生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

69 / 130
 誰かが膝をついた音がした。振り返り、傍に駆け寄って叫んだ。

『刀を握れっ! まだ立てるじゃろっ! 早うせんかっ!』

 片腕を失い、片耳の抉れた戦士に激励の言葉をぶつける。どれほど無茶苦茶な事を言っているのか自身でも理解しながら。

『立てっ! 早くっ! 握れっ!』

 怒鳴る様な言葉、刀を強引に手に握らせる。

 何とか刀を握りしめて立ち上がる戦士。既に半死半生の傷を受けていた彼。

 その姿を確認してから前に立って化物に斬りかかる。

『ワシに続けえぇぇぇぇぇえっ!』

 手本として目の前の怪物を斬り捨てる。後ろから飛び出した影が別の化物を斬り捨てた。

 よくやった。内心その戦士を褒め称え、そしてその戦士を追い越して別の化物に斬りかかった。

 背後で誰かが倒れる音が聞こえた。もう振り返らない。振り返れない。

 前に溢れる化物だけを見据えた。

 もう止まれない。叱咤し、激励し、戦線より下がらせるべきたった彼を酷使して死なせたのは他の誰でも無く……

 そも、下がらせることのできる安全な場所などありはしないのに、悪いのは私なのか?


『遠征合宿』《開始》

 早朝、【ロキ・ファミリア】本拠の入口に集められた遠征合宿メンバー。檀上から見下ろしたフィン・ディムナの姿は睥睨する様にメンバー一人一人の表情を見て口を開いた。

 

「さて、今日は待ちに待った遠征合宿の日だ。各々の班で準備に勤しんできた事だろう」

 

 今日の遠征合宿に向け、各班念入りに準備や連携強化を行う等してきた。昨日の内に準備する荷物を纏め、既に補助役となる第二級(レベル3)冒険者の背負い袋(バックパック)に纏めて背負われており、各メンバーも十二分に武装を整え、意気込みは十分といった様子に満足気に頷き、フィンは笑みを浮かべた。

 

「知っての通り、邪魔役の者達には既にダンジョン内で待機して貰っている。何処に居るのかまでは現段階では言えない。しかし君達なら邪魔役の者達を退けて今回の遠征合宿を成功させる事が出来ると信じている」

 

 檀上から演説するフィンを見ながら、カエデはふと後ろを振り向いた。

 

 カエデの後ろに立つアリソン、そしてそのアリソンの後ろに立つアレックスと視線が交わり、アレックスの舌打ちが響く。

 カエデもアレックスを睨みつけ、横から頭を叩かれ前に向き直る。

 

「あの馬鹿に構う必要無いっての……全く」

 

 呆れ顔で肩を竦めたグレースの言葉を聞き流しながら、カエデは後ろから感じる視線に肩を落とす。うっとうしさを感じ、苛立って尻尾が低めに揺れる。

 

「では、これより遠征合宿を開始する。各班、健闘を祈る」

 

 フィンの力強い言葉に各々の班が纏まって返事をする中、ラウル班の中ではアリソンとカエデだけが応と答え、グレースとヴェネディクトス、アレックスは無言のままだ。

 幸先の悪そうな出だしにラウルが溜息を零した。

 

 

 

 

 ラウル班のメンバーは第三級(レベル2)が四人、第二級(レベル3)が一人と他の班と違って第三級(レベル2)のみで構築されている訳では無い。これには他の班から不満の声が出ていたが、特にメンバー変更等といった事は無かった。

 と言うのもいつ偉業の証が手に入るかなんて誰にも予測できないというのもあるし、器の昇格(ランクアップ)は本人の意思で行うべきものであり、遠征合宿の為に控えろ等とは言えるものでは無い。グレース自身も態々器の昇格(ランクアップ)更新を行わない理由も無いと器の昇格(ランクアップ)したのだ。

 

 

 

 

 

 フィンの開始を告げる言葉の終わりと同時に、各々の班がダンジョンに向かったり最終確認を始めた。そんな中、ラウル班は円を作って集まった。

 

