生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『目を閉じていても見えるぐらいの極光』
『おめでとう、貴女の事を愛してあげるわ』
『素敵……とっても素敵……だからこそ残念だわ』
『貴女は、きっと私の手に収まらない』
『私が手にしてしまったら……輝きが変わってしまうもの』
『決して手に入らない……手に入れられない』
『それでも、欲しいと思ってしまうのよ……貴女の事を……』
ダンジョン十二階層、濃霧に満ちた上層における最終階層。
注意すべき点は数多あるが、何より危険なのは
視界の殆どを奪い去られてしまい、モンスターとの遭遇戦時の危険度は跳ね上がる。
濃霧を突き破って冒険者を撥ね殺す『バトルボア』や、転がる事で想像以上の移動速度で冒険者に突っ込んできつつも、その強固な甲殻で冒険者に恐れられる『ハードアーマード』、単体の戦闘能力の高い『シルバーバック』、十階層から降りてきて霧に紛れつつ冒険者を翻弄する『インプ』等も居る上、
これだけ聞けば、十二階層がどれほど危険か、分るだろう。
だが、迷宮の悪意はそれだけにとどまらない。
濃霧、冒険者の視界を奪い去るソレ。
ソレはモンスターの視界も奪い去り、どちらも目隠しをしたまま戦っている状態である……と思われているが、モンスターは霧の中に隠れて移動する冒険者を察知する確率はかなり高い。
何故か? 理由は判明していない。
だが、冒険者の間で
濃霧の中、モンスターの気配を必死に探りつつ、霧に紛れて移動する冒険者に対し、モンスターは時折迷い無く真っ直ぐ冒険者に突進してくる事がある。特にバトルボアが視界外から唐突に突進してくる事は珍しくない。
バトルボアには霧の中でも冒険者を識別する方法がある等と言われる事もあるが、そのバトルボアは決して冒険者を自身で捕捉している訳ではない。その五感能力はあくまで平均的なモンスター程度でしかない。
では、何故バトルボアは濃霧の中、霧に紛れた冒険者を完全に補足し、迷い無く突進してくるのか?
それが
どれだけ気配を消そうと、どれだけ巧妙に隠れようと……モンスターは時折ありえない程の察知能力を発揮して冒険者を捕捉し、攻撃をしかけてくる。
ダンジョンがモンスターに冒険者の位置を正確に教え、そして殺しにかかってくる。
ソレは決して眉唾物の噂では無い。
ダンジョンに足を踏み入れた冒険者が必ず感じる、迷宮の悪意。
明確な形をとっている
――ソレは、なんと言えば良いのか?――
迷宮は、冒険者を殺そうとする。
モンスターは、冒険者を殺そうとする。
迷宮は、モンスターを導いて冒険者を殺そうとする。
太古の昔、神々が地上に降り立つ以前から、『穴』は
神々が地上に降り立ち。神ウラノスが結界にて『穴』を封印し、『迷宮』と名を変えて以降……
地上に悪意を振り撒けぬ迷宮は、腹の内に忍び込む愚かな人々を数多飲み込んできた。
其処には名声があった。其処には富があった。其処には未知があった。
そして、其処には、底知れぬ悪意が潜んでいるのだ……
――――迷宮の悪意――――
迷宮は冒険者を殺さんと恐ろしい悪意を振り撒き続けている。
濃霧の中、爪先がへしゃげたサバトンの切っ先が足に食い込んでずきずきと締め付ける様な痛みを感じながらも、むしろその痛みのおかげで明確に意識が冴え渡り、尻尾を掴まれた感覚を覚えた瞬間に地面に飛び込む様な形で伏せる。
瞬間、地に伏せたカエデの背後を凄まじい勢いで振り抜かれたインファントドラゴンの尻尾が通り過ぎる。
其の風圧だけで体が浮きかねない程の恐ろしい一撃。
