生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

90 / 130
『はぁ? 何も無かった?』

『【ガネーシャ・ファミリア】の団員曰く。本当に何も無かったみたいだ』

『おかしい。絶対におかしい。あのナイアルの所だぞ? 何かあるに決まってる』

『それは僕もそう思ったよ。だから調べて来た』

『カッツェ、良い行動です。それで何かありましたか?』

『……いや、割とマジで何も無かった』

『は?』

『もぬけの殻。本当に()()()()()()()()()

『……逃げられた?』

『みたいだ』

『………………はぁ、造船を急がないと。それとクトゥグア見つけたら、ぶっ殺してくれないかい?』

『神殺しをしろって? ……良いよ。その代わり妹の事は任せるからな』


『深層遠征』《帰還の途》三

 ダンジョン第十八階層、深層遠征の帰りである【ロキ・ファミリア】が野営地を設営した広々とした草原。数多くのファミリアが同じ様に野営地として利用していたからか、踏み均された部分はぽっかりと禿げあがっている。

 そんな広い空間に無数の篝火が焚かれ、警戒の為に不眠番をする数人の団員の姿が散見できる。

 その様子を目を細めて眺めながら、最後に視線をとある一点で止め、フィンは軽く溜息を零した。

 

「ダメ、だったみたいだね」

「……仕方ないか」

「最初の第一印象が悪かったからなあ」

 

 同じように野営地を眺めていたリヴェリア、ガレスもフィンの呟きに続く。彼らが見ているのは狼人(ウェアウルフ)専用に建てられたテント。三人の視線の先にはテントから耳を垂れさせ、あからさまに消沈した様子の狼人(ウェアウルフ)の青年。ケルトが出て来た様子が見て取れていた。

 ベートが居ない今が、カエデと他の狼人(ウェアウルフ)との良い接触の機会であると判断し、計画通りにベートを引き剥がす事に成功していた今回の一件。

 カエデと他の狼人(ウェアウルフ)の間にある溝を埋めるという作戦は、失敗に終わったらしい。詳しい話はケルトから聞かなければならないものの、あの表情で上手く仲良くなりましたとは言わないだろう。

 

 事の始まりは、深層遠征に向かう事が決定してから第二級(レベル3)団員達への通知を終えた直後の話である。元々、狼人(ウェアウルフ)達のカエデに対する態度は、お世辞にも良い物とは言えなかった。

 その事で今回の遠征に参加する事になった狼人(ウェアウルフ)達を呼び出し、遠征中にこれまでの様な対応をとらない様に注意しておく事にしたフィン達。

 やってきた狼人(ウェアウルフ)達に対し、カエデに対する対応について話した所、狼人(ウェアウルフ)達から驚きの答えが返ってきた。

 

『俺達は別にアイツの事を嫌ってねぇし。面倒見ろってんなら見るのも吝かじゃねえけどよ。アイツ、俺らの事怖がってるだろ? そこら辺は大丈夫なのか……なんですかね』

 

 その台詞に驚いたのは、フィンだけではない。ロキも驚いていた。

 カエデをあからさまに無視しながらも、嫌っていないという台詞。不思議に思った其れに対し質問をいくつかすれば、何故彼らがそんな態度をとっていたかがはっきりとわかった。

 

 狼人(ウェアウルフ)達には、派閥というものが存在する。ケルトを中心にした派閥、他の狼人(ウェアウルフ)を中心にした派閥。

 

 本来、獣人の中でも狼人(ウェアウルフ)()()を形成して生活する種族である。

 そうであるにも関わらず、冷たく、乱暴なイメージを持たれやすいのは一重に()()()()()()を区別して接しているから。

 同じ()()に認められた者は温かく迎え入れられ、そうでないものは冷たくあしらわれる。そういった印象が独り歩きした結果、狼人(ウェアウルフ)は総じて粗野で乱暴者な一匹狼であるといった風に言われる様になった。それは猫人(キャットピープル)が『陽気な性格』で『お調子者』であり『語尾が「にゃ」である』といった一般的な人たちが抱くイメージといったものと同じである。

 実際の所は()()()()()ではあるが彼らはとても結束力が強い。

 