「それで、どうする?」

「入るタイミングですか? そうですねぇ」

 

 どのタイミングでダンジョンに入るかを話し合う為に集まって口を開いたヴェネディクトス。アリソンは腕組みをして呟いた。

 

「早く行った方が向うに早めにつけますけど……その分、邪魔役と鉢合わせる可能性が高いんですよね」

 

 開始を告げられたのですぐさまダンジョンに向かうかと言えばそうではない。他の班の動きを見てもダンジョンに他の班が入るのを待ってから入る班もあれば、真っ先にダンジョンに向かう班もある。

 先に潜ればその分十八階層に早めに到着する事が出来、評価も上昇するが、デメリットももちろん存在する。

 

 当然、先にダンジョンに侵入すれば何処に居るかわからない邪魔役と出会う可能性は非常に高くなる。

 

 一方、他の班の出発を待ってからの場合、他の班によって邪魔役が倒される可能性もある。倒される可能性は低いとは言え、邪魔役のメンバーは一度襲撃が完了した場合、邪魔役によって時間は異なるがその後十分から三十分の間は他の班に対して襲撃してはいけないというルールが存在し、後からダンジョンに侵入する事で他の班が襲撃されたのを見てから通る事で無傷で十八階層まで辿り着ける可能性がある。

 他にも邪魔役もダンジョン内でモンスターと戦う事もあるので当然の如く体力を消費する。その分ほんの少しではあるが逃げ出しやすくなる可能性もある。誤差の範囲ではあるが。

 

 但し時間制限は厳しめなので他の班の様子を見ながら牽制し合えば当然の如く時間切れで失格となる以上、他の班の出発を悠長に待つ暇はない。

 

「で? どうするッスか?」

 

 これまでの班行動で十八階層までの最短時間はおおよそ八時間。時間がかかった場合は十時間程。現在時刻は午前六時になろうかという時間で、十八階層には午後七時には到着していないといけない。

 時間的猶予はあまりない、そのため悩む皆に声をかけたラウルの言葉にヴェネディクトスが意見を上げた。

 

「……待つのは下策だね。直ぐに向かうべきだよ」

「私は賛成です。他の班は皆さん待ちを選ぶ班も多いみたいですが時間が時間です。いつもより慎重に動く以上時間はよりかかるでしょうし」

 

 トラブル無く移動すれば八時間程、モンスターが多数出現する等のトラブルに見舞われれば十時間程、今回の行程に於いて邪魔役の存在を考慮すれば十時間で済むはずもない。

 猶予は十三時間と考えればかなりギリギリであり、邪魔役を警戒して避けて通る場合はどう考えても時間が足りない。

 

「良いんじゃない? ビビッて時間掛け過ぎてアウトってのが一番赤っ恥だろうし」

「私も行くべきだと思います」

「はんっ、てめぇらの好きにすりゃいいだろ」

 

 残りのメンバーの意見を聞き終え、リーダー役に抜擢されたヴェネディクトスは頷いた。

 

「よし、じゃあ今から出発だ。準備は当然良いよね」

 

 早朝四時には目をさまし準備を終えていたメンバーを見回せば、不貞腐れたアレックス以外は頷き返す。

 確認がとれたラウル班が黄昏の館の正門から出て行くのを門番が眺め、各々声援を送ったり茶化したりする言葉が投げかけられる。

 

「がんばれよー」「お前らに賭けてんだからなー」「ペコラさんに気をつけろよー」

 

 門番の言葉に応える様にアリソンとカエデが手を振り返し、グレースは肩を竦める。

 

 

 

 

 

 ダンジョン五階層、特に何にも出会う事も無く何の異常もなく下りてきた現在階層で地図を広げたヴェネディクトスが大きなため息を零した。

 

「不味い。七階層に誰か居るみたいだ」

「他の班が帰還してましたね……今なら突破出来ると思いますけど」

 

 開始からまだ一時間も経過していない。だと言うのに既に脱落した班が出始めている。

 

