生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『さて、話はこれぐらいにして……私は失礼させてもらうよ』

『……捕まえないのか?』

『情報を求めていただけだからな』

『……なあ、アタシを──

『お断りだ』

『まだ何も言ってないだろっ!』

『オラリオに連れて行けとでも言う積りなのだろう。君が情報を知っていて、提供してくれたのならまだしも、何もしてくれていない君に手をかけるなんてしないさ』

『こいつ……。じゃあ、せめて姉ちゃんに言伝を頼みたい、ダメか?』

『……まあ、それぐらいなら良いだろう』

『誰からかは言わなくて良い。必ず会いに行く、それだけ伝えてくれ』

『君が言った事は伝えなくて良いのか?』

『あぁ、アタシの事情はアタシの口から話す。アンタは余計な事言わないでくれ』

『……わかったよ、では、気を付けてな』


『お茶会』

 時刻は昼を過ぎ、【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館を出て直ぐに存在する庭園の一角に並べられたテーブル。集まった女性団員達がそれぞれ思い思いの席に腰かけて会話に花を咲かせている中に、お菓子を無心で頬張るカエデの姿があった。

 周囲の団員達は可愛い小物の話や、新しく出来た喫茶店の様子等で盛り上がっている中、話を振られても返答が出来ないカエデは若干の居心地の悪さを感じながら、お菓子を食べる事でそれを誤魔化す。

 カエデにわかるのは武具の良し悪し、武技について、ダンジョンのあれこれぐらいであり。可愛い小物と言われても何かわからないし、何処の店のクレープが美味しいか等は余り足を運ばないカエデにはさっぱりである。

 

 周囲の者達もカエデの話題の乏しさに気付いて気を利かせて何かカエデにもわかる話題をと考えるも、結局は田舎から出て来たばかりでなおかつ娯楽に現を抜かす様な事をせずに鍛錬や勉学に打ち込むカエデに合せた話題は出てこなかった。

 今回の茶会は長期的なダンジョン探索の前に行われる団員のストレス解消の様な物である。基本的にダンジョン内では気を張り詰める事に成る為、茶会にて日常を思う存分楽しんで長期探索に向けて英気を養う。

 故に、遠征前の茶会等では基本的に戦闘やダンジョンについての話題は好まれない。一時とはいえ迷宮の事を忘れて過ごすのが目的であるからだ。

 

 そうなるとカエデのもつ話題は何一つ存在しない。その為、聞きに徹するもやはりと言うべきかカエデの好む話題は無く。お菓子を食べる以外にする事が無くなる。

 無論、ただお菓子を食べるだけでも十分に楽しめてはいるが、場違い感を感じるのは否めない。

 

「カエデちゃん、楽しめてますか?」

 

 そんな風にカップケーキを食べているカエデの後ろからにこやかな笑みを浮かべたアリソンがグレースの腕を掴んで引っ張りながら現れた。

 

「アリソンさんと……グレースさん」

 

 しばらくの間距離をとると宣言していたグレースの登場に一瞬戸惑ったカエデ。対するグレースは呆れ顔を浮かべてカエデの横の席に腰かけてマフィンを手に取って頬張った。

 

「んぐ……相変わらず美味しいわね」

「グレースちゃん、挨拶しないとだめですよ」

「あぁはいはい、久しぶりね……って言ってもまだ3日かそこらしか経ってないけど」

「お久しぶりです」

 

 気負う事無く普段通りのグレースの様子に首を傾げて挨拶を返すカエデ。グレースは片目を閉じて残りのマフィンを口に放り込んで咀嚼しながらティーポットから紅茶を注いだ。

 

「それで、アンタ一人でお菓子食べてるだけみたいだけど、楽しめてんの?」

「あ、はい。お菓子美味しいです」

「ふぅん……」

「グレースちゃん私にもお茶ください」

「自分でやればいいじゃない」

 

 文句を言いつつもグレースは手慣れた様子で紅茶を注いでアリソンに手渡す。

 カエデの座るテーブルにはカエデ以外に人がいなかった為に気になって遠くから眺めていたら、アリソンに見つかって連れてこられる羽目になったグレースは軽く溜息を吐いてから周囲を見回す。

