生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 帰る場所が無くなってしまった

 唯一心を開ける場所だった

 口煩いヒヅチが居て

 騙され易いカエデが居て

 ヘラヘラ笑う自分が時々訪ねて行く

 そんな楽しい場所

 もう誰も居なくなってしまった


『初迷宮』《下》

 キラーアントの首の部分にウィンドパイプを捻じ込んで一気に首をもぎ取る。

 

 カエデはゴロンと頭が転がったのを確認してから、臭いを嗅いでフェロモンを出されていないか確認して一息ついた。

 

「何とか、仲間を呼ばれずに済みました」

「そうみたいだね」

 

 フィンが仕留められたキラーアントを見ながら眉を顰め、ジョゼットがキラーアントの魔石を剥ぎ取りながら口を開いた。

 

「二階層移動してきたのでしょうか、珍しいですね」

 

 モンスターは基本的に出現階層外においても上下二階層まで階段を使って移動する事がある為、出現階層外にも出現する事がある。

 とはいえ、一階層の移動も頻繁にある訳ではなく珍しい。二階層の移動は滅多に見られないと言える。

 ただし、中層のモンスターが上層に上がってくる事や、上層のモンスターが中層に下りる事はまずない。

 

 キラーアントの出現階層は七階層からであり、五階層で出ている事は非常に珍しい。

 

「でも、良い経験だよ」

「はい、この階層なら仲間を呼ばれても反応する個体が居ないので殆ど問題はありませんから」

 

 この階層において仲間を呼ばれるフェロモンを出されても、被害は非常に少ないだろう。下の階層からも上がってくる可能性はゼロではないが、七階層でやらかすよりは数が少ないのは確定だ。

 

 初めての迷宮探索と言うには、かなり順調と言えるだろう。

 

 初戦闘からここまで、カエデは相手に対してまともに攻撃行動をとらせてはいない。その獣人特有の五感の高さを生かして先んじてモンスターを発見し、奇襲攻撃を行って相手が気付く前に仕留める。もしくは気付いた時には混乱に陥れて相手の判断能力を奪い去って優位な状況を作り出しつつ戦闘を開始する。

 その手際はかなり手馴れた様子で、危なげなくモンスターを屠る姿は力任せに武器を振り回して敵を仕留めようとする新米にありがちな事も行わず、自分のスタミナに応じた戦闘方法を確立している。

 

 息切れの心配もしていたが、カエデは結局休み無く戦い続けている。

 

 そこにフィンは違和感を感じていた。

 

 五階層に入ってしばらくしてから、カエデは単独で十匹以上のモンスターを相手にしていた事もある。

 その際、カエデは若干息切れの様子も見せていた。

 

 その次に息を整える間も無く五匹のモンスターが現れた事があった。

 

 流石に息切れしていては辛いだろうとフィンが前に出ようとしたが、カエデはそのままそのモンスターに駆け出していき、全てを軽く仕留めた。

 

 その戦闘の時、カエデは一切息切れをしていなかった。

 

 ファルナを授かった冒険者の治癒能力は無所属に比べて非常に高くなっている。

 

 だが、それでも復帰が早すぎる。レベル1ならばもう少しかかりそうなモノだと思っていた。

 

 そして、それ以降注意して見ていて気が付いた事がある。正確には予測した事、だが。

 

 カエデは【孤高奏響(ディスコード)】のスキルを使っている。

 

 独自の旋律を刻む事で、自らに対してスタミナ回復速度向上の増幅(ブースト)効果を発動させている。

 

 本人は一切自覚無しに発動させているらしく、フィンに指摘された際に首を傾げてどういう事かと聞かれた。

 

 自覚なしに【孤高奏響(ディスコード)】の効果を発動させているのは若干危険ではある。

 唐突に効果が切れて感覚のズレから攻撃を食らう等の可能性があるから……

 

 ただ、カエデ自身がどうして効果が発動しているのかさっぱり分かって居ない。詰る所、解除方法も再度かけ直す方法も分かって居ない。一応、フィンもジョゼットもカエデの様子を注意深く見ているが、変わった所は特に無い。

 

「魔石の回収、終わりました」

「じゃあ次に行こうか」

「はい」

 

