生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『アマネ、件の古き白牙、【酒乱群狼(スォームアジテイター)】はどうした?』

『ヒヅチだと言うておろうに。……心臓を一突きじゃ』

『何? 捕獲して来いと命令したはずだが?』

『話が拗れた。だから大人しくさせる為にな。仕方なかろう?』

『何をしているのだ貴様はっ! 刻印を施し、我々の仲間とすると言うたのにも関わらず殺してしまっただとッ!? アマネ、貴様……裏切るつもりか……』

『戯け、ワシは裏切り等しておらん』

『…………ならいい。糞っ、あの古き白牙が手に入れば巨狼の頭もこちらのものだと言うのに……計画が遅れた。神々が巨狼の頭を連れ去る前になんとしてでも見つけねば……。アマネ、貴様は例の件を進めろ。私は別件で動く』




『裏切るも何も、最初から協力する気等無いと言うておろうに。それにワシの友を利用しよう等と……誰のせいであやつを貫くはめになったと思っている。はぁ、何度斬ろうと仲間を斬る感触は好きになれんな。……しかし、古き白牙? 何処かで聞いた様な……何処じゃったかのう』


『薄氷刀』

 ダンジョン第十八階層、安全階層(セーフティーポイント)である自然に満ちた階層に溢れる十九階層、二十階層のモンスター。

 【ハデス・ファミリア】の計略によって溢れた数はあまりにも多い。

 

 まるで下の階層で念入りにモンスター達をかき集めてぶつけて来たのではないかと言う程の量のモンスターだ。

 

 グレースは目の前に飛び込んできたリザードマンに対してケペシュを振るう。力任せの一撃にてその鱗の上から胴を大きく抉るが、リザードマンは目の前の一体だけではない。視界を埋め尽くすのは夥しい数のモンスターの群れ。

 

 リザードマンを筆頭に十九階層、二十階層に出現するモンスターがこれでもかと突っ込んでくる。それに加え空より飛来するガン・リベルラの弾丸が襲い来る。既に何度も攻撃を受けてハーフプレートメイルは傷だらけで、ケペシュは力任せに振るい過ぎて右手で持つ方は歪み始めている。

 

 舌打ちと共に息を整えるべく後ろに下がろうとするも、そもそも下がる場所等ありはしない。息切れし始めて動きが鈍り始めたのを自覚し、自らを鼓舞すべく叫ぶ。

 

「よくもやってくれたわねっ!」

 

 頭に血が上り、風景が薄赤く染まって行く。これ以上頭に血が上るとガン・リベルラの攻撃を回避も防御も出来なくなる。

 

 それ以前にカエデはどうしたのか。そんな疑問を覚えたグレースが振り返えれば、投擲用のナイフを両手に握り締めて小器用にモンスターの間を走り抜けながら斬り付けてるカエデの姿があった。

 

「しっ! せいっ!」

 

 威勢の良い掛け声と共にカエデの持つ投擲用のナイフが閃く。だがその刀身はあくまで投擲用に研ぎ澄ませたものであり、斬り付ける為のものとは違う。これがショートソード程度の武装なら十二分なダメージとなっただろう、しかしカエデの投擲用ナイフで与えられるダメージはリザードマンの鱗を数枚剥ぐだけで、まともなダメージとなっていない。

 

「あぁもうっ!」

 

 苛立つ。カエデがバスタードソードを無くしていなければもっと簡単にモンスターを処理してくれたはずなのに。そんな事を考えて舌打ちをして自身を殴る。

 すぐさまカエデを取り囲む様に動いていたリザードマンの一匹の背中にケペシュを振るう。ケペシュの先端の鎌状になった刃を鱗と鱗の隙間に潜り込ませる様に滑らせ、一気にリザードマンの背中の鱗を毟り取る。

 

 ベリベリィと言う鱗を肉から剥ぎ取る音と共に、耳を塞ぎたくなる様なリザードマンの悲痛な悲鳴に口元を歪ませる。

 

 相手に負傷を与える度に怒りが静まる。増幅されていた力が下がる感覚がする。そんな感覚の中、飛来したガン・リベルラの弾丸をケペシュで払い除けた。少し解消された怒りが攻撃を阻害された事で再度燃焼する。

 上がった力をもってして背中の鱗を剥がれたリザードマンの、剥き出しとなった赤い新鮮な肉にケペシュを突き立てる。

 

