生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
泣きながら、ずっと考えていた答えを見つけ出した。
『姉上、私が姉上に代りかの穴を塞いできます』
少女は眠る姉に宣言し、しかし言い直して亡き父の言葉使いを借りて言いました
『待っていろ姉上、ワシが必ず願いを叶えよう』
だから、どうか待っていてくれ
少女は母の形見の壊れた簪と父上より贈られた刀を手に家を出た。
カエデは、目の前で奇妙な悲鳴を上げて気絶した羊人の女性を見て困惑していた。
【ロキ・ファミリア】の本拠の一角。
医務室の前の廊下を通った際に、医務室から眠たげに目を擦りながら羊人の女性が出て来た為、カエデは礼儀正しく挨拶をしたのだが……そうしたら、ゆっくりと目を見開いて少し間を置いてから「ピィッ!?」等と言う奇妙な悲鳴を上げて倒れてしまった。何事かと慌ててカエデが駆け寄ってみれば、気を失っている様子で困惑する羽目になったのだ。
何故気を失ったのか? さっぱり分らずに困惑しているカエデに、一緒に歩いていたジョゼットが歩み寄ってカエデの肩を叩いて首を横に振った。
「その人はペコラ・カルネイロと言う人で、見た目通り羊人です。が、ここからが重要ですが。この人は狼人がとても苦手なのです。目があっただけで気絶してしまう程に」
「え? 苦手?」
ペコラ・カルネイロと言う女性は、年頃は10代後半ぐらいで、ふわりとした質感の白髪に灰色の瞳で、セーター等で大分厚着をして全体的にもこもこした雰囲気をした人物である。
どう考えてもカエデの倍近い年齢の筈なのだが、幼いカエデ相手でも狼人だというだけで気絶してしまうらしい。
カエデとしては唐突に目の前で倒れられれば流石に驚くのだが、ジョゼットは慣れた手つきでペコラを担いで医務室のベッドに放り込んだ。
「カエデは気にせずとも良いですよ。何時もの事ですし。ベートさんとかよく出会い頭に気絶させてますから」
ペコラ・カルネイロが枕に顔を押し付ける形でベッドに放り込んだ後、ジョゼットは肩を竦めながら医務室の入口を指差した。
「行きましょうか。ペコラは近くに狼人が居ると気絶しっぱなしになってしまうので、ここに居ると迷惑でしょうし。あぁ、謝る必要は無いですよ。ペコラ自身も勝手に気絶してる自覚があるのでむしろ申し訳なく思っているみたいですし……逆に謝罪の為に顔を合わせたらまた気絶させてしまいますからね」
そう言えばリヴェリア様から「目が合うと気絶する羊人が居るが、気絶したら適当に廊下の隅に転がしておけ」と言われていたのを思い出した。扱いが雑だと思うのだが、本人自身も納得しての事らしい。
何故、狼人と目があっただけで気絶してしまう様な人物が【ロキ・ファミリア】に居るのだろう?
「……あぁ、かなり便利なスキルを持ってるんですよ。……カエデさんは理由があって利用できませんが……後は、見た目は戦いに向かなそうな人ですが、かなりの実力者ですよ。レベルも4ですし」
「レベル4?」
申し訳ないが、見た目だけで言わせてもらうなら、ごく普通の荒事の似合わない優しそうな雰囲気の女性だったのだが……準一級冒険者?
