生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『……っ!』

『フィン、どうした?』

『…………いや、少し寒気がね』

『なんや風邪かぁ?』

『違うよ。多分ティオネがまた何かしようとしてるんだと思う』

『あぁ、そういえば今日はジョゼットの日だったか』

『せやったなぁ。今日はどんな菓子作っとるんやろな』

『ティオネは懲りないな』

『全くだよ……はぁ』

『ウチの団長はモテモテやからなぁ』


『厨房抗争』

 ベートの繰り出す攻撃を回避し、連続して繰り出される二撃目を受け流し、三度目の攻撃を防御する。四度目からは防御が崩され、ついには五度目の連続攻撃によって完全に態勢を整えられずに身を投げ出す様な形で回避を試みる。

 地を転がり、身を起こした所で鼻先に突き出された拳に目を見開き、悔しげに唸り声を上げてから、カエデはようやく降参を示した。

 

 ベート率いる班への配属が決まり、大規模遠征まで後5日と迫っている【ロキ・ファミリア】の鍛錬場ではこれまで通り、朝早くから繰り返されているカエデとベートの鍛錬の様子があった。

 横から眺めていたアイズが自らの鍛錬の手を止め、ベートとカエデを見つめる。

 

 肩で息をして額の汗をぬぐうカエデと、軽く息を切らしながら余裕そうに振る舞うベート。常々、カエデの動きに冷や汗を流しては余裕そうに振る舞うベート。横合いから眺めていたアイズですらカエデの一撃が当たったかもしれないと何度も思ってはギリギリでベートが回避していく。

 カエデの動きも日に日にベートの動きに合せた動きになってきており、一ヶ月もすればベートに一撃を加えるのも夢ではないのかもしれない。ベートはそんな事は絶対にさせないだろうが。

 

「はぁ……ありがとうございました」

「終わりか?」

「はい」

 

 そうかとだけ呟いたベートが肩を回しつつ鍛錬場を後にしたのを見送り、カエデが深々と溜息を零した。

 

 何度惜しい所まで詰め寄ろうと、その度に想定の上をいかれ手も足も出なくなる状態に陥る。まるでヒヅチとの鍛錬を思い起こさせる様な有様に、懐かしさと悔しさを混ぜた様な複雑な感情を抱いたカエデはふと顔を上げて首を傾げた。

 

「……甘い匂い?」

「どうしたの?」

 

 カエデの呟きにアイズが反応して首を傾げれば、カエデは鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。

 

「なんか甘い匂いがします」

「ジョゼットが今日厨房を使うって言ってたからそれだと思う」

「ジョゼットさん?」

 

 【ロキ・ファミリア】に所属する第二級(レベル3)団員のジョゼット・ミザンナ。彼女は普段はリヴェリアの傍に控えて書類の持ち運びやお茶汲み等を行っている。だが、時折厨房を貸切にして菓子類を作る等と言った事もしており、ジョゼットと同じく女性団員がお菓子作りを行う事がある。その為、時折ファミリアの本拠(ホーム)全体が甘い匂いに包まれる事があるのだ。

 そう言う場合、甘い物を好まない団員等は外に避難したりしている。

 

 アイズの説明を聞いて理解が及んだのか成程とカエデが呟き、厨房のある方向に視線を向けてから一人で剣を素振りし始めた。

 

「……カエデ?」

「なんでしょうか?」

 

 素振りをし始めたカエデにアイズが声をかければ素直に反応して素振りの手を止める。アイズは首を傾げて口を開いた。

 

「厨房、行かないの?」

 

 女性団員の殆どがジョゼットがお菓子作りをしている時には厨房に顔を出す。強制ではないが、ジョゼットが味見として作った物を提供してくれることもあるので、そう言ったものを目的に厨房に行く団員は多い。

 アイズもティオナ辺りが誘いに来るだろうからと厨房に行くつもりであったが、カエデの方は特に興味を示す訳でも無く鍛錬を続けようとしたのを見て不思議そうに首を傾げた。

 

「……? 行かなきゃダメですか?」

「……お菓子とか貰えるけど」

「…………」

 

 アイズの言葉に少し揺らぎ、カエデが剣をちらりと見てから口を開いた。

 

