生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『ああそうだよ。其処の大馬鹿野郎の所為でね。ついでに君の所為でもある』
『私の所為、ですか。酷い言い草ですねアル』
『実際そうだろう? ともかく、ヒイラギ・シャクヤクには逃げられてしまったよ』
『彼女、ヒイラギ・シャクヤクがクトゥグアの方に捕まってないのなら、それで良いんです』
『はぁ……? まぁいいけど。其処の馬鹿、追放してくれよ。一緒に行動とか冗談じゃない』
『それは無理です。暫く一緒に居てください。後、協力者を見つけてきたので彼女と協力してください』
『彼女? 一体誰──っ!? お前はヒヅチ・ハバリっ!?』
『えぇ、彼女が協力者です。暫くの間彼女と行動してください』
『しばらく世話になる。む? お主はあの時の小僧か』
『はぁっ!?』
ダンジョン四十一階層、大部屋にて複数の
大部屋の一部分を完全に凍りつかせ、冷気を放つ氷塊が突然現れ、大部屋内のモンスターの大半が凍りつきはじめた事もあり。強化種へと至った一部のモンスターもアイズ・ヴァレンシュタインの手によって切り刻まれ、静かになった大部屋の中でベートは氷の塊の傍で目を細めていた。
ベートが観察する氷の塊、その中に見える影。透き通る様な部分と、白くなっている部分が入り乱れて良く見えないが、小柄な人物が氷の塊の中に
「……生きてるのか?」
「今調べてます。魔力の流れはあるので多分生きてるんじゃないかと」
氷の塊をナイフで削って確認するフルエンを横目で見て吐息を零す。
しかし、アマゾネスの少女と
ドワーフの男は意識不明のまま目覚めず。応急処置は終えた為に寝かされている。
そしてカエデ・ハバリが自らの魔法の暴走で氷の塊の中に閉じ込められている。
有体に言えば損害は大きい。半壊と言っていい程の損害。
目の前の氷の塊はカエデが自らの魔法で生み出した代物であるが、その氷の内側でカエデは閉じ込められており意識不明。フルエンが一つ頷いてベートの方を見た。
「カエデの意識は無いですけど、生きてはいます。ただ……このまま氷から出すのは危険かと。氷の中に入れたまま仮拠点まで輸送してから治療可能な状態で取り出さないと、多分ですけど数分で死にます。見た限りですけどカエデの腹の部分に貫通した痕がありますし、あの状態で仮死状態になってるのはある意味で奇跡的ですよ」
「んで、どうすりゃいいんだ」
「そうですね。カエデを傷付けない様に氷の塊を切りだすぐらいしか……」
フルエンの言葉を聞いてベートが眉を顰めた。カエデが中心部に凍りついて居るこの塊、直径は数Mにまで及び、切り出すのには相当の時間がかかるうえ、砕くのも一苦労しそうである。
「私がやろうか?」
「アイズ? 出来るか?」
頷いたアイズが剣を構え、目にも留まらぬ速さで振り抜いて氷の塊の中から、カエデの入った氷だけを切りだす。ずるりと氷の塊からカエデが取り出される。
まるで氷の棺に収まっているのではないかと思えるカエデの姿にフルエンが耳を揺らし、氷を叩いて中に居るカエデの反応を確かめる。
「……一応、生きてますね。仮死状態っぽいですけど」
「ババアに見せるしかねえな」
魔法の暴走によって閉じ込められている現状。外側から強引に氷を砕く事も出来なくはないが、中に居るカエデにどういった影響が出るかもわからない。それにこの場に留まる危険性を考えればすぐにでも仮拠点の防衛に当たっているリヴェリアの元に送り届けるべきである。
「おい、リディア。こいつを運んでー」