「『
冒険者は見た目で判断してはいけない。
そんな格言染みた言葉を呟いてジョゼットは笑った。
「ペコラが弱そうに見えるのは仕方無いですよ。実際、新人は皆ペコラの事を舐めてかかりますからね……まぁ、それが間違いだと気付けば皆直ぐに態度を改めますがね。それよりもカエデさんは今から【ヘファイストス・ファミリア】へ行くのでしょう? 時間の方は大丈夫ですか?」
二日前、カエデは『
残った『ウィンドパイプ』も刀身部分の刃金のみが残っている状態で、武装として使い続ける事も出来なくはないが難しいと言った状態に陥っていた。
その武装を再度整える為に、今日は【ヘファイストス・ファミリア】を訪ねる事になっている。
時間を聞かれ、カエデは首からチェーンで下げていた時計を見て頷く。
「時間の方は大丈夫です」
「そうですか。私はこれからダンジョンに向かいますので、また後程お会いしましょう。それでは」
ジョゼットをエントランスまで見送り、カエデはもう一度時計を確認してからエントランスの隅っこに置物の様に立つ。
今回はフィンが忙しく付き添いはガレスとロキと後もう一人誰かを連れて行くと言う話だった事を思い出しながら、カエデはエントランスを抜けてダンジョンへと向かっていく団員一人一人に頭を下げて「行ってらっしゃい」と声をかけていく。
殆どの団員が気前よく挨拶を返すのに対し、銀毛の狼人の少年、ベート・ローガはエントランスの隅に立ってダンジョンに向かう団員に挨拶をしているカエデを見て目を逸らした。
カエデはベートにも挨拶をするが、ベートは耳を一つ揺らしただけでその前を素通りしていく。
若干、悲しそうに尻尾が垂れ下がったカエデの前で、ベートがエントランスを抜ける為に扉に差し掛かった瞬間、ベートの後頭部に凄まじい勢いでティオナのドロップキックが叩き込まれた。
「無視するとか可哀想でしょッ!!」
「グブッ!? 何しやがるッ!!」
「挨拶してくれてるんだから、挨拶仕返しなよ、カエデおはよー」
「おはようございますティオナさん」
後頭部を強打され、苛立った様子のベートは鼻を鳴らしてティオナを睨む。
「俺がどうしようが俺の勝手だろ」
【ロキ・ファミリア】内部でベートの態度の悪さは知れ渡っている。理由あっての事だがソレでも目に付く素行がベートは暴力的な人物で関わると碌な事にならないと団員達の一部から避けられたりもしているのだ。
そんなベートに律儀に挨拶をするのは、お気楽か律儀か真面目な性格をした団員のみである。
ジョゼット、カエデやアイズ等の律儀な性格の者達はベートを見ても嫌な顔をせずに挨拶をし、ラウルやティオネ、ティオナ等一応ベートの性格を少しだけ理解している者達も挨拶をする。
だが、入団一年目の新人達はベートの雰囲気に気圧されて挨拶しようと言う者は居ない。
そういう意味では気圧されずに挨拶をしに行くカエデは希少な部類だろう。
「はぁ、そんなんじゃ嫌われるよ?」
「ハッ、嫌いたきゃ勝手に嫌ってろ」
付き合ってられない、言外にそんな雰囲気を纏ったベートは鼻を鳴らしてエントランスを抜けて出て行ってしまった。
ティオナは肩を竦めてから改めてカエデに向き直った。
「カエデは今日は【ヘファイストス・ファミリア】に行くんだよね。もし【
両手を合わせてお願いと言ってきたティオナに、カエデは一応頷いておく。
「もし可能なら……交渉だけはしてみます」
「ほんと? ありがとー。なんかお土産持って帰ってくるねー」
そう言うと手をぶんぶんと力強く振りながらティオナはダンジョンに向かうべくエントランスを後にした。
ソレを見送ってから、カエデは一息ついて時計をもう一度見る。
そろそろ時間だな、等と考えているとロキの軽い足音と、ガレスの重い足音が近づいてきているのに気が付いて顔を上げて其方を見る。
「カエデたんお待たせやー」
「すまんの、少し時間がかかってな」
「……ペコラさんは狼人が苦手なのですが、苦手なんですよ? なんでペコラさんが……」
いつも通り剽軽な仕草で手を振るロキに、その後ろを歩くガレス。ただ歩いているだけだというのにガレスには全く隙らしい隙が見当たらない。意識してみれば何処をどう攻撃しようが防がれてしまう未来しか見えない。
そしてその横、目をギュッと瞑りながらガレスの服の裾を摘まんだペコラ・カルネイロがぶつぶつと呟きながら歩いていた。
