生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
狼煙を上げてヒヅチを呼んで……後は?
ご飯あげればいいのかな? お腹空く時間だし。
何を食べるのかな? 果実? 魚? 肉?
一通り全部持って行ってみよう。
傷薬も無くなったし薬草も採って来なきゃ。
…………嫌われて無いかな?
森の中、小さくひらけた様な所で溜息を零して呟いた。
「あたしら何してんだ……?」
「……さぁ?」
入るなと注意された森の中に勝手に入ってピンチに陥っていたクチナシ達を助け……その際に逆にアタシらがピンチに陥ってしまったはずだ。
何処からともなく現れた毛皮の外套を身に着けた見知らぬ奴が助けてくれて、誰かが作ったらしい休息用の場にて待たされているさ中であったのだが。その毛皮の外套の奴は思ったよりも早く戻ってきた。
其の両手に森で採れる木の実が入った袋を持ち。背には野兎が二羽吊るされていて、なおかつ川魚も数匹……。そんなに時間が経っていないのにどうやって手に入れたのかわからないぐらいにとってきた得物をその場で捌き始めるソイツ、カエデを眺めながらツクシとヒイラギは顔を見合わせた。
何がしたいのかさっぱりわからないが……カエデは無言のまま魚を捌いて肝を取り除いて木串を作って焚火で焼き始める。大きな葉に木の実類を乗せて目の前に差し出してきたので思わず受け取ってしまったが。ツクシも同じく首を傾げつつもそれを受け取る。
「なぁ……これ……」
「食べてて。薬が切れたから作る」
言葉数も少なく食べていてと言うだけ言ってカエデは薬草類を磨り潰し始め、傷薬を作り始めてしまった。
毒が入っている。と言う訳でも無い様子で臭いを嗅いでも変なにおいはしない。村人に余り良い扱いをされていないのに、どうしてこんなに気を使った態度をとっているのかわからなくてヒイラギは首を傾げた。
「ヒイラギ……どうする?」
「どうって……別に腹は……」
朝食はしっかり食べてきたが。ふと気づけばヒイラギの腹は空腹を訴えていた。おかしいなと空を見上げて日の高さを確認すれば既に日が高々と上り、頂点から降り始めているのが見えて目を見開いた。
「もう昼飯の時間なのか。親父の飯……つか、親父心配してんだろうなぁ」
「そうだね……結構な時間探し回ってたからね」
気が付けば既に昼を回っていたと言う事実に気が付いて溜息を零してヒイラギは父親の昼食を思い浮かべようとして、父親がどうしているか気になり呟く。ツクシは毛皮の外套の人物が何をしているのかちらちらと見つつもヒイラギの呟きに反応した。
「食べないの?」
「あー……食う。うん」
「……うん、食べるよ」
恐る恐ると言う様に質問してきたカエデの様子に食べないと泣きそうだなと思い、ヒイラギは木の実を齧り始める。甘酸っぱい木の実は文句なしに美味しく。焼いた魚を口にしたツクシも「美味しい」と呟いている。其れを見て安堵の吐息を零すカエデの姿にヒイラギは内心溜息を吐いた。
助けられておいて文句言う程落ちぶれちゃいないんだが。ツクシの方は……どうかはわからないが。
そんな風に考えてツクシを見れば目を細めてカエデの姿を眺めている。ぽつりと小声で「まさか……禍憑き?」なんて呟いているのが見えて思わず眉を顰めた。
ツクシがカエデを禍憑きと貶してる姿は今まで見た事が無いが。ツクシの母親はアタシの母さんと同じく流行病で死に。ツクシの父親は禍憑きが連れてきたって言われているモンスターに殺されたのだ。カエデに対して良い感情を持っていなくても不思議じゃないと考えて思わず腰を上げようとするヒイラギに、ツクシは首を横に振った。
「大丈夫、俺は気にしてないし……それに父さんが死んだのは、父さんが悪かっただけだから」
「……ツクシの親父が悪かった? 何したんだ?」
