生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『ほほぅ。これは興味深いな……古代の魔術の罠か。みろ、第二級(レベル3)冒険者の私ですら反応できずに貫かれたぞ。痛いなこれは』

『…………(槍で貫かれてヘラヘラ笑ってるぞコイツ。頭おかしいんじゃないのか?)』

『こっちは古代の結界……凄い、凄いぞっ! 死体を腐敗させないのではなく仮死状態で保管する物じゃないかっ!』

『あのさ、興奮してるとこ悪いんだけど、君、なんで此処に? と言うかそれ死んで無いんだ。心臓一突きだからてっきり死んだもんかと』

『決まっているだろう。古代の技法について調べていたのだからな。お前こそここで何を』

『……ナイアルの指示だよ』

『ふぅん。私は記事の為の取材の一環だ。こんな情報を載せた記事なら売上はばっちりだろう。現代に蘇る古代の技法特集なんてすばらしいと思わないか?』

『売上って……こんな所まで態々足を運ぶなんて【トート・ファミリア】って変人が多いんだな』

『はははっ、【ナイアル・ファミリア】程じゃないさ』

『……喧嘩なら買うよ【占い師】』

『……こっちもだよ【猟犬(ティンダロス)】、変人扱いはやめて貰おうか』


『邪声』

 ダンジョン十八階層、普段ならダンジョンの中でも数少ないモンスターの湧かない階層であり、癖の強い冒険者達の集うリヴィラの街等で休息もとれるこの階層、今は十九階層より意図的に誘導されたモンスターが溢れかえっていたはずである。

 街の住民が居なくなり、もぬけの殻となったリヴィラの街。管理者であるボールス・エルダーの素早い指示と、避難慣れした住居者達によりめぼしい物や貴重品等は存在しないその場所には、けれども運びきれなかった物資が多少なりとも残っている。

 火事場泥棒とも呼べる行為に手を染めながら【ハデス・ファミリア】団員が舌打ちをして悪態を吐く。

 

「糞、これでもう地上を歩けやしねぇ」

「団長は何を考えてんだよ……」

「【恵比寿・ファミリア】の輸送隊襲撃なんて聞いて無かったぞ」

 

 悪態を吐きつつも、必要な物資類である保存食となる干し肉や乾燥野菜、回復薬(ポーション)高等回復薬(ハイポーション)等を片っ端から袋に放り込んでいく二人の後ろから、底冷えする様な声が響く。

 

「うるせぇ、口動かす暇があったら手ぇ動かせ。あぁ、あんの糞エルフが此処に居たらぶっ殺してやるのに……」

 

 イサルコの両手に刻まれた生々しい火傷の痕は【ロキ・ファミリア】のとあるエルフによる拷問によってつけられたものだ。あのエルフは非道な行いを平然と行える気狂いの素質があったのだろう。イサルコは最後まで決して口を割る事無く解放されたが、あの場で火で炙った鏃で皮膚を少しずつ焼き切っては何処に本拠があるのか淡々と尋ね続けた件のエルフに対する憎悪はいかほどの物か。

 

 ぶつぶつと苛立ちを隠しもしない【縛鎖】イサルコ・ロッキの姿に火事場泥棒に勤しむ二人の団員は震えてから慌てて手を動かす。

 

 【ハデス・ファミリア】は今回の襲撃を機に今後一切、日の下を歩く事は無いだろう。

 

 神ハデスの方針決定によって【ロキ・ファミリア】のカエデ・ハバリを襲撃すると言う方針に決まった時点で察しはついていた。しかし、他の戦闘鍛冶師等と呼ばれる戦いにも対応出来る【ヘファイストス・ファミリア】。商人達の信頼を一挙に纏め上げ流通ルートの元締めとなる【恵比寿・ファミリア】、食材関連で名を聞かぬ事は無い【デメテル・ファミリア】、後序に上位鍛冶師達の所属する【ゴブニュ・ファミリア】。

 断言できるがこれだけのファミリアが同盟関係を結ぶのは異例の事態である。たった一人の小娘にどれほどの神の思惑が絡んでいるのか。

 

 自身の利益も考えて動いた【ヘファイストス・ファミリア】と【ゴブニュ・ファミリア】はまだ理解できるだろう。

 そして神ハデスと神デメテルには天界に居た頃の因縁の様なものでの敵対。理解できなくはない、むしろそう言った理由で加担する神は数多いだろう。敵の敵は味方である。

 

