生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『フェーレース様』

『モールって呼んでよ。わかりにくいだろう? それで、用件はなんだい?』

『【ロキ・ファミリア】の大規模遠征の物資類の依頼が来ております』

『いつまで?』

『一か月後ですね』

『ふぅん……今回で四十階層まで目指すんだっけ』

『だそうですね。流石、探索系上位のファミリアですよ。ウチじゃ真似できないですね』

『はいはい、それじゃ物資類の取り寄せと十八階層へ運び込みの予定も立てとかなきゃね。他ファミリアの妨害も考えられるからしっかりやんないと』

『はい』




『遠征合宿』《夜襲》

 ダンジョン十八階層、見晴らしの良い地点に野営地を設営したラウル班は焚火を囲みながら各々、携帯食糧をどう処理するかを横合いからラウルが眺めていた。

 耳も尻尾も垂れて涙目で携帯食糧を咀嚼するカエデ。遠い目をしながら焚火で携帯食糧を炙って口にするアリソン、無表情のまま携帯食糧を見つめるヴェネディクトス、焚火の中に携帯食糧を放り込んだアレックス、水で強引に流し込むグレース。

 そんな中、カエデが涙目のままラウルの方を向いて口を開いた。

 

「ラウルさんは食べないんですか」

「俺はいらないッス」

「…………そうですか」

 

 咀嚼し、嚥下する。そんな作業をしはじめたカエデ達を見てラウルは笑みを浮かべた。

 

「ちなみに、ガレスさん達の方では美味しい食事が振る舞われてるッスよ」

「……だから何よ」

 

 苛立たしげなグレースの返答に対し、ラウルは悪魔の囁きとも言える誘惑を零す。

 

「ここで棄権すれば食べれるッスよ」

 

 ペコラを回避できなかったパーティに対する試練の様な物として用意された台詞を言いきったラウル。其れに対する返答は心惹かれた様子のカエデとアリソン以外は首を横に振る物だった。カエデとアリソンはあからさまに反応し、苦悩し、それでも最終的には首を横に振った。

 

「此処まで来て棄権なんてできませんよ」

「今回の遠征合宿では僕達と一緒に到着した三つ、それから僕達より前に到着してた二つの班。全班失格の時は優秀な者が選ばれたけど、今回は合格すれば機会があるんだ。頑張らざるを得ないよ」

 

 ジョゼット班、アリシア班、ナルヴィ班、クルス班、そしてラウル班。今回の遠征合宿に於いて十八階層まで辿り着けた班は合計で五つ。

 優秀なジョゼット班と、運良く殆ど妨害役と出会わなかったアリシア班。出会っても上手く道具類を使って撃退したナルヴィ班とクルス班。撃破まで何とか持ち込んだラウル班。それぞれの班が上手くやってここまで辿り着いた。

 この夜を乗り越え、地上まで辿り着ければ大規模遠征に参加する事も夢では無い。その権利を捨てて今晩の食事を美味しい物に換えて貰うなんて馬鹿な真似は出来ない。

 この程度の誘惑に打ち勝てずして【ロキ・ファミリア】の遠征部隊に配属される等有り得ない。

 

 笑みを浮かべて満足気に頷くラウルを無視して、携帯食糧を食べきったグレースが口を開いた。

 

「そんな事より後十分もすれば夜になるわ。夜番は事前に決めてた順で良いわね」

「はい」

 

 夜番の順番はカエデとグレース、アリソンとヴェネディクトスの二組で回すと決めていた。アレックスに関しては好き勝手動くだろうし命令しても無視される可能性が高いし、当てにできないと組み分けに含まれていない。

 その事に関してラウルは眉を顰めて班の評価を下げざるを得ない。

 とはいえアレックスの身勝手過ぎる行動に関しては擁護も出来ないので、班評価を下げるのもどうかと考えるが、この件に関しては報告書に詳細を記載してフィンに判断を仰ぐことに決めてラウルは頷いた。

 

「それじゃここからのルールを説明するッスよ」

「……なんですかそれ?」

 

 不思議そうに首を傾げるカエデに対し、ラウルは指を立てて注意点を話し始めた。

 

