生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 帰ろう。故郷に、帰ろう。姉上が待っている。

 行きには数多の同胞(はらから)と駆けた大地をただ一人踏締めて。

 共に帰ろうと約束を交わした者等を全て失って。

 それでも()()()()()を果たす為。

 少女はただ一人、帰路につくのだ。

「姉上、ワシは……間違っていたのか?」

 数多の同胞を率いた。

 数多の同胞と駆けた。

 数多の同胞を導いた。

 数多の同胞を………………殺した。

 間違いか? 『蓋』の完成を望んだのは……間違いだったのだろうか?


『呼氣法』

 ダンジョン七階層

 

 通路の間隔が短くなり部屋(ルーム)の割合が多くなってくる階層であり、主な出現モンスターは新米殺しの名で知られる『キラーアント』、他には毒と言う状態異常を引き起こす鱗粉を使用してくる『パープルモス』に、死角からの一撃で即死を狙う『ニードルラビット』である。

 

 カエデはまっすぐに正面から突撃してくるキラーアントの牙を跳躍で回避すると同時に、頭を踏みつけて背中の上を走り抜けざまに跳び台として利用して、大きく跳躍した。

 天井すれすれをゆったりした様子で飛び回っていたパープルモスをウィンドパイプで引き裂き、下で落ちてくるカエデに向かって牙を振り上げて威嚇していたキラーアントを、ウィンドパイプを下にして落ちる事でそのまま頭から胸部に当たる部分までを真っ二つに引き裂き、着地と同時に周囲を薙ぎ払う。

 

 薙ぎ払いに巻き込まれたらしいニードルラビット数匹が剣先で引き裂かれて血と臓物を撒き散らす。

 

 カエデは薙ぎ払った後に、ステップで先程飛び越えた関係で背後に回ったキラーアントの噛みつき攻撃を回避してから、もう一度天井を見上げれば、倒したはずのパープルモスが何処からともなく追加されて毒の鱗粉を撒き散らしている。

 

「多すぎ……っ……」

 

 唐突に襲う倦怠感と共に、湧き上がってきた吐き気に思わず膝を突きかけるが、直ぐに飛び退いて懐から取り出した投擲用短剣で天井付近を飛ぶパープルモスに投げつけるも、甲高い音を立てて天井に当たり落ちてきた。

 ふらつき様に、キラーアントの一撃を転がって回避するも、そのまま立ち上がる事が出来ずに呻く事しかできずにカエデは青褪めた顔をして歯噛みした。

 

 瞬間、数本の矢がカエデを苦しめていたパープルモスと、追い詰めていたキラーアントに突き立ち、一撃で魔石を砕いて無力化した。

 

「大丈夫ですか? ……毒ですね、解毒剤をどうぞ」

 

 カエデの戦う様子を見ていたジョゼットが弓で援護し、倒れたカエデに駆け寄って解毒剤を手渡し。他のモンスターが現れないかの警戒に当たる。

 

 その間に解毒剤を一気に飲み干してから、ポーションを追加で飲み、カエデは立ち上った。

 

「パープルモスの間隔が非常に早いですね……」

 

 思った以上にパープルモスの毒鱗粉がいやらしい。

 他のモンスターに紛れて天井付近で鱗粉を撒き散らすと言う行為自体は話に聞く通りなのだが、他のモンスター諸共毒状態にしてくる上、一匹二匹仕留めても気が付けば三匹目四匹目のパープルモスが天井付近で飛び回って戦場を毒鱗粉で埋め尽くすと言う事態になる。

 

 当然、カエデも幾度と無くパープルモスを仕留めてはいるものの、何時の間にやら別個体が現れ、少しずつ、少しずつ体に蓄積した毒が、唐突に効力を現わして体調不良を引き起こす。

 

