生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『【ガネーシャ・ファミリア】の団員曰く。本当に何も無かったみたいだ』
『おかしい。絶対におかしい。あのナイアルの所だぞ? 何かあるに決まってる』
『それは僕もそう思ったよ。だから調べて来た』
『カッツェ、良い行動です。それで何かありましたか?』
『……いや、割とマジで何も無かった』
『は?』
『もぬけの殻。本当に
『……逃げられた?』
『みたいだ』
『………………はぁ、造船を急がないと。それとクトゥグア見つけたら、ぶっ殺してくれないかい?』
『神殺しをしろって? ……良いよ。その代わり妹の事は任せるからな』
ダンジョン第十八階層、深層遠征の帰りである【ロキ・ファミリア】が野営地を設営した広々とした草原。数多くのファミリアが同じ様に野営地として利用していたからか、踏み均された部分はぽっかりと禿げあがっている。
そんな広い空間に無数の篝火が焚かれ、警戒の為に不眠番をする数人の団員の姿が散見できる。
その様子を目を細めて眺めながら、最後に視線をとある一点で止め、フィンは軽く溜息を零した。
「ダメ、だったみたいだね」
「……仕方ないか」
「最初の第一印象が悪かったからなあ」
同じように野営地を眺めていたリヴェリア、ガレスもフィンの呟きに続く。彼らが見ているのは
ベートが居ない今が、カエデと他の
カエデと他の
事の始まりは、深層遠征に向かう事が決定してから
その事で今回の遠征に参加する事になった
やってきた
『俺達は別にアイツの事を嫌ってねぇし。面倒見ろってんなら見るのも吝かじゃねえけどよ。アイツ、俺らの事怖がってるだろ? そこら辺は大丈夫なのか……なんですかね』
その台詞に驚いたのは、フィンだけではない。ロキも驚いていた。
カエデをあからさまに無視しながらも、嫌っていないという台詞。不思議に思った其れに対し質問をいくつかすれば、何故彼らがそんな態度をとっていたかがはっきりとわかった。
本来、獣人の中でも
そうであるにも関わらず、冷たく、乱暴なイメージを持たれやすいのは一重に
同じ
実際の所は
その結束力の強さ故に、部外者や異質なものに対して異常なまでに排他的な態度をとる事が多い。
其の為、フィン達はカエデが
だが、実際の所、【ロキ・ファミリア】内部の
特に顕著なのはケルトを中心にした派閥。他にもいくつか存在するが、【ロキ・ファミリア】に在籍する
存在する派閥の数は三つ程で、それぞれ5~6人程で形成されている。大雑把な区分として
ケルトが仕切る派閥は
最もカエデに対して嫌悪感を抱いているのは、オラリオに来て日も浅く、『試練』を一度も味わった事の無い
次点が
そしてカエデを容認しているケルトの派閥は、最初は仲間としてカエデを迎え入れようとした。したのだが、肝心の本人を見た時点で関わるのをやめた。
それは、彼らがカエデに対して忌避感を持ったからではない。それは、
彼らから見たカエデは、
ケルト達は
それを知るからこそ彼らは彼女、カエデ・ハバリが
その結果。カエデを
その理由はいくつかあるが、大きなものとしてはペコラ・カルネイロの存在があげられる。
【
彼女は、
ケルト達
だが、ケルト達
声をかけるなんて真似はとてもできない。傍に寄り沿う事も出来ない。そもそも近づくだけで恐怖心に身を震わせてしまう彼女に対し、
いや、むしろ
ペコラ・カルネイロを仲間として認めた上で、ペコラの心に傷を付けまいと、彼らはペコラを無視した。声を掛けず、視線を合わせず、そもそも存在を意識しない。そうする事でペコラに対し言外に『俺らは気にしてない』と伝えていた
