生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 師に学ぶ事は多かった。

「例え、枯れ枝でも鉄剣を切り捨ててみせよう。ワシが教えるのはそんな剣技じゃ」

 まだ、学びたかった。


『入団試験』《上》

 目の前で繰り広げられている茶番を、表面上は「すごいなー」「やるなー」と感心したように演技しながら、内心は「アホやなー」「何自慢げにしとるんやろなー」とあきれ返りながら、神ロキは入団試験を見ていた。

 

 【ロキ・ファミリア】の主神、神ロキは他の神々同様退屈を嫌い地上に降りてきた。

 天界では暇潰しにと策謀を巡らせ他の神々を殺し合わせてその様子を観戦したり、怒れる神々相手に殺し合いの原因は自分だと明かして自らも殺し合いに参加したりと、やりたい放題をしていた神で、他の神々から恐れられたり疎まれたりしている神である。

 

 地上に降りてきてからはもっぱら子供達に構い倒す事に満足して天界で悪神等と呼ばれていた神とは思えない丸い性格になったと神々から「誰だアイツ」「あんなのロキじゃない! ただの壁だよ!」等と言われたりしていた。最後の一神は天界に強制送還される羽目になった。

 

 そんな神ロキは、自らが立ち上げたファミリアの人員確保の為に入団試験を執り行っている所である。

 

 自他共に認める美少女・美女好きであり、普段団員にセクハラしたり等やりたい放題しているし、美少女・美女であれば自ら勧誘したりもするが、入団試験での選別に関しては真面目に行っている。

 

 ダンジョン攻略を掲げたファミリアとして、深層に挑む団員達には命懸けで冒険をしてもらっているのだ。

 ダンジョンの中でほんの少しでも油断や慢心した行動をとれば相応の危険が伴う。

 無論、命を失う事も珍しくない。

 

 そんなダンジョンに挑む眷属達の為に、神ロキは入団試験については遊びを許さない。

 

 そして、そんな【ロキ・ファミリア】の入団試験の内容は至ってシンプル。

 

 【ロキ・ファミリア】団長【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナとの模擬戦である。

 

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナと言えばオラリオどころか全世界でも名を知らぬ者は居ないと言っても過言ではない人物だ。レベル6の一級冒険者である。

 

 冒険者、神々にファルナを授かった者達の総称でもあり、同時にダンジョンに潜り、富や名声を求める者達の事でもある。

 

 そのファルナを昇格させ、レベルを上げられるのは冒険者の中でも半分にも満たず。殆どの者はレベル1のまま生涯を閉じる事が多く。運の良い者達がレベル2やレベル3に至る。

 レベル6に達している者はオラリオでも数少ない上に、ヒューマンの子供程度の姿をしたパルゥムは、冒険者として他の種族に比べて劣っている部分が多い。

 そんなパルゥムでありながら、唯一のレベル6なのがフィン・ディムナという人物だ。

 

 ファルナを授かった者とそうでない者には埋められない差ができる。

 ただの一般人でもファルナを授かりレベル1となれば、それが駆け出しであったとしても、ファルナを持たぬ軍属の人間であろうが簡単に打ちのめしてしまえるほどの身体能力を得られる。

 

 そして、同じファルナを授かった冒険者同士であったとしても、レベルが一つ違うだけで勝つのは困難、二つ違えば勝つのは絶望的、三つ違うのであれば不可能。それだけの差が生まれる。

 

 現在、【ロキ・ファミリア】の入団試験を受けている者達は無所属の者達であり、ファルナを授かっていない。

 

 そんな無所属の者達が冒険者の中でも数少ない一級冒険者であるフィンに勝つ事等不可能を通り越して神ですら奇跡を起こせぬ状態である。

 

 それでありながら、無所属の者達は次々にフィン・ディムナから勝利をもぎ取っている。

 

 理由はなぜか? 単に手を抜いているからだ。むしろ勝ちを譲っている。

 

 今回の入団試験の内容の中で、フィン・ディムナが試験前に必ず入試者に言う言葉がある。

 

「君達は全力で、ボクを殺すぐらいの気持ちでかかってきて欲しい」

 

 「全力で」「殺すぐらいの気持ちで」と軽く言っているが、レベル6を相手に無所属がどれだけ全力を出したところで、傷一つつける事は不可能。

 ならばなぜそんな事をしているのかと言えば、本気と言うものを見てみたい。それだけだ。

 

