生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『アタシ、オラリオに行くよ』

『そりゃ分かってるよ。【恵比寿・ファミリア】の警戒網もあるんだよ……どうやってだい』

『それは……頼んだ』

『おい』

『なんとかなんないのか?』

『……はぁ、わかったよ。街道を外れた道から行ってみるか……期待はしない方が良いよ』

『姉ちゃんに少しでも会える可能性があるなら』

『期待すんなって言ってんだろ』


『英雄譚』

 【ロキ・ファミリア】の書庫には多種多様な書物が保管されている。

 主にリヴェリアの管理している魔法に関する考察やダンジョンの基礎知識をまとめた物。ギルドが発行しているダンジョン解体新書各種、ギルド手続きに必要な各種書類のあれこれ。

 他にはファミリアの団員が各々持ち込んだ個人的な書物等も保管されており、中に何があるのか全てを把握するのも難しい程である。

 

 そんな書庫の中、カエデは踏み台を使い書棚からいくつかの書の背表紙を見て必要な上製本を取り出して開き目次を見ると言う作業を行っていた。

 今カエデが求めている書物はダンジョン下層に出現するモンスター、迷宮の悪意(ダンジョントラップ)の記録書である。

 手に取った上製本を見ては眉を顰めて棚に戻す。

 

 中層基礎、中層モンスター上、中層モンスター下、中層採取品鉱石編、下層採取植物編。捜索の対象に対し棚に保管された書物の多さに若干疲れたように肩を落とし、次の書物に手を伸ばす。

 保存状態の良い上製本、モンスターの皮を使用した耐久性、保存性に優れた書物を取り出して最初の目次を眺める。背表紙に記された文字はダンジョン下層迷宮の悪意(ダンジョントラップ)第一巻~固定型編~である。

 

「……五冊もあるんだ」

 

 第一巻が固定型の物について。第二巻が移動型の物について、第三巻が発生型について、第四巻が特殊型について、第五巻がその他について。それぞれ記載されている区分が別々であるのだが、種類の多さは目を見張るものがある。

 試に開いた第一巻の項目だけで優に五十を超え、上層、中層の迷宮の悪意(ダンジョントラップ)が優しく見える物ばかりが記載されている。

 発動すれば周辺一帯が高温になり、冒険者、モンスター問わずに焼き尽くす灼熱地帯。無臭無色の毒ガスが発生している物、毒の種類や解毒法によって分類が多岐にわかれている。特に多いのは毒物関連の迷宮の悪意(ダンジョントラップ)であると言うのを見てとり、カエデは思わず眉を顰める。

 

 自身がどうにも毒物、毒性に耐性が無いのか上層の何でもない毒に侵される事が多いのを自覚するカエデからすれば、下層における毒系の迷宮の悪意(ダンジョントラップ)は警戒すべき対象に他ならない。

 種族によって解毒法が違う毒、性別によっては効果が発揮されない毒、レベルによって無効化出来る物、解毒法が存在しない物。記載された物だけでお腹いっぱいになる程の物ばかり。

 毒の効力も少し眩暈がする物から、指先から徐々に腐り落ちる物、手足の痺れを伴う物から、意識が混濁する物。特に冒険者が恐れるのは『気分が高揚する毒』。

 無駄に自信に満ち溢れ、どんな危険も厭わずに迷宮の奥へ奥へと進んでしまうと言う状態に陥る毒であり、無臭無色で解毒法が存在しないと言う毒で、効果が切れるまで毒に犯されている事に気付かないと言うものもある。

 

 気が付いた時には自力で帰還不可能な深層にまで足を踏み入れてそのまま帰らないと言う事もあるらしい。

 

「……? なんでこの毒に侵されて帰らなかったってわかるんだろう?」

 

 著者の所には【トート・ファミリア】と記載されているのを確認してから、第一巻と第二巻を取り出して踏み台から降りる。

 

 書庫からの持ち出しについては基本団員の自由である。但し必ず元にあった場所に戻す事と言うのが条件であり、よく適当な場所に戻して怒られる団員が居るらしい。

 