「それは……ん?」
ツクシの言葉の途中、森の方から草木をかき分ける音が聞こえて二人して警戒する。
「よし」
傷薬の調合が終わったのか小瓶に傷薬を詰めていたカエデはそれに気付いていないのか小瓶をポーチに仕舞っているさ中である。
「おい、なんかきてんぞ」
「うん……速い、なんだこの音っ!」
がさがさと音を立てて近づいてくる何かに警戒心を向けて立ち上がったツクシとヒイラギを見てカエデはぽつりと呟いた。
「ヒヅチだから、大丈夫」
その呟きと共に草木をかき分ける様にヒヅチが森の中を凄い勢いで走って近づいてきているのが見え、ヒイラギとツクシは目を擦った。
森に住む黒毛の狼人としてそこそこ森の中を走るのは得意ではあるが、あそこまで器用に走れるかは別である。まさに森を駆ける風の様に木々の隙間を縫う様に走ってきたヒヅチは広間の入口でピタリと静止すると周囲を見回して鼻を鳴らした。
「なんじゃ、怪我した訳ではないのか……慌てて損したのう」
「ヒヅチ、この人たちがゴブリンに襲われてた」
調合用の道具類を袋に納めたカエデが立ち上がって状況を説明しているのを聞いてヒイラギとツクシは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
ヒヅチは森に入るなと警告していた。其れを無視して森に足を踏み入れたのだから必ず怒るだろう。
二人の予想はあっていたのか、ヒヅチは呆れ顔を浮かべてヒイラギとツクシを流し見てからカエデの頭にぽんと手を置いて口を開いた。
「カエデ、森のゴブリンは掃討し終えたか?」
「まだ。後墓地の方面に巣を作ろうとしてるのが少し残ってる」
「巣か……」
森にある村人の死体を埋葬している墓地の方面にゴブリンが巣を作ろうとしているらしい。本来なら数が増えなければ人の住処に近づいてくる事は少ないが今回の場合は強大なモンスターが現れた所為で村の近くまで来てしまったのだろう。そのまま村の近辺にゴブリンの巣が作られれば村にも被害が出る。そうなる前に掃討する予定だったのだろう。ヒヅチは森の奥のモンスターの討滅、カエデが村の周辺に近づくモンスターの掃滅。そんな役割分担だったのをヒイラギとツクシが森に足を踏み入れた事で予定変更せざるを得なかったのだろう。
「カエデ、オヌシ一人で掃滅できるか?」
「わかった」
「では、ワシはこの虚け共を村まで送り届けるかのう……直ぐ向かう。無理そうなら周囲で待機しておれ」
「大丈夫。数は多くなかったから」
カエデはそう言うと木に吊るされた野兎を指差してヒイラギとツクシに声をかけた。
「それ、持って帰って」
それだけ言うとカエデは草木を余り揺らさずに音も立てずに森の中へと駆けて行ってしまった。手馴れている所か熟練の狩り人もかくやと言う動きにヒイラギとツクシは吐息を零した。
その二人の様子を見て、ヒヅチは大げさな溜息を零して口を開いた。
「それで? オヌシら虚け共は何故森に足を踏み入れた? モンスターが出るから暫く大人しくしていろと伝えたはずじゃが? 聞いておらんかったかや?」
表情はにこやかだが、目が一切笑っておらずヒイラギとツクシは体をびくりと震わせてから慌てて言い訳を始める。
「待ってくれヒヅチさん。俺達は別に痛っ」
「クチナシ達がいてぇっ」
瞬時に踏み込み、二人の脳天に拳を振り下したヒヅチは頭を押さえて蹲る二人を見下ろして呆れ顔で呟いた。
「阿呆共め、どの様な理由が在ろうが死ぬ危険に飛び込んでおいて助けられるなんて間抜けを晒しておっては詮無いじゃろうが。もし自ら危険に飛び込むのなら最低限自身の身を守れる様にしておけ」
容赦のない物言いに頭を押さえたヒイラギとツクシは顔を見合わせて呟く。
「容赦ねぇな……」「確かに……」
