生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『……アレックス、君は本当に馬鹿だな』
『ハァ?』
『潰したらダメだ、捕まえるんだよ』
『適当に手足潰して縛ってくりゃ良いだろ』
『…………君は本当に“あの”【ロキ・ファミリア】の冒険者だったのかい?』
『はんっ、あのガキの所為で追放されたがな……いつか見返してやる』
『……あぁ、そう(絶対、その性格が原因で追放になったに決まってるだろ)』
ダンジョン二十三階層の
通常、深層遠征に於いては複数の
故に、大規模な遠征部隊と区分される今回の【ロキ・ファミリア】の遠征部隊は、二十三階層に存在する大きな
中央に大き目の倒木のある相応に大きな
カエデは懐から懐中時計を引っ張り出して時刻を確認して吐息を零した。
カエデの掌に余る大きさの懐中時計の長針が七時の辺り、短針が七時と八時の間を差している。出発時刻が午前四時頃だった事を考えれば、二十三階層に至るまでにかかった時間は大よそ十五時間半程。
休息部屋と言う事で既に荷物を卸し、倒木の様な物に腰かけていたカエデが懐中時計をしまっていると、同じく腰かけていたディアンが口を開いた。
「今何時だった?」
「七時半ぐらいです」
「うへぇ……もうそんな時間なのか」
サポーター用のバックパックから水を取り出して飲み始めるディアン。ベート班の他のメンバーが周辺警戒に行っている間、ここで待機する様に命じられているが、やる事は特にない。
道中にあった
届くのは遠くから聞こえるほんの微かなモンスターの足音、そして荷車の車輪の音が聞こえてカエデが立ち上がった。
「皆さんが追いついてきたみたいです」
「やっとかぁ」
入口の一つの方に視線を向けていれば先頭にフィンが立つ遠征隊の面々が
「罠なんかは一応調査済みです。後は雨が降りそうな箇所が何か所かありました。モンスターの方はウェンガルが誘導して別の場所に集めてますので一晩は安全かと」
「わかった、ありがとう。皆、今日はこの
入ってきて早々、荷車を曳いていた面々が早足で荷車からテント等を取り出して設置し始めたのを見て、カエデとディアンが立ち上がる。
「俺らも手伝うか」
「その方が良いですかね」
荷物をわかりやすい場所に纏め、二人で立ち上がりテントの組み立て作業を進めているメンバーの方へ歩き出そうとした所で、戻ってきたベートが二人を呼び止めた。
「何してんだ」
「えっと、手伝いに行こうかと」
カエデの言葉に眉を顰めたベート。何事かと首を傾げるカエデとディアンに対しベートは溜息を一つ零した。
「お前らは大人しくしてろ」
「え、でも手伝った方が……」
「サポーター班の仕事だ。お前らの仕事じゃねえ」
呆れ顔を浮かべたベートはそのまま倒木に腰かけて欠伸を一つ零す。それを見たカエデが思い出したかのようにバックパックから水袋を取り出してベートに差し出した。
「ようやく気付いたかよ。お前らは俺の班のサポーターなんだからそんぐらいさっさと気付けよ」
「うっ……ごめんなさい」
水を受け取って飲んでからカエデに水袋を投げ返し、サポーター班の面々が慣れた手つきでテントを手早く組み立てているのを見てからベートは寝転がった。
「お前らも休憩しとけ」
「……はい」
困惑した様にカエデとディアンが顔を見合わせてから、カエデが水袋をバックパックに戻す。ディアンの方は困惑しつつも言われたように腰かけて休憩をしはじめるが、ちらちらと作業を進めているメンバーを見てこのまま動かなくて良いのかと視線で周囲を見回すも、遠征隊全体を見回して指示を出しているフィンは気にも留めず、他の面々も働け等とは言わない。