 両手でその書物を抱え、書庫から持ち出そうとした所で、扉の開く音が書庫に響く。カエデが書庫で本を探す際に他の団員が訪れる事は滅多になく、あるのはジョゼットがリヴェリアに頼まれた本をとりに来るぐらいである。その為、ジョゼットが来たのかとカエデが入口の方に視線を向けると、其処には楽しげに笑みを浮かべながら歩くティオナの姿があった。

 

「ティオナさん?」

「カエデじゃん。こんにちはー」

「あ、はい。こんにちは」

 

 アマゾネスと言えば脳筋な種族で、書を読む等と言った知性ある行動をとる者は殆ど居ないとベートが鼻で笑いながら言っていたのを思い出したカエデがアマゾネスのティオナがこんな所に何の用事だろうと首を傾げる。

 

「ティオナさん、何しに来たんですか?」

「うん? 本を探しにだよー」

「……本、読むんですか?」

 

 訝し気にティオナを窺うカエデに対し、ティオナはカエデの考えを読み取って笑みを浮かべてカエデに近づく。

 

「それってどういう意味?」

「ベートさんが言ってました。アマゾネスは()()()()だから本を読めないって」

 

 ベートさんも『勉強なんて面倒臭ぇ』と本を読むのを面倒臭がってはいたが。

 

「ベートかぁ。アマゾネスだって本ぐらい読むよ」

「へぇ」

「信じてないなー」

 

 カエデの耳を摘まんで引っ張るティオナ。カエデは両手が塞がっており何もできずにされるがままになりながら尻尾でティオナを叩く。

 

「やめてください」

「おぉ、カエデの尻尾やわらかいねぇ」

「……何を探しに来たんですか」

 

 叩いた拍子に尻尾を掴まれたカエデが話題を逸らすべく口を開けば、ティオナはカエデの尻尾を手放して奥の方へ歩き出した。

 

「英雄譚だよ」

 

 ティオナの後ろ姿を見ながらカエデは首を傾げる。

 

「英雄譚?」

「そうそう。ガラートの冒険とか魔法使いアラディンとかそう言ったのだよ」

 

 カエデが首を傾げつつ自身の知る英雄譚を思い浮かべてみる。

 浮かんだのは『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』のみ。他の英雄譚は一切目を通した事は無い。

 実用的な戦闘指南書や迷宮の記録書、モンスター図鑑類は片っ端から手を伸ばしてはいるが、英雄譚の様な文学書には一切手を出していなかった。

 

「ほら、こっちの一角。ここに色んな英雄譚があるんだよね」

 

 ティオナの後ろについていけば、棚一つにびっしりと納められた書物の数々。他の棚と違い蔵書の規格が統一されていない所為なのか雑多な印象を受ける書棚が其処にあった。

 

「これがガラートの冒険でしょ。こっちが魔法使いアラディン。それでこっからここまでが迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)だよ」

「え? そこ全部がですか?」

 

 ティオナが指差したのは棚の真ん中中央から右下の方まで。巻数にして二十近い数に上る迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に驚きを示すカエデに対し、ティオナは笑みを浮かべて一冊を取り出して頁を開く。

 

「わたしが好きなのは此処と此処かな」

 

 さりげなく、背表紙を見るでもなくぱっと取り出して目的の頁を探す素振りも無く一発で目的の頁を開いてカエデに示すティオナ。何気ないその動作は既に何度も繰り返し行われ、体に染みついている様に見て取れ、カエデは思わずティオナの顔をマジマジと見つめた。

 

「ほら、この頁。カエデの二つ名にもなってる生命の唄の台詞がのってるんだよ。カッコいいよねぇ」

 

 憧れに目を輝かせ、『こんな台詞言ってみたいなぁ』と呟くティオナ。カエデは手に持っていた記録書を踏み台に置いてティオナの手にある迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)の頁に目を通した。

 

 

 

 

 