 そして最も理解できなかったのは神恵比寿だ。彼はカエデ・ハバリに加担する理由は微塵も無く、関わる事で儲けが増えると言う訳でも無い。つまり何がしたいのかさっぱりわからなかった。

 表向きは元々同盟関係にあった【デメテル・ファミリア】の参加表明による同調参加と言った形だが、神恵比寿の胡散臭い雰囲気がただそれだけの理由であると言うのを肯定しづらくさせている。

 

 そもそも【恵比寿・ファミリア】は商売人の味方と言う風に装ってはいるが、彼のファミリアが所有する飛行船関連の技術はどう考えても大規模な戦争を見据えた技術であり、他にも連装大型弩砲(バリスタ)や船載型の投石器(カタパルト)を開発していたりと、普通の商売人の集いとはとても思えない様な武装開発の為の資金提供まで行っている。

 神恵比寿の主張では『自身の身は自身で守らないとだからね』との事ではあるが、それでも過剰な、かなりの武装船を作り運用している辺り信用ならない。

 神恵比寿は自身のファミリアの戦力はゴミと自称しているが、その武装船等も含めた【恵比寿・ファミリア】の危険性はかなり高い。地上で事を構えた場合、武装船によって攻撃不可能な高高度から大型ボルトを射かけられるのは目に見えている。魔法の届かない距離で構えられれば一方的にやられるだろう。

 

 そんな【恵比寿・ファミリア】の輸送隊の襲撃は【ハデス・ファミリア】にとって最悪とも言えるものだった。証人となる者は一人も残さずに殺す事に成功し、モンスターの襲撃に見せかけて襲撃して物資類の奪取には成功した。これで終わりだったのならまだ良かっただろう。

 今回の【恵比寿・ファミリア】の輸送隊襲撃で団長が負傷した。元々、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナとの戦闘によって片腕と片目を負傷していた【処刑人(ディミオス)】アレクトルは【恵比寿・ファミリア】の雇った護衛の冒険者との戦闘で更に負傷して戦闘に参加できなくなった。

 

 本来なら今回の襲撃で確実に【生命の唄(ビースト・ロア)】カエデ・ハバリを仕留めるはずだったが、団長の負傷によりモンスターで間接的に殺すと言う方法をとる事になってしまった。確実性の無い今回の作戦に団員は難色を示したが団長の指示で計画を続行。

 途中、カエデ・ハバリともう一人【ロキ・ファミリア】の女性団員と、【ハデス・ファミリア】の団員が接触してしまうと言う不測の事態まで発生してしまい、今回の件が【ハデス・ファミリア】の引き起こした騒動であると言う情報が回ってしまう可能性が出たのだ。確実にカエデ・ハバリともう一人の女性団員、【激昂】グレース・クラウトスの殺害が最優先とされた。

 

 しかし、モンスターの群れの誘導には成功したが、カエデ・ハバリを直接投擲しての離脱により行方知れず所か他団員との合流を許してしまった。そして【激昂】の方は未だ健在でアホみたいにモンスターと殴り合っている。

 既に賽は投げられ、結果は見え透いている。既に【ロキ・ファミリア】との敵対は回避不可能だ。既に敵対状態だったとはいえ今後は姿を見られただけで問答無用で攻撃される事だろう。【恵比寿・ファミリア】に至っては地上での取引は完全に不可能。最後の頼みの綱でもある非合法取引も可能なリヴィラの街ですら、今回の騒動が【ハデス・ファミリア】によるものだと知れ渡れば取引なんて不可能だ。

 

 詰みである。

 

 以上の点から既に【ハデス・ファミリア】を抜ける者が出始める始末。元々人数はそういなかったとは言え、現状は既に両手の指で事足りる程度にまで落ち込んでしまっている。神ハデスはこの事を覚悟していたのか不明だが、団長はハデス様の指示ならばと言って無条件で従っている。

 

「俺達も抜けるべきだったか……」

「もう遅ぇよ、今抜けても無駄だろ」

 

 溜息を零し、袋を担ぐ。当面の物資は今回の盗品で賄う事になる。そして今後の物資補充は不可能だ。

 手元にある保存食を見て溜息を零した団員は既に荷物を鎖で縛り上げたイサルコの元に向かう。

 仲間たちも含めて鎖を巻き付け、装備解放(アリスィア)を発動する。

 イサルコが装備魔法の装備解放(アリスィア)によって物質の透過効果によって地面の中に沈み、瞬きの間にその姿は地中に消え去った。

 