氷の棺に収まるカエデをロープで縛り上げて後方で応急処置にあたっていたリディアに声をかける為に振り返ったフルエンは、目に入ってきた光景に悲鳴をあげかけ、即座に剣を抜いて構えた。
「ベートさんっ!」
「なんだ。あぁ? アイツ、目ぇ覚ましたのか」
ドワーフの男が緩慢な動きで起き上がり、近くに置いてあったメイスに手を伸ばしている光景。ベートは目を覚ましたのかと近づこうとして、違和感に気付いた。
そのドワーフの男は呼吸をしていない。生命として在るべき何かが欠如したその姿に目を細める。
「あ、目を覚ましたんですか。よかった──
「ディアンっ! そいつから離れろっ!」
近くでアマゾネスの応急処置を手伝っていたディアンが気付き、彼の方を見て歩み寄るのを見たフルエンが叫び、ディアンは一瞬訳がわからないとでも言う様に首を傾げ──ドワーフの振り下ろしたメイスがディアンの背中に叩き付けられた。
「ぐぁっ!?」
ドワーフの男が振り抜いたメイスで背中を打たれ、倒れ伏すディアンに対し、もう一度メイスを振り下ろそうとするドワーフ。ウェンガルが即座に剣を抜いてその一撃を受け止めた。
「ちょっと、どうしたって──嘘でしょっ」
ウェンガルも違和感に気付き、即座にドワーフの腹を蹴り抜いて押しのける。理解が及ばずに目を点にしたリディアが驚いて目を見開いた。
ベート達の目の前でドワーフの男は大きくよろめいて背中から倒れる。ウェンガルがディアンの容態を確認するさ中、フルエンがドワーフの男に近づいて呻く。
「ベートさん、
存在する範囲内で死亡した骸が独りでに動きだし、生存者を襲うという罠であり、骸には特殊な状態が付与され、それが
モンスター、冒険者問わず、その範囲内で骸になったモノは近くに居る
そのドワーフの男に生気は無い。虚ろに濁った瞳は光を移さず、失血のし過ぎによって血色を完全に失って青褪めた肌。捥げ掛けた片腕が零れ落ち、へしゃげたプレートメイルが軋む音を響かせる。血に塗れたメイスを握りしめ、彼は立ち上った。既に死んでいるはずのドワーフの男は、死後もその骸を辱められるという屈辱の中で、仲間に牙を剥かんと襲い掛かろうとして────ベートの蹴りが男の頭を蹴り砕いた。
仲間の骸が、そんな化物に成り果てるのをよしとせず、即座に
びしゃりと、地面に飛び散った血の泉に倒れ伏した姿を見てベートが鼻をならす。
「足を引っ張るなって言ったろ。足手纏いになるなら最初からついてくんじゃねえ」
突然の出来事の動けずにいたリディアが目を見開き、即座にアマゾネスの少女の容態を確認する。何時死んでもおかしくない彼女もまた、この場で死を迎えれば
驚きの余り硬直したディアン。ディアンの怪我の具合を見て問題無いと判断したウェンガルが
「リディア、
「そうだな。アイズさん、ベートさん。仮拠点に戻りましょう……」
もし、もし命を落とすにしても、死後に自らの骸が仲間に牙を剥くのは避けたいのだろう。アマゾネスの少女が息も絶え絶えに此処を離れたがっている。その言葉に応える様にフルエンが彼女を抱き上げ、ディアンが震えながら立ち上がって頭を失ったドワーフの男を見てから、その場で嘔吐した。
死んでいたとは言え、仲間の頭を蹴り抜いたベートがドワーフの骸を眺め、徐にリディアが担いだ氷の塊の方へ視線を向け、呟く。
「おい、そいつも
カエデ・ハバリが氷の塊の中で既に息絶えているのであれば、
固い決意の元に呟かれた言葉に、フルエンが否定の言葉を放った。
「いえ、それはないです。少なくとも、死んではいないですよ、死んでたら魔法が解けてるでしょうし」
フルエンの言葉に安堵ともとれる吐息を零し、ベートは再度ドワーフの男の骸に視線を向け、何の言葉を残す事もなく、ベートは視線を逸らした。
