生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 無様、ただ一言。

 あの白い狼人を評価したらそんな言葉しか出てこない。

 しかし、フレイヤ様は仰った。

『あの子は、貴方を超えるわよ? だって、あの子は()()()()()()()()()()()()()ではあるもの、そこらに転がる雑多な石ころではなく()()()()()()()

 頂に立つ己を下す存在。

 フレイヤ様が仰るからには、きっと、そうなのだろう。

 だが……あの、無様に逃げ惑うあの小娘が……本当にそうなのだろうか?

 疑問を覚える事すら不敬だ。

 ただ待つ。結末を……


『刻む覚悟』

 ダンジョン十一階層、霧の充満したルームの中でカエデは慎重に下の階層、十二階層へと続く通路へ向かっていた。

 

 元は十階層で探索していたが、敵対してきた【ハデス・ファミリア】の【縛鎖(ばくさ)】の計略でフィンとラウルから分断されて、なおかつジョゼットを呪詛(カース)の幻術で操って無力化された事で完全に孤立してしまったのだ。

 

 その際、霧の中より大柄な人物が『女神の試練』等と称して下に向かう様に指示してきた。

 

 その人物と自分の実力差からまともに戦うのは愚策と考え指示に従う事にしたのは良いのだが……

 

 当然の如くだが、道に迷った。

 

 頭の中に地形の地図は完璧に入っているとはいえ、十階層から直接下の階層に引き摺り込まれる結果となったが故に現在位置がさっぱりわからず、結果として迷子と言う状態になっている。

 

 何より致命的なのはこの階層に広がる霧の迷宮の悪意(ダンジョントラップ)である。

 

 霧の所為で視界が確保できず、モンスターを避ける事は出来ても、自分の現在位置を割り出せずにうろうろと壁沿いに動く羽目になっている。

 出来うる限り現在位置を把握しようと、頭の中で現在移動した地形の地図を作製しつつ、それを頭の中にある十一階層の地図と照らし合わせているが、どうにも上手くいかない。

 

 もしこのまま逃亡の意図ありと判断されて先程の大柄な人物に襲われる事になれば命が危うい。

 

 急ぎつつも慎重に、出来うる限り壁際を歩き地形の把握に努めるが、霧の中と言う悪条件、背後に潜む強大な敵と言うプレッシャーでいつも通りのポテンシャルが発揮できないのか、全く地形がかみ合わない。

 

 どうしようと一瞬足を止めてから、周りを見回すも、霧の所為でまったく見えず、右手側の壁だけが存在する以外には特に何かがある訳でも無い。

 

 そう考えつつも一応前進していると唐突に何かが転がる音が聞こえ、其方に注意を向けて霧の中を睨むがモンスターの気配は無い。だが断続的に何かを転がす音が聞こえる。

 小さな小石か何かを投げて転がす様な音……

 

 ――尻尾の先を掴まれた気がした。

 

 進め、そのまま。 戻れ、今すぐ。

 

 どちらの感覚も覚え、首を傾げてから、音のする方向に足を進める。

 

 モンスターの気配が遠くの方でするも、直ぐに掻き消える。まるで何かに包囲されていてその包囲している存在がモンスターを排除しているかのような感覚だ。

 

 霧の中から複数の視線を感じる。

 

 モンスターの様な害意と殺意を剥き出しにした様なモノでは無く、まるで観察するかのような不思議な視線。だが、決して友好的では無い視線だ。

 先程の大柄な人物から向けられた視線ともまた違うし、常々感じていた内を見通す視線とは別のモノである。

 

 一瞬、震えてから、もう一度音の鳴った方に足を進めて――下の階層へと通じる道を見つけて背筋が凍った。

 

 ――戻れ、直ぐに。危ないから。

 

 ――進め、今すぐ。死んでしまうから。

 

 背中を押され、尻尾を掴まれる。不思議な感覚だが息を飲んでから足を進める。

 

