生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『……遠征に出発した後だったか。彼女の言伝を伝えられないな』

『団長? どうしたんですか?』

『まあいいか。それよりも【ハデス・ファミリア】は見つかったか?』

『いや、何処探しても見当たらないですよ。何処に居るんでしょうかね』

『他には【恵比寿・ファミリア】の撃墜された飛行船の調査は誰か行ったか?』

『あぁー、あっちには三人行ってたはずなんですが』

『はず、だがどうした?』

『……一人死にました』

『そうか。犯人は?』

『フード被った老婆。多分エルフですね』

『エルフで老婆か、老いたエルフが国を出るなんて珍しいな』


『深層遠征』《上層~中層》

 薄明の時間帯。【ロキ・ファミリア】本拠、門の前に集まった大規模遠征に参加する面々が整列していた。

 

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ以下6名

 【九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨスアールヴ以下8名

 【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック以下6名

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン以下6名

 【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ以下6名

 【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ以下6名

 【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ以下6名

 【甘い子守唄(スィートララバイ)】ペコラ・カルネイロ以下8名

 ほかサポーター8名

 

 合計60人の【ロキ・ファミリア】が誇る遠征隊の面々は神妙な面持ちで黄昏の館の入口に立つロキを見た。

 

「おぉー、壮観やなぁ」

「ロキ、遠征隊総勢60名。全員準備完了した。今すぐにでも出発できる」

「皆頑張ってくるんやで。まぁ、まだゼウスん所に追いついた訳や無い。ウチ等は伝説の遺した足跡の上を歩いとるだけや。せやけど、ウチの子らなら出来るって信じとる。皆、怪我無く帰ってきてな」

 

 簡単に挨拶を終えたロキが欠伸しながら背を向けて手を振って扉の向こうに消えて行ったのを見送り、フィンが団員達の方を見下ろした。

 

「さて、ロキの言う通り。僕達はゼウス、ヘラ、二つのファミリアが残した軌跡を辿っているだけに過ぎない。だが、焦る事は無いだろう。かの二つのファミリアが残した軌跡の上を辿っているとは言え、僅か数年で第四十階層にまで足を運び、調査を進められたのは僕達だけだ」

 

 【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】が台頭する前の最高峰のファミリアとして歴史に名を刻んだ【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】の二つのファミリア。

 彼のファミリアの最高到達階層は第五十八階層、第五十九階層以下の調査情報は不足しており、現時点では未到達領域として扱われている。現在、【ロキ・ファミリア】が深層遠征において目指しているのは第五十九階層であるが、現状はその道中の確認と調査を行っている。

 神々が地上に降り立ち、ファミリアと言う組織を生み出し、結成した当初から存在した【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】の二つが数多の犠牲を積み上げながら調査を進め、到達したのが第五十九階層である。

 【ロキ・ファミリア】は二つのファミリアが残した情報を基にダンジョンを歩いているだけに過ぎない。

 

 過去に挑んだファミリアが残した地図情報を頼りに、手探りで罠を探し、警戒し、モンスターを退け、奥へと進んでいく。たかがそれだけの事と侮る事無かれ。現状【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】を除けば殆どのファミリアが第三十六階層、下層と深層の境界線で足踏みをしているのだ。

 

 興奮混じりの表情を浮かべる団員達。今はまだ伝説の痕跡を辿るだけではある、だがこの調子で深層遠征を続けていけば伝説の先、未到達領域へとたどり着くだろう。そんな期待に胸を膨らませる団員達を見下ろしたフィンは力強く言葉を紡いだ。

 

「これより、ダンジョン深層への遠征へと向かう」

 

 【ロキ・ファミリア】が誇る第一軍、第二軍の主要メンバーに加え、サポーターとして連れてこられたメンバーもフィンを見て拳を握りしめる。

 