抜く間も無く上半身がもぎ取られたのか、鞘に収まったままのその剣……ショートソードだろうその剣は拭い損ねたモンスターの脂で薄らと光沢を放っている。その光沢に魅入られる訳もなく、その刀身が今相手にしているインファントドラゴン相手に不足し過ぎている事も理解しながらもショートソードを片手に残った下半身の腰のポーチに手を伸ばそうとして、咄嗟に全力でその場から走り出す。
冒険者の下半身は、次の瞬間には大きさに見合わない跳躍をしたインファントドラゴンの下敷きになり血肉が飛び散った。
先程から、カエデは濃霧の中で必死に冒険者の死体を漁っている。
死体から道具類を剥ぎ取るのは唾棄すべき事かもしれないが、役立つ道具があるかもしれないし、どの道このまま置いておけばインファントドラゴンに踏み潰されるか、迷宮に
死体の道具袋に手を伸ばすと言う行為自体はヒヅチとも一緒に行っていた事ではある。
森の中、迷い込んで死んだ者。モンスター退治の依頼を受けて失敗したオラリオ外の冒険者。
そんな死体から残った金品を剥ぎ取ると言う事は悪い事ではあると思う。それでも
死んだ人には不要な物である。それに……ワタシは
倫理観に囚われていては生き残れない。
無論、あまりにも外道に落ちればソレはバケモノと呼ばれる存在に堕ちる行為だ……だからこそ、生きている人を殺してでも生き残ろうと言う事はしない。
結果的に見殺しにする事はあろう――ワタシには助けられるだけの力なんて無いのだから――
ワタシにできるのは自分が生き残る為に全力を尽くす事であり、誰かに手を伸ばす事では無い。
はき違えてはいけないのだ……
そんな風に自身の行為を正当化しつつも、死体の持っていたショートソードでインファントドラゴンの足を斬り付けるも、甲高い音と共に弾かれてしまいダメージを与えられなかった。
小さくとも……伝承に語られる事もあり、英雄譚の中で討伐する事を栄誉と言われる竜種と言う事だろう。
その鱗は薄らと灰色の光沢を見せ、飛び散った赤い血が美しい斑点をその鱗に描く。
顔をあげて濃霧の中にあるインファントドラゴンの顔を見る。
距離はどれぐらいだろうか? 多分それなりの距離。濃霧の所為で距離感が判別できない。少なくとも3M以内では無い。
濃霧の中……真っ赤な光を宿した、冒険者――人々に憎悪と殺意を向けるその爛々と輝く真っ赤な瞳が、濃霧の中であっても激しく自己主張し、濃霧の中にぼんやりと赤い光と言う名の憎悪と殺意が浮かび上がり、カエデを見据えている。
口から零れ落ちそうになったそんな疑問を奥歯で噛み潰して飲み込みつつ、霧の中を疾駆する。
見られてる。
どれだけ早く動こうと、インファントドラゴンは悠長な動きでカエデを追いかけまわしてくる。
嫌がらせ、悪意……
ただ殺すだけでは足りない。
苦しめ、ずっと、もっと、沢山、苦しみの中で、苦しんで死ね。
そんな意思を感じさせるような絶妙な攻撃ばかり。思わず悪態の一つも吐きたくなる。
「なんでっ!!」
此方がただ一人になって足掻き始めた当初、インファンドラゴンは多数の冒険者を一撃の元に屠るような無双する戦い方から、あからさまに手加減を加えた様な攻撃ばかりを繰り出すばかりになった。
――当たれば四肢がバラバラになる大振りの尻尾――
――その巨体に見合わぬ跳躍から繰り出される伸し掛かり――
――濃霧を突き破って襲い来る火球――
どれもこれも、即死級……では無く、当たれば確実に即死する攻撃ばかり。
なのにカエデは霧の中で転がり、伏せ、走り回ってその攻撃を回避し続けていた。回避する事すら難しいはずなのに……
霧の中、赤い光が弾けた。
迫りくる火球を見て、足の向く先を反転させて飛び退けば、カエデの本来の進行方向から
其れなりに距離はあったが、爆風は容赦なくカエデに襲い掛かる。