 切迫した状況でないにしろ、最初から勝てないと諦める者達は、大抵が諦め癖の様なモノがついている。

 ダンジョンで諦めると言う事はつまり死ぬと言う事だ。仲間が死ねば士気が下がる。士気が下がれば他の者からも死者が出る。死者が出ればより士気が下がりと悪循環に陥る可能性が高い。

 

 ならば最初から諦めてしまう様な人物は入団させなければいい。それだけなのだが……

 

 今回の入団試験は本当にひどい。

 

 諦める、諦めない以前の問題としてフィン・ディムナを舐めている者達が多すぎた。

 

 「全力で」「殺すぐらいの気持ちで」とフィンは口にしているのに、寸止めしたり、武器を突き付けて「オレの勝ちだな(ドヤァ」みたいな事をする者が多かった。と言うか半数以上がそれだった。

 

 模擬戦用に【ロキ・ファミリア】が用意した刃の無い鉄製の剣を使った試験だが、無所属の者がレベル6に全力で打ち込んだとしても、怪我等しないどころか大した痛みにもならないだろう。

 だからこそ「全力で」「殺すぐらいの気持ちで」とフィンに言わせたのだ。

 

 本来であればレベル6相手に攻撃を当てること自体不可能なのに、フィンは始まった当初から負け越していると言っていい。

 

 今の男もそうだ、フィンの持つ剣をはじき飛ばし、フィンに剣を向け「どうだ?」と口にしている。

 

 再度思う「アホやなぁ」と。

 

 たとえ無手でもレベル6に勝ったと宣言できる辺り、舐めているにも程がある。

 

 まぁ、フィンは手加減に手加減を重ねて戦ってもらっているので勝とうと思えば普通に勝てるのだが、手加減して貰っているのに気付いているのだろうか?

 

 と言うか、模擬選終了後の待機列からは「レベル6ってこんなもんなのか、余裕だったな」等とふざけた台詞すらも聞こえる。入試者の質が落ち過ぎである。

 

 まぁ、オラリオの外から人が集まってくるのでこういった無知な者達が来るのも仕方ないだろうが、それでも酷い。

 

 入試者がフィンに勝利を宣言する度に、ロキに視線を送る。

 その視線に苛立ちを感じるが顔に出さずに「すごいなー」「やるなー」と感心した様な演技を繰り返す。

 

 今回の入団試験、参加人数が83人だっただろうか?

 

 これで81人目。入団させても良いなと思えたのは一人も居ない。

 

「期待できひんなぁ」

 

 82人目が前に出てきた。綺麗な身形をした男だ。

 顔立ちは悪くないのだが、服装がまずダメだ。

 「入団試験はフィン・ディムナとの模擬戦だ」とあらかじめ宣言しておいたのに、模擬戦に相応しくない礼服や私服、鎧すら身に纏わない者が多かった。

 

 まぁ、鎧を身に纏っても無駄だと判断して纏わなかった者も居なくはなかったが、普通にアウトである。

 

 鎧も纏わずにダンジョンに潜る気かと正気を疑う。

 ソレが許されるのは一級冒険者が上層・中層に挑むときぐらいである。

 

 ロキが行っているのは試験でありダメだしではないので何も言わないが……

 

 そして、82人目がフィンの剣をはじき飛ばし、首に武器を突き付けてロキをドヤ顔で見てきた。

 

 「すごいなー」と今まで以上の棒読みで笑顔を向けると、そのままフィンを見下したまま待機列に進む。

 横に座っていたリヴァリアが足を軽く抓ってくるがロキはリヴェリアの肩に手をぽんと置いて耳打ちをする。

 

「いや、こりゃ無理やて」「我慢しろ」「なぁリヴェリア」「我慢しろ」「はぁい、母さん」「誰が母だ」

 

 残り一人。

 

 前回の入団者はゼロだった、その前は一人は見どころのある者が居た。

 その前は三人は居たし、その前の前なんぞ八人ぐらい一気に入団させた。

 最近は質が落ち過ぎている。

 

 そんな風にやる気なさげにしながらも、渡された入試者の名前のかかれた一覧を目にして次の名前を呼ぶ。

 

「えー、次カエデ・ハバリ」

 

 もうどうでも良いかと用意されていた机に肘をつくと、リヴェリアが咎めるように睨んでくるがロキはへらへら笑う。

 

「もうええやん、演技なんぞせんでも、どうせおんなじ様なんがくるんやろ」

 

