生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 姉の帰りを待つ日々

 剣を振り

 鍛錬を積み

 瞑想をし

 胸に抱いた不安を押し殺し続け

 姉が帰ってくる日を待っていた

 そんなある日、姉が帰ってきた


『手紙』

 【ヘファイストス・ファミリア】本拠のヘファイストスの私室にて、神ヘファイストスは【トート・ファミリア】が発行している神々の情報誌を眺めながら溜息を零した。

 

「……【酒乱群狼(スォームアジテイター)】がまた暴れたのね」

 

 その情報誌の一面を飾っている速報。

 

 

 『危険な獣が解き放たれた!? ギルドの失態。 狂群狼怒りの鉄槌』

 

 つい昨日、ギルド本部のエントランスにて一級(レベル5)冒険者【酒乱群狼(スォームアジテイター)】ホオヅキの手によってギルド職員3人およびギルド長ロイマン・マルディールが重傷を負わされる事件が発生。

 

 原因はギルド側がホオヅキに受託させた依頼の中の一つ。

 『ゴブリン討伐』が原因と推測される。

 

 ホオヅキの受託した『ゴブリン討伐』の依頼は事前にギルドから派遣された観測員の手によって討伐対象が正しい事の裏付けを行ってから依頼として冒険者に発行される事になっていたが、ホオヅキが実際に赴いた際に現れたモンスターは『オーク』の集団であったとの事。

 ギルド側は事前調査で複数の観測員を送り出していたにも関わらず誤った情報で依頼を発行していた事になる。

 その中で、ホオヅキがギルドに問いかけた所、観測員の送り出しを行わずに都市外からの依頼を受託しホオヅキにそのまま発行していた事が発覚。

 これに対してホオヅキは事前確認を怠った事を指摘し、ギルド職員の右腕を圧し折りギルド長を呼ぶ様に命令。

 他のギルド職員が慌ててロイマンを呼びに行き、今回の依頼の申し開きを行う事に。

 

 その際、ホオヅキはギルドのエントランスの待合席に腰かけて『ここから動かないさネ、豚を呼ぶさネ』と発言。

 ギルド長ロイマンがこれに対してエントランスまで赴いてホオヅキにゴマすりを行いつつもギルド側の非に関しての言い訳を行った所、ホオヅキはゴマすりの際に言われたとある一言で大激怒。

 ロイマンの右腕を引っこ抜き、持っていた鉈で両足を切断。重傷を負ったロイマンを投げ飛ばし、投げ飛ばされた先に居たギルド職員一名が押し潰されて重傷。

 待合席のソファーを複数投げ飛ばして受付カウンターを粉砕、その際にギルド職員一名が投げ飛ばされたソファーが命中し重傷を負う。その後、気絶したロイマンの首根っこを掴んでギルドの奥へと姿を消したのち、暫くしてからホオヅキが単身出てきて、そのままギルドを去って行ったらしい。

 その後、ギルドから緊急告知が行われ、ファミリアを騒がせた。

 

 『一級冒険者【酒乱群狼(スォームアジテイター)】ホオヅキに限定的裁量権を与えた』

 

 この限定的裁量権とはギルドのブラックリストに登録された冒険者及びにオラリオ外への無断逃亡を図った冒険者、ファミリアから追放された元冒険者、オラリオ周囲の犯罪行為に手を染めた冒険者に対しての裁量権の事である。

 

 あの血濡れの惨劇を引き起こした【酒乱群狼】に対して裁量権を与えたギルドにはいったいどんな考えがあっての事なのか?

 

 オラリオの外に逃げ出した冒険者やファミリアがどんな目に遭うのか、もう既に想像が付く。実際、昨日から今朝にかけて夜中に複数の元冒険者のごろつき集団が壊滅しているのを確認。

 

 中には拷問されたらしき死体も有り、脳天を砕いて脳髄を引き摺り出した痕跡も見つけられ、執拗なまでに攻撃を受けたのか肉片が散らばっているだけという場所まで存在しており、何をもってそんな事をしたのかは全く不明である。

 話を聞こうにも肝心の【酒乱群狼】に追いつく事が出来ず、話を聞く事ができなかった。

 

 ロイマンは右腕を肩の辺りから引っこ抜かれて膝から下を切断された状態で、もうダメなんじゃないかと噂されていたが、偶然ギルドまで顔を見せていた【ミアハ・ファミリア】主神ミアハの手によって完璧なまでに治療を施された事が後の調査で判明。