 崩れ落ちた壁。過去挑みし者達の遺した残骸を踏締め、金色の髪を靡かせる狐人(ルナール)は片刃の剣を振るい指し示す。

『聞け、全ての者よ』

 風を斬る鋭い音と共に、全ての付き従う者は彼の狐人(ルナール)を見上げる。

『幾十と、幾百と、幾千と、幾万の屍を越え我等は辿りついた。幾度涙を流した? 幾度弱音を吐いた? 幾度仲間を失った?』

 響く言葉に彼らは各々が持つ剣を、槍を、矛を、斧を、杖を、蟷螂の斧と蔑まれた武器を握り締め、震える。

『其れも此れも、全てはこの日が為に』

 振り向く先に連なる骸の道、指し示す先に存在する化物の坩堝。

『さあ、立ち上がれ。付き従う同胞(はらから)よ。さあ、武器を取れ。朧げな生命(いのち)よ。さあ、声を上げよ。儚き生命(えいゆう)達よ』

 ヒューマンが、ドワーフが、パルゥムが、エルフが、狐人(ルナール)が。付き従う者達全てが己が持つ蟷螂の斧を振り上げる。

『いざ、戦場だ。鼓動(いのち)枯れ果てるその時まで進み逝け。いざ、血戦(けっせん)だ。信念(たましい)を抱け、倒れ逝くその瞬間まで』

 片刃の剣を振るい、天を指し示す。

死ぬな(諦めるな)生きろ(足掻け)。心の臓の音色が枯れ果てるその時まで』

 振るい落とされた切っ先は、寸分違い無く“穴”に向けられた。

『我等が命、『蓋』の建造に全て捧げようぞ』

 地を轟かす咆哮にて答える生命(エイユウ)に応える様に“穴”は振動し、化物を次々を吐き出してゆく。

 既に言葉は無く、彼らは最期の戦場へと軋む足で踏み出した。

 

 

 

 

 

 その後に続くのは各種族の代表的な英雄と称えられた者らの奮戦の様子。前にキーラ・カルネイロとの邪声系の技の習得の為に顔を合わせた時に聞いたおぼろげな内容が、重厚な文字にて描かれている。だが、戦いの参考になるかと言えばそんな事は無く、言葉によって過剰に飾られたその文から戦い方を考察は出来たとしても、肝心な戦い方へと通じる文字は微塵も存在しない。

 自身の二つ名の元となった文言を読み終え、カエデはティオナを見上げた。

 

「これ、何の意味があるんですか?」

「え?」

「参考になりそうな所は見受けられないんですけど」

 

 飾りに飾られた英雄譚の一説。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うのがそれこそ一頁に渡って濃密に描かれている。動きを脳内にて想像してみれば、確かに巨人の大きさ、溢れる熱気、呼吸に混じる焦げ臭い臭い、そう言ったモノがしっかりと描かれている。しかし、どうやって倒せば良いのかは一切記載されていない。

 炎に対する対策は? 巨躯を誇る巨人の首を刈る為に必要な行動は? そう言った()()()()()()()()()()は一切ない様子に若干の落胆を示すカエデ。

 対するティオナは目を見開いた後に震え、それからカエデの肩をガシリと掴んだ。

 

「ちがうっ!」

「……?」

「見方が違うよっ!」

 

 ティオナがカエデの肩を掴みつつ熱弁を振るい始める。迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に限らず、次々に書棚から英雄譚を取り出しては此処が素晴らしいと語り、頁を指し示すティオナの様子にカエデは呆気にとられつつもなんとかティオナの示す頁に目を通す。

 

 この狐人(ルナール)が単騎で指し示した勇猛さを、こっちのフィアナ騎士団の巧みな連係にて小柄な体躯を物ともせずにモンスターと渡り合う巧妙さを、ドワーフの持つ大盾が仲間に振るわれた攻撃を全て受け止めきる姿を、その背に全ての信頼を預け魔法の詠唱に全ての集中力を捧げたエルフの姿を、ヒューマンの青年が全身全霊を賭けた一撃を。

