生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 手に巻かれた包帯を差して、師は言った。

『オヌシは器用じゃ、器用じゃが気を抜いてはいかん。大した怪我でなくて良かったのう』

 


『師の形見』

「おおー、カエデたんめっちゃかわええでー」

 

 カエデ・ハバリ用にと用意された個室。

 着替えの白いワンピースを着たカエデをロキが褒め、リヴェリアが難しい顔で見ていた。

 白いワンピースを着たカエデはスカートに違和感を感じているのか裾を気にしている。

 

「獣人系だったのを失念していたな。すまない、今はそれしかないからそれで我慢してくれ」

 

 カエデはウェアウルフであり、当然の如くウェアウルフの特色ともいえるピンと立った鋭い狼耳と、ふわりとした大き目の尻尾がある。

 

 ワンピースはアイズ・ヴァレンシュタインが幼い頃に着ていた物で、ヒューマン用の物であった。

 

 要するに獣人系用の尻尾を出すための穴等の特殊な加工がなされていない。

 其の為、カエデの真っ白でもふもふした尻尾はスカートの内側で垂れ下がっている。

 

 何らかの反応で尻尾を立てる等すればスカートが捲れるが、それについては応急で尻尾用の穴をあけると言う意見をリヴェリアが上げたがロキが却下した。

 

 ロキ曰く「そういったトラブルがええんやろ!」との事。

 

「はぁ、それで元の服だが……これはもう使えないな」

 

 一応、風呂に入るついでに団員に命令してカエデの服や荷物の汚れは落とした。

 

 衣類に関しては無数の裂け目とほつれがある上、染みついた汚れがどうしても落ちなかった。

 

「ありがとうございます」

「ええて別に、しっかしカエデたん恰好ちゃんとすればめっちゃ可愛いやん」

 

 伸び放題だった髪もリヴェリアが手早く切り揃え、ショートボブに整えられている。

 目にかかるほどだった髪も綺麗に整えられ、血色が悪い事と、目の下の隈を除けば十二分に愛らしい容姿をしている事がわかり、ロキは満足そうに頷いてから、カエデが大事そうに抱え持った武器に目を向けた。

 身の丈に合わぬ長さの、汚れを落としただけで柄頭や鍔の金属は錆が浮かんでいるその刀、鞘の作りもそうだが良い刀とは呼べないそれ。

 カエデが腰に佩いていた鉈っぽい片刃の剣はカエデにちょうど良い大きさに見えるのだが。

 

「そういえばなんやけど、カエデたん。そっちの鉈みたいな剣はカエデたんのやってわかるんやけど、そっちの長い刀はカエデたんのなんか? 背負っとたら抜けんとちゃうん?」

「えっと……こちらの剣は『大鉈』と言いまして。師から一人で獲物を仕留める事が出来た時の褒美として頂いた物で、こちらの刀は余計な荷物ではありましたが……その……」

 

 カエデはボロボロの刀を大事そうに抱え持ち、視線を彷徨わせる。

 

「……師の形見でしたので」

「あー……そっか、そんなら大事にせなあかんな」

 

 形見、その言葉でロキは理解を示す。

 

 カエデが口にする『師』と言う人物。

 カエデの口振りからすれば間違いなくカエデを大事に思っているはずなのにカエデの寿命の事やファルナを得る為に一人でオラリオまで遠路遥々やって来た事等から師が共に無い事に関して憶測を立ててはいたが、それは合っていた様子だった。

 

 カエデに武術を教え、剣術を教え、礼儀も教えていたらしい『師』と言う人物が共にいない理由。

 

 死別なのだろう。

 

「その、師ちゅうのはどんな子やったん?」

「師は……とても優しい人でしたが、同時に同じぐらい厳しい人でもありました」

 

 カエデ曰く、カエデに非があれば容赦なく拳骨を脳天に叩き込み、怒鳴りはしないものの淡々と非を責める。

 カエデ自身が間違いを正せば即座に優しく笑みを浮かべて『よくやった』と褒める。

 飴と鞭の使い方の上手い人であったとの事。

 

「剣を持つ時は師と、剣を持たぬ時はヒヅチと呼べと言われてました」

 

 鍛錬の時や、森で狩りを行っている時、モンスター退治の時を除けば非常に優しく、常にカエデの傍によりそい、母の代わりに愛情を注いでくれていた事。

 

「……? カエデたんお母さんとかおらんかったん?」

「忌子でしたので、本来なら産まれたその時に殺されているはずだったのですが、殺される前に師が引き取ったので本来の両親が誰なのかは知らないです」

「ごめんなカエデたん」

「いえ別に……師が()()()()ので」

 

 ロキは眉を顰める。

 

