生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『恵比寿、【ロキ・ファミリア】の依頼の件だけど』

『あぁはいはい、そっちの書類に纏めてあるから持って行って』

『恵比寿様、件の行商人が来ています』

『うーん、少し待って貰ってて。お茶出して時間稼ぎよろしく』

『恵比寿様、【トート・ファミリア】から依頼が』

『何だって?』

『封印を解除できる魔法道具(マジックアイテム)を探していると』

『あぁー……一応目録を確認して探してあげて』

『恵比寿様、ギルドに提出する書類が~』『恵比寿様、此方の商隊について~』『恵比寿、この書類抜けがあるんだけど~』

『あぁぁっ! 忙し過ぎるっ!!』


『無くし物』

 早朝、【ロキ・ファミリア】鍛錬場に響き渡る打撃音。拳のみを使うベートに対し、大剣を使うカエデは手も足も出ずに何度も地を転がり、土埃に塗れてなお再度立ち上がって剣を構える。

 繰り返す事数度。良い所まで持って行けたのも何度かある。けれども最後にはどうしても埋められないステイタスの差によって覆され、地を転がり空を見上げてカエデが呟いた。

 

「勝てない……」

 

 寝ころんだまま起き上がらないカエデを見下ろしたベートは息を一つ吐いて口を開いた。

 

「当たり前だろ。お前は第三級(レベル2)、俺は準一級(レベル4)だぞ」

 

 むしろレベルに2つの差があるにも関わらず、ベートが息切れしそうになる程に喰らい付いてくるカエデが異常と言える。そんな事を考えてからベートは軽く肩を回す。

 幾度かヒヤリとする場面があった事を悟られぬ様、余裕だったと言う風に見せる。いわゆるやせ我慢の様な物だが、目の前のカエデに対し若干の苦戦を強いられたと言うのは口が裂けても言えない。

 

「……ベートさん」

「んだよ」

 

 寝ころんだまま空を見上げていたカエデの言葉に反応し、カエデを見下ろすベート。対するカエデはベートの方に視線を向けるでもなく眩しそうに眼を細めて太陽に視線を向けている。

 名を呟くだけ呟いてそのまま口を閉ざしたカエデに不審そうな視線を向け、ベートは再度口を開いた。

 

「もうやめるか?」

「……いえ、後一回だけお願いします」

 

 立ち上がり、土埃を軽く叩いてからカエデが剣を構えなおす。対するベートは構えをとるでもなく自然体でポケットに手を入れて立つ。

 余裕綽々と言う様に挑発気味なベートの無構えに対し、カエデは挑発に乗るでもなく下段の構えをとり防御を重視した小回りの利く剣技で手数を稼ごうとし、動きを止めてから脇構えへと構えを変更して摺り足で距離を詰め始めた。

 

 先程まで下段の構えで防御に重きを置いた戦法をとっていたカエデの唐突な構えの変更に警戒したベートが目を細め、カエデの方から仕掛けるでもなく摺り足でベートの周囲を回り始めたのを見て息を一つ吐く。

 カエデはあからさまなベートの隙に反応するでもなく、摺り足でベートの攻撃範囲ギリギリと呼べる間合いの外で反撃の機会を窺っている。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに無言のまま足音の無い摺り足で動くカエデと、カエデを真正面に捉えたまま軽く足踏み程度に済ますベート。間合いのギリギリを陣取っているのでベートが動いた場合カエデの方が先に反撃を繰り出すだろう事を理解し、その上でベートは軽く腰を落とす。

 攻撃の気配を感じ取ったカエデがよりいっそうベートの動きに集中しだし、ベートはカエデのほんの僅かとも言える隙を窺う。

 

 カエデの動きに隙はなく、対するベートは隙を突き放題に見える。しかし実際の所を言えばカエデが行動を開始した後に後出しで動いたベートが先に攻撃を繰り出せる為に隙とは言えず、逆にカエデの方は()()隙と言えるモノが存在しないが、その()()()()()の隙が、常人なら隙とも呼べないほんの僅かな揺らぎですらベートは容赦なく突く事が出来る以上、カエデの方が隙まみれ、逆にベートには隙が無い。

 

 それを理解しているが故にカエデは隙を減らそうとしている。その上でベートは足に少しずつ力を込めていく。一歩、一歩でカエデとの距離を詰める。隙とも呼べない呼吸の間、その瞬きにも満たない間を容赦なくベートが攻める。

 