 そのかっこよさを、その壮絶な戦いを、その生き様を、想像して楽しむ物であると。

 

「……へぇ」

「うわ、興味無さそう……」

 

 熱弁を振るい切りカエデの様子を窺ったティオナの目に映ったのは興味の欠片も失われ、半眼でティオナの開いた英雄譚の頁を見つめるカエデの姿であった。

 

 脳裏に思い描いた映像に対するカエデの感想は『確かに憧れる』と言うものである。しかしながら、では自分がその場に居たとして、同じ行動がとれるかと言えば否でしかなく、憧れはすれど()()()()とは思えない。

 

「だって、そんな戦い嫌じゃないですか」

「…………」

「ワタシだったら、そんな状況になったら逃げたいですし」

 

 英雄譚に描かれる英雄の戦い。ティオナが示したどの頁にも過剰なまでに飾られた英雄達の戦場の姿があった。だが、どれもこれも劣勢だったり、仲間が死んだり、危機的状況であったり。カエデからすればどれもこれもお断りしたい場面ばかり。

 最後にティオナが指し示したのは自身より強大な化物数体に囲まれて殺意を向けらている男の騎士が姫を庇い奮い立つ様子。誰が好き好んで自身より強大な敵と戦いたいと言うのか。騎士が抱いた戦う決意が飾られた言葉で書かれているが、カエデからすればどう逃げるかを必死に思案する場面である。

 

 そんな度し難いカエデの様子にティオナはがっくしと肩を落として呟く。

 

「そっかぁ、カエデにはわかんないかぁ」

「いえ、かっこいいとは思いますよ」

 

 ただ、絶対にそんな場面に出くわしたくはないですけど。そんな風に毅然と言い放ったカエデに、ティオナは深々と溜息を零した。

 

 

 

 

 

 若干傷ついた様子のティオナと別れ、皆が利用する談話室で迷宮の悪意(ダンジョントラップ)についてまとめられた記述を読み進めるカエデ。

 後ろから覗きこみながらもカエデの耳を摘まんだり軽く引っ張ったりしていたグレースは先程のカエデとの会話を思い出しつつも口を開いた。

 

「アンタってさ、頭固いわよね」

「そうですか?」

「ティオナさんが英雄譚が好きってのは知ってたけど、其れに対して自分はそんなの嫌だーってのはなんと言うか予想外の反応よね」

 

 本来ならすごーい、かっこいーと憧れの視線を向けるだけのはずなのに。カエデときたら同じ場面に陥ったらどう行動するかまで想像して絶対に()()()()()()()()()()()()()と言い切ったのだ。

 ティオナが傷ついた様子だったので、何故なのかとグレースに問いかけて来たカエデの無頓着さに、グレースが呆れ顔を浮かべてカエデの耳を引っ張る。

 

「もう少し頭を柔らかくしなさいよ」

「……耳引っ張らないでください。頭を柔らかくってどうすれば良いんですか?」

 

 至極真面目な表情で聞いてきたカエデの表情を見つめ、グレースは吐息を零した。

 

「断言出来るわ、アンタの頭が柔らかくなる事無いって」

「…………?」

「真面目なのも考え物よね」

 

 取り柄とも言える真面目さが、頭の固さに繋がっているのだと理解したグレース。カエデの耳を軽く引っ張り続ける。

 

「むぅっ!」

「うわっ」

「耳を引っ張らないでくださいっ!」

 

 ついに我慢の限界を迎えたカエデがグレースの胸をド突き、グレースがよろめく。

 

「あぁわかったわかった、悪かったわよ」

 

 謝るグレースに対し、カエデがそっぽを向いてから、本に視線を落とした。

 

「時々、皆さんの考えがよくわかんないです」

 

 ヒヅチの言う事もわからない事がある。ロキやリヴェリアの言い分はしっかりと説明された上なのでわかりやすい。他の人は時々カエデとの考え方の差異が開き過ぎて理解できない。もしかして自分が避けられているのはその所為なのかもしれない。そんな風に呟くカエデに対し、グレースは目を細めた。