 戻ると言う選択肢は疾うの昔に消え去った。ここで背を向けた途端、ワタシは死ぬだろう。あの人物はきっと自分を殺す。それだけは理解できた。

 

 

 

 

 

 ダンジョン十二階層、十一階層より濃い霧が充満した階層であり、階層の作り自体は十一階層と同じだが、上層最難関とも言われる『トロール』が出現する階層であるが、そのモンスターの強さより濃霧の危険度の方がはるかに高い階層である。

 

 十二階層の地面を踏締め、周囲を見回せば、自身を中心に半径2~3M程度の周囲しか見えず、地面も2M以降は霧の所為で良く見えない。

 

 ――雨霧に包まれた森の中の情景が脳裏に浮かんだ。

 

 手が震え、思わずウィンドパイプの柄をがっしりと掴んだ。

 

 ――雨音が聞こえる気がする。

 

 ザーザーと、まるで全ての音を覆い隠す様な、激しい雨の音。

 

 雨なんて降っている訳がない。永雨領域(レインゾーン)と呼ばれる、迷宮内でありながら雨の様に天井から水が発生して地面がぬかるんでいると言う迷宮の悪意(ダンジョンギミック)も存在するらしいが、ソレがでてくるのは下層より下である。

 

 この階層を覆っているのは濃霧であり雨霧では無い。なのに、聞こえる気がするのだ。雨音が……

 

 頭を振って、その音を振り解こうとする。

 

 恐怖で足が竦みそうになっていると、また音が聞こえた。今度は後ろから。刃を擦り合わせる様な澄んだ音色だったが、あからさまに此方を威嚇している。早く進め、と。

 

 他の冒険者とすれ違い、助けを求め――無理だ。

 基本的に他ファミリアに対して救助行動をとるファミリアは居ない。ましてや今現在は【ハデス・ファミリア】と事を構えているさ中である。助けを求めればその相手のファミリアにも迷惑がかかるだろうし、もし助けてくれる人物が現れたとしても、半端な実力の場合は諸共あの大柄な人物に殺されかねない。

 

 震える体を押さえつけ、丹田の呼氣を意識して精神を落ち着ける。無意識の内だろう、丹田の呼氣が乱れていたらしく、意識して戻せばすぐに精神の乱れは収まった。

 

 落ち着いた所で十二階層の地図を頭の中で広げてから、細道に通じる道を確認しつつも足を進める。

 

 

 特に迷う事は無い。細道は直ぐに見つかった。

 

 道幅はおおよそ4M程度、高さも4~5M程度と低め……だと思われる。天井の鍾乳石の様なモノが薄らと見えているので多分その程度だと予測したが、実際のところは不明である。

 細道の奥に誰かいないか大声を上げて確認するべきだろうか?

 

 …………雨音に紛れて何かの物音がする。

 

 いや、雨音は只の幻聴だろう。頭を振って振り払おうとするも、どうにも上手くいかない。

 

 目を凝らし、細道を見つめるが、奥の方で何か大きなモノが暴れている音が薄らと聞こえてくるのみ。

 その音も次第に大きさを増す雨音にかき消されそうで、よく分らない。

 

 コンディションは最悪。

 

 濃霧で視界だけでなく、幻聴で聴覚まで潰されている。唯一の救いは嗅覚が生きている事ぐらいだろうか?

 これで霧が地上の霧と同じく臭いまで掻き消してしまっていたら手も足もでなかっただろう。

 

 気配を探る事もなんとかできなくはない。いざ足を踏み出そうとすると、背後から声をかけられた。

 

「逃げ出すと思ったが、成程、蛮勇に優れるか」

「ッ!?」

 

 慌てて振り向き様にウィンドパイプの切っ先を濃霧に向ける。濃霧で視界が悪いせいか、うっすらと人形の影が霧の中に浮かび上がっている。距離は3Mぐらいだろうか、その距離に近づかれていたのに、声をかけられるまで接近に気づけなかったことに驚きつつも足の震えを誤魔化すように問いかける。

 

「なんのようですか?」

 

「心配するな。攻撃はしない。この細道に入ったが最後……引き返せば殺す」

 

 なら、この場で逃亡、本拠である『黄昏の館』への帰還を望んだ場合はどうなるのか?