 踏み出した足音、反応したカエデが即座にベートの拳を剣の腹で逸らす。反応は悪くは無く、むしろ良好な反応速度であったが、カエデの敏捷に対しベートの敏捷は差が大き過ぎた。反応は出来ても対応が絶妙に遅れ、拳の間合へと接近されてしまっている。

 反撃すべく逸らしつつも剣を振るう。しかし拳の間合いにまで接近されていてはまともな斬撃は放てない。せいぜいが牽制になるか不明な弱々しい斬撃が限界。それでも振るわれた大剣は拳の間合いだと言うのに的確にベートを捉えようとする。

 受け流されそうになった拳を瞬時に引き戻したベートがその拳で剣の腹をいなし、剣を受け流す。

 受け流された剣の軌道が一瞬で反転し、小回りの利く斬撃から常識を逸した軌道の変化を利用して拳の間合いから身を強引に引き剥がしたカエデの一閃がベートの胴を袈裟懸けに斬り裂かんと迫る。

 

 慌てるでも驚くでもなくベートは反対の手で袈裟懸けを掴み止めた。

 

「……ありがとうございました」

「…………ふん」

 

 剣を掴まれた時点で耳を伏せたカエデが悔しそうに俯いて鍛錬の礼を呟いた。答える様にベートが鼻を鳴らし、口を開きかけてやめた。

 右手のみで相手どると決めていたが、最後の一撃を掴んだのは左手であり、十二分以上の奮闘をしたと褒めようかと悩み、調子付かれても面倒かと言葉を飲み込んで剣を手放した。

 

「終わりだな」

「はい……。ベートさんはこの後何をするんですか?」

 

 カエデの質問に対し、ベートは時計を見てから眉を顰めて口を開いた。

 

「特になんもねぇな。昼寝ぐらいか。お前はどうなんだよ」

 

 お前との鍛錬の予定が無ければ。と言う言葉を飲み込んだベート。対するカエデは少し考えてから剣を鞘に納めてベートを見上げながら首を傾げた。

 

「シャワー浴びて……、何したらいいんでしょうか」

 

 自身の行動に対し何をすればいいのか等と阿呆な事を呟いたカエデに対し、ベートは呆れ顔を浮かべた。

 

「好きな事すりゃ良いだろ」

 

 前日の遠征合宿参加メンバーは全員休息が言い渡されている為、ダンジョンに潜る訳にはいかない。アイズは黙ってダンジョンに向かったらしい事を団員達が噂していたりしたが、カエデはフィンやリヴェリアが決めた事を破る積りはない。

 ダンジョンに潜れない焦りは無い訳ではない、しかし昨日のアレックス追放の一件もありカエデは若干思う所があった。

 

「でも、勝手な事したらアレックスさんみたいに……」

 

 アレックスの様に身勝手に振る舞えば自身も追放されるのではないかと言う懸念を抱いたのだ。

 だからこそ、何をしたらいいのかわからなくなった。休息を言い渡されたが何をするのが正解なのかわからなくなり、昼前まで暇をしていたベートとの鍛錬に時間を費やしたが、午後から何をしたらいいのかさっぱりわからない。

 そんなカエデの心境に対しベートは鼻で笑った。

 

「ダメならロキかフィン辺りがそう言ってくるだろ」

 

 やってはいけない事であるのなら、まずロキかフィン、後リヴェリアから注意される。注意で直らなければ忠告へ変わり。忠告を無視し続け、揚句最終勧告をされてなお態度を変えなくて漸く追放だ。

 他のファミリアがどうとは知らないベートであっても、【ロキ・ファミリア】の対応は甘過ぎると思っている。仲間を危険に晒すのだから早めに対応すればいいものを、改心してくれるかもしれないとチャンスを何度も与える等無駄にも程がある。

 

 アレックスだからこそ追放されたのであって、カエデの様に至極真面目な奴なら追放まではいかないだろう。

 

 それにアイズが夕食を食べれなくなるぐらいにじゃが丸くんを買い食いする事も何度も注意されてはいたが直る気配は無かったとか、ティオネが何度注意されてもフィンに媚薬を盛る計画を立て続けているだの、ファミリア内の幾人かの男性団員がロキと示し合わせて女性団員の下着を狙っているのを何度も注意されているだの、しょうもない注意ならいくらでも溢れている。

 

 ベートですら言葉使いが悪いだの、一部団員に対して当たりが悪いだのと注意は受けるが、直す気はこれっぽっちも持ち合わせていない。しかしその程度で追放はされないと言う根拠がある。アレックスの様に自身の身の丈に合わない様な行動に出れば追放もされるだろうが、自己評価が低いカエデがそのようになるとは思えずベートはカエデの頭を見下ろして溜息を零した。