 

「まぁ、アンタの言い分も間違っちゃいないわよ」

「…………」

「アタシだって何人か避ける奴いるし。アレックスとかそうじゃない? 同じ班に編成されてなきゃ関わるのも御免って奴だったし」

 

 グレースから見たベートの言動は理解し辛い部分も多い。ジョゼットのリヴェリア様至上主義についても理解できない。ペコラの摘み食いに賭ける情熱も理解しがたく、他にもグレースからして理解できない行動、言動の人物は【ロキ・ファミリア】内外問わず数多存在する。

 カエデの真面目と言うよりは頑固ともとれる考え方の固執もその内の一つと言えるが、まだ理解できる範疇だ。

 

「人其々、考え方なんて百人百色なんだし理解できない奴の十や二十、溢れかえるぐらい居るって」

 

 カエデの耳を摘まみ、グレースは口を開いた。

 

「それでも理解し合えるのが何人か居れば満足でしょ」

 

 アリソンみたいな能天気な奴も、一応は親友として扱えるし。苦笑と共に呟かれたグレースの言葉に対し、カエデは再度グレースの胸をド突いて返事をした。

 

「耳を触らないでくださいっ!」

「アタシ今良い事言わなかったっ!?」

 

 

 

 

 

 フィンの元に纏められた第三級(レベル2)団員達の評価の記載された書類が届き、フィンは軽く溜息を零して書類の確認を行う。

 書類を眺めるフィンの前に直立不動で立つジョゼット。フィンが確認を終えるまで微動だにせずに立ち続け、確認を終えたフィンが顔を上げて苦笑を浮かべた。

 

「もっと楽にしてていいよ」

「いえ、そう言う訳には」

「そうか……。もう一つ頼まれごとをしてくれないかな」

「なんなりと」

 

 エルフ式の敬礼で答えたジョゼットの様子にフィンは軽く目頭を揉んでから口を開いた。

 

準一級(レベル4)の皆を集めて貰えるかな」

「期限をお伺いしてもよろしいですか」

 

 何時までに呼びかけを済ませれば良いのかと確認をとるジョゼットに対し、フィンが返事をしようと口を開こうとしたところで、横からリヴェリアが答えた。

 

「三時までにだ」

「了解しました。直ぐに取り掛かります」

 

 リヴェリアの言葉を聞き、時計に一瞬視線を向けたジョゼットが返答と共に背を向けて部屋を後にし、リヴェリアが再度書類に視線を落とした。その様子を見ていたフィンが時計に視線を向ければ、時刻は二時を回ったぐらいを指し示している。

 フィンが目を細めてリヴェリアに語りかける。

 

「リヴェリア、一時間は流石に難しくはないか」

「ジョゼットなら余裕だろう」

 

 リヴェリアのジョゼットに向ける信頼を感じ取ったフィンが苦笑を浮かべ、書類を机の上に置いた。 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ、【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ、【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ、【甘い子守唄(スイートララバイ)】ペコラ・カルネイロ。以上の五名が現在【ロキ・ファミリア】の準一級(レベル4)冒険者達である。

 どれも個性的な面子であり、姿を探すだけでも一苦労しそうな面々を一時間未満で集めて来いと言うのは大分難しそうに感じられる。

 フィンがロキの方に視線を向ければ、先程からずっと無言のままうつ伏せになり寝息を立てているロキの姿が其処にあった。

 

「ロキ、眠いなら自室で寝た方が良い」

「んぅ……。んぁ? せやな。ちょろっと昼寝してくるわ」

 

 もぞもぞと動いてから身を起こし、伸びをしたロキを見てリヴェリアが目を細める。

 

「ロキ、疲れているのか?」

「いや~、ちょいと色々あってなぁ」

「……色々?」

 

 言葉を濁すロキの様子に不審そうな視線を向けるリヴェリア。普段から何か仕出かす兆候があるロキが不審な様子であれば警戒するのも当たり前だとリヴェリアが目を細めれば、ロキは肩を竦めた。

