生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 穴に近づけず、焦りばかりが募る日々

 そんなある日、故郷から贈り物が届いた

 姉の名の刻まれた綺麗な石

 持っているだけで不思議と力が湧いてくる不思議な石

 少女は首飾りにしてソレを身に着けた



 姉が少女の為に用意してくれた物と疑いもせず


『呪言使い』

 【ミューズ・ファミリア】の本拠、オラリオの南のメインストリートに面する大劇場(シアター)の直ぐ近くに存在する。

 特に拠点名が定められている訳ではないが、規模はかなり大きい。

 

 複数の女神が募ってできたファミリアだけあり、女神の数だけ本拠が存在するらしく、その中の一つに【呪言使い(カースメーカー)】が拠点があるらしい。

 

 【呪言使い(カースメーカー)】が主神として仰いでいるのはウーラニアーと言う女神で、ミューズの神々の中では未来予知に通じる神である。

 本人は本拠でゆったり過ごしているらしく、基本的に居留守をして居る事が多いらしい。

 

 

 

 

 

 道中、何故か大瓶に入った蜂蜜を購入してガレスが持つ荷物に追加してからロキ、ガレス、カエデ、ペコラの四人は【ミューズ・ファミリア】の拠点の一つに足を運んでいた。

 

「良いですか、それ以上ペコラさんに近づかないでください、良いですか? フリじゃないですよ? 近づいたら噛みつきます。本気ですからね? 冗談じゃないですよ?」

 

 じりじりと、カエデと目を合わせながら後退していくペコラの姿に、ロキとガレスの呆れた様な視線とカエデの困惑の視線が突き刺さる。

 

 今現在の居場所は【ミューズ・ファミリア】の拠点の一か所、【呪言使い(カースメーカー)】が利用している拠点の門の前である。

 

 門の前には特に見張りが居る訳でも無く、人は居ない。

 

 そんな門に背をむけてじりじりと後退して門に近づいていくペコラの姿は不審者以外の何者でもない。

 

 この拠点に到着した時にはペコラは気絶した状態でガレスに担がれていたが、ロキの指示でペコラを起こすと、途端にカエデから距離をとり、カエデから視線を外さないようにしながらも、ロキに【呪言使い(カースメーカー)】に話を通してくれと言われて門の方へ移動し始めたのだが……

 

 此方に視線を向けたまま、じりじりと門に近づくペコラ、その後ろの門が音も無く開き、黒髪に灰眼のローブ姿の羊人の女性が顔を覗かせたのが見えた。顔半分を覆う眼帯を身に着けた女性が人差し指を口に当てて静かにと言う合図をしながらするりと門を出てペコラの背後に近づいていく。

 

「あ……」

「なっ!? なんですかっ!! 驚かさないでください、ペコラさんは心臓が口からポロリしそうなんです「久しぶりだなペコラ」ヒギャアァァァァァァアッ!!??」

 

 思わず声を出せば、大げさなほど驚いたペコラが胸に手を当てて呼吸を整えようとし、ソコに後ろから近付いた羊人の女性がペコラの肩を叩いた瞬間、ペコラの悲鳴が響き、思わずカエデは両手で耳を塞いだ。

 

「フフッ、久しぶりだねペコラ、元気にしてたかい」

「なっ何をするですかっ!! いくらお姉ちゃんと言えど酷いのですよっ!! 今ちょびっとチビッちゃったかもしれないじゃないですかっ!!」

 

 毛を逆立ててペコラの姉、【呪言使い(カースメーカー)】キーラ・カルネイロに詰め寄るペコラの頭をポンポンと撫でてから、キーラはロキに向き直った。

 

「やぁ、神ロキ。久しぶりだね。話なら室内へ案内するよ?」

「キーラたん久しぶりやな、頼むわ」

「え、ちょっ、ペコラさん無視するなんて酷いのですよっ」

 

