生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『糞がっ!! 【恵比寿・ファミリア】の【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】に邪魔されただとっ!!』

『ほー、その【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】とやらには感謝せねばなるまいな』

『アマネ、貴様……』

『だからアマネでは無いと何度言えばわかる』

『……自ら協力を申し出てくれるのが理想的でしたが、仕方無いですね』

『隷属の刻印なんぞ持ち出して……本気か?』

『本気だ、貴女には働いて貰わねばならない。私一人では神々に対抗出来ようはずもない。アマネ、貴女が頷いてくれれば刻印を刻む必要も無くなるのだが』

『断る……くどいぞ、何度問いかけられようと返答は変えん』

『真っ先にやってもらうのはラキア王国での任務ですね。ついでに言うなれば【ナイアル・ファミリア】の眷属も屠って貰いたい』

『お断りじゃな』

『ならば刻印を貴女に。できれば頷いて欲しかったですよ』

『ワシはオヌシがそこまで外道に落ちていたと信じたくは無かったな。あの頃は森の外の事など何も知らぬ愚かな夢見るお姫様じゃったんじゃがな』

『好きに言えば良いだろう。私は世界の残酷さを知った。神の傲慢さを知った。どうしても神々が赦せないのだ』

『身勝手な奴じゃ』


『神会』《下》

 神会(デナトゥス)会場、『バベル』の三十階層の大部屋の中でハデスとロキが睨み合うのを見ながら、エラトーがほろりと涙を零した。

 

「だから神会(これ)に参加したくなかったのよ……眷属(こども)に会いたい……一緒に鼻歌でも歌っていられたら幸せなのに……」

 

 開幕直後に泣きながら逃げて行ったタレイアを恨みつつ、エラトーは遠い目をしながら司会席に立つ。

 

「えー……ロキもハデスも座りなさい。ハデスの言い分はわかった。けど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

 基本的に、天界であったいざこざを地上で持ち出すのは厳禁である。

 

 あくまでも神々は地上にお邪魔している存在である。文字通り邪魔するのは良くないので天界に於いてあった数々の揉め事を地上に於いて発散する事を禁じたのだ。

 

 とは言え抜け道も数多存在し、()()()()()()()()()を搦める事で天界での恨みを晴らす事は珍しくない。

 

「エラトー、貴様は「ハデス。止まりなさい。貴方のソレは天界の言い分。下界に持ち込んでいいモノではないわ」……」

 

 エラトーの言葉にあからさまに苛立った様子のハデスに待ったをかけて、ロキの方を向く。

 

「ロキも、今回の件は――「許せ言うんか? 襲撃されとるんやぞ?」……そうは言わないわ。ただこの場で争うのはやめて。戦争遊戯(ウォーゲーム)の話し合いなら私も参加するけど……ただの言い争いなんて見たくも無いわ」

 

 胃への致命的なダメージがでかすぎるのだ。やめてほしい。割と死にそうなのだ。

 

 と言うか胃痛で死ぬ初めての神として自身の名が挙がったに日には天界で胃痛の神エラトーなんて不名誉な仇名が一生語られ続ける事になる。割とやめてほしい。

 

 その願いは一応通じたのだろう。きっとその願いが届いた神はまともな神ではない様子である。まぁ、神々(自分達)を見ればまともな神が殆ど居ないのは既に察していたが。

 

「あぁ、その事か。実はなー。ハデスだけやのうて皆に釘刺そう思ってな」

 

 にっこり笑顔で、どす黒い雰囲気を撒き散らすロキを見てエラトーはそっと神々を見回す。

 

「うわーぁ……」「なんで俺らまで」「ハデスのが跳び火してんじゃねぇか」「おろろろろ」「うげぇ」「俺にも袋を……おろろろろ」

 

 神々の半分ほどがロキの威圧で半狂乱気味である。平然とニヤニヤ笑みを浮かべてロキを見ている神は頭がおかしいのではないのだろうか。良く見たら超穏やかな笑みを浮かべたデメテルとか、欠伸をしつつも手元の資料ペラペラしてる恵比寿とか割とヤバイのが居るのが確認できる。

 

 常々思うのだ。デメテルとか恵比寿とかフレイヤとか、こんな状況で平然としてる奴等ってなんかこう、神とかそう言うモノじゃなくてもっと違う別の何かなんじゃないだろうか?