 頷いたカエデは、小部屋から通路へと足を運び、フィンとジョゼットがそれに続く。

 

 疑問は残るが、今この場に於いて追及すべきではない。少なくともカエデは無意識に尻尾で不快感を示していた。フィンはカエデの増強効果の途切れに注意しつつも、後を付けてきている数人の冒険者に注意を払った。

 

 

 

 

 

 冒険者は試練を望む

 

 試練を乗り越え『偉業の証』を手にする事を望む

 

 偉業を成して『偉業の証』を手にしたい

 

 其の為に、『偉業の証』を手にする事が出来る試練を望む

 

 しかし、試練は望んだ所で現れはしない。

 

 試練とは『望む』『望まぬ』に関わらず

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 通路を移動していると、敵を見つけた。正確には足音が聞こえ、気配を感じた。

 

 十字路の左側の奥、複数の足音が聞こえ、カエデはウィンドパイプに手をかけた。

 

「行きます」

 

 後ろの二人に宣言してから、カエデは軽い足音を立てつつ一気に通路の角へと張り付く形で近付いた。

 

 左通路にモンスター確認。ゴブリン三匹、走ってきている。

 

 違和感を感じた。

 

 基本的にモンスターは冒険者を認めない限り走ったりと言った体力を消耗する動きを避ける傾向にある。

 

 逆に冒険者を見つけると体力の有無にかかわらず襲いかかってこようとする事があるが、モンスターに気付かれるような事はしていないはずだ。

 

 少なくとも、ゴブリンに気付かれない程度に足音を抑えたはずだが……加減を誤ったか?

 

 通路から確認、ゴブリンは特に武装は無い。余裕である。

 

 此方に気付いているなら気を逸らす必要は無いだろう。

 

 一気に通路から飛び出して駆けだす。

 

 先頭を走っていたゴブリンの首を刎ね、二匹目を軽く斬り付けてから三匹目のゴブリンを仕留めようとして、背筋が粟立つような感覚を覚えた。

 

 視線を動かして確認したゴブリンの表情、一匹目のゴブリンの表情は恐怖に彩られていた。

 

 二匹目のゴブリンは惚けた様な表情をしていて、三匹目のゴブリンは目を見開いていた。

 

 おかしい、此方に気付いていたから走っていたのではないのだろうか?

 

 そう思い、目を細めると、ゴブリンの後ろに四足歩行の獣が居た。

 

 黒い犬の様な四足歩行の獣。口の端からチロチロと舌にも見える炎が見え隠れするその獣は、カエデの記憶の中のとあるモンスターの特徴と類似していた。

 

 だが、そのモンスターだとするとおかしい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 そして、そのモンスターはカエデの学んだダンジョンのモンスターの攻撃法の中で、最も危険な攻撃を行う予備挙動と全く同じ動作をしながら、大きく上に上がった口を振り下ろしざまに開こうとしている。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()を感じた――

 

 慌てて腰の水袋を強引に掴んでベルトから引き剥がしてゴブリンに向かって投げつけた。

 

 ベルトから引き剥がした際に金具が壊れたのか、中身が少し零れていたが、足りない。

 

 腕の部分に固定されていたポーションも引き抜いて投げる。

 

 空中で水袋とポーションが当たるが、ポーションの入った試験管の様な細長い瓶は割れていない。

 

 ウィンドパイプで投げた水袋とポーション瓶、後ついでにゴブリンの体を引き裂いて飛び散った水とポーション、モンスターの血を浴びながら前に飛び出る。

 

 瞬く間に身に纏っていた外套が水とポーションと血を弾いているのを感じながら、一歩でも前に進む。

 

 ウィンドパイプの平の部分に左腕を押し当てて右手はしっかりと柄を握る。その平の部分でゴブリンの体を引っ掛けて盾にする。

 

 水とポーションとモンスターの血の混じり合った雨に打たれて目を閉じて息を止める。

 

 そのまま、その四足歩行の犬型のモンスターの()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 背後を付いてくる冒険者の気配が消えた。お粗末な尾行だったので軽く殺気を出してみれば一目散に逃げて行ったのだ。どうやら【フレイヤ・ファミリア】の差金ではなく、只の嫉妬した冒険者だった様子で、フィンが軽く吐息を吐いた直後、カエデがモンスターに気付いて、十字路の左通路に突撃して行った。