「後で行きます、今はベートさんの連撃の感覚が消えない内にやりたい事があるので」

「そっか、じゃあ私は行くね」

「はい、お疲れ様でした」

 

 自身の中にイメージしたベートの連撃に対し、自分なりの対処法を編み出そうとしているのだろう。既にベートとの鍛錬を始めて一ヶ月は経つが、同じ状況に陥る事が多い事を自覚しているが故に、まずそちらをどうにかしたいカエデは一人、鍛錬場に残る。

 

 アイズが入口から鍛錬場を振り返り、吐息を零した。

 

 自身と似てる気がしてたけど、カエデと自分は何処か違う。そんな想いを抱いたアイズはそっと音を立てない様に鍛錬場の扉を閉じた。

 

 

 

 

 

 幾度繰り返しただろう。一度目は紙一重で回避。二度目は受け流し、三度目は防御。四度目がどうしても防ぎきれず態勢を崩され、五撃目を緊急回避。六度目の攻撃は即座に起き上がっても目の前にある。

 一撃目を防御すれば、二撃目が受け切れない。であるのなら全てにおいて回避を、とできれば苦労はしない。一度目を回避すると二度目の攻撃は防御せざるをえない。

 ステイタスの差によって齎される抗う事も出来ない連撃。もしベート・ローガが殺す気で此方に攻撃してきていたのであれば、既に両手の指では数えきれないほどに自分は死んでいる事だろう。

 

 悔しい。口惜しい、どう足掻いても一歩届かないその距離が惨めで悔しい。もしこれが命を賭けた戦いの場であったのならどうだろう。

 無論、ただの鍛錬である。だが、鍛錬で出来ない事をどうして実戦で出来ようか。鍛錬で百回行って百回成功させる様な簡単な行動であったとしても、実戦では使えない場合だってある。たかが鍛錬等と笑う事は出来ない。

 

 悔しさから剣の素振りに乱れが生れた事に気付き、剣を止め粗い息を吐いて目を瞑る。

 

 どうすれば勝てるだろう。ソレ以前に、どうすれば生き残れるだろう? もしベートの様な強大な敵が現れた時、自分はどうすれば生き残れるだろうか? 逃亡? 撃破? そのどちらも出来ない場合に陥ったら? 時間稼ぎ? 助けが来るのを祈る? どちらにせよ今の自分では碌な時間稼ぎは出来まい。

 【ハデス・ファミリア】によって狙われている。そして【ハデス・ファミリア】の団長は第一級(レベル6)冒険者である。老衰によって準一級(レベル4)程度の強さだと巷では噂になっているが、たとえそれが事実であったとしても、準一級(レベル4)のベート・ローガ相手に手も足も出ない今の自分では赤子の手を捻る様に殺される。

 

 狙われる焦りはある。一度落ち着いて息抜きでもした方が良い。

 

 自分に言い聞かせつつ目を開けて剣を鞘に納めて、シャワーを浴びる為に鍛錬場を後にする。

 

 

 

 

 

「ぐふぅっ……」

「……ペコラさん?」

 

 シャワーを浴びる為に大浴場へ向かう途中。頭や背中、お尻に至るまでびっしりと矢が突き立ったペコラ・カルネイロが廊下に倒れているのを見つけたカエデは、静かにペコラに近づいて容態を確認する。

 ペコラの体に突き立つ矢はどれも吸盤矢であり、ジョゼットによって放たれた物なのは間違いない。

 

 倒れ伏したペコラは床に赤い血の様な塗料で文字を書いており、其処には『ジョゼットちゃんの鬼、悪魔、ロキ』とだけ書かれている。

 

 赤い色に最初は血を連想して焦ったカエデだったが、匂いからしてただのインクである事に気付いて吐息を零してから、ペコラの肩をゆする。

 

「ペコラさん、起きてください。廊下汚しちゃダメですよ」

「うぅ……うぅ? カエデちゃんですか……? 見てわからないですか。凄惨な現場を……これは全てジョゼットちゃんの仕業なんですよ」

 

 揺り動かされたペコラが徐に起き上がって自身に突き立つ矢を示してドヤ顔を披露する。その様子を見てカエデは眉を顰め、ぽつりと呟いた。

 