第四班として編成されていたメンバーから死者が出た。その報告を受けたフィン、リヴェリア、ガレスの三人は会議用に建てられたテントの内で会議を行っていた。
俯きがちにテーブルに肘をついていたフィンが呟く様に言葉を零す。
「ついに、犠牲者が出てしまったか」
これまで、四十階層までの調査の中で【ロキ・ファミリア】はただ一人も犠牲者を出さずに攻略を進めて来ていた。他のファミリアでは多大な犠牲を出すダンジョン調査を犠牲無しで進めていた事もあり、【ロキ・ファミリア】の名声は天に届くほどとも言われていたのだ。
たとえ【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】《先駆者達》が残した情報を元に積み上げた功績であったとは言え、それでも相応に注意し、警戒し、成し遂げていたファミリアとしての偉業が途絶えた。それは手痛いと言えばそうであるが、それ以上に三人が意識を向けているのはファミリアの士気だ。
「それも、
ダンジョン内での死亡者ゼロで探索を進める。そんな偉業を成し続けていたファミリアからの、初の死亡者。それも二人。うち一人は
それがどういった影響を与えるのか。『次は自分の番かもしれない』そんな恐怖を抱けば、迷宮は一瞬でその命を奪い去っていくだろう。
「……いや、皆なら大丈夫だろう」
フィンが顔を上げて口元に笑みを浮かべた。これまで、数多くの団員達と共に調査に挑んできた。探索のさ中に多数の罠にかかり、危機的状況に陥った事もゼロでは無い。それを犠牲者無しで突破してきたという功績が途絶えた事は残念ではあるが、
主神のロキが、団長のフィンが、皆が認めてようやく入団を決める。決めたのだ、彼らがそう易々と心折られない。そう信じて。
「全員が、というのは無理だと思うがな」
何人かは、心折られてファミリアを去るだろう。そう口にしたリヴェリアに対し、ガレスは顎に手を当てて呟く。その通りだと。
確かにその通りであろう。特にディアン等は戻ってきた直後に取り乱した様子で叫びだし、ペコラが即座に子守唄で眠らせる羽目になった。ペコラの即応のおかげで混乱は少なく済んだが、それでも何人かは不安を覚えてしまった。
「それで、どうする? 戻るか。進むか」
ガレスの言葉にフィンが目を瞑り、リヴェリアが唸る。ファミリアの進退に関わるだけに、慎重な選択をする必要がある。
初めて深層遠征で犠牲者が出た事もあり、団員達の動揺は大きい。他のファミリアであれば遠征の度に犠牲者が付き物だという事で、動揺は少なかっただろう。しかし今まで犠牲者ゼロで進んできた【ロキ・ファミリア】ではそういった経験が少なすぎる。故に動揺は大きく、波紋の如く広がっている。
今回の深層遠征の目的自体は既に達せられている。第四十一階層の進行ルートの開拓という目的だけを見れば、ベート達が見つけた道が最適解だというのは既に調査済み。
戻るというのも悪い選択肢では無い。現状、物資に余裕はある。だが士気が下がっている事もあり、これ以上の無理はすべきではないだろう。
本来なら、ここから更に四十二階層、四十三階層と調査を進め、可能ならば四十五階層を目指すはずであったが、欲張り過ぎは良くない。今回出てしまった犠牲の事もある。戻るべきかとフィンが顔を上げた。
「戻ろう。動揺が大きすぎる。冒険は必要だけど無茶は必要ない」
「わかった」
「では指示を出してくる」
フィンの言葉に頷いて立ち上がるガレスとリヴェリアを見て、フィンは口を開いた。
「カエデの方はどうだった?」
「一応、大事は無い筈だ。目覚めるまで暫くかかるが」
