生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
姉上が家を出る事になった
行かないで、少女は泣いて縋り付いた
姉上は笑いながら言った
「国がどうとか、偉業がどうとか、私はそんなモノに興味はありません。貴女を守る為に戦いに赴きます。あの穴が塞がればきっと怪物に脅える必要が無くなった世界が訪れます。私は貴女とそんな平穏な世界へ赴きたいのです。どうか家で待っていてください」
少女は涙を堪えて姉を見送った
「なんなのアレッ!!」
【ロキ・ファミリア】本拠の大食堂にて、集まった団員達がざわめいている中の一角にて、ティオナ・ヒリュテはテーブルを盛大にバシバシと叩きながら文句を叫んでいた。
「なんでギルドの換金所が一時利用不可能なのッ!!」
「まぁ……その、運が無かったと」
「そもそも武器をそんなポンポン壊さなければ問題無かったでしょ」
アイズが困った様な表情を浮かべてなだめようとし、ティオネは呆れ顔で皮肉を呟く。
それに対し、ティオナはテーブルを強く叩いて叫ぶ。
「おかしいでしょッ!! なんで今日に限ってギルドでトラブルがあって換金所が使えないなんて事になるのさッ!!」
大きく響いた音にびくりとカエデが跳ねて、ジョゼットがカエデの頭を撫でて大丈夫ですか?と呟いてからティオナを睨む。
「ティオナさん、テーブルが壊れます。武器だけでなく、テーブルまで壊すつもりですか?」
ティオナ・ヒリュテはただでさえ借金を背負っている状態なのだ。
その上でファミリア内部の備品を破壊して借金を更に増やしたくは無いのだろう。直ぐに大人しくなって椅子に腰かけてからぺしぺしと優しめに机を叩き始めた。
「うー」
「唸ってもどうにもならないわよ。運が無かったと諦めなさい」
「なんでさー、
ティオナ・ヒリュテは借金を背負っている。
新しい武器を作ってもらい、使いはじめたその日の内に破壊してしまったのだ。借金してまで作成依頼を出したのにである。
少なくとも、本人は
その借金を返済する為に、今日のダンジョンに挑んだ。
結果は上々所か、なんと
ダンジョンの帰還途中でカエデや団長と合流後、一緒にダンジョンを抜けた後にティオナ一人でギルドの換金所にドロップ品を持って行って換金する予定だったのだが、収集品でパンパンに膨れ上がったバッグを二つ背負って苦労して到着したギルドには人だかりができていた。
団長から「カエデの収集品もついでに換金を頼めるかな?」と笑顔と共にお願いされ、カエデの収集品の入ったバッグを背負ったティオネと共に二人して何事かと首を傾げる事となった。
何が起きているのかと後ろの方の野次馬に声をかければ、知り合いの鍛冶師だったらしく顔を見た瞬間に「ゲェッ!?
まあ、それは良いとして……いや、良くは無いが、ともかく借金を返済する為にはダンジョンで得た魔石やドロップアイテムを換金する必要がある。
其の為にギルドにやってきたのに、人だかりができていてギルド前が騒がしかった。
何が起きたのか簡素に説明してくれと要求すれば、その鍛冶師は「ギルドで暴れた奴が居るらしい」と教えてくれた。
その後、ギルドの人だかりを抜けて換金所に向かおうとしたら、換金用カウンターがめちゃくちゃに破壊されていた。後ついでに通常受付も破壊されつくしており、待合の椅子や机も半数近くがぶっ壊されていた。
というか、ティオナが壊すのはあくまでも武器であり器物破損はしない。時々、【ロキ・ファミリア】の備品を壊す事はあるが、あれは事故である。
ギルド職員が慌ただしくやって来た冒険者の対応をしており、何があったのかは後日発表するので、今日の所はお引き取りくださいと頭を下げていた。
ティオネとティオナが声をかければ、ギルド職員は申し訳なさそうに頭を下げて「今日はギルドの各種受付は使用できません……換金等は後日お願いします」と断られてしまったのだ。