「上層の混乱を避ける為、班を三つに分ける。第一班は僕が、第二班はリヴェリアが、第三班はガレスがそれぞれ指揮をとる。合流は十八階層。【恵比寿・ファミリア】に注文しておいた物資およびに荷車を受け取り、確認後に更に下層へと進む事になるだろう」

 

 上層部において60名と言う大規模な人数での行動を起こせば、モンスターの混乱を引き起こす事もある。その為、中層と下層の間に存在する安全階層(セーフティーポイント)であるアンダーリゾートで合流して先に進むと言うのが遠征の鉄則の様な物である。

 ついでに言えば【恵比寿・ファミリア】が十八階層まで物資や荷車を届けてくれる商売もしている為、注文しておいた遠征用の物資や荷車等は十八階層に用意されているので、それの受け取りも行う事になる。

 

 フィン率いる第一班にアイズ班、ペコラ班

 リヴェリア率いる第二班にベート班、サポーター組

 ガレス率いる第三班にティオナ班、ティオネ班

 

「僕らの目標は第四十一階層の調査およびに移動ルートの開拓」

 

 矛を振り上げ、フィン・ディムナが力強く宣言した。

 

「遠征隊、出発だ」

 

 

 

 

 

 

 リヴェリア率いる第二班に編成されたベート班の面々の中、カエデは大人数での移動のし辛さに若干辟易としながらも深い霧の中を歩いていた。

 

 リヴェリア以下8名、ベート以下6名、サポーター組8名。

 リヴェリアが第一級(レベル6)、ベートが準一級(レベル4)であり、他のメンバーは第二級(レベル3)が18名、残りの第三級(レベル2)はカエデとディアンの2名のみ。

 

 普段同様のきっちりとした重装甲の手甲と金属靴、そして軽量で火耐性の高い真っ赤な水干に大剣。そしてサポーター用の大きなバックパックを背負ったカエデ。

 軽めの胸当てにプロテクターをつけ、腰にショートソード、左手にバックラーを身に着け、サポーター用のバックパックを背負ったディアン。

 

 二人の背に背負われているのは最低限の食糧およびに治療用の道具類。他の重要な予備の武器や防具類。衣類や野営用のテント等は十八階層で【恵比寿・ファミリア】から受け取る事になっているのだ。

 とは言え、そのバックパックはファルナの無い者が背負うのは難しい程の重量がある。バックパックを背負いながらの戦闘は不可能であると判断したカエデは、突発的戦闘時に最も安全な場所として戦闘能力の高そうなベートのすぐ後ろをぴったりと歩いている。

 ベートの方は普段通り、適当にポケットに手を入れたまま無警戒に見える様子で警戒しながら歩いており、時折後ろを振り返っては遅れている団員が居ないか確認をしている。

 

 ディアンは背負ったバックパックの重さに嘆息しつつも横を歩いていたフルエンに声をかけた。

 

「何時もこんな感じなんですか?」

「んー……? まぁ、ベートさんの所は大体こんな感じだな。他の班は配属された事無いから知らんが」

「へぇ」

 

 リヴェリアを中心に魔法を使えるエルフ達が隊列を組んで歩いており、リヴェリアの傍には弓を片手に警戒しているジョゼットの姿も見える。

 サポーター組も大きなサポーターバックパックを背負っているが全員第二級(レベル3)と言う事もあり、ディアンやカエデの様に背負いながら戦う事が出来ないと言う訳では無いらしく、周辺警戒しつつもエルフ達の隊列の後ろに続き、ベートが先頭を歩いている。

 ディアンとフルエンが居るのは隊列右側。左側にはウェンガルとリディアが互いに小突きあいながら歩いている様子がある。

 

 先頭に立つベートが時折殺気を振り撒いてはモンスターを退けている為か、モンスターは一切近づいてこない。

 その殺気に反応してベートのすぐ後ろを歩くカエデが時折尻尾を逆立てては慌てて撫でつけているのを見てディアンはぽつりと呟いた。

 