 

 そんな疑問が口から零れそうになるが、その問いかけをする事無く、鞘から解き放たれたウィンドパイプを一振るいして自身を鼓舞してから呟く。

 

「邪魔、しないでください」

 

 その言葉に、霧の中に影の身を映した人物は鼻で笑うと呟いた。

 

「良いだろう。進め、女神の試練がお前を待っている……もし、突破できたのなら……いや、今言うべきではないか」

 

 意味深に、言葉を切ると、その人物は他に何を言うでもなく踵を返して霧の中に完全に消えて行った。

 

 だが視線が消え去る事は無い。どこかで此方を見ている。

 

「『己に問いかけろ』」

 

 師の言葉を呟き、己自身に問いかける。これより至るは生死を賭した試練の場である。

 

 貫くべき信念はただ一つ。生き残り、寿命を手にする事。

 

 ――その信念に間違いは無いか?――

 

 あるはず等無い。迷う事等ありはしない。

 

「ワタシはまだ……」

 

 

 心の何処かで、座り込んだ自分が、目を閉じた。

 

 心の何処かで、鎖に繋がれた自分が、鼻で嗤っていた。

 

 ワタシは只、前だけを見つめた()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 細道の先、大きなルームになっている場所。

 近づくにつれ、隠しきれない大きな音と共に、冒険者たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

「何でこんな事に」「逃げろーッ!!」「グァッ!?」「だれか、助け……」「ッ!!」「馬鹿野郎ッ!! 戻るんじゃ」「ゴバッ!?」「畜生ッ!! あいつら通路を()()()()()()()」「逃げ道がねえぞっ!!」「細道に逃げろ!!」「あそこに多人数で入ったらヤベェだろっ!!」「じゃあテメェらは此処で死んでろっ!!」

 

 罵倒、悲鳴、その中に混じった大きな咆哮が、迷宮全体に響くかのように振動を撒き散らす。

 

 踏締めている迷宮の床すらもビリビリと振動するような、恐ろしい咆哮。

 

 細道から出て直ぐの所で、カエデは反応する間も無く吹っ飛んできた何かに押し倒された。

 

「ッ!?」

 

 身を捻って衝撃を逃す暇も無く濃霧の中を凄まじい勢いで飛んできた()()に押し潰されかけ、一瞬意識が跳びかけるが、慌てて自分の上に覆いかぶさっている何かを押しのけた。

 

「ぐぁっ……畜生……こんな……所……で…………」

 

 押しのけた()()()が、呻き声を上げて、ゴボリと血泡を吹いて絶命した。

 

 ソレが何なのかを理解するより前に、自身の体についた鉄錆の臭いと、臓物の臭いに思わず吐き気を催して口元を押さえて後ずさる。

 

 後ずさろうとした足に何かが絡んでいるのに気が付いた。

 

 細長い、臓物の臭いがたっぷり染みついた細長くぶよぶよしたソレ。自身の足に絡んでいて、その細長いモノの先は、先程押しのけた()()に伸びている。

 

 臍から下を失った、エルフの青年の死体。

 

 防具はローブ……だったのだろうか? 強い衝撃で顔は見る影も無くへしゃげて判別できない。胸も、腹もべっこりと不自然に凹んでおり、割れた頭からは何かのぶよぶよしたモノがはみ出している。

 失われた下半身の部分から伸びた内臓が、自身の足に絡まっている。

 

 意識した瞬間、猛烈な吐き気を覚えて、嘔吐きかけた所で大きな悲鳴が聞こえて我を取り戻す。

 

