生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『あぁ……彼女、本気で話し合う積りみたいだね……無理そうだな。えぇっと何々……『本気で言ってるのか?』『無論……変える積りは無い』『ヒヅチッ!』『カエデを……』『ヤメロ』……うぅん、距離が遠すぎて良く聞こえないな。
 まぁ、僕が知った事ではないか。彼女なら時間稼ぎしてくれるだろうし、今の内に逃げ――――え? 嘘だろ? おい待ってくれっ!! 一瞬っ!? ホオヅキが反応できずに短刀で心臓一突きってどんだけ早いんだあの狐人(ルナール)ッ!?』

『其処で何をしておる』

『…………(嘘だろ、もう追いつかれたよ)』

『どうした小僧。何をしておったんじゃ』

『キミこそ、何をしてたんだい?』

『ワシか? ちょっと話が拗れてのう……やりたくは無かったが実力行使させて貰った』

『…………(それで心臓一突きか。無理だね、これは逃げれないや)』

『それで? オヌシ、此処で何をしておる?』

『殺されるのは勘弁して欲しいんだけど』

『……殺す? ワシが? ヌシを? 寝ぼけておるのか? まあ良い。ここらは危険じゃ。さっさと立ち去るが良い』

『は?』

『ワシもやる事があるのでな、これで失礼する』

『………………え? 生きてる? 僕生きてる?』


『魔道書《グリモア》』

 【ロキ・ファミリア】の書斎、フィンの執務室でもあるその部屋の執務机に置かれた二冊の魔導書(グリモア)を前に、腕組みをしたロキが唸りながら頭を抱えている。

 

「どうすりゃええねん」

「僕はもうカエデに読ませるべきだと思うけどね」

 

 そんなロキを見たフィンが肩を竦めながら一冊の魔導書(グリモア)に手を伸ばす。

 【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤが、神恵比寿を通じてカエデに渡そうとした最上位の魔道書(グリモア)。それを手にしたフィンは表紙を眺めてからリヴェリアに手渡す。

 渡されたリヴェリアは眉を顰めてロキを窺った。

 

「それで? どうするのだ?」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】主催の『フライングガネーシャ三号機完成記念パーティー』で、フレイヤが居ないか探したが結局居らず、それ所か【デメテル・ファミリア】の疑わしい動向についてもヘファイストスよりもたらされている。

 目の前に置かれた二冊の内一冊を手に取ったロキはそれを見つめてから溜息を零した。

 

「恵比寿の方の魔導書(グリモア)は中位やし使えへんしなぁ」

 

 話し合いの内容はカエデに魔導書(グリモア)を与えるか否かである。

 

 与えた利点は魔法を習得出来る事。ただ、カエデの戦闘方法は既に完成されていると言って良く、欠点は基礎ステイタス不足である事のみ。基礎ステイタスは今後伸びが期待出来る為、順調に成長するのであれば魔法は不要とも言えるのだが、やはり切り札が増えるのは利点と言えるだろう。

 

 しかし、魔導書(グリモア)は片や恵比寿から受け取った賄賂の中位の魔導書(グリモア)、片やフレイヤより贈られた最上位の魔導書(グリモア)。どちらも出所に不安が残る。

 恵比寿の方は隠し事をしているが一応誠意は見せてきた。それでも怪しい事に変わりないが、気に入った眷属にちょっかいをかけるフレイヤに比べればマシである。

 

 カエデには魔法の才能は微塵も無く、器の昇格(ランクアップ)による習得枠(スロット)の開口が無かった為、中位の魔導書(グリモア)の方では魔法の習得は見込めない。使用するなら最上位の魔導書(グリモア)になるだろうが、それはロキの気分が良くないのだ。

 

 どの道、カエデには習得枠(スロット)が無い時点で使用可能な魔導書(グリモア)は、フレイヤから受け取った最上位の魔導書(グリモア)しかないのだが。

 

「覚えていた方が良いと思うけどね……また()()なんて銘打ってちょっかいかけられたら……」

 