それをケルト達は知っていた。だからこそ、カエデにも同じような態度をとってしまった。脅えるなら、無視する。『俺らは気にしていない、お前が白毛だとか、禍憑きだとか、そんなもの関係無い』と。
問題は、カエデがその意図をくみ取れなかった事。当然だ、彼女はそもそも
それを知ったのは、カエデ・ハバリがランクアップした時だ。ケルト達は『おめでとう』と声をかける積りだった。だが、カエデはそんなケルト達に向ける視線には『拒否感』がありありと浮かんでいた。
そこでようやく、ケルト達は自分達が対応を間違えた事に気付いた。
ケルトの派閥は、カエデを気遣って『居ないもの』として扱った。
カエデからすれば、最初に距離感も関係無くいきなり踏み込んできたベート以外の
カエデに近づこうとすれば、カエデが脅える。それだけなら、半ば強引にでも近づけば良かった。
問題は間に
ベートに睨まれれば、彼らは引き下がる他ない。ケルト達はベートという壁によってカエデとの距離感の修復が出来なくなっていた。
元々、最も強いベートが、ただ一言『俺に従え』と
結果、
エルフには絶対の支柱であるリヴェリア・リヨス・アールヴが居る。ドワーフはガレス・ランドロックが。ヒューマンはそもそも群れを作らず、集団生活を送れる。他の獣人にも支柱と呼べる者が居た。だが、
たとえベートが従えと言わずとも、ベートが最も強いが故にベートの行動を阻もう等とは思わないし、思えない。其れゆえにベートが気に食わないと睨みつけてくるのであればケルト達は大人しく引き下がる他ない。
だからこそ、関係の修復は出来なくて困ってると。彼らの口から聞いた時。ロキは大笑いした。
全ての
無論、カエデが悪い訳では無い。ケルト達もカエデを責めよう等とは思わないし、絶対にしないと誓った。
白毛の
故に受け入れる気があるのに、彼らはカエデから距離をとり、居ないものとして扱ったのだ。
今回、四十一階層でのトラブルの際、ケルトがカエデに対し『禍憑き』といった言葉を放ったことも、カエデに対する気遣いの一つ。
既に死に体とも言えるケルトが自分の死にカエデを巻き込むのを嫌ったからこそ、ケルトはカエデを罵倒し、自分を
結局カエデはそのケルトの考えを真っ向から打ち砕き、ケルトを助けてみせた訳だが。
その話を聞いて、フィンもリヴェリアも、ガレスさえも呆れ返った。
ちゃんと、最初からカエデと言葉を交わしていれば。しっかりと言葉を以てカエデと交流を交わしていれば、そうすればカエデもちゃんと彼らを受け入れられただろう。
三人の前で頭を下げて『ダメだった。そのまま毛布に包まって寝た振りされちまったよ』と溜息を吐くケルトの姿に、フィンは軽く首を横に振った。
「まあ、今回は仕方ない。地上に帰ってから、少しずつでもカエデに声をかけるべきだ。今のままだと、ベートの言葉以外信じられなくなる。そうなる前に、カエデとの関係修復を頑張ってくれ」
横から、例えばフィンやリヴェリアがカエデに対し『彼らはカエデを気遣っている』と言えばカエデはそれを飲み込んで認めようとするだろう。だが、それはこの問題を引き起こしたケルト達が納得しない。
せめて自分達でなんとかしたい。その意図を汲んでの今回の作戦だったが。
「あまり急ぐな。カエデも戸惑うだろう。地上に戻ってから少しずつ、で構わない」
リヴェリアの言葉にケルトが頷いた。
