生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『姉ちゃんって冒険者だろ? 何処のファミリアなんだ?』

『……何処でも良いだろ。まっ、もう潰れちまったファミリアなんてどうでもいいさ』

『潰れた?』

『【ロキ・ファミリア】に潰されたのさ』

『そこって……確か胸がぺちゃんこな神様が主神やってる所だろ?』

『アンタ、それ神ロキの前で絶対に口にすんじゃないよ』

『……? なんか不味いのか?』

『死にたく無かったら、神ロキの前で胸に関する話題は避けな』


『宣言』

 ダンジョンの十三階層、周囲を囲む壁も床も天井も岩盤で構成されており、どこか湿った空気が漂っている通路を歩きながらアリソンが小首を傾げた。

 

「カエデさんは群れでの狩りは未経験なのですか?」

「はい、師と狩りの経験はありますが三人以上での行動は初めてです」

 

 狼人(ウェアウルフ)と言えば生粋の戦士として育て上げられる事が多く、カエデの特異なまでの戦闘能力に疑問を覚えていなかったアリソンの想像ではカエデは群れの中でしっかり育てられた戦士なのだと思っていたのだがカエデの否定の言葉に驚きを隠さずに露わにしていた。

 その様子を見ていたエルフのヴェネディクトスが肩を竦めて呟いた。

 

「気を抜くのは悪い事とは言わないけど、あまり緊張感を無くすのはやめてくれよ」

「あ、ごめんなさいヴェトスさん」

 

 先頭を歩いていたグレースが肩越しに振り返り呆れ顔を浮かべて後ろの三人を見やってこれ見よがしに溜息を零した。

 

「一応、最初の死線(ファーストライン)のフロアなんだけど」

「うっ……」

「ごめんなさい」

 

 呻いて口を閉ざすアリソンに素直に謝罪の言葉を口にしたカエデにグレースが眉を顰める。別に怒っていると言う程じゃないし謝られても反応に困るとそっぽを向いて正面を見据えた。

 

 ダンジョン侵入直後から何度も戦闘は行っているモノの、やはり初めて組んだメンバーが半数であり動きはぎこちなさが勝り、更に言うなればカエデの動きが一番悪くなっている。そんな感想を抱きつつ大きなバックパックを背負ったラウルは腰の剣の柄を何度か握り直してメンバーの様子を確認する。

 

 まずアリソン、特に気負う訳でも無く割と気楽そうな表情で狭い通路でも平気そうにグレイブを振り回して遠心力でモンスターを叩き斬りつつも牽制を行ったり敵を挑発する様にぴょんぴょん跳んだりして注意を集めて前衛(タンク)の真似をしている。あくまでも牽制と注意を逸らすだけでモンスターの突進を受け止めたり等はしていないし出来るタイプではないが臆病な性格の多い兎人(ラパン)と言う種族でありながら他の兎人(ラパン)に比べて臆病さが鳴りを潜めているだけはある。とは言えやはり安全志向よりの行動が目立つ。悪い事ではないが決定打に欠ける印象を受けてしまうのは仕方が無いだろう。

 

 そしてアリソンの決定打に欠ける部分を補っているのがグレースだ。怒りっぽいと言う言葉に嘘は無く攻撃を回避しようともしないで体で体当たりしていきその負傷で怒りを貯めて更に攻撃性を増すと言うアマゾネスを彷彿とさせる戦い方をしているグレースの攻撃能力はその暴れっぷりからも察しが付くほどにかなり強い。しかし暴走気味になってパーティを置いて先走りかける事が多いが、そこをアリソンが制御している。不必要にグレースがダメージを負わない様にアリソンが敵の動きを上手くコントロールする事で暴走寸前を維持して高い攻撃力を発揮しつつもギリギリで理性を失わないライン上をグレースに走らせている。ある意味で相性の良い二人組だ。

 

 そしてカエデとヴェネディクトス、この二人は二人でなかなか相性が良い。いや、カエデは多分だが誰と組ませても上手く動けるのだろう。前衛(タンク)として最前線で敵の動きを牽制しているアリソンでは気付けない敵の行動をヴェネディクトスが読み取ってカエデに指示を出しつつ短文詠唱の魔法で援護を繰り返している。ヴェネディクトスの指示に完璧にしたがってみせるカエデは流石である。斬りかかるタイミングにせよ突っ込むタイミングにせよ指示があるとはいえ敵の懐に飛び込めだとか言われて即応できる即応力は凄まじいものがある。