 フィンの言う通りである。

 フレイヤは必ずカエデにちょっかいをかけるだろう。それを突破する上で切り札を増やすべきだ。それにフレイヤの事だからカエデが魔法を習得した場合、魔法の熟練度をある程度確保するまでは手出しして来ない可能性も高い。

 

「これどっか保管しといて。いつか使うやろうし」

 

 ロキは中位の魔導書(グリモア)をフィンに渡す。それからロキは嫌そうな表情を浮かべてリヴェリアの手から最上位の魔導書(グリモア)を受け取った。

 

「……渡すわ、こんなん直ぐにでも捨てたいんやけど……カエデの力になるんやったら」

「どんな魔法が発現するのか少し楽しみだのう」

 

 ガレスの言葉にフィンが肩を竦めた。

 

「魔法の才能はこれっぽっちも無かったんだろう? 魔導書(グリモア)が最上位とは言え、あくまでも発現する魔法の効力は本人の資質に左右される訳だから、期待し過ぎるのは良くないと思うけどね」

 

 フィンの言葉にリヴェリアが眉を顰め、ロキの方を向き直って口を開いた。

 

「カエデを呼ぶか?」

「頼むわ」

 

 

 

 

 明日の予定を話し合う為に談話室にてラウル班は集まっていた。

 

「それで? 明日は何処まで潜るッスか? 一度十八階層まで行ってみるとか?」

 

 ラウルの言葉にアレックス以外の全員が腕組みをして唸り始めた。アレックスは部屋の入口横の壁に凭れかかって腕組みをして目を瞑っている。話し合いに参加する気は全くない様子である。

 そんなアレックスを睨んでから、グレースが口を開いた。

 

「そう言えば、この班の中で十八階層に行った事無い奴っている訳?」

「私は一応行った事は無いですね」

「ワタシも行ったこと無いです」

 

 グレースの質問にアリソンが口を開き、カエデも手をあげた。その様子を聞いたのか、壁に凭れかかっていたアレックスが目を開けてアリソンとカエデを睨んだ。

 

「はぁ? 行った事ねぇだ? テメェら仮にも三級(レベル2)冒険者だろうが」

 

 そんなアレックスに対し、ヴェネディクトスが肩を竦めた。

 

「君、少し考えればわかるだろう? 彼女、アリソンは器の昇格(ランクアップ)から其れなりに経ってはいるけど、慎重に行動してるから無茶して十八階層まで行こうなんてしないだろうし。カエデに至っては器の昇格(ランクアップ)以降は僕らと行動を共にしてるんだよ? 十八階層まで行く余裕はないだろう」

「うっせぇ、テメェには聞いてネェんだよ」

 

 苛立ちを隠しもせずにヴェネディクトスを睨むアレックスに対し、グレースが舌打ちをし、アリソンがカエデを抱きしめて震え出す。

 抱きしめられたカエデは困った様にアレックスを見てから、ラウルを窺う。

 視線が合ったラウルは肩を竦めてから口を開いた。

 

「それで、どうするっすか?」

「……一度、十八階層までは足を運ぶべきだと僕は思うよ」

 

 再度のラウルの質問にヴェネディクトスが答え、他のメンバーを見回せば、アレックス以外の全員が頷く。アレックスだけは鼻を鳴らして壁に凭れかかって不貞腐れた様な表情を浮かべている。

 

「それじゃ、まだ時間はあるっすけどそろそろ……」

 

 ラウルが明日に備えて休む様に促そうと口を開こうとしたところで、談話室の扉が開かれ、ラウルは口を閉ざす。

 

「……カエデは居るか?」

「はい、何ですかリヴェリア様」

 

 扉を開けて入ってきたのはリヴェリアであり、カエデに用事がある様子に気付いたアリソンがカエデを解放する。解放されたカエデがリヴェリアの元に向かい、リヴェリアはラウルの方を見て口を開いた。

 

「少しカエデを借りるが構わないか?」

「あ、問題ないッス。話し合いが丁度終わった所っすから」

 

 立ち上がって返答したラウルに対し、一つ頷いたリヴェリアはカエデの方を見た。

 

「ロキが呼んでいた」

「ロキ様が?」

「あぁ、ついてきてくれ」

 