 どうせミアハの事だからゴマすりだと言いながら冒険者にポーションを配り歩いていたのだろう。何時もの事だ。

 ミアハ曰く『綺麗に切断されていたおかげか両足は問題ないだろう。右腕も問題は無いと言いたいが油断はできない』との事。

 

 以上の事から、これからオラリオの外に夜逃げしようと考えているファミリアは決してオラリオの外に逃げない様にしよう。

 

 ()()ホオヅキがオラリオの外で元冒険者・逃亡冒険者狩りを行っている所に出て行くファミリアが居るとは思えないが……

 

 暫くの間ギルドの換金所が使用できない事に伴い、臨時に【恵比寿・ファミリア】が魔石の換金を行う事を発表。換金を望む眷属には【恵比寿・ファミリア】の支店に換金を行いに行くように伝えてあげよう。

 

 

 ヘファイストスは足を組み替えて呟く。

 

「ギルドから許可を得ずにオラリオの外に出たファミリアや冒険者に対しても裁量権を持つ……ねぇ」

 

 詰る所、今現在ギルドから許可を得ずにオラリオの外に出たファミリアや冒険者は【酒乱群狼】が裁量権を以て裁いてしまっても問題ない。しかもほぼ間違いなく惨殺されると言う事になるだろう。

 

 前々から『狂ってる』だの『気が触れてる』だの言われていたあの冒険者がついにやらかしたらしい。

 

 ギルド側は『経費削減の為に観測員の人数を減らしていた』だの『観測員がそもそも一人も送り出されていなかった』だの噂が立っておりギルド側から『二度と同じ事が起こらない様に再発防止に努める』と声明が出されている。

 

 それにしても、あの【酒乱群狼】に話を聞こうとするなんて相変わらず【トート・ファミリア】の団員は【酒乱群狼】とは違う意味で気が狂っているのではないだろうか?

 仮に出会えたとしてまともに相手をしてもらえるか分らない。と言うか殺される可能性もあるのでは?

 例え話が出来たとしても意味ある会話になるとも思えない。

 

「まあ、気にしても仕方ないわね」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】からすれば特に関係の無い話だ。

 

 戦える鍛冶師として冒険者と鍛冶師を兼業している者達も抱える【ヘファイストス・ファミリア】だが、ドロップアイテムは基本的に鍛冶の素材として使用してしまうし、魔石は元々契約を行っていた【恵比寿・ファミリア】に対して直接卸していた。代わりに【恵比寿・ファミリア】は上質な玉鋼や金属を提供してくれている。

 

 そんな中、元々利用していなかったギルドの換金所が使用できない事はあまり関係ないのだ。

 

 オラリオの外が危険地帯になっている云々も、逆に言えばギルドの許可書を提示すれば【酒乱群狼】は手を出してこないだろう。

 あの眷属は()()()()()()()()

 

 【酒乱群狼】と言えば一級冒険者30人の虐殺が有名だが、アレは戦争遊戯(ウォーゲーム)のルールの時点で『どちらかの眷属が全員死ぬ事』が勝利条件として提示されていたからそうしただけであり、他にもさまざまな殺傷事件を起こしているが、どれも相手側から【酒乱群狼】に喧嘩を吹っ掛けていたのが原因だ。

 

 一級冒険者に喧嘩を吹っ掛けたら殺されても文句を言えない。

 

 それはオラリオではごく当たり前の事なのだが、何も知らない新米が知らずに喧嘩を吹っ掛けて殺されたり致命的な怪我を負わされたりする事は日常的だ。

 

 無知は罪だから

 

 オラリオ外で困るのは許可書を得ずに行動している者達だけだろう。

 そんなのは違法品を取り扱っている商人やギルドに違反した者達ばかりだし。

 ソレであるならギルドからすればホオヅキが勝手に探し出して屠ってくれるのはありがたいぐらいでむしろ経費削減になって喜んでいるのでは?