 先程、五階層へ下りる階段の所でボロボロの装備で意気消沈しながら帰還している他の【ロキ・ファミリア】の遠征合宿の班を見つけ、ラウル班の面々は息を飲んだ。ラウルはその班の補助役と少し話をしてすぐにわかれたが、ラウル班の面々は一度足を止めて地図とにらめっこをしていた。

 

「この通路は最短ルートだけど……」

「間違いなく張ってると思いますよ」

「いや、逆にこっちを張ってるんじゃないですか?」

「とりあえず行けばわかるんじゃない? アタシはさっさと行くべきだと思うけど」

 

 最短ルートを張っているのではと予測するヴェネディクトスにアリソン、逆に遠回りのルートを張っているのではないかと予測するカエデ、どうでもよさ気に突っ込むべきだと主張するグレースの言葉に三人は悩ましげな溜息を零す。

 

「進もう。前の班がやられたのが十分前……誰に撃破されたのかは教えて貰えなかったし。そもそも僕達は襲撃間隔を知らない。三十分間攻撃できないならまだ大丈夫だけど、十分だったら……」

「十分だったら?」

「捕捉されない事を祈るかな」

 

 祈る様なヴェネディクトスの言葉にカエデが冷や汗を流し、アリソンが震える。グレースは眉を顰め、ラウルの方を見た。

 

「んで? ラウルは言う事ないの?」

「ん? 悪いッスけど俺も誰が何処に居るか知らないッスよ。誰がどれぐらいの襲撃間隔なのかは知ってるッスけど、本人を前にしない限り教えちゃダメッスし」

 

 補助役として同行する第二級(レベル3)冒険者にもどの階層に邪魔役が待機しているか等は知らされていないと笑うラウルに対し、グレースが溜息を零した。

 

「当然よね」

「とりあえず六階層に下りようか」

 

 ヴェネディクトスの言葉に頷いてアリソンが先頭に立ち、次にカエデとグレースが肩を並べ、二人の後ろにヴェネディクトスとラウルが並び、最後尾にアレックスという陣形で進み始める。

 

 

 

 

 

 六階層の階段を下り、七階層へ進む途中、カエデがふと何かに気付いた様に足を止めた。

 

「カエデ、どうした?」

「……えっと、この戦闘音……?」

 

 耳を澄ましたカエデの姿にアリソンも足を止め、その場で耳を澄ます。雑多に聞こえるモンスターの発する雑音に混じり、微かに聞こえる戦闘音。

 

「戦ってます。えっと……多分ですけど三人と一人ですね」

「方向は?」

「回り道の方ですね」

 

 アリソンの言葉にヴェネディクトスは頷いた。

 

 アリソンの言が正しければ回り道の方向で他の班と邪魔役が戦闘となっている。最短ルートで通ればこの階層を十分以内に突破も出来るだろう。そう判断したヴェネディクトスの言葉に頷くアリソンとグレース。

 

「よし、最短ルートを進もう。この階層に居る人の襲撃間隔が十分だったとしても今の襲撃で間隔の間に入ったはずだ」

 

 運良く他の班が引っかかってくれたおかげで、十分の襲撃間隔だった邪魔役の襲撃を回避できそうだと嬉しそうに語るヴェネディクトス。その様子に他のメンバーも嬉しそうに足を進め始めるが、カエデだけは耳を澄ましたまま動かない。

 

「どうしたんだよ、さっさと進めよ」

「アンタは黙ってなさい。んで、カエデどうしたのよ」

 

 苛立ちを隠しもせずカエデにいちゃもんをつけにいくアレックスをグレースが一睨みしてからカエデの方を窺う。

 

「そっちは不味いです。こっちから回り道しましょう」

 

 カエデが指差したのは進もうとしていた最短ルートでは無く、大回りとなるルートである。回り道と言うよりは階段とは真逆方向へ一度進み、そこから別のルートを通って進む道。普段なら選ぶ事の無いルートだ。