 鱗を無くしたリザードマン等、まるで熱したナイフで切り分けるバターのように切れていく。

 

 悲鳴を上げる事すらしなくなったリザードマンを蹴り退けてカエデを見れば、グレースと同じ様に投擲用ナイフでリザードマンの鱗を小器用に剥ぎ取ってその下の肉にナイフを突き立てて止めをさしていた。

 

 既にカエデの周りには十匹近い骸が転がっている。グレースの方も優に三十近くのモンスターを倒しているとはいえ、本来の武器を失って尚それだけ戦える事に感嘆の声を漏らしつつ、接近してきたバグベアーの攻撃をケペシュで適当に弾いて頭を蹴り抜く。

 頭蓋骨を粉砕する感触と共にグレースの足がバグベアーの頭にめり込み、勢いのままにぽーんと目玉が眼孔から飛び出て地面を転がるのを見て舌打ち。足に感じる違和感から今の一撃で足を負傷した事を自覚する。力の増幅に耐久がついてきていないのか、攻撃する度に体が軋み始める。

 ケペシュの耐久も限界に近く右手に持ったケペシュは完全に歪みきり、左手のケペシュも切れ味が落ち始めている。それなりに耐久の高い物を選んだつもりだったが、無理に使えばこんなものかと眉を顰める。

 

 カエデの方を見てから周囲を見回せば、グレースの視界に広がるのは先程までと変化ないモンスターの群れ。数なんて数える気にもならない。怒りが込み上げてくるがこれ以上、力が上がってしまえば自滅してしまう。

 怒りを抑え込もうと歯を食いしばれば、怒りを抑え込もうとするだけでより強い怒りが込み上げてくる。

 

 これ以上は自身が持たない。

 

 カエデを逃がすべく突破口を開こうとしたがモンスターの数が数であり、突破口を開くのに失敗した。ソレ以前にカエデ自身が逃げる気が無い様子で苛立ちが募る。

 

 逃げようとしない訳じゃ無く、ちらちらと此方を窺う様に見てくる。置いて逃げて良いのか迷っているのだろうか? 自分が死にたくないならすぐ逃げれば良いのに。

 

 たとえ置いて逃げられたとしても置いて逃げた事に怒りを抱いてステイタスを増幅させてモンスターを蹴散らすだけなのに、むしろそっちの方が此方としても有りがたい。現状以上の力の発揮は耐久を大幅に超えているとは言え骨が折れる程じゃない。戦い終わったら筋肉痛で二三日寝込む事になるだろうが知った事か。

 

「チッ、面倒だわ」

 

 ラウル達は何をしているのか。疑問が浮かぶがどうせ【ハデス・ファミリア】に足止めされているのだろう。もしくは警鐘が聞こえた瞬間に情報収集の為に動きを止めたか。どちらにせよ合流を期待でき無さそうだし、肝心な時に役に立たないと心の中で罵ってからカエデの方を見て一気に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 目の前のリザードマンに対し、自分が出来る事と言えば慎重に鱗を剥いでその下の肉に直接ナイフを突き立てることだけ。

 手持ちの投擲用ナイフは五本、内二本は最初の一撃であっけなく砕け散った。

 

 力を込めて振るった一撃にナイフの刀身が耐えられなかったのだ。鱗を斬り付けただけで砕け散った刀身に思わず冷や汗が流れたが、反撃をなんとか回避してから攻撃を回避するのを優先しつつも、時折飛んでくるガン・リベルラの一撃を投擲用ナイフで逸らす。

 グレースの戦い方を参考にして鱗を剥いで肉を斬ると言う方法で何とか倒せ始めたのだが、数が多い。尻尾を引っ張られて身を反らせば、緋色の水干の背中部分に浅く鋭い爪が掠る。直撃したら即死はしないだろうがじわじわと追い詰められてしまうだろう。

 

 グレースの方は既に血塗れだ。ただ、グレースの身に付いた血の殆どがモンスターの血であり、時折ギラギラとした憤怒の色をにじませた瞳で周囲を睥睨しては叫んで注意を逸らしてくれる。そのおかげで自身が相手取る必要のあるリザードマンはそう大して数が多い訳では無い。むしろかなり少ない。

 