 

 ともかく、関係ない話題の情報誌は放置で構わない。

 

 今、ヘファイストスが行っていたのは【ヘファイストス・ファミリア】に届いた手紙や情報誌等の配達物の仕分けである。

 

 他のファミリアなら眷属にやらせる仕事であるが、ヘファイストスは神が直々に行っている。

 

 単純にとある眷属からの手紙が来ないかを期待して行っているだけなのだが、最近では習慣の様になっている。

 

「これはロキの所からの手紙ね、カエデに何かあったのかしら? 後で読もう」

「……ラブレターか、一応後で読んでおこうかしら」

「この手紙は破棄ね、前に断った遠征の話だろうし」

「へぇ、新しい楽曲の演奏会を行うから招待状かしら? 行く余裕は無さそうね……」

 

 手紙の中には毒物や刃物を仕込んで嫌がらせを行われる事も有るが、事前に眷属が安全を確認しているので問題は無い。だったら仕分けも眷属にやらせればと思うかもしれないがどうにも譲れないのだ。

 

「そう言えばもう直ぐ神会(デナトゥス)だったかしら、今回の主催者は【ミューズ・ファミリア】のタレイア……あの子に主催者が務まるのかしら……」

 

 神会(デナトゥス)の報せの手紙を分けて置いて、次の手紙に手を伸ばして差出人の名前が書かれていない手紙を見て首を傾げた。

 

「これ、誰からかしら?」

 

 眷属が検分しているので危険な物が仕込まれてはいないだろう。

 

 差出人不明の手紙に、ヘファイストスは神特有の勘の様なモノが疼くのを感じた。

 

 思わずペーパーナイフに手を伸ばして封を切る。

 

 

 

 

 

 

 神ヘファイストス様へ

 

 お久しぶりです。ツツジです。

 色々と伝えたい事がありますが最低限のみ記します。

 

 今まで手紙を出せなかった訳では無く、叔父が商人に取引して俺の手紙を全て途中で破棄させていたからでした。今まで気付かなくて、ヒヅチとカエデが居なくなって気付きました。

 手紙、届いて無かったんですね。知らなくて、助けを求める手紙を書いてました。

 

 ごめんなさい

 

 最後にヘファイストス様に届いた手紙は子供が生まれる直前のモノだと思います。

 子供についてはちゃんと産まれました。

 キキョウも凄く頑張って、二人も子供が産まれました。

 

 最初に産まれた一人が真っ白い毛色に真っ赤な目で、『白き禍憑き』って呼ばれる忌み子でした。

 

 白い子は何故、忌み子と呼ばれるのか。

 理由は単純で薄命である。それだけでした。

 俺達、黒毛の狼人は情に厚すぎる。情を抱いてしまえば何処まででも尽くそうとしてしまう。

 個では無く群れとして生きる狼人として、群れの中に薄命な子を入れて、情を抱いてしまうと、薄命をどうにか出来ないかと群れ自体が動き出してしまうんです。

 ソレで神々を頼る事をした結果が過去にあった『黒毛の狼人狩り』の原因になったんです。

 それ以降、白子は群れの中で情を抱く前に親の手で殺す事になっていました。

 

 親が己の手で屠る事で、情を斬り捨てる。ソレが俺達『黒毛の狼人』のやり方だったんです。

 

 村の掟では『白き禍憑き』が産まれたら、両親どちらかの手で息の根を止めると定められていましたが、俺にはできませんでした。

 

 どうにか子供を、アイリスを助けられないか考えていたら叔父が『お前が殺せないのなら俺が殺す』とアイリスを殺そうとしたんです。親父はやめる様に言ってました。俺はどうすれば良いのかわからなくて動けなくて、あのままだったらアイリスが殺されている所でした。でもヒヅチが止めてくれて、アイリスを殺そうとしている理由を知ったヒヅチが『殺すならワシが育てる』と言ってアイリスを連れていきました。

 

 ヒヅチに詳しい事情を説明しました。

 薄命故に情を抱く事が辛い事を、そしたら『死ぬまで面倒を見る。死を看取る』って言われて追い払われました。

 それから数日してからヒヅチに言ったんです。『神の恩恵』があれば寿命をどうにかできるかもしれない、と

 

 それから、神の恩恵について詳しく説明したらヒヅチが

『この子が自ら選択出来る様になるまでは鍛えよう、己が道を選べる様になったら選んだ道を歩める様に力添えをしよう』って言ったんです。

 

 すぐにでもオラリオに連れて行こうと思ったんです。旅路の危険はヒヅチとホオヅキが居れば大丈夫だって思って。

 

 でも、ホオヅキに止められました。

 

 今は【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が崩壊して治安が安定してないから行くのはやめろって。

 今行っても【闇派閥(イヴィルス)】が蠢いていて危ないって。

 