 

 意識を別の事に向けてからゆっくりと顔を引き攣らせてエラトーがロキの方を向いた。

 

()()()()ってどういう……?」

 

「決まっとるやん? カエデたんに手ぇ出したら潰すわ」

 

 知ってる。お気に入りの眷属に手を出されたらどの神も怒る。だがそれでも手を出すのが一部の神々(馬鹿共)である。エラトーはそっち側ではないので手出しはしないしする気も無い。そのカエデ・ハバリと言う眷属がどんな歌を好むのか、音楽は好きか等は気になるが……本人を強引に己のファミリアに引き込もう等と言う気は無い。

 

「あぁ、それでファイたんの所と話もまとまっとるんよ」

 

 ロキの口からヘファイストスの名が出た事で神々は黙ってヘファイストスに注目する。

 

 成程、あの比較的常識人枠に収まってる様に見えてロキの蛮行を受けておきながらもロキの神友として振る舞っている狂人の鍛冶師はロキの協力者に収まっているのか。納得である。ヘファイストスめ、原因ではないと言いつつ協力しているではないか。

 

 内心ヘファイストスを罵倒しつつ、エラトーはヘファイストスの方を向いた。

 

「はぁ……えっと、ロキ、ここで言えばいいのかしら?」

 

「せやで」

 

「……はぁ……そうね。皆注目して」

 

 ロキと小声で話し合ってからヘファイストスが立ち上がって手を叩く。既に視線は集まっていたのでヘファイストスは直ぐに口を開いた。

 

「カエデに手を出したファミリアとは取引を全面停止するわ」

 

 ヘファイストスの台詞が静かな大部屋に響き、そして神々は意味を理解して騒ぎ始める。

 

「え? 【ヘファイストス・ファミリア】との取引停止?」「マジかよ、一級武装が使えなくなっちまうぞ」「最悪、ゴブニュん所使えば良くね?」「ばっか、ゴブニュの所は一見さんお断りだろ」「ヘファイストスの所の武器が使えないとか洒落にならんぞ」「もしかして整備も拒否られる感じ?」

 

 オラリオに於いて【ヘファイストス・ファミリア】製の武装の普及率は八割を超えている。要するにオラリオの冒険者のほぼ八割は『ヘファイストス・ブランド』の武器を使っているのだ。

 これは【ヘファイストス・ファミリア】が新米鍛冶師に積極的に鍛冶場を与えて鍛えている影響で、新米鍛冶師達の作る練習作品が安価に冒険者に使われている事が大きい。

 粗悪品や良品等の玉石混淆の練習作品は品質に差が大きいが、代わりに練習作と言う事で価格も安価である。

 バベルの四階から八階までが【ヘファイストス・ファミリア】の支店として利用されており、其処でも新米鍛冶師達の安価な練習作が数多取り扱われていると言えばどれほどかは理解も出来よう。

 

 【ヘファイストス・ファミリア】と取引停止された場合は其処の掘り出し物も利用できなくなってしまうし、一級(レベル5)冒険者や準一級(レベル4)冒険者等の上級冒険者は殆どが【ヘファイストス・ファミリア】製の一等級武装を利用している。

 

 冒険者にとって武装とは命の次に大事なモノであり。その質は生存率を大きく左右する。

 

 であるならば、最も質が良く、出回っている『ヘファイストス・ブランド』を利用できなくなると言う事がどういう事か……

 

 下級冒険者のみで構築されたファミリアは良いだろう。【ヘファイストス・ファミリア】以外にも小規模でやっている鍛冶系ファミリアは無い訳では無い。しかし一級冒険者が利用できる武器と言うのは【ヘファイストス・ファミリア】か【ゴブニュ・ファミリア】以外で手に入る事はほぼ無いと言って良い。

 

 非正規ルートを使って入手する事は不可能ではないだろうが、値段は倍以上に跳ね上がる所の話では無い。元の一等級に分類される武装でも数千万ヴァリスは当たり前。ソレが桁を一つ二つ跳ね上げた値段と言うのが非正規ルート、いわゆる闇ルートと呼ばれるルートでの取引価格となる。

 

 しかも非正規ルートで取引しているのがバレれば『商業ギルド』でもある【恵比寿・ファミリア】も黙っていない。

 