 唐突なカエデの言葉に皆が首を傾げ、ヴェネディクトスが口を開いた。

 

「どうしてだい? そっちだと時間がかかり過ぎると思うけど」

「……誰か居ます」

「何か居ますか? ……ん? 足音……こっちに向かってきてますかね」

 

 動かないカエデに気付いて再度耳を澄ませたアリソンも足音に気付いて体を震わせた。

 

「まさか……二人居た?」

 

 襲撃間隔十分の邪魔役が一人なら先程の戦闘音から問題なく突破出来るだろうと判断したヴェネディクトスが震える声で呟いた。

 もし邪魔役が二人居たら。もう一つの戦闘音は別の邪魔役の戦闘音で此方に向かってきている足音が別の邪魔役だったら。そんな考えを共有したヴェネディクトスとアリソンは頷き合う。

 

「皆、走るよ」

「はいっ」

「嘘でしょ、何で同じ階層に二人も邪魔役が居んのよっ」

「とりあえず逃げましょう」

 

 走り出したアリソンに続き、陣形を保ったまま走りだすラウル班。耳を澄ましながら走るカエデが冷や汗を流しながら呟いた。

 

「この足音は……ベートさんです……」

「っ!? ちょっと!? それってまず過ぎでしょっ!?」

 

 先程進もうとしていた最短ルート上から聞こえた足音の正体に気付いたカエデの言葉にグレースが引きつった笑みを浮かべた。

 邪魔役の中で最も容赦なく、徹底的に追いかけて潰しに来る人物。ベート・ローガの足音だと判別したカエデに驚きの表情のグレースが文句を言うがカエデに文句を言っても仕方が無い。

 足音を聞き分けていたカエデが身を震わせて後ろを肩越しに振り返る。

 

 走るヴェネディクトスとラウルの間、アレックスも同じ様に肩越しに後ろを見ており、そのアレックスの視線の先に凄まじい勢いで走ってくるベートの姿を見てカエデが叫んだ。

 

「後ろから来てますっ!」

「本当ですかっ!? って速ぁっ!?」

 

 カエデが気付いた時には距離は大分離れていた筈だが、もう一度振り返ってみれば距離は既に半分を切り、全力疾走するヴェネディクトスの倍以上の速度で近付いてきている。

 同じく振り向いたアリソンが仲間の隙間から見たベートの姿に悲鳴を上げる。

 

 パーティで行動する以上、最も足の遅い者に歩速を合わせている弊害が出た様子だ。カエデやグレース等ならなんとか距離を保てるだけの速度で走れるが、ヴェネディクトスの速度では逃げ切れない。

 

「糞がっ! ちんたら走ってんじゃねぇっ! 追いつかれんぞっ!」

 

 アレックスが舌打ちし、ヴェネディクトスに怒鳴る。其れに対し答える余裕も無い程に全力疾走しているヴェネディクトスを見たグレースは溜息を零した。

 

「どうする、これ逃げるの無理よ」

「……反転、戦闘開始しよう」

「やるんですか……」

 

 ベートは既にパーティの後ろに迫ってきている。次の階層の階段までまだ距離がある以上既に迎え撃つ以外の手が無い。

 反転するタイミングを探るより前にカエデが腰のベルトから音響弾(リュトモス)を引っ張り出して叫ぶ。

 

音爆弾(リュトモス)使いますっ!」

 

 左手に持った音響弾(リュトモス)を腰のナイフの柄で叩き、起爆準備を完了させて少し後ろに軽く投げる。

 

 

 

 

 

 ベートは口元に笑みを浮かべてラウル班の後ろ姿を追いかけていた。

 

「見つけたァ」

 

 ベートに言い渡された襲撃間隔は三十分、興味もない雑魚を襲撃している間にカエデの居る班に逃げられても面白くない為、他の班をあえて見逃したりして待っていたのだ。

 最初に見逃した班が別の邪魔役と鉢合わせして襲撃されてあっけなく全滅したのを見て呆れ返った後、七階層から上の階層に行こうかそれともまだ待つかどちらにすべきか考えているさ中、二度目の戦闘が開始されたのに気が付いてどの班が襲撃を受けたのか確認しに行こうと足を動かした所で、気配に気づいた。