二人の呟きを無視したヒヅチは吊るされていた野兎を回収して焚き火の残り火に水袋から水をかけて二人を見下ろして口を開いた。
「村まで送る。付いて来い」
苦々しげに口を開いたその様子に二人は首を傾げた。何故カエデが送って行かなかったのか? そんな疑問に気付いたのかヒヅチは肩を竦めた。
「あ奴がヌシ等を村まで送って行かなかったのは不思議かや? 当然じゃろ……森であ奴に会ったなんて知られたらなんて言われると思う? 当然じゃが、あ奴に会った事は村の者等には黙っていろ……余計な事を口にすれば面倒事が増える。全く……もう直ぐ村を出ると言うのにどうしてこうも……」
やれスイセンが面倒だとかホオヅキがくれた酒が切れただの。日頃の鬱憤が溜まっているのかぶつぶつと文句を零し始めたヒヅチの様子にヒイラギは思わず声を上げた。
「村を出る? どういう事だよ」
この村の守り人であるヒヅチが村を離れる。其れはつまり守り人の不在を意味する。ヒヅチが居なくなったらカエデはどうなるのか? 気になる事が溢れだしたヒイラギの方を半眼で見据えたヒヅチは肩を竦めた。
「言うた通りじゃ。もう直ぐ村を出る……ヤナギには伝えたはずじゃが。聞いておらんのか?」
聞いていない。ヤナギ……ヒイラギの祖父はそんな事一言も言っていなかった。同じく驚いた表情のツクシが口を開いた。
「守り人はどうするんですか?」
「知らん。スイセンがどうにかするじゃろ」
面倒だとでも言う様に苛立たしげに尻尾で不機嫌さを示すヒヅチの様子にヒイラギとツクシは眉を顰めた。
ヒヅチの反応も当然だろう。事ある毎にヒヅチに文句ばかりを吐くばかりのスイセンと、その文句に対応するヒヅチの不仲っぷりは村では有名だ。だが守り人の不在はそれなりに強力なモンスターが跋扈する森の中に村を構える黒毛の狼人の部族。『黒き巨狼』からすれば冗談では済まない。
モンスターに対応する者が居なくなれば村はいずれモンスターの襲撃で滅びるだろう。
「禍憑きが残るんで「口に気を付けよ小僧……
ツクシの質問の中に気に障る言葉が混じっていたのか獰猛な笑みを浮かべてツクシを睨むヒヅチの様子にヒイラギは尻尾を震わせる。
「……俺の父さんみたいに、
「よく知っておるのう」
ツクシはヒヅチを睨み。ヒヅチは呆れ顔でツクシを眺める。暫く睨み合い……ツクシが一方的にヒヅチを睨む状況はヒヅチが溜息を零した事で終わりを迎えた。
「ワシは謝らんぞ」
「知ってますよ。そもそも
二人のやり取りを理解できずにヒイラギはヒヅチをツクシを交互に見て、最後にヒヅチを見た。
「ヌシは気にするな。ほら行くぞ……村人共が探しに出る等と阿呆を抜かしおるから宥めて慌ててこっちに来たんじゃからな……」
ヒヅチのその言葉にヒヅチがやって来た方向は森の奥では無く村の方面からだったことに気付いてヒイラギとツクシは二人してヒヅチを見た。どういう事かと。
「はぁ。村の方から緊急用の狼煙が上がっていたので慌てて戻ってみれば。馬鹿三人組が森の奥でモンスターに襲われ、助けに来てくれた二人を見捨てて逃げ帰ってきたと泣き付いたらしくてな……馬鹿三人は座敷牢へ放り込まれてワシは行方知れずのお主らを探せと森の中に足を踏み入れて……気付けばカエデが狼煙を上げておったからそっちへ向かえばオヌシらはカエデに歓迎されておるし……全く、ワシの苦労はなんじゃったんじゃか」
苦虫を噛み潰した様な表情と呆れ顔が混ざり合った複雑な表情を浮かべたヒヅチの様子にヒイラギとツクシは顔を見合わせた。
どうやらクチナシ達は一族の掟とも言うべきものを破ったので罰が下されたらしい。
「もう一度言うが。余計な事は言うなよ……? 面倒事は嫌いなんじゃ」
カエデと会った事は言うなと言う意味だろう。助けてくれたのに、その事を誰にも口にするなと言うヒヅチの様子に思わず眉を顰めていたヒイラギは其処で気付いた。まだお礼を言ってない。