そんな風にディアンが周囲を見回していると、フルエンが肩を回しながら戻ってきた。
「ふぅ、ベートさん。団長に報告あげときました。後、リディアとウェンガルもそろそろ戻ってきます。とりあえずは休憩ですかね」
「あぁ、それで構わねえ。フィンが何か言ってきたらすぐ動ける様にしとけ」
「了解」
ベートと軽いやり取りを終えたウェンガルは困った様に見上げてくるカエデとディアンを見つけて笑みを零した。
「おう、皆働いてんのに何もしなくて良いのかって顔してんな」
「はい、ワタシ達も手伝わなくていいんですか?」
「必要ねえ。俺らは先行部隊で他よりも気を張って動いてんだからな、他の奴より働いてんだよ」
むしろこれ以上何かを手伝うのは働き過ぎと言う訳である。
そんな風に語るフルエンに対し、カエデとディアンが納得がいかないと言った様子で顔を見合わせる。その動きを見たフルエンは苦笑を浮かべてからディアンに手を差し出した。
「水くれ、水。後、此処で飲み水の補給しとけ、朝一でな。他はー……夕食まで待機。夜はペコラさんの所で……あー……カエデ、お前は辛いかもだがペコラさんの所は無しな」
「……? ペコラさんの所? カエデは無しって何の話です?」
水を受け取り、一口飲んだ後にフルエンがカエデの方に注意を促す。その注意に対し理解が及ばないディアンの質問に対し、横から声が割り込んで説明を補完する。
「ペコラさんは
「あ、そうなんですね。水どうぞ」
「リディア、そっちはどうだった?」
大きく伸びをしながら近づいてきたのは褐色の肌に動きやすい軽装を纏ったリディアであった。水を受け取りつつもフルエンの横にどっかりと腰かけてからリディアは肩を竦める。
「ウェンガルのおかげでモンスターは居なかったよ。私の方はアイズさんと交代だったけど、なんていうかアイズさんの班の子達、やっぱへろへろだったよ」
「あー……」
遊撃を任されているアイズ・ヴァレンシュタインの班の面々は、前に出過ぎる事の多いアイズに合わせて動く事になる。防衛がメインのガレス、ティオナ、ティオネの班は足並み揃えての行動になるが、アイズ班だけは見敵必殺を繰り返す事になる上、アイズ一人で突っ走らない様にしなければならない為メンバーの疲労は非常に溜まりやすいのだ。
とはいえアイズ・ヴァレンシュタインの班は遊撃担当と言う性質上
「まぁ、アイズさんの所はしゃーない。他はー……おう、ウェンガルお帰り」
「ただいま、私も水ちょうだい」
「はいはーい」
リディアから水袋を受け取り、一気に流し込んでからウェンガルは耳を数度震わせて腰を下ろした。
「誘導するの毎回疲れるわ」
「ご苦労さん、でもウェンガルのおかげで今晩は安心して寝れそうだ」
ウェンガルは
「んぅ……ただの水かぁ」
「酒は当分無しだぞ」
「わかってるんだけどさぁ……ほら、一口ぐらい欲しいじゃん?」
「団長に相談してみれば?」
「おいおい、まだ初日だろ……」
気さくなやり取りをする三人を眺めつつ、ディアンとカエデはバックパックから水袋を取り出して中身の量を確認しておく。道中、特に怪我もトラブルも無かった為に消費した物は水ぐらいであり、
バックパックの中身の確認を終え、水を朝一で補充する為に取り出しやすい位置に納めていると、良い匂いが漂ってきてカエデは思わず其方に視線を向けた。
カエデの視線の先では既に炊き出しの準備が行われており、大鍋で食材を煮込んでいる光景が目に入ってきてお腹が小さく鳴った。
気付いたディアンがそれとなく視線を背けつつも呟く様にカエデに質問を飛ばす。
「……腹減ったのか?」
「はい」
