生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 鋼鉄の檻に断ち切られた月を見上げ、ただ願おう。

『あの子の行く末に、どうか幸おおからんことを』


『新人』

 【ロキ・ファミリア】の食堂は、本拠の中で鍛錬所に次いで大きな面積を誇っている。

 理由は神ロキが皆で揃って食事をとりたいと我儘を言った為であるが、団員全員に対する連絡事項や新人挨拶の場としても使われる事が多い事もある為、趣味と実益が兼ねられている。

 

 そんな食堂には、現在【ロキ・ファミリア】の団員がほとんど集まっていた。

 

 夕食は館にいるメンバー全員で一緒に食べるというロキが定めた規則がある為だ。

 

 朝・昼はダンジョンに潜っている団員も多く、ダンジョンからの帰還が遅れる者も数人居ると言えば居るのだが……

 それに門番も必要だし、どうしても出席できない者も居る為、館の全員と言う訳ではないにしろほとんどの団員が集められる。

 

 集まった団員達は今日行われた入団試験の結果、入団が認められたと言う幼い少女の噂でざわめいていた。

 

 

「新しい子?」

 

 そんな中【ロキ・ファミリア】が誇るレベル1からレベル2への最短ランクアップ記録、1年を誇る【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは机に並べられた食事を前にして双子の件の噂話に首を傾げていた。

 

「そうそう、汚い子がね」

「ティオナ、言い方があるでしょ」

「でも本当に汚かったよね」

「……否定はしないけど」

 

 姉の【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ

 妹の【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ

 二人はどうやら件の噂の幼い少女に既に会っていたらしい。

 

「それで?」

 

 二人に挟まれて、アイズは傾げていた首を戻し、口を開いた。

 

「さっきも言ったんだけどね、初めて見た時はびっくりだったんだよ」

「浮浪者みたいな恰好って言われてたんだけど、私たちのイメージを軽く超えてたしね」

「ねー」

 

 二人曰く

 凄く薄汚れた浮浪者みたいなウェアウルフの少女が入団したらしい。

 洗ってみれば生まれ変わったのではないかと言う程真っ白な少女だったそうな

 力強く何かを求めており、アイズみたいだったとの事

 

「その子の挨拶があるのかな?」

「そうじゃない? ファルナを授かるのはまだ先って話らしいけど」

「先? 何で?」

 

 入団が決まっているのにファルナを授けないとはおかしい。

 すぐにでもファルナを授けてランクアップの為にダンジョンに潜るのではないのか?

 

「あー、なんか目の下に隈とかあったし。オラリオまで一か月ぐらい歩いてきたって言ってたから一週間は療養だって」

「今日は顔合わせだけって聞いたわ」

「そうなんだ」

 

 アイズは朝早くからダンジョンに潜り夕食の直前に帰ってきた為、昼間に行われた入団試験には完全に不干渉だった。

 

 アイズは目的の為に自分が強くなる事を第一に考えている。

 入団試験に興味はあるものの、入団試験に不干渉で自身の強さを磨く事を優先していた。

 

 其の為、アイズは二人の話を聞いて今回の入団試験に合格者が居る事をようやく知ったのだ。

 

「あ、ロキだ」

「あの子も居るみたいね」

 

 そんな風に話していると大きな音を立てて扉を開けたロキが団長と副団長を連れて食堂に入ってくる。

 

「おーみんな集まっとるなー。待たせてごめんなー」

 

 ロキが大手を振って歩いており、フィンとリヴェリア、ガレスも歩いているロキに続き、そのすぐ後ろに真っ白髪の幼いウェアウルフがちょこちょことついて歩いているのを見た団員が静まりかえった。

 

 服装は、どこかで見覚えのあるワンピース姿でアイズはどこで見たかを思い出そうとじっと見つめる。

 

「あの服、アイズのお古じゃない?」

「リヴェリアが用意したんじゃないかしら?」

「あ、そうか」

 

 ぽんと手を打ったアイズは疑問が解消されて満足げである。

 ティオナとティオネは肩を竦め、皆の前に立ったロキを見る。

 