 飛来したガン・リベルラの放った凶弾をナイフで弾いた。瞬間、金属の砕け散る音が響き、左手に握り締めていた投擲用ナイフが壊れて柄だけになってしまった。凶弾自体は弾く事に成功したが、既に腰のナイフ用ポーチには何も入っておらず、残っているのは右手に握り締める()()()()()()()()()()()一本のみ。

 

 これ以上戦い続けられない。徒手空拳での戦闘が行える様な鍛錬は一切していない。武器を使う事を前提とした自身ではこの場で生き残る事も難しいだろう。

 足が震え、恐怖に歯を食いしばり、近くの地面に突き立ったガン・リベルラの放った杭の様な弾丸を掴みとる。無いよりマシと考えて左手に握り締めるが、モンスターの生み出したそれは握り難く、頼りない。強度と言う観点からしてもあくまで飛び道具として放たれる弾丸である以上期待も出来ず、けれども無手になるよりはマシと飛来するガン・リベルラの弾丸を弾こうとして、弾き切れずにあっけなく手に持った杭の様な弾丸が砕け、身を捻って被弾を回避する羽目になった。

 

 姿勢を崩し、片手をついて体勢を立て直そうとした所に、狙ったかのようにバグベアーの一撃が叩き込まれ、地面に押し倒された。

 

 背中に叩き込まれた一撃で地面を転がり、何とか起き上がろうとした所で足を踏みつけられる。みしみしと言う足の骨の軋む音、そしてポキンと乾いた枝を折る様な音が響き、重量によって圧迫され骨折した痛みに目を見開いた。

 

 目の前に広がったのは両手を振り上げたバグベアーの姿。見た目の鈍重さを裏切る様な俊敏な動きで冒険者を翻弄し、素早く近づいて冒険者を両手の爪で切り刻んで殺す恐ろしい狩猟者。その姿に慌ててダガーナイフを振るうが、毛皮に阻まれてダメージにならない。身を捻って回避しようにもバグベアーは念入りにカエデの足を踏みつけて逃がす気は微塵も無い様子だ。

 

 防御姿勢をとるより前に振り下されるバグベアーの鋭い爪のついた熊の手に顔が引きつる。ここで死ぬのは嫌だ。目を瞑る事はしないが、けれども何が出来ると言う訳でも無い。

 

 次の瞬間には、バグベアーの頭部が横合いから蹴り付けられて首があらぬ方向に捻じ曲がり、バグベアーの体が蹴り退かされた。

 

「何やってんのよアンタ、死にたい訳」

 

 ギラギラとしたグレースの瞳、淀むような怒りの含まれた声に背筋が凍る。急いで高等回復薬(ハイ・ポーション)を取り出し、折れた足を自身で伸ばす。激痛によって目の前がちかちかと明滅するが堪え、高等回復薬(ハイ・ポーション)を足に振りかけて残りを口に含み飲み干す。

 立ち上がろうとするが、上手く立ち上がれない。右足は幻痛によって足が上手く動かず、立ち上がる所か足首に力が入らずにこけた。

 

「……はぁ」

 

 溜息が聞こえて顔を上げれば、呆れと怒りの混じり合った表情でグレースがカエデを見下ろしていた。飛来したガン・リベルラの攻撃を弾き、近づいてきたリザードマンの方に向かって力任せに石を蹴っ飛ばせば、石は散弾の如く散らばり、リザードマンを足止めする。どれほど増強効果が発動しているのかはわからないが、今のグレースはかなりの力を秘めているらしい。

 

「アンタ、邪魔だわ」

 

 その言葉に背筋が凍りついた。見捨てられるかもしれない。そんな考えに脅えを抱いたカエデを余所に、グレースは無造作にカエデの首根っこを掴んだ。

 

「何をっ!?」

「言ったでしょ、邪魔だって……じゃぁね」

 

 唐突に、カエデの視界が歪む。凄まじい勢いで振り回される感覚と共に、三半規管を揺さ振られて一瞬意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 遥か彼方へ投げ飛ばしたカエデの姿をちらりと見て吐息を零し、モンスターの上を凄まじい勢いで跳んで行ったカエデに反応してカエデの方に向かおうとしたガン・リベルラに対してケペシュを投げて刺し殺す。結構遠くの方にケペシュの片割れが落ちた気がするが、どの道回収は諦めるほかない。

 

 リヴィラの街の直ぐ近く、アリソンとヴェトスが探索すると言っていた湖に着弾する様に放り投げたが、着地の衝撃で気絶しやしないだろうか。

 