 神は退屈が嫌いだ。ロキも退屈が大嫌いだ。

 今まで試験を受けに来ていた82人は退屈過ぎた。

 我慢の限界である。

 

 最後の人物が目線をリヴェリアの方に向けている間に、最後の入試者がフィンの前に立ったらしい。

 フィンの息を呑む音が聞こえ、ロキはようやくそちらへ視線を向けた。

 

 立っていたのは幼いウェアウルフの少女。

 

 髪は伸び放題、手入れも碌にしていないどころか、元の色が解らない程に髪が汚れている。

 服装は山伏の様な格好。泥汚れに真新しい血の汚れもついている。

 血色の悪い肌に痩せこけた姿。

 手には古びた模擬戦用の剣。

 

 パッと見は裏路地の浮浪者そのものである。

 

「……はぁ」

 

 俯いたその姿にロキは軽い溜息が零れた。

 

 浮浪者だからと問答無用で締め出すなんて事はしないが、あまりにもひどい。

 まぁ、泥の中に宝石が沈んで居る事があるのが人間だ、試験を受ける事自体に可否は無い。

 

「カエデ・ハバリくんだね?」

 

「はい」

 

 見た目は酷いが、カエデの声を聞いてロキの神としての勘に引っかかるモノがあった。

 

「では、まずはボクと模擬戦をしてもらうけど、大丈夫かい?」

 

「……貴方を倒せば良いんですか?」

 

「そうだよ。全力で、殺す気ぐらいの気持ちでかかってきてほしい」

 

 今までの入試者と何かが違う。

 カエデは顔を上げてフィンを見据えた。

 伸び放題の髪の隙間から覗いたその目を見てロキは確信した。

 

「……なぁ、リヴェリア。あの子の入団試験許可したんリヴェリアやろ?」

 

「そうだが?」

 

「アレはアカンよ。あんな目ぇした人間はアカンて」

 

「はっきりしろ」

 

「初めから慈悲の神のとこ連れてけって話やん?」

 

 ロキは初めて神としての視点を持ってその子、カエデを見据えて息を飲んだ。

 

 見た目通りと言えばそうだろう。

 その子は死の淵にあると言っていい。

 

 元々、そう長くはもたない体だったのだろう。

 

 それをさらに酷使して寿命を削ってでも何かを成そうとしている。

 

 ソレが何なのかは言われずとも解った。

 

 目的は寿命を延ばす為のファルナ。

 

 ファルナを授かった人間は、普通の人間に比べて寿命が延びる。

 それはレベルが上がった人間ほど顕著であり、レベル5、一級冒険者まで至れば普通の人間の倍は生きられる。

 大体の冒険者は伸びた寿命を意識するより前にダンジョンで命を落とすので冒険者はあまり頓着しないが、時折、オラリオには寿命を延ばす事ができるファルナを寿命目的で授かりに来る者が居る。

 

 「死にたくない」そういった者達が必ず口にする言葉。

 死が存在しない神として、その言葉を否定はしない。理解できないから。

 

 慈悲の神などが病気や体質で寿命が短い者達にファルナを授けて余生を送らせるファミリアもいくつか存在する。

 

 【ロキ・ファミリア】を訪ねてきた寿命目的の者達にはそういったファミリアを紹介する。

 だからこそ、入団試験を受けさせる事は少ないのだが。

 

「では、貴方を倒します」

 

 カエデが正眼の構えをとる。瞬間、カエデの体から溢れ出るような殺気が場を包み込む。

 フィンが剣を片手で構える。

 

「……うそやん?」

 

 ロキはその様子を見て思わず言葉を零した。

 

 間違いなく、カエデと言う少女は武術に通じている。

 

 【ロキ・ファミリア】の主神として冒険者を数多く見てきた。

 そんな中に相手を圧倒するような剣気を放つ冒険者も数多く居る。

 カエデの放つそれはいまだ稚拙であるにしろ、幼い少女、幼女とも言うべき幼子が出していい剣気ではない。

 

「ロキ、合図を」

 

「あ……あぁ、すまん、ちょいとボーッとしとったわ、始めてええで」

 

 ロキが軽く手を振り下して合図をすると、少女は摺り足でフィンを見据えたままじりじりと距離を詰め始める。

 見た目は浮浪者の様だが、その様は相当に熟練の剣士である。

 

 フィンは自ら動く事なくカエデを観察しながら、その動きに関心を抱いた。

 

 カエデはフィンの間合いぎりぎりまで接近すると、そこでぴたりと静止した。

 

