉ちゃんと会って良いのかわかんねぇ。勘は、会うべきだって言ってる。でも、会わない方が良い気がするんだ。なんとなくだけど」

 

 そんな呟きを零すヒイラギを見下ろしながらペコラは静かに腕の中から彼女を解放して距離を置いた。

 

「ペコラ?」

「ヒイラギちゃんが()()()()って言うなら一緒に行きましょう。【恵比寿・ファミリア】は確かに怪しいですし、ペコラさん達が守ってあげます」

「……一応、アタシが護衛なんだけどね?」

「貴女、主神が居ない今は恩恵の効力は消えているでしょう」

 

 ないよりゃマシだと反発する様に呟いたシェトを見たジョゼットは迷う様にあごに手を当て、静かに頷いた。

 

「仕方がありません。このままヒイラギさんを連れて合流しましょう」

 

 そもそも、彼女を連れて行かなければ隠れ里に入る事も出来ないのだから。

 

 

 

 

 

 村人の視線に怯えながら歩いた道を歩きながら、カエデは考え込んでいた。

 あの頃とは変わった世界。石ころが飛んでくる事は絶対にない安全な道になった村の中。

 視線を感じはすれど畏怖も軽蔑も無い。【恵比寿・ファミリア】の団員はカエデが歩き回っていても何かを言うでもなく淡々と『緋緋色金(ヒヒイロカネ)』を探している、らしい。

 時折、同じ場所をぐるぐると回りだしたりしている者もおり、そういった者はモールが気付き次第声をかけている。

 カエデも知らぬ事だが、この村にはいくつもの罠が仕掛けられているらしい。それも相当面倒なタイプの代物が。

 幻覚罠。迷子罠等、殺傷能力は一切ない代わりに、自分一人では抜け出せないと言った危険度の高い罠が仕掛けられている、らしい。

 【恵比寿・ファミリア】の団員達は時折そういった罠にはまって幻覚を見せられて同じ場所を犬の様にくるくると回りだすのだ。周りから見る分には滑稽だが自分が引っかかったらと考えると恐ろしいなとふんわりと考えたカエデは、静かに後ろを振り返った。

 

「どうしたんだい?」

「…………」

「なんでもないです」

 

 とぼとぼと隠れ里の内に存在する道を歩くカエデの数歩後ろをフィンとベートが歩いて続いている。

 一人で行動すると彼らと同じように罠にかかってしまうからと二人はカエデの傍を離れようとしない。

 どうやら此処に仕掛けてある罠は全てカエデやこの村の住人には危害を加えず、外部から来た部外者にのみ発動する様に仕掛けられているらしいのだが……。

 

 一体だれが仕掛けたのだろう?

 

 こんな罠を仕掛けられるのはヒヅチ・ハバリを置いて他に存在しない。そもこの辺りの罠は極東に伝わる妖術の分類に当たる罠ばかりである。だが、この村が襲撃された際には無かったモノだ。

 何故ならこの罠があったのなら村人の一人二人生き残っていてもおかしくはない。

 つまり襲撃されてから誰か────ヒヅチがこの村を訪れたという事を意味する。

 

 何故ヒヅチはカエデの前に姿を現さないのか?

 

 【クトゥグア・ファミリア】の主神である神クトゥグアに『狂気』を植え付けられた上で操られているから。助ける為に動きたい。もし会えるのならそうしたい。

 しかし、モールはこう口にしたのだ。

 

『キミはヒヅチ・ハバリに会うべきじゃない』

 

 それだけではない。

 

『キミはヒイラギ・シャクヤクに会うべきじゃない』

 

 血の繋がった妹と、育て親である師。立て続けに関わりのある二人に『会うな』と告げられてどうすればいいのかわからなくなってしまった。

 

「おい、なんか言えよ」

 

 振り向いて以降視線を向けていれば、ベートが不愉快そうに鼻を鳴らした。それを聞きながらもカエデは困った様に頬を掻いた。

 