結果として、換金するはずだった魔石やドロップアイテムはそのまま【ロキ・ファミリア】の本拠の倉庫に放り込まれる事になり、各ファミリアや冒険者もギルドに預けてある金が利用できずに困っていたりした訳だが。
ともかく、今日の収入で完済できるはずだった借金は、未だティオナの背中に背負われていると言う状態になっている。
せっかく完済できると思ったのに、と不満を漏らすティオナにアイズが一言。
「どうせすぐに武器を壊して借金するから良いんじゃないの?」
「「「……確かに」」」
アイズの言葉が聞こえ、肯定する様に呟く団員達。
ティオナが凄い勢いでアイズの方を振り返った。
「ちょっとアイズッ!! ソレどういう意味ッ!!」
「…………」
アイズはスッと視線を逸らした。すぐさまティオナがアイズの両肩を掴んでがくがくと揺らし始める。
「どういう意味なのッ!! ちょっと、いくらアイズでも許せない事もあるんだよッ!!」
「でもどうせまた壊すでしょ」
「ティオネだって武器ぐらい壊すじゃんッ!! なんであたしばっかり
アマゾネスには二種類の戦い方が存在する。
アマゾネスは基礎アビリティ『力』が高くなりやすく、スキルも『力』を増幅させる系統のスキルを覚えやすい。結果として力任せに大きな武器をぶん回すタイプ。
もう一つは野生の勘染みた直感で相手の急所を突いて瞬殺する技量タイプの二種類だ。
ティオナは前者、ティオネは後者のタイプである。いや、ティオネはある意味で前者でもあるが、使用武器からしてもティオナとティオネは二つの種類に分かれている。
力任せに大きくて重い武器をぶん回して敵をぶっ飛ばす分りやすい戦い方をするティオナは、その分武器の扱いが雑でありよく武器を壊す。
ティオネも時折キレて本性を現して力任せの戦い方をして武器を壊す事がある。が、当たり前だが毎回武器を雑に扱うティオナと、ある程度自制して丁重に武器を扱うティオネでは武器の寿命が全く違う。
それこそ一か月に二・三本の武器を平然とぶっ壊すティオナと、数か月に一本壊すティオネでは呼ばれ方に差が出るのは当たり前だ。
余談だが、アイズ・ヴァレンシュタインも習得している
「あー……ツツジの作品欲しいなぁ……」
唐突に元気を失ってしなびたティオナは机にべちゃりと張り付いてカエデの方をちらちらと見始める。
「良いなーあたしも【
「ちょっと、はしたないわよ」
ちらちらと視線を送られたカエデは困った表情をしてティオナを見ていたが、ジョゼットがその視線を遮る様に身を乗り出してティオナを睨む。
「カエデさんの武装を羨むのは分りますが、みっともないですよ」
「でも欲しいじゃん。ティオネだって欲しいよね」
「…………否定はしないけど」
ジョゼットの言葉にティオナはティオネに振るが、ティオネは一瞬迷ってから頷いた。
【
その殆どが【イシュタル・ファミリア】の
【
耐久力に優れる武器。冒険者は誰しも求めるモノだが、最も【
種族全体で戦闘的な性格の傾向の強いアマゾネスと言う種族にとって、武器とは無くても問題ないが、あれば良いと言う感じであろう。
実際、武装を失ったアマゾネスが徒手空拳でモンスターを薙ぎ払ってダンジョンから帰還してランクアップを果たすと言う偉業を成し遂げる事が多い。
だが、武器が壊れれば徒手空拳で戦えばいいとはいえ、危険が伴う事に変わりは無い。
特に扱いが雑である事が多いアマゾネスにとって武器の耐久は武器の攻撃力以上に重視する部分と言えるだろう。
そんな中でアマゾネスの中で一躍有名になったのが【
かの鍛冶師が作り出した武器はどれもこれも耐久力がずば抜けて高く、それこそツツジが十年以上前にオラリオを去って以降、未だなお【イシュタル・ファミリア】の主戦力でもある
他にも十年以上前から使い続けて現役の作品は数多存在し、
だが、流石に十年以上の時が経った今、【
好事家が買い漁って宝物庫に大切にしまわれているか、自慢げにショーケースにでも納められて飾られているか、もしくは現役で冒険者の手の中にあるか。ダンジョンに呑まれた物も数多存在するだろう。