 探索系ファミリアの主神が揃って頭を抱える中。探索系では無い神々は「ふーん」と言った感じである。

 

 ソレを見たロキがそういった探索系では無いファミリアの主神を睨みつけるが。知った事かとニヤニヤ笑みを浮かべている。

 

 アレは手出しする気満々だろう。

 

 神々の様子を見て溜息を吐いていたエラトーを余所に、とある神が手をあげた。

 

「ひとつ質問がある」

 

 手をあげて存在を主張したのはオラリオに於いては【ヘファイストス・ファミリア】の名の陰に隠れがちではあるが同じく一等級武装を作り出す事の出来る【ゴブニュ・ファミリア】の主神。神ゴブニュである。

 

 ドワーフを連想させる小柄で逞しい体つきを、着流しを肌蹴させた姿の初老の男神のゴブニュは、ロキの威圧感をモノともせずにヘファイストスの方に視線を向けて口を開いた。

 

「どうしてロキに協力する? カエデ・ハバリと何か関わりでもあるのか?」

 

 その質問にはっとなった神々がヘファイストスに注目する。

 

 基本的に中立と言うか目立って何処かに加担しないヘファイストスが、神友とは言えロキに協力するとは思えない。詰る所何かしら理由(わけ)あっての事だろうと予測したのだろう。

 

 まさか鍛冶以外に興味の無さそうなゴブニュの口からその質問が飛び出したのは予想外だが……

 

「あぁ、それね。ロキが深層のドロップアイテムの五割を優先して私の所に卸してくれるって言うから協力したのよ」

 

 その言葉にゴブニュが目を細め。神々が納得した様な表情を浮かべた。

 

「そりゃそうだよなぁ……」「俺の所も深層のドロップ品とか欲しいんだけどなぁ」「あぁ……なんつーかズルいよなぁ」

 

 納得と諦めと羨望と、様々な言葉が神々の口から零れ落ちるのを見つつも、ゴブニュがロキの方を見据えて口を開いた。

 

「ロキ、儂の所も協力する。だから深層の素材を此方にも融通して欲しいのだが」

 

 その言葉に一部の神が悲鳴を上げる。

 

 エラトーは逆に納得できた。

 

 鍛冶にしか目の無い神だからなんかあるんだろうなと思っていたが、どうやら元々『深層の素材関連』で契約でもしているのだろうと考えて自身もその蜜を吸う為に質問したのだろう。

 

 【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】、二つのファミリアがダンジョン深層から大量のドロップアイテム等の素材を回収してきており、その素材を使って【ヘファイストス・ファミリア】も【ゴブニュ・ファミリア】も武装を作成していたが。二つのファミリア壊滅後は素材が目減りして価値も跳ね上がり。相場価格は前の数倍から下手をすれば数十倍。中には桁数が三つも跳ね上がった素材もあるのだ。

 

 そんな素材を優先的に卸してもらえるとなれば、鍛冶系ファミリアとして黙っていられないのだろう。

 

 一部の神々、詰る所眷属が【ヘファイストス・ファミリア】ではなく【ゴブニュ・ファミリア】と直接契約を結んでおり、ヘファイストスと敵対しても関係無かった探索系ファミリアの主神が悲鳴を上げている。

 

 ゴブニュの所すら禁止されれば手出しがし辛くなるだろう。

 

「お? えぇで。せやけど三割になるで?」

 

「構わん。少しでも多く良い素材が手に入るのならな」

 

「っちゅー事やから。カエデたんに手ぇ出したらゴブニュん所も取引停止すんで」

 

 神々がふざけんなーと口を開くもロキはニヤリと笑みを浮かべた。まるで予定通りとでも言わん態度である。

 

 ヘファイストスも若干呆れ顔をロキに向けつつも呟く。

 

「貴女、最初からコレ狙ってたんでしょ」

 

「せやで、まぁ……これでも動く神々(アホ)は居るやろけどな」

 

 最悪の場合、品質の低いオラリオ外の鍛冶師の作品でもダンジョンに潜れなくはないのでカエデに手出しする神が一人も居ないかと言えばそんな事は無いし。

 

 そもそも探索系ファミリア以外の場所は遠慮なしに手出ししてくるだろう。

 

 ロキが一応この後に控えるイベントに向けて思考を回していると、一人の女神が手をあげた。

 

「ロキ、私もそのカエデって子に手出ししたファミリアに制裁を加えるのに協力しても良いかしら?」

 

 神々の視線がその神――デメテルに集中する。

 

「「「え?」」」

 

 ロキだけではない。ヘファイストスもフレイヤも、恵比寿も誰しもと言うか神々の全てがデメテルの言葉に首を傾げた。

 

 え? いきなり出て来たけど、何で? デメテルも協力?