 

 指揮方面の才覚は微塵も無いカエデだが、能力は非常に高く指揮される側であれば万全の活躍を保障できるぐらいだ。

 

 そしてこの面子で最も良かった点は索敵範囲の異常な広さだろう。カエデの『嫌な予感』とアリソンの『耳』が合わさって凄まじい索敵能力となっているのだ。

 

「……アリソンさん、右の通路、嫌な感じがします」

「そうですね……これは、ヘルハウンドが数匹……数は20近く、多いですね」

 

 各々の面子はしっかりと火精霊の護布(サラマンダーウール)をしっかりと装備しており、危険性は少ないものの過信は禁物であり、ヘルハウンドとの戦闘中に他のモンスターの乱入も考えれば警戒のし過ぎと言う程では無い。

 

 ラウルがカエデの様子をちらりと確認する。初めての迷宮探索(ファーストダンジョンアタック)の際にヘルハウンドと出会って丸焦げにされて死にかけたカエデになんらかの心の傷(トラウマ)が刻まれているのではと心配したラウルを余所にカエデはすんすんと臭いを嗅いで眉を顰めている。

 

「……焦げた臭いがします」

「……右は避けよう。直進しようと思うけど、皆はどう思う?」

 

 ヘルハウンドに対して脅えると言うよりは他の事を気にしている様子のカエデにラウルは右の通路の奥を少し見てから、他のメンバーの様子を確認するラウルを余所にヴェネディクトスが右の通路を避けようとしていた。

 グレースがケペシュの刃を擦り合わせて火花を散らして苛立たしげに足元の石を睨みつけ、アリソンは困った様に眉根を寄せて頷く。カエデは何度か右の通路を見てから頷いた。

 皆の同意を得たヴェネディクトスが頷いてラウルの方を見た。

 

「では、直進してこのまま十四階層まで下りたいのですが、よろしいですか?」

「うん? どこまで行くかはそっちに任せるッスよ。俺はあくまでサポーターッス」

 

 ラウルは心の中で付け加えておく。引き際を誤ったり不必要な危険に飛び込む真似をしたら、容赦なく減点するだけだと。

 

「わかりました。では十四階層で少し戦闘を行ってから戻ると言う形で……」

 

 ヴェネディクトスの言葉に三人が頷いて肯定を示す。その様子を見ながらラウルは満足げに頷いた。

 

 アレックスが居ないだけで順調である。アレックスをどうにか参加させなくてはならないのだという事から、目を逸らしつつラウルは今回の『遠征合宿』のさ中に準一級(レベル4)冒険者をどうやってやり過ごすか考えていた。

 

 

 

 

 

 『万神殿(パンテオン)』、通称『冒険者ギルド』の換金受付にて今回集めた魔石やドロップアイテムの換金査定を受けているさ中、ラウルは待合席で座って雑談に興じる四人の様子を見てほっと一息ついた。

 

「いやぁ、最初はどうなるかと思ったッスけどカエデちゃんも馴染めて良かったッス」

 

 人懐っこいと言うよりは分け隔てなく仲良く接するアリソンが潤滑剤として機能してくれているのだろう。カエデの口下手な部分をアリソンが上手く補っている。

 

「カエデちゃんってヘルハウンドを駆け出し(レベル1)で倒したんですよね! 凄いですよねっ!」

「えっと……まぁ、偶然と言うか……」

「ま、本当に凄いんだし威張れば良いんじゃない? アレックスみたいにされたらムカつくけどアンタは逆に謙遜が過ぎるわ。ムカつく」

「グレース、君は少し言い方を考えた方が良いよ」

 

 女三人男一人と言う偏った席ではあるのだが、元々エルフと言う種族が美男美女が多いと言う特色があり、なおかつヴェネディクトスはさらさらとした髪に優しげな風貌をしており女三人の中に交じっても違和感を感じない。ラウルが交じっていたら一人浮く事間違いなしであるのにごく自然に交じっている辺りこなれている。と言うよりは男女区別無くおおらかに接する事が出来る常識人……正直性格に難有りだったり癖の強い【ロキ・ファミリア】の面子中ではラウルに似て普通のエルフの男性団員である。

 

「【ロキ・ファミリア】ラウル・ノールド様、査定が終了致しました。24,800ヴァリスとなります」

「お、了解ッス」

 

