生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 犯人は冒険者だ、犯人を見つけなきゃ

 犯人にあの二人を何処にやったのか聞かなきゃ

 あの人と一緒に色々と作戦を立てていたのに

 全部無駄になってしまった

 一度、オラリオに行こう

 あの赤髪の神に報告して、情報を貰わないといけない

 あぁ、お酒が飲みたい


『疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)』

 【ヘファイストス・ファミリア】の試し切りを行う大部屋にて、俯くカエデに対してヘファイストスとロキは困った様な表情を浮かべ、フィンは肩を竦める。

 

「カエデたん、板金は()()ってなんでなん?」

「ごめんなさい、板金の胴鎧は……ダメなんです」

 

 カエデの為に用意された各種防具の前で、体調が悪くなったらしいカエデは木箱に腰かけたまま俯いており、呟く様に「ダメなんです」とこぼした。

 

 理由をヘファイストスが問えば、板金の胴鎧はダメだと言うだけで他に何も言おうとしない。

 

 ヘファイストスは腕を組み、吐息を零した。

 

「じゃあ、どんな防具なら平気なのかしら」

「……革鎧なら」

「じゃあ革鎧をいくつか用意するけど……プレートメイルより防御力はかなり落ちるわよ?」

 

 金属製の鎧の利点は、何よりも頑丈な事だろう。

 手入れをしっかりすれば動きも滑らかで行動を阻害しないしっかりとした造りの物も多数存在する。

 欠点である鎧の重量は恩恵による身体能力の向上によって気にならない。

 

 革鎧の利点は軽量である事ぐらいだが、逆に欠点は板金鎧に比べて防御性能が劣る事、コストが高くなる事である。

 

 本来、金属鎧よりも革鎧の方が安価であるのだが、ここオラリオではモンスタードロップ品の革等を使った防具を主に作成している。

 

 モンスタードロップ品は、そのモンスターを倒せば確実に手に入る訳ではない上、革ともなると傷つけずに入手する事は非常に難しい。故に上層のモンスタードロップの革鎧であっても、鉄の鎧等に比べて比較的高価になりやすい。

 

 しかし高価ではあっても、防御性能は金属鎧に劣る事もあり、冒険者が革鎧を装備する事はあまりない。

 

 その上、【ヘファイストス・ファミリア】で取り扱う物は基本的に金属製の武具であり、一部革鎧も取り扱ってはいるものの、種類は格段に落ちる。

 

「ごめんなさい」

 

 完全に弱り切った様子のカエデに、ヘファイストスも何も言わない。

 

 ロキは目を細めてから小声でフィンに声をかけた。

 

「なあフィン」

「なんだい?」

「板金鎧を嫌がる理由、わかるか?」

「……重いとか金属の臭いが嫌いとか……じゃ無さそうなんだよね。チェーンメイルは平気そうだし」

 

 フィンはカエデが取り置きしたチェーンメイルを見てから、ラウルと話しているカエデを見る。

 

「鎧が嫌なんスか? 重いのはファルナ貰えば気にならないッスよ?」

「…………ごめんなさい」

「あー……まあ、ほら、ティオナさんとかティオネさんとか、鎧? 何それ食べれるの? って人達も居ますし。アマゾネスっすけど……カエデちゃんがなんか拘りがあるなら別に良いと思うッスよ」

 

 木箱に腰かけたままずっと俯いている。

 

「うぅん……鎧に何かトラウマでもあるのかな」

「んー……フィン、聞きたいんやけど……革鎧でも大丈夫なモンなん?」

 

 ロキの質問に、フィンは片目を瞑り唸る。

 

「カエデはどっちかっていうと回避型だから問題は無さそうなんだけど……」

 

 入団試験時の模擬戦にて、フィンの剣の間合いの内に侵入する際には必ず攻撃の時だけで、隙無く剣をぶつける様な戦術をとり、攻撃を終えたら範囲から離脱する。ヒット&アウェイを意識していた。

 カエデは距離をとる際にフィンの追撃を非常に警戒しながら距離を置く様に動いていた。

 

 カエデの体格からすれば、攻撃を防御すればそのまま体勢を崩されて押し込まれるからか、防御を意識するよりは回避を優先していた。

 

「……うん、問題は無いね」

「ほぉ、ならええんやけど」

 

