生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『何を……何を許せば良いさネ?』
『俺は、ただ命令された……だけ……ギャアアアアアアアアアアッ!?!?』
『命令? 誰にされたさネ』
『腕……俺の腕がぁ……』
『腕ならもう一本あるさネ。ほら、早く教えるさネ』
『知ら……知らないんだ……頼む、許し――――グブッ』
『そっか、知らないならもう良いさネ』
『ヒィッ!?』
『次はお前さネ。教えて欲しいさネ……誰に命令されたさネ』
『頼む、どうか命だけは――――ッ!!??』
『…………はぁ、後は何処にー……って、もう全滅さネ。数ばっか多い癖に役に立つ奴は一人も居ないさネ……』
早朝、【ロキ・ファミリア】の鍛錬場に顔を出したアイズはいつも通り日の出と共に鍛錬を始めていたカエデと挨拶を交わしてから、自らの剣を構えて素振りを始めた。
素振りをしながらもちらちらとカエデの方を盗み見れば、
昨日、食堂でカエデ・ハバリが
カエデ・ハバリの
思った事は全く別の事。『成長系のスキル』を保有していると言う部分。ズルい、単純にそう思った。強さを求め、ただ只管に強くなろうとしている自身には発現しなかったスキル。そのスキルの習得条件は何か?
種族特有のスキルではないだろう。
なら、精神面や素質から発現したスキルであろうか? 羨ましい。
そんな風に時折カエデに視線を向けながら、鍛錬に集中できないアイズはいったん手を止めて深呼吸をし始める。
無駄だ。カエデは今まで生きてきた人生が常人とは違う。ロキがそう言っていた。生まれ落ちたその日から否定の連続。その中にあったほんの僅かなたった一人だけ肯定してくれた言葉だけを頼りに生きてきた。
その人物との繋がりが唯一、カエデの背を押し続けていた。その繋がりが成長系スキルの発現に繋がった。
同じ人生を歩んだ所で同じスキルが発現する訳では無いにしろ、殆どの人はカエデの様に周囲の殆どから否定され続けても尚、生きようと言う意思を持ち続けるのは難しい。
それでも生きようと言う意思を持ち続けて
だからこそ『ズルい』と口にだけはしない。
自分だって魔法や剣の腕をズルい等と言われれば、相応に思う所はある。其れを手にする為にどれほどの努力を繰り返したのか。その魔法にどれだけの想いが籠っているのか。知りもしないで『ズルい』等と言われれば自分だって怒りたくなる時もある。
だから、カエデのスキルや技術を『ズルい』とだけは言わない。手にするのに相応に苦労を重ねてきているのだから。
そんな風に思っていても、やはり成長系スキルは羨ましい。
自分よりレベルは下だが……きっと直ぐにでもアイズを超えていく気がする。この調子で
そんな考えを頭を振って追い払い。もう一度剣を構える。
『ズルい』なんて考えている時間は無い。羨めば強さが手に入るのなら……羨むだけで望んだものが手に入る事は無いのだから。
剣を振るい始めた所で、自身をカエデの二人しかいない鍛錬場の入口が開かれて、ベートが入ってきた。
珍しいな、と言うのがアイズの率直な感想だろう。普段は滅多に鍛錬場に姿を見せる事が無いベートが現れた事もそうだが、その手に剣を持っているのはもっと珍しい。
剣を使わない訳ではないが、基本は徒手空拳……蹴りを中心とした戦いをするベートが剣を振るうのは殆ど無いと言っていい。そんなベートが剣を持って鍛錬場に現れた事に内心首を傾げる。
「……あ、ベートさん。おはようございます」
「……あぁ」
「……? ……??」
鍛錬場に入ってきたベートに気付いたカエデが剣を振るう手を止めて頭を下げたのをベートが目を細めてみてから、小さく返答を返した。それを見て思わずベートの方をじーっと見てしまった。
何時もならカエデの挨拶を無視していたが、今日は短くとは言えカエデの挨拶に返答していたのだ。
カエデ自身も一瞬ぽかんとしてから首を二度三度と傾げてから、口を開こうとして、ベートの方を見てから口を閉ざして剣の素振りに戻っている。
「アイズか」
「ベートさん、おはようございます」
「あぁ」
……もっと乱暴と言うか粗暴と言うか。そんな雰囲気である事が多いベートが、珍しく大人しい。
何かあった……あ、昨日確か屋根の一部が破損しているのが見つかったから、原因に心当りのある団員は後でフィンの所に来るようにと言っていた。ベートは時折屋根の上で鍛錬をして居る事があったので、それが原因で何かあったのだろう。
納得してから鍛錬を再開する。
振るい、勢いを乗せ、相手の首を刎ねるイメージをしつつ。寸前で止める。
今までは自分にはそんな動きは出来なかった。
遠心力を利用して最大限まで高めた威力の一撃を相手に叩き込むと言う事に特化して自身の筋力不足を補っていたのだが、その影響か自分の攻撃を寸止めする様な動きは筋力不足が如実に出ており出来なかったのだが、
今までは勢いを乗せる為に大振りの一撃を繰り出す必要があったが、今では力任せに振るっても同じだけの威力を繰り出せるようになった。
それ所か放とうとした一撃を剣筋を逸らして軌道を強制的に変えて振るい直す必要があったのが、力にモノを言わせて強引に静止させて寸止めが出来る様になった。
今までは大振りの一撃を狙う為、小技で隙を埋めるスタンスだったが、これからは大振りでなくとも十分に威力の乗った一撃が繰り出せるようになった事で、戦略の幅はかなり広がる事だろう。
昨日、
【
今日からカエデには二つ名が付く事になる……。…………それで何かが変わるのだろうか? ちょっと名乗りが面倒になったぐらいだろうか?