 誰も居なくなった街中、鍛冶場泥棒も消えたその場所にこそこそと這い出てきた猫人の青年は溜息を零した。

 

「ド派手にやってくれる……。【縛鎖】の装備魔法で移動してた訳か。道理で神出鬼没だった訳だよ……跡を追う事も出来やしない。恵比寿も無茶を言うよ全く。まぁでも……」

 

 左右の瞳の色の違う青年は口元を歪め、【ハデス・ファミリア】の消えた地面を見据えて呟く。

 

「よくもみんなを殺してくれたな。絶対に見つけ出す、覚悟しとけよお前ら……」

 

 

 

 

 

 【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドは目の前のリザードマンを斬り捨て、遠くの方で暴れ回る少女の方へ視線を向けた。

 

「ド派手に暴れてるッスねぇ……さて、どうやって近づけば良いッスかね」

 

 ラウルの視線の先、【激昂】グレース・クラウトスが刃が折れて柄だけになった元ケペシュでモンスターを撲殺している光景があった。

 怒りと負傷による基礎アビリティ力の増幅効果。アマゾネスと言う種族の固有スキルとして有名なものと同様のスキルを覚えた彼女は、けれどもアマゾネス以上にピーキーな性能をしている。

 まだまだ周囲にモンスターはいるが、遠くの方からちまちまと遠距離攻撃を繰り出してきていた面倒なガン・リベルラは既に片付け終えたが、まだモンスターの数は多い。

 

「ダメっすね、近づけないッス」

 

 暴れ回る、そんな表現がピッタリ適合する現状のグレースは敵味方の識別が付いていない。いや、正確に言うなれば識別は出来ても無差別に襲いかかる状態と言えば良いか。

 仲間相手にも苛立ちを感じれば即座に殴りかかるぐらいの怒りっぷり。それ所か遠くの方から声をかけただけで近場の石を投石してくる始末。今近づけば問答無用で襲い掛かってくるだろう。箸が転んでもおかしい年頃、なんて可愛らしいものではなく動く物を見ただけで激昂する状態だろうか。

 しかもラウルですら止められないぐらいの力を発揮されていてどうしようもない。

 

「先にモンスターを……うん? この音……」

 

 とりあえず周囲のモンスターを片付けて、グレースの苛立ちの原因を取り除いてやらなくては話にもならないと剣をバグベアーに向け、聞こえた足音に気付き、足音の聞こえた方向へ注意を向ける。

 四足歩行ではない、尻尾を引き摺る音も聞こえない二足歩行。他の冒険者だろうか。リヴィラの街の住人は避難しているので此処に近づくモノ好きは居ないはずだが。

 

「グレースちゃんっ!」

「五月蠅いわねっ!」

 

 先程、避難するリヴィラの街の住人と共に離脱しろと言ったのに。舌打ちと共にアリソンを庇う様にグレースとの間に割り込む。距離は優に30Mはあるが、声に気付いたグレースが叫びながらアリソンめがけて近くのモンスターの骸を投擲する。目を疑う様な光景だが、かなり良いガタイをしたリザードマンを腕一本で投げて来たグレースに目を見開いて驚くアリソンを余所に、飛んできたリザードマンを蹴り落としてアリソンの方に向かい首根っこを掴んで近場の木に隠れる。

 

「大丈夫ッスか?」

「え……あぁ、ラウルさん。え? なんでグレースちゃん……」

 

 何故モンスターを投げつけられたのか、理解できないと言う様に目を白黒させているのを見てラウルは溜息を零す。

 

「今のグレースは危ないッスから近づいたり声かけたりしちゃダメッスよ……他のメンバーは?」

 

 アレックス辺りも勝手な行動をしそうだ。ヴェネディクトスとカエデは避難してくれるだろうが。そう当たりをつけ木の陰からほんの少し顔をだして遠くの方のグレースを窺う。モンスターの顔面に握り拳を打ち当て、ふらついた体を蹴り、殴り、頭突きし。もうめちゃくちゃな動きでモンスターを撲殺している。

 

 背中には二本の杭が刺ささり、ハーフプレートメイルは数多の凹みが存在し、左手にはあまりにも力み過ぎて異常な程に歪んだケペシュの柄。全身血塗れで叫びながらモンスターに突っ込んで行っている。

 

「知りません。私はグレースちゃんを助けに来ました」

 