 その結束力の強さ故に、部外者や異質なものに対して異常なまでに排他的な態度をとる事が多い。

 其の為、フィン達はカエデが()()()()()()()無視という形で排他的な態度をとられているのだと勘違いしていた。

 だが、実際の所、【ロキ・ファミリア】内部の狼人(ウェアウルフ)達は、全てとは言わないが殆どの者がカエデに対して嫌悪感を抱いていた訳では無い。

 

 特に顕著なのはケルトを中心にした派閥。他にもいくつか存在するが、【ロキ・ファミリア】に在籍する狼人(ウェアウルフ)はベートやカエデを含め20名を超える程。

 存在する派閥の数は三つ程で、それぞれ5~6人程で形成されている。大雑把な区分として駆け出し(レベル1)の派閥。第三級(レベル2)第二級(レベル3)の集まった派閥。第二級(レベル3)のみで構築された派閥の三つ。

 ケルトが仕切る派閥は第二級(レベル3)冒険者のみで構築された派閥であり、カエデに対しては容認派でもある。

 

 最もカエデに対して嫌悪感を抱いているのは、オラリオに来て日も浅く、『試練』を一度も味わった事の無い駆け出し(レベル1)の派閥の者達。彼らは狼人(ウェアウルフ)に伝わっている伝承をそっくりそのまま鵜呑みにして信じ込んでいる為、白毛のカエデに対しての当たりが非常に悪い。陰口を囁くのは殆ど彼らである。

 次点が第三級(レベル2)第二級(レベル3)の集まり。彼らは単純に“嫉妬している”だけである。最速でのランクアップを果たしたカエデに対する嫉妬心から、カエデに対する当たりは悪くなりがち。医務室送りにされていたのはこの派閥に所属していた第三級(レベル2)の者達だ。

 

 そしてカエデを容認しているケルトの派閥は、最初は仲間としてカエデを迎え入れようとした。したのだが、肝心の本人を見た時点で関わるのをやめた。

 それは、彼らがカエデに対して忌避感を持ったからではない。それは、()()()()()()()()()()()()()()

 

 狼人(ウェアウルフ)に限らず。獣人はその体、全身を使って感情を表す。顔の表情だけにとどまらず、耳の動き、尻尾の揺れ。毛の逆立ち。そういった体全体を使っての感情表現を行うが故に、獣人達はたいていの場合、獣人同士であれば一目見ただけで相手の感情を察する事が出来る。

 彼らから見たカエデは、狼人(ウェアウルフ)に向けられる視線に対する、『反発心』『抵抗感』それから隠しきれない程の『恐怖心』と『緊張感』。

 

 ケルト達は狼人(ウェアウルフ)の伝承の中で『忌み子』として知られる白毛の狼人の子が、群れの中でどういった扱いを受けるのかを知っている。産まれたその日に殺されるか、殺されなかったとしても牢の奥に捕らえて飼い殺しにする。ほんの僅かな食事のみを与え、殺すでもなく、生かされるでもなく。思い出したかのように群れの中で溜まる鬱憤のはけ口として扱われる。

 それを知るからこそ彼らは彼女、カエデ・ハバリが狼人(自分達)に脅えているのを見て憐れんだ。どうにかできないかと派閥内で話し合いが行われる事となり。

 

 その結果。カエデを()()()()()()()()()()()()()()

 

 その理由はいくつかあるが、大きなものとしてはペコラ・カルネイロの存在があげられる。

 【甘い子守唄(スウィートララバイ)】ペコラ・カルネイロは【ロキ・ファミリア】内部に於いて重要な立ち位置に居ながら、致命的なまでに狼人(ウェアウルフ)に対しての心の傷(トラウマ)を抱えている。

 彼女は、狼人(ウェアウルフ)から見られただけで息を詰らせ、近づくだけで悲鳴を上げ、下手をすればそのまま気絶してしまう程に狼人(ウェアウルフ)が苦手であった。

 ケルト達狼人(ウェアウルフ)からすれば面白くは無い。だが、彼女の経歴を知ればそれも当然の事かと納得が出来た。その上で彼女を()()()()()()()()()()として認めた。

 

 だが、ケルト達狼人(ウェアウルフ)がペコラ・カルネイロを仲間として認めようと、ペコラ自身が受け入れられるかと言うと、答えは否である。ペコラはどれだけ狼人(ウェアウルフ)達が気を遣っても、脅え、震え、涙して、気絶してしまう。