『古代の
確かに凄いとは思った。けれど其れとワタシに何の関係があるのだろうか?
ロキは『別に気にせんと今まで通りでええで』と言っていたが……。
剣閃をピタリと静止させ、剣を……壊れてしまったウィンドパイプの代りに渡された鉈剣を鞘に納める。
ウィンドパイプの耐久力を持ってしても『烈火の呼氣』の一撃には耐えきれなかったらしい。
対象が悪かったと言うのもあるのだろうが……流石にあの一撃でウィンドパイプが壊れるとは……。
『烈火の呼氣』を使った事についてをロキに怒られたが、後悔はしていない。あの場で死ぬのと、今生きている事、どちらが良いかなんて是非を問う必要も無いのだから。
……其れとは別に気になる事が出来た。
何時もならベートさんに挨拶しても見向きもされずに無視されていたのだが……今日は返事……返事? をしてくれた……様な気がする。
気の所為だったのだろうか?
本来なら屋根の上の足場の悪い場所で鍛錬を行うのが常だったが、カエデの
屋根の耐久なんて
朝の鍛錬をサボると言う事はしたくなかったが、鍛錬場には思った通りカエデとアイズが居た。屋根の上から見下ろしていた二人の動きを適当に流し見てから、自身の鍛錬を始める。挨拶してきたカエデに返事をしてやったら不思議そうに何度も首を傾げていた。
ベートは両手に一本ずつ、双剣を連続で振るっていく。
互いの刀身がぶつかり合わない様に注意しつつも、最大の速度を以てして切り刻む。
本来なら脚を使った方が早いが、打撃攻撃が効かないモンスターも居る。そう言ったモンスター用に常々剣は持っているが、本格的に剣を振るうのはあまりなかった。
カエデ・ハバリの
偉業の証を得ている確信はしていたが、既にステイタスの基礎アビリティD以上も成し遂げていたと言うのは想定外だった。
……成長系スキル。それについて思う事は余り多くは無いが……其れよりも苛立つ原因は他にあった。
『白き禍憑き』、白毛の狼人に送られる蔑称。忌子である事を示すその名前……。
カエデは気付いているのだろうか? 昨日の食堂で行われた祝いの席で、カエデにお祝いの言葉を述べに行った者達の中に【ロキ・ファミリア】に所属している狼人が一人もいなかった事に……。
いつも通り、食堂の隅を確保して眺めていたベートは、狼人がベートとは反対の隅っこに集まって黙って黙々と食事をしていたのに気が付いた。
何時もなら騒がしいぐらいに騒ぐのに、それすら無くただ黙って葬式の様な雰囲気で席を囲む狼人の集団。
どういう意図があるのかは直ぐに理解できたし、ぶっ飛ばしたいとも思った。
今日の昼頃には
……そして、オラリオに居る狼人達も、【ロキ・ファミリア】に所属する狼人同様、カエデを認めはしないだろう。
腫物に触る様に接するのもムカつく事はむかつくが、そもそも存在すら認めず悪態をついている雑魚共が余りにもうっとおしい。
それ以外にも苛立ちの原因が数多存在する。
わざわざ、
ロキが言うには『【ハデス・ファミリア】が敵対したままの状態だとカエデの後ろ盾に最強の盾がつくから【ハデス・ファミリア】以外は手出ししてこん。んでそのハデスん所も滅多に手ぇだしてこんから今は我慢してえな』と言っていたが……。
やられたらやり返すのが基本だろうに、相手になめられる原因にもなるのだ。それを…………。
……………………。
深々とロキの口から零れ落ちた溜息に、フィンが肩を竦めた。
「ハデスを見逃すしかなかったのは、仕方ないよ。【フレイヤ・ファミリア】ですら手出しできない状況だからね」
フィンの言葉にロキは胡乱気な視線をフィンに向けた。
「ハデスっちゅーか……恵比寿殺したいわアイツ……」
デメテルの方は普通に会って会話を交わしたが。『そっちの
恵比寿は……。
「恵比寿の奴……ハデスよりムカつくわ」
恵比寿はロキの顔を見た瞬間ににっこり笑顔を浮かべて『今日は閉店だよガラガラー』と言って【恵比寿・ファミリア】の本店の中に姿を消した。いっそ襲撃してやろうかと思ったが二階の窓から顔を出して『話す事は無いんだなぁこれが。店に迷惑だから帰ってくんない?』とおちょくってきた。
天界でやらかした事で恨まれていたハデスの方よりも、何がしたいのかさっぱりわからない恵比寿の方がムカつく。どうにかしたいのだが……。
「んー……手紙を送るとか?」
「どんな手紙送り付ければ出てくる思うん?」
「『【恵比寿・ファミリア】の各店舗、片っ端から潰すよ』とかどう?」