 

「ハデスの阿呆が何処に居るかずぅーっと考えとったんよ」

「……【ハデス・ファミリア】か」

 

 ロキの言葉に、フィンが反応して呟く。

 

 現在【ロキ・ファミリア】は【ハデス・ファミリア】と険悪を通り越して交戦状態にある。

 ギルドに対し申告を行い、【ハデス・ファミリア】の団員を発見した際には一般市民に被害が出ない範囲で攻撃行動をとる状態になっている。

 対する【ハデス・ファミリア】の方はダンジョン内での事件に関わった可能性が高いとしてギルドから指名手配されている状態であるのだが、最近は完全に姿を晦まして地上では行方不明の状態が続いている。

 

「てっきりウチは遠征合宿中に仕掛けてくる思うたんやけどな」

 

 ロキの予測では【ロキ・ファミリア】が行った遠征合宿中に【ハデス・ファミリア】が仕掛けてくるはずだったのだが、遠征合宿前の事前行動中にちょっかいをかけてきて以降は何の行動も見られない。

 昨日も【ロキ・ファミリア】の厨房にてトラブルが起きたと理由をつけてカエデが昼食を食べに外出する様に仕向け、結果としてベートと共に昼食を食べに行った様子であったが手出しされる事も無く帰宅してきた。

 警戒していたベートが何も無かったと言い切ったのだ。

 

「大規模遠征中に手ぇ出されたら面倒なんやけどなぁ」

 

 大規模遠征中は殆どの団員が出払う事になる。カエデ本人ではなくロキの方を狙ってくる可能性もゼロとは言えない為、今回の大規模遠征についてもどうすべきか悩み所である。

 

「なぁフィン、どうするべきやと思う?」

「そうだね、少なくともカエデは参加させておくべきだと思うよ」

 

 大規模遠征メンバーには第一級のフィン、ガレス、リヴェリアが参戦する。よほどの事が無い限りは手出し不可能であるし、ファミリアの本拠の防衛についても居残り組の第二級(レベル3)の面々が守りに入る予定である。

 かの【処刑人(ディミオス)】アレクトルが仕掛けて来たとしても彼はフィンによって与えられた傷によって精々が準一級(レベル4)程度の能力しか発揮できなくなっている。流石に十人以上の第二級(レベル3)冒険者相手に大立ちまわりすると言うのも難しく、ロキが避難する時間程度なら稼ぐ事ができる。

 時間稼ぎさえしてしまえば、現状【ハデス・ファミリア】は各ファミリアから敵視されている状態であるが故に何処かのファミリアが潰そうと全力を尽くしてくれる事だろう。

 特に十八階層での事件の際に【恵比寿・ファミリア】は商隊が一つ潰された事に激怒しており、【ハデス・ファミリア】を捕縛したファミリアに恩賞金を出すと言っているのだ。

 ギルドから示された犯罪者に懸けられた賞金と合わせれば多大な金額と成る。

 【ロキ・ファミリア】からすれば追い風であり、【ハデス・ファミリア】からすれば向かい風と言えるこの状況。けれども不思議な事に【ハデス・ファミリア】は全く動きを見せない。

 

「ハデスが何考えとるのかわからんわ」

 

 カエデに対し並々ならぬ殺意を抱いていた様子であったハデス。天界において起こしたロキの数々の悪戯が原因とは言え、今思えばカエデを狙うハデスの様子は異常さすら見て取れた。

 カエデ以外にもガレス等は歳を取った冒険者である。其方の方に対する言及は一切無かった事も少し気になる所ではある。

 それに封印されたと言うホオヅキについても気になるし、カエデの師の捜索の方も難航している。

 

 特にセオロの密林の周辺はかなり臭い。

 

 セオロの密林の直ぐ近くに存在する街、其処から依頼されていた『ゴブリン討伐依頼』が偽装依頼であり、ホオヅキの手によって街を取り仕切っていた人物が串刺しにされて殺された事。