 

 止める間も無かったその行動を見送って直ぐにフィンの親指の疼きが危険を知らせてきた。

 

「……ッ!?」

 

 その瞬間、フィンは一気に剣を引き抜きながらカエデが曲がった先に飛び出そうとして、目の前に迫ってきた炎を見て慌てて身を引いた。

 

「ッ!!」「団長ッ!?」

 

 元の通路に飛び退けば、カエデが突撃していった通路から一気に炎が広がり、十字路を焦がしていく。

 

 炎を扱うモンスターは上層において一匹しか存在しない。『迷宮の孤王(モンスターレックス)』とも称される希少種(レアモンスター)インファントドラゴンのみである。

 だがインファントドラゴンの出現階層は十一・十二階層であり、移動したとしても九階層が限度だろう。

 他の冒険者がインファントドラゴンから逃走しようとしてそのまま上の階層に連れてきた可能性はありえない。

 そもそも、インファントドラゴンは図体がでかい。どれだけ追われたとしても八階層までである。七階層以上の階層の通路ではインファントドラゴンが移動可能な通路はかなり限定され、六階層に至っては殆ど不可能である。

 

「これはッ!?」

 

 目の前の現象に目を見開いたジョゼットは青褪める。

 フィンは舌打ちと共に剣を振るって炎を斬り、そのまま突っ切って急ぐ。

 

 唐突だが、ダンジョン第十三階層。中層の入口は冒険者の間では『最初の死線(ファーストライン)』と呼ばれる。

 第十二階層まで余裕で探索してきたパーティも第十三階層で全滅してしまったと言う報告は決して珍しい事ではない。

 冒険者の中には『最初の死線(ファーストライン)』を越えられない奴は冒険者じゃねえ等と言う者も居るが、実際上層でどれだけ粋がろうが中層に挑めないモノは駆け出し(レベル1)のまま過ごす事は珍しくない。

 それは誇張でもなんでもないのだ。

 

 実際、『最初の死線(ファーストライン)』以降のモンスターはそれ以前のモンスターと比べて数段飛ばして強くなる。

 

 だが、それはメインの理由ではない。

 

 正しい対策を施さずに『最初の死線(ファーストライン)』を越えたらまず、帰って来れない。

 

 『最初の死線(ファーストライン)』を越えるにあたって絶対に守らなくてはならないルールが存在する。

 『火精霊の護布(サラマンダーウール)』を装備していく事。

 

 第十三階層から出現する、四足歩行の犬型のモンスター『ヘルハウンド』

 

 強さ自体はそうでもない。と言うより身体能力自体は上層のトロールやシルバーバック所か、バトルボアにすら劣る程度でしかなく、はっきり言えば中層の雑魚とも言えるモンスターでしかない。

 

 だが、それは身体能力だけの話で、ヘルハウンドには別名が存在する。

 

 それは『放火魔(パスカヴィル)』と言う名前だ。

 

 ヘルハウンドは火を吐く。それだけ聞けば上層の希少種(レアモンスター)の『インファントドラゴン』と同じかと思うかもしれない。

 

 しかし、違う点が一つ。 火力が段違いである。

 

 上層の『インファントドラゴン』の使用する『火球』は文字通り『火球』だ、着弾すると小爆発を引き起こして、爆風に当たれば若干の火傷を負う程度の威力。

 

 だが『放火魔(パスカヴィル)』の名は伊達では無い。

 その火力は駆け出し(レベル1)では骨すら残さず焼き尽くされる。()()()()()()()()

 対策をしなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()()火力を有している。

 それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の火力。

 

 よく、第十三階層で『()()()()()()()()()()()()()』と言う報告が上がる。

 

 ソレは、識別不可能なまでに焼き尽くされ、肉体所か、身に着けていた剣、鎧、そしてギルドの支給品の『識別票』すらもドロドロに溶かされて溶けた鉄の一部が通路にこびり付いているだけになってしまう事もある。

 

 とはいえ、『火精霊の護布(サラマンダーウール)』と言う精霊が自らの魔力を編み込んで作り上げた護符を装備していればその炎はほぼ無力化できる。ちょっと熱めの空気程度で済むのだ。