女子であればお腹の音を聞かれるのは恥ずかしい事だと気を利かせてそれとなく質問したディアンに対し、恥ずかしがるでもなく普通に返答をしたカエデを見てディアンは目を丸くしてから呆れ顔を浮かべて呟く。
「なんか、女の子っぽくねぇ」
「……何がですか?」
「いや、なんつーか……もっとこう、恥ずかしがるとかよ」
「…………? でもお腹空いたら鳴りますよね?」
羞恥心を何処かに置き忘れてきた様子のカエデに言葉を失ったディアンは助けを求める様に他の面々を見回す。
「確かに腹減ったなぁ」
「そうねぇ」
「もうそろそろ出来るのかな」
「先輩方、なんか言ってやってくださいよ」
特に反応の無い三人にディアンが言葉をぶつければ、三人は顔を見合わせてから肩を竦めた。
「獣人は耳が良いから普通に聞こえちまうし、気にしたってしゃーないんだよなぁ」
「そうよねぇ」
「私は気にしないかなぁ」
猫人に限らず、獣人は耳が良いので小さな音を聞き逃さない。故に腹の音なんてしょっちゅう耳に入る雑音の様な物なので態々耳を傾けるなんてしないし、自身が立てた音に気を立てていたらストレスで禿げるので気にしない様にしている。アマゾネスは単純にそんなの気にしてどうするのと言った感じ。
ヒューマンであるディアンは他種族との意識の差をマジマジと感じ取って溜息を零した。
夕食はダンジョン飯としては一般的である食べられる物を鍋に放り込んで煮込んだごった煮。凝った料理ではないが具材がゴロゴロとした温かい食事は冷たい保存用の食糧とは雲泥の差の美味さである。
食事の用意が出来ない場合は干し肉や乾燥野菜を火で炙って食べるか、そのまま齧る事になる。最も最悪な場合は携帯食糧を口にする羽目になる。そうならなかった事を感謝こそすれ、ごった煮に文句をつける様な冒険者は【ロキ・ファミリア】には存在しない。
『遠征合宿』で食料品を根こそぎ奪う役目の者が毎回配属されていると言う事情もあるだろう。
組立終わったテントの数を眺めていたディアンが首を傾げる。
「数、少なくないですか?」
大人数用のテント、一つ辺り大体10人程度が入れるテントが三つだけ組み立てられており、全員が入るには少ない。そんな感想を抱いたディアンに対しフルエンが呆れ顔を浮かべた。
「お前、全員で休むなんてするわきゃ無いだろ」
「あっ……そうか。夜番もあるのか」
ウェンガルがモンスターを他の地点に誘導して安全性を高めているとは言え、モンスターが完全に居なくなったわけでは無い。その為に夜番として常に各通路に繋がる入口部分に4名ずつ配置し、二時間起きに交代。残りのメンバーの内疲労の高い者を優先してペコラの子守唄を聴かせて疲労の回復を行う。
説明を受けたディアンが納得がいったように頷いて周囲を見回す。
「テント周辺での警戒が15名、入口での警戒が計12名、残りで休憩……って、数合わなくないですか?」
「
その事に気付いてディアンは頭を掻いてから焚火を囲んで雑談に興じる他の班を見れば、見知った顔が其処にあった為に片手をあげて挨拶をすれば、相手も気付いて挨拶を返してきた。
「初回はリヴェリア班、次がティオネ、ティオナ班……俺らは最終だな、暫くは自由にしてていいぞ。俺は少し見回り行ってくる」
「フルエンさん、ベートさんより働いてません?」
「あぁー……ベートさんはもっとこう、重要な時にがっつり働いてくれるから今は俺らが率先して動くんだよ」
苦笑を浮かべつつも片手を振って去って行くフルエンを見送ってから、ディアンは焚火を囲む
「ようディアン、ベートさんの所はどうだったよ」
「いやぁ、ベートさん飄々としてんのになんつーか空気がピリピリしてたんだよ。あの空気きついわ。そっちは?」
「ティオネさんの所配属だったけど、何もなかったなぁ」