氷漬けになったまま帰還する羽目になったカエデ。彼女については一悶着あったが、一応解決はした。とは言え意識不明のままなので意識が戻るまでは安心できないが。
リヴェリアが受けた報告は衝撃的な物であった。
ドワーフの男、アマゾネスの二名が死亡。カエデが魔法暴走で氷漬け、狼人の男が重傷。
以上の報告を受けたリヴェリアは即座にベート班の状態を確認する為にテントから出れば、全身血塗れの状態のベートが苛立ちを隠しもせずにリヴェリアの前に血に塗れた布の塊を放り投げた。
丁度、人一人分の大きさの塊。どさりと音を立てて落ちたそれを見て目を細め、リヴェリアが質問すれば『ドワーフの方だ』と言ってから、ベートは近くの岩に腰かけて動かなくなる。
他のメンバーも凄惨たる様子であった。血塗れのフルエンが涙を拭いながらアマゾネスの少女の骸を布で包んでいたし、他のメンバーも悔しげに俯いていた。アイズがリヴェリアと視線を合わせた瞬間に俯いて『ごめんなさい』と呟く。
そんな中でリディアが背負っていた氷の塊をリヴェリアの前に下ろして泣く様にへたり込んだ。カエデを助けてと。
目の前に鎮座したのは氷でできた棺に囚われたカエデの姿。何があってこうなったのか想像する他ないが、カエデの魔法が氷の
その途中、頭を抱えて震えていたディアンが『俺がもっとちゃんと応急処置してれば』と泣き叫び始め、それを見ていたフルエンが止めようと声を掛けるがディアンは聞く耳を持たず、『俺が悪い』と叫び続け、見かねたペコラが子守唄で強制的に眠らせる羽目になり。
氷の中に居るカエデが自らを仮死状態にする事で致命傷を負った自身の延命を図っている事に気付き、無意識に身を守り生き残るという目的の為に魔法を暴走状態にしていると判断し、リヴェリアが氷の棺の上から
とは言え意識は無く、目覚めるまでしばらくかかると判断し、カエデに関しては医務用テントに運び込まれる事となる。
ガタゴトと揺れる感触を覚え、口から呻き声が零れ落ちる。
ガタンと大きな揺れが襲い、頭に何かが当たった。重たい瞼を必死に持ち上げて薄目で周囲を見回せば、荷車の中で荷物と共に揺られている光景が目に入ってきた。
鈍重な思考をゆっくりと回し、今どこに居るのかを考えて首を傾げた。
「ここは……」
「あー、目を覚ましましたか」
「……ペコラさん?」
同じく荷車の中で寝袋に収まっていたペコラが飛び跳ねた髪を撫でながらカエデの方を見ていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
ペコラの言葉に首を傾げてから、頷く。暫く眠っていたらしいことに気付いて周囲を見回して、途絶えかけの記憶を辿る。四十一階層への到着、調査の為に編成された班、そして罠に嵌った事。
「ぐっ」
「あ、カエデちゃん大丈夫ですか」
「どうした……あ、カエデが目を覚ましたのか。リヴェリア様に報告行ってくる」
荷車の中で起きた物音に反応したらしい団員が覗き込んできて、カエデが目を覚ましたのに気が付いて去っていく。未だに揺れる荷車の中、カエデは何とか自身に伸し掛かっていた布で包まれた何かを押しのけてペコラに尋ねる。
「あの、罠は、皆は何処に……」
「……ベートさんとアイズさんは無事ですよ。リディアちゃん、ウェンガルちゃん、フルエン君、ディアン君、それから
気まずそうにカエデが押しのけた布で包まれた何かを示すペコラ。一瞬何のことかわからずに布で包まれた何かとペコラの指を見比べてから、布の塊の大きさを見て察した。
カエデよりも大きい布の塊。完全に布で覆い隠されているが独特の臭気が漂っている。死臭と呼べるその臭いと、伸し掛かってきた時の生々しい重さを思い出して身を震わせてから、その布に手を伸ばした所でリヴェリアの声が響いた。