 中層に潜ったにしては少ない方の金額ではあるが、半日程度の時間と言う事ともう一つ挙げるとするならば今回はあくまで様子見であり積極的にモンスターを討伐しなかったと言うのも大きいだろう。

 ヴァリスの入った袋を受け取って皆の待つ待合席の方へ足を向けて、ラウルは足を止めた。

 目を擦って現状を確認してラウルは深々と溜息を零した。

 

「なんでアレックスが居るッスかねぇ」

 

 ラウルの視線の先、待合席に座った四人を睨みつけているアレックスの後ろ姿があり、睨まれている側の四人の内グレースは既に苛立ちを隠しもせずアレックスを射殺さん視線を向けているし、ヴェネディクトスも軽蔑の視線を投げかけている。カエデは困惑の表情を浮かべてアリソンは間に割って入ってどうにかしようとしている。しかし険悪な雰囲気は一切隠せておらず周囲の冒険者があからさまにその席を避けているのが見える。

 

 

 

 

 

 雑談と言うよりは主にアリソンが潤滑剤として積極的に口を開いて各々の、と言うよりは口下手なきらいのあるカエデと、口を開くのも億劫だと気だるげな雰囲気のグレースの二人に質問を投げかけて雰囲気を柔らかくしつつも各々の口を開かせて仲良くさせようと努力しており、唯一の男のヴェネディクトスは過度に口出しをせずに雰囲気を壊さない範囲で微笑みを浮かべて他メンバーと友好関係を築こうとしていた。

 パーティとして今回の『遠征合宿』で一晩ダンジョン内で過ごす事に成る。それだけじゃなく大規模遠征時にサポーターのパーティとして一軍メンバーや二軍メンバーの補助に入るのだ。そうなったときにパーティ内部の雰囲気が悪くて失敗しましたなんて笑い事じゃすまないのだ。

 

「それにしても……カエデちゃんの髪、白くて綺麗ですよね」

 

 美味しい料理、ケーキの店、服や装飾品、可愛い人形、使う防具の形状、自慢の兎耳についてなど、多種多様な話題を次から次へと投入してカエデとグレースから少ないとは言え会話を成立させていたアリソンの言葉にカエデが不思議そうな表情を浮かべた。

 

「綺麗……ですか?」

 

 狼人(ウェアウルフ)と言う種族上、白毛の狼人と言えば侮蔑の対象でしかない毛色に対する言及に不思議そうな表情のカエデ、それに対してアリソンの方がうんうんと頷いて口を開いた。

 

狼人(ウェアウルフ)の皆さんは良く禍憑きって呼んでますけど、兎人(ラパン)では白毛は普通なんですよね。聞いた事ないですか? 白兎とか」

「ないです」

「世間知らずね、白兎って有名じゃない。幸運の白兎って」

 

 グレースの小馬鹿にした様な発言にカエデは頷く。自身が世間知らずであると言うのはオラリオに来てから痛感している。何をするにしろ何処に行くにしろ知らない事ばかりなのだから。そんな態度にグレースは申し訳なさと言い過ぎたと言う反省の色の混じった微妙な表情を浮かべてそっぽを向く。

 

「僕も初耳だね、【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】とかは聞いた事があるけど」

「白い兎って珍しくない所か兎人(ラパン)って三割ぐらいが白毛なんですよね」

「そうなんですか?」

 

 狼人(ウェアウルフ)と言う種族の中で白毛は非常に珍しい個体であるが、兎人(ラパン)ではむしろ白毛は一般的であり気にされない事も多いし。そもそも白毛を異端として扱っているのは狼人(ウェアウルフ)ぐらいであり、虎人(ワータイガー)で白毛の【白虎】と言う冒険者が居たりと他の獣人では普通だったりする。

 

狼人(ウェアウルフ)の人達は少し当たりが悪い人が多いですけどカエデちゃんはお喋りしても怒らないですし確かに変わってますね。あ、悪い意味じゃないですよ? むしろ私としては好きです」

「そうですか……」

 

 嬉しそうに頬を緩めるカエデににっこり微笑みかけるアリソン。そんな二人の横でグレースが思いっきり苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべてギルドの入口に視線を向けており、ヴェネディクトスが首を傾げつつグレースの視線を追って其方に視線を向ける。

 

 其処には顔が倍近くに膨れ上がって鼻血を垂らしながらふらふらと入口から此方に向けて歩いてくるアレックス・ガードルの姿があった。

 