 体格の関係でカエデは常に不利に立たされるだろうが、フィンも同じ道を通ってきたのだ。

 フィンは軽装であったが、攻撃を防御するよりそもそも当たらない様に立ち回っていた。

 その当時の自分よりもカエデの方が技術的に優れていると言える。

 何も問題は無さそうだ。

 

「これで一式揃ったわね、どうかしら?」

「……はい、ありがとうございます」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】の団員が持ってきたレザーアーマーを見て、ヘファイストスは一つ頷く。

 

「鎧下のインナーも一式用意したから、一度全部装着してみなさい、調整もあるから」

「はい」

 

 ヘファイストスから鎧下を受け取ったカエデが試着室に向かったのを見て、ロキはこっそりとカエデの後を追おうとするがフィンが首根っこを掴みヘファイストスの元へ向かった。

 

「フィン、邪魔すんなや、ウチはこれからカエデたんの柔肌をさわさわしに行くんや」

「ロキ、気になる事があるんだろう?」

「……はぁ、ロキは相変わらずね」

 

 フィンに引きずられてくるロキの様子に呆れたように息を漏らしたヘファイストスは木箱に腰かけて首を傾げる。

 

「それで? 気になる事って何かしら?」

「カエデたんの事なんやけど、もしかしてファイたんの眷属の――「それについては追及しないって約束でしょう?」――でも気になるやん?」

 

 ヘファイストスは半眼でロキを睨んでから、肩を竦める。

 

「ならお金、払うのかしら?」

「んー……払ったら教えてくれるん?」

「えぇ、払ってくれるのなら……ね?」

 

 ヘファイストスは意味深に笑い、ロキは腕を組む。

 

 ファイたんは無料やと言ったが、金額がいくらなのかは口にしていな……いや、待て。無料……無料やて? ちょい待てや、無料っておかしいやろ。ファイたんってたしか――――

 

 そこまできて、ロキは一つ重大な事実に気が付いた。

 

「ひとつ気になったんやけど……ファイたんってたしか眷属(こども)等の作品をタダで渡したりせんやろ?」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストスは、武具の値引き交渉に一切応じない事で有名だ。

 

 当たり前の事だが【ヘファイストス・ファミリア】の取り扱う武具は当然の如く【ヘファイストス・ファミリア】に所属する鍛冶師達の作品である。

 それはヘファイストスの眷属の作品であると言う事でもある。

 

 そして、ヘファイストスは眷属(こども)の事を大事に思っている。

 

 故に眷属(こども)が作り上げた作品を、どれだけ酷い出来であったとしても無料で配ったりはしない。

 どんな作品であっても、眷属が作り上げた血と汗の結晶だと言って大事にする。

 

 だが、今回ヘファイストスは無料で武具を用意すると言っていた。

 

 眷属の作品で無いとすると……

 

「えぇ、当然でしょう? 眷属(こども)の作品を無料で提供なんてしないわ」

「マジか」

 

 にこやかに笑ったヘファイストスに、ロキは思い切り顔を引き攣られた。

 

 眷属の作品でなく、無料で渡しても良いとされる物。

 

 それは他のファミリアから買い取った物か、神ヘファイストス自身が作り出したものだけだろう。

 

 他ファミリアからわざわざ買い取って渡す事は無い筈なので、必然的に神ヘファイストスの作品になるのだが……なぜ、カエデのサイズに合った物が用意されていたのだろう? 若干大きいぐらいだった気はするが……

 

 神ヘファイストスの作り出した作品。

 それだけで数億ヴァリスは出す様な者は、冒険者・好事家問わずに数多存在する。

 それこそ、ヘファイストスが珍しく失敗したと言って歪んだ(二級の鍛冶師でも歪みを発見できなかった)短剣を適当に売りに出した所、一億と八千万ヴァリスで買い取られたと言う話まである。

 

 神様が手ずから作った、それだけの付加価値で数億ヴァリス。

 

「ちなみになんやけど……カエデたんの、防具一式……いくらになるん?」

「あの革鎧よね? ……そうねぇ……十億ヴァリスはくだらないんじゃないかしら?」

「!?」

「あー、やっぱりかぁ」

「フィン気付いとったんか!?」

「いや、だって無料だよ? おかしいと思ったんだ」

 