 ドポーンッと着水の音が聞こえ、それなりに遠くで水柱が立ったのを確認して笑みを浮かべた。

 

「ナイスシュートってね」

 

 自身の行動が上手く行った事で気分を良くし、怒りが静まる。力があからさまに軽減したのを自覚しつつも、グレースは目の前に溢れるモンスターの方へ歪んだケペシュを向けた。

 

「……あぁ、こっちの方投げりゃ良かった」

 

 怒りで判断能力が鈍りまくっているのだろう。投げるなら歪んでしまった方のケペシュを投げれば良かったと後悔してから、目の前を見据える。

 

 溢れかえるモンスターからぶつけられる殺気に、怒りが増幅されていく。

 

「かかってきなさいよ……全員、ぶっ倒してやるからさ」

 

 半ば強がりでもある挑発の言葉に、モンスターが反応する。意味を正しく理解したのかはわからないが、挑発された事は理解したのか、咆哮を上げながら四方八方からリザードマン、バグベアーなどのモンスターが突っ込んでくる。ついでとばかりに空からはガン・リベルラが凶弾を撒き散らしはじめた。

 

 

 

 

 

 着水の衝撃と共に意識が覚醒し、水の底から明るい空を見上げ、一瞬何が起きたのかわからずにぼんやりと水面を見上げて、息苦しさから水底を蹴って水面から顔を出した。

 

「ぷはぁっ……ここは……」

 

 息苦しさの解放と共に肺に新鮮な空気を取り込んで息を整えてから、周囲を見回せばうっそうと生い茂る森、そして崖の上に見上げるリヴィラの街を見て現在位置は枯れ枝集めをした場所の直ぐ近くの湖だとわかった。だが何故自身は此処に居るのだろう。自らの周囲を見回して状況を確認しようとしていると、慌ただしくアリソンが駆けてきて湖畔よりカエデを発見して手を振って存在を示していた。

 

「カエデちゃんっ! こっちですっ!」

 

 手を振るアリソンの方に泳いで向かい、足がつく程の浅瀬に到着した辺りでアリソンが水をかき分けながら近づいてきて声を上げた。

 

「大丈夫ですか? なんか水柱が立ってたので慌ててきましたが、この階層にモンスターが大量に侵入してきているそうです。ラウルさんが直ぐに避難すべきだって、カエデちゃんを探してたんですよ。アレックスさんとヴェトスさんは見つけたんですけど……グレースさんを見てませんか? と言うか何をしてたんですか?」

 

 アリソンの言葉にぼやけた記憶が一気に鮮明になり、目を見開いて自身が飛んできたと思わしき方向に視線を向ける。黒い煙が立ち上る一角が木々の隙間より見えて背筋が凍った。

 

「グレースさんが……」

「見たんですか? 何処でですか? 早く合流しないとまずいんですよ」

「……あっちの方に……」

「え?」

 

 カエデの指差した方向を確認してアリソンは一瞬惚けてから、目を見開いてカエデの両肩を掴んだ。

 

「ちょっ!? あっちは()()()()()()()じゃないですかっ!? モンスターはあっちからきてるんですよっ!?」

 

 捲し立てるアリソンにカエデは慌てて事情を説明し始める。

 

 十八階層の近場にある水晶塊の傍で黄昏ていた事、グレースが現れた事、警鐘が聞こえて直ぐに撤退しようとしたこと、【ハデス・ファミリア】が罠を仕掛けていた事。

 グレースとのトラブルについて触れる事無く自身がグレースの手によって投げ飛ばされた事を話せば、アリソンは顔を青褪めさせてからカエデの両肩から手を離した。

 

「ラウルさんに報告しないと……」

「ラウルさんは何処に居るんですか」

「こっちです、行きましょう」

 

 兎人(ラパン)特有の瞬間的な加速を持って一気に駆けて行くアリソンを慌てて追いかける。

 

 森の中、立ち並ぶ木々の合間を跳ぶ様に駆けて行くアリソンの背を見失わない様に必死に追いかければ、ラウルが剣を片手にリザードマンを斬り捨てている場面に出くわした。すぐ傍には杖を構えたヴェネディクトスと、モンスターを足蹴にしたアレックスの姿も確認できる。

 

「あ、カエデちゃん。良かった。見付かったッスか。勝手に動いたら危ないから」

「ラウルさんっ! グレースさんがっ!」

 