今回をきっかけに、少なくともケルトの派閥はカエデに関わっていく事だろう。ベートに対しその辺りを説明しておかなければ、またベートが障害となりかねない。ベートが何と言うか大体察しがつくフィンは溜息を零した。
隠れていた瓦礫の陰からアルスフェアが先程の戦闘を思い出しつつも視線を巡らす。
目の前の惨劇に目を見開き、それから金髪の後ろ姿をマジマジと見つめ、もう一度目の前の惨状を見てアルスフェアは思わず呟いた。
「おい、嘘だろ……オラリオ最強に膝を突かせやがったよこの
アルスフェアの前に広がる光景。
オラリオの街中、町はずれにある元【ゼウス・ファミリア】の本拠跡地の瓦礫の中。血だまりを作り膝を突いて粗い息を零すオラリオ最強の男【
そのオッタルを冷めた瞳で見下ろす金髪の
「折れた。おかしいのう。
本来なら、彼女のステイタスでは傷一つつけられないはずであるにも関わらず、彼女の振るった刀は、オッタルの体に無数の傷を作り上げていた。信じられない光景である。
彼女のステイタスを暴き、その悍ましいスキルの数々に息を呑んでいたアルスフェアであるが、よもや此処まで強いとは思わなかった。
彼女、ヒヅチ・ハバリは
アルスフェアが何千人居れば、
アルスフェアが理解出来たのは【九の尾を持つ獣】『
他にも魔法、
誰が予測できる? 神がかり的な剣術を振るいながら、片手間に大規模魔術を行使するなんて。
「新しい
ぶつぶつと自分の中の考えを纏めるヒヅチ・ハバリの言葉に対し、美の女神フレイヤが口を開いた。
「こんばんは、ヒヅチ・ハバリ」
「……? 誰じゃお主? 神か? こんな所で何をしておる」
普通の受け答え。つい先ほどまで
「フレイヤ、と聞けば殆どの子は知っているはずなのだけれどね」
美しく、妖艶に微笑むフレイヤ。彼女の足元には無数の傷に塗れ、膝を突く最強の姿がある。
事の始まりは、ヒヅチ・ハバリが正気を取り戻してから直ぐの事だった。【ガネーシャ・ファミリア】の団員が【ナイアル・ファミリア】の本拠に雪崩込んできた。それの相手をしていたら、女神フレイヤが訪ねてきたのだ。
驚きつつも彼女に用件を尋ねようとすれば『貴方達は帰ってちょうだい』と一言【ガネーシャ・ファミリア】の団員に告げ、女神フレイヤの鶴の一声に【ガネーシャ・ファミリア】が撤退。
何の用件だと再度告げれば。『貴方の主神は何処? アレには
アルスフェアは目玉が飛び出そうになる程に驚いた。何故なら
『美の女神が訪ねてくるはずですので、そうですね……旧【ゼウス・ファミリア】本拠跡地に来るように言ってください。私はヒヅチ・ハバリと先に向かいますので。キーラ・カルネイロは地下水路にでも捨てといてください。もう壊れちゃいましたし。彼女になら殺されても良いかなって思ったんですけどね。でもやっぱクトゥグアは殺したいですから』
あの言葉を思い出すだけでゾッとする。涙を流したまま身動き一つとらずに固まって動かなくなったキーラ・カルネイロを近場の地下水路の入口から中に投げ込んできた後、来るとは思っていなかった美の女神の登場。そしてヒヅチ・ハバリの事。
『あぁ、お主。キーラと言ったか? 礼を言う。言葉だけでは足りん? そうじゃな……こういう物しか出せんが。これで良いのか?』
脳裏に浮かびあがったのは正気を取り戻した後、
なんとあの女、あろうことか目の前で縛り上げられたキーラ・カルネイロの胸に『礼じゃ』等とほざいて短刀を突き刺しやがったのだ。キーラの目が見開かれ、涙を流したまま動かなくなったのを見てナイアルは嗤っていた。
「貴女、自分が正気じゃないのに気付いているかしら?」
「……ワシが正気では無い? 何を、ワシは正気じゃ」