 フィンは苦笑を浮かべて肩を竦める。

 

「それで、ツツジの作品を無料でカエデに渡したのは――「聞きたければお金、払って頂戴」――…………」

 

 話す気は無い。そんな様子のヘファイストスにロキは肩を竦める。

 

「わかったわ。この件には一切ふれんし、探りもいれんわ。でも、想像はさせてもらうで?」

「ええ、構わないわよ」

 

 ヘファイストスとロキはにこやかに笑い合う。それはもう美しい女神の笑みである。華やかな笑みを交わし合っているのに、雰囲気は何故かピリピリしている。

 

 そんな雰囲気の二人にラウルが声をかけた。

 

「……お二人ともどうしたんスか? カエデちゃん着替え終わったッスけど」

「えっと……着替え、終わりました」

 

 おずおずとやってきたカエデの恰好はキルト地の鎧下の濃い群青色のインナーにスタッド・レザーアーマーを合わせて、腰にポーチ、背中に新しい武器の『ウィンドパイプ』を背負った姿であった。

 それを見てフィンが呟く。

 

「んー……新米冒険者って感じかな」

「せやな、どれもぴっかぴかの新品やしな」

「そうね、着こなしてると言うより着られている感じね」

「そうッスかね? 普通に似合ってると思うッスけど」

 

 四人の反応に首を傾げたカエデにヘファイストスが笑い、口を開いた。

 

「それで、違和感はあるかしら?」

「えっと、この……腕の部分が引っかかる感じがします」

「わかったわ、調整するわね」

 

 カエデが指摘した部分をヘファイストスが手早く調整していく様子を見ながら、ロキは一つ呟く。

 

「そういや、カエデたん、レザーアーマーの着方知ってたんやな」

「……そうなるのかな?」

「いや、知らなかったッスよ」

 

 ラウルの言葉にフィンとロキの視線がラウルに集まる。

 

「じゃあなんで着れとるん?」

「俺が着させたッスよ。試着室から困った様に顔出してたんで」

「……なんやと?」

 

 カエデたんのお着替えを手伝っただと……ロキの驚愕の表情に、ラウルが首を傾げた。

 

「どうしヘブシッ!? 痛いッス!? 何するッスかロキ!!」

 

 首を傾げた瞬間、ロキの拳がラウルの鼻っ面に叩き込まれ、怯みながらもラウルはロキに叫ぶ。

 

「うっさいわッ!! ウチもカエデたんのお着替え手伝いたかったわッ!! 後ついでにさっきラウル殴るって決めとったからついでに殴るわ」

「やめて欲しいっす、と言うか俺悪くないッスよね!?」

「黙れや!! もう許さんッ!! さっきからカエデたんといちゃいちゃしやがって!!」

「してないッス!?」

「ラウル覚悟せぇやああああぁぁぁぁぁあ!!!!」

「なんでッスかああああぁぁぁぁぁあ!!??」

 

 ロキはラウルに殴りかかり、ラウルは何故殴られるのか理解できないままにロキにぽこぽこと殴られている。

 特に抵抗をしないのは、一般人程度の力で殴るロキの攻撃ではレベル3のラウルにダメージが入らない為でもあり、変に抵抗してロキを怪我させるのも良くないと考えて無抵抗に殴られている。

 

 フィンが呆れたように肩を竦めてから、二人を無視してカエデの傍に行った。

 

「どうかしら?」

「はい、違和感なく動けます」

「そう、調整は一応終わったわ。また違和感があったら持ってきなさい。調整するわ」

「ありがとうございます」

 

 礼を言ったカエデの頭を撫でていたヘファイストスは、近づいてくるフィンに気付いて手を止めた。

 

「それで、武具は用意できたけれど……もう帰るのかしら?」

「はい。今回の件、わざわざ対応して貰って感謝しています」

「それについては構わないわ……ただ……あの二人、と言うかロキを止めなくていいのかしら?」

「……ラウルさんとロキたんさまは何をしているのでしょうか?」

「…………ロキ()()さま?」

 

 首を傾げたカエデに、ヘファイストスも同じように首を傾げた。

 