 

 理由が分らずに首を傾げつつも、ロキが口を開いた。

 

「え? 何でデメテルは協力する気になったん?」

 

 農業系ファミリア【デメテル・ファミリア】の主神デメテル。

 数いる神々の中で最も胸が大きく。三大巨乳神としても数えられている神であり、貧乳をコンプレックスとしているロキも一時期僻みの対象にしていた神である。

 

 性格はおおらかその物であり、地上に下りてきた理由は眷属(こども)達と野菜作り(土いじり)をしてみたかったと、刺激を求めて下界に下りてきた神々の中では非常に大人しい理由の神でもある。

 

 ファミリアの規模もかなり大きく、オラリオに留まらず【デメテル・ファミリア】の農村等も管理しており、『セオロの密林』等にも管理地・採取地として土地を確保していたりと、かなり広い範囲に手を広げているファミリアである。

 

 オラリオに於いては食糧生産を一挙に賄っており、農業系ファミリアの中では最大規模……と言うか【デメテル・ファミリア】以外に農業系ファミリアは居ないと言われているぐらいである。

 

 なんでわざわざ地上に下りてきて刺激も糞も無い土いじりなんて……等と神々に小馬鹿にされていながらも、おおらかな性格で全部受け流して農業を続けていた神である。気が付けば食料関連は【デメテル・ファミリア】一色であり、下手に敵に回すと食糧関連でかなり困った事になるファミリアである。農業系と言う事で眷属の平均レベルは低いモノの、敵対した場合の危険度は『冒険者ギルド』や『商業ギルド』と並んで数えられるほど……

 

 だが、危険度は高くとも主神の性格がおおらかであり、眷属に直接手出ししたりしない限りはよっぽど怒る事は無いし、何処か特定のファミリアと敵対している訳でも無いので手出ししなければ無害所か美味しい食材を提供してくれる良いファミリアである。

 

 そんな【デメテル・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】に協力?

 

 冗談では無い。そんな事になったらカエデ・ハバリに手出しできるファミリアなんて【ウラノス・ファミリア】か【恵比寿・ファミリア】ぐらいしか居なくなってしまう。

 

 【フレイヤ・ファミリア】ですら食糧無くして活動が続けられる訳もないのだから……

 

「あぁ、それね……ハデスが居たからかしらね」

 

 にっこりと笑みを浮かべたデメテルの言葉に神々が首を傾げる。

 

「え? ハデス?」「ハデス……ハデスが居たから?」「デメテルとハデスってなんかあったっけ……」「もしかして……ハデスに好意を?」「あっ!! 思い出したっ!!」「何をだよ」「ハデスってデメテルをキレさせた唯一の神じゃねぇかっ!!」「っ!? あのデメテルを怒らせたぁっ!?」「え? デメテルってロキが毎日嫌がらせし続けて数千年、終ぞ怒る事無くロキに微笑みかけてたって逸話があっただろ?」「そのデメテルを怒らせるって……」「ハデス、オマエ何やらかしたんだよ」

 

 一人の神がぽんっと手を打って叫べば、神々も次々に思い出す。

 

 デメテルはおおらかな女神である。

 

 どんな状況でも笑みを浮かべて何でも許してくれる神である。

 

 それこそ数千年単位で悪神ロキがひたすらに巨乳を妬んで嫌がらせをし続けてもおおらかに笑って許すレベルでおおらかな女神である。最終的にロキが折れて膝を着いていたのは神々を震撼させた。あの怨敵(巨乳)相手にロキが膝を着いたのかとお祭りにすらなりかけたのに。

 

 他にもデメテルが怒った所を見た事が無いと言う事で神々総出で怒らせようとしてみたが意味が無かったりなど、怒る所が想像出来ないデメテルだが、そのデメテルを唯一激怒させた神が居た。

 

 神ハデスである。

 