「まず、道中は本来は助け合って十八階層を目指すのが本来の目的。他の班を見捨てるのはダメだったッス」

「それは、まぁわかるわ」

 

 他の班と妨害役が戦っているのを良い事にその横をすり抜けて行こうとしたことに罪悪感でもあるのかグレースが視線を逸らして呟く。

 

「それで野営中の話なんスけど。野営中は他の班の救援は禁止ッス」

「……助け合わないんですか?」

 

 十八階層に於いて、野営地は十分に距離をとって設営する様にとガレス達に説明されたのを思い出して首を傾げるアリソン。アレックスは興味無さ気に欠伸をしており。ヴェネディクトスが呟く。

 

「なるほど、道中は自分で気付いて助け合いするのは良い。けれど十八階層では各班で何とかしろって事か」

「そういう事ッス。と言う訳で救援に誰かが来る事もなければ、どっかの班を助けに行くのも禁止ッス」

 

 道中は各班がどの様に行動するのか。同じファミリアの仲間を蹴落としてでも進もうとするのか、仲間として助け合うのか。そういった観点も調べる為に何も言わずに、合格者から大規模遠征のサポーターに採用するとだけ教えておく。

 十八階層まで辿り着けた班には事情の説明を行い、ここからは本当に自分たちの班だけでなんとかしないといけないと伝える。

 

「……あれ? ヴェトスさんって前回参加してたんですよね? 何で知らないんですか?」

 

 前回も参加していたにも関わらずヴェネディクトスがこの情報を知らなかった事に疑問を覚えたカエデの一言に対し、ヴェネディクトスは肩を竦めた。

 

「毎回ルールは変わってるよ。前回は妨害役にペコラさんは居なかったし、他にもベートさんが閃光弾(フィラス)で撃退できたんだ」

 

 同じメンバーで何度も遠征合宿を行えば当然、ルールを覚えて攻略しようとする班が出てくるだろう。其れを防ぐ為にも毎回ルールは異なるのだ。今回はこのルール、だが次回も同じとは限らない。その辺りの変化もしっかり読み取れないとダンジョン内での変化も読み取れずに命を落とすだろう。

 

「そうだったんですか……」

 

 今回の行動にも意味が無い訳では無い。ちゃんと今回の遠征合宿で学習し、事前に下調べを行い、予測し、行動すればジョゼット班の様に上手く動けるだろう。

 

 そんな中、グレースがぽつりと呟いた。

 

「そういえばさ」

「なんですか」

「……アリシアさんの班って、ペコラさん会ってないのよね」

「みたいですね」

 

 ガレスの所で集まっていた失格になった班のいくつかの噂によれば、ジョゼット班もペコラに出会っていたらしい上、他の二つの班もラウル班同様にペコラに出会って眠らされ、足止めされた結果、時間ギリギリになったらしい。

 ただ、アリシア班だけはそんな事は無く、ペコラに出会ってはいない様子であった。

 ペコラに足止めを喰らった場合食料品を奪い去られる。つまりペコラと出会っていないアリシア班は食糧を奪われていないという事である。

 

「……いいなぁ」

「そう考えると羨ましいですよねぇ」

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 夜の帳が下り、暗闇に沈んだ十八階層。簡易野営地のテントの入口をぼんやり眺めていたカエデが口を開いた。

 

「特に何も来ませんね……」

「遠くで戦闘音はあったんだけどね」

 

 遠くの方で聞こえた戦闘音。カエデが気付き、グレースに伝えたソレは既に音が消え去り、班が一つ全滅したことを伝えてくる。だが、カエデとグレースにとっては予想外とも言うべき程に襲撃が来ない。

 二時間おきに交代を繰り返していたので、既に四時間は何も起きていない。

 

「なんででしょうね」

「暗闇で焚火なんてしてるんだからすぐ気づきそうなもんなんだけど」

「なんでですかラウルさん」

 

 カエデがラウルの方に話題を振ってきたが、ラウルは夜番中の話題に参加する事は禁止されているので、首を横に振って口の前で×を作る。

 

「ラウルは答えてくんないわよ」

「そうでした……本当になんででしょうね」

 