「カエデ、ちょっといいかしら」

「はい、何でしょうヘファイストス様」

「様は無くても良いけど……その、ロキ()()様って呼び方……間違ってるわよ?」

「……え?」

「~たんって言うのは、神々が使う敬称の様なモノで……そうね、~さんとか~くんみたいな意味なのだけれど……」

 

 ヘファイストスの指摘に、カエデは目を見開いて停止した後に、徐々に顔色が青くなっていく。

 

 今までずっと正しいと思っていた呼び方が間違っていたと知り、失礼な事をしていたと思ったのか青い顔のままどうしようと震えているカエデにフィンが笑いかける。

 

「気にしなくても良いよ、ロキも嫌だったら自分の口で言うからね」

「でも……」

「んー……おーいロキ、そろそろラウルで遊ぶのをやめてこっちに来てくれないかい?」

 

 フィンは少し考えてからロキに声をかける。

 

 ロキは、ラウルへの追撃をやめ、フィンの方へ向かうと見せかけてラウルの頬にビンタを一発叩き込む。

 バチンと良い音が鳴り、ラウルの頬に綺麗な手形をつけてから、満足そうにロキは歩いてきた。

 ラウルは張られた頬を摩りながら苦笑いを浮かべている。

 

「ロキさま、今まですいませんでした」

「……? なんでカエデたん謝るん?」

 

 歩いてきたら唐突にカエデに深々と頭を下げられ、ロキが首を傾げる。

 ヘファイストスが呆れたとでも言いたげな表情で額に手を当ててから口を開いた。

 

「ロキ、貴女、カエデが間違った言葉の使い方をしていたのを指摘しなかったでしょう……いや【勇者(ブレイバー)】と【超凡夫(ハイノービス)】、貴方達もだけれど……と言うか【ロキ・ファミリア】全員かしら?」

「なんの話を……」

 

 そこまで言った所でようやく気が付いた。

 

 カエデがロキを呼んだとき、『ロキたんさま』ではなく『ロキさま』と呼んだ事に。

 

「……ファイたん!? なにしてくれとんのや!!」

「貴女がちゃんと教えないのがいけないんでしょう?」

 

 変な呼び方を許容していたのは、むしろそっちの方が可愛かったからである。

 むしろ逆に新鮮な呼び方だったし、真面目なカエデが変な呼び方をしているのを可愛いなぁと愛でていたのに、ヘファイストスが台無しにしてくれた。

 

「ロキさま……」

「……カエデたん、ロキたんさまでえぇんやで?」

「いえ、その呼び方は間違っているそうなので」

「嘘やろ……」

 

 ロキはがっくりと膝をつき、項垂れる。

 フィンが半笑いを浮かべ、ヘファイストスはロキの頭をぽんぽんと叩く。

 

「今度からちゃんと教えてあげなさいよ」

「ファイたんゆるすまじ」

「あら? 支払をしてくれるの? 殊勝な心がけね」

「冗談に決まっとるやん」

 

 一瞬で態度を豹変させてにこやかにヘファイストスに笑いかけるロキ。

 

「あぁ、その呼び方、やっぱ間違ってたんスね」

「なんで教えてくれなかったんですか……」

「いやー、なんかすっごく普通にそう呼んでたんでそれが正しいのかなって」

「うぅ」

 

 ラウルの言葉に俯いて顔を赤くするカエデに、ラウルは朗らかに笑う。

 

「大丈夫ッスよ。誰もロキの呼び方なんて気にしてないッス」

「でも、変な呼び方だったんですよね……」

「気にしなくて大丈夫ッスよ。俺だってリヴェリア様の事を母親(ママ)って呼んだ事あるし」

「まま?」

「母親、お母さんって意味ッスね」

「…………」

「【ロキ・ファミリア】の母親(ママ)って言えばオラリオで通じるッスからねえ」

「そうなんですか……」

 

 お母さんと言う言葉を聞いたカエデの表情に影が差したのに気が付いたラウルはワザとらしくにこやかに笑うロキに声をかけた。

 

「それよりももう用事も終わったし帰るんスかね?」

「おー、せやな。そろそろ帰るわ。ファイたんマジ感謝やで」

「ヘファイストス様、ありがとうございました」

「えぇ、カエデ、貴女の武具の調子が悪くなったら何時でも来なさい」

「ウチは――「来ないで」――そんないけずな事言わんといてな……」

 