村に到着すれば、村人たちが広場に集まってざわめいているのが目に見え。父親がスイセンと怒鳴り合っているのが見えたが。親父が此方に気付いた瞬間に此方に駆けてきた。
「ヒイラギっ!」
「親父……悪い、約束破っちまった」
駆けつけてくれた親父に謝れば、村人達が勝手に騒ぎ出す。やれ神に身を売ったのがどうとか。神なんかに毒されただとか……不愉快な言葉の数々に刃を食いしばる。勝手な事ばっか言いやがって。
「勝手な事を騒ぐな阿呆共め……スイセン、主の孫が阿呆な事をしでかしたのを尻拭いしてくれたんじゃ。こやつ等に礼を言ったらどうだ?」
「なんだと?」
ヒヅチはスイセンの苛立ったような様子を鼻で笑うと意気揚揚と言った様子で口を開いた。
「クチナシ共が勝手に森に入ったので助けに行ったんじゃろう? 其れなのになぜこやつ等が責められねばならん。ヌシ等の掟で『仲間を見捨てるな』と言うモノがあったじゃろうに。其れを守ったのはこやつ等で……ヌシの孫は守る事もせずにおめおめと逃げ帰ってきたんじゃろ? 座敷牢に放り込んで無かったことにしたつもりかや?」
「なっ……なぜ貴様がクチナシの事を……」
苦々しげな表情を浮かべたスイセンの表情には、何故知っているのかと言う疑問も混じっている。
どうやらクチナシ達が仕出かした掟破りの件を村人に伝えずに片を着けようとしていたらしい。
「チッ貴様は毎度毎度余計な口出しを……」
「待てスイセン……ヒヅチ、同胞を救ってくれた事、感謝する」
舌打ちと共に毒を吐こうとしたスイセンを黙らせた村長、スイセンの兄であるヤナギは溜息と共にスイセンの方に杖を向けた。
「長はワシじゃろうに。勝手な事をするな」
「…………ふんっ」
そんな様子を見ながら、親父が溜息を零して耳元でささやいた。
「良くやった」
その言葉が何よりも嬉しかった様に思う。
その後、ヒヅチは言い争うでもなく言いたいだけスイセンを挑発するとそのまま森の方へ行ってしまった。アタシもツクシもカエデの事を口に出すでもなくそのまま家に帰宅した。村人達はアタシ等に言ってた侮辱の言葉が間違いだと知っても尚謝りもせずに居たが。苦々しげに視線を逸らす村人達にほんの少しスカッとした気持ちになった。その事に気付いた親父に小突かれたりもしたが。
家に帰って直ぐ。アタシは気になった事を親父に聞いた。ヒヅチが村を出る事についてだ。
その事について聞いた途端、親父はそうかと呟いて俯いてしまった。互いに対面して座る居間の空気が重くなったように感じた。
「……誰に聞いた?」
「ヒヅチ」
重々しく呟く様な親父の質問に即答で答える。すると親父は深々と溜息を吐いてから呟いた。
「森で……カエデに会ったか?」
親父はカエデの事を『禍憑き』と呼ばない。他にもヒヅチの事を『余所者』とも呼ばないし。何かしら知っているのは前々から知っていた。聞いても誤魔化されて答えちゃくれないが……。今なら答えてくれる気がした。なんとなく、尻尾を撫でられる感触と共にそんな風に感じた。
「会ったよ……助けてもらった。後飯も食わせて貰った」
多分、助けた後にヒヅチがくるまで、何をすればいいのかわからず。昼飯時が近かったから獲物をとってきてくれたのだろう。野兎も丸々一匹貰ってしまったし。
「…………そうか」
それだけ言うと親父は窓の外に視線を送ってから。目を細めて呟く様に声を漏らした。
「もう、すぐか……」
何がもう直ぐなのか。知りたい。アタシだけ何も知らないのはもう嫌だ。
「なぁ、教えてくれよ……アイツってアタシとなんか関係あんだろ?」
質問を投げかければ親父はゆっくりと此方を真正面から見据えてきた。親父の蒼穹の空を思わせる青い目にアタシの姿が映っていた。その目に映る自身の姿。その目には疑問と期待をない交ぜにした様な輝きが映し出されている。