 残念そうに耳を伏せて焚火を見てカエデが枝木を加え始める。

 最初の戦闘音以降は特に音も聞こえず。焚火の火が弾ける音と、はるか遠くの違う階層を闊歩するモンスターが思い出したかのようにあげる遠吠えの様な咆哮以外に聞こえてくる音は無い。

 

 グレースが立ち上がって大きく伸びをした。

 

「ほんと何もないわね。そろそろ交代の時間かしら」

「そうですね」

 

 グレースの言う通り、懐中時計はそろそろ交代の時間を指し示している。それに気付いてカエデも立ち上がって、違和感を感じて遠くの方の木を見据えた。

 

「どうしたのよ」

「いえ、何か木の葉が擦れた音が聞こえたんで」

 

 聞こえたのはほんの微かな木の葉の擦れる音。首を傾げて闇を見据える。ジョゼットの様に遠知能力(ペセプション)でもあれば見えるのだろうが、今のカエデにはただの暗闇にしか見えない。

 しかし、違和感が残る。

 

「そよ風でも吹いてたんでしょ」

「そうですかね……」

 

 風が原因だったのだろうと言われて余計首を傾げたカエデが暗闇を見据え、嫌な予感を感じ、慌てて身を伏せながら叫んだ。

 

「グレースさん敵ですっ!」

「うん? 何が――――ごぶっ!?」

 

 暗い木々の間から飛来した何かがグレースの側頭部を直撃し、弾けて中身を撒き散らす。飛び散った液体がグレースを濡らし、焚火の火を大きく揺らす。グレースはそのままパタリと倒れて動かなくなる。

 次の瞬間、木の上で息を殺していたアレックスが何かが飛んできた方向に向かって突撃していく。カエデがそれを見送り、慌ててテントの方に声をかける。

 

「ヴェトスさんっ、アリソンさんっ、襲撃ですっ!」

 

 カエデの声に反応し、テントの中がざわめき中からアリソンが飛び出してきて、遅れてヴェネディクトスも飛び出してくる。

 揺らめく焚火のそばに倒れたグレースを見てアリソンが目を見開き、周囲を見回す。

 

 暗闇でアレックスと誰かが戦っている音が聞こえ、カエデは其方を見て焦る。暗くて何も見えず、暗闇の中で闇雲に攻撃を繰り出すアレックスと、其れを上手くいなす音しか聞こえない。

 アリソンがグレースに駆け寄って容態を確認して首を傾げた。

 

「濡れてる……水? ただの水ですね」

「カエデ、アレックスは?」

 

 ヴェネディクトスの質問にカエデは音の聞こえる方向を指差して示した。

 

「あっちの方に突撃してしまって、暗くて何が何だか」

 

 慌てる様子のカエデ達を眺めていたラウルは評価を改めながら吐息を零した。アレックスの独断専行は声掛けさえしていれば悪い手ではない。遠距離からの攻撃に即時対応で突撃したのは良い事だ。声掛けさえしていればだが。

 カエデはどうにも暗闇での戦闘に慣れていない様子である事に気付いたヴェネディクトスがアリソンの肩を叩いた。

 

「アリソン、すまないが頼む」

「……わかりました。グレースさんはダメですね、目覚めませんよこれ」

 

 倒れ伏したグレースの容態を確認したアリソンの言葉にヴェネディクトスが眉を顰め、カエデの方を向いた。

 

「カエデ、とりあえず襲撃者が誰かわかるかい?」

「えっと……多分、アイズさんかと」

 

 聞こえる音から判断したカエデの言葉にヴェネディクトスは溜息を零し、立ち上がって魔法を詠唱する。

 

「『森に響く妖唄、妖精は躍る。惑う者に突き立つ投げ矢、其は妖精の悪戯』『エルフィンダーツ』」

 

 詠唱により発生した青白い光の矢によって森の中が照らされ、一瞬だけアレックスと近接戦を繰り広げている金髪の少女の姿を映した。肝心の魔法は外れ、付近の木に突き刺さってそのまま残る。淡い青色の光の中アイズがカエデ達の方に一瞬視線を向けてから、背中に背負った箱から何かを取り出してアレックスの顔に投げつけた。

 

「当たるわけねぇだろっ」

 