 

 

 

 

 【ヘファイストス・ファミリア】を後にして、本拠への途中でラウルは唐突に口を開いた。

 

「ちょっとお腹空いたんで帰りにじゃが丸くん買って帰りたいんスけど」

 

 カエデが新調したレザーアーマー一式の詰まった木箱を背負ったラウルは『じゃが丸くん』とでかでかと書かれたのぼりを指差して示しながらロキとフィンを見た。

 ヘファイストスから受け取った『ウィンドパイプ』と言う剣はカエデの背に背負われている。

 

「おおー、えぇな。久々にじゃが丸くん食べるかー」

「そうだね」

 

 オラリオで有名な食べ物と言えば? と質問すれば8割程度の人が『じゃが丸くん』と答えるだろう。

 簡単に言えばじゃが芋を蒸かして潰し、一口大に丸めた物に衣をつけて揚げた物だが、とある剣姫と言う少女がこよなく愛し、時折じゃが丸くん屋台の付近で他ファミリアの冒険者を叩き潰す等のトラブルまで発生させたりする原因にもなっている食べ物である。

 

「……じゃが丸くん?」

「カエデちゃん知らないんスか? じゃが芋を蒸かして潰して衣つけて揚げたオラリオの有名な食べ物ッスよ。カエデちゃんも食べるッスか? 奢るッスよ」

「良いんですか?」

「良いッスよ」

 

 じゃが丸くんの値段は基本のプレーンが一つ30ヴァリス。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの愛するじゃが丸くん(小豆クリーム味)が一つ40ヴァリス。

 その他、味の種類は様々だが、一番高い味でも50ヴァリス程である。

 じゃが丸くんは子供のお小遣いでも購入可能な食べ物で、何も知らないカエデにラウルが見栄を張るのに最適ともいえる。

 

「マジかー、ラウルのおごりかー……じゃあじゃが丸くんデラックス(600ヴァリス)を頼むしかないわな」

「じゃあ僕はじゃが丸くんビッグ(150ヴァリス)にしようかな」

「ちょっと待つッス」

 

 ラウルの想定ではとりあえずシンプルなプレーン味(30ヴァリス)を全員分で120ヴァリスで済ますはずだった。しかし、デラックス(600ヴァリス)はまずい。

 

 デラックスは十種類のじゃが丸くんの味を一度に楽しめる物で、ビッグは単純にでかいだけ。

 

 いや、ラウルは冒険者、しかも二級(レベル3)なので収入的に600ヴァリスなんて気にもならない値段のはずなのだが、思わず二人を止める。

 

「デラックスはダメッス。欲しかったら自分で買って欲しいッスよ」

「しゃーないなあ……じゃあウチはアイズたんの好きな小豆クリーム味で」

「そうか……じゃあ僕はスペシャルデラックスで」

「団長ッ!?」

 

 じゃが丸くんスペシャルデラックス。お値段驚異の2000ヴァリス。

 何をどうトチ狂ったらそうなるのか、オラリオの食糧事情を一手に抱え持つ【デメテル・ファミリア】産の最高級品のじゃが芋を使い。さらに調味料から揚げる油に至るまで全てを超高級品で揃え、調理器具も全て最高級品と、何がしたいのか途中から分らなくなり、とりあえず全て高級品で固めれば良いだろう(適当)と言った流れで完成した……完成してしまった超高級じゃが丸くんの事だ。

 

 今までの販売数は【剣姫】を除けばわずか20個程度しか売れなかった商品で……【剣姫】を含めると驚く事に300近くは売れたらしい。恐ろしい話である。

 

「あははは、冗談だよ」

「冗談キツイっす……それじゃ買ってきますけど……団長、プレーンで良いっすよね?」

「そうだね」

「んじゃいってくるッス」

 

 ラウルが軽い足取りで買いに行くのを見送っていると、ダンジョン帰りの人混みの方からティオナの声が聞こえた。

 

「あーロキだ、フィンも――「団長ッ!!」――あ、ちょっと待ってよ」

 

 人ごみをかき分けて、ティオネが猛スピードで駆けてきて、その後ろをティオナとアイズが歩いてきた。三人が通る際に人混みがすっと道を空けているのが確認できる。

 