「……そうだな。俺も……俺達ももう直ぐ村を出る」
「……は?」
親父の言葉に思わず目を見開いた。
「何時出るのかはまだ完ぺきに決まっちゃいないが……ヒヅチ達が村を出た後に、続く積りだ」
ヒヅチ達……と言う事はカエデもヒヅチと一緒に村を離れると言う事だろう。守り人不在のこの村がどうなるのか気になる。
「村はどうなるんだ?」
「……親父にはもう話してある。村は……この村はもうダメだ」
ダメ? どういう事だ? 確かに戦える奴は少ないが。
「……村に居る雌は、今何人居る?」
「何人って……ざっと三十人は居るだろ」
親父の質問に思わず首を傾げれば、親父は気まずげに視線を逸らすと呟いた。
「子供を産める奴だよ」
その言葉に頭の中で村人の女性を並べて子供が産める奴を数えてみる。
「……三人か? アタシ入れて」
オキナともう一人、そしてアタシの三人だけ。それ以外は流行病で死んだか。もう既に子供が産める年じゃない。
「そうだな。流行病の所為で殆ど死んだ。そりゃ男も大分死んだが……はっきり言うがこのままじゃ村が続かない」
アタシが子供を産める年になった所で、三人で産める人数なんて高が知れている。
「それに……誰と子供を作ろうがもう
排他的であり、他の狼人を一切受け入れずに長い時を過ごした黒毛の狼人。アタシ等の一族は……。
「そっか……もう子供も出来ないのか」
「そう言うこった。俺とキキョウも五年かかったからな」
血が濃くなり過ぎたのだろう。狭い村の中、どれだけ離れた血筋同士で子を残そうが。いずれ限界がくる。いや、既に限界が来ていたのだろう。
「もう血が遠い奴が一人も居ない……オマエが今村に居る雄と番になっても子供が出来る事は無いだろうな」
近すぎればそれだけ子が出来にくくなり。異常も出やすくなる。本来なら外部から別の血族の狼人の血を受け入れる事で濃くなり過ぎるのを防ぐのだが。其れをしなかった。疑り深く、自らの血族以外を受け入れられない部族であると言う欠点が如実に出たのだろう。
「じゃあ……」
「このまま、村に残っても滅ぶ」
半数以上が老いているし。若いのは体力のあった男連中ばかり。この村に残って血を残す努力をしてもいずれ途絶えてしまう以上、この村に拘るのは愚の骨頂だ。
「爺ちゃんに言ったのか?」
「……言ったよ……『永く掟に縛られ過ぎた。もう終わるべきだろう。古臭い掟と共に』だとさ」
それの意味する所はつまり。
「諦めてんのかよ」
他の狼人を直ぐに村に連れてきて血を薄れさせれば良いが。其れをせずに滅びを待つ積りなのか。
「いや、他の血を受け入れるのももう無理だろう。まっとうに子が出来る事も無いみたいだしな」
親父の言葉に眉を顰める。どういう事なのか?
「叔父……スイセンが村の外に行ってるのは知ってるだろ?」
知っている。女の臭いを漂わせて疲れた表情をして帰ってくるのを良く見ていた。よくもまあそこまで性欲が溢れてるもんだなって軽蔑しつつも見ていたのだが。
「アレ、外で子作りしてんだよ。他にも何人もな……」
村の外、他の狼人の雌と子作りして血を薄めようと努力しているらしい。数年前……それこそアタシが産まれるより前から商人達に相談して外で協力してくれる狼人の雌を何人も集めて血を薄れさせようと頑張っていたが、それも効果が現れない。それ所か子供が出来ない。子供が出来なきゃ血を薄める事も出来ない。
薄めさせようにももう出来ない所まで来ているらしい。
「だから村については気にすんな……」
「そっか……」
後は滅びるだけ。数百年分の負債が降り懸かっている。村が、黒毛の狼人が滅びるのは思う所はある。けれどもそれよりもアタシが気になったのは一つ。
「なぁ、もしかしてカエデって……」
親父が外で別の狼人の雌との間に産まれた子か?