 俺はキキョウやヒヅチ、ホオヅキと相談して、オラリオの治安が安定するまでアイリスを鍛えてランクアップさせて寿命をどうにかするって決めました。

 ヒヅチは『この子が拒むのならばワシはただ甘やかして安らかに死なせる積もりだ』と言ってましたが、俺はアイリスに生きて欲しい。せっかく生まれたのに、何もできずに死ぬのはあんまりだと。

 

 それで、村の中で『忌み子』が毛嫌いされてて、『アイリス』と呼んでいたら一瞬で俺の子だとバレて村での立場が危うくなると言う事で『アイリス』じゃなくて『カエデ』と呼ぶ事になりました。

 

 前々から産まれた子供に『アイリス』と名付けるって騒いでいた所為で、そう呼べなくなりました。

 

 もう一人の子に『アイリス』って名付ければって言われましたが。最初の一人目の為に考えた名前だったので、ソレはやめました。二人目の子には『ヒイラギ』って名前を付けました。

 

 それで『カエデ』は順調に育って、ヒヅチの元で剣を持つ様になったんです。

 

 カエデを鍛える事が決まってから、ヒヅチはカエデに鍛錬を着け、俺はカエデの為に剣を打ち続けました。

 

 それから、流行病でキキョウが亡くなって、ヒイラギも、ヒヅチも流行病で倒れてもうだめかって思った時に、ホオヅキが特効薬を持ってきてくれて、なんとかヒイラギもヒヅチも助かって、でも叔父が『流行病を村に齎したのは白き禍憑きの仕業』だって騒ぎ出して、静かになってた村が騒がしくなって、カエデが石を投げつけられるようになりました。

 

 村で、カエデが石を投げつけられているのを、ただ見てる事しかできませんでした。

 ずっと、俯いて獲物を担いで運んでる自分の娘に何の声もかけれないんです。

 ヒヅチと居る時だけ、笑ってて、村に入ると俯いて視線に脅えてるんです。

 

 俺は、何もできませんでした。

 

 村の中で、叔父に脅されていました。

 『黒毛の狼人狩り』の悲劇を繰り返したいのか、と

 

 叔父は、一人の子供なんかより、群れが大切だったんです。

 

 親父は『後悔してからでは遅い、儂の様にならんでくれ』って言って、俺がカエデにこっそり剣を打っている事を黙っていてくれました。

 

 キキョウが死んでから、俺はヒイラギを守りながら待ってました。

 

 それで、ホオヅキがやっとオラリオが安定してきてカエデを受け入れてくれそうなファミリアを見つけたと伝えてきて、ようやくかって思ってました。

 

 次にホオヅキが訪ねて来た時にヒヅチとカエデがホオヅキに連れられてオラリオに向かって、その後に少し間をおいてから俺とヒイラギもオラリオに行く事になってました。

 俺は有名過ぎてカエデとなんか関係があると思われればカエデの足を引っ張りかねない。

 そんな風に考えてました。

 

 でも、ヒヅチが死んで、10日後ぐらいにカエデが居なくなってしまいました。

 

 ホオヅキが連れて行ったのかって思ったけど、違いました。

 

 親父がこっそりカエデに寿命の事を伝えてオラリオに解決策があるって教えてしまったそうです。

 しかも長旅に必要なお金や食糧を用立ててカエデを送り出してしまったんです。

 

 俺とヒヅチ、ヒイラギの三人の作戦をまったく教えていなかった所為で勝手な事をしてしまったと、親父は謝ってきました。でも、カエデの事だからきっと一人でオラリオに辿り着いてしまうだろうって思ったんです。

 

 もし、オラリオでカエデを見かけたら、助けてあげて欲しいんです。

 

 今まで、ずっと手紙が届いて無くて、九年も待たせておきながら、勝手だってのは分かってます。

 それでも、お願いします。カエデを見つけたら助けてあげてください。

 

 俺がヘファイストス様に贈った『百花繚乱』も、もしよければカエデに渡してください。

 

 代わりに何でもします。新しく剣を打ったり、なんなら奴隷になってもいいです。

 

 次にホオヅキが村に来たら、ホオヅキに事情を説明して一緒にオラリオに行く事にしました。

 

 ヒイラギは俺の血をしっかり引いているらしく、もしかしたら俺の作品以上の頑丈さを持った武器を打てる逸材かもしれないです。

 

 ps:驚くかもしれませんが、ホオヅキは()()【酒乱群狼】です。実は俺の義理の姉だったらしく、かなり助けられました。

 