 一体何が原因だったのかは未だ不明であるが、神ハデスがデメテルにしでかした()()()が原因でデメテルを激怒させたことは事実として神々の記憶に焼き付いていた。

 

 そしてデメテルの協力の理由に気が付いた神々が一様に額に手を当てた。

 

 これ、アレだよ。カエデ・ハバリを口実にして【ハデス・ファミリア】を攻撃する気だ……

 

 天界での出来事を元に下界で手出しするのは基本的に禁止されている。其の為神々は地上で眷属を使って挑発し合って限界を超えた方が手出ししてくるところを狙って()()()()を得てから盛大に攻撃をする。

 

 しかし【ハデス・ファミリア】は基本的にトラブルを起こさず、挑発にも乗らない。報復に食料品の取引を止めたくとも攻撃対象にする為の大義名分がさっぱり得られない状況だっだのだ。それを攻撃する()()()()として【ロキ・ファミリア】のカエデの後ろ盾としての協力宣言だろう。

 

 ロキからすれば寝耳に水である。同じくヘファイストスもぽかーんと半口を空けており寝耳に水なのがうかがえる。

 

 ロキとしては【デメテル・ファミリア】の後ろ盾なんて願ったり叶ったりだが……

 

「……あれ?」

 

 ロキはふと首を傾げる。

 

 これ、ハデス潰さない方が良いんじゃ?

 

 この神会(デナトゥス)が終わった後、外に待機させていた眷属と共にハデスを捕獲して磔にして天界へ強制送還させようと思っていたのだが……

 【デメテル・ファミリア】の協力を得られるのなら、怖いモノ無しと言うか……フレイヤも易々と手出しして来ないだろう。

 

 ロキがフレイヤの方を伺えば、引き攣った笑みを浮かべたフレイヤを目があった。

 

『貴女……これも、貴女の()()()()なのかしら?』

 

 そんな風に視線で問いかけて来たフレイヤに対し、ロキはドヤ顔を返す。

 

『予測出来へんかったやろ』

 

 悪神ロキと、美神フレイヤは天界でも互いに認め合う程の知力を持つ神であり、それぞれが敵対したり協力したり様々な立場で関わる中で、互いの能力は完璧に把握し合っている。

 

 そんな中、今回の出来事をロキは全く予測していなかった。と言うかハデスがデメテルを激怒させていたと言う出来事ですら神々が騒いでいるのを聞いて初めて知ったぐらいである。

 

 ――ウチも全く予測できへんかったからなぁ――

 

 ロキに予測できない事と言うのは。ほぼ断言しても良いがフレイヤも予測外だったのだろう。

 

 あの余裕の笑みを常に浮かべていたフレイヤが完全に笑みを引き攣らせている。

 

「ロキ、どうするのよ」

 

「どうするて……ハデス下手に潰さへん方が利がでかくなってもうたわ。ムカつくけど利用しよや」

 

 ヘファイストスの囁きにロキが答えれば、ヘファイストスがロキを見ながら顔を引き攣らせる。

 

 今のロキの表情は言葉に出来る様な様子ではない。

 

 殺したいほど憎らしい相手を、生かした方が利点が大きい。でも殺したい。八つ裂きにしても足りないぐらいにムカつく。でも生き残らせた方が利が出る。

 

 カエデの生存率は、ハデスを殺した場合と生かした場合では天と地ほどの差が出る。

 

 ハデスを殺した場合? 【ヘファイストス・ファミリア】と【ゴブニュ・ファミリア】の二つの協力によって殆どのファミリアは手出しして来ないだろう。だが【フレイヤ・ファミリア】や上位冒険者を抱えていない小さなファミリアが足元を掬おうとしてくる。

 

 ハデスを生かした場合? 【ハデス・ファミリア】の手出しは収まらないだろう。しかし【ヘファイストス・ファミリア】と【ゴブニュ・ファミリア】だけでなく【デメテル・ファミリア】の協力によって殆どのファミリアが手出しを渋る。【フレイヤ・ファミリア】ですら手出しを躊躇うのだから当然である。

 

 肝心のハデスの方を見れば『やはりか……』と昇天寸前の様な諦めた顔をしていた。

 

 成程、ハデスの顔色が悪かったのはデメテルの手出しを予測していたからなのか……。

 

 まぁ、その程度でハデスが止まるとは思えないのだが。警戒だけにするのが良いのか?