「ペコラさんが悪い事したんですよね?」

 

 過去ペコラが吸盤矢で打ち抜かれていた時、ほぼ九割九分の確率でペコラに非があった。その為、今回もペコラが何か仕出かしたのだろうと当たりをつけたカエデ。其れに対しペコラは憤慨した様に角に張り付いた吸盤矢を引っぺがして床に投げ捨てて口を開いた。

 

「何を言ってるですかっ! ペコラさんはちょっとおいしそうなお菓子があったので食べちゃっただけで、ペコラさんは何処も悪くないですよっ! あんな所においしそうなお菓子が置いてあるのが悪いですし」

「……摘み食いですか?」

 

 厨房でお菓子作りをしていると言うジョゼット、そして廊下に倒れた矢で針鼠の様になっているペコラ。推測できた答えに呆れ顔を浮かべたカエデは溜息と共にシャワーを浴びる為にペコラの横を通り過ぎようとした。

 

 構っていても特に何がある訳でも無い。時間の無駄だったと通り過ぎようとしたカエデの肩をペコラががしりと掴み、引き留める。

 

「待つですよ」

「……何ですか」

「ふっふっふ、カエデちゃん。お菓子、食べたくないで……カエデちゃん汗臭いですよ」

「今からシャワー行くんで放してください」

 

 ふとカエデの汗臭さに気付いたペコラが手を放したのでカエデはそのままペコラに背を向けて歩き出す。

 

「ちょっ! 待つですっ! いいですか、これから話す作戦をですね──ちょっと、聞いてますか?」

 

 カエデの横を並走しながらペコラが『ジョゼットちゃんからお菓子強奪作戦』なる作戦の概要を説明しているのを聞きながら、カエデはペコラの方をちらりと見ながら歩いていると、後ろに気配を感じ、後ろを振り返った。

 

「……? カエデちゃんどうし──ふぎゃっ!?」

 

 飛来した吸盤矢がペコラの後頭部に当たりペコラがこれ見よがしによろめいて振り返った。

 

「げぇっ、ジョゼットちゃんっ」

「カエデさんを巻き込まないでください。とりあえずもう一度厨房に近づこうものなら……その時は覚悟してください」

「覚悟? ペコラさんはとっくの昔に覚悟なんてぇっ!? ちょっとっ! 人が喋ってる時に射ってくるなんて卑怯ですよっ!」

 

 ドヤ顔を浮かべ、ジョゼットに反論しようとしたペコラの顔面のど真ん中に向かって放たれる矢。ペコラが危うく掴みとって文句を言えば、ジョゼットは冷酷な瞳でペコラを見下して口を開いた。

 

「厨房に近づかないでください」

「……はぁい」

 

 明らかに噓くさい返答を聞き、ジョゼットは眉を顰めるもこれ以上時間をかけると焼き加減に障ると、折り畳み式の弓を畳んで背負い、ペコラを睨んでからカエデの方に視線を向けた。

 

「カエデさん、お菓子の方作ってますのでよければ厨房へどうぞ。後でお茶会も開きますので」

「わかりました。シャワー浴びたら行きますね」

「ちょっ、カエデちゃんとペコラさんで反応違い過ぎませんっ!?」

「普段の行いを鑑みれば当然の反応でしょう?」

 

 それでは、と優雅に一礼して去って行くジョゼット。その背中を見ながらペコラは闘志を燃やした。これは戦争であると、お菓子をいかに多く摘み食いするか。それに全てを賭けるべくペコラは振り返ってカエデに向かって言い放った。

 

「と言う訳でペコラさんの摘み食いの手伝いを──あれ?」

 

 振り返った先、大浴場の入口の暖簾がゆらゆらと揺れる光景が目に飛び込んできたペコラはゆっくりと厨房の方に向き直った。

 

「良いですし。ペコラさん一人でもできますから」

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び終え、廊下に出た頃にはペコラの姿が消えていたが、特に気にする事は無いだろうとカエデは自室に剣等を置いてきてから厨房の入口に立っていた。

 中から聞こえる女性団員達の和気藹々としたやり取りと、香ばしく甘い匂いに満ちた厨房へと顔を出せば、厨房の中央にてジョゼットがせわしなく動き回り、粉を混ぜたり、型を抜いたり、オーブンの調整をしたり等と八面六臂の活躍をしている。