 ()()()()から平気だったと、なら師が亡き今はどうなのだろうか。

 

 なんとなく、これ以上の詮索は控えるべきだとロキ自身の勘が告げている。

 本来ならもう少し踏み込む所ではあるが少し話を聞いた限りでもその経歴、過去は辛いモノが多い。

 

 これ以上踏み込んでカエデ・ハバリが精神的に折れてしまえば取り返しがつかない。

 

「そか、ええ人やったんやな」

「はい、尊敬できる方でした」

 

 真っ直ぐにロキを見据えて頷くカエデを見て、ロキは一つ吐息をもらす。

 

 この子、全然嘘つかんなあ

 

 この年頃、ましてや神と相対してもどうしてもボロは出るものなはずだが。

 常に嘘とは無縁の生活を送っていたのだろう。純粋過ぎる。

 

「せや、カエデたん、荷物の整理もあるやろうしちょい待っててな、ウチはフィン達と話あるしゆっくりくつろいでてな、お腹空いとったりせえへんよな?」

「はい、空腹については問題ないです」

「ならちょい待っててな、すぐ戻ってくるで」

 

 ロキはリヴェリアを引き連れて部屋を出る。

 

 出てすぐの所でフィンが壁に凭れかかり立っているのを見て、ロキは口を開いた。

 

「盗み聞きしとったんか? ウチの団長は趣味悪いなあ」

「ロキ、冗談を言っている暇があるのかい?」

 

 ロキの冗談に、フィンは真面目な表情を崩さずに答える。

 

「……フィン、医者を呼ぶ必要があるわ」

「医者……医神の方が良いかな」

「そうなんやけどなー」

 

 医者もしくは医神。

 医療系ファミリアを頼るのが一番である。

 

 しかし、問題もある。

 

 カエデ・ハバリは魅力的な眷属である事。

 

 ロキが気に入ったカエデを、他の神が見たらどう思うかである。

 少なくとも相当に捻くれた神か死に関する神でもない限りは気に入る事は確定している。

 

 そうなれば他の神に目をつけられる訳にはいかない。

 

 今欲しい情報はカエデ・ハバリの現在の状態と正確な残りの寿命。

 

 ロキは神であるが故に、人の子の状態をある程度は把握できる。

 しかし、わかるのは状態が良いか悪いか程度であり、正確な寿命までは解らない。

 それに何が悪いのかもわからないのだ。

 

 この情報を手に入れる為には医神に見せるのが手っ取り早い。

 

 しかし他の神に見せると言う事は目をつけられると言う事であり、今現在の時点でカエデはファミリアの入団を認めはしたものの、ファルナを授けていない状態である。

 

 ファルナと言うのはその子が眷属である事を示すモノでもあるので今のカエデはフリー同然であり、下手をすれば横取りされかねない。

 

 なら直ぐにでもファルナを授けるべきか否かで言えば、否である。

 

 カエデの性格もあるし、ダンジョンに対する前知識をカエデに教育する必要もある。

 

 ファルナを授ければ走り出してしまうだろうし、ダンジョンの知識も無くダンジョンに潜るのは自殺行為に他ならない。

 

 故にファルナを授けるのはある程度の休息と教育の後である必要がある。

 

 この状態でカエデを医療を司る神に見せるのはどうなのかと。

 

「うーん、ディアンケヒトはあかんしなあ」

「まぁ、そうなるね」

「あそこは……ふざけた依頼を発注するからな」

 

 大手の医療系ファミリア【ディアンケヒト・ファミリア】の主神ディアンケヒトは、腕は確かだが性格も悪い上に【ロキ・ファミリア】相手に足元をみた依頼を発注するなど意地が悪い。

 

「……神ミアハはどうだい? 神ディアンケヒトが敵意を抱いているかの神も医神だったと思うけど」

「あー、せやなー、ミアハか」

 

 中程度の規模のファミリアである【ミアハ・ファミリア】の主神ミアハはディアンケヒトよりも優れた腕を持つ美青年の姿をした男神で、本人の自覚無しに多くの女性を魅了したりしている神で性格は穏やかでもあり、人気が高い。()格者でもある。

 

 神ミアハなら事情を話せば無理に眷属を奪いはしないだろう。

 

 だが先程も言った通り、自覚無しに多くの女性を魅了したりしている。

 

 故にカエデが魅了されてしまわないか心配であるのだが。

 

 ディアンケヒトに頼む場合、足元を見られ多額の金を要求される上に、カエデ・ハバリを奪おうとする可能性が高い。

 ミアハに頼む場合、知り合いに無償でポーションを配り歩く様に無償でカエデ・ハバリを診断してくれるだろうが、同時にその魅了によってカエデ・ハバリの()を奪っていきかねない。

 

「それで、どちらにするんだロキ」

「ミアハやな」

 

 即決

 

 ディアンケヒトかミアハ、本拠に招くならどちらか?