爆風に煽られて体勢を崩した所に、まるで
一番威力の弱い尻尾の付け根辺りで攻撃を受ける事で、尻尾の先端の直撃に比べて被害を抑える努力はしたが……当たる直前にショートソードを盾代わりに使ったのが悪かったのだろう。右手のガントレットがへしゃげ、ショートソードが圧し折れてしまった。
これだ……直撃すれば即死するその火球。インファントドラゴンはわざとやっているのではないかと思える様な精度でカエデに直撃しないコースを選ぶ。かといって回避を許してくれる訳でも無く、まるで嬲る様に此方を弱らせようとして来る。
爆風に煽られて火傷とまでは行かずとも火照った様に熱を持つ肌に眉を顰めつつも、吹き飛ばされてできた距離を維持するために足を止めず走りながら、へしゃげたガントレットを引っぺがして放り捨ててから最後の一本の
もう、
多分、戦闘時間は十分も経って無いはずだ。
だが十分にも満たない戦闘のさ中……いや、これは戦闘では無いか。
ただ一方的に嬲られる事十分、カエデは失っていたウィンドパイプを見つけられずにインファントドラゴンの攻撃を必死に回避する事しかできていなかった。
その回避に関してもインファントドラゴンはまるで弱い小動物を嬲り殺すかの様に回避は出来ても必ず小さなダメージを負わせる様に攻撃を繰り出している所為でカエデはただ体力を消費するだけで打開策も浮かばない。
別の冒険者の死体を探そうとするも、目に入る範囲――と言っても3M程度の距離だが――には見当たらない。
武器、そう武器だ。武器が必要……
今のカエデは爪先がへしゃげて足を圧迫する左のグリーブと、火球の熱で歪んだのかかみ合わせが合わなくなったのか何かをかんで動きが悪くなった右のグリーブ。そして左手のガントレットに緋色の水干。防御性能は非常に高いのだが……攻撃を喰らえば即死する。カエデ自身の耐久の低さが防具の性能で軽減されたダメージであっても耐え切れない。
濃霧の中、まるで憎き人を嬲れる事を歓喜するかの様にインファントドラゴンが咆哮する。
明確な殺意と憎悪が振り撒かれてカエデは一瞬足を止めてから。頭の中で現在位置を割り出そうとする。
何度も攻撃され、吹き飛ばされ、転げまわり。今のカエデは自身の現在位置を見失っていた。
どこまで進めば壁なのかわからず、回避の度に心臓が凍りつきそうな恐怖に襲われる。
回避した先が壁だったら? フロアの隅っこに追い詰められたら?
もし壁なら、壁と尻尾でサンドイッチである。それはとても美味しく無さそうだ。
隅っこに追い詰められたら……
「まだ終わってない」
暗い考えを一度吐き捨てる。
心臓は爆ぜてしまうのではないかと言う程に激しく脈打つ。
生きてる――まだ
だが、どうすれば良い?
――尻尾が、優しく掴まれた気がした――
誰だろう? 分らない。 誰かがずっと見守ってくれている気がする。 気の所為?
流行病に倒れ、死にかけてから。誰かが、尻尾を掴んでくる。
最初は、気の所為だと思った。ヒヅチに聞けば守護霊がどうのと言っていた。
……わからない。ヒヅチとワンコさん。他に誰かが助けてくれるなんて想像もしていないし、ソレが何なのかもわからない。信じて良いのか……
怪我をしそうになったり、死にそうになる度に、尻尾を誰かが掴むのだ。
やめろと、危ないと、戻れと……今まではそうだった。
でも、この瞬間だけは違った。
『こっちに、貴女の探し物がある』
そう、伝えられた気がする。
もし、違えば……死ぬ。でも、今まで勘と呼んでいるソレに幾度と無く助けられてきた。
……勘を信じよう。
自身がフロアの隅っこに居るのか、中央に居るのか……そもそもウィンドパイプは何処にあるのか?
