生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『恵比寿、例の子についてなんだけど』

『どうだった?』

『見つからなかったよ。連れ去られた可能性も高そう』

『そっか、仕方ないなぁ。モールは引き続き捜索を、出来れば彼女は確保しておきたいんだ』

『了解。デメテル様の方には連絡は?』

『いや、良いよ。彼女に知らせても何も出来ないだろうしね』

『りょーかい』



『迷宮の楽園《アンダーリゾート》』《上》

 ダンジョン九階層、木色の壁面には苔がまとわりつき、地面も短い草の生えた草原に。頭上から降る強い燐光は太陽の光を彷彿とさせ、地上に思いを馳せさせる不可思議なフロアの一角。

 本来の目的は十八階層、安全階層(セーフティーポイント)でもある『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』とも呼ばれる階層に向かう予定だったが。カエデが新たに魔法を習得したと言う事で、魔法の性能確認の為に寄り道している。

 

「んで、新しい魔法って【剣姫】様と同じ付与魔法(エンチャント)だって?」

「はい、属性は氷でした」

 

 グレースの言葉に頷いて答えたカエデに対し、グレースが呆れ顔を浮かべる。

 

「そこまでペラペラ喋らなくても良いんだけど」

 

 パーティ内とは言え、基本的に魔法等の詳しい情報は伏せるのが基本と言えるのだが。気にせず教えたカエデにヴェネディクトスも呆れ顔を浮かべている。

 その様子を見ながらもラウルは肩を竦めてからカエデを促す。

 

「周辺警戒はしてるッスから、一度発動させてみても良いッスよ」

「はい」

 

 頷き、カエデはゆっくり息を吸って、吐く。深呼吸の後にイメージを固め、詠唱を唱える。

 

「『孤独に(凍えて)眠れ、其は孤独な(凍て付く)氷原。月亡き夜に誓いを紡ごう。名を刻め、白牙は朽ちぬ』」

 

 詠唱としては短文詠唱と中文詠唱の間程、長くは無いが短いとも言えない詠唱。

 慣れぬ詠唱に眉を顰め、体から何かが失われていく喪失感に尻尾を震わせる。詠唱の終わり際に淡く輝きが発生し、詠唱の完了を知らせる。

 

「『氷牙(アイシクル)』」

 

 魔法の発動を示す魔法名の発音によって、カエデの周囲に淡い細氷が発生し、キラキラとした輝きが舞い落ちる。

 

「わぁーー、綺麗ですね」

「ダイヤモンドダストか、確かに綺麗だけど……他にどんな効果があるんだい? 綺麗なだけだとあまり意味の無い魔法だけど」

 

 アリソンの感想に対し、ヴェネディクトスは魔法の分析を行い首を傾げている。魔法を発動させたカエデはラウルたちの方を見て首を傾げた。

 

「後はどうすれば良いんですか?」

「……いや、アタシ魔法使えないし知らないんだけど」

 

 カエデの質問に困惑したグレース。ラウルは唸ってから口を開いた。

 

「うーん。聞いた話だと使えばなんとなく理解できるって話だったと思うんすけど、なんかわかんないっすか?」

「えぇっと……こう? えぇ、こっち? こう? これじゃなくて……」

 

 ラウルの言葉に対し、リヴェリアも同じことを言っていたと一つ頷いてから、魔法を操作すべくカエデが両手を前に突き出したり、上にあげたり、よく分らない動きをし始める。

 その様子を見ていたグレースが呆れ顔で呟く。

 

「何その珍妙な踊りは」

「あぁ、でもなんかキラキラしたのが動いてますよ」

「みたいだね……あれ、こっちまで届いてないけど、触れると何かあるのかな?」

 

 カエデの周囲に漂う細氷が、カエデの動きに合わせてふわふわと動く。範囲はせいぜいがカエデを中心に2M程度、モンスター相手にした方が安全だとは思われるが、この場にモンスターが居ない為どうするか少し考えたラウルが頷いた。

 

「よし、んじゃ俺が触ってみるッス」

「えぇっ!? 危ないんじゃないですか?」

 

 驚いたアリソンに対しラウルは肩を竦めた。

 

「同レベルの冒険者が触って大事になったら大変ッスから。それにカエデちゃん、今のステイタス的に魔力はゼロだろうし、俺はこう見えても二級(レベル3)冒険者ッスよ? と言う訳でカエデちゃん、ちょっとじっとしててくださいッス」

「え? あ、はい」

 

 何らかの魔法操作の為か珍妙な踊りを披露していたカエデが動きを止め、ラウルはカエデに少しずつ近づいていく。一応、何かあっても問題無い様に鞘から抜かずに剣を持ち、切っ先をカエデの周囲の細氷に向ける。