「なんか、子連れ狼みたいですね」

「……ベートさんに聞かれたらぶっ飛ばされるから黙ってろよ?」

 

 

 

 

 

 第十八階層、迷宮の楽園(アンダーリゾート)

 中層と上層の境目に存在する安全階層(セーフティーポイント)であり、冒険者の集いできた()()()()()()が存在する階層である。

 

 到着までにかかった時間は12時間程。日の出前にダンジョンに入ったとは言え既に時刻は午後三時を超えている。先に到着していたフィン率いる第一班が既に【恵比寿・ファミリア】より物資と荷車の受け取りを終えて待機していた所にリヴェリアの班が到着し、面々がそれぞれ挨拶を交わしているのを見ながら、リヴェリアが報告の為にフィンに近づいた。

 

「リヴェリア、問題は無かったかい?」

「あぁ、ベートが先頭に立っていたからな」

 

 ベートが殺気を振り撒いて上層・中層のモンスターを追い払っている姿を想像してフィンが苦笑を零し、リヴェリアが【恵比寿・ファミリア】の用意した荷車や物資類のチェックリストを片手に確認作業を進めているペコラ班の面々を見て呟いた。

 

「最近【恵比寿・ファミリア】の飛行船が落とされる事件が多発していたみたいだが。物資類は問題無かったのか」

「あー、そこらについては抜かりないから安心して良いよ」

 

 リヴェリアの呟きに答えたのはフィンでは無く一人の猫人の少女。リヴェリアが視線を向けた先には灰色の毛並の猫人の少女がゆらゆらとした動きで近付いてくる姿があった。

 

「……モール・フェーレースか。大丈夫か、その、眠れていない様子だが」

「あははー、うん。最近ちょっと色々あってね。おっと……いやぁ、本当に大変なんだよねぇ」

 

 目の下にくっきりと浮かんだ隈を見たリヴェリアが驚いて声を上げるのに対し、モールは片手をひらひらと振って平気そうにリヴェリアの横に立とうとして、躓いて大きくよろめいた。

 

 最近、オラリオと各国を行き来して商船として活動していた【恵比寿・ファミリア】の飛行船が相次いで撃墜される事件が起こっており、其方の調査および撃墜した犯人捜しで走り回るさ中、【ロキ・ファミリア】からの遠征物資、荷車の用意の依頼が舞い込んできたため、眠る暇も無く走り回って物資類の用意を行っていたのだ。

 

「あぁ、もちろん物資類に抜かりはないよ。御代を貰った以上そこら辺はしっかりするからね」

 

 商売人として、代金の支払いをしてもらった以上は受けた依頼は完遂する。そんな風に宣言したモールだが髪が跳ねており、抜けきらない疲労感が雰囲気に出ている。今彼女の背中を優しく撫ででもしたらそのまま寝てしまいそうな雰囲気にリヴェリアが眉を顰める。

 

「寝ないのか?」

「この後、地上に戻って依頼書の整理があるんだ。後は【ハデス・ファミリア】についても調べないとだし」

「……この前の事件のか?」

「あぁ、うん。商品奪われただけならまだ赦せるんだけどねぇ。ほら……皆殺されちゃったみたいだし」

 

 遠征合宿前に起きた第十八階層での【ハデス・ファミリア】の襲撃事件。あの際に【恵比寿・ファミリア】の商隊の一つが壊滅させられていた事もあり、【恵比寿・ファミリア】は【ハデス・ファミリア】の行方を追っている。それは【ロキ・ファミリア】も同様だが彼らの行方は依然不明のままである。

 

「そっちは何か掴んだ? 僕らの方はもうてんてこ舞いだよ。謎の飛行船襲撃犯に【ハデス・ファミリア】、他にも色々あってさぁ……特に黒毛の……あぁ、ごめん何でもない」

 