 騒ぐペコラを無視して、キーラは門を大きく開け放ち、ロキとガレス、カエデを迎え入れる。

 

「話は室内で、ロキとガレス、そこの狼人も着いてくると良い」

「ペコラさんも居るのですが、あの、聞いてますか? ちょっとペコラさんもーヒギャァッ!?」

「あっ……ごめんなさい」

 

 誘われるがままにキーラの後をついていくロキとガレスに続いて、カエデも後を追えばペコラが不用意に近づいてきたカエデを見てそのままパタリと倒れてしまった。

 流石に今のは悪いと思ってペコラに謝るが、意識の無いペコラはピクリとも動かない。

 

「……ガレス、ペコラたんを頼むわ」

「あぁ、カエデ、オマエはロキと先に行っていろ」

「……はい」

「まだペコラのソレは治ってないのか」

 

 扉を片手で抑えたまま、呆れたように呟くキーラは、カエデをちらりと見てから呟く。

 

「流石にこんな子供相手に脅えるのは滑稽が過ぎるんだが……」

 

 

 

 

 

 気絶したペコラを客室のベッドに寝かせてから、ロキはキーラと向かい合って交渉を行っていた。

 

 机の上には人数分の紅茶とお茶請けのクッキーが数種類。

 ジャムの乗ったクッキーを気に入ってガレスの分も貰って食べているカエデはロキの話から自分が【呪言使い(カースメーカー)】から複数の技術を伝授してもらうらしい事をなんとなく把握した。

 

「っちゅー訳で、カエデたんに邪声系の技をいくつか伝授して欲しいんよ」

「ほう」

「後はカエデたんが使っとる自己強化の理由も探って貰えると助かるわ」

「……ふむふむ」

 

 【呪言使い(カースメーカー)】キーラ・カルネイロ

 暗いイメージを持たせる二つ名であり、衣類も【呪言使い(カースメーカー)】の二つ名のイメージそのものではあるが、本人はいたって普通の女性であった。

 

 ソファーに腰かけたまま、対面に座るロキ、その横で立ったまま腕を組むガレスに、ロキの横に座る幼い狼人を灰色の片瞳で見据えてから、キーラは一つ頷いた。

 

「ソレは構わないが、料金を取るぞ?」

「……お金がいるんですか?」

「あぁ、主神の方針では無料で教える事になっているが、私個人に対しての依頼だ。依頼料は私が決める。もし無料でやって欲しいのなら、主神を通してくれ」

 

 きっぱりと言い切ったキーラは、クッキーを一つ摘まみとって齧ってから、齧った断面をカエデに向けながら呟く。

 

「特に狼人には良い思い出が無い。故に主神の願いでも無料でと言うのは正直嫌だ」

 

 敵意がある訳ではない。不愉快と言う訳でも無い。

 ペコラを後ろから驚かした時に宿っていた悪戯っぽい笑みの様な感情が宿っていた瞳は、今はただのガラス玉が嵌っているかのような無機質さを剥き出しにしながらカエデを見据えている。

 思わず身震いすると、ロキが呟いた。

 

「ガレス」

「あぁ、これだろう?」

 

 ガレスは荷物の中から、蜂蜜がたっぷりと詰まった大瓶を取り出すと、机の上に音を立てて置いた。

 唐突な行動にカエデが目を点にしていると、キーラががたりと立ち上がった。

 

「ふむ、分っているじゃないか。良いぞ、とても良い。最近主神から蜂蜜禁止令が出されて自分では買いに行けなかったんだ。よし良いだろう。技でもなんでも教えてやる。何を教えて欲しい」

 

 立ち上がったキーラの瞳はキラキラと今まで以上に輝いており、先程のガラス玉を思わせる無機質な瞳は何処かに消え去ってしまっていた。

 

「……え?」

「うっし、んじゃ今回の依頼受けてくれるんやな?」

「あぁ、任せろ。完璧に技術の伝授を行ってやる」

 