 ――こんな所で吐いている暇は無い――

 

 自身の足に絡みついたソレを掴んで引っぺがしてから、直ぐにその死体から離れようとして、霧の中で赤い光が弾けたのが見えた。

 

 悲鳴、怒号、そして爆発音。ドカンと言う大きな爆発音と共に、霧の中から焦げた臭いを撒き散らす赤黒い肉片や、肉がこびりついた骨片等があちらこちらに飛び散るのが見えて、思わずその場に伏せる。

 

 飛び散った物体がナニなのかを意識するより前に、身を起こして一気に駆けだす。

 

 霧の中、聞こえる咆哮と冒険者の悲鳴から、その咆哮の主の正体を知り、今戦っている……いや、蹂躙されている冒険者の人数を割り出してから、カエデは震える足を必死に動かす。

 

 冒険者の人数はカエデがこのフロアに入ってきた段階で、多分12人。

 そして今現在動いている冒険者の数は8人だろう。

 

 このフロアに入ってからまだ10秒か20秒程度しか経っていない。しかし相手は桁違いの強さを持つ怪物である。

 冒険者を虐殺している化け物の正体。もう既に予測は出来ていた。

 

 上層で火を扱うモンスターなんて一匹しかいない。

 

 前の様に中層から放火魔(パスカヴィル)ことヘルハウンドが入り込んでいると言う方が何倍もマシ、どころか断言しても良い。この怪物と戦うぐらいならヘルハウンド10匹を相手にする方が楽だと言える。

 

 上層の『迷宮の孤王(モンスターレックス)』等とも称されるそのモンスターの名。

 

 『インファント・ドラゴン』だ……

 

 

 

 冒険者の悲鳴が次々に消えて行く。

 

 視界は僅か2~3M程度しか利かない濃霧の中。

 

 先程浴びた血や臓物の臭いで鼻まで潰されてまともに臭いも分らなくなり。

 

 ましてや幻聴の雨音が豪雨と呼べる段階にまで進んだ今。

 

 目、鼻、耳。三つが潰されて頼りになるのは僅かばかりの勘のみ。

 

 その勘も、尻尾を掴まれ、引っ張られ、引っこ抜かれそうな痛みを感じる程に暴れ狂っている。

 

 他の冒険者と合流し叩こうにも、声をかけても相手にされない。

 

 いや、此方に反応する余裕も無いらしい。

 

 完全に濃霧と『インファントドラゴン』と言う悪夢の様な組み合わせに混乱しつつあった冒険者達。そして次々と死ぬ仲間という状況に完全に錯乱しているらしい。

 

 逃げろと叫ぶ声。そして悲鳴。誰かの名前を叫ぶ少女の声が、次の瞬間には潰れた蛙を思わせる悲鳴を上げた後に、ズシャーっと何かを引き摺る音と共に、霧の中を凄まじい勢いで何かが吹き飛んでいく。その吹き飛ぶ何かは部屋中に血と臓物の臭いを撒き散らしてより鼻を潰してくれる。

 

 このルームにある出入り口、細道へと通じる通路を除けば他に二つあるはずなのに誰もそこから逃げようとしない。

 

 違う、正確には逃げられない……だ。

 

 カエデは敵が『インファントドラゴン』だと理解した時点で戦闘を放棄した。

 

 『インファントドラゴン』は上層における迷宮の孤王(モンスターレックス)とも呼ばれる事のある希少(レア)モンスターであり、ギルド推奨攻略レベルは三級(レベル2)が6人でパーティーを組む事が条件で、単独(ソロ)の場合は二級(レベル3)以上が推奨されているモンスターである。

 駆け出し(レベル1)では10人以上集まっても歯が立たない。

 

 そう、カエデがこのフロアに到着した時点で居た12人の冒険者達は殆どが駆け出し(レベル1)で、引率としてついてきていたらしい三級(レベル2)冒険者は既に死体になっているらしい。