「そうですよ。なので一匹倒したからと油断すれば別の個体がいつの間にか戦線に合流していて何時の間にやら毒になってしまって追い詰められる場合も多々あります。なので遠距離攻撃が可能な射手か魔術師がパーティーに居なければ非常に危険な階層ですね……どうですか?」

 

 ジョゼットが援護しなければ先程の戦いのさ中、カエデは命を落としていた可能性が高い。

 

 戦闘能力が高いだけではダンジョンでは生き残れない。

 

 確かにカエデの戦闘能力は天性とも言える程の才能と、師の教えを忠実に守る努力家と言った部分からきており、戦闘能力だけで言えばそこらの駆け出しなんて目ではないと言えるのだが。

 

 やはりダンジョン内部での行動における基礎的な経験が不足している。

 

 『何が起こるか分らない』と言う前提部分を持ちながらも、その前提の範囲が広すぎてカエデの能力ではすべてに対処しきれない。

 

 今回、ルーム内に存在したモンスターはキラーアント三匹だけだった。

 カエデは同行者に確認をとると同時に飛び出して、三匹を軽く不意打ちで仕留めたのだが、仕留めると同時に罅割れる音が部屋に響いたと思えば、壁に罅が入り、ニードルラビットとキラーアントが卵から孵るかのように壁を砕いて出て来たのだ。

 

 ダンジョンのモンスターは壁や天井等、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その現象を見たカエデは迷わずニードルラビットを優先して倒し始めたのだが、天井の付近でいつの間にかパープルモスが湧いており、粉っぽい空気に違和感を感じたカエデが天井の辺りをゆったりとした動作で飛び回るパープルモスに気付き、慌てて対処している間に新たに壁からキラーアントが湧き出してきてしまった。

 

 しかも、その後カエデは慌てる余りキラーアントに止めを刺し損ねてしまい結果として数多のキラーアントが迷宮中からカエデの戦うフロアまで雪崩込みそうになるも、カエデはどうにか対処しようと目の前のモンスターに集中し過ぎ、幾度かパープルモスが追加されてくる等と言う事も発生した結果、単体で対処しきれない量のモンスターと対峙する羽目に陥ったのだ。

 そして知らぬ間に蓄積した毒が猛威を振るうと言った形で追い詰められしまった。

 

 『何が起こるか分らない』は、問題が一つずつ起きるとは限らないと言う事でもあるのだ。

 

 故に今回のカエデの失敗は引き際を誤った事である。

 

 毒で失われた体力を回復するためにジョゼットの近くで座り込んだカエデはジョゼットを見上げて呟いた。

 

「どの時点で引けば良かったんでしょうか?」

 

「そうですね……まずパープルモスを発見した時点で一度ルームから通路に撤退すべきだったとは思いますね」

 

 ジョゼットの言葉に俯いて考え込むカエデに、ジョゼットは思わず呟く。

 

「むしろ、モンスターが壁から産まれてきたのに慌てずに対処して、なおかつかなりの数を討伐できた時点で相当素晴らしい事なんですけどね……」

 

 カエデの倒したモンスターは、魔石を砕いた為に消滅したモノもあるので厳密な数は不明だが、少なくとも百は超えている。

 キラーアントの恐ろしい特殊能力を発動させておきながら、フィンとラウルの二人で三つある内の二つを塞いで残りの一つの通路から雪崩込むキラーアントを焦りながらもしっかりと対処していた上、ジョゼットが最後に援護に入った時には残り数匹と言うぐらいまで減らしてあった。

 

 しかし問題点もあったと言えばあった。カエデの行動に、では無く。カエデの体質の問題だろう。

 

 カエデが小柄故にか、どうにも毒に対する耐性が低い。

 一匹を切り伏せる際に少し毒の鱗粉を吸っただけにも関わらず、カエデは毒状態に陥った。

 

 発展アビリティ《耐異常》を最優先で習得しなければかなり辛いだろうと思うのだが……

 