「目を覚ましたか」
「……リヴェリア様」
「気分はどうだ」
「問題ないです。それよりもこれ……」
カエデが手を伸ばしている布にくるまれた其れに視線を向け、リヴェリアは眉を顰めてから口を開いた。
「すまないな。荷車に余裕が無かったから一緒に運んでいた」
「……そうですか」
アマゾネスの少女は、
「歩けるのなら歩いたほうがいいですよ」
「ペコラさんは……」
「ペコラさんは平気ですので」
そうですか、呟きと共に自らの装備を確認しようとして、剣が無い事に気付いて周囲を見る。木箱と布で包まれた骸が二つ。それからテントの骨組みや杭等が乱雑に詰め込まれた荷車の中、カエデの武器が無い。
「あー、カエデ。お前の武器は完全に破損していたそうだ。予備の武器が支給されている。だがお前は後方待機だ。外に出るのは良いが戦闘には参加するな」
「……あの、今何階層ですか」
リヴェリアの指示を聞き、未だにダンジョンの中に居る事を思い出し、口を開けばペコラが横から答えを返してきた。
「今、二十階層です。もう直ぐ十八階層の
何時の間に其処まで、ダンジョンの調査はどうなったのか。捲し立てるカエデの質問に対し、ペコラが一つ一つ丁重に答えていく。
犠牲者が出た事で団長が帰還する事を選んだ事。調査目的は達成されている事。十八階層で一晩休んでから地上に戻る事。
その質問を答え終えた頃には、【ロキ・ファミリア】の遠征部隊は十八階層に到着していた。
十八階層の
各々の団員がテントを張ったり荷物の整理をしたりするさ中、カエデは待機を言い渡され結晶に腰かけて周りの様子を眺めていた。
生き残った。ワタシは生き残った。けれども、
詳しい説明を聞けば、ドワーフの男は
アマゾネスの少女は仮拠点に戻る途中。フルエンの腕の中で息絶えた。
ワタシは、無茶をして魔法の発動をした結果、魔法を暴走させて氷漬けになった後、氷漬けから助け出されて以降一度も目覚めず、四日ほど眠っていた。
生き残った事は、嬉しいはずなのに。
「なんで二人は……」
ドワーフの男の死因は、推定
アマゾネスの少女の死因は、数えきれない程の飢餓状態のライダーバットによって体の一部を貪り食われた事によるショック症状。
ワタシの所為かもしれない。絶対に違うと言いたいけれど、もしかしたら──
考えに浸るさ中、カエデの前にぴょこんと兎の耳が生えてきて思わずのけぞる。のけぞってからその耳がアリソンのものだと気付き、視線を下げればじーっとカエデを見つめるアリソンの姿があった。
「こんにちは、気分はどうですかね」
「アリソンさん……そんなに、よくないです」
「……そうですか。今から水浴びに行くんですけどカエデちゃんも行きましょう。一応、カエデちゃんも濡れタオルとかで拭いてあげてましたけど、やっぱり血の臭いが気になりますし」
アリソンの誘いに迷ってから頷く。後ろ向きの考え方をしてしまうのはもしかしたら血の臭いが原因なのかもしれない。そう考えて立ち上がった。
水浴びの為に女性団員が警戒網を敷いた泉まで歩くさ中、黙っていたアリソンが口を開いた。
「【ロキ・ファミリア】から初めて犠牲者が出ましたね」
遠征中の【ロキ・ファミリア】から死亡者が出たのは、今回が初めての事である。その事についてアリソンが口にしているのだと気付いたカエデは俯いた。
「ワタシの所為……」
「へ? いや、カエデちゃんの所為じゃないですよ。それだけは言えます」
カエデの呟きを拾い上げて否定するアリソン。その姿に不安を覚えた。