ベート班が粗方罠を解除した安全な通路を、荷車を引くペコラ班を守りつつ進む。それだけであり
モンスターが出てくれば第一軍のアイズ、ティオネ、ティオナが率先して片付けるし、そもそも多量のモンスターと接敵しない様に数人の誘導役が常に進路上のモンスターを別の場所に誘導したりしているのだ。
「思ってたより楽っつーか、なんか拍子抜けって感じだよ」
「そうか、こっちは罠を見つける度にヒヤヒヤしたよ。俺は何にもわかんないのに先輩達が次々に罠見つけて『そこ気を付けろー』とか『ここに罠あるぞー』とか指示されるんだぜ?」
カエデの方は時折自身の尻尾を摘まんでは『なんか危ない気がする』等と発言してそれとなく罠に気付いている様子であった事も相まって、ディアン一人だけが罠に気付かずに歩いている状態だった。
其の為、自分一人だけ足を引っ張っている気分で最悪だったと苦笑を浮かべるディアン。
他の
「やっぱ、俺他の班の方が良かったなぁ」
「あぁ……カエデはどうだったんだ? 気付いてたとか言ってたけど、戦闘は?」
「前に出してもらえる訳無いだろ。ずっと後方待機だよ。フルエンさんとウェンガルさんが軽く片付けてた。魔石剥ぐのとドロップ品回収しかやってない」
戦闘中は後方に下がる様に指示され、戦闘自体に参加させられなかった為にカエデと比べられるのはサポーターらしく魔石の剥ぎ取りやドロップ品回収ぐらいであり、そんな物を比べてもむなしいだけだとディアンが笑う。
「自信無くしそうだよ……」
「あー、ディアン君でしたっけ? こんばんは、カエデちゃんの様子ってどうでした」
俯いて深々と溜息を零すディアンに声をかけてきたのは冒険者として活動しているのが非常に珍しい
顔を上げてアリソンの姿を見たディアンは一瞬目を丸くしてから慌てて立ち上がって口を開いた。
「いや、別に悪口言ってた訳じゃなくてだな」
周りの面々も悪口では無いと否定し始め、アリソンは困った様に笑みを零した。
アリソン・グラスベルは冒険者の中でも珍しく女性らしい、言ってしまえば女の子らしい女の子と言う認識をされている。実際、冒険者になる様な女性は基本的に荒い事も多く、ゴリラばかりだ等と揶揄される事も多い。
そんな中で女の子らしい雰囲気のアリソンは男団員に密かに人気が高い。故に彼女に嫌悪感を抱かれぬ様に慌てた様子で、カエデの悪口では無いと否定する。
「いえ、別に悪口を咎める積りはないんですよ。ただカエデちゃんの様子が気になって……ほら、カエデちゃんって
アリソンの言葉にばつが悪そうに顔を見合わせてから、代表してディアンが口を開く。
「ベートさんとは普通に喋ってたぞ。他の
エルフ達は割と可愛がっている様子ではあるが、カエデの成長系スキルに嫉妬したりする団員も少なくなく、【ロキ・ファミリア】内部では若干浮いている存在とも言える。
そんなカエデと交友関係を結んでいると言えば『遠征合宿』で同じ班に配属されたアリソン、ヴェネディクトス、グレースの三人と、リヴェリアの周囲に居るエルフ達。他は
そんな中、カエデがテントに向かった際にはベート以外の
ベートが一睨みしただけでさっとテントの中に向かったが、あの様子ではテントの中は相当居心地の悪い空間になって居る事だろう。
「ベートさんはなんつーか、気を使ってるのかなんなのかわかんないよ」
「無理矢理過ぎるんだよなぁ」
「むしろアレ、カエデよりベートさんに脅えてなかったか?」
その光景を見ていた何人かの言葉を聞いてアリソンは眉を顰めた後に礼を言ってから女性団員の集まっている焚火へと戻る。
見送ったディアンが安堵の吐息を零してからぽつりと呟いた。