 

 団長と叫びながら死体に縋り付いている冒険者が居たので危ないから離れろと声をかけようとしたが、それより前に尻尾を引っ張られた気がして思わずその人物を無視して横を走り抜ければ、背後で尻尾が振り下され、死体に縋り付いていた冒険者は見事に死体と一体化を果たしていた。

 

 身震いと共に二つある他の道に逃げようとしたのだが、向かった先では二人の冒険者が壁に……霧の中ではわかりにくいが天井が崩落したのか塞がった通路の石や岩を必死に退けているのが見え……尻尾が引っ張られた気がして、大きく飛び退いてそこから離れると、霧の中でも分る炎の熱がすぐそばを走り抜け、崩落した通路で逃げ道を確保しようとしていた冒険者二人が爆発の直撃で木端微塵になり、至近距離で爆発を喰らった自身も吹き飛ばされて地面を盛大に転がる羽目になった。

 爆風で吹き飛ばされた際に足を負傷したため、迷わず高位回復薬(ハイポーション)を口にしたが、気が付けば吹き飛ばされた拍子に回復薬(ポーション)の入った小瓶が割れたのか腰のポーションポーチから液体が染み出ていた。

 

 運が良いのか、割れたのは一本だけだったが。回復薬(ポーション)高位回復薬(ハイポーション)がそれぞれ一本ずつしか残っていない。

 

 そんな事を確認している間にも、不幸にもインファントドラゴンの突進を喰らったらしい冒険者が三人、いや一人が即死して二人が重傷を負ったらしい。

 

 豪雨の様な音で耳が潰されているはずなのに、微かな呻き声や助けを求める声が聞こえる。聞こえてしまう。

 

 近くで聞こえた助けを求める声に思わず、其方に近づいて直ぐに離れた。

 

 左足がまるまる失われ、右足もへしゃげていながらも、這いずりながら『万能薬(エリクサー)を……』と呻き声を上げながら、必死に他の冒険者の死体のポーチを漁っていた姿を見て、助けようがないと判断した。

 

 樽を思わせる大柄な体躯のドワーフの男性だった。カエデの筋力では引き摺って移動するのが精々。カエデが生き残っているのは一重に他の冒険者より目立たない様にただ只管に逃げ惑っていたからであり、高機動故に攻撃されても回避できていたからだ。だが、ここで重しでしかないドワーフの男性を助けようと思えば機動力はガタ落ちし、死に体の人物を引き摺っていれば否が応も無く目立ち、攻撃を誘発するだろう。そうなれば確実に死が待っている。

 

 ――見捨てた――そう言い換えても良い。

 

 この場で重要なのは自身が生き残る事である。

 

 細道、そこに逃げればその先に待つのはあの大柄な冒険者に抵抗を許されずに殺される未来しかない。

 

 他の二つの通路はまるで示し合わせたかのように天井が崩れて塞がっている。

 

 倒す? インファントドラゴンを?

 

 不可能である。

 

 霧の中、轟音と共に振るわれる尻尾の一撃が危うくかすめかけた際に、ウィンドパイプで斬りかかってみたがあっけなく弾かれてウィンドパイプは弾かれた衝撃と共に霧の中を吹っ飛んでいき、今現在、カエデの手元に存在するのは採取用のナイフと、投擲用ナイフのみであり、とてもあの鱗を傷付けられる様な武装は無い。

 

 落ちていた他の冒険者の武器を拾ったが、折れて柄だけになったモノ。カエデが取り扱うには大きすぎる斧、それから潰れた弓。後は魔法使い用らしい詠唱補助具の長杖ぐらいしかなかった。

 

 先程の爆発で運良く天井が崩落して通行不能になった通路が通行可能になっていないか期待したが、ダメだった……

 

 そんな事を思っている間に、生き残っている冒険者は自分を含め6人になったらしい。

 