 

 

 

 

 

 鍛錬場で一度別れ、シャワーを浴びた後に合流して昼食をとるべく食堂を訪れたカエデとベートが食堂入口の扉が締め切られ、紙が貼られているのを見つけて足を止めていた。

 

「えっと、現在食堂の一部設備修理中の為、昼食は用意できません。各団員は外食してくる様に……ですか」

 

 紙切れの内容を読み上げたカエデが困った様にベートを見上げた。

 

「どうしましょう」

「あぁ? 適当に外で食ってくりゃ良いだろ」

「……外食、行った事無いです」

 

 食事処と呼べる場所の無かったカエデの村で食事と言えば自炊が基本。外の食事処の様な所へ行った事の無いカエデが困った様にベートを何度かちらちらと見てから、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

 

「ベートさん、一緒に行っちゃダメですか……」

 

 強くなったら一緒に居る事を認めてやるとベートは口にしていたものの、現状カエデはベートから一度も勝利と呼べるものはとっていない。不意打ちしても正々堂々真正面から挑んでもあっけなく地に伏せられるのだから、もしかしたら拒否されるかもしれないと考えるカエデ。対するベートは悩むでもなく肩を竦めた。

 

「好きにすりゃ良いだろ」

「……良いんですか?」

 

 念押しの様なカエデの言葉に面倒臭そうにベートが頷く。

 

「好きにしろ。ったく設備修理って事ぁペコラの奴がなんかしでかしたのかよ」

「ペコラさん?」

 

 厨房でトラブルを起こす人物は大分限られてくる。たとえば盗み食い常習犯のペコラ等。特に厨房でジョゼットと戦闘を始めた際等は悲惨であった。今回どの程度の被害が出たのかは知らないが、午前中にジョゼットが厨房で何かしていたので、盗み食いに来たペコラの撃退劇の中で何かしらが破損したのだろうとベートが呟き、カエデが納得した様に頷いた。

 

「ベートさん、何処行きましょう?」

「適当に肉食える所だな」

 

 踵を返したベートが一瞬足を止め、カエデを振り向いた。

 

「金持ってくるから先エントランスで待ってろ」

「お金?」

 

 外食の為に財布を取ってこようとしたベートの言葉に首を傾げるカエデ。時折、カエデの知識の偏り方が酷いと思う事はあったが流石にこれは酷いなとベートが眉を顰めた。

 

「……外で飯食うんだから金が要るに決まってんだろ」

「なるほど。わかりました、財布とってきますね」

 

 カエデが自室へと歩いて行ったのを見送ったベートは軽く溜息を吐いて呟いた。

 

「一応ババアに確認とっとくか」

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】の書斎の執務机に腰かけたフィンは軽く溜息を吐いてから目頭を揉んだ。

 机に置かれた遠征合宿参加メンバーの評価が書かれた書類を見てフィンは軽く溜息を零した。

 

「ジョゼット、悪いんだけど」

「了解しました。各記載者に確認をとってきます」

 

 フィンの前に直立不動で立っていたジョゼットが、まとめられた書類の中から纏め方が不十分な書類を抜き取り、残りの書類を机に戻した。

 フィンの悩みは一つ、遠征合宿において評価者となった第二級(レベル3)の団員の中に書類を見るだけで頭が痛くなると言う団員が数多い事。普段から団長候補として書類関連の手伝いをしているラウルや、リヴェリアの傍に控えていたジョゼット等がまとめて来た書類については不備はないのだが、他の団員の中にはかなり適当に書いてきた物もかなり交じっている。

 悩みの種とも言えるそれをどうするか少し悩んでからジョゼットに各団員への聞き込みと評価の書き直しを行う様に頼んだフィンは、同じく書斎のテーブルで次回遠征に向けた書類の確認を行っているリヴェリアに視線を向けた。

 

「リヴェリア。ジョゼットを少し借りるよ」

「構わないが……フィン、次の遠征の資金についてだが」

 

 リヴェリアが資金関連の書類をフィンに手渡し、ジョゼットが部屋を出ようとした所で扉が無造作に開かれ、ジョゼットはドアノブに手を伸ばしたまま動きを止めた。

 

「ベートさん? こんにちは。何か御用でしょうか」

「あん? ジョゼットかよ。ババアはいねえのか?」

「ばば……リヴェリア様なら居ますよ」

 