 そんな風にジョゼットが周囲警戒をしながら考えていると、通路でルームに流れ込みそうになっていたキラーアントの群れを片付けてきたフィンとラウルが戻ってきた。

 

「いやーキラーアントは相変わらず数多いッスね」

 

「大丈夫だったかい? 二人とも」

 

 剣を片手に、なおかつサポーター用の大き目のバックパックまで背負ったラウルは息切れ一つ無くにこにこと笑みを浮かべており、フィンは片手で槍を持ってひらひらと手を振っている。

 

「……カエデさんが毒を貰ったぐらいでしょうか? 他はおおむね問題無しですね」

 

「毒か、大丈夫かい?」

 

「はい、直ぐに解毒剤を飲みましたので……」

 

 フィンは軽くカエデの目を見てから一つ頷いた。

 

 若干、目が()()()()()が、問題ない範囲だろう。

 

 目の色が直接血の色であるが故に、体調不良や健康不良、状態異常が発生するとカエデの目の色が濁る。

 故にカエデの目を見れば大体の状態は分るのだ。

 

「大丈夫ッスか? カエデちゃん耐異常持ってないんスね」

 

「……はぁ、まだ駆け出し(レベル1)のカエデが発展アビリティを持っている訳無いでしょうに」

 

 ラウルの言葉にジョゼットが呆れ顔を向けると、ラウルははっとして頭を掻いた。

 

「いやー、カエデちゃんの動きってどうも駆け出し(レベル1)って感じがしないんで……つい」

 

「……? ありがとう……ございます?」

 

 褒められていたと思ったカエデがラウルに礼を言えば、フィンが苦笑し、ジョゼットが肩を竦めた。

 

「僕からカエデにアドバイスだけど……そうだね、()()は十二分にあるけど()()()()()()()()が不足してるね。まだダンジョンに潜ったのは三回目だから仕方ないけど……あんまり焦らない様にね?」

 

 カエデがダンジョンに潜るのは今日で三回目、三日に一度なのでカエデが初めての迷宮探索(ファーストダンジョンアタック)を終えてから七日目である。

 

 わずか三回目の探索でダンジョン七階層まで足を運ぶのはかなり珍しいが、カエデの場合はモンスターとの戦闘経験もある上、護衛が三人も付いている為、先程の様に危機的状況に陥った場合に直ぐに助けが有るので比較的無茶がしやすい立場にある。

 

 故にどんどん無茶しようとする気があるので釘を刺す意味も込めてカエデに声をかけるが、カエデは一つ頷き威勢よく返事を返す。

 

「わかりました」

 

 その言葉が、半ば信用ならない事もなんとなく理解しているが、フィンはそれ以上追及も釘刺しもしない。

 

 と言うのもカエデが焦る理由も理解できるし、カエデは意図してフィンの言葉を無視している訳ではない。

 

 戦闘中は余計な考えを抜き、敵を倒して生き残る選択肢を常に考えているカエデだが、その生き残る選択肢の中にフィンやジョゼットを頼ると言う考えが全くないのだ。

 

 幾度と無く救われて尚、頼ろうとしない。

 

 と言うよりは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っているのだろう。

 

『初心の人、二つの矢持つことなかれ。後の矢を頼みて、初めの矢に等閑の心有り』

 

 弓の初心者は、矢を射るとき二本の矢を持ってはならない。

 後の矢を頼りにして、最初の矢をいい加減にしてしまう。

 

 二本の矢を持つと二本目があると思って安心してしまう。

 故に一本目に対する心構えがおろそかになってしまいます。

 それでは、弓は上達しない。

 

 『二本目は無い』つまり『次は無い』と思って練習するのが物事の上達のコツである。

 

 逆に『次が有る』つまり『誰かが助けてくれる』等と考えて居ては上達しないと言う心構えで戦いに赴いているのが原因なのだ。

 

 矯正すべきか悩んだ末、フィンもロキもガレスもリヴェリアも、他にもラウルやジョゼットもだが、皆がカエデにそれとなく『頼りにしてくれ』と口にしてみたが、カエデは一向に頼ろうとしない。