「なんか、アイツ皆に心配されてるよな。まぁ、なんとなくわかるけどさ」
「あぁー、守ってやりたくなるっていうのあるよな」
「まぁ、俺らが守るまでもなく強いしなぁ。ベートさんの鍛錬、毎朝受けてんだろ?」
「俺、あの鍛錬一回受けたけど普通にボコボコにされたわ」
反応した団員達を苦笑して見回してから、ディアンは
基本的には休息時間は寝て過ごす事になるが、
中央に寝転がってわざとらしく寝息を立てるベート。対して隅っこで小さく丸まって寝た振りをしている幼い白毛の狼人。ベートを挟んだ対面で集まって寝転がる遠征に参加していた
今回の遠征に参加した
カエデの方は出来る限り音を立てずに縮こまり、サポーターバックパックを置いてその裏側に隠れる様にして耳を塞いで寝た振りをしている。
どんな会話が繰り広げられているのか恐怖はあるが、体力の回復の為にも眠らないとと必死に羊の数を数えるカエデ。中央のベートは起きているのか寝ているのかわからないが、
内容まではわからないまでも、とても居心地の悪い空間であり、一つのテントに押し込むと言う判断を下したフィンに少し文句を言いたい気分ではあるが、カエデ一人の為に個別にテントを用意すると言うのも無理な話だ。
故に必死に耳を塞いで声を聞かない様に、早く眠れ眠れと自分に言い聞かせる。
結局、朝まで碌な睡眠はとれなかった。
翌朝、迷宮の中で夜や朝の概念は特にない為、懐中時計の時刻を見て今の時刻を知り、眠る事が出来ていない事を自覚したカエデは朝食として渡されたごった煮を倒木に腰かけながら食べている。
現在時刻は四時ちょっと過ぎ。出発は五時頃を予定しているのでベート班はその十分ほど前に出発する事になる。その為急いで食べないといけないが睡眠がとれていない為かぼんやりとしてしまう。
なんどか頭を振って眠気を飛ばそうとするも、残っている疲労感がどうにもならない。
このままだと足を引っ張る事になると不安に感じてディアンの方を向けば、ディアンはごく普通に朝食を食べている。ペコラの子守唄でしっかり休息をとり精神的な疲労も消し飛んでいる為か表情は明るい。
対するカエデは寝不足からか若干やつれ気味である。
吐息を零し、最後の一かけらを咀嚼してから皿をサポーター組の方へ返しに行く為に立ち上がる。
「おう、ついでにこれも頼むわ。俺は水を補充しにー……大丈夫かお前……?」
ディアンに声をかけられ、空になった皿を受け取った所でディアンはカエデの顔色に気が付いた。若干気遣う様に声をかけるが、カエデの方は首を横に振って答えた。
「大丈夫です」
「おう……無理すんなよ?」
「はい」
「じゃあ水汲んでくるから……」
ふらつくまではいっていないものの、若干の疲労感を背負った背中が後片付けを行っているサポーター班の方へ向かって行く姿を見送り、ディアンは少し悩んでからフルエンに声をかける事にした。
「カエデちゃん大丈夫ですか? 調子悪いからこっちにって話でしたけど」
心配そうに荷車の中を確認するアリソン。
【ロキ・ファミリア】遠征隊の本隊の中央で、ペコラ班によって曳いている荷車の一つの中にカエデの姿があった。
「すいません……」
疲労感の残るサポーターを先行隊に配属する等と言った事は出来ないとフルエンが決め、ベートに報告した事でカエデはベートに命令されて後方部隊であるペコラ班、の荷車の中に荷物と一緒に放り込まれる事になったのだ。
テントや食料等が入った木箱が積まれた荷車の中、カエデは荷物と荷物の隙間にすっぽりと収まって運ばれていた。申し訳なさそうに縮こまる様子にアリソンがどうしようかと周囲を見回していると、同じく荷車に荷物と一緒に放り込まれていたペコラが口を開いた。
