生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
その穴は何時からあったのか誰にもわからない
その穴からは怪物が溢れ出てきていた
人々はその穴をどうにかしようと頭を悩ませた
そして一つの結論を出した
穴を塞ぐ建造物を作り出そうと
父上はそんな偉業を成す為に家を出た。
【ロキ・ファミリア】本拠『黄昏の館』正面門の前、そろそろ帰還してきそうだなと出迎えの為にニヤニヤしながら立っていたロキが見たのは、装備品の殆どを失って焼け焦げたインナーにベートの上着。靴は代用品なのか安っぽいブーツを履いているカエデ・ハバリの姿だった。
昼に本拠を出た時に装備していた装備品の殆どを消失したその姿に目を見開いてフィンを見れば、すまないと呟いて頭を軽く下げるフィン。ジョゼットは深々と頭を下げて出迎えたリヴェリアに謝罪している。
その後ろ、アイズが困った様な表情を浮かべて立っている。
ジャケットを着ていないベートが一人離れた所で不貞腐れた顔をしていた。
そして肝心のカエデはロキの前に立つと深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、装備品がダメになってしまいました」
「……いや、問題無いで……」
何故、インナーが焼け焦げてボロボロなのか?
何故、金属靴が無くなっているのか?
何故、ベートの上着を着ているのか?
一瞬の混乱
それからロキはベートを視線の中心にとらえた。
「……ベート、ちょっちそこに立ってるんや。避けるなよ?」
「は? 何言ってんだロ……ブッ!? 痛ってェなッ!! 何しやがんだッ!!」
『
【ロキ・ファミリア】ロキの私室にて、ロキとフィンが額を突きあわせて話し合いを行っており、その横でリヴェリアが眉根を揉み、ガレスが腕を組んで唸っていた。
「んで、何があったか端的に頼むわ」
カエデが帰還後、とりあえずボロボロの姿のカエデをお風呂に行かせ、ロキは三人を連れて私室へと足を運んだ。
「順を追ってでいいかい?」
「まぁ、それでええわ」
まず、フィンはカエデとジョゼットと共にダンジョンに潜った。
一応、【フレイヤ・ファミリア】からの手出しを警戒しての事だったが、手出しらしい手出しは確認できなかった。
其の為、単純にカエデの同行者として動いていただけで、モンスターとの戦いにおいてもフィンは何もしなかった。
唯一ジョゼットがサポーターとして動いていたぐらい。
問題発生はダンジョン五階層探索中、カエデが敵に気付いて突撃していった際、フィンの勘が危険を知らせてきた。
だが、一歩遅く、カエデはダンジョン十三階層『中層』以降に出現するはずの『ヘルハウンド』通称
『
瀕死の状態で倒れたカエデの燃えた装備品をベートが剥ぎ取った所でフィンが
あの時、カエデの治療に
ロキが一応と持たせていた
結果的に大丈夫で、カエデは五体満足。焼かれたカエデ自身は焼けた防具を見てダメにした事を気にしていた。
話を聞いたロキは頭を抱えて唸る。
その反応にフィンは頭を下げ、リヴェリアが片目を閉じて呟く。
「油断してたのは申し訳ない」
「死ななかったのが幸いだな」
あの時、フィンは完全にカエデの実力から問題皆無と警戒心をモンスターの索敵から【フレイヤ・ファミリア】への警戒の方へ集中していた。加えて言えば、フィンは自分たちの後をこっそり付けている者達の存在に気付いて其方に警戒心をさいていた。
まぁ、その者達は【フレイヤ・ファミリア】とは一切関係なかった。良い装備品でなおかつ護衛までついているカエデに嫉妬していた他のファミリアの冒険者が付いてきていただけらしい。
対してジョゼットはカエデの実力から、上層で怪我する事は無いでしょうと油断していたらしく、反応が完全に遅れていた。リヴェリアに頭を下げて謝り、あさつまえ自らの死をもって謝罪とするとナイフで自分の首を掻き斬ろうとするなどしたが、リヴェリアはそんな行動をとったジョゼットに軽い説教を行ってから、お風呂に行くカエデの世話をする様にと言いつけてカエデと共にお風呂に向かわせた。
結果として、カエデが死にかけると言う結果に繋がったが、死ななかったのが幸いだ。
それ所か、カエデはこの一件で『偉業の証』を手にした可能性もある。
ヘルハウンドの火炎放射を突破して、討伐。
ヘルハウンドは身体能力自体は上層相応の為、ソレだけでは『偉業の欠片』にもならないだろう。
だが『
ヘルハウンドの火炎放射は、