 

 いや、頼む事はあるにはある。

 

 例えばリヴェリアに『ダンジョンの中層の情報』を聞いたり。

 

 ラウルに『迷宮の悪意(ダンジョントラップ)はどんなモノがあるのか』を問いかけたり。

 

 直接戦闘とは関係の無い部分、伝聞に関してカエデは貪欲なまでに皆に聞いて回っている。

 

 だが、戦闘中に於いてカエデは誰かを頼りにする事は全くしないのだ。

 

 これにはフィン達も困ったモノなのだが……ロキが出した結論は『こっちから勝手に助けるぐらいの勢いでいく』と言うモノだった。

 

「……すいません」

 

「いや、謝る事じゃないよ……その考え方は素晴らしいけど、いつか足をすくわれるから、気を付けてね?」

 

 一応、もっと頼っても良い事を暗に伝えてみるが、カエデは頷くだけであった。

 

 

 

 

 

 ロキは【ロキ・ファミリア】の自室、机に置かれたカエデのステイタスの記載された紙とキーラの報告書を読みながら深々と溜息を吐いた。

 キーラの報告書に手を手に取って呟く。

 

「『呼氣法』なぁ」

 

 『呼氣法』

 

 神々が地上に降り立つ前に栄えていた狐人(ルナール)達の使用していた技術の一つであり、特殊な呼吸法を行う事で、身体能力を向上させたりする効果のある特殊な技法である。

 

「なぁー……これなぁ」

 

 ロキは古代についてはさっぱり知らない。

 

 今から千年以上前の古代、神々が降り立った直後辺りの時期、神ロキは天界で暴れ回っていたのだ。

 

 特に地上の子供達が『迷宮の蓋』を完成させると言う偉業を成し遂げた事に神々が狂喜乱舞し、神々がお祭り騒ぎを起こしていた時。

 

 その時ロキは『なんや? 地上で群れとる人()()()見てて楽しいんか?』と神々に喧嘩を吹っ掛けて回っていた。

 

 地上がどうなってるかなんて微塵も興味を抱けず、知ろうともしなかったのだ。

 

 あの時代、子供達が死んで魂が天界へと送られてきたら神々は『その子は俺が貰う』だの『私の眷属とするわ』と地上の英雄たちの魂を片っ端から自分のモノだと言い張って奪い合っていたのだ。

 

 その中で『五十八代目 九尾』と言えばロキは知っていると言えば知っている。

 

 だが『五十八代目 九尾』の活躍についてロキは()()()()()()()()

 

 何故か?

 

 その時代、『五十八代目 九尾』と言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、神々が最も注目した人物(こども)でもあった。

 

 

 

 地上では子供達が『蓋』の完成を祝って宴を行っていた様に、

 

 天界では神々が子供達の『偉業』を肴に宴を行っていた。

 

 神々は『五十八代目 九尾』が死後天界へと送られて来たら自分のモノにすると殴り合い所か殺し合いの喧嘩に陥るまでに至っていた。

 

 

 そんな風に天界では阿呆みたいな神々の大戦が行われて地上から全ての神々が目を離している間に、『五十八代目 九尾』は己の故郷にて唐突に大量虐殺を始め、その故郷を消し飛ばす様な大規模な妖術を使用して()()()()()()()

 

 

 全ての神々が口をあんぐりあけて驚愕したのだ。

 

 ()()ヒューマンの英雄の青年と並んで英雄と神々が褒め称えた『五十八代目 九尾』がそんなことをしでかすなんて信じられない。

 

 一部の神は『あの蓋を作る間に数多の仲間の死と、モンスターを殺すと言う行為で精神が擦り減ってモンスターと人の区別がつかなくなっていたのでは?』とその『五十八代目 九尾』を庇ったが、それでもその人物がやった事は天界を阿鼻叫喚の地獄絵図へと塗り替えた。