先程、気絶させてしまったペコラが何故一緒に来ているのか分らずに首を傾げれば、ロキも同じく首を傾げた。
「カエデたんどしたん?」
「あ、いえ……ペコラさんはどうして来たのかなと」
「ん? ペコラたんの事知っとったん?」
「今朝に……その、出会い頭に気絶されました」
「……あー」
カエデの困惑した態度に察しがついたのか、ロキは頬を掻いてからペコラに手招きをする。
「ペコラたん、カエデたんに挨拶してえな」
「……ロキはペコラさんを殺すつもりですか?」
ロキの言葉に、腹の底から絞り出したかのような重音な声で答えたペコラの首根っこをガレスが掴んでカエデの前に引き摺り出した。
「ほれ、しっかり挨拶ぐらいせんか」
「……ひぃっ!? ちょっ、ちょっと待つのですよ。ペコラさんは心の準備が――――ピギィッ!?」
引き摺り出され、カエデの目の前に来たペコラは、カエデと目があった瞬間にまたしても珍妙な悲鳴を上げて白目を剥いて気絶してしまった。
ガレスが首根っこを掴んでいるので倒れる事こそ無いが、目の前に気絶した女性が吊るされている様子にカエデは困惑の表情をロキに向ける。
「……ロキ様、あの……」
「カエデたんは気にせんでええよー……なんで自分の半分ぐらいの年の子相手に気絶しとんねん」
「はぁ、コレが無ければ直ぐに一級に上がれる実力があるのだがなぁ」
呆れ顔のロキに勿体ないとこぼすガレス。
すると、ペコラの体がびくりと跳ねて、くわっと目を見開いた。
「ペコラさんはペコラ・カルネイロと言います。
唐突にガレスの手を振り解いてカエデに詰め寄り、叫ぶ様に自己紹介をしたペコラに、カエデは驚いて飛び退いてから、カエデも続いて自己紹介を始めた。
「えっと……カエデ・ハバリです。
「……カエデたんマシュマロ好きやったんか、知らんかったわ」
カエデの自己紹介にロキが反応してからにっこり笑ってペコラを見る。
「やれば出来るやん」
「ペコラさんは出来る子なのです。そう、ちゃんと心の準備をすれば狼人なんて……狼人な……ん……て…………」
勢いよく、頷いてカエデを睨んだペコラは、徐々に顔色を青褪めさせ、そのまま言葉が尻すぼみになっていき、最後には白目を剥いて気絶してしまった。
流石にこの羊人の様子になんと感想を言えば良いかわからず困惑しきったカエデはロキを見るが、ロキは肩を竦めてから床に倒れ伏したペコラを示して口を開いた。
「……ガレス、悪いんやけどペコラたん運んでくれへん?」
「わかっとる」
ガレスは溜息を零してから、ペコラを担ぐ。
何故、こんな人を連れて行くのだろう?
「せや、カエデたん。言っとらんかったけど、今日は【ヘファイストス・ファミリア】だけやなくて【ミューズ・ファミリア】にも寄ってくわ」
「……【ミューズ・ファミリア】?」
【ミューズ・ファミリア】と言えば歓楽街の【イシュタル・ファミリア】と二分している娯楽系ファミリアであり、主に音楽や歌等を披露する『あいどる』なる者達等が所属しているファミリアだったはずだ。
後は『旋律スキル』に関しては他のファミリアの追随を赦さない程の技量を誇っているらしい。
「カエデたんの【
【ミューズ・ファミリア】は隠し事を殆どしていない。
『旋律スキル』と言えばあまり使い勝手の良くないスキルとして冒険者の間で広まっているが、このファミリアはその『旋律スキル』を覚えた者達が数多く所属しているファミリアで、『旋律スキル』に関する知識は最高峰であるらしい。
本来なら『スキル』に関する事は秘匿するのが普通だが【ミューズ・ファミリア】はむしろ自分達から進んで『旋律スキル』の知識を広めている。
理由としては一人でも多く『音楽』の素晴らしさに気付いてほしいからだとか。
【ミューズ・ファミリア】には【
例外としては【イシュタル・ファミリア】がちょっかいをかけているが、その度に【
撃退できるだけの戦力と、周りの環境によって安全が確保されたファミリアだが、九姉妹の内の一人に頭のまわる者が居り、その一人が今の状況を維持しているらしい。
そして、かの【
【
『聖律』『聖言』効果向上の効果を持つ『旋律スキル』を持っておりそれなりの実力者である。
【
ちなみに【呪言使い】はレベル6相手には効果が薄れるが、ペコラの技はレベル7、オラリオ最強のあの【
『邪声』『邪律』はレベル差での
まぁ、ただ唄を聴かせるだけで眠らせられる訳ではないので、倒せるか否かで言えば不可能だそうだが……