        ヘファイストス様の事を四番目に愛しているツツジ・シャクヤクより

 

 

 

 

 

「…………」

 

 謎が氷解して、謎が浮上した。

 

 何故、あのツツジが子供を捨てる様な真似をしたのか。

 

 何故、手紙が届かなかったのか。

 

 二人居たのだ。双子。

 

 アイリスとヒイラギ。

 

 片方が忌み子だった。

 

 ツツジはどちらも見捨てられなかったのだろう。

 

 アイリスを見捨て、ヒイラギのみを助ければ何の問題も無かったかもしれない。

 

 だが、見捨てられなかったからこそ、ツツジはどちらも助けようと手を打っていた。

 

 半ば強引にオラリオに来ると言う手もあったかもしれない。

 

 しかし、九年前と言えば最強派閥の【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】の二枚看板が『三大クエスト』に挑んで主力が壊滅後、【フレイヤ・ファミリア】【ロキ・ファミリア】の二つのファミリアによって完全に消え失せた影響で【闇派閥】がオラリオ内部で蔓延っていた時期だ。

 少なくとも、カエデの様な毛色の珍しい狼人が居れば攫われて売りとばされるのがオチとなっていた可能性が高い。

 ソレを考えればギリギリまで待っていたと言う事情も分かる。

 

 手紙が届かなかった事情も、『黒毛の狼人狩り』が関係していたのか。

 

 『黒毛の狼人狩り』

 

 過去、と言っても四・五百年前の話だが黒毛の狼人は別名『群狼』と呼ばれていた。

 その時代に於いて『群狼』のみが習得する特殊スキルがチート並に強いと神々の間で流行った。

 一部の神々は、黒毛の狼人を半ば攫ってくると言った形で自分の眷属にすると言う事を行い、数多の黒毛の狼人が友人を、恋人を、我が子を奪われ涙を呑む形になった。

 

 特に黒毛の狼人は他の種族よりも仲間内の情が厚く……いや、厚すぎた。

 

 数多の黒毛の狼人が攫われた友人や恋人、我が子を取り戻そうと、()()()()()()()()

 

 殆どの場合、神威によって萎縮して神に攻撃する意思を削ぐ事ができるはずなのだが、黒毛の狼人は狂気を身に宿しやすく、結果として神威より狂気が勝り、神に手をかける者達が何人も現れ始めたのだ。

 

 黒毛は危険の証

 

 神々の間でそんな認識が広がりファミリアは黒毛の狼人と言うだけで差別や攻撃の対象として攻撃しだしたのだ。

 

 結果的に言えば、神々が引き金を引いた『黒毛の狼人狩り』はやがて、黒毛の狼人VSそれ以外の種族のファミリアとなっていった。

 

 その段階に至って、黒毛の狼人は恐ろしいポテンシャルを発揮した。

 

 『群狼』の名は伊達では無かった。

 

 例え無所属(レベル0)だろうが、『群狼』は数十人集まれば単独の一級冒険者を殺す事が出来る。

 

 十四~十五人集まった群狼を仕留めるのになんと一級冒険者四人がかりでも半日かかったのだ。

 

 そんな恐ろしい殺し合いも、元々数が少なかった黒毛の狼人が壊滅する事で終わりを迎えた。

 その後、数が激減した黒毛の狼人は何処かのファミリアに保護されて隠れ里を作り全滅は免れたらしい。

 

 神々を直接殺した狼人については神々の手で屠られたそうだが……

 

 あの争い以降、黒毛の狼人の危険性を理解した神々は黒毛の狼人に手出し禁止と言う法まで作り出した。

 

 そして、ツツジはそんな隠れ里から出て来た黒毛の狼人だった。

 

 あの頃と違い、狂気を身に宿した黒毛が激減して残ったのは比較的温厚な者達ばかりとなっていたし、黒毛の狼人は()()を形成していて初めて恐ろしいと称される種であり、ツツジ単独で群れを率いている所か仲間も一人もいなかった事、ヘファイストスはツツジが神殺しを行う様な人物には見えなかった事もあり、眷属として受け入れた。

 

 黒毛の狼人は危険だ。そんな思想が残っているとはいえ、神々も四・五百年前の出来事なんて気にもしていない。黒毛の狼人に殺されて天界に戻された神々は未だ恨み言を呟いているだろうが、地上に残っている神々は気にしていない。