 言葉を続けようとして慌てて口を塞いだモールの様子にフィンとリヴェリアが目を細める。モールが行った『黒毛の……』と言う言葉。前にロキが話していた【恵比寿・ファミリア】の怪しい動きに関連している物ではあるが肝心のモールの方は寝ぼけているのか頭がゆらゆらと揺れて船を漕ぎはじめ、直ぐに気が付いて頬を叩く等と言った動作をしている。

 

「ダメだね、眠すぎて余計な事まで零しそうだ。やっぱ寝てくるよ。今回の深層遠征、上手く行く事を願ってるよ。じゃあね」

 

 話し過ぎたと呟きつつ歩きだし、そのまま躓いて地面に倒れたモール。起き上がる気配が無いのを見かねたリヴェリアが近づこうとした所で気が付いた【恵比寿・ファミリア】の団員が慌ててモールを抱えて近くのテントに運んでいくのを見送ってからリヴェリアが呟いた。

 

「フィン、【恵比寿・ファミリア】についてどう思う」

「そうだねぇ。現状は敵ではないけど、味方とも言えない感じだね」

「……そうか」

 

 商売人として活動する彼らは金の繋がりに於いては決して裏切る真似はしまい。けれども純粋に彼らを信用するには些か隠し事が多すぎる。そんな風に考えているフィンを余所に、リヴェリアは中層から降りてくる一団を見つけて口を開いた。

 

「ガレス達も到着した様だな」

「みたいだね。物資のチェックもそろそろ終わりそうだし、終わったら下層へ移動かな。そろそろベートに声をかけておくかな」

 

 先行して迷宮の悪意(ダンジョントラップ)の調査を行うベート班の姿をフィンが探せば、既にベートを中心に固まっていつでも出発出来る様に準備を終えている姿があった。

 その姿にフィンが笑みを零し、リヴェリアが口を開いた。

 

「ガレスの方は私が対応しよう」

「わかった。ベートの方に声をかけてくるよ」

 

 

 

 

 

 地面から生えた結晶塊に腰かけていたベートの前には既にベート班の面々が集まっていた。

 

 遠征隊より先行して致命的な迷宮の悪意(ダンジョントラップ)の確認および解除を担当する。それが敏捷の高いベート班に与えられた役目であり、編成は勘に優れた猫人二人、力と耐久に優れたアマゾネスが配属されており、いくつかの種類に分けられる迷宮の悪意(ダンジョントラップ)に対応出来る様に編成は厳選されており、ある意味に於いてはベート班はダンジョン探索のプロフェッショナルが編成される。

 無論、未調査の領域に率先して先行する事になるベート班の危険度の高さは他の班に比べ、非常に大きなものになる。その為、ベートの班のメンバーは相応の判断能力等が求められる。

 

 猫人の青年、フルエンはベートに指示されるまでも無く第三級(レベル2)メンバーを集めてベートの元に集合していた。

 最も危険な調査を行う班に配属されたフルエン、ウェンガルの両名はベートの指示が無くとも自ら判断して動けるだけの行動力がある。当然、ベートに指示されればその様に動くが常にベートが指示できる状況は少ない。

 其の為、必要であれば自らの考えで動く様に言われている為、今回もベートの指示が出る前に安全階層で合流した事で気が緩んでいたディアンを引っ叩いて引き摺ってきたのだ。

 

「ベートさん、準備完了です。何時でもいけます」

「そろそろフィンから指示があんだろ。ジジイの所も合流してきたしな」

 

 緊張した様子で直立するディアン、緊張した様子はないが気を張り詰めているカエデの二人を見たベートが嘆息する。

 そんな調子では直ぐに精神的に疲労してしまうだろう。そんな風に考えて口を開こうとした所でフィンの声が聞こえた為、其方を向いた。

 

「ベート、そろそろ出発して貰えるかな」

「あぁ、わかった。行くぞ」

「気を付ける様に」

「誰に言ってんだ」

 

 ベートは牙を剥く様な笑みを浮かべてフィンに言い放った。

 