「うし、もうみんな噂しとるから知っとるかもしらんけど、今日新しい子が入団する事になったで。フィンから紹介するからちょい静かにしてな」

 

 にこにこと、新しい眷属が増えた事を喜ぶロキから視線を外しアイズは自分に似ていると言われた件の少女を見る。

 

 血の様な真っ赤な目に、真っ白な髪

 目の下に薄らと見える隈

 

 アイズは疑問を覚え首を傾げた。

 

 どう見ても、どう評価してもアイズの目に困惑した様子にしか見えないのだ。

 脅えているのか尻尾は丸くなっているし、おろおろとした雰囲気が隠しきれていない。

 

 アイズの様に強い意志を持っている様に見えずアイズはティオナの方を見た。

 

「沢山の人の前に立つの、初めてなんじゃない?」

「あー、なんか村出身って聞いたし、そうなんじゃない?」

「そっか」

 

 アイズは興味を失い、その少女から目を離してフィンを見た。

 

「ロキからも話があったと思うけれど、今日の入団試験を受けに来て、新たに僕たちの仲間に加わる事になったカエデ・ハバリだ。まだ幼くはあるけれど剣の才能は十二分にある子だ。諸事情あって一週間ほどの休養をとった後にファルナを授ける事になっているから一週間の間は本拠内でダンジョンの勉強なんかをする事になっているけれど、仲良くしてあげて欲しい」

「ほらカエデたん挨拶や」

 

 ロキがカエデの背を押して皆の前に立たせる。

 

 団員は特に騒いだりせずに静かに挨拶の言葉を待つ。

 

 緊張を解す為か幾度か深呼吸をしたカエデは震えながら口を開いた。

 

「……本日より、【ロキ・ファミリア】に入団しました。カエデ・ハバリと言います。……えっと……よろしくお願いします」

 

 小さい声の所為で前の方の団員にしか聞こえず、前の方の団員がぱらぱらと拍手をし始めたのを聞いた後ろの方の団員も拍手をする。

 

「カエデたん緊張しとるんか。可愛ええなあ」

 

 ロキは緊張したカエデに対し、カエデも緊張するのかと思ったものの、直ぐに察しがついた。

 

 常に師と共にあったため、一対一での会話は力強く真っ直ぐ受け答えができるが、複数の人に囲まれた事はないのだろう。

 小さな村出身とも言っていたし、なおかつ忌子と村人から避けられていればそうなるのも仕方が無い。

 

 ロキが後ろからカエデを抱きしめて頬ずりをしはじめ、カエデはされるがままであり。

 リヴェリアが溜息を吐きながらロキをどつく。

 その様子に苦笑を浮かべたフィンは、ロキを促す。

 

「まあ、緊張するのも仕方が無い。カエデは小さな村出身で人前に出る事も少なかったそうだからね。それじゃあ夕食にしようか。ロキ」

「オッケーやで。あ、カエデたんの席はそこなー」

「はい」

 

 ロキに示された席、ロキとリヴェリアの間の席にカエデが据わり、ロキが酒を手にとった。

 

「んじゃ皆、今日も一日お疲れさんやで。明日もがんばる為にガッツリ飲み食いするんやでー」

 

 ロキの音頭を合図に、皆が思い思いに食事をとっていく。

 

 その様子に満足げに頷いたロキは、隣に座るカエデを見る。

 

 

 

 

 

 こんなに大勢の人の前に立ち、注目されたのは初めてだった。

 

 ワタシの住んでいた村は、せいぜいが80人そこそこの村だったし、村の祭りを除けば殆ど人が集まる事なんて無かった。カエデは普段は村から離れて森でモンスター退治や狩り。森の野草や果実等の採取かひらけた場所で師と共に鍛錬をしているだけだった。

 

 ワタシが唯一、まともに会話ができたのは師と、行商人の人。

 後は村長。普段から避ける様な仕草をしていた村長と目を合わせた事は村を出る最後の時だけだったが。 

 

 そんな事を考えながら見た事も無い良い匂いのする料理に目を奪われ、どれから手を付けていいかわからず、とりあえずパンを手に取って、その柔らかさに驚いた。

 