 狼人に良い思い出が無い。敵意は無いが無機質な瞳を向けてきた相手が、蜂蜜の大瓶一つで豹変したのを見て、流石に訳が分らずカエデはロキを見れば、ロキは親指をグッと立てた。

 

「キーラたんの好物は蜂蜜や。なんかお願い事があったら蜂蜜渡しておけば大体のお願い聞いてくれるで」

「でも、なんか狼人には良い思い出が無いって……」

 

 ロキの言葉にカエデが疑問を呈せば、直ぐにキーラが親指を立てて腕を突き出して言い切った。

 

「確かに、私は狼人は好きじゃない。過去に【酒乱群狼(スォームアジテイター)】に酷い目に遭わされたからな。だがそんなモノは蜂蜜の前では些事に過ぎないのだよ。良いかね?」

 

 狼人への嫌悪感は、蜂蜜の前にはどうでも良い事らしい。

 

「流石ロキだ、しかもかなり良い蜂蜜じゃないか。これは良いぞ、とても良い」

 

 机の上に置かれた蜂蜜の詰った大瓶を嬉しそうに撫でながら、キーラは満足げに頷いていた。

 

「……ソレで良いんでしょうか」

「あんまり深く考えると面倒だぞ。こういう時は考える事自体無駄だ」

 

 ガレスの言葉に思わず納得し、カエデは先程のキーラの異常な様子は記憶から投げ捨てる事にした。

 

 

 

 

 

 キーラの個人的な訓練用の一室。大き目の部屋には一面がガラス張りになった場所があり、その向こうの部屋にガレスとロキ、目が覚めたペコラが椅子に座っていた。

 

 キーラの扱う邪声系の技の数々は敵味方問わずに重大な被害を齎す為、基本的に防音がしっかりとした部屋を使って訓練を行うらしい。

 

 キーラと向かい合って立つカエデに向かって、キーラは大きく息を吸うと睨みつけて呟く様にぼそぼそと言葉を零した。

 

動くな

 

 小さい呟きの筈のソレは、大きく部屋に響き渡る。いや、カエデの耳にはまるで他の音を塗り潰すかの様な大音量で聞こえ、その言葉の通り、カエデは動きを止めた。

 

 いや、止めたわけでは無い。動けないのだ。

 

 まるで金縛りにあったかの様な現象に、カエデはどうにか自由を取り戻そうと足掻くが、どうにもならない。

 

「さて、今のは『呪縛命令(バインド・オーダー)』の一つだ。私の二つ名【呪言使い(カースメーカー)】の代名詞とも言える技の一つ。これは『邪声』効果の中でも分りやすく、効果も強い……どうだ? 動けないだろう?」

 

 そんな身動きが取れなくなったカエデをよそに、キーラが説明をしてくるが。カエデは口を開く事も出来ない。瞬きは出来るし呼吸も出来る。だが視線は固定されて指先一つ動かせない。

 

「効力は様々だが……動いて良いぞ

 

「っ! 今のは……」

 

「いきなりやってみろなんて言わないし、私には効果が無い。邪声系の技はレベル差があると無力化されてしまう。ソレを忘れると面倒だからな」

 

 キーラ曰く

 

 『邪声』『邪律』系の技は使用者よりも対象者のステイタスが高い場合は効果が落ちる。

 レベルが高い場合は完全に無力化されてしまう。

 旋律スキルに『邪声or邪律』効果向上と言う追加効果が存在するのならレベル差一つまでは効果を齎せる。

 

「他には……そうだな。『死ね』と命令するだけでも相手を殺せるが。これはかなり難しいな。私が使っても三級(レベル2)冒険者までしか効果を発揮しない」

 

 『死ね』、そう言葉にするだけで相手を殺せるらしい。

 思わずギョッとしてキーラを見れば、キーラは呆れ顔を浮かべていた。

 