 

 気配を隠しもせずに走ってこの階層を抜けようとする班だ。どの班なのか確認しようとベートが意識を向けて気配の元に行こうと足を動かし始め、数秒で動きが変わった。

 

 驚くべき事に遠く離れたベートが移動し始めたのに気が付いたのか直ぐに大回りとなるルートに向かって移動し始めたのだ。

 

 そこらの班なら戦闘音に注意を払って此方に気付かなかっただろう。相手には相当優れた指揮官か索敵能力を持つ人物がいる。ラウル班でなかった場合は大方ジョゼット班だろうと当たりをつけたベートが見つけたのは最後尾を走るムカつく虎人、そいつの影からほんの少し振り向いて此方を視認したらしい白毛の狼人。思わず笑みを零してベートはより速度を上げた。

 

 既に攻撃範囲に捉え、最後尾を走るアレックスを一撃で沈ませる事が出来る距離だ。どのタイミングで攻撃を繰り出すか考えようとしているさ中、アレックスの頭の上を何かが飛んでくる。

 

 ベートの目に映ったのは放物線を描いてベートの目の前に落ちてくる音爆弾(リュトモス)の姿だった。

 

 走りながら小器用にベートの目の前に丁度落ちる様に投げる技術の高さに舌を巻くより前に、ベートはその音爆弾(リュトモス)を掴んで後ろに放り投げた。

 

「っぶねぇな」

 

 ベートの言い渡された条件の一つに『音爆弾(リュトモス)を二メートル以内で食らわされたら十秒間行動禁止』というものがある。もし喰らっていればその場で足止めされた事だろう。だがベートが素早く投げたおかげで音爆弾(リュトモス)は五メートル程後ろで炸裂。

 

 音の衝撃が背中にぶつかるのを感じつつベートが前を向きなおった瞬間、目の前に大剣の刃が迫っていた。

 

 

 

 

 

 回避された。不意打ちとして繰り出されたカエデのウィンドパイプによる一撃をしゃがんで回避したベートの上をカエデが飛び抜け、後から続いたアリソンのグレイブの一撃をベートが片手でいなす。

 

 音爆弾に気をとられたベートに対し不意打ちしたが当たり前の様に回避された事にカエデが冷や汗をかきつつベートの後ろに立ち、アリソンがベートの正面に立つ。

 

 側面にはアレックスとグレースが立ち、ベートを完全に包囲する形となった。

 

「あははー……こんにちは~……なんちゃって……」

「あぁ?」

「ひぃっ!? ちょっ、これ無理じゃないですかっ!?」

 

 片手で受け流されたアリソンは曖昧な笑みを浮かべてベートに挨拶をし、睨み返されて悲鳴を上げる。その様子を見ていたグレースが眉を顰め、アレックスが鼻で笑う。

 

「はんっ、誰かと思えばテメェかよ」

「…………」

「んだ、ビビってんのか?」

 

 アレックスの挑発に対し、ベートは視線を一瞬其方に向けてから、グレースとカエデの方を向いてアレックスとアリソンに背を向けた。

 

「来いよ、相手してやる」

 

 グレースとカエデに対して獰猛な笑みを浮かべて挑発するベート。まるで二人以外眼中に無いと言う態度にアレックスがキレて殴りかかる。

 

 アレックスの無謀な突撃に合わせてカエデとグレースも飛び出し、一拍遅れてアリソンも突っ込む。

 

 後ろから殴りかかったアレックスの腕をアレックスの姿を見る事無く掴みとり、グレースの方へ放り投げてカエデの振るうウィンドパイプを受け流し、遅れて来たアリソンの一撃を片手でつかんで止める。