 声をかけるなんて真似はとてもできない。傍に寄り沿う事も出来ない。そもそも近づくだけで恐怖心に身を震わせてしまう彼女に対し、狼人(ウェアウルフ)であるケルト達にできる事は何一つ無かった。

 いや、むしろ()()()()()()()()()()()()。ペコラに対し近づく事も、同じ場に居る事も、そもそも声を掛ける事もしない事こそ、彼女の為になると。

 

 ペコラ・カルネイロを仲間として認めた上で、ペコラの心に傷を付けまいと、彼らはペコラを無視した。声を掛けず、視線を合わせず、そもそも存在を意識しない。そうする事でペコラに対し言外に『俺らは気にしてない』と伝えていた()()()()()()。それをペコラはしっかりと汲み取っていた。狼人(ウェアウルフ)の人達に気を遣われている。そう認識して必死に恐怖心を乗り越えようとしていた。

 

 それをケルト達は知っていた。だからこそ、カエデにも同じような態度をとってしまった。脅えるなら、無視する。『俺らは気にしていない、お前が白毛だとか、禍憑きだとか、そんなもの関係無い』と。

 問題は、カエデがその意図をくみ取れなかった事。当然だ、彼女はそもそも()()で生活していたわけでは無い。無言で、言葉も無く意図を擦り合わせる事が出来る程、経験が無かった。

 

 それを知ったのは、カエデ・ハバリがランクアップした時だ。ケルト達は『おめでとう』と声をかける積りだった。だが、カエデはそんなケルト達に向ける視線には『拒否感』がありありと浮かんでいた。

 

 そこでようやく、ケルト達は自分達が対応を間違えた事に気付いた。

 

 駆け出し(レベル1)が集まる派閥は、陰口という形でカエデの心を抉った。

 第三級(レベル2)第二級(レベル3)の派閥は、ランクアップするまでカエデに無関心だった。

 ケルトの派閥は、カエデを気遣って『居ないもの』として扱った。

 

 カエデからすれば、最初に距離感も関係無くいきなり踏み込んできたベート以外の狼人(ウェアウルフ)の対応に差があるなど思いつくはずもない。気付いた所で、もう遅い。

 カエデに近づこうとすれば、カエデが脅える。それだけなら、半ば強引にでも近づけば良かった。

 

 問題は間に狼人(ウェアウルフ)の中で最も強いベートが入ってしまった事。

 

 ベートに睨まれれば、彼らは引き下がる他ない。ケルト達はベートという壁によってカエデとの距離感の修復が出来なくなっていた。

 

 元々、最も強いベートが、ただ一言『俺に従え』と狼人(ウェアウルフ)達を纏め上げていれば、こんな事にもならなかったのだろう。だが、ベートは『弱ぇ奴の相手なんてするか』と狼人(ウェアウルフ)達を従わせる事を拒んだ。

 結果、狼人(ウェアウルフ)達はそれぞれの思想の下、最も気質の近い者達で集団を作り、三つの派閥へと分かれる事になったのだ。

 エルフには絶対の支柱であるリヴェリア・リヨス・アールヴが居る。ドワーフはガレス・ランドロックが。ヒューマンはそもそも群れを作らず、集団生活を送れる。他の獣人にも支柱と呼べる者が居た。だが、狼人(ウェアウルフ)だけは支柱となるべき強者、ベートがそれを拒んでバラバラになっていたのだ。

 たとえベートが従えと言わずとも、ベートが最も強いが故にベートの行動を阻もう等とは思わないし、思えない。其れゆえにベートが気に食わないと睨みつけてくるのであればケルト達は大人しく引き下がる他ない。

 

 だからこそ、関係の修復は出来なくて困ってると。彼らの口から聞いた時。ロキは大笑いした。

 

 全ての狼人(ウェアウルフ)がカエデを拒否している訳では無かった。しいて言うなら、カエデの方が狼人(ウェアウルフ)を拒んでいる状態であったのだ。

 無論、カエデが悪い訳では無い。ケルト達もカエデを責めよう等とは思わないし、絶対にしないと誓った。

 白毛の狼人(ウェアウルフ)の扱いが悪いのは既に知っていたのだ。カエデが脅える原因が其れにあるのは明白である。それを白毛であるカエデに責めるのはお門違いも良い所。

 故に受け入れる気があるのに、彼らはカエデから距離をとり、居ないものとして扱ったのだ。

 