 

「参加組も非参加組も今は関係無いしね」

「……そうなんですか?」

「そうよ」

 

 グレースが自己弁解をしてからカエデの方を見て口を開いた。

 

「んで、調子はどうよ。昨日は書庫に一日籠ってた所為でリヴェリアに摘まみ出されたって聞いたけど」

「あぁ、はい。ダンジョン下層の迷宮の悪意(ダンジョントラップ)について調べていたんですけど、数が多くて気が付いたら日が暮れてました……」

 

 カエデの言葉を聞いてグレースは呆れ顔を浮かべてから、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべて呟く。

 

「真面目よね。アタシとは大違い」

「グレースさん?」

「別に、それよりアリソンはどうなのよ」

 

 話題を飛ばされたアリソンは、目の前の多種多様なお菓子から欲しい物を選んで笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「そうですねぇ、遠征に選ばれたんで武器を新調したんですよ。ほら、前のグレイブってそこそこ使い込んで刃が傷んでましたし」

「へぇ、何処の作品?」

「確か、【ヘファイストス・ファミリア】の新米鍛冶師のゴディアさんの作品ですね」

「聞いた事ない鍛冶師ね、どうなの?」

「耐久を重視してるらしいんですけど、鋼鉄じゃなくて重金属を好むみたいなんですよね。アダマンタイト程ではないですけど下級素材では珍しい種類の金属を混ぜ込んでるみたいで作成武器が全体的に重たいんですよねぇ」

「重いんですか?」

「別に重いって言っても前のに比べたらですけどね」

 

 他の者達が無意識に避けている冒険者の話題を出すアリソンとグレース。周りもそれぞれ話に花を咲かせている為特に何かを言われるでもなく話し始め、カエデも少しながら口を開いていく。

 

「長柄武器って重いと使い辛い様な気がしますけど」

「重心が傾き過ぎると戻しにくいですけど、柄もちゃんとしてればそうそう持っていかれませんよ」

「力任せに振り回すんじゃダメなの?」

「グレースちゃんみたいに力任せに振るえるなら苦労はないですって。私、実はあんまり力が伸びてないんですよ。耐久もですけど」

「そうなんですか?」

「アタシは敏捷と器用が低いわね。魔力は0だし」

「私も魔力0ですよ。敏捷はそこそこです」

「ワタシは……敏捷はもうすぐBです。耐久はまだEですけど」

「うわ、極端ねアンタ」

 

 カエデのステイタスに驚きつつもグレースは紅茶を飲みきって追加を注ごうとティーポットに手を伸ばした所で、後ろから手が伸びてティーポットをとり、グレースの茶器に紅茶が注がれる。

 グレースが少し驚きつつも振り向けばジョゼットが笑みを浮かべて立っていた。

 

「楽しめていますか?」

「げっ……ジョゼット……さん」

「ジョゼットさん、こんにちは」

「こんにちはー。今日も美味しいお菓子ありがとうございます」

 

 真面目過ぎる部分等が反りが合わない為に苦手意識を抱いているグレースがジョゼットの顔を見て少し引き、カエデとアリソンが普通に挨拶を返す。その様子にジョゼットが苦笑を浮かべてから周囲を見回して吐息を零した。

 

「此方の席に同伴させて頂いてもよろしいですか?」

「え……良いんじゃない? アンタが開いたお茶会でしょ。好きなとこ座れば良いじゃん」

「ありがとうございます」

 

 グレースとの間にカエデを挟んだ席に腰かけたジョゼットは自身の分の紅茶を注いで口をつけて眉を顰めた。

 

「蒸らし過ぎましたか」

「……? 美味しいですよ?」

「口に合ったのであれば良いのですが。後で淹れなおしますね」

 

 紅茶の出来に気になる点でもあったのかジョゼットが眉を顰めるなか、苦手意識を持つグレースが口を閉ざし、アリソンが代わりに口を開いた。

 

「どうかしたんですか? 普段ならリヴェリア様と一緒にいますよね?」

「……先程、リヴェリア様を訪ねたのですが、お忙しい様でしたので後から来るとの事でした」

「はぇー。団長も忙しそうですしねぇ」

 