 

 死んだ子供は誰しも天界で相応の裁きを受けて新たな生を受けるか、神々に気に入られて天界で眷属として過ごすかのどちらかだ。

 

 そんな中、『五十八代目 九尾』はその時代に於いて追随を許さない、今現在におけるオラリオと同等の数の狐人が集まっていた都市の『狐人(ルナール)(みやこ)』の生きていた人々を()()()()()()()()()()()のだ。

 

 当時の死人の数は今と比べ物にならない程多かった。

 当然ながら、地上に迷宮のモンスターが普通に跳梁跋扈していたのだ。

 

 故に人は生まれては死にを繰り返しておりギリギリ絶滅せずになんとか種族を保存していたと言う状態だったのだ。

 

 そんな中、『五十八代目 九尾』が殺した人々の数は、三日でかなりの数になる。

 

 当然、天界にそれだけの魂が雪崩込む事になり、天界へと送られてきた死者の魂を裁く役割の神々だけでは到底対処が追いつかず、権能が全く関係ない神々も死者の魂を裁く()()()()()()()()()

 

 しかも神々から注目を集めていた『五十八代目 九尾』が死亡したと言う事で密かに自分のモノにしようと神々が睨みを利かせあうと言う事態に陥っていたのだ。

 

 無論ロキも駆り出されたが、ロキはむしろいたずらに魂をあちらこちらにばらまいてより混乱を深める様に誘導した挙句、その責任を別の神に押し付けてイラついていた神々を大喧嘩所か普通に殺し合いにまで発展させて爆笑しながらソレを見ていた。

 

 その後、ある程度魂の整理がついた所で神々はある事に気が付いたのだ。

 

 『五十八代目 九尾』の魂が何処にも無い事に……

 

 ロキは迷わずここで嘘を吐きまくった。

 

 やれあの神がこっそり隠して持って行ったのを見ただの

 

 やれあの魂ならあの神が隠し持っているだの

 

 やれ魂は普通に裁かれ地上へと流されただの

 

 やれ魂をさばいて地上へと送ったのはあの神だの

 

 神々を混乱のどん底に落としこんでロキは腹を抱えて大爆笑していた。

 

 最後の最後には『その五十八代目やったか? ウチがこっそり持っとるで? 欲しかったらウチを倒してみせぇや』と神々に喧嘩を吹っ掛けたのだ。

 

 要するに『五十八代目 九尾』を口実に色々とやらかしていたので、知っていた訳である。

 しかし、本来の活躍については何も知らず、ただ引っ掻き回すのに利用しただけだ。

 

 あの時の事を思い出してロキは口元を歪ませて呟く。

 

「あんときはめっちゃ楽しかったんよなあ」

 

 そう、楽しかった。本気で寄こせと叫びながら殺しにかかってくる神々から逃げ惑う振りをしていたのはとても楽しかった。

 

 だが現在、自分の眷属となった眷属(こども)達に構い倒している方が数倍面白い。

 

 そんな事は置いておくが、結局は『五十八代目 九尾』の魂は見つからなかった。

 

 

 一部の神曰く『天界も揺るがす様な威力の妖術を地上でぶっぱしたんだから、そんなことした魂が無事で済む訳ないでしょ』との事。

 

 驚くべきことにかの『五十八代目 狐人』が引き起こした『狐人(ルナール)(みやこ)』を消し飛ばした大妖術は、天界を揺るがす様な規模だった。

 そこまでの威力を伴う妖術に巻き込まれたのだ。魂自体が無事では済まないだろうと神々は考えたのだ。

 

 実際、かの時から千年近く経った最近も『五十八代目 狐人』の魂が見つかったと言う報告はあがっていなかったし、ロキが地上に降りて来てからも天界では『五十八代目 狐人』探しは続いているらしいので、結局未だ見つかっていないのだろう。

 

 

 何故今そんな話をしたか?