 

 厨房の隅に用意された台の上にはお菓子が小皿に載せられているのが見え、其処にはティオナが仁王立ちしている様子が見えて首を傾げた。

 

「あ、カエデじゃん。どしたの? 食べにきたの?」

「えぇと、ジョゼットさんが来ても良いと言っていたので……」

「ふぅん。ここの小皿の奴は味見用で一人一つまで持っていって良い奴だから好きなの持っていくと良いよー」

 

 カエデに気付いて笑顔を向けて来たティオナの言葉に従い、多数の種類のある小皿の内の一つ。シンプルなバタークッキーの様な物をとってから、カエデが首を傾げた。

 

「ペコラさんは何であんなことになってたんですか?」

 

 普通にお菓子を受け取るだけなら問題ない様に思ったカエデの質問に対し、ティオナは肩を竦めた。

 

「だってペコラはあっちの摘み食い厳禁の所から持っていこうとするからね」

 

 ティオナの指し示した先。四人の団員がそれぞれ武器を構えて厳重に守っている台。上に載るのはこの後の茶会にて出す予定の菓子類だ。

 カエデが物々しい雰囲気に一瞬驚いていると、ティオネの焦った声が響きわたった。

 

「待ってジョゼット、お願い。これは団長に特別に──」

「ティオネさん。余計な物は入れないと言う約束でしたよね?」

「ぐっ……これは……元気の出る薬! そう、元気が出る薬なのよっ! これ一滴であら不思議、とっても元気になる薬で」

「ダメです。どうせ惚れ薬か何かでしょう。茶会にも出すお菓子なのですからそんなの入れる許可は出せません」

「団長にだけ渡すから、ね?」

「ね、ではありません。前にも団長から注意されましたよね? 余計な物を入れた食べ物は受け取らないって」

 

 ティオネとジョゼットの言い争い。と言うより一方的にジョゼットがティオネを追い詰めている。弓を片手に、矢を弄びながらにじり寄るジョゼットに対し、小瓶を片手に後ずさるティオネ。一体何をしているのかとカエデが首を傾げれば、ティオナが呆れ顔で溜息を零した。

 

「あぁ、またやってるよ。前に団長からすっごく怒られたのに懲りないのかなぁ」

「あの小瓶、なんですか? なんか……嫌な感じのする小瓶ですけど」

 

 尻尾の先がチリチリするような雰囲気の小瓶を見てカエデが警戒心を浮かべれば、ティオナが肩を竦めた。

 

「ただの精力剤だよ。アマゾネス印だから効果は抜群だけどね」

「……? せいりょくざい?」

「カエデにはまだ早いかな。まぁ飲むと元気になる薬ってのは間違いじゃないんだけどね」

 

 それはもう一晩中元気いっぱいになれるアマゾネス印のお薬である。当然、そんな物をお菓子に混入しようとすればジョゼットが黙っている訳無い。

 今此処で作っているお菓子はこの後の茶会でリヴェリア様に振る舞われるものであるし、団長やロキにもついでに振る舞われる物だ。怪しい薬が混入されている等あってはならないのだ。

 故にピリピリした雰囲気のジョゼットがティオネににじり寄り、なんとか団長のハートを掴むまたは既成事実を作る事を目標にしているティオネの壮絶な小競り合いが勃発しているのだ。

 ティオネ一人ではお菓子等と言う可愛げのある物を作るのは難しい。普通に料理を作る事すら出来ないティオネはこういったお菓子作りの機会にこっそり薬を混ぜ込んだお菓子を作ってはフィンに渡そうとするのだ。

 

 ティオネ以外にも多数の団員のお菓子作りの面倒を見ながら作業をしているジョゼットの目をかいくぐり、見事薬入りのクッキーを作った事も過去数度ある。当然、団長のフィン・ディムナは怪しい気配がすると言ってそのままゴミ箱送りにしてしまうので何かが起きた事は無い。

 

「へぇ……元気にですか」

「カエデの想像してる元気とは意味が違うけどね」

「……?」

 