 自身の作ったクッキーを頬張り、飲み込んでからジョゼットが口を開いた。

 

「それで、何のお話をされていたのでしょうか」

「えぇっと、アリソンさんが新しい武器を買ったのでその話を」

「今は遠征前の時期で冒険者らしい話題を避けるのが良いのですが……」

 

 眉を顰めて苦言を呈すジョゼットに対し、グレースがカエデの耳を摘まんで口を開く。

 

「じゃあなんか話題提供してよ。コイツが興味持って楽しめそうな奴」

「耳を摘ままないでください」

 

 慣れた手つきでグレースの手を払い退けたカエデを見て、ジョゼットが顎に手を当てて考え込み始める。

 

 冒険者らしい話題を避けつつ、カエデが興味を持って楽しめそうな話題。特に思い浮かぶものも無く、カエデが興味を示す話題の殆どが戦闘や探索等の冒険者らしい話題しかない事に気付いてジョゼットは困った様に肩を落とした。

 

「すいません、そう言った話題を思いつきませんね」

「そうですか……」

 

 気落ちした様子のジョゼットにカエデが困惑した様にグレースとジョゼットを交互に見つめ、グレースは面倒臭そうに眉を顰める。その様子に見兼ねたアリソンが口を開いた。

 

「んー……じゃあ、私聞きたい事があるんですけど」

「はい、どうぞ」

「カエデちゃんはお師匠様が居て鍛えられてたから凄く強いですけど。ジョゼットさんもお師匠みたいな人は居たんですか?」

 

 アリソンはオラリオ出身であり、【ロキ・ファミリア】入団以前に特別な何かをしてきた訳でも無いただの冒険者に憧れた少女である。それはグレースもほぼ同様で過程の違いはあれど師と呼べる人物に何かを学んできた事は無い。対してカエデは師と呼べる人物に剣技を学び、十二分な戦闘能力を持って入団してきた。

 それはジョゼットにも当てはまるのではないかと言うアリソンの言葉に対し、横から間延びした様なペコラの声が言葉を紡いだ。

 

「ジョゼットちゃんは元々エルフの国の親衛隊の人ですから強くて当然ですよ」

「ペコラですか」

「いやぁ、椅子に縛りつけたまま放置していくなんて本当に酷いじゃないですか。あぁジョゼットちゃん隣失礼しますね」

 

 笑みを浮かべつつジョゼットの隣に腰かけてペコラはお菓子に手を伸ばして食べ始める。その様子にジョゼットが呆れ顔を浮かべてからペコラにお茶を入れながら口を開いた。

 

「居ましたよ。カエデさんと同じく師と呼べるだけの人は」

「居たんですか?」

 

 ジョゼット・ミザンナと言えば一時期オラリオで話題になった人物である。駆け出し(レベル1)の初期更新を行ったのみの状態で中層の強敵であるミノタウロスを討伐せしめたと言う事で一時期話題になっていた。

 其の為、ある意味では有名人であったジョゼットではあるが、かといってそれを誇る訳でも無く過ごしている。

 そのジョゼットの最初期の強さ故に誰かしらに学んだのではないかと言うアリソンの予測は正しい。

 

「どんな人なんですか?」

 

 カエデもヒヅチに師事を仰いでいた事から、ジョゼットの師と言う人物に少し興味を持ち尋ねる。

 対するジョゼットは眉を顰めて「誇れる人物かと言えば疑問が浮かびますが」と呟く。

 

「そうですね、()()()()()()()()()()()ではありましたね」

「ジョゼットさん以上なんですか?」

「私なんかでは足元にも及びませんよ。師なら小細工無しでミノタウロスぐらいは倒せますし」

「小細工? 駆け出し(レベル1)でミノタウロスを倒したとは聞きましたけど、小細工で倒したんですか?」

 

 アリソンの質問に対し、ジョゼットは肩を竦めてから頷いた。

 

「そうです。と言ってもミノタウロス自体は私が自力で仕留めましたが……十七階層まで下りるのに小細工を使用しました」

 