「テメェ等こそ、遅れんじゃねえぞ」

 

 

 

 

 

 第十九階層、中層の下部にあたる領域。『迷宮の大樹』と呼ばれるこの階層は木肌でできた壁や天井、床は巨大な樹の内部を彷彿とさせる。燐光の代わりに発光する苔は無秩序に迷宮中で繁茂し、青い光を放つ。

 この階層の特徴はなんといっても毒系の攻撃を持つモンスターや罠が多い事であり、耐異常を持たない冒険者には非常に厳しい環境になっている。

 

 先頭を歩くのはベート、では無くフルエンとウェンガルの二名。

 隊列はフルエンとウェンガルの二名が先頭を歩き、5M程距離をとった後ろにリディア、カエデ、ディアンと続き、最後尾にベートが歩いている。

 

 先頭を歩くフルエンとウェンガルの腰から伸びた縄をリディアが持ち、まるでペットの散歩をしているかのように見える光景は、まるで特殊なプレイにも見える事だろう。

 しかし迷宮内でそんな特殊プレイを行う様な気狂い染みた理由からそんな事をしている訳では無い。

 迷宮の悪意(ダンジョントラップ)対策として行われるそれは、先頭に立つ冒険者が罠にはまった際に即座に後ろの命綱を握る冒険者が引き戻す為のものである。

 無論、そんな小手先程度の対応策では対応不可能な罠も存在するが、無いよりマシである。

 

 時折、フルエンとウェンガルは紐で結ばれた石ころを数M先に投げては紐を使って引き戻すと言う動作を行っている。

 

 何時、モンスターが現れるのかと言う警戒を続けるカエデとディアンに対し、リディアは鼻歌を歌いながら縄を握って歩いているし、最後尾のベートは欠伸をしながら歩いて余裕の表情である。

 

「……なんか、散歩みたいな雰囲気だな」

「そうですか?」

 

 ディアンが現状に対して感じた事を呟けば、カエデが不思議そうに首を傾げる。

 

 ディアンの言葉も尤もである。鼻歌を歌いながらフルエンとウェンガルの腰に繋がる縄を持つリディアの雰囲気は散歩をしている風にしか見えず、最後尾のベートもそう警戒している様子が無い為に緊張感に欠ける。

 先頭を歩くフルエンとウェンガルも気楽そうにふらふらと真っ直ぐ歩かずに時折壁を叩いたりしている為、まるで猫を首輪と紐で繋いで散歩しているかのように見えるのだ。

 

 無論、壁を叩くのは罠の調査である為、遊んでいる訳では無いのだが。

 

「んー、二人とも緊張し過ぎると直ぐにへばっちゃうからもう少し肩の力抜くと良いよー」

「……と言われましても」

 

 振り返って笑みを浮かべたリディアの言葉に戸惑った様に返すディアン。カエデの方は困った様に眉根を寄せて口を開いた。

 

「なんか、思ってたのと違います」

 

 カエデの想像ではもっと厳重に罠に対して警戒しながら歩く物だと思っていた。しかし現実は鼻歌混じりに散歩染みた光景を生み出しているフルエン、ウェンガル、リディアの三人に後ろで適当に歩いているだけにしか見えないベートと、最も危険な行為としていると言われていた班に対する想像とは違った光景であるのだ。

 其の為に困惑している様子のカエデに対し、リディアは顎に手を当てて唸る。

 

「確かに、最初は皆戸惑うよね」

 

 カエデやディアンの様子を見れば大体察しはつく。想像よりも緊張感の無い様子に拍子抜けと言った感情を抱いているのだろう。しかしそれは大間違いである。

 

「ちなみにだけど、四十階層に到着するまでに何日かかると思う?」

 

 リディアの質問に対しディアンとカエデが考え込み初め、カエデが呟く様に答えた。

 

「三日ですか?」

「ぶっぶー、正解は二日でしたー」

 