店頭に並んでいる【
だが、カエデ・ハバリは【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストスより、直接【
ティオナが訪ねて行った際にはもう在庫も無いときっぱり断られたにも関わらず、カエデには特別に渡されたことに関して、ティオナは狡いと思ったが、カエデにソレを言った所でどうにもならない。
少なくともカエデがティオナにいじわるをしている訳では無いのだ。
それでも狡いモノは狡いが。
「うー……」
「また探してみれば?」
前見つけた時は好事家がアホみたいな値段で競り落として行った。
もう一度見つける事が出来るか? 競売で勝つ事ができるか? 支払いはどうするのか? それを考えれば今いる鍛冶師に頼み込んで出来うる限り頑丈な剣を作って貰う方が確実だろう。
「カエデー、もう一回貸してー」
「ダメです」
ぴしゃりと、珍しくきっぱり断ったカエデにティオナはがっくりとうなだれる。
「やっぱダメかー」
「ティオナ、あんた分ってるんだったらもっと丁重に扱いなさいよ」
「……あははー、いやーテンションあがっちゃって……」
ダンジョン帰り、ティオナはカエデから『ウィンドパイプ』を借りていた。
とはいえ、カエデの『ウィンドパイプ』は刀の刀身を残して装飾や柄、鞘も含めて燃え尽きてしまったらしく、むき出しの刀身だけと言うモノだったが。
鞘も、柄も、鍔の無い『ウィンドパイプ』を使わせて貰ったティオナの感想は「最ッ高!!」と言うものだった。
柄が無い所為で握りが悪いとは感じたが、それでもゴブリンやコボルトにぶつけても刀身が軋む感触が無い。
その上『ウィンドパイプ』を使って分かったが、重心が切っ先に傾き切っている形であるのに扱いやすい。
正確には重心が切っ先に傾き切っているから重くて疲労しやすいのかと思っていたがその剣の重量自体はそう大して重くない。ティオナが使っていた大剣の半分より少し上程度の重さしかないのだ。
ティオナの使っていた大剣は、アマゾネス用に超重量で作られた特大剣であるのだから、比べる対象がおかしいとは思うが。
ソレを抜きにしても『ウィンドパイプ』はかなり軽量な大剣だと言うのが分った。
そして、力任せにぶん回せば勝手に切っ先が相手に向かってくれるのだ。重心のとり方が上手いのか、考えつくされたその特性は振り回す様な扱い方をするティオナにもピッタリの特性だった。
変な当て方をしない限りは弾かれる事も無く相手をぶった切るに違いない。
相手がゴブリンとコボルト、ダンジョンリザードと言う上層の雑魚しかいなかったのは若干不満ではあるが、試しに借りた【
そして貸してと言う言葉に自分は防具を失って
結果はカエデは戦うティオナの姿に毛を逆立てて驚いてやめてと叫ぶ事になった訳だが。
平然とモンスターを縦にぶった切った勢いのまま地面まで深々と抉るような一撃を繰り出し。
モンスターを横一線で真横に振り抜いた勢いのまま、壁を粉砕して隣の通路との直通路を築きあげたり。
見ているだけで武器が壊れる理由が察せられるような戦い方に、カエデは気が気でなかった。
まあ、『ウィンドパイプ』は壊れる所か歪みも無く全くもって問題は無かった訳だが。
フィンが「槍があれば是非欲しかったね」と呟いて、その耐久力に感心していた。
「はぁ……欲しいなー何処かに落ちてないかなー」
「あんた……」
「ダンジョンになら……でもダンジョンに落ちてる武器って……」
「
「……私も、ティオナに武器を貸すのは……」
願望を呟き始めるティオナ、呆れ顔のティオネ。
武器が落ちている場所と聞いてイメージしたダンジョンに落ちている武器。その武器が落ちている理由を考えて顔を青褪めさせるカエデ。
至極真面目なジョゼットが皮肉を呟き。
アイズはティオナに武器を貸した末路を想像して顔を引き攣らせている。
ギルドで暴れた冒険者……一体、何ヅキさんなんだ(すっとぼけ