 ギリギリでバックステップして回避したアレックスに対し、アイズは無言のまま走って逃げようとする。

 このまま逃がせばまた遠距離から一方的に攻撃を喰らうだろう。カエデ達は焚火によってその姿が鮮明に確認できるのに対し、アイズは暗闇の中を移動している為位置がわからなくなってしまう。

 

「逃がすとまずいっ! カエデっ!」

「はいっ!」

 

 ヴェネディクトスが追加で魔法の矢を放って森の中を照らしてアイズを逃がさない様にし、アリソンとカエデが合わせて追いかけていく。

 アレックスも同様に追いかけようとして――横合いから飛び出してきた褐色の肌の女性の側面蹴りが直撃し、アレックスが吹き飛んで木に叩き付けられた。

 唐突な乱入者にカエデとアリソンが足を止め、その間にアイズが何かを投擲しヴェネディクトスを狙うも、ギリギリで回避したヴェネディクトスが驚きで声を上げた。

 

「ティオネさんっ!?」

「見つけたわよアンタら……よくもやってくれたわね……」

 

 唐突に現れた褐色の肌の女性の正体はティオネ・ヒリュテであった。

 道中に攻撃できない状態だったにも関わらず過剰な攻撃を仕掛け、なおかつ怪物進呈(パス・パレード)までしてしまったのだ。怒っているのは間違いないだろう。

 現れたティオネは、倒れていたアレックスをちらりと見てからカエデとアリソンの方へと向き直った。

 

「あんた等全員覚悟しなさいよ」

 

 ティオネの宣言に対し、邪魔役二人という絶望的状況に陥った事に気付いたアリソンが青褪め、カエデが剣を構える。ヴェネディクトスが手が無いかと腰の煙幕弾(カノプス)に手を伸ばす。

 運が良いのは暗闇に目が慣れてくれた事ぐらいだろうか。火の傍に居るヴェネディクトス以外のカエデとアリソンは何とか暗闇の中に居るティオネとアイズを視認できる。そんな中、最初の襲撃者でもあるアイズがティオネに声をかけた。

 

「ティオネ、私が先に見つけた」

 

 アイズの文句に対し、アリソンがもしかしたらアイズさんだけで済むかもしれないと一筋の希望を見出し、カエデがこっそりと腰の閃光弾(フィラス)を取り出して準備する。

 

「知らないわよ、先に倒したもん勝ちでしょ」

「……わかった、じゃあ先に倒すね」

 

 次の瞬間、カエデの傍に居たアリソンに何かが投擲され、回避する間も無く直撃し、何かが弾けて水を撒き散らす。アリソンがふらついてそのまま倒れ伏し、カエデは慌ててアイズの方へ剣を向け防御を意識しようとして、横合いから攻撃をしかけてきたティオネによって妨害された。

 

「アンタの相手は私よっ!」

「っ!?」

 

 アイズが遠くから投げつけてくる何かに注意しながら目の前のティオネの攻撃を回避する。ティオネの攻撃はどれも足を使った蹴り技のみ。アイズの方は何かを投擲してくるのみ。投擲と言うよりもはやジョゼットの矢もかくやと言う勢いで飛来する其れ、中にたっぷりの水が詰まった水風船を投擲してきている。

 

 水風船を剣の腹で受けて防御すれば、弾けた中身が飛び散ってカエデとティオネを濡らす。ヴェネディクトスが詠唱しようとして水風船の直撃を受けて倒れ伏し、残るはカエデのみとなった惨状を見たラウルは肩を竦めた。

 

「此処までッスかねぇ」

 

 カエデが必死にティオネの攻撃を捌き、飛来する水風船を腕や剣でなんとか受けようとしているが何度も失敗して直撃しかけている。アイズの方は水風船が耐久性が無さすぎる所為で投げるのにだいぶ気を使っているのか投擲頻度は少ない上、命中精度も悪いのか時折ティオネの背中で水風船が弾けている。

 

 カエデ達と違ってティオネはその程度で倒れはせず、ずぶ濡れになりながらもカエデを攻撃しようとして――濡れた腰巻がティオネの足に絡みつき、ティオネの動きを阻害して攻撃の頻度と精度が落ち始める。

 