「ワタシは、どうすればいいんでしょうか」

「あぁ? どういう意味だ」

「……ヒヅチを助けるべきじゃないんでしょうか。ヒイラギと、会わない方が良いんでしょうか」

 

 ヒヅチ・ハバリと会うと殺される。彼女は狂わされていて、カエデの命を狙っている。

 ヒイラギ・シャクヤクと会うと酷い目に遭う。理由は説明されていない。

 カエデにはどうすればいいのかわからないのだ。

 

「ヒヅチに会ったら、殺される……ワタシじゃ、きっと何も出来ない」

 

 狂わされているのなら、どうにかしてあげたい。けれどもヒヅチが本気で殺しに来るのであれば、どうかんがえても弟子であったカエデでは抵抗も出来ない。何度脳裏に戦いの場を抱いてみても一瞬で斬り伏せられて殺される自分の姿しか浮かばない。

 

「……はぁ、何もお前一人で行く必要はねぇだろ」

「そうだね。僕らも一緒に行けばいい」

 

 二人の言葉を聞いた上で────全員纏めて一緒くたに斬り伏せられる姿が脳裏に浮かんだ。

 それを言わずに黙って頷き、カエデはきゃっきゃと喜びながら走り回るモールの姿を見つけて首を傾げた。

 

「モールさん、何か見つけたみたいですね」

「みたいだね」

 

 ベートがあからさまに面倒くさそうな表情を浮かべた瞬間。モールがパタパタと駆けてきてフィンとカエデの前に一本の刀を突き出して溢れる笑顔で言い放った。

 

「これだよ、これ、ヒヒイロカネ!」

「これが……? 聞いた話だと錆びたりしない不変性を持つ金属だって聞いたけど」

 

 モールの持つ刀は先程カエデが見つけたモノと同一のモノであった。あの小屋の場所を教えてからしきりに其方の方に足を運んでいたので見つけたのだろう。というよりカエデに言われるまで小屋の存在を忘れていたらしい彼女は嬉しそうに朽ちた刀を両手で大事そうに持って鼻歌を歌いださん勢いで興奮していた。

 

「いやいや、これは心金がヒヒイロカネなだけで表面はただの鉄材さ、この鉄材を溶かして剥がしたその下にヒヒイロカネがあるのさ」

 

 モールの言葉にカエデはまじまじと、木に突き刺さっていた時に遠目でしか見ていなかった刀を近くで観察して、目を細めて首を傾げた。

 本当にこれが極東に伝わる伝説の金属なのか。

 

「……それを使えばホオヅキさんの封印を解けるんですか?」

 

 カエデの質問にモールはうんうんと首を勢いよく縦に振った。

 

「そうだよ! これがあればホオヅキもキーラも助けられるっ!」

 

 興奮し過ぎではないかという程に頬を紅潮させる姿にカエデは流石に一歩後ずさる。

 なんというか、不自然なぐらいの喜びようだ。

 

「はん、そんなのが本当に役に立つのか……つか、依頼はこれで完了だろ。さっさとオラリオに帰ろうぜ」

「おっと、そうだった……っと、そういえばキミらの所の射手君と歌姫ちゃんは?」

 

 モールの質問にフィンが答えようと口を開こうとしたところで、横合いから声がかけられる。

 

「ペコラさん達をお探しですか?」

「ただいま帰りました。すいません、少し遅くなりまして」

 

 いつも通りの白いもこもこセーターに身を包んだペコラ・カルネイロと、軽装姿で弓を片手に持つジョゼット。

 そしてその二人の後ろで頬をぽりぽりと掻いている黒い毛並みの女の子。カエデも見覚えのある彼女の姿に思わず目を見開いていれば、その女の子は恐る恐ると言った様子で片手を上げた。

 

「よ……あー、久しぶり?」

 

 彼女の横にアマゾネスの女性が居たが、カエデの視線はヒイラギに固定されていた。

 会うべきじゃない。そういわれた彼女が唐突に目の前に現れてカエデはどうすればいいのか更にわからなくなった。

 


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