そして、ペコラのその繋がりから、カエデに対して【
本来、そういった技は他のファミリアの団員に教えたり等はしないのだが、【ミューズ・ファミリア】はそこら辺を一切気にせずに技を広めようとしているらしい。
ロキはフィンの報告にあった『不自然な自己強化』についてを調べるついでにカエデに『邪声』系の技を習得させようと言う魂胆だ。
「わかりました」
「せや、んじゃファイたんの所顔出してからいこか」
ペコラを担いだガレスを先頭に、ロキとカエデが並んでエントランスを後にした。
ロキの考えでは、カエデには『邪声』系の技が必要だろうと思っている。
一朝一夜で身につく技ではないだろうが、ソレでも『邪声』系の技はそれなりに有用なモノも多い。
『
上手く使いこなせばカエデのスキル上、格上にも通用する小技となろう。
流石にレベル差2つを超えればきついが、レベル1つ上程度なら相手の動きを縛る事ができる。
格上殺しは分りやすい偉業であり、格上相手にも通用する小技があるのなら『試練』の難易度をほんの少しでも下げる事ができ、結果的にカエデの生存率は上がる。
そういった事情もあり、ペコラを連れて行こうと言うのだが。
肝心のペコラは狼人に対して大きなトラウマを持っているため面倒な状況になっている。
しかも、だ。
ペコラの
ペコラ・カルネイロの使う『聖律』『聖言』の合わさった
それも、
これが有ればカエデの疲労も一週間待たずに回復できただろう。致命的なまでに狼人が苦手だという欠点さえなければ……
最初、カエデの入団を決めた時にはそもそもペコラの事は考えもしなかった。
ペコラに狼人に子守唄を聴かせてあげてくれ等とお願いした所で『無理』の一言で終わりだろう。
だが、カエデに成功の芽が見え、なおかつこれから先の過酷な試練を予期した今、少しでもカエデの未来を考えてペコラには多少無理して貰おうと考えたのだ。
無論、ペコラが本気で拒否するなら止めるつもりではあった。
交渉の末、ペコラ自身も『狼人が苦手で一級にいつまでも上がれないというのは悔しいですので、努力はしてみます。愚痴を零しますが大目にみてください』と前向きに向き合おうとしていたのだ。
愚痴を零したりしているモノの、本人もやる気だし、カエデのランクアップの助けにもなると多少強引にペコラとカエデを引き合わせたが。一応自己紹介は出来る様子だった。
しっかり心構えをして、カエデと向き合えば……ただ、あの状態で子守唄が歌えるかと言えば無理だろうが……
もしペコラの子守唄がカエデに対して使用可能になれば、カエデの迷宮探索の間隔を二日に一回にしても良いかもしれない。
まぁ、まだ机上の空論だし、気絶してガレスに担がれているペコラの様子から大分先の話にはなりそうだが……
ペコラの姉に『邪声』系の技を教わりつつも、ペコラとカエデを出来る限り引き合わせて慣れて貰う。
試練が現れるより先にペコラが慣れればいいのだが……
名前【
好きな事『寝る事』
嫌いな事『説教される事』
白髪に灰眼、背は低めでセーター等を重ね着している所為か全体的にもこもこした雰囲気の女性。頭の巻角は綺麗に渦巻いており密かに誇っている。
気弱(に見える)でか弱い(様に見える)女性だが戦い方は豪快の一言。
自らの巻角を模した頭を持つ大槌『ホーンヘッド』を振り回し、見た目のか弱さをぶち壊すドワーフ並の高耐久を誇る女性。
それこそレベル1の時にバトルボアの突進を真正面から受け止めてしまう程の恐ろしい耐久を誇っていた。
ロキ・ファミリア入団以前の幼い頃に、
『聖言』『聖律』の二つを合わせた二つ名の元になった子守唄は数秒で相手を眠りに陥らせ、一時間ほど子守唄を聴きながら眠れば、
狼人に対するトラウマさえなければ直ぐにでも一級に成れる才能かあると言われている
名前【
好きな物『蜂蜜』
嫌いな物『特に無し』
黒髪に灰眼、背はペコラと同じく低めで闇色のローブに外套、顔の左半分を隠す眼帯を身に着けている女性。ペコラの姉。頭の巻角は若干捩じくれており、左側が若干大きく、右側が小さく左右非対称になっている。
過去に狼人によって両親を惨殺されており、ついでとばかりに殺されそうになっていたペコラを庇った際に負った傷が残っていて、顔の半分に大きな傷跡が残っておりソレを隠す為に眼帯を身に着けている。
数多くの【
最近の悩みは【