 

「何アレ、自信満々に俺は二級(レベル3)とか言いつつ、びびってんじゃない」

 

 そのまま直接触れるかと思えば、剣の切っ先で慎重に触れようとするラウルの様子に呆れ顔のグレース。其れに対しヴェネディクトスは肩を竦めた。

 

「いや、あれも十二分に危険な行為だよ」

「はぁ?」

「あの魔法はどんな特性かわかるかい? 僕にはわからない。それこそあのキラキラしたのに触れた途端、剣を通じて体まで凍りつく可能性も否定できないだろう?」

 

 ヴェネディクトスの想定にアリソンが顔を青褪めさせ、カエデもラウルの方を見て慌てる。

 

「ラウルさん危ないですよっ!」

「んー、大丈夫ッスよ。と言うか大丈夫ッスね……カエデちゃん、寒くないッスか?」

「え? 寒く? 全然そんな事無いですけど」

 

 ごく自然な動作で、細氷の中を歩いてカエデに近づいたラウル。少し震えてからラウルは自分の手を見る。

 

「うーん、これはアレっすね。このキラキラしたの自体になんか効果がある訳じゃ無いみたいッス」

「大丈夫なんですか?」

「ひんやりしてるッスね。少し寒いぐらいッス」

 

 ラウルの評価に首を傾げてから、カエデは不安そうに口を開いた。

 

「……もしかして、この魔法って使えない魔法……?」

「そんな事は無いと思うけどね」

 

 ヴェネディクトスはじーっとカエデの魔法を眺め、唐突に石ころを拾い上げてカエデに示す。

 

「ちょっとこれ、君に向かって投げるよ」

「え? あぁ、はい」

 

 ラウルがカエデとヴェネディクトスの射線上から退くと、ヴェネディクトスは特に肩肘張らずに放物線を描く様に軽く石ころを投擲する。緩やかな放物線を描く石ころをじっと眺めていたカエデの目の前、細氷が広がっているカエデから2Mの距離で唐突に石ころが弾かれる。

 

「っ!?」

「おぉー」

「何? 何が起きたの?」

「あぁ、やっぱりか。攻撃に対する反応型か」

 

 驚いたカエデ、感心した様な吐息を零したラウルの目の前に、氷の塊の様なモノが浮かんでいる。その氷の塊は次の瞬間には溶けて消えてしまい、跡形もない。

 

「今の……」

「無意識か意識的かはわからないけど、攻撃に対する防御効果かな。氷塊による防御って感じだと思うけど」

 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの使う『エアリエル』は発動する事で自身と武器に『風』を纏う。

 武器に纏えば攻撃力と攻撃範囲の拡大、体に纏えば触れる事すら出来なくなる鎧に転じる事から、攻防共に隙が無い付与魔法(エンチャント)であるのだ。

 其れに対し、カエデの付与魔法(エンチャント)は現状、自身に纏えば氷塊による防御のみと効力が微妙過ぎる。

 

「後は武器に使った時にどうなるかッスね」

「武器ですか」

 

 少し悩んでから、カエデは二代目となる『バスタードソード』を取り出して構える。

 その様子を見ていたアリソンが耳をぴんと立てて口を開いた。

 

「敵が来ますっ!」

「あ、じゃあ丁度いいッスね。数は何匹ッスか? カエデちゃんの試し切りさせようと思うんスよ」

「えっと、コボルト三匹です」

 

 ラウルは一つ頷いてからカエデの方を窺う。カエデはバスタードソードに冷気を纏わせることに成功した様子であり、カエデを中心に渦巻いていた細氷は今は剣に纏わりついている。

 剣の表面に薄く氷が張りついて居るのが見え、ラウルは一瞬眉を顰めてからカエデを窺う。

 

「大丈夫ッスか?」

「……はい、なんとか……」

 

 カエデの顔色が若干悪くなってきている。だが、表情自体は変化なくカエデは自身の異常に気が付いていない様子だ。これは精神疲労(マインドダウン)の兆候だと思うのだが。

 

「来ますっ!」

 

 アリソンの言葉と共に、ルームの入口からコボルトが三匹飛び込んでくる。グレースがケペシュを構え、アリソンもグレイブを構えておく。ヴェネディクトスは眉を顰めてラウルを窺うが、ラウルがカエデを止めるより早く飛び出して行ってしまっった。

 