「私が言いたいのはそういう事では無くてですね……。皆さん、不安を覚えたみたいで……ディアン君は、今回を機に【ロキ・ファミリア】を脱退するそうです」
「え? ディアンさんが、冒険者やめるんですか」
アリソンが困った様に耳を垂らして口を開いた。
ディアンは、あの罠の中でドワーフの男とアマゾネスの少女の応急処置を行った。他の三人に庇われながら必死に応急処置を行った。目の前で強化種のライダーバットに撥ねられて意識を失ったまま死んだドワーフと、目の前でライダーバットに貪られて致命傷を負ったアマゾネスの少女。
もし、もしももっと応急処置の勉強をしていれば。ドワーフの命を救えたかもしれない。目の前で貪られるアマゾネスを見た時、怯まずに即座に救い出せば、アマゾネスの命を救えたかもしれない。
そんな罪悪感に押し潰され、悲鳴を上げ、耐え切れなくなってしまった。冒険者として活動を続ける事は出来ないと、心折れてしまった。
「だから、帰ったらロキ様に言うらしいんです。冒険者やめますって」
アリソンの言葉を黙って聞いていたカエデ。アリソンは唐突に振り向いて口を開いた。
「カエデちゃんはどう思います。私は……怖いです。これから先、こんな事がもっと増えるんだろうなっていうのがわかってしまったから、とても怖いんですよ」
深層遠征。四十一階層の調査。目的は達成された今回の遠征。【ロキ・ファミリア】から初めて出た犠牲者。ファミリアの皆に広がる動揺。フィンが力強く導いてくれているが、不安がぬぐいきれない。
もし、もしももう一度同じ様に犠牲が出たら。それが自分であったのなら。
【ロキ・ファミリア】の内部に広がった波紋は、今まで平然と冒険者をやってきていた者達の心を揺さ振る。
受け止め、受け流し、平然と冒険者を続けると口にできる者も居るだろう。
だが、中にはそんな不安を抱えてしまう者も居る。アリソンの不安を理解できる。カエデはアリソンを見上げて口を開いた。
「怖いなら、逃げたら良いじゃないですか」
「……そうですけど」
「ワタシも、怖いです。初めての
茨の道だと。憧れで、ただの憧憬で歩いていける程、冒険者という道は優しくない。
──誰かが、命を落とす。それを目にし、耳にし、それでも前に進まなくては自らまで死んでしまう。
ワタシは生きる為に冒険者になった。
「アリソンさんは、どうするんですか」
脅えるのなら、逃げれば良いじゃないか。逃げた先に道があるのなら、そうすればいい。ワタシだって怖い、辛い、苦しい。でも、他に道なんて無い。
貴女は違う。他に道がある。ならばそっちに逃げれば良い。
人の死が怖いか。怖いに決まってる。己の死が怖いか。怖いに決まってる。その脅えは共感できる。してあげられる、だけど選ぶ道だけは同じにはならない。
選べるアリソンと違って、ワタシは選べないから。
人が死んだ。あの時の選択で、ワタシがアマゾネスの彼女と一緒に行動していたら。彼女は助かったかもしれないけれど、でもワタシは
後悔してるけど、後悔し続けるだけじゃダメなんだって。前に進む為に悩みはしても、足を止めはしないんだって。
「ワタシは進みます」
もしかしたら、
また、彼らに何か言われるのだろうか。
『
一定範囲内で死亡した場合。モンスターの場合は魔石の有無を問わずに、人の場合は頭部が無事である場合『
『
モンスター、冒険者問わずにこの状態は付与される。
死んだ冒険者の死体がこの罠の範囲内を徘徊し続ける事があり、時折下層以下へ赴いて帰らなかった冒険者等がモンスターに混じって不死者になって居る事が確認されている。
つい先ほどまで共に戦い、命を落とした仲間が武器を手に襲い掛かってくると言うこの