 

 カエデ・ハバリの師の話に繋がるのだが。

 

 カエデ・ハバリの師、ヒヅチ・ハバリは『狐人』であり、なおかつ現代に於いて『失われた技法』を知っており、使用する事が出来るだけで済まず。なんと伝授も可能と言う驚異の人物。

 

 そのヒヅチ・ハバリ。

 

 今に於いては『生存の可能性がある』とだけされており、ロキも密かに他のファミリアから感づかれない様にヒヅチ・ハバリについて捜索しているのだが……

 

 ロキは今までヒヅチ・ハバリと言う人物が『ただ極まった狐人』程度にしか考えていなかったのだが……

 

「もしかしたらもしかするんよな」

 

 ヒヅチ・ハバリが『五十八代目 狐人』本人か、その血族の可能性がある。

 

 千年以上前に『狐人の都』を滅ぼしたかの人物が密かに生きていて、子孫を残していたと言う低い可能性……

 

 もしくは、千年の時を生きる術を見つけ、本人が生存していた()()()()()()()()

 

 だが、そうでもなければ失われた技法を保有して、なおかつ伝授できるなんて……

 

 カエデの持つ『呼氣法』その中で『丹田の呼氣』は【アマテラス・ファミリア】内部の『サンジョウノ家』に受け継がれている。

 

 もう一つの『烈火の呼氣』

 

 完全に失われたと思われていた技法。

 

 カエデ曰く『自身の攻撃能力の引き上げ』と簡素に言っていたが、正しくは全くの別物だった。

 

 『能力の引き上げ』は間違っていないと言えば間違っていないが……

 

 正しくは『能力の()()()()引き上げ』である。

 

 

 本来、人間は『全力』を出す事は出来ない。

 

 人の言う『全力』とは、身体が壊れない範囲での全力であり、無意識に肉体の破損を引き起こしかねない程の力を出せない様に能力を抑えているのだ。

 

 その能力の限界値を超えた力を出す。それが『烈火の呼氣』の本来の姿である。

 

 カエデがファルナを貰って直ぐに試した際、『烈火の呼氣』を使用したら肩が痛くなったと言っていた。

 

 ガレスの予測では、カエデの師、ヒヅチの教えた『烈火の呼氣』はかなり制限のかかったモノであり、本来ならば一度の使用で『肉体が破損する力』を引き出せない程度の抑えめの能力であり。

 カエデの『孤高奏響(ディスコード)』によって『旋律』効果が付与された事で本来以上の力が発揮されて、結果的に今のカエデが『烈火の呼氣』を使用すると『自分の肉体を破壊する程の力を発揮』できると言う状態になっている。

 

 これを聞いて以降、とりあえずロキ、フィン、ガレス、リヴェリアの四人はカエデに『烈火の呼氣』の使用を禁止した。

 

 だが、カエデはこれに対して『緊急時、必要とあれば使います』と反論した。

 大人しく言う事を聞くことの多かったカエデが迷わずに断った理由は直ぐに理解できたが……

 

 あまり無茶はしてほしくないが、無茶しなければ死ぬ様な場合は躊躇せずに無茶をしでかすとカエデ自身が言い切ったのだ。

 

 カエデの思い切りの良さは『ヘルハウンド』の一件で既に解っている。

 

 変な所で力を使って無駄に『肉体』を破壊する事は無いだろう……

 

「はぁ……しっかしキーラたんマジ有能やな。ペコラたんと交換……は不味いな。どっちも欲しいんやけどなぁ」

 

 キーラのまとめたカエデの使用する『呼氣法』の効果と、その由来及びに『狐人の歴史』に関してキーラは丁重にまとめた物を用意してロキに渡してきた。

 

 キーラはこう言っていた。

 

『この技法、オラリオで広まるとかなり不味いモノだ。それに今の段階で使用できるのはあのちっこい狼人か、その師ぐらいだろう。伝授する事も可能だろうが広げない方が良い。