 真剣な声色にラウルはアリソンを窺ってから溜息。救援に駆け付けたのはまぁ良いが、他のメンバーと意思疎通を図らないのはダメ過ぎる。感情的に動き過ぎだ。

 少し悩んでからアリソンの持つグレイブに付いた血を見てから溜息。アリソンは其処まで弱くない、むしろ強い部類だろう。ただ補助をつけないと危ないとは思う。長柄武器なので木々が立ち並ぶこの場所での立ち回りは不利だろう。

 

「……はぁ、とりあえずあのグレースを止める為にモンスターを掃除する必要があるッスから、無茶しない範囲でモンスターを片付けてくださいッス。但しグレースに近づきすぎない事。攻撃されるッスから」

 

 わかりましたと素直に頷いてグレイブを構えてグレースの方を窺いながら木陰から飛び出してモンスターに斬りかかるアリソン。その姿を見てからラウルは十九階層方面へ視線を向けた。小器用に柄を短めに持つ事で閉所空間での長柄武器の不利さを誤魔化している様子だが、分が悪い。

 未だにモンスターが其方の方向から溢れてきており。グレースに惹きつけられて殆ど此方に来ている様子だ。

 

 さっとグレースを回収するのが目標ではあったがこの様子では不可能だと溜息を零してアリソンの近くでモンスターを倒す。とりあえずモンスターを片付けてグレースが落ち着くのを待つ。リミットはグレースが死ぬまでか。

 

 

 

 

 

 木々の間を駆け抜け、カエデは氷の刃を振るう。数体のモンスターをすれ違い様に斬り捨てながら先程グレースと共に居た場所を目指す。焦げ臭い臭いと血の混じり合った不快な臭いに眉を顰めつつ、手に持つ冷たい柄の感触を確かめながら、バグベアーを斬る。先程ナイフで必死に斬り付けていた時とは打って変わって、感触すら感じられずに一刀両断し、上半分と下半分で切り分けられたバグベアーの死体がズレ落ちるより前にその横を走り抜ける。

 

 モンスターの数が多い。カエデの持つ氷の刀の餌食となったモンスターの数は既に十を超え、視界に立ち塞がるモンスターの数は数えるのも億劫だ。

 

 それだけでは無い。氷の刀の異常もカエデの足を進めるのを遅らせる原因となっている。重い。最初は羽根の様に軽かったはずの薄氷刀・白牙の刀身は数倍に膨れ上がり重たくなっていた。

 真っ白い美しい刀身はモンスターを斬り伏せる度に表面に付着した血が凍りついて体積を増やしていく。今やかなりの量の血が付着し凍り付き、真っ赤な血氷による刃と化して重さを増してしまっている。

 唯一の救いは切れ味の変化が無い事か。不思議な事に、この刀は血が付着する事で刀身が全体的に均一に赤く染まって大きくなるらしい。

 

 この刀の特殊効果なのかは不明だが、重くなる事で振るう腕にかかる負担は大きくなっていく。

 

「この先にっ……」

 

 既にカエデの持っていた刀は最初の細身の刀身が嘘の様に肥大化し、斬馬刀と呼んでも差し支えない程の大きさになっている。そんな刀を担いでモンスターを斬り伏せながら進み、漸く先程の地点に到着して当たりを見回す。

 焦げ臭い臭いの立ち込める焼け跡の残る森の一角。木々の間を駆けてモンスターが近づいてきている以外にグレースの姿が見えない。

 

「何処に行ったの……」

 

 近づいてきたリザードマンに大きく育った刀を叩き付ける。まるで霧でも斬ったかのように手ごたえを感じない不思議な感覚、しかし目の前のリザードマンは確かに真っ二つになって血に倒れる。余りにも嘘の様な手ごたえに体が震える。

 

 この剣で人を斬ったら、何も感じないのだろうか。

 

 恐怖と共にその考えを散らす。今はそんな事を気にするべきじゃない。

 

 焦げ臭い臭いの中に感じる微かなグレースの血の匂いと共に視線を巡らせて、不自然に木々が薙ぎ倒されているのを見つけて其方に足を向ける。

 一定距離ごとに木が倒れており、走りその痕跡を追えばグレースは直ぐに見つかった。

 

 アリソンとラウルがモンスターの群れを倒し、中央でグレースが倒れている。血塗れのまま身を起こそうとして起こせず、苛立ちのまま自身に対して怒り、叫んでいる。

 

「立てよ畜生っ! このっ! 肝心な時に役に立たないっ!」

「グレースちゃん落ち着いてっ!」

 