もしあったとして、インファントドラゴンに踏み潰されて壊れていないか?
幾度と無く、冒険者の武器を踏みつけたのか金属がへしゃげる音を聞いていた。
その音を立てる原因の中に、ウィンドパイプが無いなんて保証はないが……逆にウィンドパイプが踏み潰されてしまったと言う確証もない。
でも、尻尾を優しく掴むその感触は、きっと嘘では無い。
ワタシは【ロキ・ファミリア】の皆から頭が良いと言われる。きっとそれは大きな間違い。
だって、頭が良ければ村人と仲良く出来る方法を思いつくはずだし、もっと簡単に寿命を延ばす方法を見つけられるだろうし……頭が良いのならこんな状況に陥る事なんて無いんだから。
頭に知識を詰め込むだけ。ソレを上手く活用できるかはわからない。でも覚えていればそれだけ手札が増えるから。増えた手札を上手く利用できるなんて思えない。
乱れず続けられていた丹田の呼氣を、やめる。
きっと、今からワタシがやる行為はとっても、とても馬鹿な行為だと思う。
――命を賭けるなら、命以外も全て賭けてしまえ――
ロキは、烈火の呼氣は使うなと言っていた。理由はちゃんと説明された……身体能力の
濃霧の中、此方を窺う……いや、どう足掻くのか悪意を持って見下ろすそのインファントドラゴンと、一瞬だけ視線を交えてから、自身の尾を掴む感覚を頼りに走り出す。
インファントドラゴンの足元――多分、其処に有る。
間違いなら? 死ぬだけだ。其れでも構わない。どの道、このままでは嬲り殺されるだけだ。
本当にあっているのか? 迷うな、進め。その
嘲笑うかのように振るわれる尻尾。高めの軌道……地面と尻尾の隙間が大きい、回避は容易い。スライディングの要領で尻尾の下を潜り抜ける。そのまま、身体を跳ね上げながら全力疾走。立ち止まったら死ぬ。
インファントドラゴンは此方を向いただろうか? 相手の顔の位置に視線を向ける余裕は無い。
無い。無い。霧の中、足元に視線を凝らしつつ必死に走る。
勘の位置に、ウィンドパイプがなければ? 死ぬ。
お願いします。どうか――――
今、ワタシは誰に何に祈った? 神に?
――神が与えるのは奇跡の種だ――
そのままでは花咲く事も無く種のまま……
――神に祈りを捧げても、何も起きやしない――
祈りなんて無駄だ……
――掴むのは己の手でなくてはならない――
掴むんだ……細い糸の先を……
濃霧の中、相手の巨体が見えた。
強靭な鱗、動き回るさ中に付着した冒険者の血肉がこびり付いて鮮やかに彩られた灰色の鱗。
無数の傷は、カエデが与えたモノでは無い。他の冒険者の
ソレに一瞬、視線を奪われてから――ウィンドパイプを見つけた――
「あったっ!!」
歓喜、勘を信じて良かった。後はこれで――
手を伸ばし。一気に柄を掴みとる。後はこの剣で相手を――そう思った直後、尻尾を引っ張られる感覚を覚えて上を見た。
――――――赤黒い肉質に鋭い牙の並んだ口内が頭の上にあった――――――
蠢く喉の奥に揺蕩う暗い闇が映り、ヒヅチが居なくなった日に見たカエルのモンスターの口内を思い出した。
――――まだ居るぞ!――――
あの時言われたヒヅチの言葉が、身体の硬直を吹き飛ばした。
食われる。頭から? まだ、まだだ、終わる訳には行かないのだ。
一気に体に熱を灯す。
『その火を大きくし過ぎるな、危ないからな』
忠告の一つ。大きくし過ぎると危ない。
――熱に体を焼き尽くされるぐらいにまで、大きくしたらどうなるんだろう?――
その熱に吐息を吹きかける。
『決して一気に大きくするな。少しずつ、少しずつじゃ』
忠告の一つ。一気に大きくするのはダメだ。
――一気に熱が膨れ上がる。力が一気に上がった気がする――
指先に至るまで、全身に熱を宿す。熱はまだまだ膨れ上がる。
今まで扱った事が無い位に、大きく、熱く――速く……――速く!!――もっと速くッ!!