 本来、駆け出し(レベル1)の初期ステイタス程度では四階層以下の階層に出現するモンスターに対応できない。だと言うのにジョゼットは十七階層に出現するミノタウロスを仕留めると言う偉業を成し遂げた。

 それはジョゼットが十七階層にまで足を運べる小細工があってこその話である。そうでなくてはいくらミノタウロスと一騎打ちで倒せるとは言え行き帰りで命を落としてしまう。

 

「どうやったんですか?」

「……ホオヅキ、と言う方をご存じでしょうか」

 

 一瞬だけペコラの方を向いてから呟くジョゼットに対し、ペコラは身を強張らせてからカップケーキを掴んで頬張って紅茶を飲み干す。

 

「知ってますよ。えぇ、とっても強い狼人です」

「……ペコラ、無理ならあちらの席に移動しても」

「別に、あの人は悪い人では無いのは知っていますから」

「……? 何かあったんですか?」

 

 苦虫を噛み潰した様な表情のペコラが少し迷ってから、立ち上がる。

 

「ちょっと花摘みに行ってきますね」

 

 捲し立てる様に言い切ってからペコラが席を外したのを見てグレースとアリソンが首を傾げた。

 

「何? アレ、なんかあったの?」

「どうしたんでしょうか」

「……まぁ、今から十年以上前の事ですから知らずとも仕方が無いですか。ホオヅキと言う方は【ソーマ・ファミリア】に所属していた元団長の冒険者ですよ。今は違いますが」

 

 かのホオヅキが行った複数の行動はオラリオ内部に於いてそれなりに有名な出来事ではあったが、その出来事はもはや過去の話なのかと感慨深く呟いたジョゼットに対しグレースが口を開いた。

 

「知らないんだけど、なんかあったの?」

「……他のファミリアの本拠(ホーム)を襲撃して恩恵を受けていた団員を一人残らず殺し尽くしたと言う事件がありましてね。ペコラの両親はその内の一つのファミリアに所属していたのですよ」

「……それって、ペコラの両親はホオヅキに殺されたって訳?」

 

 ファミリア同士の諍いは珍しい事では無い。とは言え団員を皆殺しにする程の激しい抗争は今は非常に珍しい。闇派閥(イヴィルス)が暗躍していた時期には数多くのファミリアが闇派閥(イヴィルス)の策略によっていがみ合い、滅ぼし合う様な状態になっていた事もある。今は闇派閥(イヴィルス)が壊滅した事でそう言った事は起きないが。

 

「アレはある意味では仕方の無い事です。元々は彼らが先に【ソーマ・ファミリア】の本拠襲撃を行って団員に甚大な被害を与えましたから」

「……報復だったんですか?」

「はい。【ソーマ・ファミリア】の本拠にて待機していた団員数名を殺害された事に対する【ソーマ・ファミリア】側からの報復であったと聞いています。その後はホオヅキの行動が行き過ぎていると複数のファミリアが連合を結成して【ソーマ・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)に挑んだそうですが」

 

 数と質どちらも劣っていた筈の【ソーマ・ファミリア】側の圧勝と言う形で終わった。

 とは言え、複数のファミリアが連合を組んでいた影響で、準一級(レベル4)のホオヅキ一人に対し、第一級(レベル5)冒険者30名と言う絶望的戦力差があったにもかかわらず、互いに連携を一切取らなかった所為で各個撃破と言う形で決着がついた訳だが。

 それ以外にもホオヅキの持つ希少(レア)スキルが勝敗を決したと言っても良い。

 

「あの人のスキルは群れを率いると言うものですからね」

「……? どんなスキルなんですか?」

「なんでも、自身の配下とした同一ファミリアの団員に対する自身のステイタスの複写だそうです」

 

 ホオヅキの持つ【巨狼体躯】は簡単に言えば自身の配下とした同一ファミリアの団員に対し、自身の持つステイタスを複写すると言うスキルである。欠点は、配下となった団員は一切の経験値(エクセリア)を得られない事と、ホオヅキから距離が離れると効果が切れる事。其れを除けば駆け出し(レベル1)の冒険者をいっぱしの戦力を持った者に変化させると言う強大な効果である。