 その人物が住まう屋敷の地下室から多数の奴隷が発見された事。獣人を中心に多数の奴隷を買い集めていた様子であり、中には近場の村から攫われた者も居たらしい。そして何より気になる情報は人攫いとして活動していたのが元冒険者の集団だった事等。

 

 あの辺り一帯で色々な事件が起こっており、何より【恵比寿・ファミリア】がうろついているのと、人を探しているらしい事。どの様な人物を探しているのかと言えば『黒毛の狼人の少女』と言うものだ。

 

 黒毛の狼人の少女と言うのがどの様な人物なのか。一体どんな立場なのかは一切不明。ただ見つけたら傷付けずに保護して連れて来て欲しいと言う依頼を出している。

 

「黒毛の狼人の少女なぁ」

「気になるのかい?」

「黒毛の狼人っちゅーたらカエデの村の事もあるし、気になるんやけど」

 

 カエデの生まれ故郷、黒毛の狼人達の住まう村。捜索されている人物もその村の出身なのか気になる所である。

 しかし、現状【ロキ・ファミリア】は【ハデス・ファミリア】に対する警戒を解く訳にもいかず、其方に関する情報はロキがオラリオ外にて懇意にしているファミリアの情報を少し聞きかじる程度。

 詳しく調べ切る事も出来ないと言う状況であり、気にはなっても本腰を入れて調べるのも難しい。

 

 何よりオラリオ外にて起きている冒険者も含めた殺傷事件が多発している為、現在オラリオ外への冒険者の派遣を止めるべき等の意見も神々から出始めている。

 

 ロキが懇意にしているファミリアから被害は出ていないが、それでも被害の方は総計すればかなりの数に上る。

 特にオラリオ外への依頼へ出向いたいくつかのファミリアの眷属が被害に遭った事と、オラリオ外の依頼を一挙に片付けていたホオヅキが現在動けない為、ギルドの方に届くオラリオ外の依頼が徐々に溜まりはじめている。

 しかしギルドの方もオラリオ外への冒険者の派遣を見送ってオラリオ内のみの依頼を取扱い始めている為か、外からの情報が目減りし始めた。

 

「外行って帰ってくる者が減りゃそうなるわなぁ」

「そうだね……、僕もそっちは気になるかな」

 

 オラリオ外における連続殺傷事件。村人全員を殺して回り、一人も逃がさずに始末すると言う手際の良さ。その村の近くを通りかかった商隊の面々を護衛含めて皆殺しにすると言う狂気じみた行動力。

 そして第二級(レベル3)相当の強さを持つラキア王国の騎士団長も仕留められる強さ。

 オラリオの外で起きている事件に関する情報の少なさ故に予測も出来ない謎の殺戮者の姿。

 

「……ロキ、どうしたんだい?」

「いや、なんでもないわ」

 

 ロキの予測する最悪の状況。カエデの事、カエデの村について、ホオヅキの封印、カエデの師の行方、セオロの密林周辺の事件。線で繋げた先にある予測が胸糞悪くなる結末しか生まない事を理解し、ロキは吐息を零した。

 

「神に祈りたい気分ってこういうのを言うんやな」




 まぁ、カエデちゃんがインファントドラゴンと戦った場面、飾った文章で描けば英雄譚の一つに数えられるでしょうし。当然、あの場にいたカエデちゃん本人からすれば英雄譚として『すごーい』『かっこいー』では済まない。二度とあんな体験して堪るかって話ですね。

 まぁ、器の昇格(ランクアップ)を目指す以上、今後もそんな場面に何度も出くわすんですが。



 ロキが舞台裏の動きに感づき始めましたね。まだ手出しできる段階では無いですし【ハデス・ファミリア】が片付いたら、と言った感じですが。

 【ハデス・ファミリア】は潜伏中。

 【恵比寿・ファミリア】は十八階層の件で足を引っ張られて動きが鈍ってる感じ。外での行動にも色々と不都合が出始めますね。つまり今なら包囲網が緩んでる……?

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