「当然だが、オマエを殺す気なんぞ毛頭ない。と言うか殺したらその後私が挽肉になる未来しか見えない。私の主神の未来予知並に的中する未来予想だぞ? それに報酬を受け取っておきながら途中でやっぱやめたなんていう積りは無いから安心しろ」

 

 その言葉に安心して吐息を零せば、キーラは心底呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

「神でもない癖に相手の言葉を鵜呑みにし過ぎだろう。少しは警戒を残せ……と言うか失礼な話だが、狼人、オマエが『邪声』効果向上の付属効果付きの旋律スキルを習得したと言うのが正直信じられんのだが」

「……? 何でですか?」

 

 『聖律』『聖声』の効果向上系の付属効果を持った旋律スキルを覚える眷属には共通点があり、誰かの為に喜び、怒り、悲しみ、笑える様な他者への共感性の高いと言う点。

 『邪律』『邪声』の効果向上の付属効果を持った旋律スキルを覚える眷属は、誰かを恨み、羨み、憎み、呪う様な他者への劣等感が強い人物に発現する。

 

 キーラとカエデは初対面である。故にキーラはカエデの事に関して何も知らない。

 

 せいぜいが『神ロキの依頼で邪声系の技術を教える珍しい毛色の狼人の子供』程度である。

 

 だが、妹の反応や、話を聞いてみた感想を言うのであれば『純粋で無知』だ。

 

「まあ、オマエが心の中にどんなモノを隠し持っていた所で、ワタシには関係無いがな」

 

 あくまで『技術を伝授する』のと『カエデの使う独自の技術の調査』が依頼内容であり『精神分析』をするのは依頼外である。故に話していて歪みを見つけた所で、キーラが何か口出しする事は無い。

 

「まあいい、『邪声』系の技はある程度理解したな?」

「はい」

「簡単な『威嚇(メナス)』ぐらいはすぐ使えるだろう、相手を文字通り威嚇すればいい。試だ、全力で私を威嚇してみろ」

「わかりました」

 

 威勢の良い返事と共にカエデはキーラを睨み、唸り声をあげながら威嚇姿勢をとる。それを観察しながらキーラは欠伸一つ零した。

 

「…………」

 

 喉を鳴らし、睨みつけ、尻尾の毛を逆立てて、精一杯の威嚇をするカエデを余所に、キーラは欠伸をやめると溜息を吐いた。

 

「やめだ、やめ」

「……ダメでしたか?」

「…………聖律系の技を使いながら邪声系の技は使えんのだが……そう言えばその無意識に使ってる自己強化も調べてくれと言われていたな」

「……?」

 

 首を傾げるカエデを見ながら、キーラは腕を組んでカエデをじーっと見つめてから、カエデに近づいた。

 

「触るぞ」

「?」

 

 徐に近づいたキーラはカエデの耳を触り、尻尾に触れ、体中をぺたぺたと触り始めた。

 触られるカエデは何がしたいのか分らずにされるがままになっている。

 

 その様子をガラス越しに見ていたロキが騒ぎ出すが、直ぐにガレスに鎮圧され、ペコラは姉が不用意に狼人に近づいたのを見て青褪めているが、キーラは一切気にしていない。

 

「成る程、呼吸法に旋律を持たせているのか。興味深いと言うか凄い技術だな」

「……旋律?」

「一定の間隔での呼吸、無意識に旋律を刻む事で『聖律』系の効力が発動している。高等技術だぞ。それも【戦場の歌姫(プリンセス)】の使う『陽気な行進曲(カラフル・マーチ)』に似ているな。あっちは鼻歌で旋律を表して自分を含め周囲の人物の治癒能力や体力回復能力を高めるモノだが……そうか、呼吸で旋律か」

 

 納得の表情を浮かべてカエデから離れ、腕を組んでからキーラは口を開いた。

 