 オラリオのトップクラスのファミリアの準一級冒険者三人が歩いていれば当然の反応だ。

 

「団長! こんな所で会うなんて奇遇ですね! 今からデートとかどうでしょうか?」

「ごめんティオネ、僕は今ロキとカエデをエスコートしていてね、両手が塞がっているんだ」

「そんな……カエデ……は良いとして、ロキ! 私と代わりなさいよ!」

「ティオネ、ウチとフィンどっちが大事――「団長よ」――あぁそうやなティオネはそういう子やって知っとったで」

 

 ロキが少し悲しそうにフィンの横をあける。瞬間、ティオネがフィンの横を確保して腕に抱きつこうとするが、フィンは何気ない動作でスルリとソレをかわした。

 

「団長~」

「あはは」

「いつも通りやなぁ」

 

 ティオネが悲しそうに呟き、フィンが誤魔化す様に笑う。ロキが能天気そうに見守る。よくある光景である。

 

 そんな横で丁重に頭を下げるカエデと、同じ様に頭を下げ返すアイズ、それを見て肩を竦めるティオナの姿があった。

 

「こんにちは」

「カエデじゃん。こんにちは、今日は出かける日だったんだ? 何してたの?」

「こんにちは……武器を買いに行ってたの? その袋……」

 

 アイズの視線の先、カエデが背中に背負った剣を納めておく袋には【ヘファイストス・ファミリア】のエンブレムが刻まれており、アイズは明日に武器を買いに行くと言っていた事から、武器を買ったのだろうと想定した。

 

「おー、新しい武器買ったんだ。どんな武器? 見せてー」

「あ、はい」

 

 ティオナが興味津々と言った様子でカエデから背負っていた袋を受け取り中身を取り出した。

 

「おー、カエデの『大鉈』と似てる剣だね」

 

 出て来たのはカエデの持っていたボロボロの『大鉈』と言う剣と同じ片刃の剣。

 切っ先に行くほどに厚みが増し、剣幅も広くなっている振り回すことで威力を高める形状をしている。

 特に飾りらしい飾りも無い様に見える。美しい模様が刻まれている訳でも無く、只の剣と言った感じだ。今時の武器としては珍しい部類ではないだろうか?

 

 冒険者は派手な恰好を好む。アイズはそうでもなく、自らの防具のデザインはロキが行った物で、自分はとりあえず防具ならなんでも……そもそも攻撃に当たらないし。と言った感じなのだが、他の【ロキ・ファミリア】の団員は武具に装飾を行うのが当たり前と思っている節がある。

 

「でも『大鉈』より大きい?」

「はい、製作者は同じ人の物だそうです」

「へえ、製作者は誰なの?」

「えっと……【疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)】ツツジ・シャクヤクと言う方の作品だそうです」

 

 その言葉を聞いた途端、ティオナはピタリと動きを止めた。 

 カエデが首を傾げる。

 

 ……【疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)】?

 どこかで聞いたような……前にティオナが言っていた壊れない? 壊れにくい剣?

 

「どうしたんですか?」

「…………本当?」

「?」

「これ、ツツジ・シャクヤクの作品?」

「はい、そうらしいです」

「【疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)】の作品?」

「……? そうなりますね……」

 

 剣をじーっと見たまま呟く若干不気味なティオナに思わず後ずさりながらカエデは答える。

 アイズは「あー……」と納得の表情。

 

「うっそぉおおおおおおおおおおお!?」

「!?」

 

 いきなりの大声に驚いて毛を逆立てて飛び退いてアイズの陰に隠れるカエデ。

 アイズは冷めた目でティオナを見ていた。

 

「ちょ、いきなり大声だしてどうしたのよティオナ」

「ちょっとこれ!!!! 聞いてよこれ、この剣!!」

 

 大声に反応して団長にじゃれついて居たティオネが声をかければ、剣をずびしっと指差してティオナは興奮した様に、と言うか興奮しながら叫ぶ。

 