「!」

 

 凄く柔らかい。

 

 普段、師と共に食べていたパンは固く、そのまま噛みつけば歯が折れるのではないかと言う固さだった。

 スープか何かに浸して柔らかくしないとまともに食べれなかったそれとは比べ物にならない。

 

 と言うかこれまで食べていたパンはパンだったのだろうか? 同じ名称の別物なんじゃ……

 

「カエデたん、どしたん?」

 

 パンをもふもふとしていたカエデを見たロキが声をかけ、カエデはそのパンをロキに見せる。

 

「ロキたんさま! このパン柔らかいです!」

「パンって普通こんなんやない?」

「ワタシが食べていたのは歯が折れそうなぐらい固いパンでした」

「なんやそれ……」

 

 何やら興奮した様子のカエデにロキは首を傾げ、フィンがくすくすと笑う。

 

「カエデ、君が普段食べていたのはライ麦パンじゃないかな。これは小麦のパンだから」

「……??」

 

 パンを片手に疑問符を浮かべるカエデを見て、ロキも笑う。

 

「とりあえず食べてみたらどうや?」

「……っ!」

 

 ロキに促され、パンに齧りつけば、驚きに目を見開いて直ぐにパンに貪りつく。

 

 尻尾が盛大に振られ、スカートが捲れている。ロキはニヤニヤとその様子を眺めていた。

 それに気が付いたリヴェリアがそれとなくカエデに注意しようとし、ロキが全身全霊を賭けて阻止せんとリヴェリアに組み付こうとするも、回避された揚句縄で椅子に縛られてしまう。

 

「リヴェリアあかんでアカン、それはアカン!!」

「カエデ、スカートが捲れている、少し落ち着け」

「リヴェリアあああああああ!!」

 

 こくこくと頷き、カエデの尻尾がさっと下げられ、リヴェリアがスカートを直す。

 それでもカエデはパンを食べる手を止めない。大きめのパンを小さな口で懸命に食べているのでがつがつ食べているのだが全然減っている様に見えない。

 

「なんでや! 今みたいなトラブルがええんやろ!!」

「ロキ、黙れ」

「母さんなんでや!」

「誰が母だっ!」

 

 ロキの嘆きの声を無視してリヴェリアが席に戻り、ロキが縄に縛られたままもがく。

 

「ちょっ、ほどいてーな」

「知らん」

「そんなー」

 

 そんなやり取りをしている横で、カエデはパンに無我夢中である。

 

「むぐむぐ」

「慌てて食べて喉に詰まらせない様にね」

 

 フィンに言われ、頷きながらもカエデはパンを食べるのをやめない。

 

 そんなやり取りを見ていた団員がくすくすと笑っているのが見えフィンは視線をそちらに向ける。

 小馬鹿にしている、と言うよりは微笑ましい物を見たと言った感じである。

 

 小さな村から出てきたカエデの様な子は、普段口にしている食べ物とのギャップから微笑ましい反応を示すが、正にカエデの反応がそれであり、団員達も微笑ましい様子に微笑んでいる。

 

 それから、食堂の隅に座っているウェアウルフの少年がじっとカエデの方を見ているのに気付いたフィンは、その少年をじーっと見つめてみる。

 

 数秒して気付いたのか、ウェアウルフの少年、ベートはフィンを睨み自らの食事に手を付け始めた。

 食事をしながらもちらちらとカエデの事を盗み見ているベートを見たフィンはそれとなくロキにソレを伝える。

 

「ロキ、あそこのベートが面白い事をしているよ」

「なんやて! ……ホンマやな、カエデたんの事めっちゃ意識しとるやん。今近づいて声かけたらめっちゃツンツンするんやないか? あ、それと縄解いてくれへん?」

「ごめんロキ、僕は食事に忙しくてね」

「嘘や!」

「あはは」

 

 笑いながらも一応縄の結び目に手をかけ、フィンは一瞬で白旗を上げた。

 

「ごめん、僕じゃ解くのは無理だね」

「……流石リヴェリアの拘束術やでぇ……って、普通に縄ちぎればえぇやん」

「いやーごめんね」

 