 回避と隠密を心掛けつつ、目も鼻も耳も潰された状態で何とか生き残っているカエデは荒い息を吐きながら壁際に走る。自然と、フロアの外周を一周してしまったらしく近くに細道へと通じる道が見えて思わず足を止めた。

 

 こっちには進めない。

 部屋の中央では二人の冒険者が上手く立ち回っているらしい……が、長くは持たないだろう。

 

 そう思っていると霧の中から三人組の冒険者が走り出て来た。

 

 ライトベストを身に纏ったエルフに、へしゃげた斧を担いだドワーフ。両手にナイフを持ったキャットピープルの三人組。こちらを確認すると同時に、ドワーフが眉を顰め、エルフが舌打ちし、キャットピープルが足を止めた。

 

「「「「…………」」」」

 

 唐突な出会いに互いに足を止め、カエデはどうするか考えようと、駆けずり回り続けた事で半ば酸欠気味に陥って揺れる視界の中、キャットピープルがごく自然な動作で近付いてきたのを見て首を傾げる。

 

「君、怪我してる? 大丈夫?」

 

 そう言いながら、既に手の届く範囲に近づいてきたキャットピープルの女性は唐突に此方の肩を掴むと顔を近づけてきた。

 

「ちょーっと悪いんだけどねぇ……細道(こっち)に来られると困るんだよねぇ」

 

 それは知っている。この三人がもし細道に入った後に、自分もその細道に侵入した場合、挟まれるように怪物の宴(モンスターパーティー)が発生して全滅しかねない。ましてや今の自分はウィンドパイプすら失って攻撃能力が激減している。突破も難しいだろう。

 

 そう思っていると、尻尾を掴まれた気がして思わずその女性の手を振り払って後ろに倒れ込む。

 

 気がつけばカエデの太ももの辺りにナイフが刺さっている。その女性の持っていたナイフの一本が自身の足に刺さっているのを見て、思わず呻き声を上げる。

 

「悪いわね、細道(こっち)に進んで来たら、アンタ殺すから。それじゃ、行きましょ」

「おい、ガキだろ……」「流石にやり過ぎなんじゃ」

「じゃああんた等、この子の代りに此処に残れば?」

 

 冷徹な瞳で此方を見下ろすキャットピープルの女性に思わず背筋が震え、後ろの二人が霧の中で逡巡しているらしい。自分はとりあえず足に刺さったナイフを引き抜いてキャットピープルに投げ渡す。

 

「返します」

「……チッ、ここで殺しておくべき……いや、無いね。流石に殺したら言い訳出来ないし。足止めならまだしもね」

 

 舌打ち、それからしゃがんで再度、顔を近づけるとナイフを首に押し当てながらキャットピープルの女性は口をひらいた。

 

「あんた、この道は使うな。アタシ等三人で使うから他を当たりな。もしくは五分待ちな。アタシ等の足なら五分かからないからね。それまでここに居な」

 

 脅してくるキャットピープルの女性に、頷いておく。

 

 どの道、細道を使って逃げる事は出来ない。待ち伏せされているのだから。

 

「良い子だね」

 

 皮肉気に嗤うと、その女性はさっと立ち上がって細道の中へ走って行ってしまった。

 残った二人の内、エルフの男性が此方に近づいてきたので警戒するが、その男性はポーチから回復薬(ポーション)の小瓶を取り出すと投げ渡してきた。

 なんとか受け取って見上げれば、エルフは軽く頭を下げてそのまま細道に入って行った。

 ドワーフは鼻息一つ漏らすと「悪いな」とだけ言って走っていく。

 

 それを見送ってから回復薬(ポーション)の蓋を空けて中身を飲もうとして。舌先に痺れを感じて直ぐに回復薬(ポーション)を吐き出して自身の回復薬(ポーション)を取り出して飲んだ。

 