 無論、連続して食らい続ければ危険だが、そうなる前に仕留める事は難しくないので、中層において『ヘルハウンド』は数が揃わなければ危険は少ない。

 そもそも火を吐かせる前に仕留めれば危険も糞も無いと、大体の冒険者に最優先で狩られる事もある。

 

 その『ヘルハウンド』ならこの五階層でも普通に行動できるだろう。

 

 フィンの予測が間違っていなければ、今の攻撃を放ったのはヘルハウンドで間違いない。

 

 身体能力的にはカエデの剣技があれば十二分に対処可能だ。

 

 だが、今回、最悪な点が一つ。

 

 カエデ・ハバリは上層用の装備で身を固めていた。

 

 何より『火精霊の護布(サラマンダーウール)()()()()()()()()

 

 炎が止んだ其処にこびり付いているのは、カエデの唯一の持ち物の『ウィンドパイプ』が溶けてドロドロになったモノだけ。そんな光景が脳裏を過った。

 

 

 

 

 

 熱い、あつい、熱い、熱い、熱い、熱い痛い痛い熱い痛い。

 

 肌を焼く熱に、意識がもぎ取られそうになる。

 

 一瞬感じた灼熱は、次の瞬間には激痛へと変化した。

 

 外套を炎が舐めた。水とポーションと血で濡れた表面は一瞬で蒸発し、外套を火達磨に変えた。

 

 目を瞑り、只足を動かす。

 

 一歩前に

 

 ぐちゃりと、金属靴(アイアンブーツ)。の底につけられていたはずの鋲は全て溶けて地面にへばりつく。

 

 熱せられたアイアンブーツによって脚が音を立てて焼けていく。

 

 剣の柄を握った右手は一瞬で黒焦げになり、炎に晒された右腕もアームガードが燃え上がる。

 

 剣の側面に押し付けていた左手も、身に着けていたレザーアームガードを一瞬で焼き尽くし、肌が焼けついていく。

 

 ジュージューと、音を立てて全身が焼き尽くされる感覚を味わいながら、一歩でも前へ

 

 腰の辺りからパリンと言う音。ジュッと言う音と共に左耳の感覚が無くなり、音が聞こえなくなった。

 

 一歩を踏み出した。まだ、終わらないのか

 

 盾にしていたゴブリンの体が完全に焼け尽きた、

 

 一歩を踏み出した。

 

 次の瞬間、ひんやりとした空気に包まれた

 

 

 

 ――即死の火炎放射を抜けた――

 

 

 

 目を見開いて、一気に踏み込む。

 

 溶けたアイアンブーツの滴を散らしながら、一気に踏み込んで真っ赤に焼けて音を立てているウィンドパイプを振るった。

 

 真っ赤に焼けたウィンドパイプを()()()()()()に叩き付けた。

 

 特に斬った感覚も、叩き付けた感覚も無く、ただ振り抜かれた。

 

 

 

 

 

 ベート・ローガは苛立ち交じりにゴブリンを蹴っ飛ばした。

 

 軽く吹き飛び、壁に叩き付けられたゴブリンは叩き付けられた拍子に魔石が砕けたのかそのまま灰になってしまう。ドロップアイテムらしい爪が転がったが、ベートはソレを金属靴(アイアンブーツ)で踏み潰した。

 

「クソが」

「まあまあ、そうピリピリしないでよ」

 

 ベートは背負っていた魔石やドロップアイテムの詰まったバックパックを睨み、一緒に歩いていたティオナを睨みつけた。

 

「剣をぽんぽん折りやがって、テメェは脳味噌まで全部筋肉でできてんのか? アァ?」

「うっ……」

「あーあ、今回は擁護できないわね」

「うんうん」

 

 今日、ベートはアイズ、ティオネ、ティオナの三人と共にダンジョンに潜っていた。

 ダンジョン下層に挑む際には、流石に一人では手におえない為、同レベル帯の者達とダンジョンに潜るのが通常だ。

 今回、ティオナが新しい剣を作って直ぐにへし折ってしまったため、借金が出来てしまい、それの返済の為に資金集めをしようと言う話になり、同レベルのベートも誘われた。

 ベート自身も新武装開発の為に資金をコツコツ集めていた事もあり、今回のプチ遠征とも言えるそれに参加していた。

 