 今回、四十一階層でのトラブルの際、ケルトがカエデに対し『禍憑き』といった言葉を放ったことも、カエデに対する気遣いの一つ。

 既に死に体とも言えるケルトが自分の死にカエデを巻き込むのを嫌ったからこそ、ケルトはカエデを罵倒し、自分を()()()()()()()と伝えようとした。こんな風にカエデを貶す奴を、カエデがわざわざ救おうとなんてしないだろうと。

 結局カエデはそのケルトの考えを真っ向から打ち砕き、ケルトを助けてみせた訳だが。

 

 その話を聞いて、フィンもリヴェリアも、ガレスさえも呆れ返った。

 

 ちゃんと、最初からカエデと言葉を交わしていれば。しっかりと言葉を以てカエデと交流を交わしていれば、そうすればカエデもちゃんと彼らを受け入れられただろう。

 器の昇格(ランクアップ)を挟み、他の派閥の者達に嫉妬心を向けられ、より狼人(ウェアウルフ)に対する忌避感の増したカエデに、今回の件は早急に過ぎたかもしれない。

 

 三人の前で頭を下げて『ダメだった。そのまま毛布に包まって寝た振りされちまったよ』と溜息を吐くケルトの姿に、フィンは軽く首を横に振った。

 

「まあ、今回は仕方ない。地上に帰ってから、少しずつでもカエデに声をかけるべきだ。今のままだと、ベートの言葉以外信じられなくなる。そうなる前に、カエデとの関係修復を頑張ってくれ」

 

 横から、例えばフィンやリヴェリアがカエデに対し『彼らはカエデを気遣っている』と言えばカエデはそれを飲み込んで認めようとするだろう。だが、それはこの問題を引き起こしたケルト達が納得しない。

 せめて自分達でなんとかしたい。その意図を汲んでの今回の作戦だったが。

 

「あまり急ぐな。カエデも戸惑うだろう。地上に戻ってから少しずつ、で構わない」

 

 リヴェリアの言葉にケルトが頷いた。

 今回をきっかけに、少なくともケルトの派閥はカエデに関わっていく事だろう。ベートに対しその辺りを説明しておかなければ、またベートが障害となりかねない。ベートが何と言うか大体察しがつくフィンは溜息を零した。

 

 

 

 

 

 

 隠れていた瓦礫の陰からアルスフェアが先程の戦闘を思い出しつつも視線を巡らす。

 目の前の惨劇に目を見開き、それから金髪の後ろ姿をマジマジと見つめ、もう一度目の前の惨状を見てアルスフェアは思わず呟いた。

 

「おい、嘘だろ……オラリオ最強に膝を突かせやがったよこの狐人(ルナール)……」

 

 アルスフェアの前に広がる光景。

 オラリオの街中、町はずれにある元【ゼウス・ファミリア】の本拠跡地の瓦礫の中。血だまりを作り膝を突いて粗い息を零すオラリオ最強の男【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 そのオッタルを冷めた瞳で見下ろす金髪の狐人(ルナール)の美女。自称ヒヅチ・ハバリ。右手に持った刀を無造作に眺め、彼女は何ともなく呟いた。

 

「折れた。おかしいのう。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本来なら、彼女のステイタスでは傷一つつけられないはずであるにも関わらず、彼女の振るった刀は、オッタルの体に無数の傷を作り上げていた。信じられない光景である。

 彼女のステイタスを暴き、その悍ましいスキルの数々に息を呑んでいたアルスフェアであるが、よもや此処まで強いとは思わなかった。

 

 彼女、ヒヅチ・ハバリは第三級(レベル2)である。つまりアルスフェアとレベル自体に差はない。だが、この差は何だろうかと自身に問う。

 アルスフェアが何千人居れば、オラリオ最強(レベル7)に膝を突かせる事が出来るのか。確かに彼女のスキルは凄まじいものであった。だがいくらなんでもレベル差5つを覆すのはぶっ飛び過ぎている。

 

 アルスフェアが理解出来たのは【九の尾を持つ獣】『習得枠(スロット)の増加』『魔法の九重発動』と【屍山血河】『積み上げた屍の数だけ基礎アビリティ超々上昇』『流した血の量だけ基礎アビリティ超上昇』の二つのみ。