 首を傾げつつもまた何か怒られる事をしてしまったのかと不安そうにリヴェリアの後に続いてカエデが部屋を出て行った。

 その様子を見ていたアリソンが首を傾げた。

 

「カエデちゃん、またお説教でしょうか?」

「アイツ、おどおどし過ぎじゃない? もっと胸張って生きりゃ良いのに」

「むしろあれぐらいの方が好ましいと思うけれどね」

 

 肩を竦めたヴェネディクトスに対しグレースが眉を顰める。

 

「何アンタ、あぁいう子供が好みな訳? なんて言ったっけ……えっと、ロリ……ロリコン? だっけ? なんか神様の言葉で言うそんなの、あんたソレな訳?」

「どうしてそうなるのかな。女性として荒々しい方よりはあぁ言う大人しい性格の方が好みだって話だよ」

 

 女性冒険者は大人しい性格が少ない。と言うよりは大人しい性格でありながら冒険者になろうと言う女性が少ないだけだが。

 

「はぁ? あんたアタシが荒々しいとでも言いたい訳?」

「グレースちゃん、落ち着いてください。ヴェトスさんは別にそう言う意味で言ったんじゃないですよ」

「くっだらね、寝る」

 

 三人のやり取りを面倒臭そうに見ていたアレックスが大きな音を立てて扉を開けて部屋から出て行った。

 

「何アイツ、ムカつく」

「はぁ、アレはどうしようもないね」

「あはは……はぁ」

 

 苛立ちを隠しもしないグレース、侮蔑の表情を浮かべたヴェネディクトス、半笑を浮かべたアリソン。アレックスに対し風当たりが悪いのを見てラウルは肩を落とし、小声で呟く。

 

「一応、命預け合う仲間なんスから、少しは仲良くする努力するべきなんスけどね」

 

 原因がアレックスにあるので強くは言えないが。

 

 

 

 

 

 急な呼び出し、また怒られるのだろうか。そんな事を考えつつもリヴェリアについていけば執務室へとつれていかれ、中に入ればロキが机に腰かけていて、フィンが優しげな笑みを浮かべている。ガレスは腕組みをしているし。

 また怒られるのか……。何をしてしまっただろうか? クリームたっぷりのクレープと言うデザートを食べたのがダメだったのか? それとも夕食のニンジンをアリソンさんに食べて貰ったのがダメだったのだろうか?

 

 不安げに揺れる尻尾を見て、ロキが笑みを浮かべた。

 

「安心してええでー、説教っちゅーわけやないしな」

「そうなんですか」

 

 明らかにほっとした様子のカエデを見たリヴェリアが目を細める。

 

「何かしたのか?」

「っ! 何もしてないです」

 

 首を横に振って誤魔化すカエデに対し、リヴェリアが疑いの目を向けるがフィンが其れを止める。

 

「まぁまぁ、其れよりもカエデ、君に渡す物があるんだ」

「……? ワタシに渡す物?」

 

 首を傾げつつも何を渡されるのか想像する。服? 今日、散々着せ替え人形にされたのでもう着替える事すら億劫なのだが。

 武器? 破損したので修理に出していた『ウィンドパイプ』が直ったのだろうか?

 

「ウィンドパイプですか?」

「あぁ、そっちやないんよ」

 

 にこやかな笑みを浮かべたロキがカエデにさっと本を差し出した。

 

「……本?」

 

 両手で受け取れば、ずっしり重い革表紙の本であり、タイトルは『魔法学』とだけ書かれている。

 首を傾げつつも本を開いて中身を見ようとすると、ロキがそれをとめた。

 

「その本は自分の部屋で読むんや。他の子らに見せたらあかんで」

「……何でですか?」

 

 魔法について書かれた本なのだろう。書庫にあった魔法についての記述のあった学術書とはまた別物の様子だが。

 

「カエデ、それは『魔導書(グリモア)』だ」

「ぐりもあ?」

 

 一瞬、言葉の意味が理解できずに聞き返し、それから手にした本をもう一度眺める。茶色の革表紙、記された文字がぼやけ、浮かび上がる様に見える。

 魔導書(グリモア)の効力については既に知っているし、もし可能なら読んでみたいとも思っていた、しかし唐突に渡されてどうしていいのかわからなくて手に持ったままロキを窺う。