 実際、殺された神々は産まれたばかりの子供を攫って眷属にしたりしていた為に激怒した狼人に襲われたらしく、同情の余地は無かった。

 

 ツツジもまた、群狼の名に恥じぬ様な、人を惹きつけるナニかを持ってはいたが、本人は全く活用する気が無かった。鍛冶以外に……と言うかヘファイストスの剣を折る事以外に興味を示さなかった。

 

 最近は黒毛はホオヅキ以外居ないと言われるほどになっていたが…… 

 

 そのホオヅキも、ツツジの義理の姉だと言う。驚きと言うか、本当だろうか?

 

 ……あのツツジとホオヅキが姉弟の関係だと?

 

 いや、義理の姉か。いや、そうじゃない。あの『狂ってる』等言われてるあの眷属と?

 

 むしろ、納得できる理由とも言えるのだが……

 親、兄弟、友人、恋人。何れかに何かあれば容赦の欠片も無く相手を殲滅する。

 黒毛特有の情愛の厚さからくる狂気染みた攻撃性をホオヅキも持っていた。

 ツツジも【ヘファイストス・ファミリア】所属時代に団員を攻撃された際に激怒して相手を半殺しにした事もあった。

 

 しかしホオヅキ、ホオヅキねぇ……つい昨日もやらかしたあの眷属が……

 

 …………考えるのをよそう。あのホオヅキが次にオラリオに来る時にツツジが共にくるらしい。

 

 ……いや? ホオヅキはもう既にオラリオに居る。時間を考えればツツジがオラリオに来ていなければおかしい気はする。

 

 どういう事だろうか?

 

 ……あまり、良い感じはしない。

 

 もしかしたらツツジに何かあったのでは? あのホオヅキが荒れている理由がツツジに何かあった事が関係しているのなら……

 

 ホオヅキに聞くのが一番だが、今のホオヅキの様子ではまともな話が出来るとは思えないし、眷属に探しに行ってもらう事はしたくない。そうなるとツツジの事が気になるのだが……

 

 今は置いておこう。

 

 他にも気になる所が多いが、気になった部分をもう一度読み返す。

 

『ヘファイストス様の事を四番目に愛しているツツジ・シャクヤクより』

 

 この一文、わざわざ順番を記載している理由。なんとなく察しはつく。

 

 一番はキキョウ、二番目と三番目、いや三人とも一番か。キキョウ、アイリス、ヒイラギの三人が一番、そして四番目のヘファイストス。

 

 ここで『ヘファイストス様を一番愛してる』と書かないのはあの頃と気持ちは変わっていないと言う意思表示だろう。なんだかんだ言いつつも、ツツジはヘファイストスに靡く事はしなかった。

 悔しい気もするが、同時にツツジらしいなと安心もした。間違いなくツツジの手紙だと断言できる。

 

 そして『『百花繚乱』をあげてください』と言う一文。

 

 『百花繚乱』

 

 【疑似・不壊属性(デュランダル・レプリカ)】ツツジ・シャクヤクが最後に打ち上げた一本の大刀。

 

 ツツジはそれまで特殊武装(スペリオルズ)を作る事をしなかったが、最後の最後に打ち上げた剣には再生効果(リジェネレート)を付与した特殊武装(スペリオルズ)を作り上げた。

 

 再生効果(リジェネレート)の効果は単純に武装の耐久を徐々に回復させると言うモノ。時間をかければ完全に新品同然の状態まで再生する為、武装を消耗する冒険者にはありがたい効果である。

 当然だが折れてしまえば効果は失われてしまう上、耐久力が低下すると言う欠点がある。

 

 結果として、耐久が回復する以前に折れたりしてしまって使い物にならない特殊武装(スペリオルズ)として知られているソレだったが、ツツジの作り上げる不壊属性(デュランダル)に匹敵する耐久力の前に、再生効果(リジェネレート)の耐久力低下はそう大して違いは無い為、ツツジ曰く『ぜってぇー壊れねぇ武器作ったから、俺が死んだ後もずっとヘファイストス様の傍に置いとけるぜ。大事にしてくれよ』との事。

 

 レベル4の時点でヘファイストスの儀式の剣を圧し折った為、そのままオラリオを去ったツツジだが、最後にこの『百花繚乱』を打ち上げた後、ステイタスの更新を行ってからオラリオを去って行った。