 掴んだグレイブの柄を引き、アリソンを引っ張りよせてから腹に拳を叩き込む。させまいとカエデが振るった攻撃を身を捩って回避し、アリソンの手からグレイブを奪い取って石突で不意打ち気味の魔法の攻撃を切り払った。

 

「アンタ邪魔っ!」

「うっせぇっ!」

 

 身を絡ませて倒れるグレースとアレックス。アレックスの頭を踏んでベートは大きく距離をとった。

 

 連携は悪く無い。アレックスを除けばだが。

 

 グレイブを奪われたアリソンが慌てたように予備武器らしいショートソードを抜き放って構え、カエデが前に出る。頭を踏まれて怒り心頭のアレックスが立ち上がって突撃してくるのを見てベートが目を細める。

 奪ったグレイブを足元に転がしてアレックスを迎え撃つベート。

 

「邪魔だ」

「うるせぇっ!」

 

 握り拳を突き出してくるアレックスの無鉄砲な攻撃を二度、三度と回避しながらカエデ達の様子を見れば案の定、真正面から突っ込んだアレックスの体が邪魔となって攻めあぐねている。

 

 格闘戦主体でなおかつ拳を主に使うアレックス、交戦距離はほぼ零距離であり、近距離で薙ぎ払う攻撃を繰り出すカエデでは援護できず、遠距離からの魔法の補助も難しい。

 唯一援護に向くグレースは立ち上って構えをとって援護をしようと足を踏み出しているが、間に合うはずもない。

 

「糞っ! 何で当たらねぇっ!」

 

 我武者羅に攻撃を繰り出すアレックス。ベートは鼻で笑ってからアレックスの拳を逸らして腹に拳を叩き込んだ。

 

「グブゥッ!?」

「邪魔だっつってんだろ、寝てろ」

 

 淡々としながらも、叩き込まれたのは強烈な一撃。アレックスが膝を突きそれでもベートを睨む。

 

「テメェを……倒すのは俺だ……」

「…………」

 

 ベートはアレックスの方に視線を向ける事も無くアレックスの額を拳で打つ、寸前にグレースがベートに斬りかかりベートが後ろに下がって回避する。

 連撃をしかけ追いかけるのではなく、グレースは膝を突いて動けなくなったアレックスの首根っこを掴んで後ろに下がり、カエデとアリソンが代わりに前に出てくる。

 

 前を走るカエデが剣の切っ先で地面に転がったグレイブを弾きその勢いのままベートに逆袈裟掛けを放つ。空中を回転して飛ぶグレイブをアリソンが難なく掴み取って鋭い突きを放ち、カエデの逆袈裟掛けにカウンターを放とうとしていたベートを牽制した。

 

 小柄なカエデが振るう大振りの一撃に対し、グレイブが距離を置いてカエデの肩越しに鋭い突きを放つ事で隙を埋め反撃に対して抵抗を試みている。

 

「はっ、悪くねぇ……だがな、遅ぇんだよ」

 

 カエデの繰り出した大振りの横凪ぎ、其処から素早い斬り返しまでの一瞬の隙をアリソンの突きが埋めようとするが、ベートはアリソンのグレイブを下から弾いた。

 真上に跳ね上げられたアリソン、カエデの隙を埋めていたそれが消えベートはカエデに詰め寄る。

 

 鍛錬中は常に斬り返しの隙を突かれていたベートとカエデの鍛錬の内容を聞いて編み出した隙を埋める戦術は悪くは無かった。だがグレイブの突きは微妙に遅れていたのもあり完全に隙を埋めきる物では無かった。

 

 詰め寄られたカエデの表情を見据え、ベートは舌打ちと共に身を捩って横に回避した。瞬間、カエデの肩越しに飛来した魔法の投げ矢がベートが先程居た空間を貫いた。

 

「回避されたっ」

 

 小さく響くカエデの悔しそうな言葉にベートは牙を剥く様な笑みを浮かべつつ大きく距離をとった。

 

 

 

 

 

「うわぁ……マジっすか……ベートさん相手に戦えてるって……」

 