 其の光景に一瞬視線を奪われてから、鼻で笑う音が聞こえて思わず其方を向く。

 小馬鹿にする様なあざける笑みを浮かべたアレックスがリザードマンの首を掴んで引き摺ったまま近づいてきた。

 

「よぉ、なんだその馬鹿でかい剣は。デカけりゃいいってもんじゃねぇだろ」

「アレックスさん……今は貴方に構ってる暇は無いです。後にしてください」

 

 何がしたいのかわからないのに、いちいち相手をするなんて面倒だ。今までだったら黙って話を聞くだけに留めただろうが、今は言いたい事をはっきりと言った。アレックスの目に苛立ちが混じるが、カエデも苛立ちを感じる。

 邪魔するな、そんな風に睨むとアレックスはにやりと笑みを浮かべた。

 

「アイツが死のうが自業自得だろ。それよりもこの場でどっちが多くモンスターを倒すか――

 

 その言葉に感じた怒り、目の前のアレックスを強く睨んでから視線を逸らす。話すだけ無駄だ。けれどこれだけは言っておかなくては。

 

邪魔なんで関わらないでください

 

 無意識、丹田の呼氣が途切れていた事、其れで居ながら冷静で居られた事。腹の内に溜まったドロドロしたもの。隠す事をやめ、ほんの少しだけアレックスにそれを向ける。その言葉は、確かに効果を発揮した。

 

 旋律スキル、孤高奏響(ディスコード)による『邪声』効果向上。対象に聞かせる事で任意の効果を発揮するそれ。自身には向いていないと言われ、習得を半ばあきらめていたその技法。『呪縛命令(バインドオーダー)』による拘束効果。

 アレックスが驚きの表情で硬直する。震えて動かなくなったアレックスを無視してカエデは一気に駆けだした。

 

 駆けだした先、アリソンが牽制していた数匹のモンスターの中央に降り立ち、周囲を薙ぎ払う。まるで霧霞を剣で払ったかのような感触の無さとは裏腹に、カエデの回りにいたモンスターは区別なく真っ二つになって転がる。

 

「カエデちゃんっ!」

「助けに来ましたっ!」

「うぇっ!? 逃げろって言ったのに……と言うかカエデちゃん、その物騒な刀は……まあ良いッス。来ちゃったもんは仕方ないッス。二人とも、直ぐにこいつ等片付けてグレースの治療するッスよ!」

 

 カエデの持つ禍々しい深紅の斬馬刀に驚きながらも目の前のモンスターを斬り伏せたラウルは、別のモンスターの方へ剣の切っ先を向ける。其れを流し見たアリソンとカエデも別方向を向いて構える。

 

 瞬間、木々の間を擦り抜けて青白い短矢が飛来し、数匹のモンスターに突き刺さった。

 

「これは……」

「ヴェトスまでっ!?」

 

 飛来した方向を向けばヴェネディクトスが杖を構えて再度の詠唱を行っているのが確認できる。

 

「『森に響く妖唄、妖精は躍る。惑う者に突き立つ投げ矢、其は妖精の悪戯』『エルフィンダーツ』」

 

 詠唱の完了と共にヴェネディクトスの構えた杖の先端から青白い光の短矢の様な魔法が放たれ、アリソンに飛びかかろうとしたリザードマンを射抜く。

 

「後衛を置いていくなんて酷い話だよ……後どれくらいモンスターが居るんだい」

「残り20匹ぐらいッス。後こんだけならどうにかなるッスね……グレースの治療するッスから後は任せるッスよ」

 

 ヴェネディクトスの言葉にラウルが答え、その言葉にアリソンとカエデが頷く。

 

「任せてくださいっ!」

「はいっ!」

 

 ラウルがグレースの治療を始めたのを確認してカエデが前を向いて構えれば、カエデの背中にグレースの言葉が突き刺さった。

 

「アンタ馬鹿じゃないの」

「馬鹿はグレースさんの方です」

 

 言い返したカエデの言葉にグレースが目を見開き、ふと笑みを浮かべて呟いた。

 

「言う様になったじゃない……それで良いのよ。言われっぱなしって癪でしょ」




 アルスフェア君とアレイスターさんが楽しそうでなによりです。

 記事にする情報の為なら危険な場所にも潜入調査するし、突撃取材も辞さない、行動力溢れる【トート・ファミリア】の団員達。

 主神の命令ならとりあえず(発狂したくないから)従う【ナイアル・ファミリア】のアルスフェア。


 

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