 ……ロキ、私はお前に雇われた身だ。故に今回得た技法についてはロキに一任する。

 もし忘れろと言うのなら忘れるし、使って良いと言うのなら遠慮なく使う。

 ただこれだけは言わせてくれ。

 この技法が広がると【ミューズ・ファミリア】が危険視されて周りのファミリアから潰されかねない。

 今までは戦場であんまり役に立たないスキルだし、演芸スキルだろうと軽視されていた『旋律スキル』が今までにない所か、習得しているだけで凄まじい戦闘能力を発揮できるスキルだと知れ渡れば特に……私はこのスキルについては墓まで持っていくし、誰にも教えない。

 これは私個人の頼みだ。

 

 この技法を広めないでくれ』

 

 キーラの言い分はよく分った。

 

 今まで演芸スキルと馬鹿にされてアイドル活動なる妙な活動しかしてこなかった【ミューズ・ファミリア】

 

 『旋律スキル』に於いては最先端を行く【ミューズ・ファミリア】だが、致命的とも言える欠陥を抱えている上、ダンジョン内部で使うには癖が強すぎてオラリオに於いては危険視はされていなかった。

 

 唯一、嫉妬に狂った【男殺し(アンドロクトノス)】が襲撃を仕掛ける程度。

 

 それ以外は特に何かする訳でも無かったのだ。

 

 しかし、今回の『呼氣法』の技法が『旋律スキル』と組み合わさる事で劇的な効果を齎す事が分った。

 

 これが広まれば【ミューズ・ファミリア】の団員は『凄まじい脅威度を誇る集団』と言う認定を受けるだろう。

 

 これを知るのは【ロキ・ファミリア】の主神、団長、副団長、重役の四人と【呪言使い(カースメーカー)】個人のみ。

 

 ロキはとりあえずキーラには『呼氣法』の事は忘れる様に言った。

 

 それからカエデに『呼氣法』を誰かに教え無い様に言ったのだが……

 

 これに対してカエデは簡素にこう答えた。

 

『技術の伝授なら、ワタシには出来ないです。使える()()ですので』と

 

 要するに『呼氣法』は使えるが、じゃあ誰かに伝授できるかと言えば無理だと言う。

 

 なら大丈夫か、と言えばそうでもない。

 

 カエデの師の事だ

 

 今現在何処に居るのか全くの不明の人物。ヒヅチ・ハバリ

 

 そもそも、生きているのかすら定かではない。

 

 ロキがスキルから『生きているのでは?』と読み取っただけで、もしかしたらの可能性もある。

 

 カエデは生きていると信じて過ごしているが、ロキとしては不思議でならないのだ……

 

 カエデの口から聞くヒヅチ・ハバリと言う人物。

 

 

 本当に狐人か?

 

 

 カエデの口から語られるヒヅチ・ハバリの偉業はどれも信じがたいモノばかりだ……

 

 だが、カエデは嘘一つ口にしていない。

 

 それにその偉業はカエデの目の前で行われたモノであるらしい。

 

 

 木の棒で鉄の剣を斬り裂いた

 

 ボロボロの刀で岩を斬り捨てた

 

 ナイフ一本で大熊を倒した

 

 

 普通の狐人にはとても無理そうな事ばかりだ。

 

 狐人は珍しい種族だが、強いかどうかで言えばかなり微妙な種族だ。

 

 

 そこそこ高い身体能力

 特殊な妖術と言う魔法。

 

 

 確かに強そうだ。

 

 確かに、ヒューマンに比べて身体能力は高めではある。

 

 しかし獣人種全体に於いてはそこまで高くない所か、下から数えた方が早いぐらいだ。

 

 妖術についても、不可思議な効力であったり、使い道があるのかと疑問を覚える様な奇怪な効果の魔法を覚えたりするらしく、ぶっちゃけ魔法として敵を攻撃したりするならエルフの方が数倍強いと言う有様。

 

 要するに全体的に中途半端なのだ。

 

 過去、最強だと謳われた種……

 

 『五十八代目 九尾』本人であるのなら、弱すぎる。

 

 彼の人物が成した偉業は()()()()では済まない。

 

 その血族なら、ありえるかもしれないが……なら、本人の魂は何処へ消え去ったのか?