 

「あー、デメテル様が協力するなら僕も協力するよ」

 

 唐突な横殴りの衝撃的出来事の後に、神々が放心状態から抜け出せぬうちにもう一人の神が手をあげた。

 

 胡散臭い笑みを浮かべた神恵比寿の言葉を聞いたロキは瞬時に表情を引き締めて恵比寿を睨む。

 

「なんで協力するん?」

 

「え? だってデメテル様が協力するんでしょ? じゃあ僕も協力するってだけだけど?」

 

 胡散臭い笑みを浮かべた恵比寿の言葉に神々が凍り付き。そして深々と溜息を吐き始めた。

 

「最悪、手出しできねぇじゃん」「あー、面白そうな子なのにな」「くっそ、これだからロキは嫌いだ」「コレ、全部ロキの掌の上じゃね」「マジかよ……天界でも思ったけどロキ頭良すぎ」

 

 いや、過剰評価である。ロキもこの流れは完全に予想外である。

 

 

 しかし、周りの神々は恵比寿の言葉に納得しているらしい。

 

 理由は分らなくもない。

 

 恵比寿自身は何処の神ともトラブルを起こしてはおらず。唯一ウラノスの管理している『冒険者ギルド』と仲が悪いと言う噂が流れる程度。何処のファミリアに対しても中立であり、『商人の味方』を宣言する通り商人が関わるトラブルに於いて商人が全うな商売をしていれば間違いなく商人に加担する以外は特に何かある訳でも無い。

 

 唯一、利益に大きくかかわっている【デメテル・ファミリア】とはかなり親密な関わりをしている様子だが……。

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】の様に自ファミリア内で生産と販売を両立していない限りは商売に関わるファミリアとは友好的であると言える。

 

 【ロキ・ファミリア】も一応商売関連、と言うよりは取引に於いて関わり合いが無い訳ではないが金の繋がりしか無く。余計な手出しも邪魔もせず。支払った金額分だけ誠意を見せてくれるファミリアでしかない。

 

 その【恵比寿・ファミリア】の恵比寿が何の利も無く協力を言い出す? 信用できるはずもない。

 

 ましてや事前に手出ししてきているのだ。神々が信用しようともロキは信用できない。

 

 はっきり言って、デメテルは良い。理由がはっきりしている。カエデを()()()()()()()()のはむかつくが、理由としてはっきりしていて解りやすい。要するにデメテルからすればハデスに対する口実になればソレで良いと言うスタンスなのだから。

 

 しかし恵比寿、テメェはダメだ。

 

 どんな理由で協力するにせよ、信用ならない。

 

 もし事前に【恵比寿・ファミリア】の【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】の手出しの情報が無ければ怪しみつつも利用する気になっただろう。

 

 だが、この場で唐突に協力を宣言するのではなく、事前に手出ししてきつつも協力を宣言されたのであればよしと頷く事なぞ出来ようはずもない。

 

 とは言え周りの神々は既に恵比寿がロキの協力者として名乗りを上げた事で萎えてやる気を失っている様子から、恵比寿の協力が信用できずとも利用すればカエデの安全をほぼ100%保証できるのを理解して舌打ちをかました。

 

「恵比寿、裏切ったらわかっとるやろな」

 

「ワー怖い。まぁ安心しなよ。その子次第だからねぇ」

 

 ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべた恵比寿に舌打ちしつつも、ロキがヘファイストスの方を向くとヘファイストスが遠い目をしているのに気が付いた。

 

「どしたファイたん」

 

「……私の協力、いらなかったでしょこれ」

 

 完全に不要かと言われればそうでもないが、【ハデス・ファミリア】と敵対する為の大義名分(いいわけ)を神デメテルが欲しているのを知っていれば最初からデメテルの所に話を持っていけばよかったのだ。

 

 敵の敵は味方と言う言葉の通り、ハデスに対し敵対するデメテルを最初から味方に引き込めば……

 

 まぁ、神ロキはデメテルとハデスの因縁なんて知りもしなかったし、ヘファイストスも知らなかったのでそんな事口が裂けても言えないのだが。

 

「あのー、良いかしら?」

 

「なんやエラトーたん」

 

 先程から顔色が土気色に変わりかけたエラトーが手をあげて呟く。

 

「二つ名の命名式、再開していい?」

 

「あぁーええでー」

 