 ベートの言葉にジョゼットが不愉快そうに眉を顰めるが特に何を言うでもなくベートに道を開けた。

 入室してきたベートに気付いたフィンとリヴェリアがベートを見て口を開いた。

 

「やぁベート。どうしたんだい」

「何か用か、今は見ての通り次の遠征に向けての準備中だ。今回の遠征合宿の評価一覧の作成もしている」

「んなこたぁわかってる。カエデと飯食ってくる」

 

 ベートの言葉にリヴェリアが怪訝そうに眉を顰め、フィンが驚きの表情を浮かべてから、笑みを零した。

 厨房が今日の昼間使用できないので各団員に急きょ外食する様に書留を食堂前に張っていたのを思い出したリヴェリアがなるほどと呟いて片目を閉じた。

 

「ベートがか、珍しいな」

「うるせぇ」

 

 リヴェリアの視線にうっとうしげな表情を浮かべたベート。フィンは少し緩んだ口元を引き締めて口を開いた。

 

「ベート、【ハデス・ファミリア】に気を付けてくれ。カエデを狙ってくるかもしれないからね」

 

 カエデ達に対する十八階層での襲撃事件以降、姿を見せていない【ハデス・ファミリア】の事を気に掛けるフィンに対し、ベートは鼻で笑った。

 

「あんな雑魚共、どうってこたぁねぇよ」

「ベートなら大丈夫か」

「そうだな。カエデの分の食事代は出そう」

 

 リヴェリアの言葉にベートが面倒臭そうに手を振って答えた。

 

「いらねぇよ。じゃあ行ってくる」

「気を付けて行ってきなよ」

「カエデから目を離すなよ」

 

 フィンとリヴェリアの言葉に口の中で報告に来なきゃよかったと呟いてベートは書斎を後にした。

 

 

 

 

 

 女性用部屋が並ぶ尖塔の一つ、財布の中身を確認して自分の部屋を出たカエデは廊下を歩いてきたグレースとアリソンの姿を見て頭を下げた。

 

「こんにちは」

「あぁはいはい、こんにちは」

「こんにちは~」

 

 律儀に頭を下げて挨拶をするカエデに、面倒臭そうに手を振って答えるグレース。ほんわかとした笑みを零して挨拶を返すアリソン。カエデが頭を上げたのを確認したアリソンが口を開いた。

 

「カエデちゃん厨房が使えなくて外食するって話は聞きました?」

「あぁ、食堂前の扉に張り紙がしてあったのでそこで知りました」

「今からグレースちゃんと外でお昼食べに行くんですけどカエデちゃんもどうです?」

 

 二人して外食に行く為、カエデも誘おうかと探していたらしい事を理解し、カエデは申し訳ない気分になりつつも首を横に振った。

 

「ベートさんと食べに行きます」

「あぁそうですか、ではグレースちゃんと二人きりですね。ヴェトス君には断られちゃいましたし」

 

 残念そうな雰囲気を一切出さずに気にしなくても大丈夫ですとアリソンが言った。ヴェネディクトスも昼食に誘おうとした様子だったが断られたらしい事を呟いたアリソンはへにゃりと笑みを浮かべてグレースの方を見た。

 グレースの方はカエデの言葉に納得した様子を見せ、カエデの口から出た人物の名前に驚いてカエデを二度見した。

 

「へぇ、ベートさんとねぇ……え? ベートさん?」

 

 あのベート・ローガ? そんな風にカエデを見たグレースに対し、カエデが頷いた。

 

「はい、ベートさんはベートさんですけど……?」

「うわぁ、ベートさんって人と一緒に食事に行ったりとか殆どしないって聞いたんだけど……」

 

 例外は大規模遠征後の宴会ぐらいで、他の時に誰かと食事に行ったと言う話を聞いた事が無いグレースは眉間に皺をよせカエデの額に手を当てた。

 

「熱とか無いわよね」

「……? 無いですけど」

「……本当にベートさんと?」

「はい」

 

 念押しして聞いてくるグレースの様子に首を傾げるカエデ。アリソンが笑みを零してグレースの腕に抱き付いた。

 

「グレースちゃん、デートの邪魔しちゃ悪いですよ。ほら私達は二人でデートに行きましょうよ」

「ちょっと、なんか勘違いされる様な事言わないでよ」

「えへへ」

 

 嬉しそうな笑みを零すアリソンを面倒臭そうに引き剥がそうとするグレース。アリソンの言葉に首を傾げたカエデが口を開いた。

 