 笑みを浮かべて不正解だと言ったリディアの様子にカエデとディアンが顔を見合わせ、何が言いたいのか理解できずに首を傾げた

 

「まあ、三日でも別に良いんだけど……二人は三日間、片道だから往復で六日間。ダンジョン内で過ごすんだよ?」

「あっ……」

「えぇ? どういう事です?」

 

 理解が及んだカエデが声を零し、ディアンはわからずに再度首を傾げる。二人の様子を見てからリディアは縄の先に居るフルエンとウェンガルを確認してから口を開いた。

 

「当然だけど、ダンジョン内で寝るのって結構きついよね?」

「はい……」

「あぁ、確かに」

 

 ダンジョン内で睡眠や休息をとる難しさを遠征合宿や遠征合宿前の十八階層へ行った時に学んだ二人は直ぐに理解して頷く。

 

 迷宮内にはモンスターが満ち溢れている。第十八階層の様な階層全てでモンスターが湧かない階層等は五十階層に存在するのみ。そして現在の目的地は第四十一階層の調査である。目的地が四十一階層であると言うだけであるのに、其処に至るまでに二日程の時間を要するのだ。

 冒険者は三日四日眠らなかった所で問題は無いが、どうしても疲労は抜けきらず、ポテンシャルも下がる。当然、危険の大きい深層で疲労感を残したまま活動する等できようはずも無い為、何処かで休息はとる。

 しかしそれでも疲労感全てをとる事は難しいのが普通である。

 

 とはいえ【ロキ・ファミリア】には頼もしい疲労回復の味方【甘い子守唄(スィートララバイ)】ペコラ・カルネイロの存在がある。

 狼人(ウェアウルフ)は利用できないと言う致命的な欠陥はあるが、其処を除けば十二分に休息をとりながら進めるだろう。

 

 休息をとれる場所が存在するならば、と言う前提条件はあるが。

 

「一応言っておくけど、後二時間ぐらいで二十三階層での休息部屋(レストフロア)で休息はとるけど、其処から三十二階層まで休み無く下りるから、今の警戒続けてたら多分途中でへばるよ」

 

 都合の良い休息部屋(レストフロア)が毎度存在する訳では無い。常に罠とモンスターに警戒して進む必要があるダンジョン内で、緊張状態を保ったまま進めば途中で緊張の糸ははち切れる。

 そうなれば無警戒に近い状態になるし、戦闘時のポテンシャルも下がる。危険度が跳ね上がるのだ。

 

「だからむしろ警戒は最低限ぐらいな感じで進むのが良いんだよ」

「……でも、危なくないですか?」

「緊張して、警戒しまくってても引っ掛かる時はあっけなく引っ掛かるよ」

 

 重度の警戒をしていた所で、罠にかかる時はあっけなく罠にかかるし、モンスターは襲ってくる。そうであるのなら最低限の警戒のみを行って気楽に行く方が精神的には楽である。

 これから四十階層を目指すのだから当然と言えば当然、そこに至るまでに疲労感で倒れては元も子も無い上、四十階層に到着してお終いでは無いのだ。そこから四十一階層の調査に乗り出し、可能ならそのまま四十四階層への道順の確保まで行う必要があるのだ。

 帰りまで含めればその行程は一週間程度の期間では済まない。下手をすれば調査に十日程かかる事も考えられるのだ。

 

「へぇ……、緊張し過ぎも良くないんですね」

「……かといって、緊張を解けなんて言われても」

 

 戸惑った様子のカエデとディアンの二人に笑みを零し、リディアは肩を竦めた。

 

「ベートさんが居るから大丈夫だって」

「……おい、口開く暇があるならちゃんと調べろ」

「はぁーい」

 

 流石に見かねたのか後ろのベートからドスの利いた声でどやされたリディアが真面目に前を向いた事で会話が途切れる。

 