「お前は普段から呼吸を意識的にやってるのか? それとも仕込まれたのか? その呼吸法」

「……? 丹田の呼氣の事でしょうか?」

「……『丹田の呼氣』? お前、ソレは狐人の技法じゃないのか?」

「そうなんですか?」

 

 首を傾げたカエデに、キーラの胡乱気な視線が突き刺さる。

 

「『丹田の呼氣』、大雑把に『呼氣法』と呼ばれる技法の一つだと言われている」

 

 過去、神々が降り立つより前、ダンジョンがただの『穴』と呼ばれていた古代。

 その時代に狐人は他のどの種族よりも優れた技術と不可思議な妖術を用いて現在のオラリオと同等の規模の都市を一種族のみで作り上げていた。

 ある出来事で都市『狐人(ルナール)(みやこ)』と呼ばれたその場所は今は何もない場所になってしまっている。

 

 狐人の技法

 

 ある出来事の際に、狐人の9割が死に絶えた為に、狐人が独自に進化させてきた技法や技術は全て消え去り。残った狐人達が必死に守り代々伝えてきた過去、神々が地上に降り立つより前に『穴』を塞ぐ際に溢れ出たモンスター相手に使用されていた戦う為の技法であり、今の時代に於いてはその殆どが消失してしまっている。

 

「神タケミカヅチと言う、天界でも有名な武神が居るのだが、そのタケミカヅチが狐人の技法を教えて貰おうと極東に有る九尾の血筋を残す名家のサンジョウノ家を訪ねた事があるが、すげなく追い払われたそうだ」

 

 神であっても技法を教える事を拒み、すげなく追い払う。

 

 『丹田の呼氣』と言えば極東で狐人の中で唯一残っている九尾の家系、サンジョウノ家が、唯一代々受け継ぐ事に成功した()()()『呼氣法』であり、サンジョウノ家が他の狐人にも秘匿する秘技である。

 

 故に『サンジョウノ』の名を冠していないカエデが習得して居る事はおかしい。

 

「ふむ……ヒヅチ・ハバリ……か」

「はい、師に教わりました」

「良いか? 狐人の中で九尾と言うのは重大な意味を持つ」

 

 九尾もしくはナインテール。

 

 狐人の中でも()()である者に与えられる名誉ある名であり、今風に言うなら神々が与える二つ名の様なモノだ。

 

 その中でも九尾の家系、一度でも九尾の名を冠した人物を輩出した血筋をそう呼び

 

 一つ『イテマダキ』

 二つ『ニノセキ』

 三つ『サンジョウノ』

 四つ『ワタヌキ』

 五つ『ゴコウヤ』

 六つ『ロクタンゾノ』

 七つ『ナナカマド』

 八つ『……………』

 

「以上八つの家系で九尾の家系だ」

「……? 九つじゃないんですか?」

「九番目は『九尾』の事だからな」

 

 九つ目は『九尾』を示し、残り八つの家系から一人の九尾が選ばれて九の名を冠する。

 故に九尾の家系。

 

「八つ目の家系は何ですか?」

「知らん。名は残ってない。何故か? 狐人の中でも最も嫌われている家系だからな」

「……?」

 

 八つ目の家系

 

 狐人の間では『裏切りの八番目』と毛嫌いされているらしい。

 

迷宮聖譚章(ダンジョン・オラトリオ)を読んだ事無いのか?」

「なんですかそれ?」

「はぁ……著者不明の英雄譚の様なモノなんだが、その中に狐人の英雄が複数登場するんだが……おおざっぱに説明するぞ?」

 

 知らぬ者など居ない程の有名な英雄譚を知らぬ無知なカエデの様子に溜息を吐いたキーラは、呆れ顔を浮かべながら一つ指を立てて話始めた。

 

 

 始まりは一人のヒューマンの少年がこう思った事である。

 怪物の溢れ出すあの穴を塞げば、地上に蔓延るモンスターを断絶できるのではないか?と

 