 ワザとらしく、パルゥムの幼い容姿を最大限に生かして媚びる様に小首を傾げて謝罪したフィンに、ロキが椅子を軋ませて抗議する。

 

「嘘吐きや! ウチの団長が嘘ついとる!!」

「人聞きの悪い事を言わないで欲しいよ」

「何を騒いどるロキ」

 

 ロキとフィンが騒いでいると、ガレスが酒杯片手に話しかけてきた。

 

「ガレス! 縄解いてぇな!」

「……何をしとるんじゃまったく」

 

 縄に手をかけ、ブチリと縄を引きちぎったガレスはロキの酒瓶をとり自らの酒杯に酒を注ぐ。

 

「ちょっ! 一日一本だけてリヴェリアに言われとる酒をとるなや!」

「これは正当な報酬だろう?」

「ぐぬぬ」

 

 一日一本、リヴェリアがロキに定めた飲酒に関するルールだ。

 夕食時に呑みまくって次の日の朝に二日酔いで呻き、夕食時にまた飲みまくってと言うのを繰り返しているのを見たリヴェリアが定めたルールであり、守らなかった場合はリヴェリアの説教が待っている。

 

 無論、隠れてこそこそ飲んだりしているので守られてはいないルールではあるのだが……

 

 リヴェリアの説教? むしろご褒美です。

 

 そのリヴェリアはカエデがパン以外の食べ物に興味を示し、大げさにも見える様な可愛らしい反応に一つ一つ丁重にどういった料理なのかを教えながら微笑んでいる。

 

「カエデたんをリヴェリアたんにとられてしもうた」

「まあ、セクハラするロキより優しいリヴェリアの方がね」

「そうじゃのう」

 

 項垂れたロキは一瞬で気持ちを切り替えると、立ち上がる。

 

「うっしゃ、ベートからかいに行ってくるわ」

「行ってらっしゃい、と言いたいけど、もうティオネ達に絡まれてるみたいだよ?」

 

 フィンの指差す先で、ベートがアマゾネスの姉妹に挟まれぎゃーぎゃーと喚いているのが見えた。

 

「ん? マジか、ウチも混ざってこよ」

 

 眷属をからかう為にベートの元に向かったロキは、途中ですれ違う女団員にセクハラを噛ましてお礼のビンタを貰ったり、男団員の席のお酒をちょろまかして文句を言われたりしている。

 

 

 

 

 

「うっせえぞバカゾネス共」

「あー、またバカっていった!」

「あんた、いい加減バカって言うのやめなさいよ」

 

 昼間見た浮浪者と見紛うカエデ・ハバリと、汚れを落とし綺麗さっぱりしたカエデ・ハバリのギャップに、ベートがカエデを何度も見ていたら、アマゾネスの姉妹がそれに気付いて近づいてきたのだ。

 はっきり言ってうざい。

 

「だからテメェらには関係ねえだろうが!」

「でも昼間にカエデちゃんに声かけたんでしょ?」

「……ベートってロリコンだったのね、アイズ、気をつけなきゃダメよ」

「そうなんですか? ベートさん」

「ちっげえっつってんだろぉがああああああああああああ」

 

 ぎゃーぎゃーとやかましく騒ぎ立てるベートと、そのベートを挟み両サイドからベートを挑発するアマゾネスの姉妹。そしてそれを見守るアイズ。

 周りの団員もこっそりベートを見てはくすくすと笑ったりしている。

 

「だ・ま・れっ! 俺はロリコンじゃねえっつってんだろ!!」

「へえ、じゃあなんでカエデちゃんをちら見してたの? 惚れた?」

「惚れた? じゃあロリコンじゃない」

「ち・が・う!!」

 

 そろそろ喉が枯れるのではないかとなった辺りでようやく二人はベートから少し距離をとった。

 

「それで? ベートはカエデを見てどう思ったのよ」

「お風呂でロキと話してる時のカエデは凄くアイズっぽかったけど、ベートは()()()()()()()見たんでしょ?」

 

 ()()()()()()()

 