 瞬時に駆け寄ったアリソンがラウルに状況を説明しているのを見ながら、カエデはグレースが居ると思われる方向に視線を向ける。グレースは無事だろうか、あの数のモンスターの相手は厳しいと思うが、今の自身はダガーナイフすら紛失して何もできない。

 

「げっ……【ハデス・ファミリア】ッスか……四人はリヴィラの街に行って避難する冒険者に紛れて撤退を、俺はグレースを助けに行ってくる」

 

 それだけ言うとラウルは抜き身の剣をそのままに十九階層方面の方へ走って行く。第二級(レベル3)冒険者は伊達ではないのか、その背は直ぐに森の木々に消えて見えなくなってしまった。

 

「よし、僕らは避難しよう」

「グレースさんを見捨てるんですかっ!?」

 

 ヴェネディクトスの言葉に詰め寄るアリソン。ヴェネディクトスはアリソンを見てからカエデの方を見て口を開いた。

 

「僕らじゃ下層のモンスターと戦うのには力不足過ぎるだろう。カエデも武器を失っている。これ以上戦いに参加させられないだろう」

「でもっ!」

 

 更に言い募ろうとするアリソンに対し、ヴェトスがなんとか諭そうと口を開くより前に、アレックスが小馬鹿にした様に鼻を鳴らした。

 

「まぁ、テメェ等じゃ力不足だわな」

「五月蠅い、君は黙っていてくれないか」

「あぁ? 悔しかったら俺を倒してから言えよ」

 

 挑発に対して目を細めたヴェネディクトスは溜息を零すと三人を見回して口を開いた。

 

「グレースの件はラウルさんに任せる。僕らが出る幕じゃない」

 

 言い切ったヴェネディクトスを睨んでいたアリソンは身を震わせるとグレイブを強く握りしめて叫ぶ。

 

「良いですっ! 私だけでも行きますからっ!」

「ダメだ、アリソンっ!」

 

 叫ぶと同時に、アリソンが瞬時に跳躍。ヴェネディクトスが止める様に口を開くが、聞く耳を持たずに木々の合間を跳ぶ様に駆け抜けて行き、アリソンの姿が見えなくなってしまった。

 

「はんっ、身勝手な奴だな」

「君にだけは言われたくない。カエデ、僕らだけでも避難するよ」

 

 ヴェネディクトスの言葉に驚いて目を見開いた。アリソンの方も身勝手だとは思うが見捨てるのはどうなのかとカエデは口を開いた。

 

「アリソンさんの事は……」

「僕に出来る事は無い。君も、武器が無いだろう?」

 

 カエデは空っぽの鞘に投擲物を失ったポーチ、ポーション類も失われてもう何もない。苦虫を噛み潰したような表情をしてから顔を上げた。

 

()()()()()()()

 

 まだ調査すらしていないがロキやリヴェリアの予測では追加詠唱による『装備魔法』への変質を遂げる魔法と判断された魔法がある。通常詠唱の付与魔法(エンチャント)ではあまり効果に期待できないが、もしかしたら装備魔法が武装であるのなら、戦えなくはないはずだ。

 その言葉にヴェネディクトスは難色を示した。

 

「ダメだ、効果がはっきりしない魔法を、装備魔法をぶっつけ本番で使うなんて危険すぎる」

 

 冒険者が最も恐れるのは突発的な出来事。冒険者が最も避けるべきはその場の判断が運命を左右する場における不確定な選択。

 

「でもっ!」

「雑魚共は其処で騒いでろよ」

 

 にやりと、小馬鹿にする様に笑みを浮かべたアレックスはカエデを嘲笑してから足を十九階層の方面へ向ける。肩越しに二人を振り返って呟いた。

 

「テメェらみてぇな雑魚は尻尾巻いて逃げるのがお似合いだよ」

 

 その言葉にヴェネディクトスが眉を顰め、カエデは歯噛みする。そんな様子を鼻で笑い、アレックスは一気に走り出した。

 

 めちゃくちゃだ。パーティーであるのに意思の統一は出来ず、バラバラに行動しだしたメンバーに吐息を零したヴェネディクトスはカエデの方を向いた。

 

「どうするんだい?」

「ワタシは……」

 

 肩を竦めてヴェネディクトスは呟いた。

 

「逃げるにせよ進むにせよ、選ぶなら早くしないとまずい。僕は逃げるべきだと思う。君はどう思う?」

「…………」

 

 自身を身を張って逃がしたグレースの下へ駆けつけるべきか? 効果不明の装備魔法を頼りに? あんなに不愉快な思いをさせられたのに? それとも逃げるべきか? 助けてくれた人を見捨てて? でも見捨てても怒られないと思う。ヒヅチならこんな時どうしただろうか?