「アイズっ! ちゃんと狙いなさいよっ!」

「これ、投げるの難しい……」

「っ!」

 

 回避し、防御し、時折地面を転がって泥だらけになりながら防戦一方となっているカエデ。アイズの攻撃が肩に直撃し、よろめいた瞬間に放たれたティオネの蹴りを剣で受け止めて大きく後退しそうになり、足元の泥に足をとられて転倒した。

 

「まだいけますっ!」

 

 倒れそれでも立ち上がったカエデが、ふらつきながらも剣を構える。泥だらけになった水干は水をすって重くなり、真っ白だった髪も泥汚れで酷い様子となっている。

 

「なかなか粘るわね……アイズ、仕留めるわよ」

「…………」

「アイズ?」

 

 ティオネの言葉に返答はなく、アイズが背負っていた木箱の中を眺めながら呟いた。

 空っぽになった木箱の中には、本来水風船が山ほど詰め込まれていたのだ。しかし戦闘中に投げ過ぎた様子で既に中身は空っぽ。アイズに課せられた特殊ルールとして、水風船以外の攻撃は認められておらず、水風船が無くなった場合は補充に行かねばならない。

 

「……無くなっちゃった」

「…………」

「補充行ってくる」

 

 それだけ言いのこし、アイズがその場を去って行く。カエデとティオネが其れを見送ってから、互いに顔を見合わせ、カエデが口を開いた。

 

「ティオネさんも帰ったりとか……」

「無いわね」

「うっ……」

 

 気まずげに視線を逸らし、カエデは再度剣を構える。ティオネとアイズのやり取りのさ中になんとか呼吸を整える事に成功し、しっかりとした下段の構えをとり、ティオネに向き直った。

 その様子を見てティオネが笑みを零し、構える。

 

「良いわね、倒しがいがあるわ」

 

 踏み出したティオネの側面蹴りをカエデが受け流し、続く蹴りの連撃にカエデが必死な様子で喰らい付く。

 

 前蹴り、後ろ蹴り、横蹴り、回し蹴りに二度蹴り。幾つもの技が繰り出される中、カエデが防戦一方で何とか喰らい付く。先程と違いアイズの横やりの様な投擲が無くなったおかげでなんとか喰らい付いていけるが、それでも一発一発の重さはベートの比ではない。防御する度に腕が痺れ、体の芯を突き抜ける衝撃に意識が飛びそうになる。

 そんなさ中、カエデが反撃として放った一撃をティオネが受け止めた。

 

「腕、使っちゃだめなんじゃ」

 

 息も絶え絶えに放った一撃を防がれ、カエデが呟く。其れに対するティオネの返答は肩を竦めるのみ。

 ティオネに与えられた条件は攻撃するのは足技のみと言うもの。つまり防御に関して腕を使う事は問題ないのだ。

 カエデが剣を引こうとするも、掴み取ったティオネの手は剣を離さずに捕まえたままとなっている。

 

「悪いわね、後アンタ潰せば遠征試験も終わりだからここで終わらすわ」

「っ!」

 

 ティオネが素早く剣を引っ張り、カエデを引き寄せる様にカエデの腹部を狙った膝蹴りを放つ。

 

 カエデが素早く身を捻り、ティオネの膝蹴りを回避しようとするも直撃を避けるので手一杯。直撃こそ免れたものの、良い一撃が入りカエデが転がって倒れる。

 

「今のを回避するなんて器用ね。まぁ次は無理だけど」

 

 震えながら立ち上がろうとしたカエデに対しティオネが再度攻撃して意識を刈り取ろうとする。対するカエデはティオネの顔の前に閃光弾(フィラス)を投げつけた。

 危うく顔に直撃する寸前にティオネが閃光弾(フィラス)を受け止め、ティオネは肩を竦めた。

 

 ()()()()()()()()()()()()ので、閃光弾(フィラス)が安全だと思い込んだティオネ。カエデが小さく笑みを零しティオネから視線を逸らした次の瞬間、閃光弾(フィラス)が弾け、眩い閃光がティオネの目を焼いた。

 

「ぐぅっ!? 起動する余裕無かったでしょっ!?」

 