 目を見開いて驚いたヴェネディクトスが腰を浮かし待合席のテーブルが音を立て、アリソンとカエデもヴェネディクトスの様子に気が付いて首を傾げた。

 

「どうしました?」

「大丈夫ですか?」

 

 膝をぶつけた事を心配するカエデに大丈夫だと答えたヴェネディクトスはテーブルの近くに立ってボコボコにされた顔のまま此方を見下ろすアレックスに軽蔑の視線を向けた。

 

「何の用だいアレックス。此処に君の居場所は無いよ」

「そうね、アンタみたいなのは邪魔だし来なくて良いわ」

「アレックスさんっ!? その顔どうしたんですかっ!」

「怪我……えっと、回復薬(ポーション)を……」

 

 軽蔑の視線を向けるヴェネディクトス、しかめっ面しつつもアレックスを睨むグレース、慌てて立ち上がって心配するアリソン、ポーチから回復薬(ポーション)を取り出して差し出そうとしたカエデ。三者三様な反応にアレックスは無言で睨みを利かせてからぼそりと口を開いた。

 

「なんで…………った」

 

 あまりにも聞き取り辛い言葉にグレースの額に青筋が浮かび、ヴェネディクトスは眉を顰めつつも一応聞く姿勢をとり、アリソンはカエデが取り出していたポーションをハンカチに染み込ませてアレックスの腫れた頬に優しく当てる。カエデはそわそわとその様子を見ているさ中、アレックスが再度口を開いた。

 

「なんで……置いていきやがった」

「声小さいんだけど、聞こえないわ。何が言いたい訳?」

 

 苛立ちが限界を迎えそうなのか腰のケペシュの柄に手をかけて今すぐにでも飛び掛からんばかりの姿勢をとったグレースに慌ててカエデが抱き付く形でどうにかとどめようとし、アリソンも間に身を割り込ませて落ち着かせようとする。

 

「待ってくださいグレースさんっ! ギルドっ! 此処ギルドですっ!」

「ギルドで武器抜くのは不味いですよグレースさんっ!?」

 

 そんな二人の様子を見て吐息を零したヴェネディクトスがアレックスの方を見て口を開いた。

 

「置いて行った? 僕達が? 君を? 集合時間に現れなかったのは君だろう? 置いて行かれても仕方が無い様な事をしでかしておいてどういう積りなんだい?」

 

 ヴェネディクトスの言葉に回復薬(ポーション)のおかげで頬の腫れが引き、口元の血が止まったのかアレックスが舌打ちをして口を開いた。

 

「糞っ、なんで俺がこんな雑魚共と……」

「アレックス、お前が言う雑魚って何なんスかね?」

 

 苛立ち交じりに悪態を吐いたアレックスに対し後ろからラウルが肩を掴んで止める。今にも殴りかかりそうに見えた為なのだがそれより前にグレースが鼻息荒く飛び掛かりそうになっているのが見えてラウルは溜息を零しかける。

 

 カエデに苛立つだのなんだの言い触らしたりしている所為でカエデとの相性が悪そうではあったが、カエデが余り気にしない性質、と言うより耐性が高いのか変に噛みつかなかった影響でグレースからカエデに対する当たりが柔らかくなりかけていた、それなのに油を注いでパーティでの交流を台無しにしようとしているアレックスの余りの態度に流石に庇い用もないと言うかもう庇う気も起きない。

 

「決まってんだろ、器の昇格(ランクアップ)()鹿()()()()()()()()()()()()()()の事だよ」

 

 俺よりも器の昇格(ランクアップ)が遅かった奴は雑魚だと言いきったアレックスに対し、ヴェネディクトスがにやりと笑みを零した。怒りで顔を真っ赤にしたグレースですら怒りの表情の中に侮蔑が混じっている。

 

「アレックス、この子を見て欲しい」

「ほら、こいつを見なよ」

「ふぇ?」

 

 グレースを抑え込もうとしていたカエデを逆に後ろから押さえつけてアレックスの前に突き出すグレース。そしてそれを指し示して嘲笑の笑みを浮かべたヴェネディクトス。ラウルはとりあえずアレックスの肩を力強く掴んでおく。ここで暴れられたら洒落にならない。

 

「この子……カエデ・ハバリは器の昇格(ランクアップ)までの期間なんと一ヶ月未満だと」

「あんた何か月だっけ……あぁ、十五ヵ月()かけたのね。この子の十五倍じゃない。凄いわね」

 