「でーとってなんですか?」

「二人きりで出かける事ですよ」

「なるほど」

 

 アリソンの言葉に納得した様に頷くカエデ。カエデを見たグレースが額に手を当てて溜息を零した。

 

「ちょっとアリソン、アンタ適当言うんじゃないわよ」

「えぇ、でも間違ってませんよね」

「意味、違うんですか?」

 

 違うかもしれないと言われたカエデが首を傾げグレースを窺う。グレースはアリソンを強引に引き剥がしてからカエデの頭をぽんぽんと撫でてから口を開いた。

 

「デートって言うのは要するに逢引の事よ。大人になった男女が二人きりで出かける事……だったと思うんだけど」

 

 アタシデートなんてした事無いし。等とぼそりと呟いたグレース。その様子を見たカエデは結局デートとはなんなのかを理解しきれずに首を傾げている。

 

「大人になるってどういう事なんですか?」

「大人っていうのはですねぇ。ベッドの上で男の子に――」

「アリソン、アンタ黙りなさい。後でリヴェリアに怒られるわよ」

 

 グレースがアリソンの口を塞いで黙らせ、カエデの方を睨む様に見て口を開いた。

 

「アンタ、ベートさんと飯行くのは良いけどリヴェリアに一声かけてきなさいよ。それとベートさん待たせてるかもしれないから急いだ方が良いでしょ。ほら行った行った」

 

 カエデを追い払う様に手を振るグレースを見てカエデはリヴェリアに一声かけないとと慌ててリヴェリアが居そうな場所に走って行った。後ろ姿を眺めていたグレースはアリソンを解放して頭に手刀を落とした。

 

「アンタ、カエデに余計な事教えんじゃないわよ。アタシまで怒られるでしょ」

「えー、でも大人って言ったらベッドの上でそう言う事ですよね?」

「……知らないわよ。とりあえず今度余計な事言ったら絶縁するわ」

「そんなぁ」

 

 

 

 

 リヴェリアに許可をとり終え合流したカエデと、いつも通り動きやすい恰好にくわえ、最低限の武装のみをしたベートが大通りを歩いていた。

 周囲をきょろきょろと見回すカエデをちらりと見てから、ベートは周囲に気を配る。もし【ハデス・ファミリア】の奴が居たら直ぐに対応出来る様にと警戒するベートに対し、カエデは周囲に歩く人々の中に狼人を見つける度にベートの陰に隠れてやり過ごす。

 ちょこまかと動くカエデを見てベートが面倒臭そうに溜息を零し、昼飯は適当な店で食うかと昼食時で人がごった返す食事処を見てうんざりした様子でベートは口を開いた。

 

「何処も一杯だな」

「みたいですね」

 

 同意するカエデの言葉を半ば聞き流しつつもベートが視線を彷徨わせていると、どこからかベートの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「ベートーおーい」

「あん?」

「こっちこっちー」

 

 カエデとベートが視線を向けた先、屋台の立ち並ぶ噴水の傍の長椅子に腰かけたティオナとティオネ姿があり、ティオナが手を振って存在をアピールしていた。長椅子にはいくつかの屋台で購入したらしい串焼き肉等の袋が見て取れる。

 ベートとカエデが顔を見合わせ、面倒な奴に見つかったとベートがティオナの方へ歩きはじめたのを見たカエデもそれに続く。

 

「んだよ、何か用かよ」

「いや別に、見かけたから声かけただけだよ」

「はぁ」

「それよりカエデと一緒なんて何かあったの?」

 

 カエデと一緒に居るベートを目ざとく見つけて声を掛けたティオナの様子を見ていたティオネは、ベートと一緒にやってきたカエデを見て笑みを零した。

 

「どうせ食堂が使えなくて昼食を外で食べにきたんでしょ。ベートと一緒なのは予想外だけど」

 

 何時も一人で行動しているベートが誰かと一緒に居るのは珍しいとティオネが口を開く。ベートが面倒臭そうに手を振った。

 

「用がねぇならもう行くぞ」

「一緒に食べないんですか?」

 

 ティオネ達をそのままに歩き出そうとしたベートにカエデが声をかける。ベートは肩越しにカエデを振り返った。

 

「こいつ等と飯食いたいならそうしてろ。俺は別の所で食う」

 

 ぶっきらぼうに言い切ったベートの言葉にカエデが困った様にティオナ達とベートを見比べてから、ティオナ達に頭を下げた。

 

「失礼しました」

「あぁ~、ベートと食べに行くんだ。うん、じゃあねー」

「ベートしっかりエスコートしてあげなさいよ」

「うるせぇ」

 