 種明かしをするならば、ベートとの戦闘のさ中に起きた悲劇を利用した物である。あえて腰の道具類にティオネの膝蹴りを当て、起動準備を済ませておいたのだ。ティオネからすれば起動する素振りも無く閃光弾(フィラス)が起爆した様に見えただろう。

 不意打ち気味に超至近距離で目を焼かれ、余りの光の強さに痛みすら覚え、ティオネがふらつく。

 あらかじめ起動している事を知っていたカエデは閃光が消えた瞬間にティオネの手から剣を素早く奪い取り、足払いを仕掛けてティオネを転倒させ、上段からの唐竹割りをティオネに叩き込む。

 

 振り下ろそうとした一撃が横合いから飛び出してきた鉄棒に剣を弾き飛ばされ、カエデが一瞬惚けた瞬間に鉄棒がカエデに振り下ろされて意識を刈り取られた。

 

 

 

 

 

 横合いから剣を弾いてカエデを気絶させたティオナは倒れたティオネに声をかけた。

 

「ティオネ、大丈夫?」

「うぐっ……その声ティオナ? と言うか私の胸に顔から突っ込んできたのは誰よ……カエデ?」

 

 気絶したカエデがティオネの上に倒れ込み、目が見えていないティオネが手探りでカエデを起こし、何度も瞬きをしてティオナを見上げた。

 

「狙ったタイミングね」

「まあね。だって後これしか残ってなかったし。あ、ラウルー最後に撃破したのあたしだから点数はあたしに入るんだよね」

「え? まぁ……そうっすね……えっと、回収手伝ってもらって良いッスか?」

 

 戸惑いがちに答えたラウルが半笑を浮かべながら倒れていたアリソンを抱えて焚火の所へ戻る。泥まみれのカエデを抱えたティオネが眉を顰め、溜息を零した。

 

「私もカエデも泥まみれなんだけど」

「アイズの武器って水風船だっけ? よくそんなので戦ってたよね」

「遠くから投げて一方的に気絶させてたみたいよ」

「へぇ」

 

 二人の会話を聞き流しながらラウルは深々と溜息を零した。

 

 今回の遠征合宿、最後にティオナが乱入してこなければカエデが生存して他のメンバーが意識を取り戻せばそのまま朝までなんとかなったはずである。ペコラは夜襲はしてこず、アイズの武装は貧弱。ティオナは残った鉄棒一本なので慎重に行動するといった形だったのだ。言うだけむだだが。

 

 それよりも今回の遠征合宿失敗によって、アレックス・ガードルの【ロキ・ファミリア】追放が決まったのだ。これに関してラウルの責任では無いとは言え、アレックスをちゃんと躾けられなかった事に関してはフィンに何か言われるのだろう。

 

「何と言うか、本当に身勝手過ぎッスよ全く」

 

 肩にアリソンを担ぎ、倒れたアレックスの首根っこを掴んで引き摺って運びながら、ラウルは独り言ちた。




 主人公補正でもボスラッシュ(手加減有り)はダメだったよ……。
 さて、アレックス君の追放も決まりましたね。きっと彼は強く生きるでしょう()




 アイズ・ヴァレンシュタインに与えられた特殊ルール
 襲撃間隔:15分
 撃破条件:音響弾の被弾
 撃退条件:水風船が無くなるor背負った木箱を破壊する
 攻撃方法:水風船の投擲のみ
 特殊条件1:水風船が無くなった場合は十八階層まで補充しに行く事
 特殊条件2:背中の木箱が壊された場合も同様に補充に行く事

 強過ぎる&加減できなさすぎると言う観点から、攻撃法やその他条件がかなり緩く設定されている。天然で容赦無く班を全滅させる危険があったのでこの条件となった。
 なお、この条件でも四つの班を失格にまで追い込んでいる。




 ティオネ・ヒリュテに与えられた特殊ルール
 襲撃間隔:20分
 撃破条件:背中に攻撃をくらう
 撃退条件:閃光弾を被弾する
 攻撃方法:蹴り技のみ

 背中に攻撃を喰らうと言うのは、石ころが背中に当たっただけでもアウト。どうにかして背中に回り込んで攻撃すればワンチャン。でも背中を晒してくれることはまずない。
 アイズさんの攻撃はノーカン。

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