 100人と言う烏合の衆を強大な群れに変化させる事が出来たが故に第一級(レベル5)冒険者30人を一人残らず仕留める事に成功したとも言える。

 他にも酔えば酔う程ステイタスが上がると言うスキルの影響も出ていたのだろう。ホオヅキが酔っぱらって動けなくなったとしても、ステイタスを複写された群れは酔いと言う状態異常(バッドステイタス)を受ける事無く戦えるのも大きい。

 

「……なんでそんなに詳しいんですか?」

 

 普通なら他者に教える事の無い様な情報までジョゼットが知っている事に疑問を覚えたカエデの言葉に、ジョゼットは眉を顰めると溜息を吐いた。

 

「私が彼女と知り合いだからです」

「……?」

 

 ジョゼットがホオヅキと知り合ったのは十年以上前、【ロキ・ファミリア】へ改宗(コンバージョン)する前の荒れていた時期である。

 当時、ファミリアの中では酷い扱いを受けていたジョゼットは、他団員からの蔑む視線を堪えながら本拠(ホーム)では無く、酒場と宿が併設された宿に泊まっていた。そこで酒飲みとして有名だったホオヅキと出会ったのだ。

 

「当時、何とかして主神に認められようと躍起になっていた私は酒場で酒を飲んだくれる彼女を見て……恥ずかしい話ですが、倒せば認められるかもしれないと思いあがって喧嘩を売りました」

 

 結果は散々でしたがね。と苦笑を浮かべるジョゼット。

 彼女が殺されなかったのは一重にホオヅキ自身がファミリア内部で起きた事件によって『殺す』事に戸惑いを覚えていたからであり、そうでなければその場で適当に喧嘩を売ったジョゼットは殺されていた事だろう。

 とは言え、第一級(レベル5)になって酔いの影響で雑な手加減を行ったホオヅキの手で半殺しにされたジョゼットは、そのホオヅキの手で治療されて一命を取り留める事になった。

 

 と言うよりはその場でホオヅキが【酒乱の盃】の『薬酒』による効果で治療してくれたのだ。

 

 その際にジョゼットは『薬酒』による副作用で泥酔し、ホオヅキに泣き付いた。普段なら決してしない様な行動であったが、其れに対してホオヅキは怒るでもなくジョゼットに『薬酒』と『毒酒』をそれぞれ一瓶ずつ渡してきた。

 凄まじい回復能力を持つが、レベルや耐異常を無視して使用者に『泥酔』と言う状態異常を発生させる『薬酒』と、凄まじい毒性を持ち複数の毒の効果が同時に発生する『毒酒』。

 

 鏃に少し塗り付けて射放てばどんなモンスターもいちころと言う道具。

 

「私は『毒酒』を使って十七階層までの道中のモンスターを退け、ミノタウロスに『薬酒』を使って泥酔させて動きを鈍らせてから倒すと言う方法で倒しましたからね」

 

 とは言え、『薬酒』を使った場合は凄まじい治癒能力も付いてしまうので殺すのには本当に苦労させられたと苦笑するジョゼット。

 対するグレースは呆れ顔を浮かべて呟いた。

 

「何それ、それなら誰でも出来るじゃない」

 

 凄まじい偉業を成し遂げたと思っていたグレースの指摘。ホオヅキから『薬酒』と『毒酒』を受け取ればだれにも出来ると言う言葉にアリソンが不思議そうに首を傾げる。カエデが呟いた。

 

「……無理だと思いますよ」

「はぁ? その『毒酒』ってのがあればいけるんでしょ」

「『毒酒』と『薬酒』はあっても、矢を当てなければ効果が無いですし」

 

 並の冒険者が当てれば必殺とも言える毒矢を得たとして、十七階層まで足を運べるか否かで言えば、否である。

 当然、ジョゼットも数百回を超える試行を積み重ねてようやく十七階層まで足を運び、其処から更に数百を超える試行の末にミノタウロス討伐までこぎつけたのだ。

 