 カエデとティオナがやり取りしてる間にも、ティオネは懇願するのをやめ、力づくで薬入りクッキーの作成へと切り替えようとした瞬間に背後に回り込んだアイズがティオネを羽交い絞めにして薬を取り上げた。

 

「ちょっと! アイズ放してっ!」

「アイズさん、ありがとうございます。ティオネさん……この薬は破棄処分しておきますので」

「本当に待ってっ! 作るのに結構ヴァリスがかかったのよっ!」

 

 料理やお菓子作りはてんでダメなのに、アマゾネスが好んで使う薬類の調合は普通に上手いティオネ。その薬にはどれほどのヴァリスがかけられているのかは不明だが、稼ぎの多い準一級(レベル4)のティオネですら()()()()と言う時点で相当にヴァリスがかけられた代物なのは間違いない。

 それを知りつつもジョゼットはその小瓶の蓋を開け、目隠しをされたペコラに近づいていく。

 

「あれ、ペコラさん何であんな事に」

「あー、さっき捕まえたんだよね。こっそり侵入してきてたから後ろからドーンって」

 

 厨房にこっそり侵入しようとしていた所をティオナに発見され、問答無用で後ろから抑え込んで椅子に縛りつけた。その後、幾度かのやり取りの後、反省の色が見えないと言う事で、ペコラはしばりつけられたまま目隠しされて放置される事になったのだ。

 

 椅子にしばりつけられ、身動きがとれなくなったペコラの口元に小瓶を押し当て、一気に中身を流し込むジョゼット。ティオネが悲痛な声を上げ、咽ながらも小瓶の中身を飲み干したペコラが騒ぎ出す。

 

「ちょっとっ! それ原液っ! 数滴で十分な奴っ!」

「うげぇ、なんですかこれ粘ついて喉に張り付くんですけど……不味い……って、ちょっとっ!? ペコラさんは何飲まされたですっ!?」

 

 アマゾネス印の薬を丸々一本飲まされたペコラであるが、ペコラの持つ耐異常の発展アビリティとスキルによって効果は完全に無効化されてしまい、ペコラに変化は見られない。しいて言うなれば不味い液体を飲まされてより大声で騒ぎ始めたぐらいの変化である。

 それを見届けたジョゼットは一つ頷いてから指示を出す。

 

「さてと……では、お菓子作りを再開しましょうか。ティオネさんは放り出しといてください」

「わかった」

「アイズっ!?」

 

 ジョゼットの言葉に従い、アイズがティオネを廊下へと引き摺り出して行ったのを見送ったカエデは、手元のクッキーを齧り呟いた。

 

「あ、美味しい」

「でしょ。こっちのシナモンパイも美味しいよ」

「一皿までですよね?」

「あたしの分分けてあげようか? かわりにクッキー一枚ちょうだい」

「どうぞ」

 

 

 

 

 お菓子作りを邪魔する要因は第一にペコラ・カルネイロの摘み食い。第二にティオネ・ヒリュテによるアマゾネス印の薬の混入の二つである。

 その二つが解決してしまえば後はお菓子作りに専念できる場がうまれる。

 

 試食用の小皿のクッキーを食べ終え、お菓子作りの様子を眺めるカエデとティオナ。ジョゼットがオーブンにパイを入れているのを見ていたカエデが、口を開いた。

 

「ティオナさんは作らないんですか?」

「え? 私は食べる方が基本だから作るのはないかな」

「そうですか」

「カエデは? 作ってみたりしない? ほら、今ならジョゼットが教えてくれるよ」

 

 今ならジョゼットが懇切丁寧に作り方を説明してくれるだろう。

 ティオナは男勝りで豪快な料理を作る事は出来るが、お菓子の様に繊細な物を作るのは難しくて出来ない。しかしカエデならば普通に出来るはずである。少なくとも性格からしてお菓子作りに向かないティオナよりはカエデの方がマシな結果にはなるだろう。

 

「でも、忙しそうですよ?」

 

 先程からしきりにオーブンと台を行ったり来たりしつつも、他の団員の質問に答えるジョゼット。お菓子作り初心者の団員達にきっちりと指導しつつも同時進行で自分のお菓子作りを進めているジョゼットの様子に気後れしたカエデの言葉に、椅子に縛られたままのペコラが口を開いた。