 ヒューマンの少年は穴を塞ぐ夢を見ながら、剣を持ち、モンスターを退治し始めた。

 青年へと成長を遂げたその少年は、各地に散らばる各種族を訪ね、穴を塞ぐ計画を知らせた。

 最初の一度目は一種族を除いて、ほとんどの種族がそんな事できっこないと計画を笑った

 とある一種族、狐人の『五十五代目 九尾』の八番目の家系の男、最強の剣士と名高い狐人はそのヒューマンの思いに答え、共に穴を塞ぐ為に行動を開始した。

 五十五代目と共にヒューマンは穴の淵までたどり着くも、五十五代目と、それに率いられた狐人達の奮闘むなしく溢れるモンスターに殲滅され、ヒューマンの男だけが生き残る。

 

 その様子を見ていたパルゥムの騎士団『フィアナ騎士団』が協力を申し出て、五十六代目の九尾、最強の妖術師の五十六代目とフィオナ騎士団、ヒューマンの男が再度穴に挑む。

 五十六代目の九尾の強力な結界によって穴を塞ぎ、フィアナ騎士団とヒューマンの男がモンスターの掃討を行うも、あふれ出てきたモンスターによって結界は破壊され、五十六代目とフィオナ騎士団の半数が死に、ヒューマンの男は逃げ帰った。

 

 生き残ったフィアナ騎士団とヒューマンに、五十七代目の九尾、次代の最強を冠する妖術師、少数のドワーフ、少数のエルフ、少数の獣人が合流し、三度目の穴を塞ぐ偉業を成し遂げんとヒューマンの男は穴に挑んだ。

 五十七代目が結界で穴を塞ぎ、他の者達が穴から溢れたモンスターを倒し、穴を塞ぐ蓋を作り始める。

 穴の周囲に外と内を隔てる()を築きあげる事に成功するが、五十七代目が妖術を酷使し過ぎた為に精神消失してしまい、その後溢れ出たモンスターによって蹴散らされてしまう。

 

 そして五十八代目、壊れた簪と一本の刀を携えた九尾は、狐人の戦士を数多く従え、数多くの種族に声をかけ、生き残った英傑達の元へ馳せ参じた。

 

 最初の頃は疲弊したヒューマンや他種族も苦戦して、九尾も今までの九尾程優れてはおらずに苦戦に苦戦を重ねるも、唐突に九尾は本領を発揮したのかたちどころに穴の淵まで皆を導く。

 その後、九尾は自ら穴に飛び込み、穴の内でモンスターを切り伏せて堰き止め、フィアナ騎士団、ヒューマンの男が同じく穴に飛び込み、エルフの術師、射手の援護の元、ドワーフの技師、力自慢の獣人達によって穴を塞ぐ蓋が完成した。

 

 最初は小さな少年が夢見たただの夢物語でしかなかったソレは、夢見た少年が折れる事無く願い続け、それに応えた各種族の手によって叶えられたのだった。

 

 めでたしめでたし

 

「みたいな話だった気がするな……いや、すまない。私も最後に読んだのは随分前だ、良く覚えていない」

「……? 九尾の人、凄いと思うんですが? 穴を塞ぐ手伝いをしたんですよね? 何で嫌われてるんですか?」

「それは後日談が関係してくるな」

「……?」

 

 五十八代目 壊れた簪、折れた刀、一個の首飾りを身に着けた九尾。

 その人物は蓋の完成と共に故郷へと帰還し、故郷であった『狐人の都』にて狐人達を一人残らず皆殺しにして最後には都を消し飛ばす大妖術を行使して死亡した。

 

「………………」

「そう、狐人の数が激減した理由でもあり、狐人が故郷を失った原因でもある。故に狐人は嫌うんだよ」

「……八番目の家系が?」

「そうだな、ついでに言えば五十五代目から五十八代目まで、全員が八番目の家系だったらしいな」

「だから嫌われてるんですね……何で故郷を滅ぼしたんでしょうか?」

「知らないさ、神々にも分らないらしいからね、私になんてわかる訳もない」

 