 わざわざ毒薬で此方を痺れさせてモンスターに殺させる事で、今回の攻撃行動を隠滅するつもりだったのだろう。頭が良いと言うか、狡賢いと言うか。

 自身の手で殺したわけではないので相手取る神次第だが、上手く言い逃れが可能だろう。

 ともかく被害はそう大きくない所か、かなり効力が薄いモノなのか舌先が痺れて味覚が麻痺したぐらいの被害で済んだ。

 

 これで視覚、聴覚、嗅覚に続いて味覚まで潰されて、五感の内四つがダメになっている現状に思わず笑いが零れた。

 

 ――何をやってるんだろう?――

 

 そんな疑問を覚えつつも立ち上がってウィンドパイプを探そうともう一度歩き出そうとすると、霧の中から凄い勢いで男の人が走ってきた。

 

「子供ッ!? ここで何して……いや良い、お前も早く逃げろッ!!」

 

 此方の事を心配してくれているのか、この状況であっても逃げろと勧めてくる余裕があるのか……わからないが。その人物は悪い人ではないのだろう。だが、止める間も無く細道に入って行ってしまった。

 

 まだ五分所か一分もたっていない。

 

 その男の人が走って入って行った直後、細道の方からひび割れる音が連続で響く……

 

 怪物の宴(モンスターパーティー)だ……

 

 何度かモンスターの発生は見て来たが、今聞こえる音はそんな生易しいモノでは無い。

 十? 二十? もっと、もっとたくさん。

 

 数えきれないほどのモンスターが霧の中、細道の壁から産まれ、そして細道へ走っていく。

 

 遠くの方で悲鳴と怒声が聞こえた。『あの糞ガキッ』等と言うキャットピープルの怒声だ。

 

 豪雨ともとれる雨音は、いつの間にか消えていた。

 

 細道からフロアにモンスターがやってくる事は無いだろう。

 

 インファントドラゴンと言う脅威が居る以上、モンスターも容易に近づいてこない。

 

 ゆっくりと息を整えて、投げナイフを握りこむ。

 

 逃げ場は無い。時間稼ぎはこれ以上不可能。

 

 ならばやる事は?

 

 ――――戦え……死にたくなければ――――

 

 覚悟を、心に刻め。

 

 もう逃げるのはお終いだ。

 

 どうにかウィンドパイプを探し出す。そしてインファントドラゴンを仕留める。

 

 ――――不可能か?――――

 

 出来ない。

 

 ――――なら死ぬだけだ――――

 

 死にたくない。

 

 ――――なら――――

 

 足掻く(生きる)だけ。




 アマゾネスも怖い種族だよなぁ……他の種族駆逐する特性持ってるもん。

 モチベガン下がりですなぁ……お気に入り3000下回ったりしましたし。
 ふぅむ……うむむ……うむ? まぁ、良いか。良くないけど(震え声)




『アマゾネス』
 褐色の肌の女性のみの種族であり、全てのアマゾネスが高い戦闘技術を持つ事でも有名。どの種族とも子供をもうけることができるが、生まれる子供は必ずアマゾネスになる。裸身を見られても恥ずかしがることはなく、露出の高い服を好む傾向にある。

 基本的にアマゾネスは強い雄を好み、その雄の子を産む事を望む。しかし優れた雄を求めてアマゾネス同士が殺し合いに発展する事も多く、種族総じて血生臭い種族でもあった。

 ステイタス的には『力』の一点特化。と言われるほどに『力』が馬鹿げた勢いで上昇する。ついでに習得するスキルは『力』を上昇させるモノばかりであり、『力』がほぼ確実に限界突破(オーバーリミット)する種族として有名。
 それ所か、欠点らしい欠点は『魔力』が伸びず魔法が殆ど使えない事位である事以外は、総じて高いステイタスを誇る。だけではなく戦闘技術も高いが故に凄まじい活躍をして見せる種族であり、神々からの人気も高い。

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