もう既に上半身がインファントドラゴンの口内にある。閉じられれば、あっけなく上半身を噛み千切られてお終い。
それだけは――――嫌だ――――
灯った熱に、息を吹き込む。
――もっと、はやく、おおきく――
全身が灼熱に焼かれるような感覚に包まれる。
――まるで
本来の呼氣。身体能力の限界突破。
――ヤメロと叫ぶ声が聞こえた気がした――
体の中で、何かが弾けた。
――同時に、何かが壊れた気がした――
一気に振り抜く。
――重い、重いウィンドパイプを――
下から上に、真上に向かって。
――本来なら、上から下に、重力を利用して振るうソレを――
腕力だけで、振るう。
『腕力だけに頼って剣を振るうな間抜けめ、そんなんじゃ切れるもんも切れんわ』
――そう言って呆れ顔を浮かべたヒヅチの姿が脳裏を過った――
『力任せにぶん回せば大丈夫さネ!! アチキが言うんだから間違い無いさネ!!』
――鉈を片手に持ったワンコさんがヒヅチの横で笑っていた――
腹に長い牙が突き立つ、性能の高い防具に阻まれてすぐさま牙が身に突き立つ事は無い。それでも衝撃で剣閃がズレそうになる。
振り抜け、止まるな。このまま
――インファントドラゴンの口の端に刃が食い込む――
防具の緋色の水干が貫かれた。腹に牙が食い込んでくる。
――頭蓋に当たってゴリゴリと言う不快な音を響かせる――
食い込んだ牙が臓腑を傷付ける。体の内で臓腑が破壊される音が響く。
――頭蓋を砕き割り、口蓋を断ち切って脳髄を破壊する――
脳髄が破壊された為か、インファントドラゴンは動きを止めた。
終わった。そう思った途端、インファントドラゴンが倒れ伏す。
巻き込まれまいと咄嗟に身を捩って口内から抜け出せば、霧の中に頭の半分を砕かれた死に体を晒しながらも、未だに憎悪の籠った瞳で力なく此方を睨むインファントドラゴンと視線が交差した。
「……ごめんなさい」
謝罪は、きっと必要無い。けれども、言葉にしておく。
相手が襲い掛かってきたのだ。ワタシはソレを振り払っただけで……其れでも、命を奪う事は、好きになれない。
奪って、生きて、生きて……その先に有るのは……
『バケモノ、なんぞと呼ばれるのは嫌じゃろう? ワシの生き方何ぞほんの少し道を踏み外せばそんな呼び名が当てはまってしまう危うい生き方じゃからのう……オヌシは道を違え、外道に堕ちるなよ?』
奪って、生きる。『生きる事は奪う事』
嫌いになれば生きていけない。目を逸らせばしっぺ返しを食らうだろう。受け入れ、飲み干せばそれはバケモノと呼ばれてしまう。だから決して『奪う』事に慣れてはいけないのだ……
徐々に光が失われ、完全な骸と化したインファントドラゴンを見てから。自身の腹に開いた傷口に手を当てる。
完全に貫通した訳では無いが、出血がひどく、いくつかの臓腑が破壊されているらしい事は分るが、どうしようもない。
一応、止血帯はポーチに入っていたが、いくつかの臓腑まで破壊されている様な怪我なので効果は薄かろう……
もし、自分がファルナを授かる以前の普通の人であったのなら、きっと既に死んでいる筈だ。ファルナのおかげで心臓と脳髄さえ無事なら死ににくいと言う特性のおかげか……
…………体の中の熱が引いた後、血に塗れた下半身も、破壊されて激痛を放つはずの臓腑も、貫かれている体の感覚どころか、手足の感覚も覚束ない。
今、自分は仰向けに倒れている……はずだ。視線で周囲を見回そうとするが、身体はさっぱり動かない。インファントドラゴンの口内にはまだウィンドパイプが残っているし、回収しなくては……それ以上に最低限の止血を……しなくては。
何とか腰のポーチから止血帯を取り出すも、強く傷口に当てて締め上げる等と言う動作は行えそうにない。
床にたっぷり広がっている血は、自分のモノか……それともインファントドラゴンの傷口から溢れ出た血だろうか?