 戦いの様子を眺めていたラウルはアレックスの無謀な突撃行動の時点で半壊を予測していたが、カエデとアリソンの予想外とも言うべき連携の高さに舌を巻いた。

 人に合わせて動くのが得意な二人が合わさるとあそこまで息が合うのかと驚きつつもアレックスの方を見る。

 

 良い一撃を貰ったのだろう。回復薬(ポーション)を飲んでも尚立ち上がれずに震えている。そのアレックスの治療を嫌々行っていたグレースがアレックスの復帰を諦めて戦線に加わるべくベートの側面をとろうとしている。

 

「うぅん。良い感じなんスけどねぇ……」

 

 ヴェネディクトスの放つエルフィンダーツがカエデとアリソンの致命的な隙を突いて攻撃を繰り出そうとするベートを牽制し、立て直したカエデとアリソンが再度連撃を放ってベートを追い詰める。

 

 追い詰めている様に見える。のだが、見えるだけだ。

 

 ベートの方の表情は獰猛な笑みを浮かべまるで戦いを楽しんでいる様に見えるが、目が全く違う。冷静に、どうやって切り崩すのが良いかを思考している。

 

 現状、ベートが本気を出せばすぐに片が付くのだが其れではだめなのだ。

 

 より徹底的に、その連携の致命的な隙と言う部分を突いて倒す。圧倒的なまでの敗北を刻み込もうと思案しているのだ。

 

 遊びでは無く本気で潰しに来ている。カエデ相手にも容赦無かったベートの一面に身を震わせてラウルは吐息を零した。

 

「早々にベートさんにやられて失格ッスかねぇ」

「そうかな。私はそんな風に思わないけど」

「ぬわっ!? ティオナさんじゃないッスかっ!」

 

 横から聞こえた声にラウルが驚きの声を上げて其方を向けば、にこにことした笑みを浮かべたティオナの姿があった。

 どうやらこの階層で戦っていた他の邪魔役はティオナだったらしい。倒し終わって他の班を探しに出た所で戦闘音に気が付いて此方にやって来た様子だ。

 

「あー、安心して良いよ。後五分は他の班襲撃できないから」

「……五分ッスか」

「そう五分、あ、後四分になった」

 

 ティオナが手にしている懐中時計を見てラウルは溜息を零した。五分以内にベートをどうにかできるはずがない。

 

「皆ー、早くベートさんなんとかしないとティオナさんが乱入してくるッスよー……」

 

 ベートとの戦闘に集中している皆にラウルの声が届くはずもない。

 

「あ、モンスターだ。ちょっと片付けてくるね」

「はいッス……」

 

 ベートとラウル班の面々の戦いにつられやって来たモンスターの方にティオナが歩いていく。ティオナの手に握られているのはただの鉄の棒。頑丈なだけのそれをぶんぶん振り回してモンスターの方へ歩いて行った後ろ姿にラウルが呟いた。

 

「あ、片付けてくれるんスね……」

 

 モンスターの横槍を防いでくれる事に感謝すべきか、それとも順番待ちの為にこの場で待機しようとしている事に絶望すべきか、考えを放棄してラウルはバックパックをその場に下ろして大きく伸びをした。

 

「もうダメっすね、勝てる気がしないッス」




 後ろから眺めるラウルさんは既に諦めモード。ベートさんとの絶望的な戦い。そして勝ったとしても次にはティオナさん待機中……運が無かったんや……。

 各妨害役にはそれぞれ決められたルールがあるのと、ちゃんと手加減するように言われてる(するとは言ってない)ので、合格できなくはない。





 ベートに与えられた特殊ルール
 襲撃間隔30分(襲撃完了後からカウント)
 音響弾が半径2M以内で炸裂した場合10秒間行動禁止
 煙幕弾の煙幕内において禁止行動緩和(本気で戦ってもいい)
 足技禁止、徒手空拳のみ可

 一撃でも被弾した時点で撃破判定
 撃破された場合、撃破した班に対する再襲撃権の喪失

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。