「なんでリヴィラで換金しねえんだよ」

 

 ダンジョン十八階層はモンスターが発生しない『安全階層(セーフティーポイント)』であり、冒険者達が自分たちで作り上げた冒険者の街が存在する。

 

 そこには多数の冒険者が集い、様々な商売を行っている。

 

 本来なら地上まで魔石やドロップアイテムを持っていかなければ換金できないが、多数の魔石やドロップアイテムを持ちながら移動するのは非常に大変な事もあり、その街で魔石やドロップアイテムを換金してくれるサービスをしている店もある。

 

「何を言ってるのよ、()()()()で換金したら利益が半分以下になるでしょ」

 

 地下、それも危険なモンスターのはびこるダンジョンの中で行われている商売である。

 基本的に『リヴィラの街』で行われる換金はかなり足元を見られる。

 具体的に言えば地上のギルドが換金してくれる金額の三分の一から五分の一程度。

 余裕があるなら自分で地上のギルドまで持って行った方が利益を見込める。

 

「チッ」

 

 今回、ベートとティオナは荷物持ちをしていた。

 

 公平なる(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())じゃんけんで決められた荷物持ちに、ベートは顔を顰めたが、負けは負けである。例え風の魔法を至近距離で突き付けられながらじゃんけんをして負けたとしてもである。

 

 そんなベートは苛立ちを五階層をふらふらと呑気に歩いているゴブリンやコボルトを蹴り飛ばして壁に叩き付けると言う方法で発散していた。

 

 魔石を砕けば当然ながら収入はゼロになる。

 

 ドロップアイテムも砕けば収入はゼロだ

 

 だが、上層のドロップアイテムを山ほど集めても今ベートやティオナが背負う収集品の価値の百分の一にもならないだろう。

 

「そういえばさっき七階層にヘルハウンド居たけど、もうこの階層まで上がってきてないよね」

 

 先程、他の冒険者が連れ込んだらしいヘルハウンドがダンジョン十階層と七階層をうろついていた。

 どうにも阿呆な冒険者達(パーティ)が『火精霊の護布(サラマンダーウール)』の偽装品を売りつけられたのに気付かずに中層に挑んで返り討ちに合い、慌てて地上に戻ろうとして上の階層にヘルハウンドを連れ込んでしまったらしい。

 そんな話を笑いながらしていた冒険者とすれ違った。

 

 不愉快な気分にさせられ、ベートの怒りは頂天である。

 

 上層に中層のモンスターを連れ込めばどうなるか誰だってわかる。そんな事を笑いながら話していたその冒険者達を叩きのめしたくなったが、ティオネが止めた。流石に他のファミリアの冒険者に()()()()()()()()等と言う理由でダンジョン内で襲い掛かれば不味い。

 しかもその冒険者はどうにも阿呆な冒険者達と敵対しているファミリアの者達だったらしい、詰まる所ファミリア同士の抗争の様なモノだ。

 オラリオ最強を誇る【ロキ・ファミリア】が変に手出しをすればそのままオラリオの全てのファミリアを巻き込んだ抗争に発展しかねない。其の為ベート達からファミリア同士の抗争が関わる出来事に手出しする事は厳禁だ。

 

「クソがッ!!」

 

 ついに十匹目の犠牲が出てしまった。蹴られたのはダンジョンリザード。

 壁にべしゃりと張り付き、そのまま皮を飾った飾り物風にダンジョンの壁に押し付けられていたダンジョンリザードは、皮をドロップして灰になった。

 

「あ、皮だ、結構レアじゃない?」

「ア? んな塵持って行ってどうすんだよ」

「一応、持っていく」

「好きにしろ」

 

 アイズがドロップしたダンジョンリザードの皮を手早く丸めて紐で縛っているのを見ながら、ベートは鼻を鳴らした。

 

「クソッ」

 

 瞬間、焦げ臭い臭いを感じ取った。ベートは黙ってドロップアイテムの詰まったバッグをティオネに投げつけて一気に駆けだした。

 