そんな攻撃である火炎放射を、レベル1で、なおかつ
それを考えれば、手放しで喜ぶべき事態である。
通常、冒険者は『偉業の欠片』を求めてダンジョンに潜る。
自分よりもレベルの高い相手に挑む事が最も簡単に『偉業の証』を得る手段ではあるが、ソレは命がいくつあっても足りない。
通常であればどれだけ準備万端にした所で、自分よりもギルドが定めるモンスターのレベル区分が上のモンスターを討伐するなど、不可能に近いのだ。
例外も存在すると言えばする。と言うか今回のヘルハウンドがソレだ
後は身体能力自体は高くない為、結果として
下手をすればレベル4冒険者も仕留められる攻撃を持っているのだから当然と言えば当然だが……
他には神々が絶賛するナニかを成す事でも『偉業の証』を手にできる。
有名所で言えば【
『バカみたいな耐久力の剣を
【
『
自らが直接戦う事無く、『偉業の証』を手にする事も出来るが、殆どが不可能に近い。
それらを成す事が難しい。だからこそ冒険者が手にする事を望むのは『偉業の欠片』なのだ。
例えば
だが、複数人で協力し討伐する事は不可能ではない。無論、相応に危険も伴う上、成功割合も三割程度でしかない。
その記録の中で【ロキ・ファミリア】は成功率十割を記録しており【巨人殺し】の名でも知られている。
単独ではなく、集団で偉業を成す事で『偉業の欠片』を手にできる。
それでも冒険者の半数は
『試練』
冒険者や神々が口をそろえて言うソレは何もせずとも冒険者の前に現れる。
【フレイヤ・ファミリア】の女神フレイヤ等は自ら進んで『試練』を眷属に課そうとするが、本当に英雄・英傑として歴史に名を刻んだ者達は当たり前の様に『試練』の方からその者達の前に現れる。
『試練』を望む冒険者は多い。
だが『試練』が現れる事の無い冒険者も多い上、現れない事に焦り自ら危険に飛び込む事でソレを『試練』として打ち払おうとする冒険者が殆どだ……結果としてそう言った
今回、カエデ・ハバリは他のファミリアの抗争によって発生した『モンスターの階層移動』の『ヘルハウンド討伐』と言う『試練』が現れたと言える。
しかも突破した。
『試練』を突破して『偉業の証』を手にした可能性が非常に高い。
もしそうであれば最短
アイズ・ヴァレンシュタインが一年での最年少・最短
有名ではあるが、通常の冒険者は
何故か?
第一に『試練の有無』
第二に『試練を突破出来るだけのステイタス・実力を得られていない』
以上の二つの理由が挙げられる。
『試練の有無』は解りやすく、『試練』を望みながらダンジョンに潜る冒険者たちの前に『試練』が現れない事で
故にレベル1のまま足踏みし続ける冒険者が多い。
次に『試練を突破出来るだけのステイタス・実力』
『試練』が目の前に現れた所で『試練』を突破出来なければ『偉業の証』も『偉業の欠片』も得る事ができない。それ所か、『試練』によって命を落とす事もある。
『試練』に備えて【
これが普通の冒険者の
当然、ステイタスを上げるのには相応の【
例えば、種族的に得意・優位とされる基礎アビリティだけであれば一年でDに到達できなくはない。
ドワーフは耐久、エルフは魔力、猫人は器用、狼人は俊敏
だが、一つだけ基礎アビリティがDになっている
他にも基礎アビリティがどれだけ高くとも知識や技術が無ければ『試練』であっけなく死ぬ。
運が無ければ『試練』も現れず、現れても
運、技術、能力、三つそろう事が難しいからこそ最低二年かかると言われている。
では【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがどうやって最短
簡単に言えば正道を通らなかった。
『試練』が現れない事に焦れて『危険に飛び込む事で試練と成す』と言う
同じ事をしようとした他の冒険者も多い。成功したのがアイズ・ヴァレンシュタインだけだったと言う話だっただけの話である。
だが、数万人いる冒険者の中でたった一人の成功者としてアイズ・ヴァレンシュタインは名を刻んだ。それだけだ。
そして、カエデ・ハバリの場合
『
これは珍しい事ではない。実際に『
ペコラ・カルネイロやラウル・ノールド、アナキティ・オータムの三人も『
三人の場合は試練の突破と言うよりは試練からの逃走による生存をしただけで『偉業の欠片』すら手にできなかったが……
そういう報告は珍しくない。
『
ただし、試練を
本来なら『
【ロキ・ファミリア】においては『
そんな中、特に事前に