 

 

 

 

 穴を塞ぐ

 

 その偉業は神々も馬鹿らしいと天界から笑いながら見ていたらしい。

 

 最初に夢見た少年を、神々は笑いに笑った。

 

 腹が捩れて死ぬと笑った。

 

 だが、その夢は夢で終わらなかった。

 

 少年の夢が、願いが、神々ですら不可能だと笑った偉業を成し遂げんと数多の種族が募った。

 

 神々は途中から笑うのをやめ、真剣に、手に汗握って応援した。

 

 がんばれ あとすこしだ

 

 神々が見守り、人々が成し遂げんと努力したソレは見事成功した。

 

 ソレは神々からすればしょうも無い様な事だろう。

 何せ神なら小指一つで成せる事なのだから。

 

 だが、神の様な力を持たぬ子供達が成そうとするそれは、壮絶で、想像に絶する程の苦難の道。

 

 それを、地上の子供達は何に頼る訳でも無く、成し遂げて見せた。

 

 ソレは暇を持て余した神々には酷く楽しい事に満ち溢れている様に見えるに相応しい偉業だった。

 

 天界でもお祭り騒ぎになるような偉業だった。

 

 神々は口々に言った。

 

「あの子は俺が最初に目をつけてた」

「あの子はこっちにきたら私の眷属にする」

「うるせえ、あの子は俺が最初に目を着けてたに決まってんだろ」

「はあ? 何ふざけた事を、笑ってた癖に」

 

 殴り合いの喧嘩にまで発展したソレを、とある神が宥め、そして言った。

 

「俺らも下界に行けば良くね?」

 

 その一言を皮切りに、神々は天界から地上へと降り立った。

 

 

 

 

「……あの、その降り立った場所ってオラリオですよね?」

「正確には迷宮都市オラリオと言う名称で呼ばれる前の街、穴を塞ぐ建物が立ち、その穴の中に富と名誉を見出した()()()()()()()の集う街があった所に、だな」

「……バベルって、神々が立てたんですよね? その……元からあった建物を粉砕して……」

「そうだが?」

 

 地上の人々が文字通り死ぬ程の苦労をして立てた建造物。

 

 神々は地上に降り立つ時、どんなふうに降り立てば目立てるかなんて考えを持っており。

 

 結果として地上の人々が立てた迷宮の蓋をぶっ壊そうぜと悪乗りが過ぎ、その蓋をぶっ壊して降り立った。

 

 ソレに激怒した人々、特に英雄の血筋の者達が神々の神威ですら抑えきれぬ怒りを抱いたが故に、大戦を引き起こしかけ、神VS地上の人々と言う最悪の構図になりかけた所で、神々が土下座して謝罪し、代わりにバベルの塔を瞬きの間に築き上げたのだ。

 

 千年の時を経て尚、傷一つ無く、汚れ一つ無く聳え立つ神々の偉業そのモノである白亜の塔。

 

「そんなこんなで地上に神々が降り立って来た訳だが」

「あれ? ちょっと待ってください」

「どうした?」

 

 其処までの話をまとめた上で、カエデは気付いた。

 

「神々が降り立つ前の人たちはどうやって戦っていたんでしょうか?」

 

 神々が降り立ち、地上の眷属(こども)達に神の奇跡(ファルナ)を授けた。

 

 ファルナのおかげで人々は労せず力を得られるようになり、死亡率は激減し、今ではファルナ無しでは迷宮に潜れないと言われる程なのだ。

 

 それを、()()()()()()迷宮聖譚章(ダンジョン・オラトリオ)に登場した英雄たちはどうやって()()()()()()()()戦ったのか?