 

 本人に会えばわかるかもしれないが……

 

「ヒヅチたんなあ……どこにおるんや」

 

 ロキは報告書を机に放り、カエデのステイタスの紙を拾い上げる。

 

「カエデたんのステイタスも問題なんよなぁ……」

 

 二回目のダンジョンアタックはダンジョン六階層で行動し、特に問題もなくカエデが無双して終わったのだが……

 

 

 

 力:E489 → D533

 耐久:B760 → B762

 魔力:I0 → I0

 俊敏:D522 → C636

 器用:C643 → C690

 

 

 

 伸びは良い。トータル200オーバーである。が……

 

 初回更新で1800オーバーだった事を考えれば少なすぎる気もする。

 

 無論、普通の冒険者ならかなり過剰とも言える伸びだが……

 

 この伸びのままいけば普通に問題は無いだろう。

 

 カエデ自身が焦りを覚えなければ、だが。

 

 一回目の更新よりも上昇値が減った事に対し、カエデは首を傾げていたが、『ヘルハウンド』と言う中層のモンスターを討伐していた事で多くの『経験値(エクセリア)』を得たのだと納得していたのだが……

 

 困った事に事実であり否定も出来ない。

 

 カエデが焦り、中層に突撃する未来が見える気がする。気のせいだと良いのだが……




『呼氣法』
 狐人(ルナール)の扱う技法の一つ

 特殊な呼吸法により、自身の体の内に流れで()と呼ばれる循環を、より効率的に、より目的の為に研ぎ澄ます為の技法であり、数多の種類が存在する。

 魔力の存在しない人や、他の種族でも扱う事が出来る技法であるが、狐人達はこの技法を多種族へ広げる事を嫌い、己の種族内だけで共有するに留まっていた。

『五十八代目 狐人』の起こした『狐人の都』の虐殺によって狐人の数が激減して以降、正しく技法を引き継げた狐人がほとんど居なかった為に現代においては『サンジョウノ家』のみが引き継いできた技法である。


『丹田の呼氣』
 氣の循環をより正しい有り方へと導く呼氣法
 主な効力は精神、身体を整える事で、精神的に強くなり、身体的にはスタミナの回復速度アップ等が主な効果。

 呼氣法の基礎にして、これを習得せずに他の呼氣法は習得する事は禁じられている技法。

 カエデ・ハバリの使用する丹田の呼気は、使用開始時に意識して行い、その後は無意識に維持し続ける形となっているがゆえに『孤高奏響(ディスコード)』の発動対象として認識されている。
 呼吸では己自身にしか影響を与えられず、完全自己強化型の技となっている。


『烈火の呼氣』
 氣の循環をより攻撃的に、瞬間的な身体能力の向上へと導く呼氣法

 正しくは身体にかけられている『制限(リミッター)』を一瞬だけ外して常人では考えられぬ程の身体能力を発揮するための呼氣法

 使用後は必ず丹田の呼氣で元の状態に戻さねば、外れた『制限』が戻らなくなり、自らの行動で己自身を破壊してしまうような危険な状態になってしまう。

 故に『丹田の呼氣』を使えぬモノが習得すべきではなく、無理に行えば自己破壊につながる諸刃の剣の技法

 カエデ・ハバリの使用しているモノは、身体の破壊が起こらないギリギリの制限解除(リミット・オフ)であったのだが、『孤高奏響(ディスコード)』の効果でより効力が付与された事で、使用時にデメリットが大きくなりすぎている。

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