そんな風に考えていると、爆発音が聞こえた気がした。
散弾の如く何かが飛来し、インファントドラゴンの骸にビシビシと当たる音が聞こえる。丁度インファントドラゴンの骸の陰に居たおかげか、その飛来物が当たる事は無かったが……
嘘だと言いたかった。
この階層で壁もしくは崩れて封鎖された通路を吹き飛ばせる威力を出せるモンスターなんてインファントドラゴンだけだ。
二匹目が出現する可能性は限りなくゼロに近くとも、ゼロでは無い。
二匹目の相手をする余裕なんてありはしない。けれどもこのまま寝転がっていれば今度こそあの咢で砕かれて死ぬ。もしくは踏み潰されてだろうか? せめて剣に手を伸ばそうとするが、手はピクリとも動かなかった。
激しい出血により意識が遠のいていく。
――せっかく、倒したのに――
まだ終われない。弱々しく、途切れそうにはなっていても、まだ鼓動は止まっていない。
ほんの少し、ほんの少しだけ、心が揺れた。良いのだろうか? だってこれだけ頑張ったのだから……もう……
ヒヅチは褒めてくれるだろうか? 『よくやった』その一言が聞きたかった。
薄れて遠くなる意識の中、けれどももう一度
…………まだだ、鼓動が枯れ果てるその時まで、
ワタシはまだ、死ねない。
『
ワタシはベルトから投げナイフを取り出して――
――――手から投げナイフが零れ落ちて、小さな金属音を響かせるのが精一杯だった――――
前回は、カエデちゃんの活躍を上手く表現出来ず、難航してしまい、皆の期待を裏切る形の話ですまなかった。
そして、今回の話、誰が来たのかはもう既に予測可能回避不可能状態ですが。本来なら『牙』と『烈火の如く』の更新の順番が逆でした……
……つまり
今後も戦闘描写に詰まったら唐突に別のシーンぶち込むかもです(白目)
無論、そうならない様に全力で頑張りますが……ぶっちゃけ今回の戦闘シーン見て貰えばわかる通り、戦闘描写が下手糞なのでどうにもならない場合があるかもです……と言うか一番重要な戦闘描写が遅れたりって……
気になった事は、更新優先で本編が難航してたら別シーン(書きやすい回想シーン?)をぶち込むのと、そもそも更新せずに『遅れますー』みたいな活動報告だけ乗っけるの。どっちが良いのかは気になりましたな。私的には更新を一度でも止めるとズルズルーと更新しなくなっちゃうので更新は確実にしておきたいんですがね……(出来るかは不明ですが)
『投げナイフ』
別名:スローイングダガー
オラリオ内部において鍛冶系ファミリア最高位【ヘファイストス・ファミリア】の新米鍛冶師達の作品。
練習用に作られたモノも多く、中には酷い出来のモノが混ざっていたりする。
基本的に木箱や樽の中に無造作に入れられている投げナイフを冒険者側が選別して買い取る形となっている。
消耗品。
それは神の鍛冶師を頂に抱き、日夜頂を目指し努力を繰り返す新米鍛冶師の練習作品である。
所詮練習作品、切れ味は上級鍛冶師の作り出すモノとは比べるまでもない。
しかし本気で上級鍛冶師を目指す者達の血と汗が滲んだ作品はそこらの鋳型で作られる大量産品の投げナイフ等とは比べ物にならない切れ味を誇る。