 小馬鹿にすると言うか完全に馬鹿にした表情でアレックスに言い放つ二人に対し、アレックスが身を乗り出そうとするがラウルが肩をがっしりと掴んでいるので動けずにいて苛立ちからかラウルを睨みつけるアレックス。ラウルは溜息を零した。

 

「ほら、アンタの言う()()に分類されない()()が此処に居る訳だけど?」

「それで、君はどうするんだい? ()()()()()()()()()()()だったっけ? じゃあ()()()()()()()()()んだよね?」

 

 重なる挑発に対してアレックスが体を震わせる。グレースに押さえつけられていたカエデがびくりと震えてグレースの手から抜け出してアリソンの後ろに隠れた。

 

 その様子を見ながらアレックスがぼそりと呟いた。

 

「し…………る」

 

 小さく、か細く聞こえた言葉にラウルとヴェネディクトスが首を傾げ、グレースが苛立ち交じりに舌打ちをした。困り顔でカエデを庇う様に片手でカエデを撫でるアリソン。

 

「従ってやる」

 

 小さかったが先程よりも大きい宣言にラウルとヴェネディクトスが目を見開いてグレースがぽかんと口を半口を空け、アリソンが困惑の表情を浮かべてカエデが首を傾げている。

 

カエデ(テメェ)が俺に勝てたら指示に従ってやる」

 

 アリソンの背に隠れたカエデを指差して言い切ったアレックス。

 

「うわ、上から目線、うっざ」

「「「「……………」」」」

 

 グレースが脊椎反射の様に皮肉を吐き、ラウル、ヴェネディクトス、アリソン、カエデが惚けた様な表情を浮かべている。

 

 あのアレックスが、『勝てたら』とは言え()()()()()と発言した。

 ベート、ラウル、フィン、リヴェリア、ガレス、ティオナ、アイズ……数えるだけでも億劫になる程にボコボコにされてきたのにフィンの指示に嫌々従う以外には誰の命令も聞こうとせず、フィンの指示にだって『皆といざこざを起こすな』と言う指示には従わなかったアレックスが、条件付きとは言え()()()()()と言ったのだ。

 

 ラウルはゆっくりとアレックスの肩から手を離してアレックスの額に手を当てる。

 

「アレックス、大丈夫ッスか? 風邪ッスか? 冒険者とは言え弱ってたりすると風邪引いたりするッス。今日はとりあえずゆっくり休むッスよ」

「風邪ですか? 冒険者用の回復薬(ポーション)で風邪って治せるんでしょうか?」

「ラウルさん、カエデ、落ち着いて……アレックス、君……何があったんだい?」

「あのアレックスさんが指示に従う? ()()アレックスさんが?」

 

 驚き過ぎてボケをかますラウルに、ラウルのボケを真に受けて心配の声を上げるカエデ。冷静に二人にツッコミを入れつつどうしたのか質問するヴェネディクトスに、何が起きたのか未だに理解しきれずに目を白黒させるアリソン。

 

「……離せっ! 触んなっ!」

 

 アレックスはラウルの手を払い退けてカエデを見下ろして口を開いた。

 

()()()()()()()()()()。俺と決闘しろ」

 

 唐突な宣言にカエデは困惑の表情を浮かべ、ラウルは必死に考える、何があったのかを。

 

 

 

 

 

「ヘックシッ……なんや、誰か噂でもしてるんか?」

「いつもの事じゃないか」

 

 【ロキ・ファミリア】本拠、フィンの自室の執務机に腰かけて唐突にくしゃみをしたロキに対してフィンが苦笑を浮かべて口を開いた。

 

「それにしてもロキ、アレックスに()()()()()()使()()()()()()

 

 反発心ばかりが強くなったアレックスに言う事を聞かせたと言ったロキに投げかけた質問に対し、ロキは笑みを浮かべたままフィンを見下ろして口を開いた。

 

「決まっとるやん? アレックスが見下すんは()()()()()()()()()や。自分より器の昇格(ランクアップ)に時間かけた奴らを片っ端から見下しとる。せやったらアイズたんかカエデたんぶつけたればええんよ」

 

 ロキの言う事は一理ある。だがアレックスは過去にアイズ・ヴァレンシュタインに決闘を挑みボコボコにされていた事もある。その時アイズはアレックスが鍛錬を頼んできたのだと勘違いして剣の鞘で相手取りボコボコにしたのでアレックスは無効試合(ノーカン)だと喚いていたが……よもやカエデと決闘をさせたのか? そんなフィンの思考を余所に紅茶を飲んで『酒じゃないのか』としかめっ面をしていたガレスが口を開いた。