 ロキの肯定の言葉に涙を零しつつ、エラトーがメガホンを手に持って呟く様に言葉を漏らす。

 

「と言う訳だから、カエデって子に手出ししないようにした方がいいわ……【ヘファイストス・ファミリア】に【ゴブニュ・ファミリア】、【デメテル・ファミリア】に【恵比寿・ファミリア】……これに【ロキ・ファミリア】まで敵に回したくないでしょ……うっ……考えたらお腹痛くなってきた」

 

 ぷるぷると震えつつもメガホンを司会席に置いたエラトーが遠い目をしつつぼそぼそ呟き始める。

 

「カエデって子でラストだから……私、この命名終わったら帰るのよ。眷属(こども)に歌でも歌って貰おうかしら……あぁ、なんで私こんな所に居るんだっけ……」

 

 遠い目をしながらも現実逃避を始めたエラトーの様子にロキは悪びれた様子も無く笑顔を向けた。

 

「カエデたんの二つ名なら()()()()()()()で」

「だろうな」「ですよねー」「つまんねぇ……」「これだから」「せめて面白可笑しい二つ名つけたかった」「【白き禍……何でもないですごめんなさい」

 

 ロキの宣言に予測通りだったと神々が文句を垂れ、ふざけた事を言おうとした神を強く睨み黙らせてからロキはフレイヤに問いかける。

 

「アンタは何か二つ名考えとるん?」

「えぇ、まぁ一応ね」

 

 応と答えられたその答えにロキは舌打ちをかましてから、周りを見回す。

 

「まぁ、ええわ。カエデたんの二つ名は『生命の唄』、ルビは『ビースト・ロア』。合わせて【生命の唄(ビースト・ロア)】や」

 

 【生命の唄(ビースト・ロア)】と言う二つ名に神々が首を傾げる。ヘファイストスやフレイヤも首を傾げ、恵比寿だけが頷いている。ハデスは椅子に深く腰掛けて青褪めた顔で震えており、デメテルが笑顔を浮かべている。

 

「えー、っと? どういう意味?」「生命の唄? どっかで聞いたよな」「アレじゃね? 古代の英雄の」「あぁー……『生命(エイユウ)(さけび)』ね」

 

 納得と言う表情を浮かべた一部の神々の様子に逆にロキが首を傾げた。

 

「『生命(エイユウ)(さけび)』って何や?」

「うぇっ!?」「知らないのっ!?」「マジかよ……」「あぁ、そう言えばロキって地上見ずに暴れてたっけ」「あー、知らないのも無理ないか」「アレ聞かなかったのか」「え? と言うか其れ知らずに『生命の唄』なんて二つ名にしようとした訳?」「ないわー」

 

 神々の非難に首を傾げるロキに、フレイヤが溜息を吐きつつ口を開いた。

 

「ロキ、『生命(エイユウ)(さけび)』って言うのはね。古代、千年前の『神々が下りるきっかけを作った英雄達』の叫んだ戦闘前の口上の事よ」

 

 千年前、神々を熱狂させた『古代の英雄』達。神の恩恵(ファルナ)等と言う補助も無く戦い馳せた英雄達の事。

 

 そんな英雄が唄った(さけんだ)前口上。

 

 

 

 

 

 幾十と、幾百と、幾千と、幾万の屍を越え我等は辿りついた。

 幾度涙を流した? 幾度弱音を吐いた? 幾度仲間を失った?

 

 其れも此れも、全てはこの日が為に。

 

 さあ、立ち上がれ。付き従う同胞(はらから)よ。

 さあ、武器を取れ。朧げな生命(いのち)よ。

 さあ、声を上げよ。儚き生命(えいゆう)達よ。

 

 いざ、戦場だ。鼓動(いのち)枯れ果てるその時まで進み逝け。

 いざ、血戦(けっせん)だ。信念(たましい)を抱け、倒れ逝くその瞬間まで。

 

 死ぬな(諦めるな)生きろ(足掻け)。心の臓の音色が枯れ果てるその時まで。

 

 我等が命、『蓋』の建造に全て捧げようぞ。

 

 

 

 

 神々を熱狂させたその『魂の声(さけび)』。

 

 地上の人々が、ほんのわずかな『精霊の加護(古代版ファルナ)』と、『生命()の持つ力』ただそれだけを駆使して、不可能と言われた偉業を成し遂げたソレ。

 