 小走りでベートに追いついたカエデがベートを見上げれば、ベートはカエデを見下ろしてから歩き始めた。

 

「適当に屋台で買うか」

 

 

 

 

 

 街中に設置された長椅子に並んで腰掛けるベートとカエデ。

 屋台で買った昼食の串焼き肉を齧るカエデを余所に、食べ終わった串を咥えたベートは半眼で人の流れを眺めながら、ふと気になった事を呟いた。

 

「おいカエデ、お前は強くなったらどうする気なんだ」

「ふぁい?」

 

 肉を咥えたままベートを見上げたカエデ。ベートは半眼でカエデを見据えてから首を横に振った。

 

「なんでもねぇ」

「…………?」

 

 誤魔化したベート。何のことかわからずに首を傾げたカエデは咥えた肉を齧り千切ろうとし、固すぎて千切れずに大きすぎる肉をそのまま口の中に放りこんでもごもごと噛み締める。

 なんとか飲み込んでからカエデは口を開いた。

 

「強くなったらですか」

「別に答えなくていいぞ」

 

 ではなぜ聞いたのかとベートを見上げるカエデだが、ベートは答えるでもなく人の流れの中に存在する狼人達の視線に眉を顰めた。

 聞き耳を立てればやれ『白い禍憑き』だとか『【凶狼】と禍憑きが一緒だ』だとか、普段から評判があまり良くないベートと、見た目から差別されるカエデの組み合わせに色々と噂話を咲かせる狼人達の姿が見え、若干の苛立ちを覚えていた。

 その横で同じように聞き耳を立てて話を聞いたカエデは耳を伏せて残りの肉を齧り、言いたい言葉と共に飲み込んだ。

 

「ベートさん」

「んだよ」

「強くなったら何をすればいいんでしょうか」

 

 カエデの質問に対しベートは眉を顰めた。

 

「そんな事知るかよ」

 

 ぶっきらぼうなベートの返しを聞いたカエデは、串を折ってから紙袋に放り込み、並んで腰掛ける長椅子から見える景色を見ながら、カエデは目を細めて眩しそうに人混みを眺める。

 

「強くなるってなんなんでしょうか」

 

 街中に紛れ、カエデの事を貶す者達の言葉を出来る限り無視してカエデはふと呟いた。

 

「強くなるには何かを捨てなきゃいけないって」

「何の話だ」

「……私の師が言ってました」

 

 強くなる度に、何かを失ってきた。強くなったと実感した時、何かが失われていた。強くなりたいと強く願った時、何かは既に失われていたのだと。

 

「ワタシは、今は強くなりたいとは思いません」

 

 強くなる理由は無い。生きる為に必要なだけで、強くなりたい訳じゃ無い。ただ生きる事に必要だから、それを行うだけである。

 カエデの師の語った『強くなる度に何かを失う』『強くなった時、何かが失われている』『本気で強さを求めた時、何かが失われた後である』、この三つの意味は未だに理解できない。

 師の言葉には難解なものが多すぎる。カエデは生きるのに必要だから頑張ってきていて、だからこそ本気で求めている。『生きたい』がイコールで『強くなる』であるからこそ、今は強くなろうとしているのだ。

 だから師の語った事がさっぱりわからないと、そう呟いたカエデ。

 

 その言葉にベートは眉を顰めた。まさにその通りだったから。

 

 強くなりたい。本気でそう願ったのは全てが失われた後で。

 強くなったと実感した時、気が付けば失われていたモノがあって。

 強くなる度に、何処かで何かを無くした気分になる。

 

「ワタシが強くなりたいって思う時。ワタシは何を無くしてしまうんでしょうか」

 

 先の暗闇を見据えて呟くカエデに対し、ベートは串を圧し折って紙袋に放り込んでから口を開いた。

 

「知らねえよ」

 

 だが失わない様にする事は出来るはずだ。誰しも全ての冒険者がカエデや自分の様に全力を尽くせば。皆が強くなれば。

 そんなのが出来るのなら、失うなんて事態起きるはずもない。

 

「ベートさんは何かを無くしたりしましたか?」

「……さぁな」

 

 沢山無くした。その言葉を飲み込んでベートは空を見上げた。




 カエデちゃんが『生きたい』から『強くなりたい』に思いが変わる時。何を無くしてしまうんでしょうかね。
 まぁ『生きたい』と言う想いは変化して(無くなって)しまうんでしょうけど。

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