 

 ディアンケヒトはありえない、ミアハの場合は事情を話せば快く受けてくれる。

 選択肢などあってないようなものである。

 

「そうか、では僕は【ミアハ・ファミリア】に取り次いでくるよ。急ぎだよね? 今から行ってくる」

 

 神様を呼び付けるのだからロキが出向くべきかもしれないが【ロキ・ファミリア】はオラリオで一二を争う巨大ファミリアであり、その主神がぎりぎり中規模に収まるファミリアの主神相手にわざわざ出向くのは変に注目を集めかねない。

 なら団長なら、これも微妙な所だろうが交渉事は基本フィンかリヴェリアが出向き、有事の際はロキが出向くと言うスタンスをとっている為に不自然ではない。

 【ディアンケヒト・ファミリア】の悪評はそこそこ知られているのであえて【ミアハ・ファミリア】や他の医療系ファミリアを頼るファミリアもそこそこある。

 

 以上の点からフィンに出向かせるのは間違いではないはずだ。

 

「たのむわ」

 

 ひらひらとロキが手を振ってフィンを見送ろうとすると、リヴェリアが口を開いた。

 

「フィン、入団試験の片付けは終わったのか?」

「ああ、それならガレスがさっと片付けてくれたよ。今は使用した模擬剣の破損の有無の確認もかねて団員の鍛錬に入っているんじゃないかな?」

「そうか、呼び止めて悪かった」

「いや、構わないよ、じゃあね」

 

 フィンを見送ってから、リヴェリアはロキに向き直る。

 

「私はフィンの代わりに書類の処理をしてくる。変な事はするなよ」

「変な事て「カエデに悪戯をするなと言う意味だ」わかっとるって」

 

 リヴェリアに釘を刺されたロキは大げさにうんざりした表情を浮かべてカエデの部屋に戻っていき、それを見たリヴェリアは額に手を当てて溜息をついてから、書斎に足を運んだ。

 

 

 

 

 

 ロキとリヴェリアが出て行ってから、カエデは荷物の整理をしていた。

 

 荷物と言っても持ってきたものは麻袋に収まる程度であったし、殆どが干し肉と乾燥野菜と言った旅糧であり、なおかつ消費されてなくなっていた為、荷物らしい荷物と言えば『大鉈』と『師の形見の刀』、武器の手入れ道具ぐらいしかない。

 

 体を休めるべきではあるが、どうにも気が落ち着かない。

 

 今までサボっていた武器の手入れをして気を静めようと考え、手入れ道具を机に並べて刀も置いた。

 

 師の刀は元は大きな太刀だったそうだが、幾度かの研ぎ直しを経て短くなった為に刀になった使い古しのモノを行商人から格安で仕入れた物であり、そんなに高価な物ではない。それ所かお値段なんと2,500ヴァリス。普通の剣が数万ヴァリスな事を考えれば安物である。

 

 そんな安物の刀ではあるが師の形見であるソレを粗雑に扱う等する訳も無く手入れは慎重に行う。

 目釘抜で目釘を抜き、刀を鞘から抜く。

 

「……あ」

 

 抜かれた刀身は曇り、元の輝きは完全に失われている。

 

 ほぼ野宿だったため、野晒しで一か月間背負っていただけだった事もあり、予想通りではあったものの師の形見でもある刀が曇り切った姿を晒している事に罪悪感を覚え、今まで以上に丁重に柄を外していく。

 

 柄を外したら(はばき)を外してから、下拭い用の拭い紙を使い鎺元から静かに曇った刀身の汚れを拭おうとするがカエデが小さい為、拭うのは非常に大変だ。

 それでも師から教わった通りに丁重に拭っていく。

 

 拭った紙を机に置き、打粉を刀の表の面を鎺元から峰の方へ平らにむらなく軽く叩いて打粉をかけていき、次に裏を返して逆に鋒から鎺元へと同じように打粉をかける。

 

 それから上拭い用の拭い紙に持ち替え、傷を付けない様にゆっくりと、丁重に打粉を拭いとっていく。

 

 ふと思い出したのは、師に初めて手入れを教えてもらった時の事。

 

 短刀で手入れの仕方を教わっていた時に、不注意から拭い紙で打粉を拭っている最中に手を切ってしまった事があった。

 師は仕方が無いと言った様子でカエデの手に包帯を巻き、血に塗れた短刀の刃を見てからカエデが下拭いにかけていた時間と同程度の時間で短刀の手入れを全て終えてしまった。

 

『オヌシは器用じゃ、器用じゃが気を抜いてはいかん。大した怪我でなくて良かったのう』

 