「誇るべきでは無い事なのはお分かりいただけたでしょう。自身の力のみでは難しかったのでホオヅキさんの力をお借りしたんですよ」

 

 あの頃はホオヅキの話題も色濃く残っていたとは言え、ペコラと知り合う前だからこそ遠慮無く彼女と付き合いが出来ていたのだと苦笑を浮かべるジョゼット。【ロキ・ファミリア】へと改宗(コンバージョン)した直後から、ロキが酒好きと聞いて酒で商売を始めたホオヅキを紹介したりしたが、ペコラの両親について知って以降は余り関わり合う機会は無かった。

 

「悪い人では無いんですよ。少なくとも、友好的に接していれば同じように友好的に接してくれます」

「ホオヅキさんって、今【トート・ファミリア】で封印されて大変な事になってるって人ですよね?」

「…………そうですね、何があったんでしょうか」

「知らないんですか?」

 

 カエデの言葉に、ジョゼットは首を横に振って呟く。数年前から交流していないので現状を知らないと。

 

「そうですか……」

「そうだ、師ですよ。ジョゼットさんの師。どんな人なんですか」

 

 アリソンが話題を戻そうと口を開き、ジョゼットが苦笑とともに「そんなに知りたいですか」と呟いてから続きを口にしようとした所でリヴェリアの声が届いた。

 

「ジョゼットの師か。私も興味があるな」

「リヴェリア様っ、すいませんお出迎えも出来ず」

「いや、気にするな。私が遅れたのだからな」

「楽しんどるかー。おぉー美味そうな菓子やな。ウチにも分けてぇな」

「ロキ様」

 

 リヴェリアと共にロキも現れ、空いた席に腰かけたのを見てジョゼットが新しく紅茶を淹れ直し、茶を注いでリヴェリアとロキの前に置く。

 

「んで、ジョゼットの師っちゅーんはどんな奴なん? ウチ気になるなぁ」

「大した人物ではありませんよ。射手としては世界一でしたが、本人は誇れる人物じゃないと言っていましたし」

 

 紅茶の香りを楽しみつつもリヴェリアが口を開いた。

 

「ジョゼットの弓の腕からして、その師も相応の能力があったのだろう。そう言えば長い付き合いだがジョゼットの師については聞いた事が無いな。是非聞かせて欲しいものだ」

「リヴェリア様のお言葉とあらば……とは言え、本当に言える事は少ないのです」

 

 言葉に迷ったジョゼットが紅茶を覗き込んでから呟く。

 

「私の師はエルウィン・メイソン・マグダウェルと名乗っていました」

「……マグダウェルだと?」

「ん? どっかで聞いた名前やな」

 

 ジョゼットの言葉にリヴェリアとロキが反応し、考え込みはじめる。グレースとアリソンは不思議そうに首を傾げている中、カエデが呟いた。

 

「それって、迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)のエルフの射手でしたよね?」

「あぁ、そうや。エルフの射手。迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)の英雄の一人やん。え? ジョゼットの師ってソイツなんっ!?」

 

 カエデの言葉で思い出したロキが椅子を蹴倒して立ち上がる。周囲の視線がロキに集まるが、ロキは気にせずにジョゼットの方を見つめる。

 

 エルウィン・メイソン・マグダウェル。迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に登場するエルフの射手であり、正確無比な弓の射撃を用いてありとあらゆる障害を穿ち抜いたとされる人物である。

 

 もし本当にその人物がジョゼットの師と言うのなら驚きだが。

 

「……千年以上前の人ですよね。生きてるんですか?」

 

 エルフの寿命は大体五百年から六百年前後であり、千年前の人物が現存しているとは考え辛い。その指摘に対し、ジョゼットは頷いて肯定した。

 

「はい、私達エルフは通常であれば五百年から六百年前後の寿命を持ちます。神の恩恵(ファルナ)を得たのならまだしも、普通なら生きている事はありえないでしょう」

「あー……せやな。興奮して損したわ。もしエルウィンが誰かの眷属になっとったなら神様同士のガチンコ対決で取り合い待ったなしやしな」

 