 

「……行きます」

「どっちにだい?」

()()()()()()()()

 

 両手を前に突き出す。決めた、助けよう。そして言いたい事を言おう。思った事、思っていた事を。

 

 何も言わずに居ればどうなるのか、ワタシは知っているではないか。

 ヒヅチはワタシに隠し事をしていて、ワタシが其れを知ったのはヒヅチが失われた後で、それがどれだけ苦しいかワタシは知っていたはずだ。

 グレースもそれを知っているのだろう、だから口にしてほしいと叫んだのだ。

 

 ワタシは相手を傷付ける事を拒んだ。ヒヅチに質問を投げかければ、ヒヅチは傷付いた様な思い悩む表情をする事があったから。だから疑問を口にする事をやめた。でも、もっとヒヅチに強く疑問を訴えていたら、ワタシはもっと早くに自分の事を知れたのではないだろうか。

 

 そんな後悔が脳裏を渦巻く。

 

「『孤独に(凍えて)眠れ、其は孤独な(凍て付く)氷原。月亡き夜に誓いを紡ごう。名を刻め、白牙は朽ちぬ』」

 

 冷気に包まれる。薄ら寒さに体が震え、視界が鮮明になり、氷の欠片がキラキラと舞う旋風に包まれる。

 ワタシはもっと早くにヒヅチに尋ねるべきだった。それをしなかったのは怖かったからで、けれども聞くべきだったのだ。

 追加詠唱の効果が不明で、どうなるかわからない。けれども何処か確信しながら紡ぐ。

 

「『乞い願え。望みに答え、鋭き白牙、諸刃の剣と成らん』」

 

 詠唱、決められた文言を並べ立てた魔法の発動に必要な其れを唱えれば、己を包み込む氷の旋風がカエデの突き出す両手に凝縮されていく。

 

 脳裏に思い描いたのはヒヅチが持っていた一本の刀。半ばから圧し折れて切っ先の失われた刀。思い出の品と語ったそれ、何時の間にかヒヅチの手元から失われていた刀。柄巻に染みついた血の染みも、特徴的な鍔の文様も、刀身に刻まれた無数の傷も、欠けた刃も、半ばで途切れていようとも美しかった刃紋も、鮮明に思い描ける。

 

 氷欠片のきらめきは、次第に一本の刃へと形を落とし込んでいく。想像の通りに、脳裏に描いたその半ばで圧し折れた刀剣を完全な形で再現する。

 

 凝縮された氷片は美しい白刃へと至り、カエデの手には一振りの刀が握りこまれていた。握り締める柄も、鍔も、刀身に至るまで全てが白氷によって形作られた氷の刀。

 

 『薄氷刀・白牙』

 

 鋭い切っ先から零れ落ちる冷気を意識しながら、その刃を振るえば空気に剣閃が描かれ、その白刃による一撃をより鋭く見せつける。

 

 特殊な効果は確認できないが、その鋭さは見ているだけで切断されそうな程に研ぎ澄まされている。

 

「いけます」

 

 確信と共に抜き身の刀を十九階層方面に向ける。

 

「いきます」

 

 ヴェネディクトスの反応を待つより前に、カエデは足を踏み出した。




 全部ではないが効果紹介。当然鋭いだけじゃないのがこの装備魔法。


『薄氷刀・白牙』
 カエデ・ハバリの魔法『氷牙(アイシクル)』の追加詠唱により付与魔法(エンチャント)から装備魔法へと変質して生み出された装備魔法による武装。
 外観は術者の想像に左右されるが、総じて刀剣の姿を生み出す。

 鋭さのみを追求した氷で形作られた刀剣。冷気を纏う美しい刀身は、けれども鋭さ故に脆く、氷故に時の流れによりその刀身を摩耗させて逝く。解け逝く(砕け逝く)その前に、目的を成せ。ただ真っ直ぐ、揺らぐ事の無き様、その在り方(生き様)を示す。

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