 彼の時に唄われた(さけばれた)生命(エイユウ)達の唄。

 

 神々は其れを『生命(エイユウ)(さけび)』と呼んだ。

 

「ほー……そんなんあったんか」

 

 ロキはその話を聞いて懐かしむ神々を見つつも首を傾げる。

 

死ぬな(諦めるな)生きろ(足掻け)。心の臓の音色が枯れ果てるその時まで』

 

 その台詞(フレーズ)はカエデの口からも語られていた。

 

 もしかすると……

 

 そう思っているロキに対して神々が次々に好き勝手言い始める。

 

「その子がどんな子かしらんけどさぁ、流石にねぇ」「『古代の英雄』クラスじゃあるまいし、その二つ名はなぁ」「不相応過ぎじゃね?」

 

 神々の言いたい事は一つ。

 

 古代の英雄の、『生命の唄』を二つ名として使うには、カエデ・ハバリは不相応なのでは?

 

 その言葉にロキは呆れ顔を浮かべた。

 

「何や知らんけど……古代の生命(古臭い英雄)やのうて現代の生命(今生きてる子ら)の方を見ろや」

 

 ロキの言葉に神々が口を閉ざす。

 

「ウチはカエデたんにぴったりや思うて【生命の唄(ビースト・ロア)】っちゅー二つ名考えたんやで?」

 

 

 

 入団試験の日、初めて見た時。ロキはカエデ・ハバリを『みすぼらしい狼人の子』程度にしか見なかった。

 一応は見てやろう程度ではあったし、剣を構えるその瞬間まで『外れ』だと思っていた。

 

 その予想が裏切られ、質問を繰り出したあの瞬間。

 

 カエデ・ハバリの思いの丈(強い意志)聞いた(叫ばれた)瞬間。

 

 ロキはカエデに惚れ込んだのだ。

 

 『ワタシは絶対に諦めない(死なない)

 『ワタシは生きる(足掻く)のだ』

 

 心に深く刺さったその言葉に、獣の如く吼えたその姿に、痺れを覚えて眷属にすると決めたのだ。

 

「あんた等が古代の英雄らに特別な感情抱いとるんは分ったわ。せやけど今を生きてるんは現代の生命(カエデ・ハバリ)やろ? 相応しくない? 何をふざけた事を……」

 

 むしろ、カエデ・ハバリ程その二つ名の合う眷属等、居ようはずもない。

 

 吼え、吠え、咆えたその姿は、彼の時代に生きた生命(エイユウ)に劣るはずもないとロキは断言できる。

 

「せやからカエデたんの二つ名は【生命の唄(ビースト・ロア)】や」




 『デメテル』と『ハーデース』の因縁についてはwiki等を参照ください。

 数ある『死の神』の中から最初は『タナトス』を選ぼうかなと思いましたが原作に登場しましたし。丁度良くこの展開にもっていけそうだった『ハーデース』を選びました。




 『英雄』と『生命(エイユウ)』について。

 完全な分類は出来ませんが大雑把に。

 『運命に流された(なるべくしてなった)』のが英雄。

 『運命に逆らった(足掻きつくした)』のが生命(エイユウ)

 神々の恩恵も無く、古代の英雄が成した事、成す事となった理由は『穴から溢れるモンスターを封じ込める蓋を作る』と言うモノでした。
 現代に置いて『ファルナ無くしては倒す事が出来ない』と言われる危険なモンスターも当然の如く地上に溢れた時代。
 人々は当然現代より過酷な状態にあったでしょう。滅びも覚悟したその時代において立ち上がった者達。
 不可能と神々に笑われながらも、その『不可能な運命』を切り開いて偉業を成し遂げた。

 故に『英雄』の名を冠した。

 現代の英雄は『ダンジョンに夢を見た者達』が『神の恩恵(ファルナ)で夢を叶えた』のが主立ってますが。

 古代の英雄は『ただ只管に想いを遂げる為に生きた(足掻いた)』者達ですね。

 つまり生きた(足掻いた)英雄が生命(エイユウ)であり、至る(成る)英雄が英雄となる。

 二通りの英雄像を描いてます。



 今作はただ生きる為に足掻く『主人公』と、ソレを見る『神々』。二つの側面を持たせて……みたかったです(白目)

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