 

「さっき鍛錬場で他の者を侮辱していたからな。締めておいたが……」

「あぁ、その時にちょっとアレックスに言っておいたんよ」

 

 ガレスの手でボコボコにされてなおガレスに悪態を吐いて立ち上がろうとする姿は、増長さえしていなければ間違いなく【ロキ・ファミリア】内部でも有能なタフネスさと向上心を持ち合わせる素晴らしい団員だったのだが……その増長を今回の『遠征合宿』でどうにかできなかった場合は追放を決定したロキはとある事をアレックスに伝えておいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってなぁ」

「……ベート?」

「今ベートが認めとるんはアイズたんか……()()()()()()って言っといたんよ」

 

 顎に手を当てて考え込むフィンを余所にガレスが肩を竦めた。

 

「ベートに憧れてベートの様に振る舞ったらベートに叩き潰されて……まあベートをよく理解もせずに真似事なんてしようとしたからだが哀れだのう」

 

 【強襲虎爪】アレックス・ガードルは【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガに憧れを持っている。普段は口にも出さないが『強い奴が威張るのは当然』と言う考え方をしているのはベートの受け売り……と言うのはアレックス談である。

 アレックスの抱くベート像は若干所か大分間違った印象で固まっているのだがそこらに気付けないのはいっそ哀れだろう。本人も増長してしまう程に才能に満ちていたのも相まって手の付けられない状態になってしまったのは不幸とも言える。

 

「せやからとどめに言ったんよ……カエデたんに勝てへんのなら()()()()()()()()()()()()()ってな」

「それで? それだけだと今すぐにでもカエデに殴りかかりそうなんだけど」

「ん? あぁ、不意打ちなんて真似したら誇り高い狼人(ウェアウルフ)()()()()()()()()()()とも言っといたわ」

 

 ま、カエデを打倒した所でベートがアレックスを視界に納める事は()()()()()のだが。それ所かカエデに勝つのも難しいだろう。

 打倒カエデ? フィンやガレスですら『殺すのは簡単だけど()()()()()()()』と言わしめる程に立ち上がって喰らい付いてくるのがカエデだ。本気の戦闘になった日にはカエデは膝を屈する事だけは決してしないだろう。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「技術も何もかも全部桁違いやしな」

 

 才覚だけで器の昇格(ランクアップ)に至ったアレックスはもしかしたらカエデに匹敵する才覚の持ち主かもしれない。しかしカエデは才覚だけではなく技術を覚える為に積み上げた努力の量も桁違いでありその努力と想いによって発現したスキルと言う優位性もある。アレックスが勝つのはほぼ不可能。

 

「今回の『遠征合宿』中にカエデを見て自分の今までを振り返って……出来るなら身の振り方を直して欲しいわ」

 

 初めて会ったとき。初めてアレックスを見た時。まだ少年だった彼の目にはギラギラと思わず目を細めてしまう程に眩い向上心が灯っていた。今も同じ様に向上心はある。しかし初めて入団試験の時にただ強くなりたいと喰らい付くだけの強い意志は雑念に塗れて眩かったその向上心が汚れてしまった。

 出来るならば、可能であるならば……カエデの真っ直ぐさを見て、あの頃を思い出して欲しい。それが出来れば……。

 

 追放はしたくない。せっかく眷属として迎え入れたのだ。だと言うのに追い出さなければならないと言うのは主神として余りやりたくない。

 

「確かに、他のファミリアに入団されるのは困るしね」

 

 フィンやガレスもアレックスに対して相応の評価はしている。向上心と才能に溢れた彼はやはり有望な人材なのだ。他のファミリアで大成して敵対すると言うのは避けたい。

 

 願わくば、ベート辺りが手足を潰して冒険者として再起不能にしてくれた方がフィンとしては助かるのだが。

 

「フィン」

「わかってるよ……僕からは手出ししないよ」

 

 ロキの半眼に苦笑を浮かべてフィンは返事を返す。フィンから手出しはしない。だがもしアレックスが冒険者としての死を迎えるその場面に出くわしても、フィンはきっと止めないだろう。

 

 




 次回『カエデVSアレックス』

 武器持ちと徒手空拳が戦う場合は、徒手空拳の方が三段以上、上の実力がないと勝負にならないって何処かで聞いた記憶があります。


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