 鋭い踏み込みと共に、甲高く薄氷を踏み砕く音を響かせながら疾駆するカエデ。

 其れに気付いて応戦しようと構えるコボルトだが、カエデはそのまま間合いの内まで近づくのではなく、間合いの外側で足を止め、剣を振るった。

 コボルトの間合いでも無く、カエデのバスタードソードの間合いでも無い所での素振りは、本来なら当たる事は無いのだろう。だが剣に纏わりついた細氷が一瞬でその刀身を引き延ばす。

 

 鋭い薄氷によって生み出された凶刃は、間合いを狂わされたコボルト三匹を一瞬で両断する。上半身と下半身で真っ二つにされたコボルトの死体は、その場で凍り付き不細工な氷像へと変化を遂げていた。

 上半身がズレ落ち、甲高い音を立てて砕けてしまう。砕けた上半身から魔石が転がり落ち、その氷像は瞬く間に灰となって消えてしまった。

 

 その様子を唖然と見つめていたグレースが呟く。

 

「何それ凄く強いじゃないの」

 

 先程まで氷によって刀身が引き延ばされたバスタードソードをカエデがじっくりと伺ってから、ラウルの方を向いた。

 

「凄いですっ!」

 

 攻撃範囲の拡大、アイズ・ヴァレンシュタインの使う『エアリエル』と同等の効果だが、視覚的には目に見えない『風』を纏うアイズと違い、目に見える『氷』を纏うカエデの方が攪乱しにくかろうとは思われるが、それを差し引いても攻撃範囲の拡大は大きい。

 

 嬉しそうに尻尾を振りながら魔石を集め始めるカエデ、その様子を見ていたラウルはカエデの顔色がそろそろ限界を迎えそうなのを見て口を開いた。

 

「カエデちゃん、魔法を一旦解除するッス」

「はい」

 

 素直に頷いて魔法を解除する。発動と異なり解除は一瞬で、カエデを中心に漂っていた細氷が虚空に消え、カエデの周囲に漂っていた冷気も綺麗さっぱり消えてしまった。先程までルーム全体をひんやりと冷やしていたと言うのに、魔法の解除と共にその冷気が消えた事で一気に気温が上がった様に感じられる。

 

「凄いですねー」

「……ま、良いんじゃない?」

「戦力増強、素晴らしい事だよ。今回の『遠征合宿』、勝利が見えてきたかもしれないね」

 

 我が事の様にはしゃぐアリソンに、肩を竦めて肯定するグレース。満足気に頷いて笑みを浮かべたヴェネディクトスだが、三人の目の前でカエデは膝を突いていた。

 

「あー、やっぱりッスか。カエデちゃん大丈夫ッスか?」

「うぅ……頭……頭がぁ」

「どうしました?」

 

 頭を押さえて震えるカエデの姿に驚いて慌てて駆け寄ったアリソンに対し、カエデは涙目で顔を上げる。

 

「頭痛いです……」

 

 精神疲労(マインドダウン)の基本的症状の頭痛を訴えるカエデに対し、ラウルは肩を竦める。

 

「俺は魔法を覚えてないッスからわかんないッスけど、自分で精神疲労(マインドダウン)になるラインをしっかりと把握しておかないとダメッスよ」

 

 でなければ今回の様に気が付いたら頭痛によって集中力が乱される状態になってしまう。

 呻きながらもなんとか立ち上がったカエデに対し、ヴェネディクトスが精神力回復特効薬(マジック・ポーション)をカエデに手渡した。

 

「これを飲めば少しはマシになるよ。但し、即効性じゃなくてあくまでも回復力を引き上げるものだから過信しないでね」

 

 魔力のステイタスがゼロであるカエデでは、発動可能時間は非常に短いと言える。発動開始から大体十分程度で精神疲労(マインドダウン)状態に陥っているのでかなり厳しいだろう。

 

「ありがとうございます……」

 

 試験管に入れられた柑橘色の液体を一気に飲み干すカエデを眺めつつ、ラウルは少し考えてから頷いた。

 

「よし、じゃあ予定通り下に行くッスか」

「そうだね」

 

 ラウルは壁際に置いてあったサポータ用の大型バッグを背負い直してカエデの方を見た。

 

「カエデちゃんは俺と後方待機ッス」

「え? でも……」

「そんな状態で戦うとかアホなんじゃないの?」

 

 ラウルの言葉に困惑した様子のカエデだが、精神疲労(マインドダウン)状態のまま前に出られても迷惑だとグレースが呆れ顔を浮かべれば大人しくラウルの傍に近づいた。

 

「頭痛はどうっすか?」

「……まだ痛いです。鎮痛剤ください」

 

 鎮痛剤なら確かあったはずだ、そう考えてラウルを窺うカエデに対し、ラウルは少し考えてからバッグから鎮痛剤とよく似た錠剤を取り出してカエデに渡す。ついでに水袋も渡してから、ラウルは小声で呟いた。