 剣の切っ先は振れる事無く、フィンに向けられたままであり、隙無くフィンを睨む様に見据える。

 

 カエデは大きく息を吸うと、そのまま一足飛びにフィンへと切りかかる。

 フィンは剣を受け止めようとするも、剣が触れ合った瞬間にカエデはフィンの剣の上を滑らせるような形で自ら逸らさせ、横なぎから上へと跳ね上がった剣は鋭い斬り返しを見せ、勢いを殺さずに脳天をかち割ろうと切りかかる。

 一撃目は首を狙い、二撃目は頭を狙った鋭い剣閃を見たフィンは確信しながらも二撃目の剣閃を受け流す。

 二撃目を受け流されながら、直ぐに後ろに飛びのき、カエデはフィンから距離をとって構えなおした。

 

「ほぅ……えぇやん、えぇ剣筋しとるやん……」

 

 ロキは瞬く間に行われた攻防を見て悲しげに呟く。

 

「あぁ、なんやろな。天は二物を与えずやったか……あんだけ才があるんやったら剣を極めたらアイズたん超えるかもしらんのになぁ……」

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン、現オラリオにて『レベル4』となり、いまだなお成長を止めぬ少女がカエデと同じ年の頃に放った剣閃よりなお優れた剣閃を放つカエデを見て、ロキはカエデの残りの人生の少なさに憐れみを覚えた。

 

 フィンはカエデとの攻防ののち、距離をとろうとしたカエデを追う事はせずに、剣を構える。

 カエデはフィンを見据えると、口を開いた。

 

「強い」

「キミも、なかなかやるようだね」

「師匠のおかげ」

 

 それだけ喋ると、カエデは構えを変えた。

 

 正眼の構えから上段の構えへ。

 

 攻撃を重視した構えに変わり、様子見の攻撃から攻めに転じたのを察したフィンは先程よりもなお警戒心を高め、剣を両手で握りなおす。

 

 フィンが剣を両手で握りなおした事に一部の入団志望者から驚きの声が上がる。

 

「いく」

 

 カエデは気にすることなく宣言すると同時に地を滑る様に、一気にフィンに走り寄る。

 

 迷う事無く上段からの一切手加減の無い唐竹割りを繰り出すカエデに対し、フィンは剣を受け止める様に剣閃上に剣を割り込ませて受け止める。

 

 カエデの剣が振り抜かれ、フィンは思わずため息を吐いた。

 

 剣が折れた。根本からぽっきり折れてしまった剣の刃の部分はフィンの真後ろの地面に音を立てて突き刺さった。

 

 カエデに渡されていた模擬剣は使い古された破棄品だったのだろう。団員には貴賤問わずに同じ対応をする様に言い含めたはずなのだが、浮浪者に見えるカエデに対して新品の模擬剣を渡す事を躊躇った団員が勝手に使い古した破棄品の模擬剣を渡した所為だろう。

 耐久度の落ちた模擬剣ではカエデの振るった剣撃に、フィンが受け止めたソレに耐えきれなかったのだろう。

 

「うん、今のはとても良かったよ」

 

 腕に感じた確かな一撃の重さにフィンは感嘆の声を上げた後、今回の入団試験で初めて試験者を褒める言葉を漏らした。

 

 フィン個人としてはこの子の目を見て感じた事を除けば合格と太鼓判を押しても良いのだが、ロキが何か悩んでいる様子であるし、この子から感じるこびり付く様な死の気配が合格と言うのを躊躇わせる。

 

「……ありがとうございました」

 

 カエデは距離をとり、姿勢を正すと礼儀正しく深々と一礼すると、剣を見て困ったような表情を浮かべた。

 

「剣……折ってしまってごめんなさい」

 

 もう一度頭をさげる。

 

「いや、気にしなくて良いよ、むしろそんな折れかけの剣を渡してしまってこちらこそ申し訳ない思いだよ」

 

 優しく微笑みかけてから折れた剣を受け取る。

 

「それじゃ待機列に戻っていてくれ、合格者の選定を行う為にロキと話し合いをしてくるから」

 

 フィンがそう言うと、カエデは軽く一礼してから列に戻る。

 

 礼儀作法も完璧、性格も剣を折った事を負い目に感じた事から問題無し、剣技は言う事なしの満点。

 

 ただし、目を見た時に感じたカエデ自身にこびり付く濃密な死の気配からやはり難しくはある。

 

 ロキとの話し合いの結果次第だが、もし仲間として迎え入れるのであれば……


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