しれっと言い放たれた言葉にロキはフィンを半眼で見る。
「其れ、洒落になっとらんで」
間違いなく【恵比寿・ファミリア】と敵対ルート待ったなしの恐ろしい手紙であるはずだが……。
「いや、案外いけると思うんだよね」
フィンの自信ありげな様子にロキは首を傾げた。
「どういうこっちゃ」
「ほら、神恵比寿は商人の味方だろう? 怒らせはするだろうけど確実に引っ張り出す事は出来ると思うんだよね。後は……戦力的にこっちの方が上だからね」
【恵比寿・ファミリア】の団長は【八相縁起】と言う
商才はあるモノの片手を失っており隻腕となっている冒険者であり、戦闘能力はだいぶ落ちている人物であり戦えば余裕で倒せる。
他の【恵比寿・ファミリア】の眷属にしろ、二枚看板はそれぞれ
それ以外には
だが問題は戦力では無く取引の停止による真綿で絞殺されるようにファミリアを滅ぼされる事である。
「ほら、絞殺されると言っても一瞬じゃないだろう?」
……成程。思わず拳で掌をぽんと打ち、フィンを見る。
「いや、下手したらウチのファミリア消えるで?」
一瞬で滅ぼされる訳では無い。そうであるのなら、完全に滅ぼされる前に恵比寿の首級を挙げる事も出来る。最悪其れが出来ずとも『商業ギルド』に所属する【恵比寿・ファミリア】の庇護下にある店舗を片っ端から襲撃すれば……無論そんな事すれば『冒険者ギルド』とも敵対する訳だが、ここで役立つのは天界での神ロキの異名。
悪神ロキ。
自身の快楽の為ならば、どんなことをするのも厭わないとやりたい放題していたのがロキである。そのロキが本気で行くと脅しをかけたら……? 天界での知り合いなら迷わず土下座する。
恵比寿とは天界に於いては顔を合わせる事は無かったものの、それでも噂位は聞いた事があるはずだ。其れを利用する積りなのだろう。
だがロキの反論通り失敗すれば【ロキ・ファミリア】が消滅する。
「だから其れは無いよ……僕達が消えたら、誰が【フレイヤ・ファミリア】を止めるんだい?」
「あー……フレイヤかー」
過去、【恵比寿・ファミリア】から不自然な食料の流れがある事が【ロキ・ファミリア】に内密に伝えられた。
その内容を元にフィンが
何故【恵比寿・ファミリア】が自身で対応に当たらなかったのか?
恵比寿は戦力不足を言い訳にしていたが、実際の所は徐々に広がり始めていた【フレイヤ・ファミリア】との名声の差を減らす為であった。
【フレイヤ・ファミリア】一強になればオラリオが荒れると判断し、対抗馬として鎬を削り合っていた【ロキ・ファミリア】に目をつける形だったのだ。
【恵比寿・ファミリア】は積極的に手出しをせずにファミリア同士の勢力図を見守る姿勢に徹する『冒険者ギルド』、【ウラノス・ファミリア】に代り、ファミリア同士の勢力を拮抗させたりしてバランスを保つ様な行動をしている節がある。
今のオラリオに於いて【フレイヤ・ファミリア】に対抗できるファミリアなんて【ロキ・ファミリア】しか存在しない。
食糧と言う生命線を握り占めている【デメテル・ファミリア】と言えど、戦力的な差があるので牽制は出来ようとも壊滅してしまえばそこまで。
【ウラノス・ファミリア】はそもそも対抗馬として名を上げる事は絶対にしない。
【恵比寿・ファミリア】もわざわざ美神と敵対したいとは思っていない。
以上の点から【恵比寿・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】を本気で滅ぼす事はしない。所か変に戦力を減らさせたりすれば【フレイヤ・ファミリア】が今以上に増長して面倒な事になる。
そう言った面から脅す程度ならば許される可能性は非常に高そうであるとフィンは踏んだのだろう。
「……まぁ、それはウチも思ったけどなあ」
神デメテルを怒らせようと画策していたあの頃を思い出して溜息を零した。
普段、怒らない人物ほど、本気で怒らせた時に恐ろしい。
デメテルが其れに当てはまっていた訳だが、恵比寿も同様に誰かに怒る事は殆ど無い。と言うかデメテルと違い誰かに怒った事が一度も無いのでは? と言われている神なのだ。
本気で怒ったのなら、どうなるかわからない。どこまで踏み込める?
「……ええか。送りつけたるかー。アイツムカつくしな」
「はい、これ」
フィンが手渡してくれた便箋を手に取り。内容を決めようとして、適当にペンを動かす。
『店を片っ端から襲撃して欲しく無かったらウチと会えや』
あの胡散臭い商売神に送りつけるならこれぐらいで良いだろう。