 その最後の更新にてツツジは『偉業の証』を手にしていた。

 残念な事に基礎アビリティがD以上になっておらず、レベル5にはなれなかったのだが……

 

 ツツジがオラリオを去ってから、しばらくしてその大刀の異常さに気付いた。

 

 凄まじい再生能力を有していた。

 

 ツツジに嫉妬していた眷属の一人が『百花繚乱』を折ってやろうと数多の手段をもってして『百花繚乱』を折ろうとした。

 

 結果はその眷属の心が折れた。

 

 凄まじい熱で焼こうが、凄まじい重圧をかけようが、剣を幾度打ちつけようが、揚句、バトルハンマーや大型武装で圧し折りにかかったが、傷付ける事がやっとだった。

 

 そして、その傷も数秒もしない内に再生して消え失せると言う始末。

 

 結果として不壊属性(デュランダル)ではないのに破壊出来ない大刀と言う恐ろしいモノとして神々に認識される事になった。

 

 神々の間では密かに『不滅属性(イモータル)』等と呼ばれる程の耐久力と再生能力を有した、オラリオ最高峰の鍛冶師をはるかに超えた特殊武装(スペリオルズ)である。

 

 見た目は切っ先に行くほどに分厚く、幅広になった大刀で、装飾が一切施されていない武骨な武器ばかり作ってきたツツジにしては珍しく、剣の側面に精密な細工がしてあり、血溝の役割も果たすその細工は、百花繚乱の名の元にもなったモノで、精密に描かれた数多の花々の咲き乱れた姿が掘り込まれている。

 

 柄も、鞘も、全てに装飾を施した一本の剣。

 

 【へファイストス・ファミリア】を去る前に、最後の最後にツツジが打ち上げてヘファイストスに贈った剣。

 

 手入れの行き届いた『百花繚乱』に手を伸ばして溜息を吐く。

 

 これを渡す。ソレは出来ればしたくない……ツツジが自分の為に作った最後の一本だから。

 

 どうするか考えてから、『百花繚乱』を机に置く。

 

「どうしようかしらねぇ」

 

 ツツジが知ったらどう思うだろうか?

 

 カエデはちゃんとオラリオに到着しており、あの【ロキ・ファミリア】に入団していると知った時。

 

「あ、ロキからの手紙」

 

 そこまで思い至って、ロキからの手紙を思い出し、直ぐにツツジの手紙を丁重に箱に仕舞ってからロキの手紙の封を切る。

 

「何があったのかしらね」

 

 そう呟きながら、ヘファイストスはロキからの手紙を開いた。

 

 

 

 

 

 ファイたんへ

 

 カエデたんが放火魔(バスカヴィル)に焼かれて、防具全部焼失して死にかけたから、新しい防具買いに行くわ

 後、剣も焼かれて傷んどるかもしらんから見て欲しいわ

 

 ロキより

 

 

 

 

 

「……はい?」

 

 短い手紙に思わず首を傾げ、それから書いてある内容を認識して、呟く。

 

「え? あの子いきなり中層に突っ込んだの?」

 

 流石ツツジの娘だ。なんと言うか予想外の事をしでかすあのツツジをしてあの子ありと言った感じか。

 

 ……死にかけた? ちょっと待ってほしい。どういう事なのか……




 黒毛の狼人

 通称『群狼』

 常に群れで行動し、何をするにしても群を中心に動く種族

 常に群れの中で『巨狼の血』を引く者が長として君臨し、群れの一部となった狼人は長の命で動く。恐れを知らず、長の命に従うその様は数多の試練を乗り越えてきた一級冒険者ですら恐怖を抱くほどの狂気を宿した行動力を見せつけてきた。

 情愛が強く、群れの誰かが望まぬ形で命を落としたり攫われたりしそうモノなら、相手がモンスターであれ人間であれ、報復を行う狂気を宿した種

 例え神が相手であろうがその報復の牙が止まる理由とはなり得ぬほどの狂気をその身に宿す。

 逆に一度でも群れの仲間と認められればどんな手段を使ってでも守ろうと動く為、何も分らぬ無垢な赤子の状態で攫って育てる事で、凄まじいまでの戦闘能力を有した集団に育てる事が出来る。

 この特徴を生かして赤子を攫う神が絶えなかったが、怒り狂った黒毛の狼人の手によって幾人も屠られてきた。

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