「ん……あぁ、俺は其れに協力はしちゃいないよ……俺が愛してんのはキキョウだけだしな……もちろん、お前も愛してるぞ」
誤魔化す様なモノ言いに思わず親父を睨む。此処まで教えてくれたのなら、最後まで教えてくれたっていいじゃないか。そんな意味を込めて親父を睨めば。親父は真っ直ぐ此方を見据えてから呟いた。
「わかったよ……そうだな。オラリオに着いたら全部教えるよ」
オラリオ? 確か親父がヘファイストス様と言う女神様と出会った場所だったか。
「本当か? 全部教えてくれるんだよな?」
念押し気味に聞けば、親父は溜息と共に言葉を零した。
「あぁ、約束だ……そうだな、
女神のキスとは親父が【ヘファイストス・ファミリア】を抜ける際、最後にヘファイストス様に授かったものらしい。女神のキスを受け取ったとかどうとか。噓臭くはあったが、親父がその事に誓うと口にするときは何があろうが約束を守ってくれるのは知っていた。
「あぁ、んじゃ約束だな」
「おう、約束だ」
約束。オラリオに着けば全てが分る。滅んじまう黒毛の狼人の一族、カエデ・ハバリの事。村から出た事が無いアタシの知らないオラリオの地。興奮や興味、未知への恐怖が入り混じった複雑な心の中。そんなアタシを見透かす様に親父が微笑んだ。
「大丈夫だ。ヘファイストス様に手紙も出すからな」
親父が信頼を寄せる女神様なのだから。多分大丈夫……だろうか? 手紙に対する返信は一切無いらしいのに、どうして信頼できるんだろうか?
「ふぅむ……近々、雨が降りそうじゃな」
「雨……?」
森の中。数多のゴブリンの骸が転がり血だまりがいくつも出来ているゴブリンが巣を作ろうとしていた場所にて、ヒヅチの言葉にカエデが反応して空を見上げた。
どんよりとした雲が遠くに見え、眉を顰めたカエデにヒヅチが肩を竦めた。
「まぁ、何とかなろう……それよりも討伐証は集め終わったか?」
「うん、これで全部だと思う」
袋一杯に詰め込まれたゴブリンの右耳を示したカエデの様子を見てヒヅチは満足げに頷いた。
「稼ぎは少なかろうが……ワンコに頼んで美味いもんでも食うかのう」
「マシュマロ食べたい!」
「あればな」
血濡れた大地は雨に流されよう。ゴブリンの骸は地に還るだろう。幾度と無く繰り返したやり取りに笑みを浮かべつつ、ヒヅチは近々訪れる曇天模様を想像して溜息を零した。
「何事も無ければ良いがな」
「ヒヅチ?」
「何でもない。帰るぞ」
不思議そうに首を傾げるカエデの頭を撫で。刀を納めて歩き出すヒヅチ。其れに続いてカエデも歩き出した。
読者の人達から見てヒヅチって年齢幾つぐらいに感じるんですかね。
一応、見た目は若い……見た目は、若いですが。まぁ、中身は相当アレですけどね。極まった人。
ロングソードが長剣では無く馬上用の長い剣の事で、ショートソードが馬上用の長い剣との差別化で呼ばれている歩兵用の剣の事らしいですな。調べてみると思ったのと違うの多いですね。
ロングソードとショートソード。普通に人が持つのはショートソードなんですね。馬上用の長い剣を普通に振り回すとか冒険者スゲー……。
なお、とあるゲームの影響で『グラディウス』と言う剣を曲剣だと勘違いしてました。続・僕らの太陽の初期ソード……絵柄が完全に曲剣でしたし(小声)
グレートソードも何もかも片手で振り回すゲームだったしね。多少はね。