 

 尻尾を丸めて脅えた様に本を手にしたまま固まったカエデを見て、ロキは笑みを浮かべて口を開いた。

 

「これを読めばカエデたんも魔法が使える様になるで。部屋に戻ってベッドの上で読むんや。んで明日の朝一でステイタス更新な」

「いいんですか?」

 

 魔導書(グリモア)一冊で【ヘファイストス・ファミリア】のヘファイストスブランド武器と同等、もしくは桁が一つ二つ増えるぐらいの値段が付くのである。そんなものを貰っていいのか? 確かに武器や防具を優遇してくれると言う話ではあったが、希少価値が高すぎて値段がつけられない事もある魔導書(グリモア)を受け取るのはどうなのか。

 そんなカエデにフィンが肩を竦めた。

 

「気にしなくて良いよ」

 

 ロキやリヴェリア、ガレスを見回すも全員頷くのみ。手に持った魔導書(グリモア)をもう一度眺めてから、少し考えて頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 どういった魔法が発現するのかは不明だが、魔法は使ってみたいとも思ったし、今の『剣技』と『呼氣法』だけしかない状況で、次の偉業の証入手に向けて手札を増やすのは悪く無い選択だ。

 今ある手札だけでは厳しい。

 

 インファントドラゴンとの戦いも、魔法があればもっと他に手の打ちようもあっただろう。今言っても詮無い事である。

 

 

 

 

 

 自分の自室、テーブルの上に置かれた革表紙の魔導書(グリモア)を見てから、手入れを行っていた師の形見の刀を鞘に納める。

 

 どんな魔法が発現するのか。その質問に対しリヴェリアは分からないと答えた。ロキも、フィンも不明だと答えた。

 魔導書(グリモア)によって発現するのは基本的に後天系が多いらしい。つまりワタシが内に抱え込んでいるモノを紐解けば、習得する魔法の傾向を予測できるかもしれないと言われたが、心の内に抱え込んだものとはどうやって知ればいいのだろう?

 そんな疑問を覚えたが、結局答えは出なかった。

 

 ラックに師の刀を戻し、深呼吸をしてから魔導書(グリモア)を手に持った。ベッドに腰掛けて革表紙を捲る。

 

『魔法は種族により素質として備わる――』

 

 前にリヴェリアから学んだ事がつらつら書き連ねられている。

 

『後天系の魔法は言わば自己実現である。何に興味を持ち、認め、憎み、憧れ、嘆き、崇め、誓い、渇望する』

 

『引き金は常に己の内に存在する』

 

 

 

 

 灰色に沈み込んだ大木の傍、散らばる巻き藁と朽ちた刀が数本地面に突き立つ鍛錬場。木の上から見下ろしてくる『ワタシ』を見上げた。

 

 ――じゃあ始めましょう――

 

 瀑布の如き濁流。最後に師と共に立った戦場。今にも流されそうな岩の上に腰かけた『ワタシ』が問いかけてくる。

 

 ――ワタシにとって、魔法って何?――

 

「力。手札、解りやすい手段の一つ。生存の確率を上げてくれる、そんな切り札」

 

 巻き割り台と手斧、それから水瓶、師と共に過ごした小屋。誰も居なくなって凍える程に寒いその小屋の入口に立つ『ワタシ』が問いかけてくる。

 

 ――ワタシにとって、魔法ってどんな物?――

 

「氷。冷たくて、鋭くて、けれどもとても脆くて、触るのを拒みたくなるぐらいなのに、触り続ければ痛みも冷たさも忘れさせてくれる。真っ白な氷原」

 

 何もない森の片隅、真ん丸な月が見下ろす孤独な旅路。後ろに立った『ワタシ』が問いかけてくる。

 

 ――魔法に何を求めるの?――

 

「刃金の様に、何人たりとも近づけず、痛みと温かさと孤独をありのまま伝えるあの人みたいになりたい。強く、鋭く、速く、あの人に認められるぐらいに」

 