「喜ぶべき事……だと思うけど」
「ロキ、何か隠し事をしているな」
フィンとガレスの言葉にロキは頭を抱えたまま唸る。
リヴェリアが吐息を吐いて口を開いた。
「確かに成長系スキルの存在があるのなら、アイズを超える記録をたたき出す可能性は高いだろうが……悩んでいるのはソコじゃないな?」
カエデ・ハバリは半年以内にランクアップしなければ死んでしまう。
だからこそ半年以内のランクアップを望んでいる。
普通なら半年では『基礎アビリティD』すら難しい。
カエデの最初の更新の結果、器用Gと言う高数値をたたき出したから可能かと言えば、無理だ。
最初の更新によって高い数値がたたき出された場合は、その分必要な【
最初の更新が低ければその分上昇は早い。
結果としてファルナを貰った際の最初の更新によるステイタスは最初の最初、冒険を始めて二、三か月は有利に戦えると言うだけに留まり、一年もすれば才能や努力次第だが、同じぐらいに落ち着く。
故に最初の更新で高い数値をたたき出していても最低限の『基礎アビリティD』に到達するのには一年近くかかる。
だが、カエデ・ハバリには【
他に類を見ないレアスキル。
効果は『早熟する』
このスキルの効果でカエデの成長速度は早い可能性が高い。故に『基礎アビリティD』は到達可能な可能性が高いとフィンやガレス、リヴェリアは判断した。
そして今回の『偉業の証』を得たかもしれないと言う情報。
喜ぶべき事のはずだが、ロキは頭を抱えている。
思いつく可能性としてアイズの最短記録の際もそうだが、神々の注目を浴びる事だろう。
最短記録を持ち、白毛の狼人は希少であり、なおかつ成長系のレアスキルを持っている。
神々の興味を引くのは間違いない。
ロキはカエデが神々に目を付けられる事を警戒しているのか? と思うもフィンもリヴェリアも首を横に振った。もしソレなら探索系ファミリア最強の片割れ【ロキ・ファミリア】に所属するカエデに手出しをしようとするファミリアは数が限られてくる。
一つ目は【ロキ・ファミリア】と並ぶ【フレイヤ・ファミリア】
二つ目は規模なんて関係ねえ、と規模を無視して行動を起こす
一つ目は問題だろうが、【フレイヤ・ファミリア】が手出ししてくる場合はオラリオに存在する全てのファミリアを巻き込んだ抗争に陥る可能性が高い。
オラリオを狙っている『ラキア王国』と言う国家ファミリアである【アレス・ファミリア】が存在する以上、オラリオ内部で抗争を巻き起こす可能性のある行動をとるとは思えない。
二つ目については手出しできる範囲なんてたかが知れている。邪魔なら潰せばいい。
ロキの頭を悩ませるのは他の要因だ。
「……実は、だまっとるスキルがあるっちゅーたら?」
ロキの言葉に三人は目を細める。
「……カエデのスキルは【
リヴェリアの確認する言葉に、ロキはゆっくりと首を横に振った。
カエデ・ハバリのステイタスについてロキは一部のスキルを伏せる形で三人に話していた。
本来ならステイタスを誰かに明かす事はしない。ステイタスを晒す事は弱点を晒す事に等しい。
ファミリア同士の抗争等で冒険者同士の戦いも珍しくない以上、弱点を晒す行為をしないのは当然だがロキはカエデ自身に許可をとり、三人には特別な『スキル』について話している。
【
【
そして、ロキが黙っていた最後のスキル。
「『取得【
「……なんだって?」「それは……」「羨ましい話だな」
フィン動きを止め、リヴェリアは目を見開き、ガレスは顎を撫でる。
三者三様の反応に当然かとロキは足元に転がっていた酒瓶を拾い上げて栓抜きを手に取った。
無言のリヴェリアがロキの手から栓抜きを取り上げて睨む。
「ちょ、飲ませてーな。マジで飲まんとやっとれんのやて」
「終わったらいくらでも飲んでいい。だが今は先に説明しろ」
「……はぁ」
溜息を吐いてロキは酒瓶をベッドに転がす。
それから紙切れ、カエデのステイタスの書かれた紙を取り出して机に置いた。
三人は机に置かれた紙を覗き込んで、動きを止めた。
「羨ましい? そんな事口が裂けても言えんわこんなスキル」
吐き捨てたロキは動きの止まったリヴェリアの手から栓抜きを掏り取って先程ベッドに転がした酒瓶の栓を抜く。
ぐびぐびと中身を半分ほど飲んでから、ロキは鼻で笑った。
「んで、このスキルは羨ましいって言えるか?」
「……すまんかった。軽率だった」
ガレスは苦虫をかみつぶした表情をしながら、口を開いた。
「フィンはどう思う?」
「どうもこうも、超ド級の爆弾……かな、いや、