 

「まぁ精神疲労(マインドダウン)の頭痛とか眩暈って薬じゃなんともならないんスけどね」

 

 精神疲労(マインドダウン)によって引き起こされる頭痛や眩暈などの症状は、肉体に依存しない精神方面からの状態異常であり、肉体方面で効果を発揮する薬では治療が不可能である。

 とは言え、偽薬効果で少しは楽になるはずなので、偽薬である何の効果も無い錠剤を渡した訳だが。

 

「少しはマシになったッスか?」

「はい、さっきよりは」

 

 騙されやすい性格だとこうなるのかと少し罪悪感を感じつつも、ラウルはバッグを背負い直して三人を窺う。

 

 今回、カエデが精神疲労(マインドダウン)で戦闘に参加させられない為、アリソン、グレース、ヴェネディクトスの三人が主に戦う事になる。

 三人はラウルの視線に気付いて頷いた。

 

「大丈夫ですよ、戦えます」

「ま、アタシらだって戦えるし、問題ないわよ。後ろで欠伸でもしてりゃいいんじゃないの?」

 

 

 

 

 

 ダンジョン十七階層、『嘆きの大壁』のある十八階層へと通じる階段のある大広間にて、肩で息をするグレースが仰向けに倒れたまま口を開いた。

 

「し……死ぬかと思ったわ……」

「あれ、私、生きてます? 死んでないですか? ここ何処ですか?」

「………………」

 

 アリソンは若干錯乱しているのかぼそぼそと呟く様に生存を確かめているし、ヴェネディクトスに至っては精神枯渇(マインドゼロ)に陥って口を開く事も出来ない程の状態に陥っている。

 

 その様子を見ながら、カエデは申し訳なさそうに耳を伏せ、尻尾を丸めている。

 

「いやぁ、大変だったッスね」

「アンタが言うかっ!?」

「アレ、ラウルさんの所為ですよねっ!?」

 

 道中、ラウルがダンジョンの特定階層に存在する食糧庫(パントリー)に対して音爆弾(リュトモス)を投げ込むと言う凶行を行い、食糧庫(パントリー)内のモンスターが一気に襲い掛かってきたのだ。

 何故あんな事をしたのかと言えば、『遠征合宿』前の小さな試験である。

 

「他のパーティもやってるッスよ」

 

 何かあればラウルが自ら前に出て片付ける手筈になっていたのだが。それでもあの唐突な凶行によって、グレースは幾度死にかけたのか数えきれない、それにヴェネディクトスは精神枯渇(マインドゼロ)に陥ってしまったし、ここから地上に戻るのは至難の技だろう。

 

「なんでカエデが使えない状態の時にやるのよっ!!」

 

 文句を言いながらふらふらと立ち上がったグレースに対しラウルは顎に手を当てて考えてから口を開いた。

 

「団長の指示だったんすよね」

「団長? あの腐れチビ……」

「それ、ティオネさんの前で絶対言わないでくださいッス」

 

 普通に半殺しにされてしまうから。そんな言葉を飲み込んでラウルは三人を見回す。

 

「ま、普通に突破できたッスから良いっすね」

 

 三人の恨めし気な視線を受け止めたラウルは軽く笑ってから、十八階層に続く階段を指差した。

 

「ほら、早く行くッスよ。今日はまだ迷宮の孤王(モンスターレックス)は出ないッスけど、ここに居たらミノタウロスとかが来るッス」

 

 ラウルの言葉に恨めし気にラウルを睨みながらも、三人が這う這うの体で十八階層に続く階段へ歩いていく。カエデはラウルの指示で手出しを禁止されていて何もできなかった事を申し訳なく思いつつもラウルに質問を投げかける。

 

「なんで私は戦ったらダメだったんですか?」

 

 精神疲労(マインドダウン)による頭痛も若干改善し、普通に戦うぐらいは出来るはずだったのに、戦う事を禁止される理由が分からずに首を傾げるカエデにラウルは少し唸ってから呟いた。

 

「まぁ精神疲労(マインドダウン)中はステイタスが少し減少してるッスから」

「そうなんですか?」

「何時もの感覚で戦うと危ないんスよ」

「……? じゃあなんで音爆弾(リュトモス)食糧庫(パントリー)に?」

 

 その疑問に対しラウルは半笑を浮かべる。

 

「さっきも言ったッスけど、団長の指示ッス」

「……なんでそんな事を」

「俺も参加組だった時はやられたッスよ……危険だったら助けるんスけどね」

 