 前を歩いていたフルエンとウェンガルの二人は時折小石を投げたり壁を小突いたりするのみ。リディアの鼻歌と小石が転がる音、六人分の足音が響く中、カエデはふと尻尾を引っ張られた気がして声を上げようと口を開いた。

 

「あの──

「罠発見」

 

 カエデが口を開くより前に、ウェンガルが口を開いて小石を同じ方向に向かって何度か投げてた。

 

「んーっと、これはぁ。あぁ、反応型の落下天井だと思います。ここは範囲外ですけど、こっから先は危ないですね」

 

 ウェンガルが背負っていた棒で地面に線を引いて落下天井の範囲と思わしき場所にマーキングし始め、カエデは口を閉ざしてその様子を見ていた。

 

「カエデ、なんか気付いたみたいだけどどうしたんだ?」

「其処の道、なんか危ない感じがしたんですけど……落下天井だったんですね」

 

 カエデが気付いたのはウェンガルが調査している迷宮の悪意(ダンジョントラップ)の一種、通路の天井が落ちてきてモンスターも冒険者もぺしゃんこにしてしまうと言う落下天井と言う罠がある通路が、なんとなく危険な気がすると言うもの。

 ディアンは自分が気が付かなかった事に顔を青褪めさせてぽつりと呟いた。

 

「何だそれ、俺気付かなかったぞ……。俺一人だったら死んでたよこれ……」

 

 ディアンの呟きが聞こえたのかフルエンが振り返って肩を竦めた。

 

「俺も気付かなかったぞ」

「え? フルエン先輩もですか?」

「まあな、リディアはどうだ?」

 

 縄を持ったまま立ち止まっていたリディアは視線を別の方向に向けたまま答える。

 

「ん? まぁ気付かなかったけど……。ベートさん、モンスター来てますけどどうします? 回避できそうですけど」

 

 リディアが視線を向ける通路の先、聞こえるのはモンスターの物と思しき足音であり、気付いていたベートが耳を揺らして足音からモンスターの数を割り出して呟いた。

 

「ダークファンガスか。毒が厄介だな」

「数は多分五匹ぐらいですかね。少ないっちゃ少ないですけど」

「罠の調査終わりました。一度発動したら消える単発タイプです」

「罠で潰す? それとも直接潰す?」

「罠でいけるか? ここで消費するのもアホらしい」

「いや、無理です。多分私達ごと潰れますね」

「チッ、じゃあ普通に潰すか。戦う準備しとけ、お前らは下がってろ」

 

 ベートがカエデとディアンに下がる様に指示し、リディアが縄を手放して棍を取り出して構える。フルエンとウェンガルが腰の縄を手早く纏めて腰に括り付け、それぞれ剣を抜いて構える。

 

「耐異常持ちは?」

「ベートさん、俺、ウェンガルの三人」

「リディア、テメェはそいつらのお守してろ」

「はぁい」

 

 リディアがサポーター用のバックパックを背負ったカエデとディアンに近づいて笑みを浮かべた。

 

「ベートさん達がなんとかするから暫く待機ね」

「あ、はい」

「了解です」

 

 慣れている面々が次々に報告をし合って対策を打ち出す中、置いてけぼりのディアンとカエデが顔を見合わせる。

 

「俺らもいずれあんな感じになるのか?」

「……出来るんですかね」




『ホーンヘッド』
 【ロキ・ファミリア】に所属する準一級(レベル4)冒険者【甘い子守唄(スィートララバイ)】ペコラ・カルネイロが使用する武装。
 ペコラ・カルネイロ本人の頭部の巻角を模した(ヘッド)部分をもつ戦闘用大槌(バトルハンマー)
 分類は第二等級武装であるが、重量だけで言えば第一等級武装に匹敵する程。力任せに振り回して使用する。

 使用者本人の耐久の高さを生かし、全ての攻撃を体で受け止めて反撃としてハンマーを振り下すと言う豪快な戦い方をする為の代物である。

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