 カエデ・ハバリがロキに向かって吼えたあの事だ。

 

 団員の中には同じようにカエデ・ハバリの言葉を聞いていた者も居たらしく、カエデ・ハバリは凄い子だと言う噂が広まっているのだ。

 

 故にロキとリヴェリアに挟まれ食事に無我夢中になっているカエデに話しかけに行こうと言うものが居ない。

 

「私、カエデちゃんの言葉聞いてないからさ、ほら、なんて言ってたのか気になるじゃん?」

「私も気になるわ」

「……私も、気になります」

 

 ティオナ、ティオネ、アイズの三人に詰め寄られ、ベートは面倒臭そうな顔を隠しもしない。

 

「知りたきゃロキに聞け」

「ウチを呼んだか? ベート」

「うげっ」

 

 口は災いの元

 

 ロキの名を出した所為でロキが召喚されてしまった様だ。

 

「んで、何が聞きたいん? カエデたんのスリーサイズか? んなもんウチだけの秘密や誰にも教える訳ないやろ」

「違う違う、今日の昼の入団試験の時、カエデがなんかロキに叫んだって」

「なんか凄い啖呵を切ったって聞いたわ」

「あー、昼間のか、ベート聞いてたやろ。教えたってもええんちゃう?」

「うっせえ」

「なんや、そんな事言う口はこの口かー」

「ひゃへほっ!!」

 

 ロキに頬を引っ張られ、ベートはロキを睨むが、ロキは知った事かと笑いながらベートの頬を引っ張る。

 

「このこのー」

「ねえロキ、ベートで遊ぶのも良いけどカエデの言ってた事教えてよー」

「まぁしゃあないなあ」

 

 ようやくベートが解放され、ロキはアイズの方へと身を寄せアイズの胸に手を伸ばす。

 

「んじゃ一揉まさせてくれたら教えたるで」

「…………」

 

 がしりとアイズがロキの手を掴んだ後、思いっきり捻る。

 

「いたたたたっ!?」

「変な事したら折ります」

「わかった、わかったから離してえなアイズたんっ!」

 

 アイズが手を離すと、ロキは大人しくアイズの横に座る。

 それを見てティオネとティオナも座り、ベートはようやく普通に食事にありつけるとスープに手を伸ばした。

 

「まずウチが最初カエデたん見た時は一瞬でこらアカン子やなーって思ったで」

「見た目があんなんだったしね」

 

 ロキの言葉にティオナが納得し頷き、唯一その浮浪者スタイルを見ていないアイズだけが首を傾げる。

 

「目ぇ見て確信したんよ。慈悲の女神んとこ連れてくんが良い子やって」

「慈悲の女神……って事は……」

「せや、寿命が近い子やね」

「でもまだ幼いのに」

「……中にはそういう子も居るんよ」

 

 ロキは優しく微笑みながらこっそりとティオネの胸に手を伸ばそうとして止める。

 

「惜しかったわね、少しでも触ってたら刺してたわ」

「こっわ、胸に手を伸ばしたらナイフ向けられたわ、ちょーこわい」

 

 胸に触れる直前の手に、ティオネが愛用しているナイフの切っ先が向けられていた。

 あと少しで刺さるのではないかと言うぎりぎりのラインである。

 

「団長以外にそんな事されたら普通するわよ。ねえアイズ」

「流石に刺したりはしません……多分」

「多分!?」

 

「続きはどうしたんだよ」

「なんやベート気になるん?」

「…………」

 

 ベートはカエデ・ハバリがフィンと戦う様子をずっと見ていたわけではない。

 姿を見てダメな奴だと判断して興味を失い、鍛錬に戻っていたのだ。

 故に見逃してしまった部分もありそこが気になって盗み聞きしていた。

 

 ここで気にならないと言えば嘘になり、ロキがベートをからかうネタを与えるだけである。

 故にベートは口を閉ざした。

 

「沈黙は是なり言うんやけどな……まあええわ」

 

 周りの団員もひそかにロキの話に耳を傾けていて続きが気になる様子だった為、ロキはふざけるのをやめて真面目に説明を始めた。


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