 その言葉が脳裏に浮かび、慌てて手入れを止めて拭い紙を置いて手を見る。

 

「切れてない……」

 

 気を抜くなと言う師の言葉を思い出しながら、手入れをしていた事に思う所はあるが、今は手入れに集中すべきと頭を振ってから手入れの続きを行う。

 

 拭い終えた刀身をじっくり眺め、傷や錆が無いかを確認する。

 

 どうやら、刀の表に出ていた部分である柄頭や鍔の金属は錆が浮かんでいたが、鞘に納まっていた刀身には一切の錆は浮いていない。

 その様子にほっと一息ついてから、鞘に納める。

 

 油塗紙に油を染みこませてから、もう一度鞘から抜き放ち、拭いと同様の要領で静かにていねいに油を塗る。

 油のつかない部分のないように確かめながら、三回程、同じ動作を繰り返して、上手く塗れた事に笑みを浮かべ、手についた油を使い(なかご)にも油を塗っておく。

 

 鎺をかけて目釘を抜き茎を柄に入れ、納まったのを確認して目釘を打ち、しっかりとぐらつきの無い事を確認してから鞘に納める。

 

 鞘に納まった刀を見て一息ついてから、刀をテーブルに置いた。

 

「おー、終わったんか?」

「! ロキたん様……はい、手入れは終わりました」

 

 何時の間にやら戻っていたロキがカエデの刀を見ていた。

 

「めっちゃ丁重に手入れしとったな」

「何時から見ていたのでしょうか?」

「んー? なんや粉をポンポンしとる所からやな」

 

 打粉かけから見ていたのなら、相当な時間待たせてしまった事だろう。

 

「すいません」

「いや、ええて別に、大事なモンやろ? そっちの大鉈は手入れせんでええんか?」

「……こちらは……その……」

 

 カエデは困ったような表情を浮かべ『大鉈』の柄を持ち鞘から抜く。

 

 現れた『大鉈』の刀身には錆が浮かんでいる。

 

「この通り、もう刀として使えませんので」

「あー……こりゃ酷いなあ」

 

 それ以上に、刃が完全に毀れ、欠けも目立つ。

 それでも折れも歪みもしていない刀身は相当に頑丈に作られているのだろう。

 刀ではなく鉄の棍棒として扱えば十二分に武器として使えるはずだ。

 

「はい、手入れと言っても汚れを簡単に落とす程度しかしようがないので」

「んー……そういや新しい武具も必要なんよな」

 

 ロキは頷く

 

「せやな、武器の用意もせなあかんし、やっぱ一週間はゆっくり休んでもらわなあかんな。もちろんやけどただ休むんやなくて武器の用意も防具の用意もある。それにダンジョンについてみっちり勉強してもらわなあかんからな」

「はい」

 

 はっきりと返事を返すカエデを見て、ロキは満足そうに笑みを浮かべる。

 

 良い子だ、この子が大成する事を本気で願ってしまう程には。

 

「んじゃ、これからの予定をさくっと説明するんやけど、その前になんか質問あったりせえへん?」

「特には……あ、いえ、一つだけ」

「ん? 何や? ウチのスリーサイズが気になるんか?」

「すりー……?」

 

 冗談めかして笑うロキに、カエデは困惑の表情を浮かべる。

 

「あー、冗談やから真面目に考えんでもええで、んで何が聞きたいん?」

「師の刀についてです。刃は無事だったのですが鞘や柄が錆びてしまっていて……ワタシは刃の手入れの仕方は学んだのですが、鞘や柄の錆はどうしたら良いのかわからないのです。何方かこの錆をどうにかできる方は居ませんでしょうか?」

「ああ、そんぐらいやったら武器用意するついでになんとかしてもらえると思うから安心してな」

「はい、ありがとうございます」

 

 嬉しそうに尻尾を振るカエデを見て、ロキはにっこり笑う。

 

 頑固な所もあり、無邪気な所もある、落ち着いている様に見えて一点しか見えていない視野の狭さもある。

 なんとも可愛らしい子ではないか。

 

 盛大にスカートが捲れて大変な事になっているが、本人は一向に気が付かず、ロキは指摘する気は無い。

 

 できうるならばずっと眺めていたいとロキは考えるが、説明は早い方が良いと、ロキは気を引き締める。

 

「んじゃ今日の残りの予定なんやけどなー」

「はい」

 

 威勢のいい返事と共に、カエデの尻尾がピンと立ち、スカートが盛大に捲れる。

 

 無論、ロキはソレを指摘しない。

 

 可愛い可愛い眷属の愛らしい失態をしっかりと記憶に納めて、ロキは説明を始めた。 


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