 

「決まっているだろう? 当時の人々は、ファルナは無くて当たり前、今の様に神に頼る事はせずに自分の両足で立っていたんだ」

「…………」

 

 唖然である。

 

 彼の古代の時代に於いて、ファルナは無くて当たり前。

 

 ファルナ無くしては迷宮のモンスターには勝てないと言われている今の時代。

 

 地上にも迷宮のモンスターが蔓延っていながら、ファルナも無く穴を塞ぐ偉業を成し遂げた英雄たちの凄さを理解して思わず震えた。

 

「まぁ、今の時代はファルナ無くして云々と言う者も多いが、遠い過去の時代にはファルナ無しで偉業を成す英雄たちが居たと言うだけの話だ……あー、と言うかオマエの技法から話がそれ過ぎたな……」

「あ」

「……最悪、『邪声』効果の技法を使いたければ『聖律』の技法である『丹田の呼氣』を一旦解除してから挑むと言い。『威嚇(メナス)』ぐらいならさっきの要領でやれば使えるはずだ」

「はい、ありがとうございます」

「……そう言えば神ロキはどうし……なんだあれ」

「……?」

 

 ガラス越しの部屋、その中でロキ、ガレスが爆睡しており、ペコラが壁の方を向きながら何かしているのが見えた。

 

「……()()()()? はあ、おい狼人、オマエアイツに声をかけてやれ」

「え? でも、妹なんですよね?」

 

 妹のトラウマでもある狼人、現に苦手だと良い気絶までしてしまう様な状態なのにカエデを嗾けるキーラを見て思わず呟けば、キーラはニヤリと笑って見せた。

 

「なあに、ショック療法と言う治療法があってだな」

「より酷くなったらどうするんですか?」

「……うん? 記憶ぶっ飛ばす」

「記憶を飛ばす技があるんですか?」

「殴れば飛ぶだろう?」

「…………」

 

 身に纏う衣類から得るイメージは根暗な印象を受けるが、中身はなんと言うかかなり大雑把で脳筋みたいな感じで違和感がある。

 ペコラもふわふわした優しいイメージを抱く印象だが、中身は高耐久でハンマー振り回す人物らしいので、この妹にして、この姉有りと言った感じだろうか。




 一部誤記があった事をお知らせします。
 『邪言』と記載している部分が過去話にあるかもですが、正しくは『邪声』です。
 もし見つけた方が居ましたら、お手数ですが誤字報告をお願いします。
 作者も自身で探していますが、見落としがある可能性がありますので……orz

 →原作ではありえない事云々~
 二次創作だから許せ。としか言えないです。





名前【酒乱群狼(スォームアジテイター)】ホオヅキ
好きな物『酒』
嫌いな事『傷付けられる事』
 毛色は不明、目の色は赤色の女性の狼人
 事ある事に髪や尻尾に至るまで毛を染めており、赤だったり蒼だったり白だったり黒だったり、地毛が何色なのかさっぱりわからず、スキル的に黒毛じゃね? と噂されている。

 所属は【ソーマ・ファミリア】で役職は『団長』だが本拠には一切立ち寄らず、あっちへふらふらこっちへふらふらとよく分らない生態系を持つ女性。
 オラリオにて有名な冒険者の一人。

 有名な話は『駆け出し100人に指示を出して一級30人を皆殺しにした事』であり
 黒毛の固有スキルである【巨狼体躯】を持っている。

 右手に鉈、左手に戦爪と言う変則的スタイルで戦い、左手の戦爪で突き刺して右手の鉈で解体()すると言う凄惨極まりない戦い方をする為、戦闘相手が十中八九の割合で切断死体(バラバラ)にされる。
 ちなみに残りの一部はその凶悪なまでのステイタスで絞殺されるので、死亡率はほぼ十割。

 酔っていれば酔っている程に強くなる特殊スキルも保有しており。
(殺し方もより凶悪になる)
 故に酔ったホオヅキに喧嘩売ったらダメだと言われている。

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