 色のついていない沢山の人達、商店街、冒険者通り、黄昏の館。生きてる人々は一杯居るのに、温かさを微塵も感じ取れないオラリオの風景。目の前に立った『ワタシ』が問いかけてくる。

 

 ――それだけ?――

 

「もし叶うなら――――

 

 孤独な部屋、置いてある物も、何もかもが全部冷たい自分の部屋。鏡に映った『ワタシ』が答えた。

 

 ――とても弱虫で我儘で、欲張りだね――

 

「うん、だってそれが――――『ワタシ』だから」

 

 

 

 

 

 目を開けて、カーテンの隙間から差し込む光を眺めてから、目元に零れた涙の痕を拭う。とても、とても悲しくて辛い夢を見た気がする。

 机の上に置かれた薬箱から薬を取り出し、水差しから水を一杯注いで飲み干す。飲み慣れた薬の味に眉を顰めてから、カーテンを開いた。

 

 眩しい朝日を見据えて、首を傾げた。

 

「……魔導書(グリモア)は?」

 

 昨日、魔導書(グリモア)を読んでから記憶が曖昧になっている。何処にあるのだろうと部屋を見回せばベッドの足元に革表紙の本が落ちているのを見つけ、それを手に取る。

 

「確か……読んだら中身が消えるんだっけ……」

 

 開き、確認してみれば昨日読んだはずの内容が綺麗さっぱり消えて、白紙の魔導書(グリモア)が其処にあった。真っ新な本を捲り、捲り……捲る。

 真っ白になってしまっており、不可思議な雰囲気の消え失せたただの革表紙の本になっている。

 

「ステイタスの更新して貰おうかな……まだ早いかな?」

 

 窓の外を見てから時計の方を見れば、時刻はそろそろ6時半を回る。

 

「……あ、鍛錬っ!」

 

 慌てて寝間着を脱ぎ捨てて鍛錬用の軽装へと着替える。ベートさんと毎朝の鍛錬、後アレックスとの模擬戦もあるのに忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

「んで、今日は負けてもうたと……」

「はい……」

 

 ロキの言葉にしょんぼりしながら頷く。

 

 今朝、目覚めがいつもより遅く、早朝の鍛錬に遅れたので慌てて鍛錬所に向かったのだが、ベートの鍛錬は結局出来ずじまい。揚句の果てには今日のアレックスとの模擬戦で寝起きでの戦いと言う本調子ではない状態だったのがダメだったのかアレックスの攻撃が当たって負けてしまったのだ。

 ただ、アレックス本人は勝ったと言うのに全く嬉しそうではなかった。と言うかめちゃくちゃ怒っていた。カエデ自身は何とか怪我も無く鍛錬を終えたものの、アレックスに対する今日一日の命令権を失った事で十八階層までラウル班全員で行くと言う予定が完全に狂ってしまったのだ。

 

 上着を脱いで椅子に腰かける。今日の朝負けたのは仕方が無いにせよ、アレックスの指示権を失ったのはでかい。

 その事に関して朝食の席で皆に伝えれば体調の心配をされたが……どちらかと言えば魔法の方を気にし過ぎていたのだ。

 

「まぁ、たまにはそう言う事もあるやろ。大きな怪我が無くてよかったわ」

 

 更新するでーと言う言葉と共に淡い光が弾け出す。

 

 どんな魔法が習得できるだろう? 跳ねる鼓動を意識しながらもいつも以上に更新完了が待ち遠しい。

 

 

 

 

 名前:『カエデ・ハバリ』

 二つ名:【生命の唄(ビースト・ロア)

 所属:【ロキ・ファミリア】

 種族:『ウェアウルフ』

 レベル:『2』

 

 力:F386 → F388

 耐久:G287 → G290

 魔力:I0 → I0

 敏捷:C695 → C699

 器用:D548 → D556

 

【発展アビリティ】

《軽減》

 

 『魔法』

【習得枠スロット1】

氷牙(アイシクル)

 ・氷の付与魔法(エンチャント)

 ・鈍痛効果

 

 詠唱

孤独に(凍えて)眠れ、其は孤独な(凍て付く)氷原。月亡き夜に誓いを紡ごう。名を刻め、白牙は朽ちぬ』

 