「不機嫌そうねぇ……ん? ベート? ちょっとッ!?」

「え? ちょッ!? ベートッ!!」

「あ、ベートさん……?」

 

 

 

 

 

 ベートが駆け付けた時、丁度ダンジョン五階層に迷い込んだ『ヘルハウンド』が火炎放射によって何かを焼いている所だった。

 

 直ぐにそのヘルハウンドを仕留めようと脚を踏み出すより早く、その炎を何かが突き破って出て来た。

 

 片耳だけ残ったその姿に目を見開き、ベートは息を飲んだ。

 

 

 

 全身を焼き焦がす様な()()()()()を負った小柄な人物が炎を突き破って出てきて、なおかつそのまま真っ赤に焼けた武器でヘルハウンドを仕留めてしまった。

 

 

 

 その人物が肉の焼ける音を立てながら立っていた。

 

 見る影も無い。

 

 身に着けていた装備品の殆どが焼け落ち、唯一解るのは群青色のインナー服を着ているぐらいか。それも大分焼けて肌が晒されている。その晒された肌も黒焦げか焼けて体液を垂れ流している。

 

 髪も殆ど燃えているが、焼け残ったらしい片耳と、唯一識別可能な顔半分程を見て、ベートは息を飲んだ。

 

 カエデ・ハバリだ。

 

 持っている剣も刃先に行くほどに分厚く、幅広になっている特徴的な形状あり、未だ赤熱している。

 

 剣にこびり付いた肉が焦げ付いて異臭を放ち、脚を守っていたはずの金属靴(アイアンブーツ)は音を立ててカエデの脚を焼いていく。

 

 そのまま呆然と様子を見ていたが、カエデは唐突にパタリと前のめりに倒れてしまった。

 

 ベートは慌てて駆け寄る。

 

 倒れて微弱な痙攣をしている焼け焦げた人型の肉塊状態のカエデに駆け寄り、熱によって真っ赤に熱せられていた剣を蹴飛ばし、カエデの脚を焼く凶器と化した金属靴(アイアンブーツ)を引っぺがす。

 構成していた部品は溶けており、手をかけた瞬間に音を立ててベートの手を焼くがベートは気にせずに一気に金属靴(アイアンブーツ)を引きはがした。

 

 引き剥がした金属靴(アイアンブーツ)には肉がこびりついており、カエデの脚は肉が剥がされ骨が覗いている。その骨も焼けている様な重症状態となっていた。

 

「畜生、万能薬(エリクサー)なんて持ってねえぞッ!!」

 

 この重症を直すのならば高等回復薬(ハイポーション)では足りない。

 万能薬(エリクサー)でも無ければほぼ確実に後遺症として片耳や両足、ついでに左腕も失う様な重症として残ってしまうだろう。

 置いてきたアイズやティオネ、ティオナの誰も万能薬(エリクサー)なんて持ち歩いていない。

 

 そんな風に悪態をついていたベートに小瓶が差し出された。

 

「ベート、どいてくれ」

「フィンッ!? なんでフィンが!?」

「良いから、はやく」

 

 フィン・ディムナが差し出してきた小瓶は医療系ファミリア最大規模を誇る【ディアンケヒト・ファミリア】製、最上位品質の一本五十万ヴァリスはする万能薬(エリクサー)である。ソレを惜しげなく使用して治療を施していく。

 

 焼けてほぼ瀕死状態だったカエデの体が瞬く間に再生していき、カエデがうめき声をあげた。

 

 再生する際に発生する違和感に身を捩るカエデを見て、ベートはほっと一息ついた。

 

 万能薬(エリクサー)を使用して再生が始まると言う事はつまり死んでいないと言う事だ。

 

「カエデ、大丈夫かい?」

「うっ……うぅ……ここ……モンスターは……」

「大丈夫だ、もう居ないから」

 

 フィンが安心させようと声をかけ、ベートは近くで見たカエデの恰好に一瞬硬直した。

 

「……そうですか……エリクサーって凄いですね」

 

 自身が瀕死の重傷を負っていたのにも関わらず、平然とした様子で治った体に感心しつつも身を起こそうと手をついて立ち上がろうとしたカエデは、ふらついて立ち上がるのに失敗してベートにもたれ掛った。