「気にしなくても良いですよ。
「それでも」
「気にし過ぎですって。もっと、気楽に行きましょうよ。すぐ傍でめそめそされると寝にくいじゃないですか」
「…………」
一晩ずっと子守唄を歌い続けたペコラは道中は荷車の中で寝袋に収まって荷物と一緒に運ばれつつ睡眠をとる。有事の際にはちゃんと戦うがそうでない場合は荷物と同じ扱いである彼女の言葉にカエデは自信無さげに俯く。
「カエデちゃんは悩み過ぎですよ。ほら、ペコラさんが添い寝してあげますから一緒に寝ましょう」
「……はい」
子守唄こそ唄ってあげられないが、添い寝位は出来るとペコラがカエデを寝袋に引っ張り込むのを見て、アリソンが安心した様に荷車から離れる。
その様子を見ていたジョゼットがアリソンの横に並んで口を開いた。
「カエデさんが心配ですか?」
「……はい。
「あの振り分けは私も気になりましたが、団長には何か考えがあるのでしょう」
「そうなんでしょうか」
「きっとそうですよ……。ん? 前方でモンスターみたいですね。行ってきます。こっちまでは突破して来ないでしょうが気を付けてください」
前方で少数のモンスターの群れと遭遇したらしい事を確認したジョゼットが弓を片手に走りだす。その様子をアリソンが見送っていると、荷車からカエデが顔を出して前方を確認しだす。
「モンスターですか?」
「みたいですね。ティオナさんの班が対応に当たってますし、ジョゼットさんも向かったので心配はいらないですよ」
「……そうでぅぁっ! ペコラさん放してくださいっ!」
アリソンの返事に答えようとしたカエデが、次の瞬間には荷車の中に引き摺り込まれる。中から聞こえるペコラとカエデのやり取りからして、ペコラが強引にカエデを引っ張り込んだらしい。
「カエデちゃんはちゃんと休まないと前線復帰させて貰えませんよ」
「でも、っ! 尻尾触らないでくださいっ!」
「良いじゃないですか、ふわふわしてて触り心地が良いですし」
「やめてくださいっ!」
「いいではないかいいでは――ふぎゅっ」
荷車が石でも噛んだのかごとりと大きく揺れ、中が静かになった。
恐る恐るアリソンが中を覗きこむと寝袋に収まったペコラが口を押えて震えており、カエデの方は頭を押さえて震えている。
「あー、大丈夫ですか?」
「らいじょうふれふよ」
「大丈夫です……」
震える二人の姿を眺めてから、アリソンは前を向きなおった。
「あ、モンスターが片付いたみたいです。これから二十四階層の
二度目のアリソンの質問に対し、返事は無かった。
『アリソンのグレイブ』
大振りの片刃の刃を穂先にとりつけたシンプルな代物。
勢いよく振り回して遠心力で叩き斬る、シンプルに突く等と言った使い方が存在する。
石突を地面についてポールに見立てて使用し蹴り技を扱う事から、石突部分が特注品であり、一般的なグレイブに比べて石突の比重が大きい。
『グレースのケペシュ』
対モンスター用と言うよりは対人用の武装である盾を引っ掛けて捲る為の返しのついた形状をしている。
その特徴的な形状故に耐久性も高く無く、モンスター相手にするならば
『ヴェネディクトスのウッドスタッフ』
シンプルな木製の長杖。材質は樫であり、特別な素材と言う訳では無い。
接近された際にモンスターを牽制するための物で、本格的な魔法詠唱用の触媒としての意味合いは薄い。
『アレックスのガントレット』
金属製のプレートと繋ぎのレザーを組み合わせた物であり、隠密性を上げる為に金属製のプレート同士が触れ合わない様に間にレザーが挟み込まれている。
殴る際の威力強化と言うよりは殴った際に手を守る為の物である為、攻撃方面を補助する加工は何一つされていない。