 神の恩恵(ファルナ)を授かっていたのであれば、何処かの神の眷属となっていたと言う事であり、古代の英雄達は全員が神と袂を分かち、決別を表明している為有り得る事では無い。

 もし密かに神の眷属になっていた場合も、古代の英雄を眷属にした神が自慢せずにいられるはずもない。故にその人物は千年と言う時を超え生きている事はありえない。

 

「……まて、千年を超えて生存できない事も無いぞ」

「なんやてママ」

「誰がママだ。それよりもマグダウェルに聞き覚えがあったが、確か数代前のハイエルフの家系にそう言った名の家系があったはずだ」

「……マジか?」

 

 ハイエルフは通常のエルフの倍の寿命を持つ。千年から千二百年近くの時を生きるのだ。リヴェリアの言う事が正しければジョゼットの師がかの迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に登場した人物と同一である可能性も産まれる。

 

「あぁ、興味本位で王宮の書庫に忍び込んでいた頃に見た記憶がある。どうだジョゼット」

「……わかりません」

「……何?」

「師は過去に王家より追放されたとは言っていましたが、本当にハイエルフなのかわからないのですよ」

 

 リヴェリアの様な気品がある訳でも無く、森の中にある小奇麗な家で射手として森のモンスターを射る事のみをしていたジョゼットの師について、ジョゼット自身が確信を持って言える事は『世界で一番の射手』である事のみ。

 師の言葉は確かに彼の迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に登場する射手である事を肯定する事ばかりであったが、それが嘘か真かをジョゼットは知らない。

 本当であると信じていた頃もあったが、周囲のエルフは法螺吹きとしてジョゼットの師を扱っていた。故にジョゼットもそれが本当の事だったのか懐疑的になってしまったのだ。

 

「それ以外は嘘か本当かわからないのですよ」

「ほう。ならウチが直接会って調べりゃ一発やん。何処に居るん? 只の法螺吹きやったらお仕置きせなかんなぁ」

 

 神の前で地上の人間(子供)の嘘は通用しない。ジョゼットの師を神の前に連れてきて話を聞けば一発で判明するのだ。其れに対するジョゼットの反応は渋いものであった。

 

「いえ、其れは出来ません」

「なんでや?」

「……既に亡くなっていますから」

「…………」

 

 ジョゼットがエルフの国の警邏隊に入り、森の警邏を始めた頃には既に師は死去していたのだ。

 

「師の最後の言葉ではありますが、『誰でも良い。一矢で竜を落とせる方法を見つけてくれ』とは言っていました。私の目的でもあります」

 

 一矢で竜を落とす。ジョゼットの師がずっと追い求めた目標であるそれは、射手として師事していたジョゼットが引き継いだ物である。

 

「そか、本物なら会ってみたかったわ」

「妹がいましたよね? 確か」

 

 エルウィン・メイソン・マグダウェルには妹がいた。エルフの魔道士として同じく迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)にて活躍したリーフィア・リリー・マグダウェルと言う人物がいたはずである。

 その指摘に対してジョゼットは吐息を一つ零して呟いた。

 

「直接会った事はありませんが、それらしき人物が師を訪ねてきたのは知っています」

 

 師事を仰ぎ始めて直ぐの頃、矢を作り溜めする様に言われて家の中で矢の作成に当たっていた頃、外から聞こえるほどの怒鳴り声が響いてきたのに気付いて窓から外を見れば、弓を片手に持った師が的に矢を射る横で怒鳴るエルフの老婆が居た。

 

「その日に誰だったのか尋ねたら『口煩い妹だ。お前を拾った事を責めてきた。全く面倒な奴でな。神を皆殺しにしてやるなんて五月蠅い奴だよ。ヒューマンなんかに惚れ込むとあんな風になっちまうのかね』等と言ってましたが」

「神を皆殺しって……」

「その人は今どこに?」

「さぁ、あの日以降、姿は見ていませんから」




『竜射ちの大弓』
 エルウィン・メイソン・マグダウェルの作った大弓。
 エルフが嫌う金属製の部品をふんだんに使った大弓であり、その大きさは2Mを優に超える。
 矢も特別製の物を使用し、その矢は槍と見紛うばかりの代物である。

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