 意図的に危機的状況に叩き込んで反応を鍛えると言うものだが。死ぬ危険はもちろん大きい。だが、その程度も突破できずに下層に向かうのは推奨できない。

 よく分からないと首を傾げるカエデにラウルは肩を竦めて足を進めた。

 

「ほら、カエデちゃんも行くッスよ。十八階層で一晩過ごすッスから」

 

 今日は十八階層で一晩過ごす事になっている。

 

 ダンジョン入口から十八階層まで行って帰るだけで、通常のパーティは半日はかかるのだ。ベートの様に足の速い冒険者がモンスター全部を無視して最短距離を走り抜けば往復で二、三時間で済むが、其れが出来るのは一部の冒険者だけである。

 ラウルが持ってきた大型バッグの中にはテント一つと人数分の寝袋、一晩分の食糧が詰め込まれているのだ。

 

 

 

 

 ダンジョン十八階層、中層と下層を繋ぐ安全階層(セーフティーポイント)は、水晶と、自然に満たされた地下世界である。

 大草原、湖と呼べる規模の湖沼や森もあり。森の至る所には形状も様々な青水晶が点在しており多くの水晶の塊が細い日差しを乱反射させ、森全体を淡い藍色に染めており、幻想的でいて美しい光景を生み出している。

 冒険者にならねば、冒険者であっても一部の者にしかたどり着けない幻想的な風景は、冒険者となった者達だけが見る事が出来る光景である。

 

 そんな風景を見つめて半口を開けて驚いているアリソンとカエデを余所に、草臥れた様子のヴェネディクトスがグレースに担がれて階段を下りていった。

 

「はやく行くわよ。さっさとキャンプ地決めて休憩したいわ」

「え、あぁ、はい」

「すいません、今行きます」

 

 カエデとアリソンはそう言いつつも上を見上げる。非常に高い天井は光り輝く水晶で埋め尽くされており、色は2種類、中心に太陽を彷彿とさせる白色の水晶、周りに空を思わせる蒼色の水晶でダンジョンに青空を作りだしている。地下でありながら疑似的な空が存在する光景に感動しているアリソンとカエデに対し、グレースは肩を竦めた。

 

「何やってんのよアンタらは」

「まぁ、良いじゃないか。僕らだって初めてこの光景を見た時は感動しただろ?」

「…………」

 

 ヴェネディクトスの言葉に視線を逸らしたグレースは階段を一段飛ばしで下りていく。担がれたヴェネディクトスがうめき声を上げるがグレースは気にせずに最後の三段を一気に下りた。

 

「はい到着っと……さて、何処にキャンプをー……うん?」

「グレース、もう少し優しく……あれ?」

 

 担いでいたヴェネディクトスを下したグレースは思い切り眉を顰め、なんとか立ち上がった所で目の前に立つ人物を見て目を見開いた。

 

「アレックス……なんで此処に」

 

 ヴェネディクトスの言葉に、水晶に凭れ掛かって仮眠をとっていたアレックスが顔を上げた。

 

「あぁ? ……漸く来たのかよ。遅えじゃねぇか。テメェ等がちんたらしてる間に、先に着いたんだよ」

 

 挑発するように笑みを浮かべたアレックスに対し、グレースが不快そうに眉を顰めて口を開いた。

 

「何あんた、わざわざ先回りしてまでアタシらを馬鹿にしたいわけ?」

「あぁ? 違ぇよ。なんでテメェらなんかいちいち相手にしなきゃいけねぇんだよ」

 

 面倒臭そうに手を振って否定するアレックスだが、グレースはあからさまに苛立った様子でアレックスを睨む。

 

「じゃあなんで此処に居んのよ」

「別に良いだろ。俺が何処に居ようがテメェ等には関係ねぇよ」

 

 アレックスはそれだけ言うと再度俯いて仮眠をとりはじめた。その様子を見て顎に手を当てて考え込んでいたヴェネディクトスは眉を顰めて呟く。

 

「まさかと思うけど、ゴライアスを倒そうとか考えてないよね?」

「違うに決まってんだろ、出現まで早くても後四日もあるじゃねぇか」

 

 面倒臭そうにヴェネディクトスを見てから、アレックスは立ち上った。

 

「人が気持ちよく寝てる所を邪魔しやがって……」

 

 苛立たしげに去っていくアレックス。その背中を見送ったグレースは溜息を零した。

 

「ムカつくけど、アイツ一人で十八階層(ここ)まで来れるのよね」

「まぁ、だろうね」

 

 グレースとヴェネディクトスは顔を見合わせてから階段の上に視線を投げる。

 

「それにしても、あいつ等遅いわね」

「そうだね」


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