「玩具なー……」
玩具と言う表現にリヴェリアが眉を顰める。フィンは溜息を吐いてロキが黙っていた理由を察した。
「これ、カエデは?」
「知らん。教えたらどんな行動に出ると思う?」
「……まぁ、そうだね。死にかねないかな」
カエデのステイタスのそのスキルを目にして、三人は眉を顰めた。
【
・取得【
・『死』に近い程効果向上
・『瀕死』状態時、効果超々向上
取得【
他のデメリットと呼べる部分も眷属によっては気にもしないだろう。
『死』に近い程効果向上や『瀕死』状態時、効果超々向上など、死ぬ事を恐れない狂人染みた冒険者ならオラリオにも多数存在する。【フレイヤ・ファミリア】に所属する冒険者なんてまんまソレである。
このスキル。『瀕死』状態時、効果超々向上と言う部分。
面白い事好きな神々ならやりかねない事としてあげられる事。と言うよりロキもカエデのステイタスについてこの方法をとれば余裕でいけるのではないかと思った。
他の神が知ったら間違いなくカエデは酷い目に遭うだろう。
『高いレベルの冒険者がカエデを死なない程度に嬲り続ける』ソレだけでカエデは多量の【
どれほどの効果かはまだ判明していない為、ソレでいけるか分らなかったし。そもそも眷属を嬲ろう等と考えるなんて天界に居た頃ならまだしも、今は出来る訳無い。
カエデのスキルは他のファミリアに知られればカエデの身が危ない。
それだけなら良いが、カエデ自身が可能性があるのならどんな事でも受け入れようとする姿勢がある。故にカエデに下手にこのスキルの存在を教えればカエデ自身がソレを望む可能性がある。
一歩間違えれば死ぬ様な綱渡りを自ら望んでやろう等と言うのは狂人でもないと不可能だ。
カエデの習得したこのスキルはカエデ自身が持つ『狂気』の一部がスキル化したともとれる。
師の教えを従順に守ろうとするカエデは何処か歪みを抱えている。
だからこそ、カエデにこのスキルを伏せた。
ロキはフィンやリヴェリア、ガレスにもこのスキルを伏せた。
知る者が自分独りだけなら、誰にも、何処にも漏らす事はない。
信用出来る人物であろうが、知る者の数が増えれば増えるだけ情報が漏れる可能性は増える。
知る者が一人から二人になるだけでも危険は数十倍に跳ね上がる。
だから、伏せた。
カエデが急成長した場合は【
もしカエデが半年以内にランクアップした場合の神々の注目される事になる事についてはギリギリまで隠して、少し情報を漏らして【
そうしておけば【
だが、今回カエデが『瀕死の重傷を負いつつもヘルハウンドを討伐した』と言う一件が発生した。
カエデが瀕死の重傷を負い、駆け付けたベートがヘルハウンドを討伐したと言うだけならまだ良かった。
カエデにとっては良い事だ。ロキもカエデがランクアップできた場合には飛んで跳ねて喜ぼうと思う。
しかし、だ
冒険初日でランクアップなんてしたら他の神々の反応はどうなるのか?
元々オラリオの外で戦闘経験があったからと言う説明だけで神々が納得できるか?
不安要素が多すぎて頭を抱える結果になってしまった。
「……まだステイタスの更新はしていないだろう? 獲らぬ狸の何とやらだよ、今は悩んでも仕方ないと思うけどね」
「……喜ぶべき事だが、スキルについては喜べないな」
「神の玩具の才能に溢れてるでよろこんでーな、なんてカエデたんに言えるかッ!!」
「落ち着けロキ……」
フィンは真剣な表情でカエデのステイタスの書かれた紙に火をつけて燃やす。
ガレスは眉を顰め、ロキは持っていた酒瓶を机に叩き付けた。
酒瓶の強度がかなり高かったのか酒瓶が割れる事は無かったし、テーブルも傷一つない。
リヴェリアはロキが怪我をしていないか確認してから、立ち上がった。
「カエデの様子を見てくる」
「ワシは一度倉庫の防具でも見てくる。防具、全部焼いたんじゃろう?」
「僕は書類の処理かな……ロキ、更新が終わったら来るよ」
「わかったわ……はぁ、心構えしとこ」
カエデが入浴を終えたら、ステイタスの更新を行う。
どんなステイタスになるのか、杞憂ならロキとしてもうれしい限りだが、どうにも神の勘がソレだけでは済まないと告げている。
「はぁ……」
ごめん、ちょっと筆がのらない。
いや、マジでマジで。プロットをぽちぽち見ながら書いてるんだけど……
すまん。アレだ、なんか書けなくなってきた。
なんでだろうね。なんでだろう。
……仕事忙しいからネ。みんなごめんね。エタらないように頑張るけど、進行速度遅くなるよ。