 追加詠唱

『乞い願え。望みに答え、鋭き白牙、諸刃の剣と成らん』

 

 追加詠唱:装備解放(アリスィア)

『愛おしき者、望むは一つ。砕け逝く我が身に一筋の涙を』

 

 

 

 

「……氷の付与魔法(エンチャント)?」

「……詠唱が三つ?」

 

 手渡されたステイタスの紙きれを見て首を傾げたカエデに対し、ロキも首を傾げる。

 詠唱が三つもある魔法なんて初めて見た。

 

「うーん」

 

 予測できる範囲で言うなれば、最初の詠唱で『付与魔法(エンチャント)』としての魔法が発動し、二度目の詠唱で『装備魔法』に変質する。そうであるのなら追加詠唱:装備解放(アリスィア)の説明も付く。

 

希少(レア)マジックやな」

 

 スキルも希少(レア)魔法(マジック)希少(レア)、そしてカエデ自身の毛色や意思も希少(レア)

 なるほど希少(レア)のオンパレードである。

 

 ただ、カエデの方はあまり嬉しそうでは無い。

 

「どしたん? 魔法発現して嬉しくないんか?」

「……治療出来る様な魔法とかあったら便利だったなって」

 

 怪我が多いので治療できる魔法があれば確かに便利だろうが、怪我をした本人が自身に対して魔法を使うのは難しいのだが、その話は置いておく。

 今回発現した魔法の中で注目すべきは『氷の付与魔法(エンチャント)』と『鈍痛効果』の二つか。

 

 心情風景に表すならば『孤独』や『悲観』を示す『氷』の属性。心の主柱であったヒヅチを失った事が大きいのだろう。心に負った傷、癒えきっていない部分の発露……だけではない。

 【ロキ・ファミリア】に於いてカエデは一部の狼人(ウェアウルフ)を除けば良好な関係を築き始めている。だが、それがカエデの孤独を癒すと言う結果に繋がっていないのだろう。

 孤独さを常に感じ続けていたからこそのこの魔法か。

 

 カエデの心情風景を想像するのも良いが、それ以上の問題は『鈍痛効果』である。

 

 単純に考えて『痛みを感じ辛くなる』と言う効果だろうが……。これは不味いものだろう。

 

 怪我の痛みで動けなくなる心配が無くなるので良い事、と思えるかもしれない。しかし大きな落とし穴も存在し、自身の限界が不明瞭になりやすくなってしまう。

 痛みとは本来体に課せられた制限(リミッター)の役割を持っていると言っても良い。痛みを感じると言う事はつまり体が耐えられない、と言う意味でもある。もし痛みを感じなくなれば体が壊れているのに気付かずに、そのまま無茶をしてしまうかもしれない。

 

 常日頃から無茶が目立つカエデに『鈍痛効果』は危険だろう。ただ、発現した以上有効活用はしたいのだが。

 

 

 カエデの体を後ろからゆっくり抱きしめる。

 

「なんですか?」

 

 不思議そうに首を傾げるカエデの頭を優しく撫でて、ロキは口を開いた。

 

「安心してええで……ウチは何時でも待っとったるからな」

 

 何を言っているのか理解できていないのだろう、首を傾げるカエデにロキは微笑んだ。

 

「寂しかったらちゃんと言ってえな」




 魔法発現イベントー。やったぜ。

 氷、孤独、装備魔法、白牙。色々混ぜた魔法ですが大体想像はつくかと。鈍痛効果、痛みが鈍くなる。なお損傷(ダメージ)によるステイタスブーストは無いです。
 ただ、痛みに鈍くなるだけなので。


 前回のあとがきでやっとけばよかったなって思った事。
 次回『ホオヅキ、死す』って入れとけばよかった。



 誤字修正にて、ペコラさんの台詞の修正してくれた方が居ましたが、あれはペコラさんのキャラ付けの為の物なので誤字じゃないです。以下の感じでしたね。

「私はこっちが良いと思うですが」→「私はこっちが良いと思う《の》ですが」

 勘違いさせて申し訳ない。

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