 他にも魔法、狐人(ルナール)で言う妖術に結界術、陰陽術に式神術なんてふざけた代物を無数に習得した化物。

 

 誰が予測できる? 神がかり的な剣術を振るいながら、片手間に大規模魔術を行使するなんて。

 

「新しい(つるぎ)が必要じゃの。ところで──お主は何故ワシと戦っておる? そも、ワシは何故此処に居るんじゃったかのう……? まあいいか、刃交えた以上、お主は敵で、ワシはお主を斬れば良い。そうじゃな?」

 

 ぶつぶつと自分の中の考えを纏めるヒヅチ・ハバリの言葉に対し、美の女神フレイヤが口を開いた。

 

「こんばんは、ヒヅチ・ハバリ」

「……? 誰じゃお主? 神か? こんな所で何をしておる」

 

 普通の受け答え。つい先ほどまでオラリオ最強(レベル7)のオッタルと死線を潜り合っていた化物とは思えない普通の、受け答え。

 

「フレイヤ、と聞けば殆どの子は知っているはずなのだけれどね」

 

 美しく、妖艶に微笑むフレイヤ。彼女の足元には無数の傷に塗れ、膝を突く最強の姿がある。

 

 事の始まりは、ヒヅチ・ハバリが正気を取り戻してから直ぐの事だった。【ガネーシャ・ファミリア】の団員が【ナイアル・ファミリア】の本拠に雪崩込んできた。それの相手をしていたら、女神フレイヤが訪ねてきたのだ。

 驚きつつも彼女に用件を尋ねようとすれば『貴方達は帰ってちょうだい』と一言【ガネーシャ・ファミリア】の団員に告げ、女神フレイヤの鶴の一声に【ガネーシャ・ファミリア】が撤退。

 何の用件だと再度告げれば。『貴方の主神は何処? アレには()()()()()()()()()』とヒヅチの存在を嗅ぎつけている事を匂わせて来たのだ。

 

 アルスフェアは目玉が飛び出そうになる程に驚いた。何故なら()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

『美の女神が訪ねてくるはずですので、そうですね……旧【ゼウス・ファミリア】本拠跡地に来るように言ってください。私はヒヅチ・ハバリと先に向かいますので。キーラ・カルネイロは地下水路にでも捨てといてください。もう壊れちゃいましたし。彼女になら殺されても良いかなって思ったんですけどね。でもやっぱクトゥグアは殺したいですから』

 

 あの言葉を思い出すだけでゾッとする。涙を流したまま身動き一つとらずに固まって動かなくなったキーラ・カルネイロを近場の地下水路の入口から中に投げ込んできた後、来るとは思っていなかった美の女神の登場。そしてヒヅチ・ハバリの事。

 

『あぁ、お主。キーラと言ったか? 礼を言う。言葉だけでは足りん? そうじゃな……こういう物しか出せんが。これで良いのか?』

 

 脳裏に浮かびあがったのは正気を取り戻した後、()()()()()()()()()()()()()()()ヒヅチ・ハバリの姿と行動。

 なんとあの女、あろうことか目の前で縛り上げられたキーラ・カルネイロの胸に『礼じゃ』等とほざいて短刀を突き刺しやがったのだ。キーラの目が見開かれ、涙を流したまま動かなくなったのを見てナイアルは嗤っていた。

 

「貴女、自分が正気じゃないのに気付いているかしら?」

「……ワシが正気では無い? 何を、ワシは正気じゃ」

 

 美の女神と狂人のやり取りを聞き、全力で狂人の背中にこう心の中で叫ぶ『お前の何処が正気なんだ』と。

 

「……貴女の様な魂を、汚すなんて。やはりナイアルは殺しておくべきだったわね」

 

 女神フレイヤの憎悪に染まった瞳に、アルスフェアはつい先ほどフレイヤを煽るだけ煽って姿を消した主神を心の中で殴りまくった。ふざけんなと。

 

 彼女、ヒヅチ・ハバリはキーラ・カルネイロのスキルによって正気を取り戻し。その五分後にはナイアルの狂気を埋め込まれて再度狂っている。なんでそんな事をとナイアルに問いかければ『クトゥグアの都合の良い様に狂っていて貰っては困るのですよ。だから()()()()()()()()()()()()()狂わせました』等と笑顔で言ってのけるし。もう自分ではついていけない話になってきた。