「あの有名な【疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)】ツツジ・シャクヤクの作品だよっ!!!! 十数年前にオラリオから去った今でも【疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)】の作品を愛用してる人がいて、しかも十年以上使い続けても折れない超頑丈な剣なんだよ!! どうしても欲しくて持ってる人に売ってってお願いしたけど、愛用してるからって断られて、【ヘファイストス・ファミリア】の支店含めて全箇所回って、オラリオの武器屋を片っ端から回ったけどもう取り扱ってないって断られて、仕方なく競売所まで出向いたら一本だけ売りにだされてたけど好事家の人が一本八千万ヴァリスで落札しちゃって買えなかったあの【疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)】の作品だよ!! どこで手に入れたの!! と言うかあたしに頂戴!!」

「え、ごめんなさい、それはあげれないです」

 

 ティオナのお願いに思わず即答したカエデ。ティオナはピタリと動きを止めた。

 アイズがティオナの手からそっと『ウィンドパイプ』を受け取ってカエデに手渡すと同時に その場で両手両膝を突いて嘆くティオナ。

 

「欲しかったのにいぃいいいいいいいいいいい」

 

 カエデは困惑しながらもおろおろしており、アイズが呟く。

 

「ティオナ……今日も武器、壊してたからね」

「だって、だってあの武器脆かったんだよ!! ちょっと壁を斬りつけただけでポキンだもん!!」

「壁?」

「そうだよカエデ!! ほんのちょっと壁を斬っただけなんだよ!! そしたらポキンって折れちゃったんだもん!!」

「嘘よ、だってその前に地面にぶっさしたり、モンスターごと壁をぶち抜いたりしてたもの」

「あの程度で壊れちゃうなんて思わないでしょ!!」

「普通に壊れると思うけど……」

「アイズはわかって無い!! あの程度出来ない剣なんて脆すぎ!!」

「普通に不壊属性(デュランダル)買えばええやん」

「ロキ! 一本1億ヴァリスを超えるそんなの買える訳ないじゃん!」

 

 ぎゃーぎゃー喚くティオナに、じゃが丸くんを購入して戻ってきたラウルは困惑した。

 

 じゃが丸くんを買ってくる間に合流したらしいが、何やら両手両膝をついて嘆くティオナさんとそれを呆れ顔で眺めるティオネさんにアイズさんが居て、団長が苦笑を浮かべて、ロキはやれやれと肩を竦めている。カエデちゃんだけが困惑顔で助けを求める様に自分を見ていたので、とりあえずじゃが丸くんを手渡して微笑む。

 

「出来立てッスから火傷しない様にするッスよ。中はほっくほくで熱いッスから」

「あ、ありがとうございます……あの、ティオナさんは良いんですかね……」

「ほっといてもええって別に。何時もの事やし。さんきゅーなラウル」

「ラウル、ありが……あー、ボクの分はアイズにあげて良いよ」

 

 フィンが受け取ろうとしたじゃが丸くんに狙いを定めたアイズに気付き、フィンは苦笑しながらもアイズに渡すようにラウルに言えば、ラウルが手渡すよりも前にラウルの手からじゃが丸くんが消失する。

 

「ありがとう」

 

 お礼を言いながらも既にじゃが丸くんに齧り付いているアイズには思わず脱帽である。

 しいて言うなればアイズの分は二つでは無く一つだ。団長の分だけでなく、ラウル自身が食べようと思っていた分も持っていかれてしまった事には一言物申したい気分ではあるが。

 

「……ラウルさん、半分食べますか?」

「あ、良いッスか? ありがとうッスよカエデちゃんめっちゃ嬉しいッス」

 

 見かねたカエデが半分に割って差し出してきたじゃが丸くんを受け取り、ラウルは嬉し涙を零す。

 

 

 

 四つん這いになって嘆くティオナに、苦笑を浮かべたフィン。

 こっそりアイズのお尻を撫でようとした所為で持っていたじゃが丸くんを略奪された揚句に放り捨てられたロキ。兄妹の様に仲睦まじいラウルとカエデ。

 

「もう一回買って来ればいいじゃない……ちょっとアイズ待ちなさい貴女はもう三つ食べたでしょ「まだ足りない」夕食食べれなくなったらリヴェリアに怒られるでしょ「うー」うーじゃなくて……はぁ」

 

 後ついでにじゃが丸くんをもっと購入しようと屋台へと踏み出そうとするアイズ。

 

 呆れ顔のティオネが肩を竦める。この惨状が【ロキ・ファミリア】の日常とは……とんだカオスである。


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