 

「遠慮とかしなくても良いですよ。ジョゼットちゃんはそんな事で怒る人じゃないですし」

「……ペコラが言うと説得力無いなぁ」

「ペコラさんはアレですよ。ほら、信頼の証と言いますか」

 

 椅子に縛られ、目隠しされたままのペコラをちらりと見てからカエデがふとジョゼットの方に視線を向けるとジョゼットと目があった。

 ジョゼットはお菓子作りの手を止め、近くのエルフに声をかけてからカエデ達の方へ近づいてきた。

 

「どうでした。お菓子の方は」

「えっと、美味しかったです」

「うんうん、こっちのパイとか美味しかったよ」

「ペコラさんは一つも食べれてないですが」

「ペコラには聞いていません。美味しいと言って頂けたのなら幸いです」

 

 ペコラを睨んでにべもなく切り捨て、ペコラが不満そうに縄を軋ませる。

 

「では、作業に戻りますね……この後茶会もよければ参加してくださね。ペコラ、貴女は反省してください」

「ペコラさんは何も悪い事してないですし。美味しいお菓子が悪いですし。つまりおいしそうなお菓子を作るジョゼットちゃんが悪いですよ」

「うわぁ、全っ然反省してないよペコラ。まぁおいしそうなのは認めるけど」

 

 ペコラの発言に引きつつも、おいしそうと言う部分に同感のティオナ。その言葉を聞いたペコラが増長して騒ごうとして脳天にジョゼットのかかと落としが落とされた。

 

「ぐっ……相変わらず固い頭です……」

「ふっ……ペコラさんにジョゼットちゃんのへなちょこキックが効く訳ないじゃないですか」

 

 攻撃を繰り出したジョゼットの方が歯噛みし、ペコラがドヤ顔を浮かべる。縛られて身動きがとれなくなっていようがペコラは耐久お化け等と称される準一級(レベル4)なだけはある。

 

「まぁいいです。ではお菓子作りに戻りますね」

「はい」

「ペコラが逃げたら容赦なく斬って構いませんので」

 

 斬って良い、その言葉にカエデが少し困った様な表情を浮かべてから首を横に振る。

 

「斬るのはちょっと……」

「……すいません、失言でした。本当に斬る必要はありませんのでご安心を」

 

 ペコラの耐久力を目の前で見せつけられて尚、ベートの様にしっかりと受け止めてくれる保証がない以上、真剣で斬りかかる真似はできない。

 人を斬ると言う最後の一線とも言うべきそれを踏み越えているが故に、もう一度同じ過ちを繰り返せば本当に戻れなくなるかもしれないと言う恐怖を抱くカエデ。

 ティオナが複雑そうな表情を浮かべてから、テーブルからお菓子の載った皿を一つ手に取ってカエデに渡した。

 

「これ食べると良いよ」

「……一人、一つまでですよね」

「多目に作ってあるので別に構いませんよ」

 

 ジョゼットの許可を得て、皿を受け取ったカエデがペコラの方を向くと、ふくれっ面をしたペコラがジョゼットに向かって喚いていた。

 

「ペコラさんには厳しい癖にカエデちゃんには甘いとかズルいですよ」

「普段の行いです」

「ペコラはやり過ぎなんだよ」

 

 縄を軋ませてペコラが喚くのを横目に、カエデは焼き菓子を頬張った。

 

「……美味しい」




 ペコラさんが良いキャラしてて動かしやすい。後、アルスフェアも動かしやすくて好き。好き勝手するにしてもある程度主軸の決まったアレックスやらナイアルやらは動かし辛くて好きじゃない。

 ヒヅチもぶっちゃけ動かすとしたら相当極まった感じだから動かし辛いし、カエデも行動が割と決められてて女の子っぽい行動とかとらない感じだしなぁ。

 お茶会(女子会)でのカエデの話題って何があるって話ですし?

 剣の良し悪し? 迷宮の悪意(ダンジョントラップ)について? モンスターの対処法? 呼氣法について? 森で採れる野草について? 狩りの仕方?

 もっと、こうさぁ……女の子らしく可愛い小物の話とか、お菓子の話とか……無理だな。

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