 

 アルスフェアが頭を抱えるさ中、膝を突いていたオッタルがうめき声を上げながら立ち上がった。

 

「ぐぅ……、フレイヤ様、お逃げを」

「オッタル、大丈夫?」

「問題っ、ありません……どうか、此処から逃げてください」

 

 あの最強が、女神に逃げろと進言している。天地がひっくり返る様な衝撃的光景だが。何より異常なのはあれだけド派手にオラリオ最強(レベル7)が暴れたにも関わらず、()()()()()()()()()()()()

 オッタルの傍に転がる大剣の残骸。あの大剣が粉々に砕け散るまで振るわれ、もともと古びた建物群のあった旧【ゼウス・ファミリア】の本拠は完全に廃墟と化している。粉砕された石材の散らばるこの場所は、つい先ほどまで化物同士の戦場だったのだ。

 あれだけ大きな音を立てて戦闘をしていたのに、()()()()()()()()()。様子を見に来るぐらいするだろう。野次馬根性の強い神なら、来るはずなのに。誰も来ない。

 当然だ、何故なら此処は──

 

「逃げる? 何処にじゃ? 逃げ場なんぞ、()()()()()()()()()()()()()

 

 美しい、妖艶な、魅了の効果こそ無いものの、見る者を惹きつける笑みを浮かべたヒヅチ・ハバリの言葉の通りだ。此処は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という単純な効力しか発動していないからいいものの、他の効果ならアルスフェアが死んでいた。

 

「……神を巻き込むなんて、悪い子ね」

「すまんな。加減の仕方なんぞ学ぶ機会はありゃせんかった」

「そう、所で──そこの貴方、此処から出してくれないかしら」

 

 フレイヤの言葉が自分に向けられたと察し、アルスフェアは隠れていた瓦礫から姿を現す。

 

「あー、構わないよ。その代わり条件があるんだ」

「…………何かしら」

「僕達の事を誰にも言わない事。ヒヅチ・ハバリについてカエデ・ハバリに伝えない事。二つを守ってくれるなら、すぐにでも出してあげるよ」

 

 嘘では無い。本当の事だ。女神フレイヤは人の魂を見通し、美しい魂を見つけたらちょっかいをかけるというのを繰り返している神である。そうであるが故に『ヒヅチ・ハバリ』と『アマネ・ハバリ』の魂を掛けあわせて『作られた』()()()()()()()は相応に興味を引く対象であったのだろう。

 それでは困る。ナイアルが事を起こすのに邪魔になる。ナイアルが事を起こそうとすれば、必ず彼女は邪魔をする。

 

『私は、別にどうでも良いんですよ。どっちでも』

『そう、カエデ・ハバリが生きようが死のうが』

『ヒヅチ・ハバリが狂おうがどうなろうが』

『オラリオが滅んだって』

『全ての神が地上から駆逐されようが』

『私が()()()()()()()()()()()。その他全てがどうなろうが知った事ではありません』

 

 ────もちろん。アルスフェア? 貴方も、何処で死のうが、泣こうが喚こうが、嘆こうが狂おうが。私は知りません。どうぞお好きに行動してください。私を殺しても良いし。私に従っても構いませんよ?

 

 目の前で、悩ましげな表情で此方を見るフレイヤから視線を外す。

 

 自分は、アルスフェアという少年は狂ってる(頭がおかしい)

 

 【ナイアル・ファミリア】に所属する人物は、皆狂人(まともじゃない奴)である。それは、アルスフェアも同様だ。

 なんたって、あれだけ怖気が走る様な狂気に満ちた笑みを零すナイアルを、こんなにも()()()()()()()()()()のだから。




 狼人達の行動全てがカエデちゃんにとってマイナスだったけど、気遣いからくる行動もあったんだと。なおカエデちゃんからすれば皆同じにしか見えなかったみたいですが。

 【ナイアル・ファミリア】の団員は、皆狂人(まともじゃない奴)である。
 無論アルスフェア君もね? あの邪神の悍ましい笑みに対し、一周回って愛着を感じちゃってる感じ。ヤバイ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。