 

「べーとさん? あれ? どうしてここに?」

「あ……くっ、おいフィン」

 

 もたれ掛ってきたカエデの姿を見て、ベートは顔を真っ赤に染めて慌ててフィンを見た。

 

「あっ……装備が……」

 

 カエデも自身の状態に気が付いたのか、泣きそうな表情でフィンを見た。

 

 残念な事に、カエデの装備は『ウィンドパイプ』を残して全て焼けてしまっていた。

 むしろあの炎の中、原型を保っている『ウィンドパイプ』の耐久性の高さに感心すべきか、それとも生きてあの炎を突破したカエデに感心すべきか、迷ってからフィンはベートに声をかけた。

 

「ベート、カエデに上着を貸してあげて欲しいんだけど」

 

 今のカエデは服が半分近く焼けてしまっており、残念な事に服としての機能を殆ど失っていた。

 最悪、肌を隠す程度の為に何かを貸さなくてはいけないが……

 フィンの言葉に反論しようとして、ベートは舌打ちした。

 

「…………チッ」

 

 フィンは外套を纏っておらず、服も鎧と一体型でカエデに渡すには不都合が多い。

 後から追いついてきたジョゼットは動きやすい様にインナーの上に革鎧のみだけで、なおかつエルフは肌を晒す事を嫌う為服を渡す事は難しい。

 まだこの場には居ないが、アイズは外套を身に纏っていない。ティオネとティオナなら腰からひらひらさせている布を渡せるかもだが、それを取っ払うとアマゾネスではなく痴女になってしまう。

 対してベートはジャケットの下にシャツを着ているので渡しても問題は無い。

 

「……?」

 

 何のやりとりをしているのか分っていないらしく、首を傾げているカエデにさっと脱いだ上着を押し付けてからベートは立ち上った。

 

「んな所で呑気に寝てんじゃねえよ」

「…………??」

「ベートは素直じゃないね……」

 

「団長ッ! カエデッ! 大丈夫ですかッ!?」

 

 遅れてやってきたジョゼットが声をかければ、カエデが戸惑いながらもベートの上着を着ながら返事をした。

 

「はい、なんとか……服とか鎧とかダメにしちゃいましたけど……」

「まぁ、生きててよかったよ」

 

 フィンは深々と溜息をついてからベートを見た。

 

「ところで、ベートはなんでこんな所に居るんだい? アイズ達と借金を返す為に下層に行ってたんじゃ」

「俺が借金背負ってるみたいに言うんじゃねえ!! あれはバカゾネスがヘブシッ」

 

 唐突に通路の奥から飛んできたバックパックがベートの背中にぶち当たり、ベートはそのまま壁に激突して止まる。バックパックの中身だった魔石が辺りに転がったのを、カエデは驚きの表情で見ており、ジョゼットが壁にぶち当たったベートを見てうわぁと若干引いている。フィンは収集品で満載だったバックパックが飛んできた方向を向いて微笑んだ。

 

 其方の方向には怒りの形相を浮かべたティオネの姿があった。

 

「やあ、ティオネ……あんまり収集品は乱暴に扱わない方が良いよ」

「団長ッ!? 今のはですね、あの、馬鹿がですね」

「誰が馬鹿だこのバカゾネスッ!!」

「あんたの事よベートッ!! いきなり人にバッグ投げつけてきて飛び出して行ったと思ったらカエデに自分の服着せて悦に浸って……まさか……あんた」

「っちっげえよッ!! これには訳が――「あーベート、ティオネも先に行くなんて酷いよー、あ、団長にジョゼットじゃん。カエデもー……なんでカエデはベートの上着着てるの?」……くっそ、面倒くせぇ」

 

 ティオナとアイズも合流し、余計騒がしくなる予感を感じて、ベートは不機嫌そうに鼻を鳴らした。ティオネが怒りのままベートに詰め寄ろうとするのをフィンが宥めれば一瞬で皮を被ったティオネが団長にすりより、ジョゼットが散らばった魔石を回収し、ティオナがベートの上着を着たカエデに詰め寄る。

 

 その様子を目にしながら、アイズは近づいてきたゴブリンの魔石を突いて灰に変えながら首を傾げるのだった。 


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