美の女神と狂人のやり取りを聞き、全力で狂人の背中にこう心の中で叫ぶ『お前の何処が正気なんだ』と。
「……貴女の様な魂を、汚すなんて。やはりナイアルは殺しておくべきだったわね」
女神フレイヤの憎悪に染まった瞳に、アルスフェアはつい先ほどフレイヤを煽るだけ煽って姿を消した主神を心の中で殴りまくった。ふざけんなと。
彼女、ヒヅチ・ハバリはキーラ・カルネイロのスキルによって正気を取り戻し。その五分後にはナイアルの狂気を埋め込まれて再度狂っている。なんでそんな事をとナイアルに問いかければ『クトゥグアの都合の良い様に狂っていて貰っては困るのですよ。だから
アルスフェアが頭を抱えるさ中、膝を突いていたオッタルがうめき声を上げながら立ち上がった。
「ぐぅ……、フレイヤ様、お逃げを」
「オッタル、大丈夫?」
「問題っ、ありません……どうか、此処から逃げてください」
あの最強が、女神に逃げろと進言している。天地がひっくり返る様な衝撃的光景だが。何より異常なのはあれだけド派手に
オッタルの傍に転がる大剣の残骸。あの大剣が粉々に砕け散るまで振るわれ、もともと古びた建物群のあった旧【ゼウス・ファミリア】の本拠は完全に廃墟と化している。粉砕された石材の散らばるこの場所は、つい先ほどまで化物同士の戦場だったのだ。
あれだけ大きな音を立てて戦闘をしていたのに、
当然だ、何故なら此処は──
「逃げる? 何処にじゃ? 逃げ場なんぞ、
美しい、妖艶な、魅了の効果こそ無いものの、見る者を惹きつける笑みを浮かべたヒヅチ・ハバリの言葉の通りだ。此処は、
「……神を巻き込むなんて、悪い子ね」
「すまんな。加減の仕方なんぞ学ぶ機会はありゃせんかった」
「そう、所で──そこの貴方、此処から出してくれないかしら」
フレイヤの言葉が自分に向けられたと察し、アルスフェアは隠れていた瓦礫から姿を現す。
「あー、構わないよ。その代わり条件があるんだ」
「…………何かしら」
「僕達の事を誰にも言わない事。ヒヅチ・ハバリについてカエデ・ハバリに伝えない事。二つを守ってくれるなら、すぐにでも出してあげるよ」
嘘では無い。本当の事だ。女神フレイヤは人の魂を見通し、美しい魂を見つけたらちょっかいをかけるというのを繰り返している神である。そうであるが故に『ヒヅチ・ハバリ』と『アマネ・ハバリ』の魂を掛けあわせて『作られた』
それでは困る。ナイアルが事を起こすのに邪魔になる。ナイアルが事を起こそうとすれば、必ず彼女は邪魔をする。
『私は、別にどうでも良いんですよ。どっちでも』
『そう、カエデ・ハバリが生きようが死のうが』
『ヒヅチ・ハバリが狂おうがどうなろうが』
『オラリオが滅んだって』
『全ての神が地上から駆逐されようが』
『私が
────もちろん。アルスフェア? 貴方も、何処で死のうが、泣こうが喚こうが、嘆こうが狂おうが。私は知りません。どうぞお好きに行動してください。私を殺しても良いし。私に従っても構いませんよ?
目の前で、悩ましげな表情で此方を見るフレイヤから視線を外す。
自分は、アルスフェアという少年は
【ナイアル・ファミリア】に所属する人物は、皆
なんたって、あれだけ怖気が走る様な狂気に満ちた笑みを零すナイアルを、こんなにも
狼人達の行動全てがカエデちゃんにとってマイナスだったけど、気遣いからくる行動もあったんだと。なおカエデちゃんからすれば皆同じにしか見えなかったみたいですが。
【ナイアル・ファミリア】の団員は、皆
無論アルスフェア君もね? あの邪神の悍ましい笑みに対し、一周回って愛着を感じちゃってる感じ。ヤバイ。